1990年代のオカルトブーム期に一世を風靡した霊能力者の織田無道さんですが、その後は浮き沈みの激しい人生を送っています。
この記事では、織田無道さんの逮捕や病気に加えて、がんの余命や死亡など現在の様子についてまとめてみました。
この記事の目次
織田無道のプロフィール
名前:織田無道(おだ むどう)
本名:織田礼介(おだ れいすけ)
生年月日:1952年8月8日
出身地:神奈川県厚木市
身長:175cm
織田無道、カウンタックを乗り回す霊能者タレントとして一躍人気者に
帝京大学法学部を卒業後は、神奈川県厚木市にある圓光寺で住職をしていた織田無道さんですが、1990年代のオカルトブームに乗り、テレビの世界で人気者となります。
お払いが出来る霊能者としてテレビの世界に現れることとなった織田さんは、「とんねるずの生でダラダラいかせて!! 」といったバラエティ番組の心霊企画で活躍し、どちらかというとイロモノタレント枠の存在でした。
この時代は、テレビタレントとしての活動以外にも講演会などに引っ張りだこだった織田さんは、5000万円もする「ランボルギーニ・カウンタック」を乗り回すなど、その稼ぎぶりは想像を絶するものがありました。
絶頂期の織田さんは、僧侶の身でありながらも、東京繁華街のキャバクラに出没しては豪遊を繰り返していたという武勇伝も残っています。
とはいえ、織田さんは小学6年生でお酒を覚えて、中学1年生で女体の味を知ったという肉食系の男性だったため、芸能人として人気となって身持ちを崩したわけではなく、元々が生臭坊主だったようですね。
織田無道の家族情報…息子は圓光寺の跡取りとなっていた
織田無道、既婚者で子供は息子と娘の2人
織田無道さんは一般的な僧侶同様に結婚をしており、子供(一男一女)も生まれています。
織田さんの妻に関しては一般女性であり、織田さんが人気タレントとなった時代でも一切表に出てきていないため、詳しい経歴などは不明となります。
織田さんの子供たちも、妻同様に表舞台に出てきていないため経歴の詳細は不明となっておりますが、息子は圓光寺の跡取りとなり住職をしているようですね。
タレントとしての絶頂期は夜の街で遊びまわり、落ち目となって以降は後述の様々なトラブルを起こしていた織田さんですが、離婚などはしていないようで、子供たちが独立して以降は、神奈川県厚木市内の自宅にて、妻と2人仲良く暮らしていると言われております。
織田無道は虚偽登記の疑いで逮捕…あらゆる事業に手を出し失敗していた
織田無道、2002年に虚偽登記の疑いで逮捕
霊能者タレントとして一世を風靡していた織田無道さんですが、2000年代に入るとオカルト番組自体が下火になった影響もあり、織田さんもテレビの世界から姿を消すことになりました。
そんな「あの人は今」状況になりつつあった織田さんが、久々に世間を賑わすこととなったのは2002年9月のことになります。
織田さんは、都内の宗教法人の議事録を改竄した挙句、自身が代表役員になったとの虚偽の登記変更を行った疑いで警察に逮捕されてしまいました。
暴力団関係が関わっていたとも報じられたこの騒動は、織田さん側は「見ず知らずの人間に勝手に名前を利用されただけ」と冤罪を主張したものの、裁判の結果、懲役2年6ケ月執行猶予4年の有罪判決が下っております。
織田無道、2007年に格闘技イベントを主催するも失敗
織田無道さんは、2007年9月になると、格闘技イベント「無道スピリッツ」を開催しております。
代々木第2体育館で開催された「無道スピリッツ」は、格闘技ブームが下火になっていた時代背景に加えて、お客を呼べるような有名選手をブッキング出来なかったこともあり、観客は500人にも満たない惨敗ぶりとなりました。
当然ながら、関係者へのギャラも未払いに終わってしまったと言われている「無道スピリッツ」ですが、それ以上に問題視をされたのが、織田さんが関係者に吹聴していたデマの数々だったとか。
織田さんからの依頼を受けて、2007年6月より「無道スピリッツ」のプロデューサーに就任していたプロレスラーの渡邊幸正(セッド・ジニアス)さんも、織田さんのデマを信じてしまった被害者の1人でした。
織田さんは、渡邊さんを「無道スピリッツ」に引き込む際に、スポンサー収入で2億円、チケット売上で1億2000万円を既に確保しているとの嘘の説明をしていました。
試合当日になり、織田さんの説明が全部デマだったことに気が付いた渡邊さんでしたが、すべては後の祭りとなってしまい、結局は出演料や報酬などは1円も支払ってもらえなかったと言われております。
「週刊新潮」の報道によると、この時期の織田さんはかなり奇行が目立っていたらしく、「無道スピリッツ」の構成を担当したデザイン会社社長に対しては、100万ドル紙幣の束を投資家に売りつける怪しいビジネス話まで持ちかけていたそうですね。
織田無道、2009年にはテーマパーク運営に参入して失敗
「無道スピリッツ」の大失敗以降は、しばらくの間その消息が不明となっていた織田無道さんですが、2009年になると、今度は「ユートピア加賀の郷」の経営権利を獲得し、テーマパーク運営に参入しています。
「ユートピア加賀の郷」とは、実業家の嶋中利男さんが280億円もの巨額な費用をかけて、石川県加賀市に建設した巨大テーマパークとなります。
オープンした1987年当初は好調だったものの次第に客足が遠のいた結果、2000年に閉鎖してしまった「ユートピア加賀の郷」でしたが、2009年になると織田さんが事業を引き継ぐ形で「密教禅大本山豊星寺」と名称を変えて復活することになりました。
遊園地部分を閉鎖して、ジオラマと温泉・宿泊施設のみで運営を再開するなど、「密教禅大本山豊星寺」の事業計画に関しては、それ相応に真剣に考えられてはいたようですね。
しかしながら、リーマンショック直後の不況時期に地方都市でテーマパークを運営すること自体が無謀すぎたのか、運営開始早々に運転資金に行き詰まった「密教禅大本山豊星寺」は、2009年12月に従業員に対する賃金不払い騒動が表面化しました。
結局、その後も経営状況が改善することもなかった「密教禅大本山豊星寺」は、2010年頃に閉鎖してしまったと言われております。
織田無道、2014年頃はエビの養殖事業をしていた
「密教禅大本山豊星寺」に関する一連の騒動以降は、再び表舞台から姿を消すこととなった織田無道さんですが、2014年頃になると、週刊誌やタブロイド紙などの取材により、エビの養殖事業に精を出していたことが判明しております。
「養殖といっても、ワタシが手がけてるのはレベルが違います。通常のサイズの3倍ほどの大きさに育て、味はさらに良くなる独自の養殖法なんです。例えば一般的に出回ってる車エビは体長15センチ前後。これが45センチくらいになる。そんなに遠くない将来、記者発表で実物をお見せしますよ」
ちなみに、こちらのエビの養殖事業は、2019年1月現在までに成功したとの一報は届いていないようですね。
この頃の織田さんは既に圓光寺の方は息子に跡目を譲っていたものの、全国の4ケ所のお寺で住職を務めていたようで、まだまだ現役の僧侶でもありました。
織田無道は末期がんで余命宣告を受けていた
織田無道、超能力セミナーに出没していた
織田無道さんの現在に関しては、2018年10月に超能力者の高山長房さんのセミナーに出没している姿が「週刊フライデー」記者により確認されています。
〇高山右近大夫長房(高山長房)の肩書
宇多天皇家35世代直系系子孫
高山右近大夫長房16世(テンプル騎士団継承者)
宇多天皇家旭日会 総裁
大正天皇家扶桑会 総裁
国際政治経済文化研究会 会長
国際科学技術研究所 顧問
日本名誉毀損防止同盟 会長
織田さんが通っていた超能力セミナーの内容は、大地震による日本滅亡の危機を喧伝するという過激なモノだったようですが、織田さんは別に終末論者になってしまったわけではありませんでした。
10月20日夜6時、東京・品川区の会議室では、『日本沈没・最後の審判』と銘打たれた「超能力セミナー」が開かれていた。講師である”超能力者”高山右近大夫長房氏が、「地球は滅亡が始まっています。2023年の8月には大地震が来る」と語ると、50人ほどの参加者たちはうなずきながら聞き入っている。
織田無道、末期がん治療のために超能力に頼っていた
終末論者でもない織田無道さんが、高山長房さんの超能力セミナーに通っている理由に関しては、織田さん自身の病気にありました。
大腸がんを患っていた織田さんは、ステージⅣまで病状が進行した結果、胃や肺、直腸までがんが移転してしまい、医師から末期がんの宣告を受けていました。
2018年11月に、「週刊フライデー」記者からの取材を受けた時点での織田さんの余命は、2年を切っている状況だったことが判明しております。ネットでは死亡説が出ていますが、現在も死んではいません。
講義の途中には、講師の高山氏が最前列で聞き入っていた織田無道をサプライズ登壇させる場面もあった。突然の織田無道に驚く参加者たちを前に、彼はこう語った。
「3つの大学病院でステージⅣの末期がんと言われています。直腸、大腸、肺、胃と転移している。医者からも『2年は生きられない』と言われています。手術をしても1年伸びる程度で無駄だと言われました」
早期に見つかっていればまず助かると言われている大腸がんにおいて、珍しい予後不良例となってしまった織田さんは、その超能力によりがん治療まで可能と言われている高山さんに、一縷の望みを託すことになったようですね。
「実は織田さんは、末期がんなんです。高山先生の超能力の噂を聞きつけ、『どうしてもお話を聴講したい』と、セミナーに参加を申し込んできた。高山先生はがんの治癒にも精通していて、多くの有名人に施術をした経験がありますからね」(セミナー関係者)
織田無道の余命宣告にネットの反応は?
織田無道さんが末期がんで余命宣告を受けているうえ、超能力者によるがん治療を試みているとの「週刊フライデー」記事に対するネットユーザーたちの反応に関しては、かなり辛らつなものがありました。
72名無しさん@恐縮です2018/11/05(月) 08:13:52.75ID:HRZw3Op80
逮捕歴があって表に出られないから別の詐欺師を教祖に祭り上げ自分は癌もち信者になりすます
癌で同情を買い信者で表舞台に登場
教祖のお陰であーら不思議癌は綺麗さっぱり消えると
92名無しさん@恐縮です2018/11/05(月) 08:20:28.55ID:qR36AG8W0
>>72
まさしくそれだと思った
94名無しさん@恐縮です2018/11/05(月) 08:21:21.13ID:HRZw3Op80
50人の信者ってのもほとんどがサクラなんだろうな
癌治る治るビジネスで全国展開する気か101名無しさん@恐縮です2018/11/05(月) 08:29:21.56ID:PpMplPOD0
バカバカしい
織田の個人情報はだだ漏れ
記者が参加した時に織田が舞台に登壇しガンを告白まあ、セミナー、織田、フライデーのギブ・アンド・テイク、ただの宣伝記事
織田さんのこれまでの生き様がグレーゾーンを突き進むものであったため、織田さんが病魔に侵されて余命いくばくもないとのニュースを額面通りに信用するネットユーザーたちは少ない状況のようですね。
織田無道の現在…末期がんで死去
織田無道さんに関しては、2020年12月9日に末期がんで亡くなっていたことが11日に判明しています。
織田無道さんが住職を務めていた神奈川・円光寺は、日刊スポーツの取材に「既に一般人なので、コメントは差し控えさせていただきます」とした上で、織田無道さんが9日に亡くなったことを認め、「通夜は近親者のみで行います。コロナなので、(報道関係などの)皆さまにはご遠慮いただいております」と説明しました。
織田無道について総まとめすると…
・織田無道は2002年に虚偽登記の疑いで逮捕。その後は格闘技イベントやテーマパーク事業に手を出し失敗していた。
・織田無道は末期がんに侵され余命宣告を受けていたことが判明。超能力セミナーに出入りしがん治療を受けていたが、2020年に死亡した。
色々曰く付きの人物ではある織田無道さんですが、末期がん騒動に関しては、本当だったようで、2020年に亡くなりました。ご冥福をお祈りします。