Toshl

X JAPAN・Toshlの洗脳の真相!嫁・守谷香とMASAYAに騙された経緯まとめ

日本を代表するバンド「X JAPAN」のボーカルとして1980年代後半より活躍してきたToshl(TOSHI)さん。

 

1998年頃にはHOH(ホームオブハート)のMASAYA(倉渕透)らに洗脳されたことで人生を大きく狂わせました。

 

Toshlさんの洗脳騒動を含めて総まとめしましたのでご紹介していきます。

Toshl(TOSHI)のプロフィール&生い立ち

 

洗脳で「X JAPAN」が解散…失われた12年間

Toshlさんが洗脳されてしまったのはまさに運命のいたずらとでも言えるような流れがあったようですが、カルトのような自己啓発セミナー団体「ホームオブハート(HOH)」の代表・MASAYA(倉渕透)と出会ったことで、Toshlさんは洗脳されて、脱退するまで12年間搾取し続けました。

Toshlさんの洗脳騒動について総まとめしましたので詳しくご紹介していきます。

 

Toshlさんについてのプロフィールはこちら。

 

出生名: 出山利三(でやま としみつ)
別名: TOSHI
生誕: 1965年10月10日
出身地: 千葉県館山市
身長: 164 cm
体重: 不明
学歴: 千葉県立安房高等学校卒業
ジャンル: J-POP、ロック、ヘヴィメタル
職業: ボーカリスト、ミュージシャン、プロデューサー
担当楽器: ボーカル、ギター、ピアノ
活動期間: 1977年 –
共同作業者: X JAPAN

 

引用:Wikipedia – Toshl

 

Toshlさんは料理、写真、スポーツ観戦などの趣味の他に絵画鑑賞や茶道など心を落ち着かせる趣味も好きなことからも心のあり方を大切にしているのでしょう。

 

MASAYAのヒーリング音楽に出会って傾倒していき、ハニートラップだったアイドルの守谷香に偽装結婚をさせられるなど、偶然と巧妙に仕掛けられた罠によってToshlさんは「ホームオブハート」に洗脳されていきました。

 

Toshlさんの洗脳騒動についてご紹介する前に、まずは生い立ちや経歴から詳しくご紹介していきましょう。

 

 

Toshlの生い立ち&経歴

Toshlは兄にいじめられたことで強くなろうと思った

Toshlさんが強くなろう、有名になってやろうと野望を持つきっかけとなったのは実兄の出山謙一さんによるいじめだったそうです。

 

Toshlさんは三兄弟の三男のため本名が”出山利三”と”三”が付き、長男が”謙一”さん、次男が”英二”さんとなります。

 

兄の謙一さんについては後述しますが、Toshlさんの個人事務所の社長を務めており、業界でも”でやけん”と呼ばれてバンド活動をしており、バンドプロデュースやToshlさんのラジオ番組にも出演しており、非常に仲が良かったようです。

 

Toshlさんは1965年10月10日に千葉県館山市で、公務員の父親とピアノ講師の母親との間に生まれました。

 

「X JAPAN」のリーダーであるYOSHIKIとは幼稚園からの幼馴染で、ToshlさんはYOSHIKIさんと共に1977年の中学校の頃に初めてバンド「DYNAMITE(ダイナマイト)」を、1978年にバンド「NOISE(ノイズ)」を結成しています。

 

そしてToshlさんは地元の進学高校である千葉県立安房高等学校に進学し、1982年にYOSHIKIさんとバンド「X(エックス)」を結成しました。

 

高校時代の先生にはバンドをやっていることを度々非難されていたようで、当時の「バンド=不良」の風潮があったのでしょう。

 

Toshlさんはこの頃にアイドル歌手として活躍していた坂上忍さんがサングラスをかけて歌っているのを見て、自分もサングラスをかけて歌いたいと思いトレードマークにしたそうです。

 

Toshl、「X」としてメジャーデビュー

シングル「BLUE BLOOD」でデビューした「X」

1989年に2作目のアルバム『BLUE BLOOD』でメジャーデビューを果たした「X」ですが、インディーズとして最初のシングルは「I’LL KILL YOU」でした。

 

現在でこそ日本を代表するバンドのひとつとして注目を集めている「X JAPAN」ですが、インディーズ時代の「X」は非常に荒れていたそうです。

 

特にYOSHIKIさんがバンドパフォーマンスとしてドラムを投げ飛ばして壊したり、シンバルにガソリンを流し込んで火をつけたり、メンバーも火を吹いて暴れるなどやりたい放題していたため、多くのライブハウスから「Xお断り」の出入り禁止をされていたようです。

 

ライブ後の打ち上げでも喧嘩が絶えず、YOSHIKIさんが暴れてお店を破壊することも多々あったことから居酒屋などからも出禁を食らっていたようです。

 

当時は故・HIDEさんが率いたバンド「SAVER TIGER」と、TAIJIさんが在籍していたバンド「ディメンシア」と「X」を合わせて、「関東三大粗大ゴミバンド」と呼ばれていたそうです。

 

しかし、YOSHIKIさんがプロとしての自覚を持つようになってからはプロモーションに力を入れるようになり、素行の悪さは慎むようになっていったようです。

 

 

「X JAPAN」始動とToshlの脱退・解散

「X JAPAN」から僅か5年で解散したのはToshlの洗脳が原因

Toshlさんは1992年にソロデビューを果たした頃からヒーリング音楽に傾倒していき、MASAYA(倉渕透)の音楽と出会ったことで人生の歯車が狂い始めました。

 

Toshlさんはソロ活動での楽曲は「X」時代の激しいヘビメタ調ではなく、ミディアムテンポのバラードが多くそれまでのイメージを払拭するものでした。

 

この頃、Toshlさんは薬害エイズ事件で19歳の若さで亡くなった岩崎孝祥さんが描いたToshlさんの油絵に触れたことでエイズ啓発運動「アクト・アゲインスト・エイズ」に参加して歌を披露し、ヒーリング音楽に傾倒していくきっかけとなったそうです。

 

そしてToshlさんは、ヒーリング音楽を歌っていたシンガーソングライターのMASAYA(倉渕透)の音楽に惹かれていったようです。

 

Toshlさんを洗脳して総額10億円以上搾取したMASAYA(倉渕透)の音楽に惹かれたのは偶然なのかは不明ですが、この頃MASAYA(倉渕透)はToshlさんをカモとして狙っていたと語られています。

 

 

Toshl、「X JAPAN」を脱退

Toshlさんは本格的にヒーリング音楽を追求していくためにYOSHIKIさんに「X JAPAN」脱退を告げてバンドは解散してしまいました。

 

1997年4月に目指していく音楽性の違いを理由にToshlさんが「X JAPAN」を脱退してしまいます。

 

同年9月22日に記者会見を開いて、この日をもって「X JAPAN」が解散することが発表されました。

 

故・HIDEさんがけじめとしてファンのためにラストライブを開催しようとYOSHIKIさんを説得したことで1997年12月31日に東京ドームで『THE LAST LIVE〜最後の夜〜』を開催し、ライブ終了後に『第48回NHK紅白歌合戦』に出演したのを最後に「X JAPAN」は事実上解散となりました。

 

ここからは、Toshlさんの洗脳騒動の全貌について詳しく総まとめしましたのでご紹介していきましょう。

 

 

Toshl、「ホームオブハート」MASAYA(倉渕透)による洗脳騒動の全貌

 

洗脳により12年間の時間を失ったToshl

「X JAPAN」が世界進出をしようとアメリカのレコード会社と契約してこれからという時にToshlさんはMASAYA(倉渕透)らに巧妙に騙されて詐欺集団と言われる自己啓発セミナー団体「ホームオブハート(HOH)」に入会させられ、洗脳されていきました。

 

ToshlさんがMASAYA(倉渕透)のヒーリング音楽や「ホームオブハート(HOH)」に入るようになっていく大元のきっかけは成功による家族の変貌ぶりでした。

 

Toshlさんは「X」「X JAPAN」として成功したことで莫大なお金を稼ぐようになりましたが、そのことでToshlさんの家族や友人が強欲になっていき、金に心を奪われる人の醜さを目の当たりにしたことでToshlさんは思い悩んでいたそうです。

 

 

名声、お金に目がくらんでいったToshlの家族・友人

Toshlさんと家族や友人は元々関係は良好だったようですが、「X JAPAN」としてブレークしToshlさんが億万長者となったことで次第に心の醜さを露呈していきました。

 

Toshlさんはソロデビューにあたって個人事務所『イエス・ミュージック・オフィス』を立ち上げましたが、長兄の出山謙一さんが社長を買って出ました。

 

Toshlさんはタレントになる夢破れたとはいえ、芸能関連の知識があることや音楽的に影響を受け憧れだった兄の頼みということもあり快く事務所の社長に迎え入れたそうです。

 

出山謙一さんは”でやけん”としてToshlさんのラジオ番組にも出演し、ちょっとした有名人となったことで増長していき、社長としての職務を全うせずにタレント気取りで素行の悪さが目立ち始めました。

 

Toshlさんの再三の忠告にも聞く耳を持たなかったことから出山謙一さんを社長から解雇しましたが、逆恨みした出山謙一さんは次期社長に就任したToshlさんの友人の武敦史さんに「乗っ取られた」と吹聴して回ったそうです。

 

事務所が正常に回り始めるかと思えば、この武敦史さんも1年ほどして不正経理により横領したことで解雇しましたが、Toshlさんは身内の度重なる失態に関係者に平謝りする日々が続くことになりました。

 

母親も実家にファンを招き入れて有料でToshlさんやYOSHIKIさんの写真やビデオを見せたりと無許可で商売を始めてしまいました。

 

信じていた家族や友人がお金に狂っていく様を目の当たりにしたToshlさんは、次第に「自分が成功したのが悪いのではないか?」と思うようになっていったそうです。

 

 

海外進出のプレッシャーもToshlを追い詰めた

「X JAPAN」の成功によりToshlさんの家族や友人が狂ってしまい、その原因を自分にあると考え始めたToshlさんですが、同時期に海外進出のプレッシャーや過酷なレコーディングで神経をさらにすり減らしていたようです。

 

当時は「X JAPAN」が世界進出するためにアメリカのレコード会社と契約したことで、Toshlさんは自分の歌唱力が世界で通用するかどうかを非常にプレッシャーに感じていたようです。

 

この頃、「X JAPAN」のレコーディングでToshlさんは高音が出せない喉の状態だったにも関わらず、YOSHIKIさんに強要されて喉に注射を打ってまでレコーディングに望み苦痛を感じていたそうです。

 

こうした活動の背景もToshlさんが現実から逃げたいと考えてしまうきっかけとなっていたようです。

 

 

YOSHIKIはToshlをいじめていた?

Toshl

出典:https://pbs.twimg.com/

ToshlはYOSHIKIに酷いいじめに遭っていたという説がある

YOSHIKIさんがToshlさんにレコーディングを強要していた事実は真実のようですが、ネット上にはさらに酷いいじめを加えていたという説が流れているようです。

 

YOSHIKIさんがToshlさんへ対して行っていたいじめは非常に暴力的で非道なものばかり噂されているようです。

 

先述のレコーディングの際にはYOSIKIさんは思うように歌えないToshlさんに対して「能無し!」と罵って灰皿を投げつけたそうです。

 

他にも、Toshlさんの書いた曲をYOSHIKIさんは絶対に採用しなかったり、アマチュア時代にToshlさんが歌詞を間違えて歌うとライブ後に背中に椅子を投げつけられて2階から1階に転げ落ちたりしたことがあるそうです。

 

完全に傷害罪で立件できるレベルですが、YOSHIKIさんがToshlさんへ働いたとされるいじめはまだまだあります。

 

YOSHIKIさんが遅刻して打ち合わせの現場入りをした際に、Toshlさんがそれまでの状況説明をすると「俺に偉そうに説明するな」と罵倒して近くにあった角材でToshlさんの足を滅多打ちにし、病院送りにしたそうです。

 

コンサートのリハーサル中には、Toshlさんが休憩のためにドラムの椅子に座っているとYOSHIKIさんが現れて、椅子を蹴倒されてToshlさんは転げ落ち、「お前より楽器の方が上だ」と罵ったそうです。

 

他にも色々とYOSHIKIさんがToshlさんをいじめたとする説はありますが、これらは過酷なレコーディングとなったアルバム『DAHLIA』のメイキング映像がギスギスとした険悪なムードだったことからこうした過剰な噂が立つようになったようです。

 

実際にはToshlさんとYOSHIKIさんは幼稚園時代から非常に仲が良く、現在も心から信頼し合っている仲であることを見せています。

 

 

ToshlとYOSHIKIのラブラブエピソード

ToshlさんとYOSHIKIさんは多くのバンドをしているミュージシャンの中でも珍しいほど深い絆で結ばれているようです。

 

Toshlさんのラジオ番組『オールナイトニッポン』にYOSHIKIさんが出演した時のやり取りからはカップルのようなラブラブぶりを見せています。

 

T「20年以上の付き合いですからね」
Y「20年以上の愛でしょ?」
T「そういう事言うとぉっ、
色々変な噂が立つから!」
Y「別にTOSHIの事なんて好きじゃないよ」
T「俺だって好きじゃないよ」

 

何たるツンデレwww

 

引用:La vie en rose – ありとあらゆる愛ヌラリ お楽しみあれ

 

イベント「FILM GIG ~鈴鹿の夜~」ではToshlさんとYOSHIKIさんのラブラブな掛け合いがあったようです。

 

Y「あと・・・みんなにも会いたいから来ちゃいました。エヘヘ」

照れながら嬉しそうに笑うYOSHIKI。

Y「TOSHIにも会いたかったしね(はぁと)♥♥♥」

T「俺も会いたかったよ(はぁと)♥♥♥」

見つめあって はにかむ二人。本当に幸せそう。

 

引用:X JAPAN~YOSHIKI~を愛するサラカのBlog♪ – 鈴鹿の夜 すみれ組の微笑ましいやりとり

 

これらのToshlさんとYOSHIKIさんのラブラブぶりはほんの氷山の一角で、毎回こうしたイチャイチャぶりを見せているようです。

 

こうした関係が真実であり、打ち合わせ場所に角材があるようないじめ説の多くは無理があるでしょう。

 

YOSHIKIさんがレコーディングで愛するToshlさんに無理強いをしたのは、完璧主義者ゆえの行動だと言われており、YOSHIKIさんの半生を描いた「Art Of Life」という作品だったことからも余計に手が抜けなかったのでしょう。

 

 

Toshl、守谷香というハニートラップに引っかかる

心が疲れていたToshlに甘い囁きで近づいた守谷香

Toshlさんは洗脳が解けて「ホームオブハート(HOH)」を脱会した後の記者会見で「最初から元妻は騙すつもりで近づいた」という旨を語っていますが、心が疲れていたToshlさんの元にMASAYA(倉渕透)が守谷香をハニートラップとして放ったのでしょう。

 

守谷香は元々「守谷佳央理」や「守純かほり」の名義でアイドル歌手として活動しており、アニメ『キテレツ大百科』の主題歌を歌うなど活躍していました。

 

Toshlさんが主演を務めたロック・オペラ「ハムレット」に守谷香は出演しており、この共演がきっかけで後に二人は交際をすることになります。

 

Toshlさんが洗脳が解かれた後の会見で語ったところによれば、守谷香はMASAYA(倉渕透)が送り込んだハニートラップであり、Toshlさんを「ホームオブハート(HOH)」の広告塔や金づるとして利用するために近づいたということですが、すぐには交際に発展せずToshlさんは舞台が終了後、活動の拠点であるロサンゼルスに戻っていました。

 

 

Toshlの元に手紙を送り続けた守谷香

守谷香は『ハムレット』の共演で親しくなったToshlのもとへ手紙を送るようになり、ロサンゼルスで過酷なレコーディングをしていたToshlさんにとっては次第に癒しに感じるようになっていったそうです。

 

守谷香からの手紙は次第に頻繁に届くようになり、その中には「X JAPANのToshlではなく本当のあなたが知りたい」など明らかに恋文のような文言もあり、Toshlさんの中で守谷香の存在は大きくなっていきました。

 

Toshlさんは度重なる身内の裏切りや仕事の疲れからハワイで楽曲制作と療養をし、日本に帰国した時に守谷香と会ったそうです。

 

その時にToshlさんは守谷香から100枚あまりのメッセージカードを渡され、俳句調でToshlさんへのメッセージが綴られていました。

 

その中に「死ぬときは 手と手を繋ぎ 逝きましょう」という文言があり、Toshlさんは心身ともに疲弊していたためこれほどまでに自分のことを想ってくれる守谷香に運命的なものを感じたそうです。

 

普通は守谷香の行動はドン引きするレベルですが、Toshlさんはあまりに純粋で真面目な性格をしていたことから騙されてしまったようです。

 

Toshlさんは守谷香のハニートラップに見事にハマってしまい1993年頃から交際をスタートさせましたが、この守谷香は運命的な人などではなく地獄への案内人でした。

 

 

Toshl、守谷香の入れ知恵で「X JAPAN」解散に進んでいく

「X JAPAN」を間接的に解散に追い込んだのは守谷香

国内外でカリスマ的な人気を発揮したバンド「X JAPAN」ですが、Toshlさんを洗脳してメンバーに亀裂を生じさせ、解散に追い込んでいった張本人は守谷香だと言えるでしょう。

 

Toshlさんは守谷香と交際をスタートさせてからスピリチュアルや精神世界、宇宙といった宗教的な世界の話をされていたようですが、完全に虜になっていたToshlさんは怪しいとは思わずに守谷香の世界観に引き込まれていったようです。

 

次第にヒーリング音楽に系統していったToshlさんは、守谷香に誘われるままに連れて行かれたMASAYA(倉渕透)主催の「ホームオブハート(HOH)」に連れて行かれてセミナーを受けたそうです。

 

守谷香は元々「ホームオブハート(HOH)」の熱心な信者だった、というよりは元々はMASAYA(倉渕透)に騙されて信者になっていたとしても、Toshlさんをハニートラップにかけた当時は愛人という位置づけだったようです。

 

ToshlさんはセミナーでMASAYA(倉渕透)のヒーリング音楽を聴きながら涙している信者らに異様な印象を受けたそうですが、心から信頼していた彼女・守谷香が「行けば幸せになれる」「人生が変わる」と熱烈に紹介していたことから一抹の疑問を持ちながらもセミナーに参加するようになったようです。

 

 

Toshlをヒーリング歌手に目覚めさせた守谷香

守谷香はToshlさんに「髪を金髪にしなくても、メイクをしなくても、ありのままのトシであればいい」と吹き込み、Toshlさんはそれまでのヘビメタ調のファッションを辞めてジャケットを羽織るだけの地味なスタイルに変えてメンバーとの溝が深まっていきました。

 

Toshlさんは守谷香の影響でヒーリング音楽に傾倒していく中で、「Xはあなたをダメにする」などと吹き込まれていたこともあり、ヘビーロックのボーカリストとしての自分に疑問を持ち始めたそうです。

 

そのため先述のようにサングラスや長髪をやめて地味なファッションでステージに立つようになり、Toshlさんと他のメンバーとの間に明らかに溝が生まれていました。

 

加えて、YOSHIKIさんの要望に応えられず自分のボーカリストとしての実力の無さを痛感していたToshlさんは、「X JAPAN」で活動していくことに無力感を感じており、意気消沈していたそうです。

 

家族や友人が所属事務所の社長を務めて生じた不祥事の影響も続いていたことから、Toshlさんの心は現実を受け止める限界ギリギリの状態にあり現実逃避をしたい心境にあったことも守谷香の言われるままに操られていった原因のようです。

 

小説や映画さながらの不幸に不幸が偶然重なったことによりToshlさんは守谷香というハニートラップに引っかかって「X JAPAN」を脱退、解散に追い込んでしまうことになりました。

 

 

Toshl、「X JAPAN」の解散と「ホームオブハート」への入信

守谷香にそそのかされて「ホームオブハート(HOH)」に入信したToshl

Toshlさんは守谷香から「X JAPANをやめて家族とも縁を切って(MASAYAのような)素晴らしい作品を歌えばいい」とそそのかして「X JAPAN」脱退を後押ししました。

 

守谷香を信じきっていたToshlさんは、家族・友人との確執や「X JAPAN」でのプレッシャーや自信喪失などから「X JAPAN」の脱退を決意します。

 

Toshlさんはヒーリング歌手に転向することを理由にYOSHIKIさんに脱退する旨を伝えたそうですが、YOSHIKIさんはToshlさんが尋常ではない状態にあることを察していたのか快諾したそうです。

 

しかし、Toshlさんの脱退に一番反対したのが故・HIDEさんで、「X JAPANはすでにToshlくんだけの人生じゃない」とボーカルの脱退に強く反対していました。

 

YOSHIIKIさんは「X JAPAN」の解散という形をとりながらも、また再び邂逅する日が来ることを信じてそれぞれがソロ活動をするという期間としたようです。

 

2000年での「X JAPAN」復活を目指してそれぞれがソロ活動に専念し、HIDEさんも1997年から「hide with Spread Beaver」および「zilch」として活動をスタートさせましたが、1998年5月2日に首吊り自殺をしてしまいました。

 

ToshlさんはHIDEさんの自殺について2014年8月22日に出演した番組『中居正広のキンスマスペシャル(TBS系)』で、「ホームオブハート(HOH)」脱会後に「自分が洗脳されなければHIDEは死ななかったかもしれない」と語っています。

 

「X JAPAN」を抜け、解散に追い込んでしまったToshlさんは同時期1997年2月14日に守谷香と入籍して結婚し、MASAYA(倉渕透)の主催する自己啓発セミナー団体「ホームオブハート(HOH)」に入信します。

 

活動内容がカルト教でしかないため”入信”としていますが、「ホームオブハート(HOH)」は宗教法人ではなくあくまで会社として存在しています。

 

 

Toshl、「ホームオブハート」でMASAYA(倉渕透)と出会う

Toshlと結婚後に豹変した元妻・守谷香

4年もの長い交際という名の洗脳を経てToshlさんとの結婚に至った守谷香は黒幕のMASAYA(倉渕透)に支配を引き継ぐようになりました。

 

はじめから守谷香はMASAYA(倉渕透)に言われるままにToshlさんに近づき、結婚するまで慎重に洗脳を進めるように言われていたのでしょう。

 

結婚という守谷香にとっての詐欺が成功したことで、次は第二段階として黒幕のMASAYA(倉渕透)にToshlさんの支配を引き継ぐように行動を始めます。

 

芸能人として鳴かず飛ばずの守谷香にとって莫大なお金を手に入れるためには悪魔にも魂を売り渡すことを何とも思わなかったのかもしれません。

 

Toshlさんによれば、守谷香は結婚直後からMASAYA(倉渕透)の元へ勉強と称して家を出ており、夫婦生活はまったく無かったということです。

 

守谷香はToshlさんとの結婚直後にMASAYA(倉渕透)がプロデュースした屋久島のリゾートホテル「レムリアアイランド リゾートホテル」に行来たがり一緒に訪れました。

 

このホテルはリゾートホテルとは言い難い小規模の宿泊施設でしたが、そこにある亡くなった画家・松田のりえさんの絵画が展示された美術館を訪れた時に館内に流れるMASAYA(倉渕透)の音楽や絵画に感動した守谷香が突然大泣きを始めてしまいます。

 

戸惑いを感じたToshlさんでしたが、場の空気に飲まれてしまって感動が伝染し涙をしたそうです。

 

 

MASAYAの関係者だけ招待するコンサートに招かれたToshl

ホテルをチェックアウトする際に、都内にある松田のりえ美術館でMASAYA(倉渕透)の関係者だけを招いたコンサートが開かれることを聞かされ、「特別に招待された」と特別感を煽って参加させました。守谷香は過去にも男性をこのホテルに誘って同様の手口で「ホームオブハート(HOH)」に引き込んでいたのかもしれませんね。

 

Toshlさんはソロ活動の仕事があったため気乗りしなかったようですが、守谷香に誘われるままに同コンサートに参加したようですが、MASAYA(倉渕透)による画家・松田のりえの感動エピソードを延々と話した挙句に、カラオケ機材で歌うというプロとは呼べないお粗末なコンサートだったようです。

 

歌の合間にはMASAYA(倉渕透)は痰を切ったり鼻をすすったりと最悪なステージになっていたようですが、参加していた人が感動して肩を落として泣いており、Toshlさんは何か怪しい宗教団体だと疑ったそうです。

 

しかし、妻である守谷香も同じようにむせび泣いていたことからToshlさんは妻に疑念を持ちたくないという思いから「自分がおかしいのかもしれない」と思うようにしたそうです。

 

このコンサートに参加していた人は全て「ホームオブハート(HOH)」のメンバーであり、Toshlさんを入信させるための集団詐欺だったようですね。

 

こうした手口は”ねずみ講”と呼ばれるネットワークビジネスでもよく用いられています。

 

 

1997年に亡くなったという画家・松田のりえさんも無名であり実態が不明なことから、MASAYA(倉渕透)と共謀して詐欺を働いていた「ホームオブハート(HOH)」の一人だったのでしょう。

 

このコンサート後にMASAYA(倉渕透)は壇上から降りてToshlさんの前に来て「特別に話をしてもいい」と持ちかけ、守谷香が即座に受けて2階の個室で話を始めました。

 

いわゆるビジネスでの”クローズ”を行うための話であり、MASAYAは自身の経歴や考え方についてToshlさんに語りました。

 

 

MASAYAは経歴は非常に優秀

詐欺集団「ホームオブハート(HOH)」の代表というと社会の底辺でずる賢く生きてきたイメージがありますが、MASAYA(倉渕透)は非常に優秀な実業家でもありました。

 

MASAYA(倉渕透)はToshlさんに対して「幼少期に歌手デビューをした」「19歳で企業を立ち上げて20代前半で与輪島にあるプリシアリゾートを20億円をかけて創設した」「27歳には史上最年少で東証一部上場企業の役員になった」など自身の武勇伝をとうとうと語りました。

 

また、「歌手としてインディーズではあるが日本ゴールドディスク大賞のインストゥルメンタル・アルバム・オブ・ザ・イヤーへのノミネート実績もある」と語っており、Toshlさんはその凄すぎる経歴に敬服していたようです。

 

このMASAYA(倉渕透)の実績は事実であり、何故その後ケチな詐欺師に堕ちてしまったのかは分かりませんがこうした圧倒的な人物を目の前にしてToshlさんは次第にMASAYA(倉渕透)という人物に興味を抱いていったようです。

 

こうした経歴を語りToshlさんを圧倒した後に、MASAYA(倉渕透)はセミナーの話を始め、明らかに怪しい話にも関わらず守谷香がセミナーに参加しようとせがんだためToshlさんは悪魔のセミナーを受けることになってしまいました。

 

 

Toshl、「ホームオブハート」でセミナーを受ける

悪妻・守谷香に押し切られセミナーに参加したToshl

Toshlさんは偽装結婚した悪妻・守谷香にヒステリックにセミナーに参加するように言われ続けた結果、「ホームオブハート(HOH)」主催の悪魔のセミナー「アイランドセルフトレーニング」を受けることになってしまいました。

 

「もうセミナーは開いていなかったがToshlのために特別に開催する」と称し、強引に守谷香とふたり分のセミナー代金14万円を振り込ませて参加が決定しました。

 

このセミナーは言うまでもなくMASAYA(倉渕透)による洗脳が目的の監禁であり、裁判では以下のように説明されていたようです。

 

被告ホームオブハートの実施する自己啓発セミナーは、これを部外の通常人からみるときは、猜疑心を持ってはならず、思考も停止しなければならず、それまでの 人間関係、家族関係、仕事、財産を捨てなければならず、これに反すると地獄のような苦しい人生を送ることになるというものであった。

 

引用:【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成16年(ワ)第22529号

 

セミナーの参加者に課されることは、両親や友人、その他人間からそれまでの人生で受けた影響をリセットして完全無垢な「空」の状態になることであり、MASAYA(倉渕透)への絶対的な服従を条件としていたようです。

 

セミナーでのマインドコントロールが進むと、参加者は以下のように脅されて抜け出せなくなるそうです。

 

セミナーが進行していくと、マインドコントロールを施し、これにひっかかってしまった一部の参加者は、セミナーを止めると社会の中で人を傷つけることしか言 えないような人間として地獄のような人生を送らなければならないと思うようになり、なかなかセミナーから抜け出せないようになっていった。

 

引用:【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成16年(ワ)第22529号

 

「ホームオブハート(HOH)」は宗教法人を名乗っていないものの、完全にカルト教団がやるような洗脳の方法だと言えるでしょう。

 

この洗脳セミナーの新規参加者は当然Toshlさんだけであり、その他の参加者は妻の守谷香をはじめ全員サクラでした。

 

セミナーではToshlさんを全否定するところからスタートして感情を揺さぶり、巧みにセミナーには救いがあるかのように錯覚させてマインドコントロールを進めていきました。

 

そして、Toshlさんは「フィードバック」と呼ばれる凶悪な洗脳方法でそれまで持っていた自我を大きく歪められることになってしまいます。

 

 

複数人により暴言、暴力を延々と受け続ける”フィードバック”

この”フィードバック”という洗脳方法は複数人による暴言、暴行を数時間に渡って受け続けるといういわば拷問であり、Toshlさんはこの方法により極限状態に追い詰められました。

 

Toshlさんはこの”フィードバック”の前にも”セラピー”という洗脳で、丸めたマットを憎い人物や両親などに見立てて暴行を加え暴言を吐かせられ、おもちゃのナイフを握らされて擬似的に肉親を殺すという猟奇的な行動も強制されていました。

 

すでに心神耗弱にあったToshlさんは複数人により大声で罵られ、暴行を受けたことで泣きさんでいましたが、泣く元気も無くなってきて呆然とするToshlさんをMASAYA(倉渕透)はさらにこれ以上無い暴言をまくし立てながら暴行をエスカレートさせ、さらに嫁の守谷香も暴行に加わってきたことから混乱し、激痛と恐怖、絶望からToshlさんは大声で泣き叫び続けたそうです。

 

およそ人間のする行為ではなく、MASAYA(倉渕透)や守谷香がいかに猟奇的で病的な精神をしているかがわかる内容でしょう。

 

洗脳としての効果は抜群で、Toshlさんを素晴らしい人間だと持ち上げ、時に暴言と暴力で貶めて感情を揺さぶる方法で次第にMASAYA(倉渕透)を心酔するようになりました。

 

 

Toshl、洗脳され加害者に生まれ変わってしまう

勧誘のノルマを課される「クリエーショントレーニング」

Toshlさんは猟奇的な洗脳セミナーを終え、今度は90日間におよぶ「クリエーショントレーニング」と呼ばれる他人を「ホームオブハート(HOH)」に勧誘する”エンロール”を契約させられてしまいます。

 

ほぼ洗脳が完了したToshlさんはMASAYA(倉渕透)からセミナーへ他人を勧誘することを強制させられ、サクラの受講者がノルマ人数を意気揚々と発表する中で妻の守谷香からも強要されたことで、Toshlさんはノルマとして1000人勧誘することを宣言してしまいました。

 

この瞬間にToshlさんはカルト教団「ホームオブハート」の狂信者に生まれ変わったことを意味しており、社会的に見れば加害者になってしまった瞬間でした。

 

 

メジャー音楽シーンに別れを告げたToshl

最後のシングル『さようなら』でメジャーからも引退したToshl

完全にMASAYA(倉渕透)に洗脳されてしまったToshlさんはメジャーの音楽シーンに別れを告げるシングル『さようなら』をリリースして表舞台から姿を消しました。

 

完全に「ホームオブハート(HOH)」の思想に染まってしまったToshlさんはソロ歌手として葉加瀬太郎さんとコラボレーションしていたツアーにも疑問を持ち、歌詞を勝ってにMASAYA(倉渕透)に刷り込まれた思想に基づいて書き直したり、メジャーシーンと決別するために最後のシングル『さようなら』をリリースして表舞台から姿を消しました。

 

この事態に危機感を覚えたToshlさんの次兄で個人事務所社長を務めていた出山英二さんは、Toshlさんに「ホームオブハート(HOH)」と決別するように説得をしました。

 

Toshlさんはオファーを貰っていた関係各社とのトラブルがMASAYA(倉渕透)らに迷惑をかけることを恐れて、自ら身を引こうと次兄の説得に応じて「ホームオブハート(HOH)」へ決別のFAXを送りました。

 

しかし、自宅に戻ると守谷香が狂乱して暴言や暴力を奮ってきたため、Toshlさんは「やはりMASAYA(HOH)の元を離れようとすると地獄のような日々を送ることになる」と感じ、結局抜け出せずにいたようです。

 

Toshlさんが守谷香と決別する気概さえ持っていればMASAYA(倉渕透)からも抜け出せたと思いますが、元々MASAYA(倉渕透)の愛人の守谷香は女の武器を上手く使ってToshlさんを骨抜きにしていたのでしょう。

 

Toshlさんは度々”フィードバック”により暴言暴力をMASAYA(倉渕透)や守谷香らに奮われ、それまでに稼いだお金を搾取される日々が始まります。

 

Toshlの次兄が救おうとするも家族とも完全決別

次兄・出山英二はToshlをMASAYAから救おうとした

Toshlさんがまるで別人のようになってしまったことで、次兄の出山英二さんは強硬手段によりMASAYA(倉渕透)の魔の手から救おうとしました。

 

出山英二さんはToshlさんに対して「Xの権利は全て次兄に委ねる」「ソロ活動による利益は家族のものとする」といったとんでもない誓約書にカッターで脅して血判させようとしました。

 

Toshlさんはよく誓約書を理解しないまま次兄の言われるままに血判を押しましたが、次兄は腹黒い考えからこのような誓約書を交わさせたのではなく、Toshlさんを「ホームオブハート(HOH)」から救い出すための戦略でした。

 

この誓約書を元に次兄はMASAYA(倉渕透)にToshlさんと決別することを迫り、誓約書を破棄する代わりにMASAYA(倉渕透)もToshlさんに関わらないことを約束しました。

 

しかし、MASAYA(倉渕透)は洗脳済みのToshlさんが自身の元に戻ってくることを分かっていたのか、「ここがお前のホームだ。いつでも戻ってこい」とだけToshlさんに伝えたことでToshlさんは感動して次兄と決別してMASAYA(倉渕透)の元に戻ってしまいます。

 

MASAYA(倉渕透)は次兄との約束をあっさりと破り、それからもToshlさんを毎日のように暴行してお金を巻き上げていました。

 

Toshl、守谷香と入籍10ヶ月で貯金ゼロに

Toshlは「X」、ソロ活動で得た大金を10ヶ月で失った

MASAYA(倉渕透)と守谷香の奴隷となったToshlさんはそれまでに「X JAPAN」やソロ活動で得た数億円のお金を10ヶ月で失いました。

 

ToshlさんはMASAYA(倉渕透)に「強欲なお前が世界に貢献できるのは金銭を払っている時だけ」だと教え込まれ、Toshlさんは”醜い”と信じ込む自身から救われたいがために”コミット金”と呼ばれる上納金を妻の守谷香を通じて毎月3000万円ほど収めていました。

 

Toshlさんがロックスターとして築いた数億の貯金は10ヶ月で底を付きましたが、その後12年間はMASAYA(倉渕透)と守谷香の奴隷として仕事をして総額15億円にもおよぶお金を上納していました。

 

Toshlさんはこうした毎日のような搾取を受けながらも、1997年12月31日には「X JAPAN」のラストライブ『THE LAST LIVE〜最後の夜〜』と『紅白歌合戦』への出演を行いましたが、「諸悪の根源」とMASAYA(倉渕透)に教えられていたことから苦悩の時間となりました。

 

 

Toshl、「X JAPAN」メンバー・HIDEの自殺の報を聞く

自分のせいでHIDEを死なせ後悔したToshl

Toshlさんが「X JAPAN」を脱退することに最後まで反対したHIDEさんは1998年5月2日に自殺して帰らぬ人となってしまいました。


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Toshlさんはその日も朝からMASAYA(倉渕透)によるフィードバックで暴言暴行を受けていましたが、そんな時に次兄の出山英二さんからHIDEさんの訃報の連絡が入ります。

 

絶句したToshlさんはタクシーで安置所に向かうと、すでに「X JAPAN」メンバーのPATAさん、HEATHさんがおり、HIDEさんの両親もいました。

 

ToshlさんはHIDEさんの遺体を拝むと間もなくしてヒステリックな守谷香の姿が脳裏に浮かび、「用事がある」と言って戻りました。

 

戻ったToshlさんを待っていたのは、MASAYA(倉渕透)と守谷香のフィードバックで、HIDEさんを罵り、Toshlさんも自分たちが救わなければHIDEさんのように自殺していたと死者を冒涜する言葉を投げかけました。

 

HIDEさんのファンは当時後追い自殺をする人が続出しましたが、この鬼畜らの存在を知っていれば暴挙に出て事件に発展した可能性もあったかもしれません。

 

現在までにMASAYA(倉渕透)と守谷香が逮捕されて服役もせず、刺されたりすることもなくのうのうと生きていること自体不思議なことだと言われていますが、そこが天才的な詐欺師の法の目をかいくぐる能力なのでしょう。

 

Toshl、MASAYAの奴隷として営業、借金の日々

ToshlはMASAYAに言われるまま奴隷として12年を過ごした

完全に「ホームオブハート(HOH)」に洗脳され取り込まれたToshlさんは、MASAYA(倉渕透)と守谷香に対して稼ぎの全てを献上する”コミット金”を毎月支払い、奴隷生活が12年も続きます。

 

Toshlさんは多額のお金を支払ってスタッフトレーニングを受けて、MASAYA(倉渕透)のCDやDVD、関連グッズなどを販売できる権利を持ったスタッフに昇格しました。

 

これによりToshlさんは物販により稼ぐことができるようになりましたが、MASAYA(倉渕透)と守谷香に「強欲なお前はMASAYAにお金を使って貰うことが世界への貢献」と洗脳されているため、稼ぎの全てを献上していました。

 

Toshlさんは次兄が社長を務める個人事務所からも給料を貰っていましたが、全てがMASAYA(倉渕透)に流れていることを知った次兄はToshlさんへの給料を停止することに踏み切りました。

 

Toshlさんは全国へ営業をかけて物販に励み、MASAYA(倉渕透)へのコミット金が足りない場合は借金をして賄い、自身の生活は知人友人の生活補助によりギリギリの生活をしていたそうです。

 

そのため、Toshlさんは少ない稼ぎで借金を返済して、さらに借金が必要なため闇金にも手を出し後戻りができない多重債務者となっていきました。

 

Toshl、洗脳騒動が注目される

カリスマロックスター・Toshlの洗脳をマスコミが大々的に報じる

1998年9月7日に発売した週刊誌「週刊現代」がToshlさんが「ホームオブハート(HOH)」に洗脳されていることを大々的に報じ、マスコミ各社が注目して番組に出演していくことになりました。

 

Toshlさんにマスコミやテレビ局から出演オファーが殺到したことに、MASAYA(倉渕透)は出演することをToshlさんに命じました。

 

洗脳騒動の渦中の人物であるToshlさん本人が洗脳されていないことを訴えれば丸く収まると思ったのでしょう。

 

しかし、洗脳されているToshlさんが何を言っても火に油を注ぐだけで洗脳騒動はさらに大きくなっていき、ついには妻の守谷香と共演して訴えたり、MASAYA(倉渕透)と3人で共演するなど加熱していきました。

 

この洗脳騒動がようやく沈静化すると、MASAYA(倉渕透)はToshlさんに対して「お前のせいでホームオブハートがカルト教団扱いを受けた!」「お前のせいでみんながお金が稼げなくなり食べられなくなった!」と罪の意識を被せてさらに搾取をしようと企てました。

 

Toshlさんは自分のせいで「ホームオブハート(HOH)」の信者や子供たちがご飯が食べられなくなったと信じ込まされて、罪の意識から国民金融公庫や銀行5000万円のローンを組んだり、友人から2000万円借金したり、生命保険を解約して保険金を作るなどして億単位のお金をMASAYA(倉渕透)に支払いました。

 

その後、Toshlさんは罪を償うためにさらにMASAYA(倉渕透)と守谷香に利用されて無償で働き続け、12年間で約15億円を献上し続けることになります。

 

 

Toshl、MASAYAの呪縛から逃れ「X JAPAN」再結成

12年の奴隷生活に終止符を打ったToshl

Toshlさんは年月が経つと共に徐々に完全洗脳状態から解かれていき、MASAYA(倉渕透)がボロを出したことで不信感から「ホームオブハート(HOH)」を脱出することに成功しました。

 

Toshlさんは2004年4月6日に「ホームオブハート(HOH)」による児童虐待事件に巻き込まれ、マスコミに追われる日々が続くことになりました。

 

この事件は那須にある「ホームオブハート(HOH)」に児童数人が監禁された状態で、段ボールで育てるなど劣悪な環境での育児が行われており、Toshlさんが後にお世話になる紀藤正樹弁護士が率いる被害者らによる通報で発覚し警察が踏み込みました。

 

Toshlさんはまったく関与しておらず、この事件が収束してからもどのような児童虐待が行われていたかわからないそうですが、後に「MASAYAによる洗脳で子供たちが感情の無いロボットのような奴隷となることを考えると心苦しい」という旨を語っています。

 

 

2006年8月に「X JAPAN」復活を持ちかけられる

Toshlさんが事務所の社長を任せながら横領により解雇した武敦史さんが「X JAPAN」の復活に向けてYOSHIKIさんが動いていることを知らせにきました。

 

武敦史さんの話では「X JAPAN」のボーカルに戻るなら3億円を支払うというものでしたが、この話を聞いたMASAYA(倉渕透)が「諸悪の根源」と再三否定してきたバンドの復活に乗り気になったことでToshlさんは不信感を募らせていきます。

 

MASAYA(倉渕透)はToshlさんを完全支配していると思っていたため「X JAPAN」として再びToshlさんが売れることで莫大な収入を搾取できると心躍ったようですが、この態度の豹変がきっかけでToshlさんは洗脳が解けていくこととなりました。

 

Toshlさんは何かと理由を付けて復帰祝い金とも言える3億円を搾取しようとすることに強い不信感を抱いて反論をしましたが、守谷香が「お前が稼げないから腐ったX JAPANなんかにお金を貰うしかない」と意味不明な理屈で脅しました。

 

そして、Toshlさんの洗脳が解けつつあることを悟ったのか、守谷香は「私の全財産を守谷香に相続させる」という遺言状を書かせました。

 

この時にはMASAYA(倉渕透)はToshlさんを殺すつもりでいたようです。

 

そして、2006年10月に9年ぶりにYOSHIKIさんと再開したToshlさんは「X JAPAN」復活に向けて動くことになりました。

 

 

病院から脱走して洗脳から逃れたToshl

Toshlさんは一度目の脱走に失敗してMASAYA(倉渕透)から殺されかけたToshlさんでしたが、肋間神経痛により倒れ、搬送された病院から逃げ出すことに成功しました。

 

Toshlさんは2009年10月22日にコンサート中に肋間神経痛を発症して倒れ、病院に運ばれました。

 

目を覚ましたToshlさんは「ホームオブハート(HOH)」関係者が再び拘束しに来ることを恐れ、コンサートに関わっていたスタッフの協力を得て病院からの逃亡に成功します。

 

Toshlさんはそれまでどこに行くにしても監視がついており、仕事が終わると拘束されて逃げられない状態、つまり軟禁状態にあったそうです。

 

奇跡的な逃亡を果たしたToshlさんは10月26日にMASAYA(倉渕透)と守谷香に対して代理人を通じて決別状を出しましたが、翌日から代理人の元にToshl宛に「金を出せ」というあらゆる脅迫が届いたそうです。

 

「ホームオブハート(HOH)」の被害者の会を支える紀藤正樹弁護士の働きかけにより、Toshlさんは2010年4月23日にMASAYA(倉渕透)らとの裁判に和解による勝を勝ち取りました。

 

これはToshlさんも「ホームオブハート(HOH)」側の人間で新たな被害者を生むことに寄与したことも考慮されたのかもしれませんが、ファンや世間的にはMASAYA(倉渕透)や守谷香が懲役刑を喰らうこともなく和解で済んだのは納得がいかないでしょう。

 

Toshlさんはその後「X JAPAN」のボーカルに返り咲き、「ホームオブハート(HOH)」に搾取されたお金と時間については「今では必要な時間だったと割り切って考えている」と語り前向きに活動を続けています。

 

 

X JAPANメンバーの死&現在の人気順や人気曲ランキングまとめ

 

 

 

 

Toshlの洗脳騒動についてまとめると・・・

■X JAPANのToshlは、「ホームオブハート(HOH)」の代表・MASAYA(倉渕透)に洗脳され、脱退するまで12年間搾取され続けた。また、MASAYAに送り込まれたアイドルの守谷香と偽装結婚をさせられ、巧妙に仕掛けられた罠で、12年間で15億円以上を献上していた。

 

1980年代後半から「X」のボーカルとして活躍し、2007年から「X JAPAN」の活動を再開させて活躍しているToshlさんについて総まとめしてきました。

 

稀代の詐欺師・MASAYAとその手先である守谷香に、1993年からの12年に渡って洗脳されて搾取され続けたToshlさん。

 

毎日のように行われた暴言暴行と搾取によく自殺することなく生きてきたと思いますが、ファンはずっとToshlさんが「X JAPAN」に帰ってくることを待っていました。

 

MASAYAは現在”MARTH”に改名して依然として「ホームオブハート(HOH)」で新たな被害者を餌食にして詐欺を働いています。

 

一刻も早くMASAYA(倉渕透)と守谷香らが逮捕、収監されることを祈るばかりですね。

 

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