圧倒的な歌唱力を持つ女子高生シンガーとして、デビュー曲「あなたのキスを数えましょう」を大ヒットさせた小柳ゆきさん。
安室奈美恵さんや宇多田ヒカルさんなど並んで”国民的歌姫”とも言われた小柳ゆきさんですが、突如「消えた」とも言われていました。
小柳ゆきさんが干された理由、現在までの活躍を含めて詳しくまとめたのでご紹介します。
この記事の目次
小柳ゆきのプロフィール&生い立ち
国内屈指の歌唱力を持つ歌姫・小柳ゆき
2012年、14年にはアメリカの伝統的なコンサートホール「カーネギーホール」で歌を披露し絶賛された小柳ゆきさん。その国内にとどまらない高い歌唱力は世界で注目され始めています。しかし、高校生で鮮烈なデビューをするもその後「干された」「消えた」と言われていました。小柳ゆきさんの現在までの活躍についてまとめました。
小柳ゆきさんのプロフィールはこちら。
出生名: 小柳 由紀
生誕: 1982年1月26日
出身地: 埼玉県
身長: 154 cm
体重: 40 kg
学歴: 埼玉県立上尾高等学校卒
職業: 歌手
活動期間: 1999年-
事務所: バーニングプロダクション
小柳ゆきさんと言えばやはり「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」でしょう。
同局は小柳ゆきさんのデビュー曲でもあり、1999年に当時高校生ながら圧倒的な歌唱力でデビューを飾り、翌2000年には日本有線大賞受賞、NHK紅白歌合戦に初出場して同曲を披露しました。
ちなみに小柳ゆきさんは2006年に『ダウンタウンDX』に出演したときは毎日ゲームにハマっていると言っていましたが、あれから10年、現在はゲームをしているのでしょうか?
小柳ゆきさんはばったりと露出が減ってしまったためネットでは「干された」という噂もありますが、真相をまとめましたのでまずは生い立ちから詳しくご紹介しましょう。
小柳ゆきの生い立ち&経歴
姉の影響で歌うことが好きになった小柳ゆき
小柳ゆきさんの姉もミュージシャンの小柳裕美(美裕リュウ)さんですが、小柳ゆきさんは姉の影響で歌うことが好きになったという。
小柳ゆきは1982年1月26日に埼玉県大宮市(現・さいたま市)で生まれました。
小柳ゆきさんは5歳年上の姉と両親の4人家族だったようです。
姉が音楽が好きだったため、小柳ゆきさんは歌うことに興味を持ち始めました。
10歳の頃に姉が持っていたCDの中から永井真理子などを借りて、真似て歌い始めたそうです。
そして姉がカセットテープに録音して練習することを教えてくれたため、小柳ゆきさんはオリジナルとそっくりに聞こえるまで歌い込んだという。
小柳ゆきさんは歌謡曲で練習を積み、次第にホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーなど洋楽に興味を持ち始め歌い続けました。
しかし、始めて自分の歌声を録音したテープを聞いた時はあまりの下手さに愕然とし、自分の声が嫌いだったという。
そのため毎日2時間は歌の練習を続け、上達していったそうです。
小柳ゆきさんのホイットニー・ヒューストンの代表曲「I Will Always Love You」は国内随一の上手さを誇りますが、この頃にルーツがあったのは凄いですね。
ちなみに、小学校5年生の頃に小柳ゆきさんは1学年上の足の速い男子に恋をしていたという。
剣道部でソウルフルな発声の基礎が培われた小柳ゆき
CHAGE and ASKAのASKAさんも学生時代に剣道に打ち込み三段の腕前を持っていますが、小室哲哉さんも「国宝級」と絶賛するASKAさんの倍音は剣道で培われた筋肉で実現しているようです。小柳ゆきさんも剣道二段の腕前を持っており、自身でも発声の基礎は剣道で鍛えられたと語っています。
小柳ゆきさんは中学時代に剣道部で期待のホープだったようで、大宮市大会で3位、県大会にも出場しています。
もちろん家で毎日歌の練習をしていたそうなので、小柳ゆきさんの歌唱力はすでにプロの領域にあったようで、中学2年生の頃に文化祭で久宝留理子の「男」を歌い喝采を浴びたという。
高校時代には小柳ゆきさんは母親と一緒にスーパー「ドンキホーテ」大宮店でアルバイトをしていたそうで、居酒屋でアルバイトをしていた時には金城武似の先輩と交際し、熱いキスを交わしたエピソードを語っています。
小柳ゆき、プロ歌手デビュー
小柳ゆき、歌手デビューよりも部活を選んだ
小柳ゆきさんは実は12歳の小学校6年生の頃に「コロムビア歌謡曲新人歌手オーディション」に出場して、大黒摩季さんの『永遠の夢に向かって』を歌って決勝大会まで勝ち進んだそうです。若干12歳で全国大会に残った実績を評価されて音楽事務所から歌手デビューのオファーがあったそうですが、小柳ゆきさんは剣道に打ち込むため断ったそうです。
憧れていた歌手になるよりも剣道を選んだ小柳ゆきさんの選択は深いですが、剣道部の顧問の先生から「お前は強くなるから剣道を続けろ」と熱く説かれて、自身も剣道に夢中だったため歌手デビューを断ったそうです。
しかし、小柳ゆきさんは剣道で発声の基礎ができ上がったことを考えれば、この判断は長い目で見ればより良い歌手としてデビューするために良かったことなのでしょう。
小柳ゆきさんはそれから3年後の15歳の時に改めて同じ音楽事務所から歌手デビューのオファーを受けますが、その時は申し出を受けて歌手デビューするための道を進んだという。
小柳ゆきさんは埼玉県立上尾高等学校に進学すると、ボイストレーニングを受けながらデモテープを作り、オーディションで合格した後に1999年の高校3年生時にシングル「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」で鮮烈デビューを飾りました。
同曲は累計売上が73.6万枚で、45週に渡ってオリコンチャートランキングに入るなどロングヒットを飛ばしました。
小柳ゆき、絶頂期を迎える
小柳ゆきはデビューから3~4年間ブームが続いた
小柳ゆきさんはデビューで一躍注目を集めてから絶頂期が続き、2003年あたりまで支持され続けました。
小柳ゆきさんはデビューした翌2000年3月に高校を卒業し上京。
立て続けにシングル「愛情/can’t hold me back」、「be alive」をリリースし、どちらも大ヒットを記録しました。
小柳ゆきさんのセカンドアルバム「EXPANSION」は初のミリオンセラーを記録し、同年に発売した海外の楽曲のカバーアルバム「KOYANAGI the COVERS PRODUCT 1」もオリコンチャートランキングで1位を記録するヒットを飛ばしています。
さらに、小柳ゆきさんは同年に日本有線大賞を獲得し、「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」を第51回紅白歌合戦で披露しました。
小柳ゆきさんは翌2001年にも第52回紅白歌合戦で「remain〜心の鍵」、その翌年にも第53回紅白歌合戦に出場して「Lovin’ you」を披露し、3年連続での出場となりまさに時の人となりました。
小柳ゆき、ブームの終焉
突然やってきた小柳ゆきのブーム終焉
それまで圧倒的な支持を得ていた小柳ゆきさんですが、2003年あたりから一気に人気が冷え込んでいくことになります。
小柳ゆきさんは2003年あたりからリリースした楽曲のセールス成績が伸び悩むようになり、ブームは終焉を迎えつつありました。
この頃、小柳ゆきさんは「歌うことが本当に好きなのか」と疑問に持つようになり、音楽と距離を置く意味も込めて音楽活動を一旦休止し、周囲の反対を振り切って2005年1月に渡英しました。
ロンドンでの生活は4ヶ月あまり続き、帰国後の4月にすぐシングル『最後に記憶を消して』をリリースしましたが、オリコンシングルチャートは100位と人気は出ませんでした。
同年11月にも新曲のリリースが予定されていましたが無期延期され、翌年にリリースされた「Fair Wind」がそれに当たると言われていました。
2006年10月11日にリリースされたシングル「誓い」では、ジャケットでセミヌードを披露しています。
これがきっかけで後にグラビアモデルの仕事につながったのかもしれません。
小柳ゆき、「干された」「消えた」と言われる理由
小柳ゆきがネットで「干された」「消えた」と言われた理由
小柳ゆきさんは1999年に一躍誰もが知る歌手となりましたが、その後急速にメディア出演が減り、過去の人となってしまいました。しかし、その裏側には「干された理由」があったそうです。
急激にブレイクしてその後急速に廃れて行くのはある意味ソロ歌手の宿命のような部分もありますが、小柳ゆきさんが「消えた」背景にはいろいろな要因があったようです。
単純に「干された」わけではない、小柳ゆきさんのブームが去った理由についてまとめました。
小柳ゆき、天狗になって干された?
小柳ゆき自身も認めた急激に売れたことによる慢心があった
小柳ゆきさんも後に「天狗になっていた」と認めましたが、小柳ゆきさんが干された背景には事務所スタッフや関係者との軋轢があったようです。
小柳ゆきさんはデビューシングルがハーフミリオン超えで、音楽業界の黄金期が過ぎつつある頃に新しい旋風を巻き起こしました。
当時では小柳ゆきさんほどの外国シンガーのような歌唱力を持った歌手は珍しく、圧倒的な歌声に多くの人が一瞬で魅了されてしまいました。
しかし、小柳ゆきさんは高校生の頃から極端な売れ方をしてしまったため、増長してしまい天狗になっていたそうです。
それまで普通に生活していた高校生が身の回りの大人たちや世間からチヤホヤされたわけなのでしょうがないといえばしょうがないでしょう。
小柳ゆきの増長ぶりはまだかわいいレベル?
天狗になったとは言え、小柳ゆきさんは根っから性格が悪いタイプではないのでその増長の仕方もまだ分かる範囲だったようです。
小柳ゆきさんはツアー中のホテルはスイートルームじゃないと許せなかったようで、ミネラルウォーターひとつにとってもお気に入りのが無いとマネージャーを怒鳴りつけていたそうです。
業界関係者に対して態度が横柄にもなっていたそうで、小柳ゆきさんも語っていますが当時は人を物として見ていたという。
とはいえ、当時の小柳ゆきさんは社会経験の無い若干18歳でスターになった少女ですから、周囲の大人がヘコヘコすれば増長もするでしょう。
小柳ゆきさんが所属している芸能事務所は業界では泣く子も黙るバーニングプロダクションですが、事務所スタッフは扱いに困りかねて小柳ゆきさんへの制裁の意味を込めて番組出演を減らし、予算も大幅に削ったようです。
結果的に売り出されもせず、露出の減った小柳ゆきさんは、「干された」「消えた」と言われるようになったということのようですね。
「高校生のうちから大ブレイクした小柳は、周囲がドン引くほどのテング状態になった。 ツアーなどで宿泊するホテルは絶対にスイートルーム。お気に入りのミネラルウォーターがないとマネジャーを怒鳴りつけるなど、かなりの問題児になっていたようです。小柳は”芸能界のドン”が率いるバーニングプロダクションの所属ですが、同事務所すらも扱いに困るようになった。業界内の悪評も高まったため、お灸をすえる意味で仕事が減らされ、プロモーションの予算も削られた。そうやって干されてしまったのが、一時的に『消えた』真相です」(芸能関係者)
引用:NEWSまとめもりー – 歌姫・小柳ゆきが干された&一時的に消えた理由がやばい…歌唱力は凄いのに性格が残念だった…【タトゥー・関ジャニの仕分け出演の現在画像/歌動画あり】
天狗になっていたことを気づかされた小柳ゆきさんは、自身の考えを改めて人に親切に接するように努力し、事務所から与えられた仕事に文句を言わずに精一杯完遂するように努力するようになったようです。
小柳ゆきは歌を歌う以外の仕事が多くて辟易としていた?
小柳ゆきさんが後にインタビューの中で語った内容には、「歌を歌う以外にやることがあり困惑した」ことを語っています。
小柳ゆきさんは子供の頃からのイメージとして、歌手は歌を歌うだけが仕事だと思っていたそうです。
しかし、実際に歌手デビューをしてからは、歌を歌うこと以外にも雑務などがあったようで、小柳ゆきさんは忙しさに追われていたようですね。
いざ歌手になると、歌以外にもやらないといけないことがあって。子どもの時にはそこまで考えてなかったこともあり、あれ?ってなってしまったり、歌というものを歌えなくなっていました。仕事で歌うことが増えても、普段歌を歌わなくなっていたんですよ。歌好きだったかな?と、一旦距離を置いてロンドンに行きました。
そのため、歌手デビューまでは家の中で自然と歌を口ずさむほど歌が好きだったのに、歌手となってからは自宅で歌うことが無くなり、「自分は本当に歌が好きなのか?」と疑問を持つようになったという。
そして自分探しのために2005年の渡英に繋がったようですが、当時の小柳ゆきさんは自分を見失ったストレスから増長が加速した面もあったのかもしれません。
小柳ゆき、謙虚になってグラビアモデルに
小柳ゆきがグラビアモデルを始めてファンは驚愕した?
小柳ゆきさんは慢心していたことを反省し、心を入れ替えて仕事に取り組むようになったようですが、デビュー15周年を記念して写真週刊誌でグラビアモデルに挑戦しました。
この小柳ゆきさんのグラビアモデル挑戦は、ファンにとっては衝撃が大きかったようです。
それまで超実力派シンガーとして活躍してきて、いきなり脱いだわけですから当然と言えば当然でしょう。
しかし、小柳ゆきさんはインタビューでちゃんと歌手としての自覚は失っていないことを念押ししています。
小柳ゆきのコメント「大丈夫です!私は歌手という事は、どうやら
自覚しているようなのでご安心ください笑」
小柳ゆきさんのグラビアが掲載された2014年は新曲のリリースが無く、番組『こころ ふれあい紀行〜音と匠の旅〜(TBS)』で準レギュラーは務めていましたが、目立った音楽活動が無かったため一部では「小柳ゆきが迷走している」とも言われました。
しかし、同年には小柳ゆきさんは2度目のカーネギーホール公演を成功させており、世界でまたひとつ認められる歌手に成長しています。
小柳ゆき、結婚して子供を出産し休業?
小柳ゆきは結婚して子供を出産したため消えた?
一説では小柳ゆきさんは極秘に結婚しており、子供も出産しているため育児のため家庭に入ったことで表舞台から消えたと噂されていました。
小柳ゆきさんは現在も結婚しておらず、当然子供もいません。
また、これまで目立った彼氏との熱愛報道が無いため恋愛事情については全く未知数ですが、学生時代から恋愛経験は豊富なようなので、恐らく水面下で一般人男性と恋愛しているでしょう。
もしかすると、近々結婚発表や子供を出産したという驚きの情報が飛び出す可能性もあります。
小柳ゆき、干されたのではなく需要が無くなった?
超実力派シンガーは日本では受け入れられない?
日本の音楽ファンの大半はJ-POPが好きなため、ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーなどがルーツとなっている超実力派シンガーの小柳ゆきさんは日本では受け入れられないという説もあります。
小柳ゆきさんがデビューした当時は、その圧倒的な歌唱力とそれまでそういった外国歌手のようなパワフルなシンガーが珍しかったため爆発的に人気を得ました。
しかし、日本の音楽ファンは洋楽を思わせる歌唱法や歌唱力よりは、AKBアイドルグループやジャニーズ、EXILEなどキャッチーなJ-POPを好む傾向にあるため、小柳ゆきさんのブームがすぐに終焉を迎えたのは仕方のなかったことなのかもしれません。
273: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2014/09/13(土) 15:19:20.18 ID:bw3hAiYS0.net歌唱力だけじゃ無理。
スーパーフライとかも消えたし。
310: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2014/09/14(日) 11:26:42.01 ID:nMCMRxUe0.net
こういういかにもディーバです歌い方は日本人にはウケないんだよなーやっぱりAKB的なアイドルっぽさがないと
だから勘違いしたまま消えていくんだよ
引用:NEWSまとめもりー – 歌姫・小柳ゆきが干された&一時的に消えた理由がやばい…歌唱力は凄いのに性格が残念だった…【タトゥー・関ジャニの仕分け出演の現在画像/歌動画あり】
小柳ゆきさんが今後再ブレークする可能性があるとしたら、時代に合わせたキャッチー路線も取り入れる必要があるでしょう。
名作曲家と評されるラルクアンシエルのKenさんやいきものがかりの水野良樹さんも語っていますが、自分が好きな曲を作っていたインディーズ時代からメジャーに変わり、人が求めている、”売れる”キャッチーなメロディラインを意識するようになったようで、それが商業的に成功する必要があるプロのミュージシャンの仕事だと気づいたようです。
確かにセールスを上げなくていいなら自己満足で活動していればいいので、やはり売れるプロ歌手になるためには、ある程度大衆の求めているキャッチー路線に合わせる必要はあるでしょう。
小柳ゆきはタトゥーも入れている?整形もしていた?
小柳ゆきは心機一転するためにタトゥーを入れた?
小柳ゆきさんの左肩にはクロスの刺青が入っていますが、干されたと言われた期間の後でもあり、心機一転を図るためにタトゥーを入れたのでしょうか?そして、同時に”すっきり”した顔で復帰したとも言われ、フェイスラインを整形したとも言われていました。
小柳ゆきさんはデビュー当時はもちろんタトゥーを入れていませんでしたが、2007年に数年ぶりに番組『ミリオンヒットライブ2007(日本テレビ)』でテレビ復帰をした時には左肩に十字架のタトゥーが入っていました。
また、同時に顔の印象が干される前に比べるとすっきりして見えため、ネットでは「小柳ゆき整形した?」といった噂が広まったようです。
「干されたことで小柳は態度をあらためるようになり、どんな仕事でも事務所に振られれば受けるようになった。これが傍目からは『迷走』に映ってしまっているのでしょう。野生的な顔立ちが印象的だった小柳ですが、確かに復活後はスッキリした印象になりました。それが整形であるとは断言できませんが、自信過剰だった彼女が謙虚になり、自分の見た目を気にするようになった結果なのでしょう」
引用:NEWSまとめもりー – 歌姫・小柳ゆきが干された&一時的に消えた理由がやばい…歌唱力は凄いのに性格が残念だった…【タトゥー・関ジャニの仕分け出演の現在画像/歌動画あり】
現在の小柳ゆきさんの印象はデビュー当時から変わり非常にソフトな印象になりました。
メイク技術の進化も関係していると思いますが、それでも現在の小柳ゆきさんの方が「当時より綺麗になった」という声が多いようです。
小柳ゆき絶対整形したよね
— まさむら。 (@IdS10th) 2015年6月25日
小柳ゆき整形して誰かわからんだ!上向いていた鼻がスってなった!水曜歌謡祭より
— youko (@529nanaYoko) 2015年6月17日
とはいえ、じっくり比べてみると実はメイクの印象が劇的に変わっただけで、整形していないという見方もあります。
2000年7月26日発売「be alive」の頃の小柳ゆき
デビュー翌年の2000年の頃の小柳ゆきさんですが整形している印象はありません。
2017年現在の小柳ゆき
小柳ゆきさんの場合、整形うんぬんの前にデビューから18年あまり経っても容姿がほぼ変わっていない事の方が驚愕ですね。化粧の進化もあり最近の方が綺麗になったと言われますが、見た感じ整形はしていないようです。
小柳ゆき、『ヒルナンデス』でタトゥー隠す
最近は番組でタトゥーを晒すことはNGになっている
昔は普通に番組でタトゥーを晒すことも多かったようですが、最近は子供の教育上良くないということで、PTAや親などからクレームが入るためタトゥーを入れているタレントは隠すように義務付けられているようです。
番組でのタトゥー問題で有名なのは、過去に『しくじり先生 俺みたいになるな!!(テレビ朝日)』にゲストでDA PUMPのボーカル・ISSAさんが出演した際、学ランの袖や開いた胸元からタトゥーが見えていたことで多くのクレームがテレビ局へあったそうです。
そうした経緯もあり、最近ではタレントのタトゥーはシールやファンデーションなどで隠すようになっているようですね。
小柳ゆきさん
— しゅぷりーむ (@supreme1632) 2017年7月25日
ヒルナンデス出てるけど不自然にタトゥ隠してる…
ヒルナンデス的に無しなのかな
海外では当たり前に入れているタトゥーでも、日本では「タトゥー=やくざの刺青」の印象が強いため、やはり教育上によろしくないとされています。
小柳ゆき、現在が「かわいい」と評判?
昔より今。小柳ゆきは再ブレークしつつある?
小柳ゆきさんは近年、テレビへの露出も増えつつあるようですが、デビュー当時のような黒人R&B歌手を思わせる風貌から一変して、最近では流行りのメイクも手伝ってかなりソフトでかわいい印象になっているため、ネットで「小柳ゆきかわいい」という声が増えているようです。
小柳ゆきさんは現在アラサー真っ只中ですが、ネット上では「まるでアラサーに見えない」「デビュー時よりかわいくなっている」と評判は上々のようです。
先日、『ヒルナンデス!(日本テレビ)』に出演した小柳ゆきさんは、花火大会デートコーデをお題に人気コーナー「格安コーデバトル」に参戦しました。
小柳ゆきさんはこれまでのイメージから一新したベリーショートヘアスタイルで、その大人かわいい姿がとても評判良かったそうです。
本人は番組内でアラサーも折り返し地点であることを気にしていましたが、デビュー当時と変わらない若々しさに視聴者はびっくりしたようです。
こないだのヒルナンデスの
— おたけ。 (@Tuk_625) 2017年7月27日
小柳ゆきの髪型が好きすぎてさ…
ここまでバッサリいってもって
思うけどキノコ🍄になるの
間違いない! pic.twitter.com/JWGUXc78pk
ヒルナンデスに小柳ゆきサン出てたねーー
— тomi (@jackan10my) 2017年7月25日
前に渋谷音楽祭?で見たけど
パワフルに歌うから背も大きいのかと思ってたけど
小さくてカワイイ感じやったなーー(。◕ ∀ ◕。)
小柳ゆきさんのコーディネートを担当したのは野沢和香さんで、岡田紗佳さん担当する森口博子さんとのバトルでしたが、見事小柳ゆきさんチームが勝利を収めました。
小柳ゆき、カーネギーホールで世界に発信
2012年、14年にカーネギーホールで歌った小柳ゆき
小柳ゆきさんはアメリカの伝統あるコンサートホールである「カーネギーホール」で、2度の招待を受けてコンサートを成功させています。
小柳ゆきさんの他にカーネギーホールでコンサート経験のある音楽家は、同じ歌手では加山雄三さん、高橋真梨子さん、ピアニストではフジ子ヘミングさんや盲目の天才ピアニスト・辻井伸行さんなどがいます。
ちなみに日本人初としてはシロフォン奏者の平岡養一さんです。
小柳ゆきさんはカーネギーホールで故・ホイットニー・ヒューストンの代表曲「I Will Always Love You」を歌って絶賛されたようです。
小柳 一番分かりやすく反応をいただいたのは、ホイットニー・ヒューストンの(曲を歌った)時でしたかね。ちょうど彼女が亡くなった直後でもあったので、すごく反応をいただいたのを覚えてます。
インタビュアーは、日本人がホイットニー・ヒューストンをフィーチャリングしてニューヨーカーに受け入れられたのは小柳ゆきさんだからだと話しています。
中途半端な歌手であればブーイングも起こっていたかもしれませんが、小柳ゆきさんの故・ホイットニー・ヒューストンのカバーは本場でも聞き入ってしまうということですね。
小柳ゆきさんは英語は話せないようですが、日本人には発音できない音も歌の中ではちゃんと発音しているのでしょう。
小柳 それまで日本という国だけで活動してたので、海外に出た時にどういった反応が返ってくるか全く分からない状態だったので、そんな中でああいうふうに温かく迎え入れてくれたことは、自分にとっても大きな自信になりましたね。あの、皆さんが(ステージに)集中してくれるのがすごく分かったんですね。皆さんの顔が本当に見える状態だったので、はい。もっと、もっと、外に出たいな、海外で歌いたいなって思うきっかけになりました。
小柳ゆきさんは今後は世界を舞台に活躍していくのでしょう。
また、小柳ゆきさんは音楽活動以外にも2012年にミュージカル『ウィズ〜オズの魔法使い〜』で南の善い魔女・グリンダ役を演じており、女優としても期待できるかもしれませんね。
小柳ゆきの性格、人物像とは?
小柳ゆきの性格をインタビューから読み解く
小柳ゆきさんは「輝き人」のインタビューを受けていますが、その中で小柳ゆきさんの人となり・性格がよくわかるエピソードがあります。
小柳ゆきさんは外見の印象からコミュニケーション能力が高そうにも見えますが、実は人見知りでどちらかといえば内向的でインドア派な性格のようですね。
人好きながら長時間一緒にいることが苦手で疲れてしまうため、プライベートでは10時間以上も寝て回復を図るそうです。
とはいえ、反面アクティブな面も持ち合わせており、小柳ゆきさんが最近ハマっているのはスノーボードやキャンプ。
また、小柳ゆきさんは子供の頃から日本古来の文化が好きで、子供の頃に忍者村にハマっていた時には本気で就職先に考えるほど好きだったようです。現在もよく浅草に出没しているという。
小柳ゆきさんは、「もしも」的な願望としてアインシュタインになりたいと挙げたり、願いがひとつだけ叶うなら「何でも願いが叶えられる能力」が欲しいと答えたりするところから、割と合理的な性格をしているように感じます。
小柳ゆきさんは自身を「変わり者」だと表現していますが、確かに個性的ながらも「どこにでもいる妹」のような印象もあるようです。
小柳ゆきにとって歌はコミュニケーションツール
コミュニケーションが上手ではないと自身を評価する小柳ゆきさんは、歌うことが唯一偽りない自分を知ってもらうためのコミュニケーションツールだと捉えているようです。
音楽をコミュニケーションツールにしている例でわかりやすいと感じたのは、覚せい剤で逮捕されたASKAさんが音楽によりファンと心をつなぎ止めていたことでしょう。
どれだけ落ちぶれた姿を晒しても、ASKAさんの歌を支持するファンは待ち続け、励ましのメッセージを送りつづけていました。
ASKAさんは無事復帰を果たし、覚せい剤逮捕の一件で聴き始めた人もいるようです。
―小柳さんにとっての“歌”とはズバリ?
一番ストレートなコミュニケーションの手段ですね。私は元々これだけ多くの人たちと普通にコミュニケーションを取れなくて、歌が最も自分を表現する嘘のない表現方法だと思います。話しているとどうしても色んな邪念が入って来て、いろいろ左右されることがあるので。
やはり、音楽は最も偽らざる自分をストレートに表現できるコミュニケーションツールなのでしょう。
自身の人生を歌詞に乗せるから歌で共感を呼ぶ
作詞をする歌手であれば自分の人生で感じた感情や出来事などを歌詞に乗せることができるので、よりコミュニケーションツールとしての役割を果たすでしょう。
深い歌詞の歌というのは聴き手が自身の人生と照らし合わせて共感し、感動でき、生活をより豊かにすることができるものですが、言葉では伝わらないことでも歌に乗せれば伝わることもあります。
そうした感動できる歌詞を生み出すには作詞家の人生そのものが大切になってくると思いますが、小柳ゆきさんも自身の感じたことを大切にして歌詞に乗せているようです。
こうして話し合ったり、映画を観たり、旅行に行ったりと日常の中で感じることがあって、その時々のことを思い返し、どういう気持ちになったかなどを考えることが歌詞に繋がっています。感性は常に変わり行くものなので、その時々のものを大切にしたいです。
小柳ゆきさん自身も言葉で伝わらないことが歌を通して人に共感を読んだときはコミュニケーションができたと手応えを感じているようです。
こうした点を意識すると、その歌の作詞が歌い手なのか別の人なのかで聴き方も変わってきそうですね。
小柳ゆき、音楽以外にやりたい仕事とは?
小柳ゆきはやはり考え方が男性的?
小柳ゆきさんはインタビューで「歌手以外だったらどういう仕事がしたいか」を聞かれることがあるようですが、インタビュアーが男性か女性かで答え方が変わっています。
ニューヨークで新聞社を経営する社長からのインタビューで、小柳ゆきさんはニューヨーク・カーネギーホールでのコンサートを中心に自身の音楽活動について答えています。
その中で、男性のインタビュアーから「音楽以外で何の仕事をしたいか」を聞かれますが、小柳ゆきさんは謙虚に”歌関係”だと答えています。
小柳 あー。(しばらく考えて)いや、他のこともやってみたいんですけど(笑)。でも、基本的に他のことができない人間なので、多分、普通の社会人にはなれないタイプなので(笑)。結局、また歌が自分の一部になってる人生だと思います。
一方で、「輝き人」の女性インタビュアーに対しては話が弾んでいたようで、女子トークが炸裂する中で小柳ゆきさんらしい回答を引き出したようです。
小柳ゆきさんは前述したようにアインシュタインになりたいとか、忍者や甲冑など日本古来の武士文化が好きなところからも、男性への憧れが強いようです。
―生まれ変わったら、なりたいものはありますか?
男になって、歌以外の分野でバリバリ仕事をしてみたい!
―どんなお仕事を?
IT企業でエンジニアとして働きたい。(ホワイト)ハッカーとか。決して悪いことをするわけではなく。優秀すぎるくらいのハッカーになれたら良いですね。
小柳ゆきさんは自身の評価として「頭が悪い」と言っていたため、男性が得意分野である数学的な頭の良さに憧れを抱いているようです。
小柳ゆきさんが男に混じって剣道に打ち込んできたことにも影響があるのかもしれませんが、小柳ゆきさんのパワフルな歌の中にも男性的なイメージが息づいているのかもしれませんね。
小柳ゆきについてまとめると…
1999年に女子高生ながら圧倒的な歌唱力で「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」を歌い、デビューから活躍し続けてきた小柳ゆきさんについてまとめてきました。
若干18歳でデビューして大ヒットを記録したため天狗になり干されてしまった小柳ゆきさんですが、現在は大きく成長し人として柔らかくなったようです。
『ヒルナンデス!』に出演して「かわいい」と注目を集め、再ブレークの兆しも匂わせる小柳ゆきさんですが、今後は世界を視野に活動していくようです。
まったく熱愛情報のない小柳ゆきさんですが、今後の報道に期待したいところです。