「内山田洋とクール・ファイブ」のリードボーカルを経て、ソロ歌手として現在まで活躍を続けてきた前川清さん。
前川清さんに前妻は歌手の藤圭子さんですが離婚原因や、現在の嫁や子供(息子・娘)について詳しく総まとめしましたのでご紹介します。
この記事の目次
前川清のプロフィール&経歴
”一本立ち”で多彩な歌唱力を持つ前川清
前川清さんは「クール・ファイブ」時代から多くのファンを持っており、同業者でも「サザンオールスターズ」の桑田佳祐さんや、「ミスターチルドレン」の桜井和寿さんなどを始め、多くのアーティストから尊敬を集めている歌手です。
前川清さんについての詳しいプロフィールはこちら。
本名: 前川 清
生誕: 1948年8月19日
出身地: 長崎県佐世保市
学歴: 長崎南山高等学校中退
ジャンル: ムード歌謡、演歌、歌謡曲、バラード
職業: 歌手、タレント
担当楽器: 歌
活動期間: 1968年 – 現在
事務所: ワクイ音楽事務所・前川企画
共同作業者: 前川清&クール・ファイブ
引用:Wikipedia – 前川清
前川清の生い立ち
長崎県に生まれた前川清
前川清さんの父親は佐世保にある米軍基地で船大工をしていたと言われています。
父親は酒癖が悪く、酔っ払うと前川清さんの母親に暴力を奮っていた典型的な亭主関白肌だったようです。
前川清さんには姉が二人と兄がひとりいるようで4人兄弟の末っ子だったようです。
前川清さんは米軍基地が近いことから米軍人向けバーで流れていた洋楽を聴いて音楽に目覚めたようですが、小学校時代はリトルリーグで野球をやっており運動神経がとても良かったようです。
前川清さんは長崎県花園中学校、南山高校と進学して野球を続けピッチャーで4番でしたが、高校2年生で中退してセールスマンなどを経て地元のキャバレーで歌っているところを「クール・ファイブ」の小林正樹さんにスカウトされて「内山田洋とクール・ファイブ」にリードボーカルに抜擢されました。
前川清、デビュー曲『長崎は今日も雨だった』がいきなり大ヒット
デビューと同時にブレークした前川清
前川清さんはスカウトされた翌年1969年2月5日にデビューレコード『長崎は今日も雨だった』でメジャーデビューを果たしました。
同曲がヒットしたことから、前川清さんは同年末には『第20回NHK紅白歌合戦』に出場を果たしています。
前川清さんは「クール・ファイブ」として「東京砂漠」を始め多くのヒット曲を出しましたが、同時期に萩本欽一さんがバラエティ番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』でレギュラーに起用してクールな顔の裏に隠れていたお笑いの才能を引き出しました。
その後も、『8時だョ!全員集合(TBS系)』『ドリフ大爆笑(フジテレビ系)』などバラエティ番組に引っ張りだことなりながら、前川清さんは1987年に「クール・ファイブ」を脱退してソロ歌手としてデビューしました。
「雪列車」でソロデビューをすると、前川清さんはムード歌謡以外にも福山雅治さんに楽曲制作依頼して実現したコラボ曲「ひまわり」などポップスでもヒットを出し、幅広い世代に支持を集めてきました。
「ジャンルを問わず後輩歌手から慕われており、ファンも多い。サザンオールスターズの桑田佳祐(62)は中学時代からの大ファンで、ライブで前川の曲をアレンジして歌うほど。前川も呼応して桑田の歌を演歌風に披露することもある。Mr.Childrenの桜井和寿(48)もリスペクトを表明している。歌の上手さは歌謡界屈指。一貫して直立不動で歌うスタイルを崩さないことも畏敬の念を持たれています」(音楽関係者)
最近は九州地方で放送されている旅番組『笑顔まんてん タビ好き(KBC)』でも人気を博して前川清さんはテレビタレントとしても再ブレークもしています。
「デビュー当時は無口な2枚目のイメージでしたが、70年代に萩本欽一(77)が『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジ系)に前川を起用。天然ボケのトークを引き出した。その後、梅沢富美男(67)と組んだ番組もあった。12年に始まった九州朝日放送の散歩番組『前川清の笑顔まんてん タビ好キ』はその天然ボケぶりが満載。日曜昼の時間帯で視聴率10%を越す人気です」(芸能デスク)
前川清の前妻・藤圭子との馴れ初めと離婚原因とは
前川清、1971年に藤圭子と結婚するも1年で離婚
前川清は藤圭子と結婚して1年で離婚した
藤圭子さんと言えば日本を代表するシンガーソングライターの宇多田ヒカルさんの実母ですが、最初の結婚相手は前川清さんでした。
結婚したのは1971年、前川清さんは23歳、藤圭子さんは21歳の時でした。
ちなみに、宇多田ヒカルさんは藤圭子さんが前川清さんと離婚してしばらく後に再婚した音楽プロデューサーの宇多田照實さんとの子供です。
また、藤圭子さんは2013年8月22日に自殺をして亡くなっています。
前川清と藤圭子の馴れ初めは?
当時ふたりともブレーク直後の人気歌手だった
前川清さんは当時23歳、藤圭子さんは20歳でともにブレークして間もない人気絶頂の時代に知り合いました。
前川清さんは当時男性コーラスグループがブームとなっている中で特に人気を集めた「クール・ファイブ」として活躍していましたが、藤圭子さんはわずか17歳で「新宿の女」で鮮烈なデビューを果たし一躍ブレークしていました。
ふたりの出会いはレコーディングスタジオで、始めはたまに廊下をすれ違った時に挨拶する程度でしたが、前川清さんは人形のように綺麗な藤圭子さんにベタ惚れしてしまいます。
前川清さんは藤圭子さんに猛アプローチをして急接近したことで交際に発展しましたが、藤圭子さんは信用できる人が少ない芸能界において、前川清さんは心を許せる兄のような存在だったようです。
ふたりはしばらく秘密裏に交際していましたが、当時前川清さんは「長崎は今日も雨だった」が大ヒット、藤圭子さんは「圭子の夢は夜ひらく」が大ヒットしたばかりであり、熱愛はほどなくして世間にバレてしまいました。
前川清と藤圭子が結婚した理由
世間に熱愛がバレてしまい楽になりたかった
前川清さんは2017年3月3日に放送されたバラエティ番組『ダウンタウンなう(フジテレビ系)』に出演して藤圭子さんとの結婚エピソードについて語りました。
恋愛が世間にバレたことから「楽になる」という結婚理由であったこと。また挙げるつもりのなかった結婚式についても事務所やテレビ局に乗せられて、話が大きくなってしまったと明かした。
当時大スター同士の熱愛だったことから、バレて以降は週刊誌に連日追われたこともあったと思いますが、前川清さんと藤圭子さんはそうした面倒な取材から”楽になる”ために結婚したようです。
前川清さんと藤圭子さんは売り出し中でもあったため双方の事務所が結婚を許すはずも無かったため、黙って電撃結婚を発表して世間に衝撃を与えました。
前川清と藤圭子が長崎・佐世保の教会で結婚式
前川清の地元・長崎県佐世保市の教会で結婚式を挙げた
前川清さんは「セバスチャン」の洗礼名を持っているカトリック系のクリスチャンであることから、地元の長崎県佐世保市にある教会で藤圭子さんと結婚式を挙げました。
1971年8月2日に前川清さんと藤圭子さんは佐世保市内にある俵町教会で結婚式を挙げました。
前川清さんと藤圭子さんは独身時代から使っていた家財道具で2DKの部屋を借りて新婚生活を始めたようです。
新婚旅行はハワイに6日ほど行っていたようで、ネット上では前川清さんと藤圭子さんについて検索すると「初夜」という関連キーワードが出てきますがこの新婚旅行が関係しているかはわかりません。
前川清さんと藤圭子さんはわずか1年ほどで離婚してしまいました。
昨日のうたコンで前川清さんが藤圭子さんのデビュー曲「新宿の女」を歌ってる姿見て一人ウルウル…
— A Z U (@azunna_) 2017年6月14日
コンサート中にたまたま圭子さんの命日が近かったから追悼の意を込めて歌ったことがきっかけで、それ以来コンサートでは圭子さんの曲を歌ってるそう。
きよしーーっ!!!😭 pic.twitter.com/Iemp3EhFvh
前川清と藤圭子がスピード離婚した原因とは
大スター同士の多忙によるすれ違いと感覚の違いが原因
前川清さんと藤圭子さんは結婚から1年後の1972に離婚。原因についてはスター同士の多忙からくるすれ違いだと言われていましたが、前川清さんは離婚原因についても語っています。
和田は前川と藤さんが離婚をしたことが意外だったそうで、前川に「なんでダメだったの?」と切り込んだ。 前川は「『なんで』ってないんだよね」と特に離婚に理由がなかったことを打ち明ける
(中略)
前川は藤さんについて、結婚当初から演歌に興味がなく、外国に行くことなど「(目指していることが)感覚的に違った」と、2人の間の“ズレ”についても告白した。
一説では前川清さんと離婚した直後に逃げるように藤圭子さんがアメリカに渡ったと言われているようですが、実際は元々藤圭子さんは海外での活動を目指していたようです。
現在、藤圭子さんの子供である宇多田ヒカルさんがワールドワイドに活躍していることから、世界レベルの歌手になりたいと思っていたのかもしれません。
1972年のヒット曲
— 鮎川タミー (@tammy_ayukawa) 2017年9月24日
内山田洋とクールファイブ「そして、神戸」
前川清と藤圭子が別れてなかったら、宇多田ヒカルはどこに生まれて来たんだろう pic.twitter.com/4mpAAc6biu
藤圭子は前川清が好きではなかった?
藤圭子は芸能界から逃げるために前川清を利用した?
藤圭子さんは非常に繊細な性格で、芸能界での偽りの自分自身を受け入れられずに、一説では世間の目から逃げるためにも前川清さんと結婚したと言われています。
藤圭子さんは元々独身時代から作曲家・作詞家の石坂まさをさんが好きだったようで、前川清さんは異性として愛していなかったと言われています。
そのため、前川清さんと結婚して自宅で一緒に過ごしている時も夫婦の会話よりも飼っていたニシキゴイばかりに話しかけていたため、前川清さんは夫婦生活を続けることに限界を感じて離婚を決意したとも言われています。
このエピソードが事実かどうかは不明ですが、前川清さんは2018年6月10日に行われた「50周年記念コンサート」の会見で自身の新曲「初恋」にちなんで「僕の初恋は藤圭子さん」と語っています。
ちなみに、この時に同時期発売の宇多田ヒカルさんの新アルバムも「初恋」だったことに対して前川清さんは「こっちは儲かったと思うけど、あっちは失敗したと思っているかも」と茶化していました。
前川清さんは藤圭子さんの唯一の子供である宇多田ヒカルさんもずっと応援し続けて来たそうです。
藤圭子さんは前川清さんが好きではなかったのではなく、結婚生活ですれ違いが重なるにつれて興味が薄れていったのかもしれませんね。
藤圭子さんが料理をすることは
— らうおう (@Krjg14W) 2018年8月19日
一度も無かったようです。
前川清「藤圭子さんは僕の初恋」 pic.twitter.com/1ViyxSyQVi
前川清は藤圭子の前は和田アキ子と交際していた??
和田アキ子とも交際していた前川清
現在は”芸能界の女帝”と呼ばれてある意味汚れキャラ的な扱いになっている和田アキ子さんも、デビュー当時は美人のジャズシンガーで注目され”和製リズム・アンド・ブルースの女王”と呼ばれていました。
先述の番組『ダウンタウンなう』内で案内役として和田アキ子さんが”元彼氏”である前川清さんに藤圭子さんとの離婚について言及していました。
番組では「本音でハシゴ酒」の企画でダウンタウンの案内役として和田アキ子が、前川と対面した。
当時未成年だった和田は前川のことが好きだったが、ドライブデートで大喧嘩したことをきっかけに別れ、それからほどなくして前川は藤さんと結婚をしたのだそう。
和田アキ子さんは高校時代には不良として地元大阪・ミナミでは「ミナミのアコ」と呼ばれて子分を従えて練り歩き恐れられた存在だったようなので、大喧嘩をした時は前川清さんは震え上がったかもしれませんね。
前川清、和田アキ子と若い時に付き合っていましたね(笑)
— はるやま ふるお (@zeni_gebafuruo) 2018年7月3日
前川清が再婚した嫁はレコード会社社員~子供は息子と娘の3人
前川清、離婚から10年後に竹井朝美さんと再婚し子供が3人誕生
藤圭子との離婚から約10年後に再婚した前川清
前川清さんは、藤圭子さんとの離婚から10年後の1982年、レコード会社の社員だった竹井朝美さんと飲み会で知り合い、再婚しています。
前川清さんと嫁との間には1男2女の子供に恵まれましたが、長女は一般人ですが次女と長男は歌手として活動しています。
前川清の現在~長男と次女が歌手として芸能界デビュー!
前川清の長男 前川紘毅はシンガーソングライター
”紘毅”の芸名で歌手活動をしている
前川清さんの長男の前川紘毅さんは”紘毅”の芸名でエイベックス・ヴァンガードに所属してシンガーソングライターとして活動しています。
前川紘毅さんは2005年にエイベックスとUSENが共同開催した「a-motion ’05」のオーディションでグランプリを獲得して、2006年10月にファーストシングル「カエデ」で歌手デビューを果たしました。
しかし、前川清さんの息子であることを封印して活動していましたが、前川紘毅さんは中々ヒット曲を出せず、ついにはサードシングル「君のいない左側」の発売の際に前川清さんの息子であることを公表しました。
それでも前川紘毅さんは売れないため、ショッピングセンターでフリーライブをしたり、路上ライブをするなど地道な活動を続けているようです。
この2011年10月5日にリリースされた6枚目のシングル『ヒミツキチ』は子供向けアニメ番組『ダンボール戦機(テレビ東京系)』のエンディングテーマに起用されましたが、子供たちにはとても思い出の曲になっているようです。
前川紘毅さんはシンガーソングライターとしての実力は十分なため、何かのきっかけがあれば今後ブレークするかもしれませんね。
前川紘毅さんの『ヒミツキチ』大好きだったなぁ…。
— Адмирал Чабаненко(アドミラル・チャバネンコ) (@K7Mj2YwspvSuKgI) 2018年5月22日
前川清の次女 前川侑那はロックバンドのボーカル
前川侑那はロックバンド「Dire Wolf」のボーカル
前川侑那さんは人気ドラマ『のだめカンタービレ(フジテレビ系)』のロケ地になった洗足学園音楽大学在学中にロックバンド「Dire Wolf」を結成し”Yu(ユウ)”の名義で活動を続けているようです。
前川侑那さんのバンドは一般的に売れているわけではないようですが、「渋谷REX RUIDO presents L-1グランプリ2016」では準優勝をするなど実力派のバンドとしてコアなファンがいるようです。
「Dire Wolf」は前川侑那さんが巨躯の女性ボーカルという異色のバンドですが、実力派申し分ないようですね。
前川侑那さんは体重が100キロを越えているようで前川清さんからは「0.1トンの娘」と呼ばれているようです。
前川侑那さんは元々サッカーに打ち込んでいてキーパーをしていたようですが、なでしこジャパンを目指せるほどの優秀なサッカー選手だったと言われています。
今日は、ヴォーカルYuさん(前川侑那さん)所属のバンドDire Wolfのライブを見に行きました🎤👏
— 眞嶋優 (@yumashima) 2017年5月4日
初めてだったけど、本当にかっこいい!大迫力!!歌って踊るかっこいいゆきなさんはこちら⬇️https://t.co/140H3sbKmj
くぅ〜かっこいいです^ ^ pic.twitter.com/Obb5c1OJro
前川清について総まとめすると…
・前川清と藤圭子の離婚原因は、多忙によるすれ違いと感覚のずれである。
・前川清は藤圭子との離婚から10年後に一般人女性と再婚した。
・前川清には子供は(息子1人・娘2人)3人おり、それぞれ歌手として活動している。
「東京砂漠」「長崎は今日も雨だった」など名曲を残してきた歌手・前川清さんについて総まとめしてきました。
前川紘毅さんと前川侑那さんは現在までにブレークはしていませんが、何かのきっかけでブレークする実力は持っているようです。
2017年の『UTAGE!3時間SP』など番組で前川清さんと共演することもあるようですが、世間的に注目度の高いイベントで曲が披露できればブレークするかもしれませんね。