ヒット曲「どんなときも」「もう恋なんてしない」などで知られ、SMAP「世界に一つだけの花」を作詞したことでも知られているシンガーソングライターの槇原敬之さん。
歌手の槇原敬之さんは15年ほど前に「覚醒剤所持」により逮捕された前科があります。
この記事では槇原敬之さんの過去の逮捕事件や激やせした現在の薬物再使用事件、また2018年に起こった愛人である奥村秀一さんの逮捕についても紹介しています。
この記事の目次
槇原敬之のプロフィール
出典:http://topicsland.com/
本名:槇原敬之(まきはら のりゆき)
生年月日:1969年5月18日
出生地:大阪府高槻市
身長:176cm
職業:シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー
ジャンル:J-POP
事務所:ワーズアンドミュージック
1985年、坂本龍一が担当していたNHK-FM「サウンドストリート」のデモテープコーナーに、アーティスト名「C・M・C」として応募した楽曲「HALF」が絶賛された槇原敬之さん。当時の彼は16歳であったにもかかわらず、異例のフルコーラス放送が行われました。
出典:槇原敬之 HALF
1990年10月25日、シングル「NG」とアルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」でWEAミュージック(後のワーナーミュージック・ジャパン)よりデビュー。
1991年、弱冠22歳ながら3rdシングル「どんなときも。」がミリオンセラーを記録。4thシングル「冬がはじまるよ」と立て続けにヒット曲をリリース。年末には日本レコード大賞、第42回NHK紅白歌合戦に出場。
1992年、5thシングル「もう恋なんてしない」で再びミリオンセラーを達成。3rdアルバム「君は僕の宝物」もミリオンヒットを記録しています。
出典:槇原敬之 – No.1
1993年、8thシングル「No.1」がオリコン1位を記録。60万枚を売り上げるヒット曲となりました。また、4thアルバム「SELF PORTRAIT」が初登場1位、ミリオンヒットを達成しました。
出典:槇原敬之 – SPY Warner Music Japan
1994年、12thシングル「SPY」がオリコン1位を記録、80万枚を売り上げるヒット曲となります。また、5thアルバム「PHARMACY」もオリコン1位を記録しています。
1997年、ソニー・ミュージックエンタテインメントに移籍。初のベストアルバム「”SMILING” ~THE BEST OF NORIYUKI MAKIHARA~」がオリコン1位を記録。最終的に190万枚ものセールスを記録しました。
なお、同アルバムは日本ゴールドディスク大賞ポップス賞を受賞。翌年のゴールドディスク大賞ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤーも受賞しています。
槇原敬之が友人の奥村秀一と共に覚醒剤所持により逮捕【1999年8月26日】
1999年8月26日、覚醒剤所持の情報を得て内偵中であった警視庁関係者の捜索を受け、自宅から覚醒剤が発見されました。
覚醒刺取締法違反(所持)現行犯により、友人の奥村秀一氏と共に逮捕。その後の調べで、9月3日にMDMA(幻覚剤)所持が発覚。この逮捕により一時的に7億円もの借金を抱える事態に陥ったとされます。
当時の報道によると、自宅でペンケースに入った1gほどの覚せい剤が見つかったそう。槇原は警察に対して、使用し始めたのは前年の98年からであり、共に逮捕された23歳の男と金を出し合って買ったと告白している。
この時、共に逮捕された男の名は奥村秀一。槇原と愛人関係ではないかと噂されている男性であり、当時は槇原と同棲していたそう。かつて新宿歌舞伎町二丁目のゲイバーで「金太郎」という名で勤務していたことでも知られている。
槇原はこの逮捕を受けて一カ月余りの勾留の後、300万で保釈。懲役1年6カ月(執行猶予3年)の判決が出された。当然すぐには音楽活動を復活することはできず、無期限の活動停止状態に追い込まれた。(2000年11月に復帰)
9月9日、300万円の保釈金により保釈。12月8日、懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決が下される。その後、所属事務所を以前のワーナーミュージック・ジャパンに復帰しています。
槇原敬之の復帰後の活動状況【2000年~】
2000年11月、10thアルバム「太陽」で活動再開。翌年以降3年間ほどアルバムリリースを中心とした歌手活動を送っています。
2003年、自身の作詞作曲による楽曲「世界に一つだけの花」をSMAPに提供し、彼らが歌った同曲はダブルミリオンを記録しました。
自身の歌唱によるリリースではなく、SMAPに曲を提供した経緯について、日刊スポーツのインタビューで語られています。
「僕が歌っていたら、こんなに売れなかったと思います。僕はいろいろあったし、偏見という目を感じるときだったと思うんですけど。自分という人間が歌うことで、この(曲の)考え方が汚いものだと思われるのは、耐えられない。
そういう意味では、清潔感があって人気者のSMAPに歌ってもらえば、聴こうと思ってくれる人がいっぱいいるだろうと思って。
親に言われたらむかついて聞けないようなことでも、大好きな人から言われると『そうだね』って思える感じで、歌ってくれるだろうと。願いをこめて託しました」。
2004年、アルバム総売上枚数が1,000万枚を突破。男性ソロ歌手としては、井上陽水、長渕剛に次ぐ快挙。初チャートインから13年2ヶ月での達成は現在においても史上最速記録です。
なお、2006年にアルバム総売上枚数で井上陽水を抜き、男性ソロ歌手歴代1位となっています。
2007年にレコード会社をエイベックスに移籍。2010年には独自レーベルとなるBuppuレーベルを立ち上げ、エイベックス系列レーベルから移籍。その後も数々の名曲を夜に送り出しています。
槇原敬之が激やせ!また薬を使用してるのでは?と噂に【2016年~】
覚醒剤取締法違反による現行犯逮捕による活動休止、その後の復帰以降、覚醒剤再使用の噂も無く数々の名曲を世に送り出し続けてきた槇原敬之さん。
しかし、最近になって再び過去の逮捕事件が取りざたされています。なぜ、今頃になって過去の事件が掘り返されているのでしょうか?
実は、最近放送されたミュージックステーション(Mステ)に出演していた槇原敬之さんが「激やせ」していたことが、視聴者から「覚醒剤を再使用しているのでは?」と疑われる原因となっているようです。
一体、どれほどの激やせぶりなのでしょうか?
確認してみたいと思います。
出典:http://i1.wp.com/
以前の槇原敬之さん
特に痩せている感じはありません。
出典:http://topicsland.com/
Mステ出演時の槇原敬之さん
頬の肉が落ち、げっそりしている印象を受けます。
激やせの原因については、以下のパターンが疑われているようです。
1.病気説
槇原敬之さんは同性愛者であることを公表されています。そのため、同性愛者に多いとされるエイズではないかとの噂があるようです。しかし、ツイッターで頻繁に呟かれていることやテレビ出演もされていることから、エイズである可能性は低いと思われます。
2.ダイエット説
もともと太っているわけでもない槇原敬之さんがダイエットをする必要性がないため、この説も可能性は低いと考えられています。
3.作詞作曲のストレス
常に新たなものを生み出し続けなければならないアーティストの苦悩は一般人には計り知れないと言われています。槇原敬之さんのように名曲を生み出し続けてきている方であれば、なおさらプレッシャーが強いため、この説は信憑性がありそうですね。
4.覚醒剤再使用の可能性
槇原敬之さんを昔から知っている方にとっては、どうしても彼が過去に起こした覚醒剤取締法違反による逮捕が思い返されてしまいます。
また、これまでにも清水健太郎さんや田代まさしさんなど、覚醒剤使用で逮捕された芸能人が再使用・再逮捕を繰り返していることなども、槇原敬之さんの覚醒剤再使用を疑わせる原因となっていると思われます。
加えて、当時槇原敬之さんと共に逮捕され、槇原さんに覚醒剤を提供した元凶とされる奥村秀一氏の存在も疑惑に拍車をかけているとされています。
奥村秀一氏とは元々、同性愛の関係にあった槇原敬之さんですが、逮捕後に破局したことが伝えられていました。しかし、2000年に復縁し、現在では自身のレーベルを管理する会社の社長に奥村秀一氏が就いているとも言われています。
このことから、覚醒剤再使用の可能性が心配されているようです。 |
槇原敬之のパートナー奥村秀一が覚醒剤で逮捕される【2018年3月】
槇原敬之のパートナー奥村秀一が覚醒剤で逮捕
槇原敬之さんのパートナーさ奥村秀一さんが2018年3月に覚せい剤使用の容疑で逮捕されていたことがわかりました。2018年5月10日には初公判が開かれています。
覚せい剤取締法違反の罪に問われているのは、歌手の槇原敬之さんの所属事務所の元代表・奥村秀一被告。起訴状などによると奥村被告は今年3月、港区のマンションで覚醒剤を使用した罪に問われている。10日の初公判で奥村被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
槇原敬之と奥村秀一は愛人関係か
槇原敬之さんと奥村秀一さんは愛人関係であるようで、1999年の逮捕時には同棲生活を送っていたといいます。
「奥村被告は過去に新宿2丁目のゲイバーで働いていたことがあります。それを槇原さんに見初められ、公私ともにパートナーとなったのです。99年に一緒に逮捕されたときは、同棲生活を送っていました」(スポーツ紙記者)
「過去に2人で薬物を使用し、逮捕されたことは紛れもない事実。しかも、公私ともに濃密な関係だったわけですから当然、槇原にも疑惑の目が向くことになるかもしれません。それだけに、今後は奥村被告としっかり“決別”できるかどうかがカギになってくるでしょうね」(芸能ジャーナリスト・浅見麟氏)
一時はパートナーを解消したともいわれていますが、2000年頃には復縁しており、2018年頃も2人がじゃれあっている姿が目撃されていたようです。
槇原敬之が覚醒剤と危険ドラッグ所持で逮捕される【2020年2月】
2020年2月13日、槇原敬之さんが、覚醒剤取締法違反(所持)と医薬品医療機器法違反(所持)の疑いで警視庁組織犯罪対策5課に逮捕されました。
逮捕容疑は2018年4月、東京・港区のマンションの一室で覚醒剤を所持し、同年3月に同じ場所で指定薬物の亜硝酸イソブチル(危険ドラッグ)の入った液体を所持した疑いが持たれています。
槇原敬之容疑者(50)が、覚せい剤取締法違反容疑などで逮捕された。警察発表によれば、2018年4月に覚せい剤、3月に危険ドラッグを所持していた疑いだという。
愛人の奥村秀一さんが2018年3月に覚醒剤使用で逮捕されましたが、そこで足が付いたと見られています。その後、警察が慎重に捜査を進め、2年経った現在になって逮捕に踏み切ったようです。
また、槇原敬之さんと奥村秀一さんにトラブルがあったとも噂されています。奥村秀一さんは2018年3月の逮捕前に槇原敬之さんの個人事務所の代表をクビになっているのですが、奥村秀一さんが槇原敬之さんに薬物を勧めるようになったのが原因とも言われています。
「‘99年に逮捕された際は、A氏は保釈されたあと、マスコミをさけるために、一時実家にも元のマンションにも寄りつかず、独り暮らしをしていたそうです。槇原さんとはもう会わないと法廷でも明言していました。槇原さんも、”もう連絡は取らない”と裁判で訴えたのですが、翌年には2人は同じマンションで暮らしはじめ、その後A氏が逮捕される‘18年まで、彼らの関係は続いていました。ですが逮捕された時、A氏は“槇原に裏切られた”と周囲に語っていたんです。20年以上も一緒に歩んできた2人ですが、自分だけ逮捕されたことに納得いかなかったんでしょう」(芸能プロ関係者)
一方で、知人はスポニチ本紙の取材に「男性が事務所をクビになったのは、槇原さんにクスリを勧めるようになったから」と説明。槇原容疑者が男性を遠ざけ、関係を断とうとしていたという。
槇原敬之さんはパートナーの奥村秀一さんに勧められて再び薬物に手を出した可能性が高そうですね。しかし、それがきっかけで再び関係も切れたようです。
まとめ
■復帰後の2003年、自身の作詞作曲による楽曲「世界に一つだけの花」をSMAPに提供し大ヒットとなる。最近では、音楽番組出演した時の激やせの様子から、薬に手を出したのでは?とネット上で噂となった。
■槇原敬之の友人の奥村秀一が2018年3月に再び覚醒剤で逮捕。槇原敬之に再び疑惑の目が向けられていた。
■槇原敬之は2020年2月に覚醒剤使用と危険ドラッグ所持で逮捕された。警察発表によると、2018年4月に覚せい剤、3月に危険ドラッグを所持していた疑い。
これまで数多くの名曲を世に送り出してきたシンガーソングライターの槇原敬之さんが起こした過去の逮捕事件やその後の活動についてまとめてみました。
激やせしたことから覚醒剤再使用の疑いがネットで噂されていましたが、2020年2月にまたしても覚醒剤使用で逮捕されてしまいました。薬物には常習性があるのがよくわかり、恐ろしいですね。