2012年に病死した歌手の桑名正博さんですが、2018年12月になると隠し子騒動が勃発しております。
この記事では、桑名正博さんの経歴や嫁と子供など家族情報、息子・桑名乃羅を名乗る男が出没した騒動や本当の隠し子をまとめました。
この記事の目次
桑名正博のプロフィール
名前:桑名正博(くわな まさひろ)
生年月日:1953年8月7日
出身地:大阪府大阪市天王寺区
最終学歴:甲南高校中退
桑名正博の実家は江戸時代から大阪港で廻船問屋を営んでいた旧家だった
桑名正博さんといえば、1979年にシングル「セクシャルバイオレットNo.1」が60万枚近い大ヒットを記録したことでも知られているロックスターでしたが、それ以上に有名な話題がセレブすぎる生い立ちとなります。
桑名さんの実家は、大阪で1830年に開業した廻船問屋「桑文」であり、戦後は「桑名興行」と屋号を変え、貸倉庫業やゴルフ場経営などを手がけていました。
桑名さんの生家も大阪・帝塚山にある700坪の豪邸であり、2人の女中がいるというセレブすぎる環境でした。
1971年にロックバンド「ファニー・カンパニー」を結成して音楽活動を開始したものの、親からの資金援助などがあったため、下積み時代から高級外車を乗り回すような状況でした。
しかし、2000年に父親の死をきっかけに実家の会社は受け継ぐも、バブルのあおりを受けて会社は火の車状態。桑名さんは700坪あった豪邸を売り払い、会社の立て直しに奔走しますが資金繰りはうまくいかず会社は倒産しています。
「父への恩返しにと、大阪に帰って会社を継いだのですが、すでにその時、バブル崩壊のあおりを受けていて、経営は火の車だったんです。桑名さんは音楽活動も最小限に抑えてがんばったのですが、700坪はあった父の大豪邸を売り払っても立て直せませんでした」(桑名の知人)
「桑名興行」の清算を済ませた後の桑名さんは、2006年になると長野県・軽井沢に移住し、音楽活動中心の生活に戻ることになりました。
桑名正博、若い頃は薬物で逮捕された過去も
苦労知らずのボンボンなロックスターという性質上、若い頃の桑名正博さんは世間を騒がすようなスキャンダルをいくつか起こしています。
桑名さん最初のスキャンダルは、ブレイク前の1977年に起こった薬物問題でした。
当時、大麻やコカインを使用していた桑名さんは、同年の9月に警察に摘発される憂き目となり、懲役2年執行猶予3年の有罪判決まで下っています。
その後も1981年9月になると、桑名さんは19歳のモデル女性への強制わいせつ致傷容疑で逮捕されておりますが、こちらは示談が成立した結果不起訴処分で終わりました。
桑名さんの不祥事はさらに続き、1981年9月に自宅で大麻パーティーを開催した容疑で、同年の12月に警察から事情聴取をされております。
20代の時分は行く末が心配になるほどスキャンダルが続いた桑名さんですが、30代になるとさすがに落ち着いたのか、警察沙汰になるようなスキャンダルを起こすことはなくなりました。
桑名正博、2012年に59歳の若さで死去…死因は心不全
桑名正博、脳幹出血で3ヶ月半の意識不明の重体の末に死去
ロックスターとしての輝かしい成功の裏では、家業の「桑名興行」の倒産があったりと、浮き沈みの激しい人生を送ってきた桑名正博さんですが、2012年7月15日に脳幹出血で倒れ、意識不明の重体に陥ってしまいました。
桑名さんが倒れたのは、7月15日未明だった。香川県小豆島でのライブを終えて同14日に自宅に戻り、明け方まで打ち合わせをしていたところ、激しい頭痛に見舞われた。救急車で大阪市内の病院に運ばれた際は血圧が260まで上昇し、呼吸が停止した状態。人工呼吸器で呼吸は戻ったが、意識不明の状態が続いた。
その後、意識が戻らないまま104日間の闘病生活を続けた桑名さんは、2012年10月26日に心不全のために59歳の若さで亡くなっています。
歌手桑名正博さんが26日午前11時44分、心不全のため大阪市内の病院で死去した。59歳だった。7月15日未明に同市内の自宅で倒れ、脳幹出血で意識不明の状態が続き、入院から104日目に息を引き取った。
桑名正博の結婚歴と子供..元嫁のアン・ルイスとの間に長男・美勇士が誕生
桑名正博の歴代嫁① アン・ルイスとの離婚原因は嫁姑問題
桑名正博さんの最初の嫁は1980年に結婚をした歌手のアン・ルイスさんとなります。
アンさんは、歌謡ロックというジャンルを築き上げたスターの1人とも評されており、1970年代中盤から1980年代中盤にかけて、「ラ・セブン」や「六本木心中」といったヒット曲を世に送り出しています。
1981年には長男・美勇士(みゅうじ)さんも生まれた2人でしたが、結婚5年目となる1984年に離婚することになりました。
桑名さんとアンさんが離婚した理由に関しては、嫁姑問題が原因だったようですね。
アメリカ海軍兵の父と日本人女性との間に生まれたハーフとして、米軍基地内のコミュニティで育ったアンさんにとって、大阪の名家である桑名家とは何かと価値観がぶつかることが多く、桑名さんの母親との折り合いがかなり悪かったと言われております。
そんな嫁姑の不仲は、離婚の際の美勇士さんの親権争いにより決定的となり、以降は絶縁状態になってしまいました。
「’84年の離婚後、美勇士の親権は彼女が持つことになりました。以来、アンと桑名の母との関係は決定的に悪くなってしまったそうですね。アンは『あの人たちの顔を見るのも嫌!』『顔を見ると息が詰まりそうになる』と漏らしていたそうです。桑名の実家は資産家として知られていました。姑は、”満足に子育てもできない夜遊び好きの女”に”将来の跡継ぎ”の孫をとられてしまったという思いを持ち続けていたそうです」(音楽関係者)
桑名正博の歴代嫁② 一般人女性・桑名栄子さんとの間に次男が誕生
アン・ルイスさんと離婚後の桑名正博さんに関しては、1987年11月に栄子さんという女性と再婚しております。
2人が出会ったのは1983年頃だったそうですが、アンさんとの離婚後に即再婚という形になったわけではなく、栄子さんの妊娠が発覚したため、桑名さんが責任を取る形で結婚に至ったようですね。
2人の間には、1988年2月になると錬さんという息子も誕生するも、栄子さんは桑名さんの浮気癖に悩まされ続ける日々を送ることとなります。
桑名さんの浮気に関しては、がっつりとした不倫よりも酒の席で口説いた女性と一夜の関係を持ってしまうパターンが主流でした。
そのため、桑名さんの浮気癖に困り果てていた栄子さんではありましたが、離婚という決断にまでは至らなかったようですね。
「基本的に浮気は絶対に許しません」というのが、栄子さんの本心だったが、「行為自体じゃなく恋愛がしたい」と無邪気に語る桑名さんを、いつも最後は許してしまったのだという。
「夫の浮気を許しているわけではないですが、桑名さんの女癖に関してはもう病気だって諦めていたんですよ」(栄子さんの知人)
桑名正博の長男・美勇士はアン・ルイスのネグレクトが原因でグレた過去も
桑名正博さんの長男である美勇士さんですが、少年時代はかなりグレていた時期もあったようですね。
美勇士さんがグレてしまった理由に関しては、同居していたアン・ルイスさんのネグレクトが原因でした。
夜遊びに出かけたまま朝まで戻ってこない遊び人だったアンさんは、交際している男性を家まで連れ込むことも当たり前だったため、多感な時期の美勇士さんの心はすっかり荒んでしまい、小学生にして家庭内暴力に手を染めていたと言われております。
アンさんの手に負えない問題児に育った美勇士さんは、中学生に進学をすると父親である桑名正博さんの元で暮らすようになりました。
桑名家でも当初は荒んだ言動が目立った美勇士さんですが、当時40代前半でまだまだ体力が余っていた桑名さんは、時に鉄拳制裁をしながら美勇士さんと全力で向き合い、無事非行時期を乗り越えることが出来ました。
出典:https://i.ytimg.com
その後の美勇士さんは、両親と同じ歌手を志してCDデビューを果たしておりますが、ヒット曲には恵まれておらず、近年はマルチタレントとしての活躍がメインとなっています。
美勇士さんは、2011年になると元宝塚の男役・日向燦さんと結婚しており、現在までに3男1女の子宝に恵まれるなど、幸せな家庭を築いているようですね。
桑名正博のニセ息子・桑名乃羅を名乗る男が全国に出没し話題に
桑名正博の息子を名乗る・桑名乃羅は本当の隠し子?
桑名正博さんの死後7年目となる2018年12月になると、隠し子を自称する桑名乃羅(のら)さんという男性が全国各地に出没していたことが発覚しております。
報道によると、桑名氏に顔がそっくりだというこの男性は「桑名正博の長男で、乃羅(のら)です」と名乗り、福島県の地元FM局の番組や、三重県四日市市の飲食店などに出没。自身について「お父さんは桑名正博。隠し子が2人いて、そのうちの1人が自分。母は銀座のホステス」と話し、桑名氏の名曲である「セクシャルバイオレットNo.1」を歌って“おひねり”をもらったり、食事をおごってもらったりしたという。
乃羅さんは、生前の桑名さんを彷彿させる容貌をしていたため、隠し子との言葉を真に受けて、食事や寝床を提供してしまった被害者たちは全国各地にいるようですね。
しかしながら、桑名さんの遺族側は乃羅さんという隠し子にはまったく心当たりがないようで、騒動勃発後にマスコミの取材に応えた美勇士さんは、乃羅さんの言い分を否定しております。
2012年に亡くなった歌手桑名正博さんの息子と名乗る人物が全国各地に現れていると一部で報じられた件で、長男でミュージシャンの美勇士(37)の関係者は14日、デイリースポーツの取材に「桑名家は、その男性を誰も知らないと言っています」と困惑している状況を明らかにした。
グッディ見てくださった方々からたくさんの心配のご連絡頂いております、ありがとうございます。一番心配すべくは被害にあわれた方々や、これからもまた桑名正博の息子、と語って同じことを繰り返さないかですので、口コミでよいので拡散して気をつけてください。 pic.twitter.com/BBq3iu8Gnc
— 美勇士 (@myuji69) 2018年12月13日
桑名乃羅、2018年11月に桑名家の知人より警察に突き出されていた
疑惑の人物である桑名乃羅さんですが、2018年11月になると、たまたま現場に居合わせた桑名正博さんの知人により警察に突き出されるという騒動が起こっていたようですね。
乃羅氏は11月には沖縄に出没したが、現場に居合わせた桑名氏の知人がニセモノだと気づき、身元を特定して一緒に警察に出頭。しかし、乃羅氏は自分の行動を否定し、被害届なども出されていなかったため、逮捕はされなかった。また、桑名氏の妻も長男を名乗る男性の存在を把握していたものの、「『そのうちやめてくれたら』と静観していた」とのことだが、乃羅氏を警察に出頭させた知人の勧めもあり、11月からSNSにてニセモノの注意喚起を呼びかけている。
2018年12月になると、情報番組「直撃LIVE グッディ!」などから直撃取材を受けることにもなった乃羅さんは、記者に対して自身の詐称疑惑説を否定しています。
一方で、自身の行いがマスメディアから注目される騒動になってしまったことに対しては反省する部分はあったのか、今後は桑名正博さんの息子を名乗って全国行脚をしないことをマスコミを通して明言しております。
乃羅氏は、現在、沖縄県内に住んでいる。桑名氏の息子であることは「事実」と明かし「実際的にうちはシングルマザーでそのままだし、だからみんなは色々、美談で済ませたんじゃないの。こっちはこっちでずっと苦労してきた」と話した。
取材で乃羅氏は「いつごろから桑名さんの長男だと言っているか」との質問に「去年だよ。大阪で言われたんだよ、お前名前出せって」と明かし、誰から言われたかを聞かれると「桑名正博さんのパパの知り合いから言われただけ」と明かしていた。
一方で再び「息子であることは事実」と聞かれると「そういうことも一切言わない。何も言わない。人を傷つけるだけだから」と沈黙し、今後は「もう一切言う気はないよ。もう二度と多くは語らないし言う気もない」などと示していた。
桑名乃羅、長与千種の居酒屋の常連客だった
桑名乃羅さんの気になる正体に関しては、桑名正博さんの遺族側は本名もすでに把握しているようですが、今のところ公表する予定はないようですね。
また、元女子プロレスラーの長与千種さんによると、乃羅さんは長与さんが経営している居酒屋「長与千種の体育会系酒場 リングサイド」の常連客だったとか。
元女子プロレスラーの長与千種(54)が、2012年に亡くなったミュージシャン桑名正博さん(享年59)の息子と偽り各地でトラブルを起こしている男が自身の店の常連客だったことを明かし、「桑名正博さんの息子?ありえない嘘だから」とした。
「長与千種の体育会系酒場 リングサイド」の常連客時代の乃羅さんは、癌を詐称して周囲からの同情を買い、ただ酒にありついていたとの情報もあります。
#桑名乃羅 氏の続報。
— RRR (@RRR62264354) 2018年12月21日
元クラッシュギャルズの長与千種氏の店でも常連だったそう。
その当時はたた野良猫のノラと名乗り、大腸ガンで余命いくばくもないと語って同情を買いタダ酒飲んでたそう。つまり詐欺師。
けど、なんか憎めないんだよ。ネット使って奢ってくれる阿呆漁ってるヤツよりマシだろ?
桑名乃羅、歌が下手すぎるとネット上で話題に
桑名正博さんの偽息子
— yg7772 (@soraten07) 2018年12月13日
歌のクセが強い! pic.twitter.com/3FbY88dOyK
桑名正博さんの遺族たちにとっては、心穏やかではない隠し子騒動でしたが、ネット上では各種情報番組で公開された桑名乃羅さんの歌唱シーンが反響を呼んでおります。
中には、乃羅さんの音痴ぶりに本気で腹を立てているネットユーザーの姿も見受けられました。
グッディでやってる自称桑名正博の息子、乃羅ってマジで歌下手⤵️よくもまぁ公の前で歌ってるな〜さぶっ。ボイトレしたほうがええんちゃう‼️わざと上手そうに歌ってるように聞こえるわ人前で歌うにはお粗末。音痴の人って自分が音痴(下手)だとわからないからな
— River (@riverika) 2018年12月18日
桑名乃羅氏の歌が下手すぎて震えてるww
— MOMOちん (@bang_mmk) 2018年12月14日
なんでこんなんみんな信じるんwwww
桑名正博の本当の隠し子・露敏は芸能人になっていた
桑名正博の隠し子・露敏はバンド「虹艶Bunny」のボーカル
死後にとんだ騒動に巻き込まれてしまった桑名正博さんでしたが、実は露敏(ろびん)さんという隠し子も本当にいたようですね。
露敏さんは、桑名さんや兄にあたる美勇士さん同様に芸能人をしており、「虹艶Bunny」というバンドや舞台役者などで活躍中となります。
桑名さんが露敏さんの母親と知り合ったのは、前妻であるアン・ルイスさんと離婚調停中だった頃のようで、1984年に露敏さんが誕生しております。
その後、桑名さんと同居することもなくシングルマザー家庭で育つことになった露敏さんは、小学低学年頃に母親より父親の正体をカミングアウトされました。
露敏さんが桑名さんに初めて会ったのは中学時代だったようで、以降は2人の間で交流が生まれることになりました。
とはいえ、あくまで本妻一家に迷惑がかからないことを配慮した母親や祖母の意向もあり、露敏さんと桑名さんとの交流は年1度程度のペースだったようですね、
2012年に桑名さんが病死をしたことにより、その存在をクローズアップされることとなった露敏さんでしたが、マスコミの取材に対しては下記のように答えております。
「物心ついたときから、“父親がいないことが当たり前”だったので、寂しさを感じたりすることや不幸だと思うことはありませんでした。でも、誕生日にプレゼントを贈ってくれたり、毎年のようにお年玉をもらったりするときに“気に懸けてくれているんだな”と父の温もりを感じることができました。それに言葉を交わさなくても、優しさは感じることができましたから…」
桑名正博について総まとめすると…
・桑名正博は2度の結婚歴があり、最初の嫁・アン・ルイスとの間に長男・美勇士が誕生。その後、1987年11月に一般人女性と再婚し、次男が誕生している。
・桑名正博の息子・桑名乃羅を名乗る男性が全国各地の酒場に出没。実際は血縁関係もないニセ息子の可能性が高い。
・桑名正博には本当に隠し子が1人おり、露敏(ろびん)という名で芸能活動をしている。
今回の隠し子騒動に関しては、まったくの濡れ衣だった桑名正博さんでしたが、女性関係に奔放すぎた人物だけあり、本物の隠し子はいたということになります。
桑名さんの結婚生活に関しては、最後まで寄り添った本妻・栄子さんの忍耐により成立していたものだったことは間違いないでしょうね。
桑名さんの遺族たちが、今後おかしなトラブルに巻き込まれることもないことを祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。