阪神やメジャーで活躍していた井川慶さんですが、現在は目立った活動を聞くことが少ないです。
今回は、井川慶さんのプロフィール、全盛期や現在の様子、そして結婚した嫁や子供の情報をまとめました。
井川慶のプロフィール
名前:井川 慶(いがわ けい)
生年月日:1979年7月13日
出身:茨城県東茨城郡大洗町
身長:186cm
体重:93kg
井川慶さんは、左投左打での元メジャーリーガー、NPBでは阪神タイガースとオリックス・バファローズでプレーし、阪神時代の2003年と2005年には、エースとしてチームをセントラル・リーグ優勝に導いた選手です。
オーバースローから投げるストレートはかつて最速151km/hを記録。鳴り物入りでメジャーに挑戦しますが、メジャー1年目の平均球速は144km/hに落ちてしまい、日本復帰1年目は平均球速137km/hに落ちています。
『NY球史に残る失敗』までいわれた、ヤンキースへの移籍。メジャー挑戦に失敗した井川慶さんの野球人生からプライベートまでご紹介します。
井川慶、高校時代は「高校生左腕三羽ガラス」といわれた逸材
井川慶さんは、茨城県出身でプロ入り前は大洗野球スポーツ少年団で野球をはじめ、小学生までは右投げでした。高校時代も体のバランスをとるために右投げの練習は続けていたそうです。
水戸商業高校3年春の県大会では対竜ヶ崎一高戦で、7回参考記録ながら18奪三振の完全試合を達成しています。
全国大会出場はなくとも全国的に名前が知れ渡っており、川口知哉選手・能見篤史選手と並んで「高校生左腕三羽ガラス」と呼ばれていました。
高校卒業後は、1997年のドラフト2位で阪神タイガースに入団しました。
井川慶、1997年にドラフト2位で阪神タイガースに入団【全盛期の動画あり】
入団後の井川慶さんは、1999年5月2日の対広島東洋カープ戦に中継ぎで一軍プロ初登板を果たします。
その後、5月7日の対横浜ベイスターズ戦で4回に波留敏夫選手から初奪三振、5月19日の対広島戦でプロ初先発登板し初勝利を挙げています。
主な歴として2004年10月4日の対広島戦でプロ野球史上71人目となるノーヒットノーランを達成し、チームのエースとしての役割を果たします。オフにポスティングシステムでのメジャー移籍を希望しますが、球団との交渉が決裂し、自費でのキャンプ参加となり、否定的な報道や一部世論の反発に遭ってしまいました。
2005年8月23日には対広島戦で1,000投球回を達成、同年は2軍落ちもあったものの13勝9敗防御率3.86の成績で、2年ぶりのリーグ優勝に貢献しています。
2006年には5年連続2桁勝利を達成し、球団はそれまでの貢献を考慮して3年越しの希望であったメジャー移籍を容認したため、11月10日にポスティングによるメジャー挑戦を表明し、11月29日にニューヨーク・ヤンキースが2,600万194ドル、当時の日本円で約30億円で独占交渉権を得て落札しました。
井川慶、『NY球史に残る失敗』とまでいわれたNYヤンキースへの移籍
井川慶さんは、2006年12月27日に5年2,000万ドル+出来高でアメリカ・NYヤンキースと契約します。
翌年4月7日の対ボルチモア・オリオールズ戦でメジャー初登板となりました。しかし5月7日にマイナーに降格、6月22日の試合でメジャー復帰するものの、7月28日に2度目のマイナー降格となってしまいます。
2007年以降不振の時期が続き、再びマイナー降格を通告された上、7月26日にはメジャー契約を解除され、40人枠から外れてしまいます。
結局この年はスクラントンで14勝6敗、防御率3.45、WHIP1.19の好成績を残し、3Aのベストナインに当たる「オールスターチーム」の左腕投手部門に選出されたものの、メジャーリーグでの勝ち星を挙げることはできませんでした。
2009年にも不振は続いてしまい、地元紙の「ニューヨーク・ポスト」が掲載した「過去10年のニューヨークのプロスポーツ選手ワースト10」において1位に選ばれてしまいます。
老舗『ニューヨーク・タイムズ』紙が、「消え去ったヤンキース選手」と題した井川慶のストーリーを掲載したのだ。巻頭から3ページにおよぶ長い記事は、手厳しい指摘も随所にちりばめられた赤裸々なもの。ブライアン・キャッシュマンGMの「獲得は完全に失敗だった」という発言、日本球団とのトレードを井川本人が拒否した事実、マイナー降格後もマンハッタンに住み続けていることなど、興味深いエピソードが満載されていた。
ここまでのメジャー通算成績は2勝4敗、防御率6.66。3年目以降は一度もメジャー昇格の声がかかることなく、2Aと3A間の行き来を余儀なくされた。そんな足跡をたどれば、成否は誰の目にも明らか。いわゆる「Spectacular Failure(壮大なる失敗作)」として、井川は残念な形でニューヨークの野球史に名を残してしまうことになりそうである。
「イガワはヤンキースファンをゲンナリさせるもう一つの投手名だ。新しく別の国に来て適応し、MLBで成功するのは選手にとって常に簡単なものというわけではない。しかしイチローやヒデキ・マツイ、ヒロキ・クロダと異なり、イガワは完璧に災厄となった」
井川慶、オリックスへ移籍するも戦力外通告
5月9日に一軍登録されると、同日の対福岡ソフトバンクホークス戦に、先発投手としてNPBの一軍公式戦へ2,032日ぶりに登板しました。
しかし、4回表に江川智晃選手へ2球目を投じたところ、右太股の痙攣を訴えて62球で降板となってしまい、3回2/3を1失点の内容で敗戦投手となってしまいます。
この年は平均球速137 km/hと球速が出ず、苦しいピッチングを強いられ、その後は2試合連続で8失点し、8月16日に登録抹消、8月31日に一軍復帰すると、2試合連続でクオリティ・スタートを達成したものの敗戦投手となり、9月14日の対楽天戦で先発した際に左脇腹痛が再発して1回限りで降板し、そのままシーズン終了となってしまいます。
その後も故障を引きずり不振に陥ってしまい、2015年には、一軍公式戦での登板機会がなく、ウエスタン・リーグの公式戦でも0勝4敗、防御率14.40と不振を極め、シーズン中の6月頃から食事療法に取り組んだ結果、2ヶ月間で体重を約12kg減らすものの、10月2日に球団から戦力外通告を受けてしまいます。
井川慶、独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズへ移籍
オリックス退団後も現役続行を模索し、2015年11月10日に草薙球場で開かれたNPBの12球団合同トライアウトには参加しませんでしたが、NPB他球団以外のプレーも視野に、代理人に交渉を任せながら自主トレーニングへ専念していました。
2016年2月からは、独立リーグのBASEBALL FIRST LEAGUE(BFL)に加盟する兵庫ブルーサンダーズの練習に参加し、井川慶さん自身は9月に、公式ブログを通じて「ブルーサンダーズの試合で登板できる機会を頂戴できれば」という意向を示しました。
その後2016年12月15日付で、兵庫ブルーサンダーズとの選手契約を正式に締結し、2017年には3月31日付で、兵庫と支配下選手契約を結んだことを発表します。
4月には、2日のリーグ開幕戦で救援投手として2年振りの公式戦登板を果たすと、先発投手として臨んだ20日の試合では6回無失点の好投でBFL初勝利を記録しました。
しかしシーズン終了後の2017年11月27日、契約満了となる11月30日をもって兵庫を退団することを発表するものの、あくまで休養期間で引退ではなく現役を続行するとコメントしていました。
井川慶の現在~体重100kg・無収入でプロ野球浪人をしていた
井川慶、プロ野球復帰を目指し週5でトレーニング
2018年7月22日放送のフジテレビ系「ニチファミ!特捜!激撮!張り込みマネースコープ」に井川慶さんの現在の様子が紹介されました。
独立リーグの兵庫ブルーサンダースを2017年11月に退団した井川慶さんは、プロ野球復帰を諦めていないそうで、週5日でトレーニングに励んでいると紹介されていました。
「いい球を投げられるように」と週に5日トレーニングを行っているといい、「プロも目指してるんですか」というスタッフの質問に「はい。そこも」とプロ野球復帰を目指していることを明言。野球にこだわる理由については「やっぱり嫁さんですよね。ずっと支えてくれているので。いつも味方でいてくれてますし」と明かし、「普通はしっかりと働いてお金を作っていかないといけない立場なんですけど、そういうこともせずに自分の好きなことをやらせてくれているので、本当に家族には感謝しています」と語った。
引用:総額30億円稼いだ元阪神・井川慶、現在の年収はゼロ プロ復帰目指し週5トレーニング- 野球 – SANSPO.COM(サンスポ)
現役にこだわる理由は奥さんの為だそうです。
また、体重100kgとのことで、かなり中年太りしている様子に、ネット上では「週5でトレーニングしてるのに何であの腹になるんだよ」「痩せろよ」などの声もあがっていました。
井川慶、無収入になるも生涯年収は30億円
全盛期の頃は億単位の年収をあげていた井川慶さんですが、その年収の落差が現在話題になっているのです。
最高年俸4億円、現役生活で総額30億円を稼いだが、現在の年収について「自分が動いて取っているお金はゼロ(円)です」と告白。しかし、「今すぐ仕事をしなくちゃいけないというわけでもないので。ぜいたくしなければ、普通に生活する分には全然問題ない」と現在の生活について語った。
引用:総額30億円稼いだ元阪神・井川慶、現在の年収はゼロ プロ復帰目指し週5トレーニング – 野球 – SANSPO.COM(サンスポ)
現役生活で30億円も稼いでいた選手がまさかの現在は収入ゼロというのは驚きです。しかし、節約家という性格でもありますから、生活に困っていないということは現役時代の頃から貯金などをしていたのでしょう。
井川慶、活躍の場を広げる
出典:https://yumeotoku.com/
井川慶さんは2020年6月、「炎の体育会TV SP」にマスク姿で正体を隠した状態で生出演。そして、見事な投球で「最強芸能人バッター軍」4人を抑え込んだことで大きな話題を集めました。
出典:http://blog.livedoor.jp/
井川慶さんは2021年からはスポーツ専門チャンネル「GAORA」の野球解説者を務めています。また、往年の名選手が対戦する野球イベント「サントリードリームマッチ」に出演するなど、現在も野球に関わる仕事や活動に積極的に携り活動の場を広げているようです。
2021年5月にコメンテーターを務める「サンデーモーニング」に出演した際は、「独立リーグなどでチャレンジしてみたいなと思う」と、プロ野球は難しいとしながらも現役復帰に意欲を見せていました。
井川慶の結婚した嫁と子供について
井川慶、2007年に一般人女性と結婚
井川慶さんの結婚に関してはあまり大きく取り上げられていませんが、2007年2月に結婚しているのです。ただ、井川慶さんの嫁は一般女性ということで、嫁の情報などは公表されていません。
井川慶さんの性格から考えると同じようにマイペースか、もしくは真逆のしっかり者の女性なのでしょうね。
井川慶に子供はいるの?
井川慶さんに現在、子供はいないようです。現在は貯金を崩して生活しているのだそうですから、子供がいるとそんなわけにもいかないでしょう。むしろそのような状況だから子供は作らないようにしているのかもしれません。
井川慶について総まとめすると…
・井川慶は週5で野球選手復帰を目指してトレーニングをしている。
・井川慶の生涯年収は30億円。現在は貯金を切り崩しながら生活している。
・井川慶は2007年2月に一般人女性と結婚。2人の間に子供はいない。
たらればになってしまいますが、メジャー挑戦をしないで日本球界にいたら、井川慶さんは200勝投手になっていたかもしれません。
現在も現役復帰を望んでいるようなので、納得するまで頑張ってほしいですね。
そして、波乱万丈だった自身の野球人生を生かして、ぜひ指導者としても活躍してほしいです。