タレント女医のおおたわ史絵さんですが、看護師だった母親が薬物依存症になり家庭内暴力を繰り返す家庭で育つなど、壮絶な過去の持ち主です。
この記事では、おおたわ史絵さんの経歴や若い頃、母親と旦那と子供など家族、ワキやホンマでっか降板の噂の真相、そして現在をまとめました。
この記事の目次
おおたわ史絵のプロフィール
おおたわ史絵(おおたわ ふみえ)
生年月日:1964年10月15日
出身地:東京都
最終学歴:東京女子医科大学卒業
おおたわ史絵、女医タレントとして活躍中だった
おおたわ史絵さんに関しては、「スッキリ‼」や「ホンマでっか⁉TV」などのコメンテーターでお馴染みな女医タレントとなります。
開業医だった父・塚部祥生さんと元看護士の母親を持つおおたわさんは、幼少期より優秀な少女だったそうで、筑波大附属小~高校を卒業後は、東京女子医科大学医学部に進学し見事医師試験に合格しました。
大学を卒業後は、総合病院勤務を経て父の診療所を継いだおおたわさんは、本業の方では認定内科医や産業医として活躍中です。
おおたわ史絵の生い立ちや若い頃…母親が薬物中毒になっていた
おおたわ史絵、母親が腹膜炎の後遺症で薬物中毒になっていた
開業医の娘として、経済的に恵まれた家庭環境に生まれたおおたわ史絵さんですが、一人娘だったこともあり、診療所の跡取りに育てようとする母親からスパルタ教育を受けて育つことになりました。
母親の教育ママぶりはかなり異常だったようで、おおたわさんを物差しで叩く程度では収まらずに椅子から叩き落としたり飲み物に下剤を入れたりと、今なら逮捕されてもおかしくないレベルの体罰が相次いだとか。
母親の常道を逸した体罰ぶりにはもちろん理由があり、腹膜炎の後遺症に苦しむ母親のために父・祥生さんが鎮痛剤を注射したことをきっかけに薬物中毒状態になっていたようですね。
もともとは腹膜炎の後遺症の痛みを和らげるために、医師であるおおたわの父から鎮痛剤の注射を受けていたが、「使っているうちに逆転していき、どんどん薬物の依存にはまっていってしまった」と説明。さらに、母は看護師だったため自身で注射することもでき、「気が付いた時には腕とか足とか…。打つ場所がないぐらい注射の跡だらけになっていた」と悲痛な面持ちで語った。
そのため、おおたわさんの実家では、使用済みの注射器や空になったアンプルがあちこちに散乱している光景が日常という惨状でした。
おおたわ史絵、父子で収容施設に逃げたこともあった
おおたわ史絵さんの母親については、薬物依存症の治療のために精神病院に入退院を繰り返していた時期もありました。
退院時はおおたわさんに「今度こそママは薬をやめるからね」と泣きながら語る母親でしたが、結局すぐに薬物注射を打ち始める繰り返しだったとか。
当時は依存症の知識などがまったくなかったおおたわさんは、家族を裏切り続ける母親に対して絶望を感じてもいました。
おおたわさんが結婚し独立して以降も母親の薬物依存症は改善することはなかったそうで、父・祥生さんが薬を渡すのを渋ると暴力まで振るう惨状になっていたそうですね。
そんな日々に限界を感じていたおおたわさんは、専門医からのアドバイスを受けて祥生さんと一緒に収容施設に逃げたことまでありましたが、状況が改善することはありませんでした。
このとき相談に乗ってくれた薬物依存の専門医から、「依存症は手を貸す人間がいなければ成立しない」とアドバイスを受けてハッとしました。母に対して「薬をやめなさい」と口では言いながら、結局は注射薬を与えている。歪んだ愛の共依存関係にあることを諭されたのです。そこでその共依存を断つため、父と二人、家族のための収容施設へ2週間ほど逃げました。
その後、2004年になると、長年の心労が祟ったのか祥生さんが肝不全で亡くなることになりました。
おおたわ史絵、2014年頃に母親が孤独死していた
父・祥生さんの死後に関しては、母親はますますおおたわ史絵さんへの依存を強めていったそうですね。
この頃になると、おおたわさんに振り向いてもらうためには、どんな手段も講じるようになっていた母親は、勝手に救急車を呼び出したり親戚や知人に娘の悪口を言いふらすようになっていたとか。
母はよりいっそう私に依存するようになり、昼夜を問わず電話をしてきて「体が痛い」と訴えるようになります。とりあわないと何度でも救急車を呼んでしまいます。それでいて、親戚や知人には、私が父の遺産を盗んだと作り話を言いふらすなどメチャクチャで……。
母親に私生活までメチャクチャにされそうになったおおたわさんは、「このままだと母を殺してしまうかもしれない」と懸念を抱くようになり、母親との交流を絶って絶縁状態になることを選択しています。
その後母子で和解する機会が訪れることもなく、2014年になると、母親は自宅で心臓発作を起こして孤独死をしてしまうといった末路を辿りました。
とはいえ、遺体の第一発見者となったおおたわさんは、母親に対してとっさに心臓マッサージを施してしまうなど、どんな目にあっても母子の情というものは健在でもあったようですね。
おおたわ史絵はうつ病経験者だった…病気をきっかけにタレント化した
おおたわ史絵、駆け出し医師時代にうつ病を患っていた
おおたわ史絵さんは、実はうつ病経験者でもあるようですね。おおたわさんがうつ病を患ったのは、研修医を終えて医師として独り立ちをしようかという時期でした。
使命感に燃える若き熱血医師だったおおたわさんは、自分の持てる時間のすべてを患者に注ぎ込む勢いで働いていたところ、精神のバランスを崩してしまうことになりました。
うつ病発症後は、自殺願望まで出るなどかなり重い症状に苦しむこととなったおおたわさんでしたが、投薬治療はせずに日光浴や森林浴、アニマルセラピーといった療養を実践することで、うつ病を克服することが出来たそうですね。
この時の経験は、おおたわさんにとって抑うつ状態の患者の心情を理解する貴重な体験となったそうで、医師として一回り成長するきっかけにもなったとか。
おおたわ史絵、うつ病がタレント活動のきっかけだった
うつ病を克服後は職場復帰することとなったおおたわ史絵さんでしたが、うつ病再発防止のために、仕事以外の息抜きの場所を作ることを模索していたそうですね。
その結果「週刊朝日」に自ら売り込みをかけて、「デキゴトロジー」というコラムの連載を開始することになったおおたわさんですが、この時の連載がきっかけとなりメディア露出が増えて行くことになりました。
おおたわさんの息抜きは、その他にもボランティア活動もあるそうで、夏になると、北アルプスの山岳診療所で毎週末にボランティア診療をしているとか。
「MRIもエコーもない、血液検査もろくにできなくて、あるものだけで診療するんですが、医療の原点に戻った気がします。4~5時間かけて山に登って、また同じ時間かけて麓にもどって東京へ帰ってくるの繰り返しです。たいへんですけど、何もない雲の上にいくことが私の元気のもとになっているんだなぁって。山小屋のなかで仲間たちと雑魚寝しながら過ごしていると、下界にいるときのちっぽけなことがばからしくなるんです」
おおたわ史絵はワキ発言で注目を集めた…ワキ毛処理はしない方が良い?
おおたわ史絵さんは、「ホンマでっかTV」出演時に「腋毛を処理するとモテ度が下がる」との発言で女性たちを驚かせたこともありました。
おおたわさんによると、腋毛には異性を惹きつけるフェロモンを蒸発させる役割があるそうですね。
そのため、腋毛を処理してしまうと異性を引き付けるフェロモンが発散しにくくなるとか。
女性にとっては当たり前のエチケット化しているムダ毛処理でしたが、弊害なども存在するという話になっています。
おおたわ史絵は「ホンマでっかTV」を降板した?…実は視聴者の誤解だった
2010年頃より情報トークバラエティ番組「ホンマでっか!?TV」に出演しているおおたわ史絵さんですが、巷で降板説が流れたこともありました。
おおたわさんに「ホンマでっか!?TV」降板説が流れた理由については、2017年頃より番組への出演頻度が下がったことが原因でした。
とはいえ、おおたわさんの所属事務所の「オフィス・トゥー・ワン」のプロフィール欄では出演中の番組として「ホンマでっか!?TV」が紹介されているため、降板した事実などは存在しないようですね。
おおたわ史絵の旦那情報…イケメン歯科医と結婚していた
おおたわ史絵さんは、研修医時代の1992年に歯科医の大多和昌彦さんと結婚することになりました。
昌彦さんは、東京・大塚にて三代に渡り歯科医院を開業している名家の出身らしく、東京医科歯科大学の歯学部を卒業したエリートとなっています。
コンビニより歯科医院が多いと言われている歯科医受難の時代ながらも、地域密着型で古くからの馴染み客も多い昌彦さんの歯科医院の経営は好調だそうで、年収は1000万円を超えているとか。
おおたわさんが昌彦さんと結婚した理由には、優しい性格をしている昌彦さんに惹かれたことももちろんながら、薬物中毒性のせいでトラブルを起こす母親から離れて独立したいとの想いも強かったりしました。
ちなみに、50代になっても若々しくてイケメンだと評判の昌彦さんですが、若さの秘密は趣味にあるようで、具体的にはトライアスロンの大会に参加するためにトレーニングを欠かさない状態だそうですね。
その甲斐もあり中年太りには無縁な昌彦さんは、体脂肪が10%以下というアスリート体質になっています。
おおたわ史絵の子供情報…子供はおらず愛犬家になっていた
結婚以来30年近い時を一緒に過ごしているおおたわ史絵さん・昌彦さん夫妻ですが、子宝には恵まれなかったそうですね。
そんな影響もあってか、おおたわさんは愛犬家となっており、自身のSNSなどに愛犬の画像を度々アップしています。
おおたわ史絵の現在…刑務所の矯正医療に携わっていた
おおたわ史絵さんの現在に関しては、父親より受け継いだ診療所を閉め、2018年6月より非常勤医師として刑務所の矯正医療に携わっています。
おおたわさんが診療所を閉めた理由に関しては、右腕だった医師が体調を崩した他にトラブルが続いたことが原因でした。
その後のおおたわさんは、半年ほど勉強して総合内科専門医の資格を取得したところ、で友人より「法務省が矯正医療の医師を探している」との情報を得たそうですね。
おおたわさんが矯正医療の仕事を引き受けた真意については、依存症患者の多い受刑者たちを更生させることが、助けてあげることが出来なかった母親への贖罪に繋がるのではないかとの思いがあったとか。
受刑者の罪状はさまざまですが、多くの場合、犯罪と依存症はセットになっています。
たとえばアルコール依存の人はお酒欲しさに窃盗をする。女性の性犯罪にしても、薬物依存と密接な関係にあります。薬物を買うお金を得るために体を売る女性がどれほど多いことか。
おおたわさんの立派な志は、「婦人公論」のインタビュー記事などにより日本中に知れ渡ることになり、日頃辛口なネットユーザーたちからも称賛の声が絶えない状況となっています。
おおたわ史絵先生の強制医療を見つけたことでこれまでの人生が繋がったようなお話に、先生ご自身の過去も癒えたのかななんて考えたらすごくじーんと来た。先生のお話、見入ってしまったよー。
— larme (@makoayukitty) September 12, 2019
おおたわ史絵についてまとめてみると…
女医タレントとして成功を収めているおおたわ史絵さんですが、どんな時も医師としての役割や責任を忘れずに、社会的貢献を続けている立派な人物ということになります。
おおたわさんの今後ますますの活躍を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。