よど号ハイジャック事件

よど号ハイジャック事件とその後!犯人メンバーの目的や現在・わかりやすく総まとめ

1970年に新左翼党派の過激派「赤軍派」が日本航空機・よど号をハイジャックした「よど号ハイジャック事件」が発生しました。


この記事では、「よど号ハイジャック事件」について、「赤軍派」の組織と事件を起こした理由などをわかりやすく解説し、犯人メンバーのその後現在までの様子について詳しくまとめましたのでご紹介します。

 

「よど号ハイジャック事件」の概要

 

日本で初めて発生したハイジャック事件

 

「よど号ハイジャック事件」は、1970年3月31日に発生した日本の欧米的な資本主義国化を危惧する「赤軍派」による日本で初めてのハイジャック事件です。


「赤軍派」の正式名称は新左翼党派「共産党同盟赤軍派」であり、同組織のメンバー9人が日本刀や拳銃、本物に見せかけた偽物の爆弾などで武装し、「よど号」の愛称で親しまれていた日本航空351便をハイジャックし、乗員乗客を人質に取った上で共産主義国家である朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に向けて飛ぶように指示した事件です。


日本政府は「赤軍派」に対して当時運輸政務次官だった山村新治郎さんが人質の乗員を解放する条件として帯同することを提案し、その条件を飲んだ「赤軍派」は、機長や副操縦士、航空機関士などを除いた人質を解放しました。


そしてハイジャックされた「よど号」は、板付空港(現・福岡空港)を出発して韓国の金浦国際空港を経由して1970年4月3日に北朝鮮の美林(ミリム)飛行場に到着しました。


人質となっていた山村新治郎さんと乗務員3名は同年4月5日に無事帰国しましたが、「赤軍派」の犯行グループ9人はそのまま北朝鮮に亡命しました。

 

 

 

 

「よど号ハイジャック事件」わかりやすく解説① 犯人・赤軍派メンバーの目的

 

赤軍派の目的は日本の共産主義国化

 

第二次世界大戦後に敗戦国となった日本は、連合国軍の置いたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領政策により、急速に欧米諸国にとって都合の良い資本主義化が推し進められました。


日本は資本主義の活性化により高度経済成長期を迎え、急速な発展を遂げる一方でそれまで守られてきた日本独自の文化や国民性が失われていく中で、革命軍「楯の会」リーダーであり昭和を代表する作家・三島由紀夫さんのような革命家の登場や、「学生運動」を巻き起こした全学共闘会議など右翼左翼問わず堕落していく日本を阻止しようとする組織が多く出現しました。

 

彼らの目的は、説明しやすい。1970年3月という時期は、70安保闘争の最大の山場と言われた69年秋の佐藤(首相)訪米阻止闘争が、圧倒的な機動隊の力の前に敗北した後、取るべき次の戦略を巡って、ブント(共産主義者同盟のこと)の分裂が公然化した時期である。
 図式的に言うと、この敗北状況を、再度大衆運動の立ち上げから作り直そうという「右派」叛旗派、さらなる暴力の先鋭化で突破しようとした「左派」赤軍派、その中間の主流派(?)という系統である。

 

引用:iRONNA – 「よど号事件」とは何だったのか 9人が味わった理想と現実


アメリカが介入した悲惨な戦争であるベトナム戦争に反対を唱える「学生運動」が世界的に広まりを見せ、日本でもそうした運動が広がりを見せる中で、暴力によって日本の共産主義化を推し進めようとする過激派左翼「新左翼」が登場し 「赤軍派」もそうした組織の1つでした。


「赤軍派」は武力闘争によって共産主義化を勝ち取る「革命戦争」を打ち出し、首相官邸を始め各地の警察署などを襲撃するテロリズムを繰り返していました。


「赤軍派」はきたるべきクーデターに備えて常日頃から軍事訓練を各地で実施していましたが、大菩薩峠で実施された大規模軍事訓練を事前に警察に把握されてしまい、警察大と衝突の末に「赤軍派」の幹部を含む53人が一生検挙され組織は急速な弱体化を迎えました。


窮地に立たされた「赤軍派」は、それまでの方法では革命を達成できないと考えを改め直、社会主義の小国の指導者を味方につけた上で、その国を拠点として日本を始めとした世界の資本主義国を共産主義国と変えるべく「国際根拠地論」を提唱し始めました。


この革命を成し遂げるために「赤軍派」が最初に目をつけたのが隣の共産主義国家・北朝鮮であり、現地に渡るために起こした事件が「よど号ハイジャック事件」でした。

 

赤軍派が革命のためハイジャック事件を起こす

「赤軍派」内で選ばれた9人が革命のためにハイジャック事件を起こした


「赤軍派」は共産主義革命を成し遂げるための「国際根拠地論」に基づいて、残ったメンバーの中から適任の9人を選出し、北朝鮮に拠点を作るべく1970年3月31日に「よど号ハイジャック事件」を実行に移しました。


「赤軍派」の9人は「よど号」こと日本航空351便に乗客として潜入すると、離陸したのを確認し午前7時33分頃に持ち込んでいた拳銃や日本刀などを取り出して乗客122名を脅して拘束し人質としました。


そして9人は操縦室に侵入すると、当時航空機関士だった相原利夫さんを拘束し、機長の石田真二さんと副操縦士の江崎悌一さんを脅して北朝鮮の首都・平壌に飛ぶように命令しました。


よど号は平壌までフライトする燃料は十分ありましたが、副操縦士の江崎悌一さんが機転をきかせて「赤軍派」のメンバーに「この機体は福岡までの国内便であり、平壌まで行く燃料には燃料が不足している」と伝え、福岡の板付空港に着陸することに成功しました。


この時時刻はハイジャック開始から1時間20分ほどが経過した午前8時59分でした。


事態を把握した福岡県警は、人質122名を乗せたまま北朝鮮の平壌まで飛ぶ事はなんとしても避けなければならないと考え、自衛隊機を故障を装って滑走路を防いだり、燃料給油をわざと時間をかけるように遅らせるなどして時間を稼いでいました。


そうした間に突入の機会をうかがっていた福岡県警や自衛隊でしたが、「赤軍派」メンバーはそうした違和感に気づいて焦り始め、早く出発するように機長の石田真二さんを脅しました。


機長の石田真二さんは、「赤軍派」メンバーが焦りから暴走することを懸念してこれ以上は時間稼ぎができないと踏んだため、女性や子供高齢者等を解放することを条件に北朝鮮の平壌に出発することを提案しました。


人質23名が解放され、よど号は「赤軍派」メンバーの希望通り北朝鮮の平壌に向けて出発しました。

 

「よど号ハイジャック事件」わかりやすく解説② 犯人・赤軍派メンバーが北朝鮮に亡命

赤軍派を欺き韓国に着陸

 

韓国当局の協力により韓国の空港に着陸させた

 

「赤軍派」の指示通りに平壌に向かっていた「よど号」でしたが、14時40分ごろに突然機体の真横に国籍不明の戦闘機が並行飛行しており、戦闘機のパイロットが親指を立ててを地上に向け着陸することを促していました。


機長の石田真二さんはよど号が北朝鮮の領空に入ったと考えている航空無線を使って呼びかけを行ったところ、「こちら平壌進入管制」と応答がありました。


これは日本政府が韓国政府に協力を要請して実現した作戦であり、北朝鮮の戦闘機を装うことでよど号を韓国の金浦国際空港に着陸させようとしていました。


機長の石田真二さんは航空無線の内容から戦闘機は北朝鮮ではなく韓国のものであると気づき、作戦通りに「よど号」を韓国の金裏浦国際空港に着陸させるために「赤軍派」メンバーに対してこのまま北朝鮮に向かうと撃墜される恐れがあるとして韓国への着陸を承諾させました。


15時16分頃によど号は韓国の金浦国際空港に着陸しましたが、韓国は「赤軍派」メンバーに韓国であることを気づかれないように極力偽装工作をしましたが、よど号が着陸した場所から見えるところにアメリカの航空会社であるノースウェスト航空の機体があったことから、「赤軍派」メンバーはここが北朝鮮ではなく韓国であることを疑い始めました。


そのため、ここが北朝鮮であることを証明するために当時同国の最高指導者であった金日成の写真を持ってくるように要求しました。


もし韓国であれば冷戦関係にある北朝鮮の指導者の写真を持ってくると言う事は不可能であるはずで、「赤軍派」メンバーがにらんだ通り韓国当局はこれを用意できなかったため、着陸した場所が韓国だと確信した「赤軍派」メンバーは再び離陸して今度こそ北朝鮮の平壌に向かうことを命令しました。


しかし、機体のエンジン始動のために用いるスターターの使用を韓国当局が許可しなかったため、「よど号」はエンジンを始動させることができず人質を乗せたまま「赤軍派」とのこう着状態が続くことになりました。

 

赤軍派と人質について合意後に北朝鮮へ出発

 

ついによど号は北朝鮮へ向けて飛び立った

 

日本政府は韓国当局の協力を受けて「赤軍派」メンバーとの交渉を続けていましたが、人質を全て解放する代わりに北朝鮮へ出発することを持ちかけたものの「赤軍派」メンバーはこれをかたくなに拒否していました。


翌日4月1日の未明に、当時運輸政務次官だった山村新治郎さんが韓国に到着し、韓国当局と協力して「赤軍派」メンバーと交渉を続けました。


その間に日本政府は共産主義国家の盟主で北朝鮮に対して保護者的な存在でもあるソビエト連邦政府に掛け合い、「よど号」が人質を乗せたまま北朝鮮に到着しても保護するように通達することを要請しました。


北朝鮮もこれに対して「人道的見地から人質の保護し、乗員乗客を直ちに日本へ送り返すことを約束する」と快諾したものの、「よど号ハイジャック事件」の前年に北朝鮮スパイによる大韓航空機ハイジャック事件が起きたばかりであり、北朝鮮が約束を守る保証はどこにもなかったことから日本政府はなんとしても人質を乗せたまま北朝鮮に着陸させる事は避ける必要がありました。

 

また、「よど号」には乗客としてアメリカ人2名が乗っており、アメリカ政府は韓国当局に対して人質の解放を優先するように強く通達していたため、韓国当局は人質の解放条件に北朝鮮へ出発することを合意しました。


そして運輸政務次官の山村新治郎さんを人質の代わりに帯同することを条件に「赤軍派」メンバーと合意したことから、フライトに必要な機長の石田真二さんと副操縦士の江崎悌一さん、航空機関士の相原利夫さん以外の残りの人質全員が解放され、「赤軍派」メンバーの目的通りに北朝鮮の平壌に向けて「よど号」は韓国の金浦国際空港を出発しました。

 

 

 

赤軍派は亡命し、人質は無事帰国

 

事件は一人の被害者も出さずに終結した

 

「よど号」は4月3日19時21分に北朝鮮の美林に着陸し、「赤軍派」メンバー9人と人質4名は北朝鮮当局に拘束されました。


日本政府が恐れていたように北朝鮮は「よど号」の人質4名を絶好の外交カードだと捉え、機体や人質の早期返還は約束できないと言う姿勢を見せました。


北朝鮮当局は「赤軍派」メンバー9人や、人質4名に対して高圧的な尋問を行ったように見せかけましたが、これは日本政府からおいしい交換条件を引き出すためのパフォーマンスであり、実際は丁重に扱われていました。


北朝鮮当局は「赤軍派」メンバー9人の亡命を受け入れ、人質4名の返還に合意し4月5日に無事帰国することができました。


日本政府が北朝鮮政府に対して何らかの見返りを与えたかどうかは発表されていませんが、これを持って「よど号ハイジャック事件」は終結を迎えることとなりました。

 

 

「よど号ハイジャック事件」その後…犯人・赤軍派メンバー9人は北朝鮮スパイに

 

赤軍派は北朝鮮スパイになる洗脳教育を受けていた

 

「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバー9人は、北朝鮮に亡命した後に「国際根拠地論」に基づく北朝鮮政府の取り込みを画策しましたが、北朝鮮政府は当然応じることもなく対日本工作スパイを育てるための「日本革命村」へと送られ、そこで9人は洗脳教育を受けることになりました。

 

 

赤軍派メンバーは現地日本人女性と結婚

 

「赤軍派」メンバーは「よど号妻」と結婚した

 

「日本革命村」へと送られた「赤軍派」メンバー9人は、それぞれが現地の日本人女性と結婚しその多くが子供を設けました。


これらの女性は「よど号妻」と揶揄される呼び方をされましたが、もともとが北朝鮮の思想に共感していた人たちだとみられる一方で、「赤軍派」メンバーの1人である岡本武と結婚した福留貴美子さんは、1976年頃に拉致された北朝鮮拉致被害者の可能性があると言われています。


「赤軍派」メンバーと「よど号妻」の間にできた子供たちは、その後日本に移り住んでいると言われています。

 

 

 

「よど号ハイジャック事件」の現在…犯人・赤軍派メンバー9人中5人が死亡

 

赤軍派9人のうち5人が死亡

 

中には無残な最期を遂げた可能性のあるメンバーも)

 

「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバー9人のうち、5人が現在までに死亡していると言われています。

 

【吉田金太郎】

「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバーからの手紙が吉田金太郎の実家に届いたことで、1985年に平壌で病死していたことがわかりました。


ただ、吉田金太郎は祖父が裕福な商人だと言うことが北朝鮮当局につきとめられ、強制収容所に入れられて死亡したと言う見方もあります。


その根拠としては、吉田金太郎だけが「よど号妻」との結婚歴がなく、亡命後の行動について形跡が残っていないためでした。

【田宮高麿】

「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバーの中で最年長でありリーダーだった田宮高麿は、1995年11月30日に平壌にて病死したと伝えられています。


死因は急性の心臓麻痺とされているものの、その前日には元気な様子が確認されていたことから他殺の可能性もあるとされています。


【岡本武】

福留貴美子さんと結婚した岡田剛は、1988年に夫婦揃って土砂崩れに巻き込まれて死亡したと北朝鮮当局に発表されているようですが、真相は脱北を図ったところを北朝鮮当局に拘束されてしまい強制収容所に送られ死亡したと言う情報があります。


【田中義三】

田中義三は脱北した後にカンボジアで拘束され、日本政府に拘束されて強制送還されましたが2007年1月1日に国内で病死しました。


【柴田泰弘】

柴田泰弘は脱北後日本に帰国し自宅にて病死しています。

 

 

赤軍派の4人は現在も北朝鮮にいた

 

「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバー9人のうち、死亡していないとされる小西隆裕、若林盛亮、赤木志、魚本公博は現在も北朝鮮に在留しているとみられています。


この4人はよほど北朝鮮での生活で地獄を見たのか、「よど号ハイジャック事件」を起こした罪による裁きを受け、刑に伏す覚悟があると表明していました。


また、北朝鮮拉致問題に「よど号ハイジャック事件」を起こした「赤軍派」メンバーが関わっていると言う疑惑が浮上していましたが、これについては否定しているようです。

 

 

「よど号ハイジャック事件」についてまとめると…

 

・ 「よど号ハイジャック事件」は日本の共産主義化の実現を目指した赤軍派メンバー9人によって起こされた

・「よど号ハイジャック事件」を起こした赤軍派メンバー9人は全員が北朝鮮に亡命したものの、対日工作員として洗脳教育を受けることとなった

・「よど号ハイジャック事件」を起こした赤軍派メンバー9人中5人が死亡、生存している4人は現在も北朝鮮で暮らしている

 

「赤軍派」は「国際根拠地論」と言うたいそうな思想を掲げてテロリズムを起こしましたが、北朝鮮がすんなり同意してくれると思ったところに浅はかさがあるのかもしれません。


追い詰められていたことにより「赤軍派」は玉砕覚悟だったのかもしれませんが、ある意味北朝鮮と言うわかりやすい国に亡命してくれたことが問題が長引かずに済んだのかもしれません。

 

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