布袋寅泰

布袋寅泰の娘の現在!元嫁・山下久美子&今井美樹の略奪愛の真相も総まとめ

元BOØWYのギタリストして、ソロアーティストとしてカリスマ的人気を誇る布袋寅泰さん。

 

布袋寅泰さんの元嫁は山下久美子さんですが、今井美樹さんの略奪不倫により離婚しています。

 

布袋寅泰さんを巡る略奪愛の修羅場や娘の現在について詳しくまとめましたのでご紹介します。

布袋寅泰のプロフィール&生い立ち

 

群馬が生んだカリスマロックバンド「BOØWY」の元ギタリスト・布袋寅泰


布袋寅泰さんと言えば日本が世界に誇るギタリストであり、その才能はノーベル文学賞を受賞した世界的ミュージシャンであるボブ・ディランからも「I LIKE YOUR GUITAR.」と賞賛されるほど唯一無二の魅力があるようです。

私生活では歌手の山下久美子さんと結婚するも、今井美樹さんとの不倫により離婚。そして再婚するという略奪愛から世間の批判の対象となりました。その真相についてまとめたのでご紹介します。

 

布袋寅泰さんのプロフィールはこちら。

 

出生名: 布袋 寅泰(ほてい ともやす)
別名: HOTEI
生誕: 1962年2月1日
出身地: 群馬県高崎市
身長: 187 cm

体重: 60 kg前後(エピソードより推定)
学歴: 新島学園高等学校(中退)
職業: ギタリスト、ミュージシャン、シンガーソングライター、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー
担当楽器: ギター、ボーカル、ベース、ピアノ、キーボード、シンセサイザー、ドラムス、コンピュータープログラミング
活動期間
1981年 – 1988年(BOØWY)
1982年 – 1984年(AUTO-MOD)
1989年 – 1990年、2011年(COMPLEX)
1988年、1990年 – (ソロ活動)
レーベル Virgin Records、Spinefarm Records
事務所: DADA MUSIC

 

引用:Wikipedia – 布袋寅泰

 

布袋寅泰さんは料理が趣味で、掃除をはじめとした家事全般も好きだということです。

 

現在の嫁である今井美樹さんとの間には娘がおり、学校に持っていくお弁当も布袋寅泰さんが作ることもあるそうです。

 

また、布袋寅泰さんの特技には”似顔絵描き”があり、下の画像は布袋寅泰さんが愛娘・愛沙(あいしゃ)さんを描いたイラストです。

 

 

布袋寅泰の愛娘・愛沙は母親・今井美樹似?

布袋寅泰さんのこの似顔絵が愛沙さん本人に似ているなら、今井美樹さん似なのかもしれませんね。

 

現在ではロック発祥の地・イギリスのロンドンに活動の拠点を移し、布袋寅泰さんは嫁の今井美樹さん、長女と幸せに生活しているようです。

 

 

しかし、「BOØWY」のギタリストとして世間では無名だった頃に山下久美子さんと結婚した布袋寅泰さんは、今井美樹さんと再婚するまでに三角関係の修羅場があったようです。

 

世間でも”不倫略奪愛”としてバッシングされた三角関係の真相について詳しくまとめたが、まずは布袋寅泰さんの生い立ちや経歴からご紹介していきましょう。

 

 

布袋寅泰の生い立ち&経歴

布袋寅泰は韓国人と日本人のハーフ

意外と知られていない事実だと思いますが、布袋寅泰さんは父親が韓国人で、母親が日本人というハーフのようです。

 

布袋寅泰さんは1962年2月1日に群馬県高崎市で生まれました。

 

布袋寅泰さんの父親は日本と韓国にそれぞれ家族を持っている重婚をしていたようで、母親は日本滞在時の妻という立場だったそうです。

 

布袋寅泰さんの父親は貿易商でほとんどが海外で生活していたため単身赴任状態であり、ほとんどシングルマザーに近い状態だったという。

 

しかし、貿易商として成功していたため布袋寅泰さんは裕福な家庭で育ちました。

 

 

布袋寅泰の実家は焼肉屋を経営していた

布袋寅泰さんの父親の影響なのか、母親は焼肉店を経営していたようですが韓国風だったかどうかは分からないようです。父親は非常にテーブルマナーに厳しかったため、布袋寅泰さんは育ちが良いようです。

 

布袋寅泰さんの母親は紳士的で寡黙だった父親とは正反対の性格で、とても天真爛漫な人のようです。

 

布袋寅泰さんの母親は日本人とロシア人のハーフで、先祖にはアイヌ民族もいるようです。

 

焼肉店を経営する前は高崎駅前でクラブ経営でママをしていたという。

 

布袋寅泰さんは「父親が韓国人だったためアウトサイダーとして生きざるを得なかった」と語っていますが、エピソードとしては見受けられないものの在日韓国人として差別も受けていたのかもしれませんね。

 

 

布袋寅泰の妹・狩野環もミュージシャンだった

布袋寅泰は妹・狩野環とも共演している

布袋寅泰さんの妹である狩野環さんは1990年にデビューして1994年に解散したバンド「ガラパゴス(GALAPAGOS)」のボーカルを務めていました。

 

布袋寅泰さんは「BOØWY」が解散した後、1988年から吉川晃司さんとユニット「COMPLEX」を組みましたが、1990年11月8日に無期限活動休止を発表してソロ活動に専念しました。

 

そして1991年から1992年にかけて行われた布袋寅泰さんの「GUITARHYTHM ACTIVEツアー」で妹・狩野環さんのバンド「ガラパゴス」が前座を務めるなど兄妹で共演をしています。

 

狩野環さんは1994年に「ガラパゴス」が解散してからは「SUPER EGO」を結成しますが売れずに同バンドのドラマ―と結婚して引退し、長女を出産。

 

布袋寅泰さんの姪にあたる狩野環さんの長女は、2015年に”タグチハナ”の芸名でシンガーソングライターとしてメジャーデビューしています。

 

 

布袋寅泰、小学時代からロックだった

布袋寅泰の音楽人生は幼少期に始まった

布袋寅泰さんの音楽人生の始まりは幼少期に始めたピアノだったようです。

 

布袋寅泰さんの母親は根っからの音楽ファンというわけではなく、普通にハリウッド映画のサントラやアルゼンチン・タンゴが好きでよく家で流していたようですが、ピアノを習っていた布袋寅泰さんにそれらの曲をリクエストしてくることもあったようです。

 

個性的な環境に生まれた布袋寅泰さんは、自身も小学校時代から”周りとは違う個性”を求めていたようで、ボーイスカウト(カブスカウト)の制服が好きだったり、小学校高学年ですでにブーツカットジーンズを履き、相当なファッションへのこだわりがあったようです。

 

当時服装やヘアースタイルにこだわっていた理由として、布袋寅泰さんは「群馬では中学に上がると丸坊主にしないといけなかったから」とコメントしています。

 

それが嫌だった布袋寅泰さんは私服通学が可能で制限の無い、中高一貫校でプロテスタント系キリスト教主義学校の新島学園高校に進学しました。

 

ちなみに、現在では身長が187センチの長身ですが、小学校時代は体が小さかったそうです。

 

 

布袋寅泰は中学、高校時代はいじめられていた?

布袋寅泰さんは個性が強すぎるあまり孤立してしまうタイプだったようで、中学、高校といじめられっ子だったそうです。

 

布袋寅泰さんは中学校の頃にブラスバンド部に入りトランペットを始めました。

 

同時にテニス部や英語部にも在籍するなど、布袋寅泰さんは活動的な少年だったようですね。

 

そして、14歳の頃にイギリスのギタリストであるマーク・ボランのポスターを見てギター憧れ、母親の財布から1万円をくすねてストラトキャスターのギターを購入し、ギターの練習に明け暮れるようになりました。

 

布袋寅泰さんは同世代の間でレッド・ツェッペリンやディープ・パープルが流行る中、同じものを嫌う性格から、ロキシー・ミュージックやブリジット・フォンテーヌなどマニアックなレコードを好んで聴いていたそうです。

 

布袋寅泰さんは中学校時代に1年間で20cm背が伸びるなど急激に伸び始めたため、高くなりすぎないように牛乳は意識して飲まなかったという。

 

 

イエス・キリストを恐れない布袋寅泰

布袋寅泰さんは決して不良というタイプではなかったようですが、個性を貫くためには高校中退も辞さなかったようです。

 

布袋寅泰さんは高校に進学すると1970年代のイギリスで流行していたグラムロックのコピーバンドを結成して音楽活動を本格的にスタートさせました。

 

当時はカリスマアーティストの影響をモロに受けていたようで、真っ赤なスーツで登校したり、憧れのデヴィッド・ボウイの『アラジン・セイン』のジャケットに感化されて眉毛を剃ったりと個性を表現することに全く躊躇がなかったようです。

 

ちなみに、布袋寅泰さんが眉毛を全て沿った時は先生にマジックで描かれたそうです。

 

布袋寅泰さんは音楽活動と並行してサッカー部に所属してサッカーにも打ち込んでいたそうです。

 

布袋寅泰さんは現在もサッカー観戦が趣味で、サッカー日本代表メンバーである吉田麻也さんや岡崎慎司さんとは仲が良いそうです。

 

布袋寅泰さんは高校を卒業間近で中退していますが、その理由は髪が長いことを指摘され切るように指導されたからのようです。

 

ロック魂で反骨精神に溢れていた布袋寅泰さんは「イエス様の方が僕より長い」と捨て台詞を吐いて学校を中退したそうです。

 

 

布袋寅泰と氷室京介のドラマは高校時代に始まっていた

布袋寅泰さんと氷室京介さんという日本の音楽シーンを築いたカリスマアーティストは同じ群馬県高崎市出身ですが、高校時代から接点がすでにあったようです。

 

髪の長さを指摘されて高校を中退した布袋寅泰さんは、特に長髪にこだわりがあったわけではなかったため学校を去ってから翌日に髪を切ったそうです。

 

しかし、新島学園の中にも布袋寅泰さんの個性を尊重すべきだと主張する先生もいたようで、この人物は後の「BOØWY」メンバーである氷室京介さんや松井恒松さん、そして17歳の若さで亡くなった天才画家であり氷室京介さんらとバンド活動もしていた山田かまちさんの小学校の頃の担任で、山田かまちさんの死後、作品を世に送り出した竹内俊雄さんでした。

 

ネットではネタにされることが多い群馬県の中で、狭い地域に布袋寅泰さん、氷室京介さん、山田かまちさんという個性の強い天才が3人も同時期に生まれたというのがドラマチックですね。

 

布袋寅泰さんは高校中退後は群馬から出ずに、「BLUE FILM」というバンドを結成して活動し、メンバーの中には後に「BOØWY」のメンバーとなる深沢和明さんと、マネージャーを務めた土屋浩さんがいました。

 

 

布袋寅泰のBOØWYの結成と解散まで

布袋寅泰は「BOØWY」結成まで氷室京介と面識があまりなかった

布袋寅泰さんと氷室京介さんは群馬の地元ではロックミュージシャンを志す者としてライバル的な存在として認め合っていたそうですが、直接的な面識は「BOØWY」結成までほとんどなかったという。

 

氷室京介さんは布袋寅泰さんよりも先に上京し、 1980年代から数々の有名曲を生み出し「ZARD」や「TUBE」などメジャーなアーティストに楽曲提供していた天才作曲家・音楽プロデューサーの織田哲郎さんの後釜として、バンド「スピニッヂ・パワー」の3代目ボーカルを任されました。

 

しかし、レコード会社の意向で無理やり加入させられたため、音楽性の違いにより氷室京介さんは脱退してしまいます。

 

プロとしてやっていくことを諦めようと思っていたそうですが、群馬に帰る前にふと立ち寄った日比谷野外音楽堂でのRCサクセションのライブを目の当たりにして氷室京介さんは再奮起します。

 

群馬で音楽活動をしていた布袋寅泰さんに連絡を取って上京させ、六本木アマンド前で再会しました。

 

布袋寅泰さんはこの時のことを後にネタとして語っていますが、地元群馬の不良少年の間で知らない者はいない極道のような存在だった氷室京介さんから急な呼び出しを受けたとあって、最初は殴られると思っていたそうです。

 

そんな恐怖の存在である氷室京介さんの誘いを断りきれずに「BLUE FILM」を解散させて、メンバーと共に「BOØWY」結成に加わったそうです。

 

ちなみに、布袋寅泰さんはデビュー前の氷室京介さんについて、不良少年の中の帝王のような存在でありながらすでにプロ歌手顔負けの歌唱力を持っていたと語っています。

 

BOØWY結成

「BOØWY」は結成当時「暴威」だった

「BOØWY」のバンド名からすると、布袋寅泰さんや氷室京介さんが強い影響を受けたデヴィッド・ボウイから取ったと思ってしまいますが、実は当時イギリスで流行っていた女性ハードロックバンド「ガール」に対抗して、男だらけなので「ボーイ」にしようと提案され決まったそうです。

 

ちなみに、レコード会社の社長の長戸大幸さんは当時ブームだった「横浜銀蝿」にあやかって「群馬暴威」にしようと提案したようですが、メンバーに猛反対されて廃案となったそうです。

 

絶対売れそうにないネームなのでもしこの名前だったらと考えるとファンは恐ろしいでしょう。

 

「暴威」は1981年に氷室京介さんをボーカルに布袋寅泰さん、松井恒松さんで結成されました。

 

初ライブ直後に高橋まことさんが加入し、1982年にメジャーデビューを果たしています。

 

 

デビューに合わせて「BOØWY」に改名

群馬県出身の元ヤンキーである氷室京介さんを中心に「暴威」という暴走族チックなバンド名でデビューしていたらまた何かが変わっていたのでしょうか?ちなみにこの頃の氷室京介さんは「氷室狂介」だったそうで、占い師から”狂”は良くないと言われて1984年に”京”に変更しています。

 

メジャーデビューを果たした「BOØWY」はロックバンドとしては異例の活躍を見せることになります。

 

とはいえ、5thアルバム『BEAT EMOTION』までは思うように売れず、「BOØWY」は地方ライブに奔走しかなり辛い時期を過ごしているようです。

 

しかし同アルバムを皮切りに、6thアルバム『PSYCHOPATH』それぞれミリオンセラーを記録し、当時のロックバンドとしては異例のヒットとなりました。

 

 

そして、1987年にリリースされたシングル「MARIONETTE」は初登場で1位を獲得し、「BOØWY」は誰もが認める日本のトップバンドへと昇華しました。

 

「BOØWY」の代表曲「MARIONETTE」の動画はこちら。

 

ちなみにファンの間ではセカンドシングルの「BAD FEELING」が人気のようです。

 

「BOØWY」の一番人気曲「BAD FEELING」の動画はこちら。

 

 

BOØWY、絶頂の中での解散理由とは?

「BOØWY」はブレークしてすぐに解散した

音楽シーンでその存在感を見せつけた直後に解散した「BOØWY」は、ファンにとっては悲鳴が上がる事件だったことでしょう。

 

「BOØWY」は人気絶頂の真っ只中にあった1987年12月24日に突然解散を宣言しました。

 

そして、翌1988年4月4日、5日に東京ドームで行われた『LAST GIGS』を最後に「BOØWY」の活動に終止符を打ち解散してしまいます。

 

このライブのチケットは発売開始からわずか10分あまりで完売し、電話予約が殺到したことから文京区の電話回線がショートしてしまうという事態を引き起こしたことから、「BOØWY」を知らない人にもその名が知られることになり、日本で最も注目されたバンドになりました。

 

ラストライブとなった『LAST GIGS』のライブアルバムは150万枚を売上げ、日本のロックバンド史上で伝説を残し「BOØWY」の幕引きとなりました。

 

最後のライブを終えて、バスの中ではメンバー全員が泣いていたそうです。

 

 

 

NHKまでもが異例のBOØWY解散を放送

ロックバンドである「BOØWY」の解散をNHKが報じるという異例の事態も起こりました。

 

「BOØWY」の解散についての真相は現在までメンバーの誰からも語られていないようですが、一つの説としてメンバーそれぞれが自身の音楽活動をスタートさせるためだと言われています。

 

1986年12月16日に長野市民会館で開催されたライブ終了後に、「BOØWY」のメンバーはホテルのバーに集まって解散について話し合ったそうです。

 

解散について最初に提案したのは布袋寅泰さんで、音楽チャートランキングで1位を獲得したら解散しようとかねてから発言していたそうです。

 

しかし、それはブレーク前の無名時代に冗談半分で言っていたものだったようですが、実際に『BEAT EMOTION』で初登場1位を獲得したことで「BOØWY」の解散の話は現実的に動き出したと言われています。

 

「BOØWY」の関係者からも解散の理由についてはメンバーそれぞれの活動の方向性が噛み合わなくなったことを示唆する発言も出ていたようで、氷室京介さんのソロデビューや布袋寅泰さんの海外進出の夢がわかりやすい形だったのでしょう。

 

 

 

 

 

 

布袋寅泰、山下久美子との結婚と今井美樹の略奪愛

布袋寅泰を巡って嫁・山下久美子と今井美樹の複雑な関係


結果的には”不倫略奪愛”として世間から批判を浴びた布袋寅泰さんと今井美樹さんの再婚ですが、その真相についてまとめました。

 

布袋寅泰さんが「BOØWY」のギタリストとしてまだ無名だった頃、山下久美子さんは「学園祭の女王、総立ちの久美子」の異名を持ち、売れっ子のロック歌手として人気を集めていました。

 

山下久美子さんは「BOØWY」の布袋寅泰さんを初めて見たときに「私のロックンロール見つけた」と思ったそうで、世間的にはまだ知名度を得ていない布袋寅泰さんの才能をいち早く見抜いていたようです。

 

山下久美子さんは布袋寅泰さんにアプローチして交際がスタートし、1986年1月の「BOØWY」解散の前年に結婚を発表しました。

 

当時のスポーツ紙では「山下久美子結婚 相手は無名のギタリスト」と書かれていたようで、現在日本を代表するギタリストに成長した布袋寅泰さんの初々しさが伺えます。

 

 

今井美樹、山下久美子から布袋寅泰を略奪

今井美樹は山下久美子のバックバンドを務めていたドラマーの彼女だった

今井美樹さんが布袋寅泰さんと不倫をして略奪するまでの過程があまりにも性格が悪すぎるとして批判されています。

 

布袋寅泰さんと山下久美子さんが結婚した頃、今井美樹さん「黄昏のモノローグ」で歌手デビューしてまだブレーク前の無名に近い状態の歌手でした。

 

そして、今井美樹さんは山下久美子さんのバックバンドを務めていたギタリストの椎野恭一さんの彼女として布袋寅泰さんに近づきましたが、この時椎野恭一さんは既婚者だったことから今井美樹さんはすでに不倫をしている状態でした。

 

山下久美子さんのツアーの打ち上げに椎野恭一さんの彼女として付いてきていた今井美樹さんは、次第に山下久美子さんとも交友関係を築き始めます。

 

『笑っていいとも』のテレフォンショッキングで今井美樹さんが友人として山下久美子さんにバトンを渡すほどの関係になっており、山下久美子さんの著書『ある愛の詩』の中でも今井美樹さんのことを”親友だった”と記しています。

 

 

今井美樹、山下久美子から布袋寅泰を計画的に略奪

布袋寅泰さんに惚れて近づいた今井美樹さんは椎野恭一さんから乗り換えをした挙句に親友でありお世話になったはずの山下久美子さんを攻撃し始めました。

 

山下久美子さんのツアーに付いてきていた今井美樹さんはお世話になっていた部分も多かったと思いますが、恩を仇で返すように布袋寅泰さんと不倫を始めてしまいます。

 

山下久美子さんも夫の布袋寅泰さんに女性の影があることに気づき、それを親友だった今井美樹さんに相談したことがあるそうです。

 

まさか相談相手が不倫の張本人だとは思わなかったと思いますが、今井美樹さんは山下久美子さんが諦めるように「心のなかに広がった思いは止められない」と諭したようです。

 

 

今井美樹の山下久美子への悪質な嫌がらせ

不倫に次ぐ不倫を重ね、親友だった山下久美子さんから旦那である布袋寅泰さんを略奪した今井美樹さんは山下久美子さんとの関係を切るように追い込み始めます。

 

山下久美子さんの著書『ある愛の詩』では、今井美樹さんの名前を挙げていないものの不倫相手から様々な嫌がらせをされたと綴っています。

 

その中でも特に悪質なのが、今井美樹さんは布袋寅泰さんと密会中に山下久美子さんにわざと電話して「彼はいますか?」と布袋寅泰さんの所在を確認し、山下久美子さんがいないと答えると「でしょうね。ここにいますから」とわざと布袋寅泰さんのシャワー音を聞かせたという。

 

他にも山下久美子さんの自宅のポストに離婚届を投函したりと、暗に布袋寅泰さんとの離婚を迫っていたようです。

 

こうした経緯を経て、山下久美子さんは布袋寅泰さんと1997年11月に離婚しました。

 

ちなみに離婚の前年に今井美樹さんがリリースした自身最大のヒット曲「PRIDE」は布袋寅泰さんの作詞作曲であり、歌詞からも当時の不倫をしていたふたりの心境が読み取れるようです。

 

歌詞は著作権の関係上で載せることができないため、今井美樹さんの曲「PRIDE」を聴いてみてください。

 

 

 

 

世間の批判を浴びつつ布袋寅泰と今井美樹が結婚

布袋寅泰さんを山下久美子さんから略奪した今井美樹さんは1999年6月6日に結婚しました。

 

当時、布袋寅泰さんと今井美樹さんの結婚は”略奪愛”として世間を賑わせ、批判の嵐を呼びました。

 

それから2002年に長女の愛沙さんを出産していますが、2004年には布袋寅泰さんの不倫が報じられることになります。

 

当時、俳優の保阪尚輝さんの嫁だった高岡早紀さんとの熱愛を写真つきでフライデーに報じられてしまった布袋寅泰さんですが、それにより今井美樹さんとの関係が破綻しなかったことから事実ではなかったようです。

 

2012年8月からは布袋寅泰さんがかねてから念願だったイギリス・ロンドンに腕試しとして活動の拠点を移し、今井美樹さんと娘の3人で生活しているようです。

 

 

 

 

布袋寅泰、今井美樹、山下久美子の三角関係の真相

布袋寅泰と山下久美子の夫婦関係は破綻していた?

今井美樹さんと不倫関係にあった頃には布袋寅泰さんと山下久美子さんの夫婦関係は冷め切っていたという見方もあるようです。

 

無名だった布袋寅泰さんと売れっ子だった山下久美子さんが結婚し、今で言う”格差婚”に近い状態だったようですが、1990年頃には夫婦関係は冷め切っていたと言われています。

 

1992年12月には布袋寅泰さんと山下久美子さんは大喧嘩をして、激昂した布袋寅泰さんが壁を強打したことで骨折してしまい自身のツアーを延期せざるを得なくなったようです。

 

これ以外にも小競り合いのような喧嘩は度々やっていたと見られています。

 

布袋寅泰さんは山下久美子さんとのギスギスした夫婦関係に耐えかねて、1993年から翌年6月にリリース予定の『GUITARHYTHM IV』の収録のためという理由で1年間イギリスに渡り別居生活をしています。

 

 

布袋寅泰は山下久美子から下に見られていた?

売れっ子歌手だった山下久美子さんと無名だった布袋寅泰さんが結婚したことで、当時から力関係は山下久美子さんの方が上だった可能性は考えられます。

 

山下久美子さんと結婚した時点で「BOØWY」はトップバンドの仲間入りを果たしていたため、布袋寅泰さん自身は世間的な知名度が低くても、相当な収入があったと言われています。

 

当時は日本の音楽全盛期でもありCDも現在とは違って飛ぶように売れた時代なので、布袋寅泰さんは20代で巨万の富を手にしたことでしょう。

 

布袋寅泰さんは「BOØWY」解散後も吉川晃司さんとの「COMPLEX」や、ソロ活動でも成功したため最低でも数億円の資産はあったでしょう。

 

それを表すように、「BOØWY」が解散して時間に余裕のできた布袋寅泰さんは車の免許を取得しに行き、始めて買った車が約1,400万円ほどするポルシェ928ですが、特注車なので2,000万円を超えていたかもしれません。

 

ボディカラーが緑色で布袋寅泰さん自身も納車時に始めてカラーを見て驚く程変な色だったようですが、ポルシェ928に初心者マークをつけて走る人など布袋寅泰さんくらいのものでしょう。

 

さらに布袋寅泰さんは92年頃から1本200万円以上するものもある最高級エレキギターブランドのゼマティスも揃え始めます。

 

遊びたい盛りの20代でひと財産を築いてしまった布袋寅泰さんが子供を作って落ち着きたいなどとは考えないでしょう。

 

その結果として、山下久美子さんとの溝も深まり、結果が耐えなくなっていったと言われています。

 

 

布袋寅泰の長女の現在が美人すぎる

布袋寅泰さんの長女「愛沙(あいしゃ)」さんは15歳になっており、現在の姿が美人過ぎると話題になっています。

 

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出典:http://livedoor.4.blogimg.jp/

 

写真にはスタイル抜群の女性の姿が写っており、その足の長さ、顔の小ささに驚きの声が上がっています。布袋寅泰さんには子供が2人いるとの噂もありましたが、実際は愛沙さんだけだそうです。

 

前述のように、現在は布袋寅泰さん・今井美樹さん・長女の3人でイギリスのロンドンで生活を送っています。

 

布袋寅泰さんの長女の今後の成長に期待がかかりますね。

 

 

 

布袋寅泰の性格をエピソードから検証

布袋寅泰の私生活からわかる性格とは?

布袋寅泰さんの私生活に関するエピソードから布袋寅泰さんの性格についてまとめたいと思います。

 

 

布袋寅泰の趣味は料理

布袋寅泰さんは料理が趣味であることは前述しましたが、特にパスタとスパニッシュオムレツが得意のようです。愛娘・愛沙さんのお弁当も作っていたそうなので、家庭料理は一通り作れるのかもしれません。

 

 

布袋寅泰は規則正しい生活

布袋寅泰さんは食生活に気をつけて1日3食を決まった時間に食べているそうです。

 

 

 

布袋寅泰は酒豪

布袋寅泰さんは大の酒好きで飲みすぎて記憶を失くし暴れていたこともあったそうなので酒癖は悪い方なのでしょう。

 

 

布袋寅泰はトレーニング健康法を実践している

布袋寅泰さんの自宅にはジムとプールがあり、水泳とトレーニングのほかに、週3で5kmのジョギングもしているそうです。ライブをするには相当の体力が必要だということでしょう。

 

 

布袋寅泰は身長186cmで体重60kg?

布袋寅泰さんは20代の頃は体重60kg以下でガリガリに痩せていたようですが、年を取って体重が増えた時にカロリー制限ダイエットで20代の体重に戻したと語っていたようなので現在も60kg台でしょう。

 

 

布袋寅泰は涙腺が緩みやすい

布袋寅泰さんは感動する映画を見るとすぐに号泣してしまうそうで、涙もろい性格のようです。

 

 

 

布袋寅泰は愛車にこだわりがある

布袋寅泰さんは始めて買った車がポルシェ928であることはご紹介しましたが、愛車遍歴が凄く、ベントレー、マセラティ、AMG、アストンマーチンと、フェラーリやランボルギーニを選ばない”布袋らしさ”全開のロックな趣味となっています。家族車としてアルファードにも乗っているそうです。

 

 

 

布袋寅泰は世界旅行が大好き

布袋寅泰さんは過去に1年間でパスポートが真っ黒になるほど海外旅行をしていた時期があったようです。

 

 

布袋寅泰のメールはかわいい絵文字を使う

強面な布袋寅泰さんから想像しにくいですが、メールの文面にはかわいい絵文字で彩られているようです。

 

 

布袋寅泰は嫁と子供と交換日記を付けている

布袋寅泰さんは嫁の今井美樹さんと愛娘の愛沙さんと毎日交換日記を付けているそうです。かなり仲の良い家族だと伺えます。

 

 

布袋寅泰さんの私生活のエピソードから性格をまとめると、まず”かなり豆な性格をしている”ということでしょう。

 

また布袋寅泰さんはとても家族想いであると同時に、友人知人も大切にしているようです。

 

布袋寅泰さんは「他人と同じことが嫌い」と語っているように、常に王道から外れるような選択を選択をしているようですが、感覚は割と庶民的な親しみやすいところがあるのかもしれません。

 

 

 

 

 

布袋寅泰についてまとめると・・・

「BOØWY」のメンバーとしてトップバンドに上り詰め、ソロシンガー・ギタリストとしても名を馳せてきた布袋寅泰さんについてまとめてきました。

 

布袋寅泰さんの元嫁である山下久美子さんも離婚後に一般人男性の子供(双子)を授かりましたが、結婚生活には懲りたのか結婚はしていないそうです。

 

布袋寅泰さんは現在イギリス・ロンドンというロック発祥の地で腕試しをしていますが、今後”世界的ギタリスト”の名声を手に入れることはできるでしょうか?

 

布袋寅泰さんの愛娘・愛沙さんの後ろ姿が最近インスタグラムで公開されましたが、そのうち布袋寅泰さんのプロデュースで歌手デビューを果たすかもしれませんね。

 

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