2021年11月に兵庫県稲美町の住宅が全焼し小学生の兄弟2人が死亡した火事で、兄弟の叔父である松尾留与が放火容疑で逮捕され注目を集めました。
この記事では松尾留与の生い立ちと経歴、出身高校、全焼した実家や妹などの家族、結婚、犯行動機、判決などについてまとめました。
この記事の目次
- 松尾留与は兵庫県稲美町の兄弟が死亡した火事で放火容疑で逮捕された男
- 松尾留与の生い立ちや経歴① 小学生時代について
- 松尾留与の生い立ちや経歴② 中学卒業後夜間高校に通いながら働いていた
- 松尾留与の生い立ちや経歴③ 十数年以上前に実家を出て大阪で路上生活
- 松尾留与の生い立ちや経歴④ 妹夫婦(被害者兄弟両親)に呼ばれて実家に
- 松尾留与の出身高校の夜間学校は?
- 松尾留与は結婚歴なし
- 松尾留与の現在の顔画像
- 松尾留与が放火した実家の土地は松尾留与の名義だった
- 松尾留与の家族① 被害者兄弟の母親である妹
- 松尾留与の家族② 両親(被害者兄弟の祖父母)は父は他界、母は施設へ
- 松尾留与の家族③ 甥っ子にあたる被害者の兄弟2人
- 松尾留与と被害者の兄弟の苗字が同じである事にも憶測が広がる
- 松尾留与が放火によって火事を起こした動機
- 松尾留与の現在~懲役30年の判決が言い渡される
- まとめ
松尾留与は兵庫県稲美町の兄弟が死亡した火事で放火容疑で逮捕された男
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松尾留与(まつお・とめよ、逮捕当時51歳)は、2021年11月19日に兵庫県稲美町の住宅が全焼し小学生の兄弟2人が死亡した火事で、同住宅に放火をした疑いで逮捕された男です。
この事件は、放火をした疑いを持たれている松尾留与が被害者の兄弟2人にとって母方の叔父にあたり、火事が発生した住宅で、被害者の兄弟とその両親と数年前から同居していました。
今回はこの松尾留与についてまとめていきます。
松尾留与が放火をした兵庫県稲美町火事の概要
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最初に、松尾留与が放火をした疑いで逮捕された、兵庫県稲美町の火事の概要を見ていきます。
2021年11月19日23時50分頃、兵庫県稲美町の木造2階建の住宅で火事が発生したとの119番通報がありました。火災は通報から約4時間半後消し止められましたが住宅は全焼し、焼け跡から火事発生時に2階で寝ていた小学生の兄弟2人(当時12歳と7歳)が遺体で発見されました。
火事のあった住宅には、被害者の兄弟2人の他、その両親と兄弟にとって母方の叔父にあたる松尾留与の5人が居住していましたが、火事発生時に両親は外出していて不在(仕事が終わった母親を父親が迎えに出ていた)でした。
そして、火事発生時に住宅にいたはずの松尾留与は、出荷直後に行方をくらませ、連絡が取れない状態となっていました。
警察は、現場の状況や兄弟の両親の説明などから、松尾留与が火事に関与したとみて捜索を開始し、火事発生から5日後にあたる11月24日13時頃に、大阪市北区の扇町公園のベンチに1人で座っているところを発見し、その後、現住建造物等放火容疑で逮捕しました。(その後、殺人容疑でも逮捕)
松尾留与は警察の取り調べに対し、住宅に火を放った事を認めていたとの事です。
松尾留与の生い立ちや経歴① 小学生時代について
松尾留与の生い立ちや経歴について報道などで判明している内容をまとめていきます。
松尾留与は、火事のあった兵庫県稲美町の実家で4人きょうだいの長男として生まれ、この稲美町の公立の小中学校を卒業していると見られます。
子供時代の松尾留与の生い立ちについては、詳しい情報は報じられておらずほとんど何もわかっていませんが、フジテレビの情報番組「めざまし8」による、松尾留与の小学生時代を知る近隣住人への取材により、「そんなこと(放火)をするような子じゃない」との証言が得られたようです。
小学校のアルバムでも姿勢良く立ち写真に写る松尾容疑者の姿が。 幼い頃を知る、近所の住民は… 近隣住民: 留与くんの事をよく知っているけど、そんなことをするような子じゃない
松尾容疑者を子供のころから知る70代男性は「静かで目立たない子。こんなことをするなんて考えられない」と首をかしげる。
松尾留与の生い立ちや経歴② 中学卒業後夜間高校に通いながら働いていた
また、毎日新聞や週刊文春など一部のメディアが生い立ちや経歴について触れており、松尾留与の家族の知人の証言として、松尾留与は中学時代は野球部に所属し、中学卒業後は夜間学校に通いながら神戸市内の寝装品製造会社に就職し働いていた事などを報じています。
その後、松尾留与は地元の衣料品の工場で働いたのち、大阪に移住して大阪市の会社で働いていたという事です。
中学時代は野球部に所属。卒業後、神戸市内の寝装品の製造会社に就職する傍ら、夜間学校に通っていました。その後、地元で衣料品などを扱う工場などで働いた後、大阪市内の会社に勤務。
家族の知人らによると、松尾容疑者は幼少時から現場の住宅で暮らしていたが、成人後は地元の衣料販売会社などで勤務した後、大阪へ転居した。
松尾留与の生い立ちや経歴③ 十数年以上前に実家を出て大阪で路上生活
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松尾留与は、今回の火事から見て、十数年以上前に実家を出て大阪に移住し、その後はずっと大阪に住んでいたようです。
上でも触れたように松尾留与は大阪市内の会社に勤めていたとの事ですが、時期や経緯は不明ながらこの会社を辞めており、それからは、西成地区の自立支援施設や路上生活をしながら生活していたとの情報も報じられています。
「そもそも松尾容疑者は十数年以上前に実家を出てからずっと大阪に住んでいました。西成の自立支援施設にいたり、路上生活を送ったりしていたようです。土地勘のある場所に逃げたのでしょう」
引用:《兵庫放火“小学生兄弟”死亡》「カッターナイフやライターを持って家の中を歩き回り…」逮捕の伯父(51)が妹夫婦に抱えた“身勝手な鬱屈の正体”
また、毎日新聞の捜査関係者への取材から、松尾留与がこの大阪市に居住していた十数年前に、同市で生活保護を受給していたとの情報も判明しています。
捜査関係者によると、十数年前に大阪市で生活保護を受給していた。
松尾留与の生い立ちや経歴④ 妹夫婦(被害者兄弟両親)に呼ばれて実家に
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松尾留与は大阪で路上生活を送り、西成地区の自立支援施設にいた事もあるとの事ですが、そうした状況を心配したのか、別の場所から実家に戻ってきていたという松尾留与の妹夫婦が、数年前に実家に呼び寄せ、その後は妹夫婦とその子供2人(被害者となった兄弟)と一緒に住んでいたという事です。
十数年以上前に大阪へ出た松尾容疑者だが、数年前に実家に戻っている。連れ帰ったのが妹夫婦だった。
「妹夫婦も別の場所に住んでいたが、おばあちゃん(松尾容疑者の母)の具合が悪くなり戻ってきた。その後に松尾容疑者のことも心配して呼び寄せたようだ」(一家を知る地元住民)
引用:《兵庫放火“小学生兄弟”死亡》「カッターナイフやライターを持って家の中を歩き回り…」逮捕の伯父(51)が妹夫婦に抱えた“身勝手な鬱屈の正体”
松尾留与は実家に戻って住み始めた後も、働きに出る事はなく引きこもりのような生活を送っていたようです。また、妹や周囲に生活保護を受けたいと漏らしていたとの証言も出ているようです。
仕事はせず自室にこもりがちで、家族との接触もほとんどなかった。土地は同容疑者が相続しており、妹に「働きたくない。財産を全部譲るから生活保護の申請をしてほしい」と訴えたこともあった。
近隣住民によれば、「生活保護を受けたい」「仕事をしたくない」と語っていたという松尾容疑者。
近隣住民:昼間は家にいて夜ちょっと出歩いていたって。だから誰も出会ってない。
ーー出かけるってどこに?
近隣住民:知らない、どこかに行くと近所の人が言ってた。
なお、松尾留与は大阪市に住んでいた頃は生活保護を受けていたという事ですが、これは十数年前という事なので、妹夫婦の好意で実家に呼ばれた時期には既に生活保護は打ち切られていた可能性が高いようです。
松尾留与の出身高校の夜間学校は?
松尾留与は中学卒業後に働きながら夜間学校に通っていたという事ですが、この学校(夜間高校か)がどこかは現在のところ特定されていません。
松尾留与が高校に通っていたのは事件から見て30年以上前で、またあまり目立たない少年時代を送っていたようなので、松尾留与の出身高校の特定はかなり難しいと思われます。
松尾留与は結婚歴なし
松尾留与の家族の知人の証言によると、松尾留与は結婚はしておらず独身で、これまでに結婚歴もないという事です。当然、子供もいないと思われます。
結婚歴はなく、独り身やった
松尾留与の現在の顔画像
松尾留与の小学校時代と中学時代の顔写真などは、卒業アルバムなどから判明していますが、現在の顔写真は現在のところ判明していません。
ニュース報道なでは、移送される松尾留与の映像などが流されていますが、顔は隠されていて見えない状態です。
松尾留与が放火した実家の土地は松尾留与の名義だった
松尾留与が放火をし火事が発生したとされる実家ですが、この土地は松尾留与の名義だった事もわかっています。
近所の住民によると、松尾容疑者は亡くなった兄弟の母の兄で、全焼した住宅は松尾容疑者や母の実家だった。不動産登記簿によると、土地は松尾容疑者名義になっている。
ただ、全焼した建物部分の名義が誰になっていたのかは不明です。
松尾留与の家族① 被害者兄弟の母親である妹
松尾留与の家族についても見ていきます。
ここまででも触れていますが、今回の火事で犠牲になった小学生の兄弟2人の母親は松尾留与の妹にあたります。
松尾留与の妹の年齢や名前、顔などは報じられていません。この妹は事件時はスーパーで働いていたとの情報が出ています。
また、松尾留与は4人きょうだいの長男という事ですが、この妹の他の兄弟の構成や詳細などは報じられておらず不明です。
松尾留与の家族② 両親(被害者兄弟の祖父母)は父は他界、母は施設へ
松尾留与が火を放ち火事が発生した実家ですが、元々は松尾留与や妹の両親が居住していたようです。
松尾留与の父親は事件から見て15年前の2006年9月に亡くなっており、この時に長男である松尾留与が実家の土地を相続しています。
06年9月、父が死去すると、4人いるきょうだいの長男である留与容疑者は実家の土地を相続。
松尾留与は実家の土地を相続した後も実家には戻っておらず、存命だった母親がこの実家に1人で暮らしていたと見られています。
しかし、この母親が体調を崩したことから妹とその家族が実家に戻り住み始め、その後、妹夫婦によって松尾留与も大阪市内から呼ばれてこの実家で同居し始めています。
そして、2021年に入ってこの母親が施設に入ったことで、松尾留与と妹夫婦、被害者の兄弟2人の5人での同居生活になっていたという事です。
今年に入っておばあちゃんも施設に入って今の家族構成になりました
引用:《兵庫放火“小学生兄弟”死亡》「カッターナイフやライターを持って家の中を歩き回り…」逮捕の伯父(51)が妹夫婦に抱えた“身勝手な鬱屈の正体”
松尾留与の家族③ 甥っ子にあたる被害者の兄弟2人
今回の火事で犠牲になった兄弟2人は松尾留与の妹の子供なので、松尾留与にとっては甥っ子にあたります。
この兄弟2人は、松尾侑城君(事件当時12歳で小学6年生)、松尾眞輝君(事件当時小学1年生で7歳)で、ともに阪神タイガースの大ファンでとても仲の良い兄弟だったそうです。
この兄弟と叔父にあたる松尾留与とは同居はしていたものの、両親がなるべく接触させないように気を配っていたとの情報が出ており、あまり接点を持っていなかったと見られています。
松尾留与と被害者の兄弟の苗字が同じである事にも憶測が広がる
松尾留与と、被害者の兄弟2人が同じ「松尾」の苗字である事も注目されているようです。
ネット上では、苗字が同じ理由について、松尾留与の妹の夫が婿に入っているのではないか、実は結婚しておらず内縁の夫なのではないか(被害者兄弟と血が繋がっていないのではないか)といった憶測も飛び交っていました。
ただ、被害者の兄弟は父親(松尾留与の妹の夫)の実子とみて間違いないようです。
亡くなった兄弟の父親:眞輝の方が運動神経がいい。野球のセンスも眞輝の方があるみたい。根性とか、なんでも挑戦するのは侑城の方で、両方ともAB型。僕と妻の半分半分
引用:「2人の嘆き叫ぶ声が聞こえる」 妹夫婦の子2人を放火で殺害した男に15日判決 父親「心から2人に謝って。自分の犯した罪を背負って」
松尾留与が放火によって火事を起こした動機
松尾留与は実家に放火した事を認めているという事ですが、動機について「妹夫婦に苦痛与えたかった」と発言をしています。
逮捕された伯父の無職松尾留与容疑者(51)が「妹夫婦に精神的苦痛を与えたくて大切な子どもを狙った」などと供述していることが2日、捜査関係者への取材で分かった。県警は松尾容疑者が同居する妹夫婦に対し、生活などへの不満から一方的に恨みを募らせたとみて経緯を調べている。
松尾留与は同居している妹家族に対して一方的な恨みを抱いており、それが犯行動機につながった可能性が高いとの見方がされています。
殺人と現住建造物等放火の疑いで逮捕された伯父の松尾留与(とめよ)容疑者(51)が「(兄弟の)両親が嫌いだった」という趣旨の供述をしていることが捜査関係者への取材で判明した。
松尾留与は、警察の取り調べに対して「生活保護を受けたかった」と供述しているようです、しかし、妹家族に扶養されている状態で、実家の土地も自身が財産として相続していたため、生活保護を受ける事ができず、それが身勝手な妹家族に対する恨みにつながり、犯行動機になった可能性も指摘されていました。
松尾留与容疑者(51)が、「生活保護を受けたかった」と供述していることが26日、捜査関係者への取材で分かった。 県警は同容疑者が生活に困窮し、同居する妹家族へも不満を募らせた可能性があるとみて詳しい動機を調べる。
ただ、このような動機で何の罪もない小学生の兄弟2人を巻き添えにするというのはあまりにも身勝手だと言わざる得ません。
「(留与容疑者は)みずからの将来を悲観した挙げ句、人生そのものをリセットしたかったのではないか。妹一家への嫉妬心と居場所のなさが犯行の引き金になった可能性があるが、無垢な子供たちを巻き込む理由にはならない。生活保護を受けるために放火したとしたら、あまりに短絡的です」
松尾留与の現在~懲役30年の判決が言い渡される
出典:https://www.kobe-np.co.jp/
2024年1月に松尾留与の裁判が始まり、松尾留与は起訴内容を認めました。
検察は「被告は妹夫婦に注意されたことなどから不満や怒りを蓄積させた。夫婦への復讐のために、最も苦しめる方法として小学生の兄弟を殺害することを決意した」と主張しました。
松尾留与の妹夫婦は、松尾留与が無断で自分たちの部屋に入るなど異常な行動が目立つようになったことから部屋の前に防犯カメラを設置していたといいます。
こういったことから松尾留与は「人間扱いされていない」と感じ妹夫婦に不満を募らせ犯行に及んだと語っており、弁護側も「妹家族に無視されたり、食事などで嫌がらせをされたりしているように感じ、自分の感情をコントロールできなくなっていた」と主張していました。
裁判の中で松尾留与は「(妹夫婦)の一番大事なものを奪って、俺の苦しみを分かってもらいたかった」「間接的にやったのはお前ら(妹夫婦)やで」「(妹夫妻に対し)もう少し精神的ダメージがあってもいいと思う」などと述べています。
弁護人から兄弟の両親へ伝えたいことを問われた際には、「間接的にやったのはお前らやで」などと発言。「今の精神状態だとあいつら(両親)に謝ることはできない」と話した。一方、裁判長から兄弟へ言いたいことはあるか尋ねられると「ごめんなさい」と述べた。
検察側は「残虐な対応で、計画性も認められる」などとして、松尾被告に死刑を求刑。一方、弁護側は「被告には軽度の知的障害があり、話し合いをしたり、他人に助けを求めたりする解決方法をとることができなかった」と主張し、情状酌量を求めました。
2024年2月15日、「身勝手で悪質な犯行」であるものの「軽度な知的障害が犯行に影響を与えたことは否定できない」として、松尾留与に懲役30年の判決が言い渡されました。
佐藤洋幸裁判長は、「妹夫婦への恨みを晴らすためだけに2人の尊い命を奪った身勝手で悪質な犯行」と指摘。一方で、「親族間のトラブルを背景としていることなどからも、死刑を選択することがやむを得ないとはいえない」とした上で「松尾被告の軽度な知的障害が犯行に影響を与えたことは否定できない」として、「懲役30年」の判決を言い渡した。
被害者の兄弟の父親は、懲役30年という判決に納得がいかないと語っていました。
亡くなった兄弟の父親:もちろん、きょうの判決に対しては納得いかない。私たち夫婦の大事な大事な生きがいである侑城と眞輝が、何の罪もない何の落ち度もない2人を、放火という残虐な手段で殺害したにもかかわらず、30年という有期刑。これに対して本当に納得いきません。子どもたちに対しての報告はできなく、これからが、まだ戦いだと思う
このように述べ、「この度、有期刑という敗訴になったので、控訴を申し入れて新たに戦いたい」と話した。
まとめ
今回は、2021年11月19日に兵庫県稲美町の住宅が全焼し小学生2人が死亡した火事で、放火と殺人の疑いで逮捕された松尾留与についてまとめてみました。
松尾留与は、自分の甥っ子にあたる小学生の兄弟2人が眠っているのを知りながら自身の実家である住宅に火をつけており、本人も放火の容疑を認めています。
松尾留与は、この火事のあった実家で4人きょうだいの長男として生まれています。生い立ちについては、小学生時代は大人しく、中学生時代は野球部に所属していたとの情報が出ていますが、詳しいことは現在のところ不明です。
経歴については、中学卒業後は夜間高校に通いながら寝装品の製造会社や衣料品工場などで働いたのち、大阪へ移住し大阪市内の会社で働いていたという事ですが、何らかの理由で仕事を辞め、路上生活を送り、西成地区の自立支援施設にいた事もあったようです。
家族については、父親が2006年に他界し、母親は高齢者施設に入所しているようです。また、被害者の兄弟の母親は松尾留与の妹にあたります。また、これまでに1度も結婚歴はなく自身の子供はいません。
松尾留与は一方的に妹夫婦への不満を募らせ、妹夫婦の一番大事なものを奪ってやりたいとの思いから犯行に及んだことが明らかになっており、2024年2月に懲役30年の判決が言い渡されています。松尾留与には軽度の知的障害があることも判明していますが、身勝手極まりない犯行であり被害者兄弟や両親のことを思うと胸が痛みます。