1990年代に東京アウトロー界に伝説を作った与国秀行さんですが、現在は宗教家に転身しているとの驚きの情報があります。
この記事では、与国秀行さんの経歴や失明は関東連合が犯人の噂、結婚した嫁と子供、そして現在の様子についてまとめてみました。
この記事の目次
与国秀行のプロフィールと生い立ち
与国秀行(よくに ひでゆき)
旧姓:谷山秀幸(たにやま ひでゆき)
生年月日:1976年6月6日
出身地:東京杉並区
出身校:東海大望星高校
身長:173cm
与国秀行、小学生時代から警察に補導されていた
1990年代の東京アウトロー界のレジェンドである与国秀行さんですが、父親は韓国出身の在日コリアン、母親は日本人という日韓ハーフと身の上であり、国籍は日本という生い立ちになっています。
実家が会社を経営する裕福な家に生まれた与国さんは、両親がクリスチャンの家系なのか、幼少期よりYMCA(キリスト教青年会)の活動に携わっていたそうで、成人後もボランティア活動などには積極的に参加しているようですね。
しかしながら、そんな両親の期待とは裏腹に、小学校高学年の頃には警察に補導されるようなやんちゃな少年に成長してしまった与国さんは、以降は不良ロードをまっしぐらとなりました。
特に大柄な体格ではなかったものの、小学校時代から筋トレをかかさなかった与国さんは、地元・杉並を制した後は、渋谷や府中に加えて、三鷹や中野、江東区といったエリアのトップをタイマンで撃破し、武闘派伝説を残しております。
まさに東京に敵なし状態だった与国さんでしたが、薬物売買や恐喝、強姦など暴力団顔負けの悪事を働くことが当たり前となっていた同世代のアウトローたちとは違い、あくまで男の強さを求める昔気質の存在でした。
そんな男らしすぎる与国さんには、高校時代に病弱な知人の退院祝いの花見をしている最中に、近くで場の雰囲気を壊すような言動を繰り返していた相撲取りを殴り倒し、追い返したといった武勇伝まであります。
与国秀行、関東連合元メンバーとのエピソードが凄い
東京・杉並に拠点を置いて暴れまわっていた与国秀行さんは、同時代のアウトロー界のビッグネームたちとも顔見知りとなっています。
同じ杉並出身のアウトローである「関東連合」元リーダー・見立真一は、与国さんの中学の後輩だったらしく、同じ放送委員会に所属していたこともあったようですね。
出会った当時の見立真一は、本格的にグレる前だったこともあり、与国さんと一緒につるんで暴れまわった経験はなかったとか。
とはいえ、与国さんの腕っぷしの強さに憧れを抱いていた見立真一は、相棒であった松嶋クロスと一緒に、与国さんと同じボクシングジムに通っていたこともあったと言われております。
与国さんには、チーマーグループ「新宿ジャックス」の設立者であり、後に「関東連合」のケツモチとなった金村剛弘との因縁も存在します。
当時新宿のトップを張っていた金村剛弘は、各地で暴れまわる与国さんの噂を聞きつけて、後輩とタイマンを張らせたことがありました。
当然ながらタイマンに勝利をした与国さんは、「次は誰ですか?」と凄んだところ、金村剛弘は悔しがりながらもその場から退散したとか。
とはいえ、2人の対立は後引くものではなかったそうで、いつしか一緒に飲み会に参加するような悪友関係になってもいたそうですね。
与国さんは、チーマーグループ「TOP-J」の副リーダーであり「関東連合」の元メンバーだった田丸大と親友でもありました。
2人が親友となったきっかけについては、池袋の不良たちとタイマン合戦をする際に、成り行きでコンビを組んだことで急接近したとか。
後に住吉会系の暴力団幹部まで上り詰めた田丸大でしたが、人望が厚く人間性が優れていると評判の人物だったため、昔性質の与国さんとは気が合うことが多かったのかもしれませんね。
与国秀幸、湘南の風・若旦那を更生させた男だった
与国秀行さんは、元格闘家の山本徳郁さんの少年時代の悪友でもあったそうで、山本さんとモデルのMALIAさんとの結婚式ではスピーチを任されたこともありました。
その他にも与国さんは、レゲエグループ「湘南の風」の若旦那さんとも不良少年時代に因縁があったようですね。
少年時代は渋谷センター街に集うチ-マーの1人だった若旦那さんでしたが、与国さんの喧嘩を目撃したことで絶対に敵わない存在がいることに気が付き心が折れ、更生するきっかけとなりました。
与国秀行の経歴…「幸福の科学」に入信し宗教家として活動
与国秀行、大川隆法の本に感銘を受け「幸福の科学」信者に
1990年代の東京アウトロー界のビッグネームたちに関しては、半グレと呼ばれる勢力になったり暴力団員となったりと、成人後は闇街道をまっしぐらな人物が多かったことでも知られています。
与国さん本人も高校卒業後も喧嘩三昧の日々から抜けられなかった人間の1人でしたが、1997年に実家の経営する会社が倒産したことをきっかけに、真人間に戻ろうと思い立ち全国を放浪する旅に出かけたとか。
全国放浪中の与国さんは、親からの仕送りも期待出来ない身の上だったせいもあり、ラーメン屋の倉庫で寝泊まりをするホームレス生活を経験したこともありました。
その後沖縄・宮古島にたどり着き、スキューバーダイビングのインストラクターやリゾートホテルの従業員をしていた与国さんは、2000年頃に、たまたま足を運んだ島の図書館で「幸福の科学」創始者兼総裁・大川隆法さん著作の「太陽の法」と出会ったそうですね。
「太陽の法」を読み深い感銘を受け、自分のすべきことが見つかった気分となった与国さんは、「幸福の科学」に入信することになりました。
与国秀行、2005年に作家デビューしていた
「幸福の科学」の信者となった与国秀行さんですが、2005年に「優しき心への水」という啓発本を発売し、作家デビューを飾ることになりました。
その後も定期的に作家活動を続けている与国さんは、政治や経済、民俗学など多岐に渡る分野の作品を世に送り出しています。
・「日本最大の国難 – 目に見えぬ黒船の来航」(2010年)
・「武士道を行く」(2016年)
・「大和魂の復活」(2016年)
・「貧困繫栄国家 – 超格差社会を粉砕せよ」(2017年)
・「神秘の国」(2018年)
・「幸福実現主義-武士道を復活させ、資本主義に終止符を-」(2019年)
与国さんの著作を読んで、心動かされた読者も少なくないようですね。
この本は文庫サイズながら、現代日本の政治・経済・社会・文化・宗教・防衛等の問題について、私たちが知っておくべき事柄が必要にして十分に、しかも分かり易く述べられている。
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与国秀行、知名度獲得のために格闘家デビューしたことも
与国秀行さんは、2008年になると、格闘家デビューを飾ったことでも話題となりました。
・「THE OUTSIDER」第一回大会(2008年)
・「SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT S-CUP 2008」
路上最強伝説を残していた与国さんでしたが、30代前半の身の上で格闘技の世界に転身したせいもあり、2戦2敗の憂き目となり、ネット上ではその負けぶりをあざ笑う人間も多数いたとか。
与国さんが、喧嘩屋人生から足を洗って10年以上経った後に、あえて格闘家デビューをした真意については、アウトロー界隈以外での知名度が欲しかったという切実な事情がありました。
与国さんは、作家活動と並行して武士道や大和魂を説く思想家として活動していたものの、一般社会での知名度のなさが災いし、聞く耳を持って貰えないという悲哀を経験していたようですね。
そのため、あえて自分を晒しものにする覚悟で格闘家デビューをし、一般的な知名度を得ようと試みることになりました。
与国秀行、幸福実現党から2度も衆議院選挙に立候補するも落選
与国秀行さんは、「幸福実現党」公認で衆議院選挙に立候補したこともありました。
・2009年「第45回衆議院議員総選挙」立候補(東京12区)
・2017年「第48回衆議院議員総選挙」立候補(比例南関東ブロック)
創価学会と並び、日本の2大新興宗教と呼ばれている「幸福の科学」ですが、「幸福実現党」としては国政選挙での当選者を出した実績がないこともあり、与国さんの選挙活動も2度とも落選の憂き目となっています。
与国秀行が暴漢に襲撃され失明…犯人は関東連合関係者?
与国秀行、2009年に暴漢に襲撃され左目を失明
与国秀行さんは、2009年7月に行われた「第45回衆議院議員総選挙」直後に、赤羽の路上で暴漢グループに金属バットで襲撃された結果、左目を失明しています。
事件当日の与国さんは、妻と一緒に食事に出かけた帰りだったそうで、「妻には手を出さないでくれ」と犯人たちに語り路上に座り込んだ後、「お前たちも真人間になれ!」と説得しながら無抵抗で暴行を受け続けていたと言われております。
事件後の与国さんが被害届を提出しなかったために、警察が捜査することもなく闇に葬られた暴行事件となりましたが、巷では「犯人グループは関東連合一派ではないか?」との噂も流れているようです。
関東連合犯人説の真相
「関東連合」OBではないものの同時代の東京のアウトローという接点もあり、元リーダー・柴田大輔の出所祝いのパーティに呼ばれたりと、与国秀行さんと「関東連合」一派との仲は、元々は悪くはなかったようですね。
そんな両者の関係性が崩れ、「与国秀行襲撃事件」が起こった遠因については、2008年3月に発生した「西新宿事件」が関係しているとも噂されています。
「西新宿事件」では、「関東連合」一派のケツモチとして有名だった山口組弘道会系の暴力団準構成員・金村剛弘が、自宅前で待ち伏せていた覆面軍団により金属バットで撲殺されています。
金村剛弘が「西新宿事件」の被害者となった原因については、元々は反関東連合系の勢力だった立場でありながらも、いつの間にか「関東連合」一派に合流して交流を深めている姿を気に入らなかった半グレ勢力が、見せしめの制裁を発動したと言われております。
「西新宿事件」において主導的立場にあったのは、「関東連合」一派にとって少年時代からの因縁の相手である木村兄弟だと言われており、事件当時、山口組極心会連合系構成員だった弟・木村孔次郎が襲撃の音頭を取ったとの噂もあります。
そのため、仇敵に親しい先輩を殺された形となった見立真一ら「関東連合」一派は、金村剛弘の葬儀の場でも号泣しながら復讐を口にしていたそうですね。
一方でそんな後輩たちの姿に一抹の不安を覚えた与国さんは、葬儀の場で見立真一らに「これを機会に更生して闇社会から足を洗うように」と説教をしてしまい、口論へと発展してしまったとか。
ネット上では、この時のトラブルを恨みに思った見立真一らが「与国秀行襲撃事件」を起こしたのではないかとの噂が蔓延している状況となっていますが、与国さん本人は、噂を否定している立場でもあります。
与国秀行の結婚した嫁と子供について
与国秀行さんに関しては、与国真澄さんという「幸福の科学」信者と結婚しています。
元々は谷山姓だった与国さんは、真澄さんに婿入りしているようで、結婚を機に与国姓を名乗るようになっているようですね。
真澄さんは、私生活のみではなく、宗教家・思想家活動面でも与国さんのパートナーとなっており、2018年に夫婦で立ち上げた一般社団法人「武士道」では、代表理事を務めています。
ちなみに2人の間に子供がいるかどうかは不明です。
与国秀行の現在…宗教家としてYouTubeで啓蒙活動をしていた
与国秀行さんの現在については、前述の一般社団法人「武士道」での街宣活動の他、2011年頃よりユーチューバーとして啓蒙活動を展開中となっています。
「与国チャンネル武士道」での与国さんの主張は、政治や経済、宗教といった真面目な話題から芸能方面まで多岐に渡り、深く感銘を受けている人間も少なくないようですね。
一方で陰謀論的主張が混じることも少なくない与国さんの投稿動画は、一部からクレームも殺到しているようで、これまでに3度のアカウント削除の憂き目にもあっているようですね。
与国さんは上記の活動の他にも、「幸福の科学」の精舎である「横浜正心館」で講師を務めているそうで、全国各地で講演活動なども展開しているとか。
与国秀行についてまとめると…
・与国秀行は2009年に暴漢グループに金属バットで襲撃され左目を失明、犯人は関東連合関係者と噂されているが本人は否定している
・与国秀行は「幸福の科学」信者の与国真澄と結婚した
・与国秀行は現在、宗教家としてYouTubeでも啓蒙活動をしている
与国秀行さんに関しては、かつては伝説のアウトローながらも更生し、現在は宗教家や思想家として活動中の身の上ということとなります。
与国さんの今後より一層の活躍を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。