関東連合

関東連合と芸能人の関係や相関図!現在や最強メンバーも総まとめ

1980年代頃から日本最大の暴走族「ブラックエンペラー」を中心に結成された関東連合。

 

近年、その関東連合OBらによる事件が多発し、中心メンバーである石元太一や川名毅らは逮捕されています。

 

関東連合と芸能人の関係や相関図について総まとめしましたのでご紹介します。

関東連合の相関図:関わった芸能人の総まとめ

 

芸能界と関東連合は密接に関わっている

「芸能界は闇が深い」とは言われるものの、実際にどのように深いのかを詳しく語れる人は少ないでしょう。しかし、「市川海老蔵暴行事件」により関東連合の存在が一般的にも知られるようになり、その芸能界の裏側の実態が注目されるようになりました。

関東連合の人間と芸能人がどのように関わっているのか相関図について詳しくまとめたのでご紹介していきましょう。

 

暴走族は現在でも存在はしていますが、それでも一昔前に比べたら鳴りを潜めたように感じます。

 

その代わりに徒党を組んで暴力的な不法行為を働くチーマーやカラーギャングなどが台頭し、不良らは時代に合わせて姿を変え存在しています。

 

しかし、1970~80年代の暴走族全盛期に関東県で最大勢力を誇っていた多数の暴走族チームからなる関東連合も現代に合わせて姿を変え、不法行為を繰り返しています。

 

特に芸能界には密接な関係を持つ関東連合ですが、裏社会ではどのような相関図が出来上がっているのか総まとめしました。

 

 

ヤクザでもない”半グレ集団”・関東連合とは?

 

現在”半グレ”と呼ばれる関東連合OBは1980年代前後のメンバー

2010年に起きた「市川海老蔵暴行事件」により関東連合の名前は一般人にも知られるようになり、ネットでは闇社会のネタとして注目されました。関東連合は1973年にブラックエンペラーが中心となって関東圏の暴走族を統合する形で結成された暴走族の連合隊です。

 

暴走族の最盛期と言われた1970年代に入り、当時関東圏で最大勢力を誇っていた『ブラックエンペラー』を中心として、『マッドスペシャル』、『上町小次郎』、『鬼面党』など力のある暴走族が結集して誕生したのが「関東連合」です。

 

当時の関東連合メンバーは2,000人以上を擁する巨大組織の暴走族で、総本部を新宿区に置いていました。

 

改正暴力団対策法や暴力団排除条例が施行される中で暴力団の影響力が弱まり、台頭してきたのが「関東連合」とも言われ、”暴力団ではないが暴力的な不法行為をする集団”として「半グレ」と呼ばれるようになりました。

 

しかし、現在ネット上やメディアなどでよく言われる「関東連合」はこの頃暴れていた元リーダーたちを中心とするOBメンバーです。

 

 

宇梶剛士はまだ健全(?)だった頃の暴走族

芸能界最強と呼ばれ、「関東連合卍ブラックエンペラー 第7代目名誉総長」を務めていた俳優の宇梶剛士さんは、現在言われる”関東連合OB”のメンバーらに比べると暴走族らしい暴走族だったと言えます。

 

後に宇梶剛士さんについて紹介しますが、三多摩国立総本部を任される「関東連合卍ブラックエンペラー 第7代目名誉総長」をしていましたが、現在の関東連合OBメンバーらがしたような襲撃による殺人事件などを起こす半グレではありませんでした。

 

 

関東連合は1980年代あたりからアメリカのストリートギャングに影響されて出現した「チーマー」が増えたことで暴走族の勢いは衰え、関東連合も次第に鳴りを潜めるようになっていきます。

 

しかし、関東連合に所属していた暴走族チームである「小次郎」が関東連合の再興を企画し、「関東連合上町小次郎」を名乗り始めたところ、同じ関東連合所属だった暴走族チームらも関東連合を名乗り始めたことで再び隆盛することになります。

 

結果、1990年代に入ると関東連合はチーマーを暴力的抗争で制圧し、渋谷を皮切りに六本木にも進出していきました。

 

さらに制圧したチーマーやイベントサークルなどの不良少年らの後ろ盾となった関東連合は、六本木ヒルズに居を構える”ヒルズ族・ネオヒルズ族”と呼ばれる実業家らとも関係を持つようになり、ビジネス面でも大きな収入を得るようになっていきました。

 

関東連合OBの中には数億円、数十億円の資産を持つメンバーもいるという。

 

 

関東連合の要注意人物、見立真一、石元太一、川名毅

関東連合元リーダーの見立真一、石元太一、川名毅

この三人の名前は現在の関東連合を語る上で中心核となるメンバーで、特に石元太一、川名毅は芸能界とも強い繋がりを持っています。

 

現在言われる「関東連合」で”元リーダー”と呼ばれるメンバーは、1979年生まれの「関東連合卍永福町ブラックエンペラー第22代目総長」の見立真一、1981年生まれの「関東連合卍千歳台ブラックエンペラー第16代目総長」の石元太一、そして前述の関東連合再興を企画した「関東連合上町小次郎」の総長だった川名毅(川奈毅)です。

 

石元太一を始め、関東連合元幹部の柴田大輔や、関東連合OBではないものの”アウトローのカリスマ”と呼ばれる瓜田純士などは関東連合について次のように表現しています。

 

元メンバーとして知られる石元太一の言によれば、関東連合とはすなわち「世田谷区と杉並区を拠点とした暴走族の“連合組織”」で、彼が加入していた時期には、「宮前愚連隊」、「用賀喧嘩会」、「千歳台ブラックエンペラー」、「鬼面党」、および「小次郎」という5つのグループが存在していたという。

関東連合OBの柴田大輔によれば、「昨今、世間で騒がれている関東連合」は正確には「関東連合のメンバーとその地元の後輩ないしは周辺者」。

 

瓜田純士によれば、「昭和53年生まれ世代の杉並区育ちの者達が結成した暴走族“永福町22代目ブラックエンペラー”のメンバーを中心に組織化されたアウトロー集団」

 

引用:Wikipedia – 関東連合

 

石元太一、見立真一、川名毅、これらの関東連合元リーダーらのエピソードを中心に、関東連合と芸能界のタレントらの関係を総まとめしましたのでご紹介していきましょう。

 

 

 

 

関東連合に関わった芸能人最強は宇梶剛士

 

関東連合卍ブラックエンペラー第7代目総長・宇梶剛士
宇梶剛士さんと言えば巨漢で穏やかで優しそうな印象をした名俳優ですが、少年時代には「関東連合卍ブラックエンペラー第7代目総長」として三多摩総本部を任されていました。若い頃の宇梶剛士さんはまるでジェームズ・ディーンのようにイケメンですね。

 

「芸能界で誰が一番ケンカ最強?」と聞かれた時に真っ先に名前が上がるのが俳優・宇梶剛士さんです。

 

 

ひょうきんで穏やかな、良いお父さんといった感じの宇梶剛士さんですが、少年時代の武勇伝からは”芸能界ケンカ最強説”も頷けるものがあります。

 

宇梶剛士さんは直接的に関東連合OBとは関わり合いがないようですが、まずは宇梶剛士さんの武勇伝からご紹介していきましょう。

 

 

宇梶剛士、出生体重は5,000g

身長188センチという俳優としては大柄な宇梶剛士さんですが、すでに生まれた頃から規格外だったようです。そのため、赤ちゃんの頃に都の健康優良児の表彰を受けているそうです。

 

宇梶剛士さんの母親である宇梶静江さんはアイヌ民族で詩人、古布絵作家、民族運動家をしています。

 

宇梶剛士さんの体の強さは極寒に耐えてきたアイヌ民族の血が流れているからなのでしょうか。

 

宇梶剛士さんは拓殖大学第一高等学校で野球をしており、プロ球団のスカウトが練習を見に来るほど将来が有望視される選手だったそうです。

 

 

宇梶剛士、高校時代に暴力事件を起こして少年鑑別所へ

宇梶剛士さんはせっかくプロ野球選手への道が開かれつつあったところ、友人らと暴力事件を起こしてしまい少年鑑別所に入所。出所後に中退しています。

 

少年鑑別所を出所した宇梶剛士さんは高校を中退して叔父のところで働きはじめましたが更生できず、東京家庭裁判所の呼び出しを口実にして帰京します。

 

そして宇梶剛士さんは暴走族に入り、その喧嘩の圧倒的な強さから一気に「関東連合卍ブラックエンペラー第7代目総長」にまで上り詰めていますが、その喧嘩最強伝説は小学校時代から始まっています。

 

 

【芸能人最強伝説】宇梶剛士、小学生時代に中学生23人撃破

宇梶剛士の喧嘩最強伝説は小学生時代に始まる

実は生まれた頃から始まっているのかもしれませんが、宇梶剛士さんが語った最も古い喧嘩最強伝説は小学校6年生の頃のようです。

 

宇梶剛士さんは中学校1年生にして身長が180cmを超えていたことから、小学校6年生の頃もそれくらいあったのかもしれません。

 

中学校1年生の不良23人が宇梶剛士さんにヤキを入れるために喧嘩を売ってきたそうですが、宇梶剛士さんは全員をタイマンでKOしてしまったそうです。

 

ほとんど大人と子供の喧嘩だと感じた宇梶剛士さんは喧嘩に勝っても弱いものいじめにしか見えないと感じ、小学6年生にして「喧嘩は勝った者損」だと思ったという。

 

それ以降、宇梶剛士さんは喧嘩は絶対に自分からは売らず、上級生だけしか相手にしないと決めたそうですが、中学校に上がってからも多勢から喧嘩を売られても負けたことが無かったそうです。

 

宇梶剛士さんはまさに現代の宮本武蔵ともいうべき喧嘩の才能ですね。

 

 

宇梶剛士、17歳で「ブラックエンペラー」総長に

加入後すぐに単身で本部に乗り込んだ宇梶剛士

宇梶剛士さんは日本最大の暴走族「ブラックエンペラー」に加入すると、すぐに単身で総長のいる本部に殴り込みをかけました。

 

通常、暴走族に入った新参者は先輩らの顔を立てたり、パシリになる人もいるでしょう。

 

しかし宇梶剛士さんは17歳で「ブラックエンペラー」に加入すると、すぐに総長のいる本部へとひとりで殴り込みをかけました。

 

本部には総長を守るように幹部をはじめとした部下らが複数名いたと思いますが、宇梶剛士さんは何十人来ようとすべてKOする自信があったそうです。

 

格闘技界ではかつて”氷の皇帝”、”人類60億分の1最強男”などと呼ばれたロシア出身のエメリヤーエンコ・ヒョードル選手がいましたが、北方民族アイヌの血を引く宇梶剛士さんもまた並みの人類では敵わない”天性の強者”だったのでしょう。

 

宇梶剛士さんは当時の「ブラックエンペラー」総長にその場をなだめられたようですが、その総長引退に伴い新参者の宇梶剛士さんが7代目総長に就任することに異議を唱える声は無かったそうです。

 

宇梶剛士、1対1000人の戦い

宇梶剛士は集団心理を知り尽くしていた

「ブラックエンペラー7代目名誉総長」となった宇梶剛士さんは、ある時1000人規模の敵対グループと対峙することになります。

 

宇梶剛士さんはメンバー300人ほどを連れて湘南をバイクで走っていた時、敵対しているグループと遭遇して一触即発の状態となっていました。

 

敵対グループは応援が合流して1000人規模に膨れ上がったものの、宇梶剛士さんは場を仕切っていた相手リーダーを瞬殺してしまいます。

 

身長約190センチの巨漢である宇梶剛士さんがリーダーをまるで子供扱いにして沈めてしまったことに恐怖した敵対グループは統制を失い散り散りに逃げてしまったという。

 

こうした伝説が関東圏の暴走族グループに”宇梶剛士は喧嘩最強”だと知れ渡っていったのでしょう。

 

しかし、宇梶剛士さんはとある暴力事件により逮捕されてしまい少年院に送られてしまいます。

 

そこでチャップリンの伝記と出会い俳優を志すようになり更生しました。

 

出所後は猛勉強して定時制の明治大学付属中野高等学校に復学し、卒業後は俳優・錦野旦さんの付き人から菅原文太さんにスカウトされる形で付き人を務め、俳優デビューをしています。

 

宇梶剛士時代の関東連合は暴走族らしい暴走族

現在の関東連合とはまったく性質が違う

前述しましたが、宇梶剛士さんが「ブラックエンペラー」の総長を務めていた時代の関東連合は、現在の”半グレ”関東連合とは全く性質が異なり、バイクで街を暴走し、喧嘩に明け暮れるという暴走族らしい暴走族だったと言えるでしょう。

 

暴走族というと、集会などを開いて「〇日〇時に〇〇からバイクに乗って流すぞ」といった集団で街中をバイクで暴走し、敵対勢力との抗争に明け暮れる集団だと言えるでしょう。

 

宇梶剛士さんが「ブラックエンペラー」をしていた頃は暴走族全盛時代であり、こうした暴走族らしい活動しかしておらず、”暴走族は暴力団予備軍”と呼ばれたものの宇梶剛士さんは少年院送りになったことで結果的に真っ当な道に戻ることができました。

 

長らく宇梶剛士さんの最強伝説についてご紹介してきましたが、宇梶剛士さんが現役だった頃の関東連合とは違うということを前提に、近年注目を浴びた関東連合OBと芸能人の関係について総まとめしましたのでご紹介していきましょう。

 

 

 

関東連合元リーダー・見立慎一、石元太一、川名毅と芸能人の繋がり

最も芸能人と密接なのは川名毅

 

近年、芸能人による覚せい剤逮捕が相次ぎましたが、芸能人らに覚せい剤を流しているのが関東連合元リーダーのひとり、川名毅だと言われています。酒井法子さん、清原和博さん、押尾学さんなど他にも覚せい剤で逮捕された芸能人は川名毅と繋がりを持っていました。

 

「関東連合」という言葉が一般的にも目にする機会が増えたきっかけは「11代目市川海老蔵暴行事件」ですが、この事件に絡んでいた関東連合メンバーは元リーダーの石元太一とOBの伊藤リオンでした。

 

しかし、この石元太一も自身のブログで言及していたように、関東連合として最も影響力の強かった人物が元リーダーの川名毅です。

 

石元太一は川名毅と10歳ほど年が離れていたため、川名毅が関東連合リーダーをしていた頃は比較的距離のある人物だったようです。

 

センター街に長いリムジンを乗り付けて、外国人らと出てくる姿などは異様だったと語っています。

 

川名毅は東京の指定暴力団「松葉会」にも籍を置き、英語も流暢に操るため海外ギャング、マフィアなどとも交流があったようです。

 

そして、海外から仕入れた覚せい剤を川名毅が牛耳り、芸能人などに横流ししていたようです。

 

まずは関東連合で最も影響力のある人物である川名毅(川奈毅)からまとめましたのでご紹介します。

 

 

川名毅、「朝青龍暴行事件」に関与

横綱・朝青龍が現役引退するきっかけになった事件

当時朝青龍は現役横綱として絶好調だったにも関わらず、川名毅が絡んだ「朝青龍暴行事件」が起きたことで横綱引退に追い込まれてしまいました。

 

2010年1月16日に六本木にあるクラブ「フェリア」で当時現役横綱だった朝青龍がクラブのオーナーを殴り、鼻骨骨折の重傷を負わせるという事件「朝青龍暴行事件」が発生しました。

 

これにより朝青龍は横綱引退に追い込まれてしまい、当時二大横綱として角界を賑わせた白鵬も涙する朝青龍の引退会見となりました。

 

このクラブ「フェリア」のオーナーで朝青龍に殴られたと主張したのが川名毅で、約3ヶ月後の番組で朝青龍は実際には殴っていないことを明かしています。

 

朝青龍は番組で「こっちは現役バリバリの横綱ですよ。場所中ですよ。集中力ためて力もいっぱいで。それで本気で殴るということがあったら大変なことになりますよ。危ないですよ」と、現役横綱が殴打した場合は鼻骨骨折ではすまないと改めて強調。

 

引用:ORICON NEWS – 朝青龍、暴行騒動の真相明かす! さらに今後の去就も明言

 

過去に番組で力士のパンチ力を測定したところ300kg(一般成人男性は100kg程度)だったことを考えると、横綱・朝青龍のパンチ力は400kgくらいあるかもしれません。

 

本当に朝青龍が殴っていたら川名毅は顔面陥没骨折などで死んでいたか意識不明の重体でしょう。

 

この「朝青龍暴行事件」は川名毅が仕組んだものでした。

 

 

川名毅はわざと朝青龍を逆上させた?

示談で終わり立件はされなかったため真相は闇の中ですが、川名毅はお金稼ぎのためにわざと朝青龍を逆上させて怒らせた可能性もあります。

 

川名毅という男はお金に異常な執着心があるようで、「朝青龍暴行事件」を利用して表向きは示談金1,000万円で解決させたかのように見えました。

 

しかし、実は示談になった理由として言われているのが、川名毅が事件管轄の麻布署と裏で密接につながっていることが分かった朝青龍側が仮に逮捕されると非常にまずいと感じ、川名毅に億単位のお金を渡したということです。

 

朝青龍が表立って「俺は殴っていない」と主張できなかった理由は、そうした大人の事情があったからのようで、朝青龍のタニマチ(無償のスポンサー)などが守ったと言われています。

 

「殴ってないのに殴ったことになっていて『違うんだ聞いてくれ』とは思わなかったのか?」という番組スタッフの質問には「もちろん世界中の言葉で国々の言葉で伝えたかった。でも、こっち(マスコミや相撲協会など)から来る力と立ち向かう力に差がある。それに対して自分が1人では勝てないですよ」と外圧と自身の力に差があり、真相を語れなかったという。

 

引用:ORICON NEWS – 朝青龍、暴行騒動の真相明かす! さらに今後の去就も明言

 

ネットでは当時「朝青龍と川名毅、どっちが被害者か分からない」と言われていました。

 

 

川名毅、プラチナムプロダクションを立ち上げる

 

有名芸能人を多く輩出する「プラチナムプロダクション」は川名毅が発起人だった

 

プラチナムプロダクションには小倉優子さん、KABA.ちゃん、手島優さん、菜々緒さん、中村アンさん、若槻千夏さんなど挙げたらキリがないほど有名タレントを多く擁していますが、立ち上げは川名毅が発起人となっています。

 

「プラチナムプロダクション」は、川名毅が当時「永福町黒帝会(永福町ブラックエンペラー)」のリーダーだった松嶋クロス(本名:松嶋重)に女性を集めさせてアダルト向け女優のプロダクションを作ったことに端を発します。

 

このアダルト向け女優のプロダクションは「マッシムプロダクション」と呼ばれ、後に川名毅が一般タレントを管理する「プラチナムプロダクション」に分けたそうです。

 

 

プラチナムプロダクションの滝沢社長

 

通称”六本木”とも言われるプラチナムプロダクションの現在の社長は瀧澤勉さんという別の人物ですが、裏で仕切っているのは画像中心にいる滝沢という人物のようです。一番左にはプラチナムプロダクション所属で自殺した上原美優さんのマネージャー・渡辺雅也もいます。

 

 

自殺した上原美優のマネージャー・渡辺雅也

「貧乏アイドル」として注目された上原美優さんは2011年5月12日に自殺してしまいましたが、関東連合元リーダーの石元太一が当時関係を持っており数時間前に会っていたという。このマネージャー・渡辺雅也も元関東連合メンバーだと言われています。

 

 

プラチナムプロダクションは枕営業を平然とさせる

プラチナムプロダクションに所属する売れないアイドルや女優は枕営業を普通にさせられているようで、アイドルグループ「PASSPO☆」のメンバーである槙田紗子さんがツイッターで暴露して騒動になりました。

 

川名毅はマッシムプロダクションを介して正道会館会長の石井和義さんと知り合い車の運転手を務める中で、石井和義さんが付き合いがあった”芸能界のドン”と言われるバーニングプロダクションの周防郁雄社長とも繋がり、周防郁雄社長のボディーガードを関東連合が務めています。

 

川名毅は周防郁雄社長に土下座をして付き人をさせて貰うことを頼んだようで、周防郁雄社長は”見込みのある若者”だと思い許したそうです。

 

川名毅は芸能界を知り尽くすドンである周防郁雄社長が誰と繋がっていて誰に頭を下げているのか、付き人をしながら芸能界の内情について深く学んだそうです。

 

その結果、六本木を拠点に芸能界のタレントたちを「酒、金、女、麻薬」を使って骨抜きにしていったようです。

 

 

川名毅、「酒、金、女、麻薬」で遊び好き芸能人を掌握

川名毅がオーナーの西麻布「alife」六本木「フィリア」が芸能人の遊び場に

川名毅がオーナーをしているクラブ「alife」「フィリア」は遊び人の芸能人たちが利用する遊び場になっており、美女を使ってお金を落とさせ、麻薬を流していたようです。

 

川名毅はこれらのクラブから美女を調達して取り入りたい芸能人やスポーツ選手などにあてがい、虜にすることで常連にしていたようですね。

 

特にジャニーズタレントは利用者が多く、国民的ジャニーズグループ・嵐メンバーを始め、赤西仁を中心としたジャニタレメンバーは多く川名毅のクラブに通っています。

 

嵐のリーダー・大野智さんが麻薬(大麻)でラリっている姿が報じられた時はネット上で騒然となりました。

 

川名毅のお店を含め、関東連合系のクラブで遊んでいたとされる芸能人は以下の通りです。

 

赤西仁
嵐メンバー
市川海老蔵
伊藤英明
いしだ壱成
伊勢谷友介
ウエンツ瑛士
内田有紀
榎本加奈子
金子賢
窪塚洋介
小池徹平
酒井法子
佐々木希
武田真治
田村淳
中村獅童
広末涼子
宮沢りえ

 

他にもまだまだたくさんいますがクラブに訪れていた代表的な芸能人はこうした面々となっています。

 

 

川名毅、大物女優にも接待をさせていた?

 

六本木の帝王・川名毅には誰も逆らえない?

前述の通り、川名毅は取り込みたい人物がいれば美女をあてがって接待させ骨抜きにしていたようですが、その中には有名芸能人も多く入っているそうです。

 

信ぴょう性のある話かどうかは不明ですが、川名毅が要人に対して接待を共用した有名芸能人の代表格は広末涼子さんだと言われています。

 

広末涼子さんの元旦那は関東連合メンバーだった岡沢高宏でした。

 

 

広末涼子、元旦那・岡沢高宏との出会いはクラブ?

広末涼子さんと元旦那でモデルの岡沢高宏の馴れ初めは限りなく関東連合が絡んだ集まりである可能性が高く、最も有力なのはクラブなどで知り合ったということでしょう。

 

広末涼子さんは岡沢高宏と知り合う前に、川名毅のクラブでよく遊んでいたところ要人の接待を命令されていたと言われています。

 

他にも、関東連合と深い関係にある酒井法子や奥菜恵なども同様で、信じがたい話ですが北川景子もその中に含まれていたと言われています。

 

 

川名毅、タクシー強盗で逮捕

六本木闇社会の大物・川名毅がしょぼい事件で逮捕

六本木を拠点に闇社会のアウトローを牛耳ってきた川名毅がタクシー強盗というしょぼい事件を起こして逮捕をされたことにネットが騒然としました。

 

2015年8月15日午前5時40分頃に六本木で川名毅がタクシーの運転手から3万5千円を奪い、取り返そうとした運転手を殴るという事件が起こりました。

 

川名毅は当時お酒に酔っており、タクシーから降りたところ運転手の胸ポケットにお金が入っていたことから「運転手がなんでこんなに金を持ってんだ」と絡んで奪ったそうです。

 

それを取り返そうとして運転手が殴られたそうですが、ちょうど通りかかった別のタクシー運転手が事件に気づき通報し、川名毅は駆けつけた警察官に現行犯逮捕されたようです。

 

川名毅はこの事件により服役などはしていないようで、現在も六本木で不法行為を繰り返しているのでしょう。

 

ここからは川名毅と直接的な関係はそこまでなかったとはいえ、元関東連合リーダーとしてきな臭い事件に絡んできた石元太一についてまとめていきましょう。

 

 

石元太一、「市川海老蔵暴行事件」に関与

市川海老蔵を殺害しかけた事件

関東連合と石元太一の名前が世間に知られることになった「市川海老蔵暴行事件」ですが、この事件は市川海老蔵さんに非があったようです。

 

「市川海老蔵暴行事件」は2010年11月25日の午前5時5分頃に、西麻布にあるバルビゾン27という芸能人御用達の遊び場となっているビル11階のBAR「マーキス」で起こりました。

 

このバーは会員制で事前に連絡を入れないと11階にエレベーターが止まらない秘匿性の高さから芸能人がよく利用している隠れ家的なお店だという。

 

市川海老蔵さんは前日午後11時頃から同店で歌舞伎仲間と飲んでおり、深夜に仲間が帰ったことでひとりで飲んでいたそうです。

 

 

石元太一、伊藤リオンらと飲み始めた市川海老蔵

ひとりになった市川海老蔵さんは同店に訪れていた石元太一や伊藤リオン、その他6人くらいのメンバーに合流して一緒に飲み始めたという。

 

市川海老蔵さんは石元太一らと話が弾んだのか、お酒が進むとともにテンションが上がり、気分を良くして6階にあるダーツバー「フィオレット」に移動しました。

 

同店にはモデルの藤井リナさんが来店しており、市川海老蔵さんは藤井リナさんを口説き始めてしまいます。

 

実は藤井リナさんはたまたま同店にいたわけではなく、当時石元太一と交際していたようで、恐らく一緒にバビルゾン27に来ていて別行動していたのでしょう。

 

そんな事情を知らずに石元太一の彼女である藤井リナさんを口説き始めた市川海老蔵さんですが、当時小林麻央さん(2017年6月22日死去)という嫁がいたため藤井リナさんは「奥さんいるじゃん」と突っぱねて帰ってしまったそうです。

 

石元太一にとってはただでさえ目の前で彼女を口説かれて怒りを覚えていたと思いますが、すでに酔っ払っていた市川海老蔵さんはこともあろうに石元太一らに当り散らすようになります。

 

 

市川海老蔵の酒癖の悪さは国宝級?

市川海老蔵さんは否定していますが、酔っ払った時の口癖が「俺は人間国宝だ」と偉ぶるもので、他にも芸能界の裏側を著書「溶ける」で暴露した大王製紙の元会長・井川意高さんが同席した時には「俺はどれだけアンタが偉いかなんて興味ない」と絡んだという。

 

市川海老蔵さんは酔っ払うと奇声を上げたりところかまわず絡んだりするため、入店お断りをしているお店もあるようです。

 

市川海老蔵さんと石元太一らメンバーは再び11階のバー「マーキス」に戻り飲み始めたようですが、市川海老蔵さんが余りに手がつけられなくなってきたのか、石元太一はうんざりしたように俯いていたのかもしれません。

 

市川海老蔵さんは下を向く石元太一さんの髪の毛を掴み、「寝るんじゃない、大丈夫か?」と介抱するような素振りを見せながら、灰皿にテキーラを注いで無理やり飲ませようとしたり、頭からお酒をかけたという。

 

この市川海老蔵さんの”灰皿テキーラ”に怒りが爆発した伊藤リオンが殴ってしまい容赦なくボコボコにしてしまいました。

 

 

命の危険を感じた市川海老蔵は非常階段から逃走

伊藤リオンは関東連合の中でも最強と囁かれるほど喧嘩が強く”黒い狂犬”と呼ばれていますが、市川海老蔵さんは必死で謝っても殴られ続けたため命からがら非常階段を使ってビルから脱出し、タクシーで自宅に逃げました。

 

自宅に血みどろで帰宅した市川海老蔵さんは嫁の小林麻央さんの110番通報により病院に救急搬送され事件が明るみになりました。

 

市川海老蔵さんが負った怪我は重く、会見で以下のように報じられました。

 

「前頭部左側頭部打撲、左上顎骨粉砕陥没骨折。それによる三叉神経の知覚障害と上顎洞血腫、左眼球打撲による結膜下出血。2本の前歯の骨折。内臓打撲による血尿などの全身多発外傷で全治2カ月と診断されました」ここにテキストを入力(縦5行以内)

 

引用:Wikipedia – 11代目市川海老蔵暴行事件

 

市川海老蔵さんの手術は整形外科医、眼科医、脳外科医などを結集させ、難易度の高い手術だったようですが、もし市川海老蔵さんが伊藤リオンに殴られて気絶していたりマウントを取られるなど逃げられない状態だったなら殺されていたかもしれませんね。

 

石元太一はこの「市川海老蔵暴行事件」の後に週刊誌で事件についてインタビューに答えていますが、「海老蔵さんは今でも許せない」と語っているほか、市川海老蔵さんから示談金などは受け取っておらずむしろ仲間の弁護費用で数百万円の赤字だったそうです。

 

次からは関東連合が事実上壊滅状態に追い込まれた2012年の事件「六本木クラブ襲撃事件」を起こした見立真一についてまとめましたのでご紹介します。

 

 

 

見立真一、「六本木クラブ襲撃事件」で海外逃亡

関東連合が壊滅する序章となった「六本木クラブ襲撃事件」

元関東連合リーダーの見立真一が主犯格となって起こした「六本木クラブ襲撃事件」ですが、”人違い”により関係ない飲食店オーナーを撲殺してしまい、見立真一は海外に逃亡しています。

 

「六本木クラブ襲撃事件」は2012年9月に六本木にあるクラブ「フラワー」に見立真一ら数人が金属バットを持って襲撃し、飲食店経営の男性を人違いで撲殺してしまいました。

 

この見立真一が統率していた頃の関東連合は川名毅が統率していた第二世代に続く第三世代だと言われており、川名毅のようなクラブ経営などではなく飲食業や不動産業など仕事を持っているメンバーら約50人により結集していたグループのようです。

 

この「六本木クラブ襲撃事件」には石元太一も共犯として逮捕されましたが、「犯行に参加していない」として裁判中はずっと無罪を主張していましたが、15年の懲役が下りて現在拘留中の身となっています。

 

石元被告は暴行には参加しておらず、実行犯で関東連合OBの男性に電話しただけと主張したが、河合健司裁判長は「襲撃は計画的かつ迅速に行われ、石元被告人も十分予測していた」として、1審の懲役11年より重い懲役15年を言い渡した。

 

引用:exciteニュース – 懲役11年が15年に! 元関東連合リーダー・石元太一被告の悪態が裏目に――

 

これで闇社会に蔓延る質の悪いアウトローがひとり社会的に抹殺されたわけですが、肝心の首謀者である見立真一は事件後すぐに海外に逃亡しており、国際指名手配が敷かれる事態となっていますが、現在まだ逮捕に至っていません。

 

 

 

 

関東連合と芸能人の関係についてまとめると・・・

俳優・宇梶剛士さんも総長を務めた日本最大の暴走族「ブラックエンペラー」を中心に結成された関東連合と、その後の芸能人との関係について総まとめしてきました。

 

現在も芸能界で強い影響力を持ち、有名芸能人を多く輩出する芸能事務所プラチナムプロダクションは関東連合元リーダーの川名毅が発起人であり、女性芸能人には接待をさせるなど闇の深い事務所であることが分かりました。

 

「六本木クラブ襲撃事件」を経て首謀者・見立真一以外の主要メンバーが逮捕されて、2013年には関東連合がほぼ壊滅状態となっています。

 

それでも伊藤リオンなどは沖縄で暴れていたことが話題となるなど、まだまだ関東連合の残党は活動を続けているようです。

 

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