事件性の有無に限らず、日本では年間約8万人の人がなんらかの形で失踪する事件が起きています。
この記事では、行方不明になった失踪事件について衝撃度順にランキングとして、未解決・解決別にご紹介します。
この記事の目次
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング10位 阿部定失踪
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング9位 多島斗志之失踪事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング8位 坪野鉱泉失踪事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング7位 正昇建設社長失踪事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング6位 伊勢市女性記者行方不明事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング5位 高齢者所在不明問題
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング4位 飯塚事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング3位 泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング2位 北関東連続幼女誘拐殺人事件
- 【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング1位 室蘭女子高生失踪事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング10位 浅草男性殺害事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング9位 札幌女児行方不明事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング8位 大分県日出町2歳児失踪事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング7位 千葉県茂原市女子高生失踪事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング6位 福島県南相馬市女子高生失踪事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング5位 アベック失踪事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング4位 新潟少女監禁事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング3位 朝霞市女子中学生誘拐事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング2位 八王子ホスト殺害事件
- 【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング1位 江東マンション神隠し殺人事件
- 行方不明・失踪事件衝撃度ランキングについて総まとめすると・・・
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング10位 阿部定失踪
現代までに多くの作品の題材にされた「阿部定事件」
「阿部定事件」は1936年5月18日に東京市荒川区尾久の待合にて、鰻料理店「吉田屋」の店主・石田吉蔵を女中で愛人だった阿部定が扼殺し、局部を切り取って持ち去った事件です。
この事件は猟奇性に加えて、男を愛するあまり殺害するというセンセーショナルさから、当時の庶民の関心を強く惹いていました。
阿部定が逃亡している間、庶民は阿部定の風貌に似た瓜実顔で髪を夜会巻きにした細身の女性を見る度に大騒ぎし、逮捕されるまで「阿部定パニック」が続きました。
阿部定は懲役10年のところ恩赦により5年で出所し、その後も料亭「星菊水」の看板女中として世間から注目を集め、多くの作品の題材にされてきましたが、1971年に置手紙を残して失踪し、その後阿部定は行方不明のままとなっています。
しかし、阿部定が石田吉蔵を永代供養をしていたお寺に、1987年頃まで毎年命日に花が贈られていたため、この頃まで阿部定は生きていたとみられています。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング9位 多島斗志之失踪事件
自ら社会生活を捨てて失踪した作家
多島斗志之失さんは早稲田大学政治経済学部を卒業後、広告代理店にて勤務していましたが、独立後はフリーの広告制作ディレクターとなり、その後作家となりました。
代表作には『海賊モア船長シリーズ』や、天海祐希さんが主演を務めて映画化されたミステリー小説『クリスマス黙示録』、多重人格者を題材としたサイコスリルサスペンス小説『症例A』など名だたる名作を残してきました。
しかし、多島斗志之失さんは2009年12月19日に滞在していた京都市内のホテルを出発したのを最後に消息を絶ってしまいました。
1989頃に多島斗志之失さんは右目を失明しており、失踪する前日に長女や弟など兄弟に対して「1か月前から左目も見えにくい。この年で両目を失明して人の手を煩わせたくない。失踪する」という手紙が届いており、失踪した当日にはお世話になった友人や出版社などに「筆を置き、社会生活を終了します」という手紙が届いていました。
その後、多島斗志之失さんがどのような生活を送ったのか、はたまたどこかで自殺を遂げたのかは分かっていません。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング8位 坪野鉱泉失踪事件
暴走族に拉致・殺害された可能性もある事件
「坪野鉱泉失踪事件」は、1996年5月5日に富山県氷見市在住の女性2人が、それぞれ家族に「肝試しに行く」と告げて外出し、友人のポケットベル(簡易メール機器)に「今魚津市にいる」とメッセージを送ったのを最後に失踪した事件です。
家族が失踪届を提出し、富山県警は「肝試し」「魚津市にいる」という2つのキーワードを手掛かりに、魚津市にある有名な心霊スポットだった廃墟となった坪野鉱泉旅館跡地に向かいました。
しかし、2人の女性についての手がかりは一切得られず、富山県警は失踪事件と事故の両面から捜索を続けました。
当時、女性の1人が車を運転しており、その車も見つかっていなかったことから、崖から転落した可能性も考えて捜索されましたが見つかりませんでした。
現地は暴走族のたまり場となっていたため、2人は運悪く暴走族に出くわし、拉致されその後殺害された可能性も考えられています。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング7位 正昇建設社長失踪事件
暴力団の建設会社乗っ取り事件?
2017年5月に神奈川県神奈川県警暴力団対策課が、指定暴力団六代目山口組関係者で住所不定、無職の松尾亮介被告ら3人を、死体損壊と死体遺棄の容疑で逮捕しました。
神奈川県警は被告らの供述を元に同県秦野市千村の「正昇建設」従業員寮の敷地内を捜索しましたが、同社の従業員だった岩本一正さん(当時47歳)のものと思われる肉骨片300個以上を発見しました。
この事件は殺人事件ではなく、岩本一正さんを含めて被告らが覚せい剤を常用しており、岩本一正さんが死亡したことで遺体をバラバラにして遺棄していました。
被告らには懲役3年が言い渡されましたが、この事件はそれで終わりではなく、同社の社長である上野正志さん(当時58歳)が「会社を乗っ取られる」と言い残して行方不明になっていました。
上野正志さんは2010年に同町に株式会社三葉を設立、翌年に正昇建設を建設しており、業種は建設作業員を派遣する土木建設会社でしたが、それぞれの会社に従業員10人程を抱え、業績も好調でした。
しかし、上野正志さんはヤクザ関係者の男を運転手として雇った頃から状況が一変し、「会社の金を勝手に持っていくことを注意したら殴られた」「ヤクザに会社を乗っ取られそうだ」と愚痴を言っていたのを周辺の人が聞いていました。
マスコミが会社に電話取材をしても、「社長は入院していない」と言うだけで、上野正志さんの所在は現在まで不明になっています。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング6位 伊勢市女性記者行方不明事件
限りなく犯人である男を逮捕していた事件
別名「三重女性記者失踪事件」と呼ばれるこの事件は、1998年11月24日に三重県伊勢市にて記者をしていた辻出紀子さん(当時24歳)が失踪した事件です。
辻出紀子さんは1998年11月24日午後11時頃に勤務先から退社し、その後帰宅することなく行方不明となっていました。
翌日から警察が捜索を開始すると、伊勢市内の駐車場にて辻出紀子さんの乗用車が発見され、車は施錠されていて車内を荒らされた形跡はありませんでしたが、バッグや携帯電話は置かれていませんでした。
辻出紀子さんは退社後に取材で男性に会っていたため、車を駐車場に置いて近隣で会っていたとみられていますが、非喫煙者であるはずの辻出紀子さん車内からはタバコが残されていました。
警察はこの会っていた男性を容疑者とみて事情聴取をしましたが、男性は辻出紀子さんの失踪について知らないと主張しました。
しかし、その後男性は別の監禁事件により逮捕されており、辻出紀子さんについても同様の事件を起こしていたことが濃厚でしたが、一切証拠が出なかったことから無罪判決となりました。
男性は冤罪として国を提訴しましたが、その後すぐに訴えを取り下げるなど不可解な動きをしており、限りなく犯人だと思われるものの証拠がないため逮捕が出来ずにいるようです。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング5位 高齢者所在不明問題
犯罪を含む社会問題としての失踪事件
「高齢者所在不明問題」は、高齢化社会が急速に進む2010年以降に、多数の高齢者が戸籍上では存在しているものの、実際には居住確認や生死の確認が取れていない社会問題です。
この問題の発端となったのは、2010年7月29日に東京都足立区に住んでいた当時111歳の男性が白骨化した遺体で見つかった事件で、調べを進めると同様の状態にある例が多数存在していることが分かりました。
戸籍が残っていることから、年金給付の不正受給など詐欺に利用されている事例が少なくなく、その他家族による死体遺棄など様々な問題を抱えています。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング4位 飯塚事件
冤罪の可能性を残したまま死刑執行された事件
「飯塚事件」は当時小学1年生だった女児2人を誘拐して殺害した容疑者として、久間三千年さん(くま みちとし)が逮捕され、冤罪の可能性を残したままその後死刑判決が下り執行されてしまった事件です。
1992年2月20日の朝に、福岡県飯塚市内にある同じ小学校に通う1年生の女児2人(当時ともに7歳)が、登校中に行方不明になりました。
その翌21日0時10分頃に、同県甘木市(現朝倉市)から嘉穂郡を結ぶ国道を車で走行していた団体職員の男性が、小用を足すために車を路肩に停めて降りたところ、崖下に2人の少女が倒れているのを発見して通報しました。
駆け付けた警察官が現場を捜索すると、道路から約10メートル下の雑木林の中に女児2人の遺体がありました。
1994年9月23日に女児の衣服に付着していた繊維片が久間三千年さんが所有していた車のシートのものと一致したため、死体遺棄容疑で逮捕しました。
しかし、「西の飯塚、東の足利」と呼ばれ、DNA鑑定法が無罪判決が降りた「足利事件」と同じものであり、久間三千年さんは一貫して「100%関係ない」と無罪を主張していましたが、「足利事件」が無罪となった再鑑定が行われた2008年10月16日から12日後の10月28日に死刑執行されてしまいました。
2009年に久間三千年さんの妻が再審請求をするも福岡地裁・高裁ともに棄却したため、現在最高裁に特別抗告中となっています。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング3位 泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
白いクラウンが犯人の手がかりとなるも行方知れず
「泉南郡熊取町小4女児誘拐事件」は2003年5月20日に、大阪府泉南郡熊取町七山地区で当時9歳の小学4年生、吉川友梨ちゃんが行方不明になった失踪事件です。
事件当時の2003年5月20日は、吉川友梨ちゃんが通う熊取町の小学校では学校行事である社会科見学を終えて、同級生3人と一緒に下校中でした。
吉川友梨ちゃんは自宅から560メートル離れた地点の交差点で友人らと別れ、その後一人で帰宅をしていましたが、別の同級生が自宅から400メートル離れた地点で目撃されたのを最後に行方不明となりました。
18時半を過ぎても吉川友梨ちゃんが帰宅しないことから、心配した家族は学校に連絡を入れ、その後近隣住民の協力を得て周辺を捜索しました。
それでも発見できなかったため家族は19時30分頃に警察に通報し、行方不明事件として捜索が始まりました。
その後、自宅から50メートル先のT字路で、男児が白いクラウンに乗った男と小学生くらいの女の子を目撃しており、助手席に乗っていた女の子は白い服を着て俯いており、吉川友梨ちゃんの当時の身なりと一致していました。
捜査特別報奨金(公的懸賞金制度)により有力情報提供者には300万円の懸賞金がかけられましたが、現在までに一切有力情報は寄せられていません。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング2位 北関東連続幼女誘拐殺人事件
冤罪の「足利事件」を含む5件の女児誘拐事件
「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とは1979年以降に栃木県と群馬県の県境半径20キロ以内で発生した、5人の女児が誘拐および殺害された一連の事件の総称であり、中には冤罪による無罪が確定した「足利事件」も含まれています。
この5つの事件の共通点は、5人の女児は4歳から8歳までと幼い児童であり、
・3事件とも女児の遺体発見現場が河川敷だった
・4事件とも犯行日が金曜、土曜、日曜および祝日に発生している
上記の共通点に加えて、5件とも未解決事件であり犯人に繋がる有力な情報が無い状態です。
【未解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング1位 室蘭女子高生失踪事件
美人の女子高生が行方不明になった事件
「室蘭女子高生失踪事件」は2001年3月6日に発生した事件で、北海道室蘭市に住む当時16歳の女子高校生・千田麻未さんが繁華街にて突如行方不明になりました。
当時、自宅近所のスーパーに入っているパン屋でアルバイトをしていた千田麻未さんは、休みの日に自宅から7キロ離れたパン屋の本店にてオーナーからコーヒーの淹れ方の講習を受ける予定でした。
自宅からバスで本店に向かった千田麻未さんは、約束の時間である1時過ぎを超えて降りる予定のバス停留所「東通」で降りず、3つ先の「東町2丁目」で降り、近隣の大型スーパー「サティ室蘭店」に入り、15分ほど化粧品売り場にて滞在していたことが防犯カメラの記録に残っていました。
その後千田麻未さんは「東通」までバスで戻り、約束の時間から30分以上過ぎていたもののパン屋本店前まで来ていたことがPHS(携帯電話)のアンテナ中継地点から分かっています。
パン屋に入る前に彼氏から電話があったようで、千田麻未さんは「今は話せないから、あとで電話するね」と伝えて電話を切り、これを最後に行方不明となってしまいました。
千田麻未さんは学校でファンクラブがあるなどマドンナ的な存在で、その美貌から失踪事件の中でもとりわけ注目を集めましたが、警察が犯人だと睨んだパン屋のオーナーからは一切の証拠が出なかったため現在までに未解決事件となっています。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング10位 浅草男性殺害事件
野球の名門選手が犯した猟奇殺人事件
「浅草男性殺害事件」は2009年に東京都台東区の飲食店経営者・小林和之さん(当時27歳)が行方不明となった事件です。
その後逮捕された島岡丞は小林和之さんから2000万円程度の借金をしており、金銭トラブルの末に殺害したことを認めました。
島岡丞とその弟の吉田慶太らは、小林和之さんが行方不明となっている2年間の間、都内の倉庫の冷凍庫に保管していたと供述しており、その後新潟県で凍った遺体をハンマーで砕いてバラバラにして焼き、長野県白馬村の山中に埋めたと供述しました。
島岡丞と吉田慶太は甲子園出場の常連校で活躍した野球選手で、前者には高校時代には20人近い親衛隊がいたほど人気と実力を兼ね備えた優秀な選手でした。
高校卒業後は社会人硬式野球クラブに所属してプレーしており、吉田慶太もリトルリーグの名門チームで活躍していました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング9位 札幌女児行方不明事件
約6日間監禁され無事保護された事件
「札幌女児行方不明事件」は2014年1月27日に札幌市白石区の当時9歳だった小学3年生の女児が行方不明になった事件で、北海道警察は翌月2日に同市白石区東札幌在住の無職男・松井創を監禁容疑で現行犯逮捕しました。
女児は事件当日の27日午後3時頃に、母親にノートを買いに行くと告げて外出し、その後夕方になっても戻らないことから午後6時50分頃に母親が110番通報しました。
道警は女児が誘拐事件や事故に巻き込まれた可能性があるとして、29日には公開捜査に踏み切っていました。
道警が目撃情報を集めていたところ、女児の自宅周辺に集中していたことから、地元民の犯行とみて1日から周辺を徹底的に捜索していました。
松井創の住んでいたアパートの近隣住民が「子供の悲鳴が聞こえた」とネットのまちBBSにて1日に書き込んでおり、その悲鳴が聞こえた場所を警察に通報していました。
道警がその情報を元に松井創の自宅を訪ねて任意で室内に入ったところ、リビングに置いてあるイスに女児が座っており、比較的元気な様子をみせていました。
女児は外傷もなく無事保護されましたが、松井創の裁判が札幌地裁で行われ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせたとして懲役7年(求刑懲役12年)が言い渡されました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング8位 大分県日出町2歳児失踪事件
障害児2人の子育てに疲れて殺害した母親
「大分県日出町2歳児失踪事件」は2011年9月13日に、大分県日出町にあるスーパーの駐車場にて停車し、目を離したわずか3分の間に当時2歳の江本琴音ちゃんが行方不明になっていた事件です。
しかし、失踪から5か月後の2月5日に、母親の江本優子(当時35歳)が琴音ちゃんの死体遺棄容疑で逮捕されるという衝撃の結末を迎えました。
江本優子はフェリー会社に勤務する旦那と小学1年生の7歳の長男、そして江本琴音ちゃんの4人暮らしでした。
船で海に出ることが多い旦那は1週間ほど家を空けることも珍しくはなく、2人の子供の子育ては江本優子一人に任されていました。
しかし、長男には軽い障害があり、琴音ちゃんも足が不自由という障害を持って生まれたためその子育ては過酷を極め、江本優子は次第に精神を蝕まれていき、犯行に及びました。
なお、事件発生直後にネット上では事件の概要から母親を疑う声が多く、「3分でいなくなるなんてずっと誰かに狙われていたか、はたまた母親か」「2歳児と言えば一番手がかかる時期で、人見知りも凄い。白昼堂々3分の間に他人が連れ去るのは無理がある」といった矛盾が指摘されていました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング7位 千葉県茂原市女子高生失踪事件
統一教会信者の異常性を見た事件
「千葉県茂原市女子高生失踪事件」は2013年7月11日に、千葉県茂原市在住の当時17歳の県立高校の女子生徒が行方不明になった事件です。
女子生徒は失踪当時の所持金が1500円で、当日に学校の農園で収穫したポリ袋2袋分のトマトを持ったていたことから、発見が遅れると餓死する可能性があるとして一刻も早い発見が急がれました。
しかし、女子生徒の発見につながる有力な情報はなく、失踪から1か月が経った8月7日には100人体制で公開捜査に踏み切りました。
ネット上では「神隠しに遭った」「彼氏の家にいるらしい」など様々な声が挙がっていましたが、失踪から78日目にして千葉県茂原市の日枝神社の社の中に倒れている女子生徒が発見されました。
発見したのは当時70歳の飯塚眞敏さんで、年2回のお供え物の鏡餅の交換時期が近付いているため、同神社の様子を見に行った際に、愛犬のチビタが社の方を見て唸り吠え始めたためでした。
後に女子生徒の家庭は統一教会信者であることがわかり、合同結婚式を挙げた両親から生まれた「祝福二世」であり、家庭の狂信的な信仰について悩んだ末の失踪だったようです。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング6位 福島県南相馬市女子高生失踪事件
失踪後、大津波に飲まれて亡くなった可能性がある事件
「福島県南相馬市女子高生失踪事件」は2011年2月19日に、福島県南相馬市在住の当時18歳の高校3年生・清水沙也香さんが失踪した事件で、発見されたのは「東日本大震災」後の5月6日であり、遺体の損傷が酷いことから津波に巻き込まれた可能性があり刑事事件には発展しませんでした。
失踪当日、清水沙也香さんは財布も持たずに外出しようとしたため、父親が誰と会うのかを尋ねると当時24歳の交際相手の名前を挙げました。
「すぐ戻るから」と告げて外出した清水沙也香さんは、午後10時を過ぎても戻らず、失踪事件として福島県警が捜索を続けていました。
「東日本大震災」から約2か月後の2011年5月6日に、警察は同県南相馬市内で先月見つかった遺体が行方不明になっていた清水沙也香さんであると発表し、死因や事故の可能性は不明としました。
遺体の損傷が激しかったことから警察はDNA採取後に「身元不明の遺体」として市に引き渡し火葬がされましたが、その後のDNA鑑定の結果で清水沙也香さんだと分かりました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング5位 アベック失踪事件
北朝鮮拉致問題につながった失踪事件
「アベック失踪事件」は1978年夏に複数のアベック(カップル)が行方不明となった事件で、その後北朝鮮による拉致だと発覚しました。
失踪したのは福井県の地村保志さん、浜本富貴恵さん、新潟県の蓮池薫さん、奥土祐木子さん、鹿児島県の市川修一さん増元るみ子さんの3件で、いずれも失踪する動機がないこと、海岸まで乗ってきた車が残されていることなど共通点があり、不可解な事件として捜査が進められていました。
しかし、1997年に横田めぐみさんの北朝鮮拉致報道をきっかけにして、政府と世間は北朝鮮による日本人の拉致事件があることを知り、このカップル3組も北朝鮮に拉致された可能性が高いと結び付けられました。
北朝鮮に拉致されていた地村保志さん、浜本富貴恵さん、蓮池薫さん、奥土祐木子さん、は2002年10月15日に無事帰国を果たすことができました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング4位 新潟少女監禁事件
9年に渡り少女を監禁した事件
「新潟少女監禁事件」は1990年11月13日に、新潟県三条市の路上で無職で引きこもりだった当時28歳の佐藤宣行によって当時9歳の佐野房子ちゃんが誘拐され、その後約9年間に渡って監禁された事件です。
事件当日の13日午後7時45分に、新潟県三条市内にある駐在所に近隣に住む佐野房子ちゃんの母親が娘が帰ってこないと届け出ました。
佐藤宣行は下校中だった佐野房子ちゃんにナイフを突きつけて脅し、車のトランクに詰め込んで自宅に連れ帰りました。
その後佐藤宣行は母親に2階に佐野房子ちゃんを監禁し、同居していた母親には絶対に2階に上がってこないように命令していました。
佐藤宣行は佐野房子ちゃんにナイフやスタンガンを使って脅し、手足を縛るなど暴行をして恐怖により支配し、逃げる意思を奪っていました。
佐野房子ちゃんの食事は1日1食で排泄も制限されており、9年の監禁生活で風呂に入れたのも1回だけという劣悪な衛生環境に置かれていました。
そのため、佐野房子ちゃんは誘拐前は46kgあった体重が38kgにまで落ちており、時々失神するほど衰弱していました。
2000年1月28日に、母親が佐藤宣行の家庭内暴力についてかかりつけの医師に相談したことで、医療関係者や市職員が佐藤宣行を強制入院させるために自宅を訪れたところ、部屋にあったベッドの毛布の中から佐野房子ちゃんを発見しました。
佐藤宣行は佐野房子ちゃんに対して性的暴行は行っていなかったものの、佐野房子ちゃんは「憎いとか怖いとか、そんな感情を出すのがもったいないほど、最低の人だ」と語りました。
2003年7月10日に、佐藤宣行に懲役14年の実刑判決が確定し、千葉刑務所で服役していましたが、2015年4月に出所しています。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング3位 朝霞市女子中学生誘拐事件
ネット上でイケメンを話題になった事件
「朝霞市女子中学生誘拐事件」は2014年3月10日、埼玉県朝霞市において当時24歳の大学生・寺内樺風が当時中学1年の15歳の少女を誘拐し、2016年3月に保護されるまで約2年間監禁した事件です。
寺内樺風は周到な計画を立てて犯行に臨んでおり、下校中の少女に声をかけて「両親が離婚することになったため弁護士から話がある」と嘘を付いて車に乗せ、「両親が借金のために君の臓器を売ろうとしている」と脅し自宅アパートに監禁しました。
「君は家族から見放されている」と心理的に少女を追い詰めて脱出の意思を奪った寺内樺風は、洗脳するためにアサガオの種から抽出した麻薬成分を食事に混ぜるという異常な行動をしていました。
寺内樺風は少女を監禁したまま普通に大学生活を続けており、就職活動の末に内定まで取っていましたが、少女は監禁から1か月後に鍵が開いていたため脱出したものの、助けを求めた人々から取り合ってもらえなかったため絶望してアパートに戻るなど、無意識に寺内樺風に依存した状態が出来上がっていました。
また、寺内樺風は逮捕後にネット上でイケメンという声が多く挙がっており、「少女の代わりに監禁されたい」など不謹慎なコメントをする女性も現れるほどでした。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング2位 八王子ホスト殺害事件
カリスマホストがバラバラ殺人に遭った事件
「八王子ホスト殺害事件」は2010年11月25日、東京・八王子にあるホストクラブ「バリカン」を経営していた土田正道さん(当時43歳)が、共同経営者の玄地栄一郎(当時32歳)や同店の元ホスト・阿部秀樹(当時27歳)らにより殺害された事件です。
土田正道さんは「西東京のカリスマ」と呼ばれたほどのカリスマホストだったことから「カリスマホスト殺人事件」とも呼ばれていますが、玄地栄一郎らにより拉致されてからしばらくの間行方不明となっていました。
2人を犯人だと踏んでいた警視庁は、2009年4月に阿部秀樹の自宅汚水槽から土田正道さんのインプラントの部品が発見されたことで捜査が急展開し、同年9月には土田正道さん殺害に関与した関係者全員が逮捕されました。
逮捕者のいずれも「バリカン」関係者であり、主犯格だった玄地栄一郎は判決が降りる前に立川拘置所内で自殺したため公判には至らず、殺害実行犯の阿部卓也は懲役20年の判決を受けました。
【解決】行方不明・失踪事件衝撃度ランキング1位 江東マンション神隠し殺人事件
性奴隷獲得のために拉致し殺害した事件
「江東マンション神隠し殺人事件」は2008年4月18日、東京都江東区潮見二丁目のマンションに住む星島貴徳(当時33歳)が、同マンションの2つ隣に住んでいた東城瑠理香さんを性奴隷目的で拉致し、その後殺害した事件です。
東城瑠理香さんが会社から帰宅直後に行方不明となり、マンションに設置された監視カメラに東城瑠理香さんが外出した形跡も無かったことから「神隠し事件」と呼ばれ世間の注目を集めました。
マスコミ各社がマンションの住人に取材を求める中で、星島貴徳は何度も素知らぬ顔で取材を受けており、事件から約1か月の5月25日に逮捕された時にはこの時の取材映像での星島貴徳の気持ち悪さがネット上で話題となりました。
星島貴徳は性奴隷にしようと会社から帰宅してくる東城瑠理香さんを待ち伏せし、帰宅直後に東城瑠理香さん宅に侵入、騒がれたことから頭部を殴打して気を失わせ自室に拉致しました。
東城瑠理香さんと同居していた姉が帰宅時に玄関に残されていた血痕などから異変に気付き被害届を提出しました。
警察がマンションの捜査を始めたことで焦った星島貴徳は、発覚を恐れて東城瑠理香さんを殺害して細かくバラバラにし、冷蔵庫や段ボール箱の中に隠して家宅捜査などを乗り切っていました。
その後、星島貴徳は遺体をトイレに流したり、ごみの日に捨てたりして、5月1日までには全てを処理していました。
星島貴徳は裁判で死刑が妥当とされていましたが棄却され、2009年9月25日に無期懲役が確定しています。
★拡散希望★
— まい (@mykoooooooon) October 28, 2019
和歌山ナンバーの
SUZUKIのシルバー軽トラ7988を見かけたら連絡ください
友達のお父さんが行方不明で、1週間家族で思い当たる所を探し回ったそうですが、警察は事件や事故が起きないと動けないそうなので…
情報があれば連絡お待ちしております🙇🏻♀️
忙しい農家で義理の両親と同居、その上育児ノイローゼ…
— 旅好き🍍放浪パイナップル (@r1uHuVx6s034jQQ) October 30, 2019
これは逃げ出したくなる辛さだわ…
事件性がないという前提で、20歳過ぎた大人で本人の意思でいなくなったのなら探さないであげてほしい…もし帰りたくなったら実家の方には帰るだろうし… #仰天ニュース #行方不明
10月25日、美咲ちゃん行方不明事件は登場人物が母親1人
— 真柳 泉🍹🍰 (@izumimayanagi) October 25, 2019
不可解なこの事件は謎だらけ!警察・マスコミ情報は何も出てこない
美咲ちゃんのお姉ちゃんは毎日学校に行っていると思いますが、どんな質問にも答えてはいけないことになっているのでしょうか
不可解でも証拠が出ないと迷宮入りとなります pic.twitter.com/umUOoJcOts
行方不明・失踪事件衝撃度ランキングについて総まとめすると・・・
日本で過去に起きた行方不明・失踪事件を衝撃度順にランキングとしてご紹介してきました。
・解決した失踪事件の多くは犯人に殺害されているケースが多い
行方不明・失踪事件で無事保護されたケースを除き、未解決、解決どちらも遺族にとっては悲しい結末ですが、死亡が確定しないことが希望となるのか絶望となるのか当事者にしか分からない感情でしょう。