「世界の果てまでイッテQ!」でお馴染みの宮川大輔さんですが、実は既に既婚者であり一児の父親だったりします。
この記事では、宮川さんの嫁や子供の情報に加えて、「過去に感染症にかかったことがある?」という噂などに関してまとめてみました。
この記事の目次
宮川大輔のプロフィール
本名:宮川大輔(みやがわ だいすけ)
出身地:京都府京都市
生年月日:1972年9月16日
学歴:京都外大西高等学校卒業
身長:172cm
デビュー時期:1990年
所属事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
ピン芸人のイメージが強い宮川大輔さんですが、元々はチュパチャップスというコンビで芸能界デビューを果たしています。元相方である星田英利(ほっしゃん)さんも、現在ではタレントとして活躍中ですが、コンビ時代はブレイク出来ずに1999年に解散を余儀なくされました。
その後は役者業をやりながら、ピン芸人として舞台を中心に活躍していた宮川さんですが、2007年より出演を開始した「 世界の果てまでイッテQ!」の仕事が1つの大きな転機となりました。番組開始しばらくは、視聴率10%を超える程度の平凡な番組だった「 世界の果てまでイッテQ!」ですが、2009年あたりから視聴率15%超えを連発する人気番組へと進化します。
「 世界の果てまでイッテQ!」の成功のおかげで一躍全国区の芸人となり、30代後半からレギュラー番組複数本を抱える人気芸人となった宮川さん。20代で人気芸人化することが当たり前の近年では、かなり珍しい遅咲き芸人だと言えます。
宮川大輔は下積み時代に結婚している!嫁のマーコの情報
宮川大輔さんが結婚をしたのは、チュパチャップス時代の1997年となります。チュパチャップスなんてコンビ名自体を知らない日本人が一般的な時点で分かりますが、当時の宮川さんは売れない若手芸人の1人でしかない状況でした。
宮川さんの結婚相手は、「マーコ」という愛称で呼ばれている一般女性です。2人の馴れ初めに関しては、当時マーコさんが働いていたクラブに、宮川さんが客としてやって来たこときっかけとなった模様ですね。
とはいえ、宮川さんがその場でマーコさんを口説き落としたなんてことはなく、友人として始まった付き合いとなりました。その後、マーコさんが宮川さんに惹かれていったという経緯を辿り交際がスタートしたため、プライベイトの宮川さんはかなり男前な人物なのかもしれませんね。
宮川大輔の嫁・マーコには外国人説がある?
宮川大輔さんの妻であるマーコさんには、外国人説もあります。もちろん、一般メディアで噂されているわけではなく、ネット上のただの噂話だったりします。
実際のマーコさんに関しては、宮川さんと同じ1972年生まれの大阪府八尾市出身の女性であるため、少なくとも外国出身というわけではなさそうです。名前に関しても、宮川真木子であり、日本人女性ではないかと思われる情報が多い状況だと言えます。
帽子などを深くかぶった状態でのマーコさんの写真が、一見するとハーフや外国人っぽく見えることで生じたネットの都市伝説が、「マーコさん外国人説」の真相ではないかと思われます。
新婚早々に役者に転身した宮川大輔
マーコさんと結婚してから2年後の1999年にチュパチャップスを解散した宮川大輔さんですが、その理由はコンビ間の不仲でした。基本的にコンビ芸人は仲が悪いというのが「お笑い界あるあるネタ」ですが、それに加えて仕事面で低調な日々が続いたことも、喧嘩が絶えない原因となった模様です。
チュパチャップス解散後の宮川さんですが、役者への転身を図っています。もちろん、お笑い引退というわけではなく、芸人として吉本関連の舞台にも定期的に出演はしていた宮川さんですが、役者中心の活動へシフトしたということになります。
宮川さんが、20代後半で役者業中心の活動へと転身した理由に関しては、元々役者志望で芸能界に入って来ていたことが挙げられます。2000年代以降は、芸人の役者活動は当たり前の時代になっていますが、1990年代当時でもダウンタウンの浜田雅功さんや片岡鶴太郎さんなどが役者業で活躍していました。
そのため、お笑い芸人からの役者業転向は、案外現実味のある選択肢ではありました。基本的には舞台演劇を主体に活躍していた役者時代の宮川さんですが、「救命病棟24時」や「人にやさしく」といった人気テレビドラマにも出演していますね。
役者時代を支えてくれた嫁・マーコ
海外公演も度々催された有名舞台演劇である「THE WINDS OF GOD」ですが、宮川大輔さんも2000年のハワイ公演に参加しています。
宮川大輔さんは、故・今井雅之さん演出の「THE WINDS OF GOD」や宮本亜門さん演出の「BOYS TIME ボーイズ・タイム〜つよく正しくたくましく!!」に出演するなど、舞台役者としてはそれなりの売れっ子の地位を築くことに成功していました。
しかし、ギャラも安い上に、稽古中は手弁当が当たり前という舞台演劇の仕事では、家族を養うだけの収入を得られなかったことは言うまでもありません。そのため、この時期に一家の家計を支えていた大黒柱はマーコさんでした。
舞台稽古のため、2ヶ月間無収入だった時期すらあった宮川さんに文句1つ言うこともなかったマーコさんは、毎日手作り弁当まで用意するほどの「糟糠の妻」ぶりを発揮していたとか。宮川さんもこの時期のマーコさんの献身ぶりには、未だに感謝の想いを抱き続けているそうです。
売れっ子芸人に成り上がった宮川大輔は嫁とハワイで挙式
マーコさんとの結婚生活は、当時で11年目に突入していました。
役者業を全力で頑張ったものの、家族を養うほどの収入を得られなかった宮川さんは、男としての責任感から芸人業にも力を入れ始めます。
2004年からスタートしたバラエティ特番「人志松本のすべらない話」への出演をきっかけに、テレビ番組への出演が増え始めた宮川さん。本人の談によると、この時期にようやく宮川さんの収入だけで夫婦が暮らせるようになったそうですね。
そして、2007年より出演し始めたバラエティ番組「世界の果てまでイッテQ!」が高視聴率番組化する過程で、宮川さんの知名度も全国区へと広がりを見せます。そのおかげで、キー局のレギュラー番組の仕事も次々と舞い込むようになり、収入も激増することになった宮川さんは、嫁孝行を開始しました。
宮川さんの嫁孝行ですが、最初はマーコさんの欲しがっていたネックレスを買うことからスタートしたようです。その後は、長期休暇の度に夫婦揃って海外旅行へ出かけるようになった宮川さん夫妻ですが、ラスベガスのカジノで豪遊するといったセレブ体験までエンジョイしたこともありました。
そんな中で、2009年にハワイにて結婚生活13年目の結婚式を挙げた宮川さん。その真意に関しては、嫁孝行というよりは、売れない芸人との結婚を認めてくれたマーコさんの両親へ向けた親孝行でした。
僕がずっと気になってたのが嫁の両親のことで、やっぱり仕事のない芸人に娘を嫁がせるっていうのは、ものすごい勇気がいることだと思うんですよ。反対はされなかったんですけど、それも本当にありがたいことだと思っています。それでお互いの親も高齢になってきたし、そろそろ親孝行をしないといけないよねって話を嫁として、家族でハワイに行って結婚式を挙げたんです。
38歳でパパとなった宮川大輔!子供の名前は健太
宮川大輔さん・マーコさん夫妻には、2010年12月に第一子となる長男・健太くんが生まれています。2人の間にそれまで子供が生まれていなかった理由に関しては、やはり経済的な理由が大きかったようです。
31歳くらいまでは食べていける状況でもなかったので、そういうことを具体的に考えることもなかったんですよね。40歳に差しかかる直前に意識し始めて、「二人で過ごす生活と、子どもがいる生活ってどう変わるんだろうね」という話をしたり、仕事も順調になってきていたので、頑張ってみようかって話になったんです。結婚式もした後だったので、そういうタイミングだったんでしょうね。
夫婦共に不妊体質ではなかった幸運のおかげで、30代後半での妊活にも成功した宮川さん夫妻ですが、その後高齢出産のリスクを身をもって体験することになりました。
妊娠8ヶ月で破水したマーコ!健太は未熟児として生まれて来た
妊娠中のマーコさんの身に異変が起こったのは、8ヶ月の定期検診に病院へ向かった日の夜だったそうです。マーコさんの身に起こった異変とは、「前期破水」と呼ばれる症状でした。
さらには、プレタームプロムと呼ばれる危険な時期での前期破水だったと思われるマーコさん。
妊娠37週目以前の前期破水は、プレタームプロムと呼ばれ、赤ちゃんが未熟なままで生まれてきてしまう可能性があるため、特に注意が必要とされています。赤ちゃんがママのお腹の中で成長し続けられるように、感染予防のための抗生物質を投与したり、陣痛が起こって、分娩が始まらないように子宮収縮を抑える薬を投与しながら、入院安静で慎重に経過をみていきます。状況により、感染を避けるために分娩を進める事もあります。
2000グラム以下の超未熟児として子供が生まれることすら懸念される危機的状況の中、宮川さんは医者から子供の障害の可能性などの色々な話を聞かされたそうです。
結果的には、未熟児とはいえ障害もなく生まれて来る幸運に恵まれた健太くんですが、高齢出産のリスキーさを象徴するエピソードと言えます。
宮川大輔の長男・健太は和光小学校に通っている?
宮川大輔さん・マーコさん夫妻の長男である健太くんですが、2017年でちょうど小学1年生となります。健太くんの通っている小学校に関しては、和光小学校ではないかと噂されております。
和光小学校といえば、青山学院初等部や慶応幼稚舎などと並んで、芸能人御用達の1つとして有名な学校ですよね。お笑い芸人のみならず、役者やミュージシャンの子息なども多数通っていることで知られており、芸能人が安心して子供を通わせられる学校の1つとだと言えます。
健太くんは、附属の和光幼稚園からエスカレーターでの和光小学校進学だと言われています。
宮川大輔に病気や感染症の噂?実は出演映画発のネタだった?
宮川大輔さんには、2016年頃に「感染症にかかった?」という噂が、ネット上で拡散したことがありました。もちろん、宮川さんが本当に感染症にかかったわけではありません。噂の出処は、「匿名掲示板2ちゃんねる」のVIP板に立てられたネタスレでした。
上記スレッドは、2015年に宮川さんが出演した「Zアイランド」という映画の画像を元ネタにしたネタスレとなります。このスレッドを各まとめブログが掲載したことが、「宮川大輔が感染症にかかった?」という噂の拡散のきっかけとなりました。
哀川の芸能生活30周年を記念した主演作「Zアイランド」は、絶海の孤島を舞台に、元ヤクザの組長が率いるヤクザ軍団とゾンビの感染者たちが戦いを繰り広げるエンタテインメント作。
後日宮川大助が本当に感染症にかかった?
脳出血を経験したり、2000年代以降は病気の話題が絶えない宮川大助さん。
宮川大輔さんとは、漢字一文字違いでの同姓同名ネタでお馴染みの人物でもありました。
まとめブログにより拡散された「宮川大輔が感染症にかかった?」噂から1年も経たないうちに、吉本の先輩芸人である宮川大助さんが本当に感染症にかかってしまったことがありました。
大助は2月28日に入院し3月2日に手術。約7時間にわたる手術を終え、3月29日に退院した。リハビリなどで復帰に備えていたが、4月末に岩手県での復興企画イベント中に発熱。傷口に菌が入っており、今月2日に再手術を受け、28日に退院したという。
感染症にかかっていたことに気がつくのが遅れていれば、最悪寝たきり生活もありえたと医者から言われるほどの一大事だった大助さん。そのため、「嘘から出たまこと」というお笑いネタにも転化出来ない深刻な話だったと言えます。
宮川大輔の現在!夏祭りで若者に説教していた?
宮川大輔さんの現在ですが、芸能生活の方では特に変化もなく売れっ子芸人人生を謳歌しています。私生活では、この7月に地元の夏祭りに参加している姿を週刊女性にスクープされました。
ちなみに、宮川さんは家族連れでお祭りにやって来たわけではなく、親しい業界人仲間たちと一緒だったようですね。
「青い柄のシャツに、白い短パンをはいて、白い帽子にサングラス姿でした。変装はしていましたが、バレバレでしたね(笑)。屋台の近くにあるテントの下で、6人くらいのグループでワイワイ騒いでいました。学生たちが写真撮影を頼むと、笑顔で応じていましたよ」(前出・参加した男性)
宮川さんのグループには、ミュージシャンや役者として活躍している金子ノブアキさんも遅れて合流して来たとか。
周囲に気さくな対応をしていると、何故だが一線を超えた態度で接して来る一般人が出て来るのは、「芸能人あるあるネタ」の1つかもしれません。宮川さんのグループにも失礼な態度で接して来る20代の男性がいたようで、宮川さんが男性に説教をかます一部始終が週刊女性により記事にされていました。
まとめ
意外?に良いエピソードが多い宮川大輔さんの家族話ですが、理解がある家族に恵まれたからこそ、売れない芸能人生活を30代まで続けられたということなのでしょうね。
今後も宮川さん一家の幸せな日々が続くことを祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。