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秦基博は韓国人?結婚した嫁と子供など家族・ハーフ説や学歴と経歴まとめ

人気アーティストの秦基博さんは少年時代はゴリゴリの体育会系で名門大学出身とユニークな経歴の持ち主ですが、韓国人説も話題です。

 

今回は秦基博さんの実家の場所、生い立ちなど経歴や学歴、結婚した嫁や子供など家族を紹介します。

秦基博はヒット曲「ひまわりの約束」でお馴染みのアーティスト

 

秦基博(はた もとひろ)
生年月日:1980年10月11日
出身地:宮崎県日南市(神奈川県横浜市育ち)
所属事務所:オフィスオーガスタ
メジャーデビュー時期:2006年

 

秦基博さんといえば、NHK連続テレビ小説「おちょやん」の主題歌「泣き笑いのエピソード」を提供したことでも知られているアーティストです。

 

 

 

2006年にメジャーデビューを果たした秦さんは、2007年にリリースした2ndシングル「鱗(うろこ)」がDL部門でゴールドディスクを獲得するなど、早々に成功を掴んでいます。

 

 

その後もヒット曲が続くこととなった秦さんは、2014年にリリースした「ひまわりの約束」が100万DL以上を記録し、国民的アーティストの仲間入りを果たすことになりました。

 

そして、映画「STAND BY ME ドラえもん」の主題歌としてもお馴染みな「ひまわりの約束」は、現在も歌ってみた系の動画で人気の楽曲で、秦さんの代表曲です。

 

 

 

 

また、近年は作詞・作曲家としても活躍中で、Sexy Zoneに提供した「夏のハイドレンジア」やV6に提供した「Beautiful World」などもヒットしています。

 

 

 

秦基博のハーフ説や韓国人説について

 

 

秦基博さんは、「秦」という珍しい苗字のせいか、ネット上では在日コリアン疑惑も存在します。

 

歴史的に、秦氏は機織の技術を伝播させた一族として知られ、その後は日本の豪族化して朝廷から財政事務を任されていた時代もありました。

 

そんな秦氏は、奈良時代に日本やって来た渡来人であり、朝鮮半島にいた民族だと言われています。

 

そのため、秦基博さんの大元の先祖にさかのぼれば韓国人と言えなくはないものの、渡ってきたのは奈良時代と今から1000年以上も昔の話であり、もう韓国人とは言えないでしょう。

 

また、ネット上でハーフ説もささやかれている秦さんですが、片親が外国人との情報も存在しないため、純日本人である可能性が高いでしょう。

 

 

 

秦基博の家族:結婚した嫁や子供

 

秦基博、嫁は一般人で子供は長女だった?

 

2006年にメジャーデビューを果たし、デビュー早々ヒット曲に恵まれた秦基博さんは、2009年4月に結婚をしています。

 

秦さんの妻は、一般女性であること以外は公表されておらず、年齢やプロフィールなどは不明。

 

そのため、ネット上でも「年上の女性だ」や「奈緒さんという名前」といった色々な噂が流れていますが、その真相は定かではありません。

 

また、秦さん夫妻の間には子供も1人誕生していますが、家族のプライバシーを重視する方針から、生年や名前などは明らかにされていません。

 

 

 

ただ、2013年1月に発売されたアルバム「Signed POP」の中で子供をモチーフにした「Girl」という楽曲を披露しているため、2012年以前に生まれた娘がいることは確かなようです。

 

「Girl」は、2017年のドラマ「恋がヘタでも生きてます」の主題歌に抜擢され、リカットシングルにもなっているため、世間的にも認知度が高い楽曲になっています。

 

 

 

 

 

秦基博の経歴や学歴① 実家は横浜・音楽との出会いなど生い立ちを紹介

実家は神奈川県横浜市青葉区の住宅街

 

 

秦基博さんは、1980年10月11日、宮崎県日南市内に住む秦家の三男として生まれました。

 

小学2年時、父親の仕事の都合で神奈川県横浜市青葉区に引っ越して以降は、緑の多い閑静な住宅街で暮らすことに。

 

そのため、バリバリのハマッコの秦さんですが、小学時代は音楽よりも野球に夢中な体育会系の少年でした。

 

 

 

ちなみに、当時はプロ野球選手を目指していたそうで、太っていたためポジションはキャッチャーだったそうです。

 

そんな秦さんが音楽と出会ったのは12歳の時で、6歳年上だった長兄が譲り受けてきたギターを弾かせてもらったことで音楽に目覚め、のめり込んでいきました。

 

 

秦基博の経歴や学歴② 中学はバスケに没頭

 

 

中学進学後の秦基博さんは、小学生時代に夢中になった野球から、今度はバスケ部に入部しています。

 

当時大流行していた漫画「スラムダンク」の影響もあったのかもしれませんね。

 

ちなみに、成人後でも身長が178cmと高身長ではない秦さんですが、話し上手で誰にでも優しい性格だったため、その人望を見込まれて副キャプテンを任されていました

 

また、小学生時代以来ギターの練習を毎日欠かさず、学校でも歌の上手さは評判になっていたそうです。

 

 

 

そんな秦さんが中学時代にコピーしていたアーティストは、Mr.Childrenやエレファントカシマシでした。

 

 

秦基博の経歴や学歴③ 高校では軽音部でバンド活動

 

 

中学卒業後の秦基博さんは、高校受験をして神奈川県川崎市内にある法政大学第二高校へ進学しています。

 

法政大学第二高校といえば、レベルの高い学校の多い神奈川県下でも10本の指に入る高偏差値校(偏差値70)なため、秦さんはかなり優秀だったことがうかがえます。

 

高校入学も、中学に引き続きバスケ部に入る予定でしたが、バスケ部に怖そうな先輩がいたため断念したんだとか。

 

その後、緩そうな先輩ばかりだった軽音楽部に入部した秦さんは、作詞作曲を本格的に始め、コピーバンド(ボーカル&ギター担当)を組んで文化祭などで活躍。

 

ただ、秦さんにとってバンド活動は性に合わなかったらしく、参加した卒業ライブで弾き語りを披露した時、初めてライブの楽しさを知ったとか。

 

 

秦基博の経歴や学歴④ 大学時代の活動拠点は「FAD YOKOHAMA」

 

 

高校を卒業後の秦基博さんは、内部進学をして法政大学経営学部に入学しています。

 

そして、横浜市中区にあるライブハウス「FAD YOKOHAMA」を拠点に、弾き語りスタイルで音楽活動を開始しました。

 

ちなみに、「FAD YOKOHAMA」での初ライブの観客は5人のみ。しかも5人全員が友達だったそうですが、オリジナル曲を初披露できた満足感でいっぱいだったといいます。

 

また、「FAD YOKOHAMA」のオーナーの橋本さんは、秦さんにとって恩人のような存在で、都内のライブハウスを紹介してもらったり、音楽のアドバイスを受けたりしていたそうです。

 

F.A.DとかLIZARDに出てた時は、歌ってみたもののどこに響いているのかな(笑)っていうのが分かんないまま、でもそれを橋本さんに聴いてもらって「こうなんじゃない?ああなんじゃない?」って色々アドバイスをもらえたのはすごい良かったなと思いますね。それがなかったとしたら本当に投げっ放しというか。

 

引用:秦 基博インタビュー

 

そんな秦基博さんは、月に2~3回のペースで弾き語りライブに出演していました。

 

そのため、ライブ出演の費用を捻出するために美術品を運ぶアルバイトに明け暮れる生活で、テスト前くらいしか大学の講義に出席しない日々だったそうです。

 

 

秦基博の経歴や学歴⑤ 大学卒業後はフリーターをしながらプロを目指す

 

 

 

大学在学中から、音楽一本で食っていくことを心に決めていた秦さんは、就活はしなかったそう。

 

ちなみに、「FAD YOKOHAMA」の橋本オーナーもそんな秦さんの決意を後押ししてくれた1人でした。

 

大学卒業を控えた秦から真剣な顔で「僕はプロのミュージシャンになれますか?」と聞かれた際は、「オレの主観だけど、おまえみたいに歌うことができるのは美空ひばりしかいないよ。ひばりさんは死んでしまったから、今はおまえしかいない。作詞、作曲の能力を上げたら横浜からアジアに行ける」と背中を押した。

引用:秦基博も巣立つ 中華街ライブハウス「F.A.D 横浜」が開業20年 次世代育て

 

大学卒業後の秦さんは、フリーターをしながらメジャーデビューの機会をうかがっていたのです。

 

 

秦基博と「ジョイマン」の関係とは?

秦基博とジョイマン高木は小学時代からの知り合いだった

 

 

秦基博さんは、お笑いコンビ「ジョイマン」の2人と少年時代からの知り合いです。

 

 

 

特に、高木晋哉さんは小学校以来の同級生で、中学では秦さんに憧れていた高木さんがバスケに途中入部してきたことまでありました。

 

中学の文化祭では、秦さんが高木さんを誘ってコンビを結成し、コントを披露

 

この文化祭でのコントは、高木さんにとって青春時代の良き思い出の1つであり、お笑いに興味を抱くきっかけになったそうです。

 

 

秦基博は「ジョイマン」の生みの親だった

 

中学卒業後、お互い別の高校に進学した秦基博さんと高木晋哉さんですが、地元・横浜の成人式で再会

 

 

 

その後、再会した中学の同級生同士でプチ同窓会を開催した際に、バスケ部のチームメイトだった池谷和志さんが、「NSCに行く。お笑いやるんだ」と将来の夢を語りました。

 

池谷さんの話を聞いた秦さんは、「じゃあ2人で組めばいいじゃん」と高木さんに話を振り、これが「ジョイマン」結成のきっかけになりました。

 

居合わせた秦が「じゃあ2人で組めばいいじゃん」とやりたいことがなかった高木とのコンビ結成を勧めたそうだ。当時の高木は早稲田大学に通っていたが、「お笑いは好きだった。憧れは会ったけど1人では自信がなかった」と言い、秦の一言が背中を押したようだ。その後、高木は大学を中退し、2人はNSCに一緒に通い、芸人の道へ進んで2003年にジョイマンを結成する。

 

引用:ジョイマンの生みの親は“同級生のもっちゃん”こと秦基博 共演に高木「いまだに不思議な感覚」

 

ちなみに、とにかく面倒見の良い性格の秦さんは、「ジョイマン」のネタ合わせに立ち会ったり、ライブを観に来てくれたりしていたそうです。

 

また、人前でパフォーマンスをすることに慣れるために、路上で一緒にツーマンライブをしたこともありました。

 

 

 

 

秦基博についてまとめてみると…

 

 

秦基博さんは、元スポーツ少年で人柄も良いと評判の高学歴ミュージシャンの1人です。

 

秦さんの今後のより一層の活躍を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。

 

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