桜塚やっくんは、2013年10月に中国自動車道にて事故死しました。
ここでは桜塚やっくんの事故内容・現場(心霊写真有)などをご紹介しながら、事故の真相についてもまとめています。
この記事の目次
桜塚やっくんのプロフィール
芸名:桜塚やっくん
本名:斎藤 恭央(さいとう やすお)
出身地:神奈川県横浜市
生年月日:1976年9月24日
没年月日:2013年10月5日
身長:169cm
血液型:B型
出身高校:日本大学高等学校
最終学歴:日本大学芸術学部映画学科演技コース卒業
桜塚やっくんは、「スケバン恐子」などのギャグで知られたピン芸人です。
2011年には準ゴウカン容疑で書類送検されたとする報道。
桜塚やっくんは関する一連の報道をブログにて”誤報”と否定し潔白を訴えていましたが、
これを機に仕事が激減したそうです。
仕事激減後は、バンド活動などをメインに。
「美女♂menZ」などの音楽活動を行い、将来的には政治家転身も視野に入れていたと言われますが、2013年10月に事故にあいお亡くなりになりました。
11年3月になって、泥酔した女子大生に対する準ごうかん容疑で10年7月に書類送検されていたことが報道された。テレビのエンタメ番組が減ったことやバンド活動に力を入れたこともあり、表舞台で見かけることは減っていた。その分、地方での営業は精力的で、事故死した日も早朝に東京を出発し、ミニライブを行う熊本県荒尾市に車で向かっていた。
最近ではFXで資産運用して多額の収入を得ていたことを明かしていた。さらに、15年春に行われる予定の横浜市議選への立候補も考えていたという。
桜塚やっくんの事故の日時や状況について
事故日時:2013年10月5日 午後5時頃
概要:桜塚やっくんの運転する車が中央分離帯に衝突、その後事故対応などをしようとした桜塚やっくんとマネージャー・砂守孝多郎さんがそれぞれ後続車に跳ねられ、亡くなりました。
事故の概要は以下のようになっています。
桜塚やっくん(37)=本名・斎藤恭央=さんが5日、事故死した。山口県美祢市の中国自動車道で運転していた乗用車が単独事故を起こし、路上に出たところを後続車にはねられた。死因は心臓破裂。所属バンドのメンバーらと熊本県荒尾市で6日に開催されるコンサートに向かう途中だった。
山口県警によると、5日午後4時50分ごろ、桜塚さんの運転するワゴン車が、中国自動車道下り線で中央分離帯に衝突する単独事故を起こした。別の男性と2人で車を降りた際、ともに後続車にはねられた。
その後、同乗していた美女♂menZのバンドメンバーが、事故経緯の詳細を説明しています。
まず桜塚やっくんが中央分離帯に衝突した際の、運転ミスを否定。
事故の状況を明らかにしたメンバーの透ch、伊織、如月なつき。当日は雨と霧で状況が悪かったと振り返り、「雨のスリップでブレーキが効かなくなった。仕方なく、やっくんが中央分離帯にクルマをぶつけて止めた」と明かし、一部で報道されているやっくんの“運転ミス”については否定した。
そして事故状況について。
桜塚さんとマネジャーの砂守孝多郎さん(享年55)はワゴン車から降り、後続車にはねられたと報道されたが、メンバーによると砂守さんは車外に出る前にトラックがぶつかってきた。
伊織はワゴン車を降り、後続車の減速を促すため、後方へ向かった。途中3台の車が止まり、5~6人が現場の事態収拾を手伝ってくれた。発煙筒も焚いてくれたが、霧のため役に立たなかったという。伊織は携帯電話を持っておらず、走って向かってきた桜塚さんに大声で警察と救急車を呼ぶ連絡を頼んだ。「おそらく、その間ですね」。桜塚さんは警察に電話しようとワゴン車に戻る途中、後続車にはねられた。
はねられたやっくんは10メートルほど飛ばされ、ワンボックスカーの運転席ドアに衝突した後、中央分離帯に激突した。このステーションワゴンもコントロールを失っていたとみられる。「車の前に倒れていたやっくんを起こそうとしましたが、目を開けたまま、もう意識はありませんでした」(伊織)
状況的に現場は雨が降っていて、さらに発煙筒が役立たないぐらいの霧に覆われ、さらに場所的にも”魔のカーブ”と言われるような危険なところであったと言われます。
桜塚やっくんの事故現場は”魔のカーブ”と言われるような危険な場所
事件現場:山口県美祢市東厚保町付近の中国自動車道の下り線。
事故の多い場所だとされます。
事故現場:運転の難所とも言われる
事故現場は、美祢インターチェンジ(IC)~美祢西IC間、伊佐パーキングエリアを2キロほど過ぎたところ、丘を登り切った地点で訪れる半径360メートル、下り勾配5%の右カーブ。地元でも「魔のカーブ」といわれるほど、事故が多発しているところで中央分離帯には無数の傷痕が残っているという。
周辺付近ではの事故が多発するような場所だったようです。
そして事件後、桜塚やっくんは後続車を運転していたの二人とともに、書類送検されました。
桜塚やっくん=本名・斎藤恭央=さん(当時37)ら2人が2013年10月に山口県美祢市の中国自動車道で死亡した事故で、山口県警が、単独事故を起こし車外に出ていた桜塚やっくんらをはねたとして、男性2人を自動車運転過失致死などの容疑で書類送検していたことが4月4日、わかった。桜塚やっくんについても、ワゴン車を運転中、中央分離帯に衝突し同乗者にけがをさせた疑いで容疑者死亡のまま書類送検された。
引用:http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/04/yakkun-sakuraduka_n_5088689.html
桜塚やっくんの事故現場でヤバい心霊写真?
桜塚やっくんの死亡事故は大きな衝撃を持ってメディアで報じられ、現場の様子も詳しく伝えられています。事故を起こした桜塚やっくんの乗っていた車・現場などが、さまざまな角度からメディア報道されましたが、実はその中に心霊写真が混じっているとネットで話題になりました。
(※確かにそれらしき感じに見えるものがありますので、苦手な方はご注意ください。)
赤マル部分に人の顔のようなものが…?
事故現場の心霊写真
顔に見える??
桜塚やっくんの姿が映ってる(左端)?
やや明るくさせた画像のようですね。
桜塚やっくんの事故死には、多くの報道陣が押しかけたため、事故現場の様子が沢山残されています。信じるも信じないもあなた次第ですが、ここは事故が多い場所ですので、やっくんに関わらず、いろいろと”うつってしまいそう”だとも言われます。
ただ心霊写真自体は、合成や物がたまたま顔っぽく見えたりしているだけのことも多いとされます。
桜塚やっくんの事故の真相?事件に巻き込まれたとする陰謀論も
桜塚やっくんの事故についてまとめましたが、一部ではもっと深い事情があるのではないか、と囁かれているようです。
それは2013年1月に起きた資産家夫婦の殺害事件に関連して。
(2016年には2審判決が出て、犯人の(1審判決の)死刑となっている)
スイス在住の資産家、霜見誠さん=当時(51)=夫妻を殺害したとして、強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われた知人の元会社役員、渡辺剛被告(46)=1審東京地裁で死刑判決=の控訴審判決公判が16日、東京高裁で開かれた。被告側は「殺害していない」と主張したが、藤井敏明裁判長は「犯人は渡辺被告で、極めて計画性の高い強盗殺人事件だ」と認定。1審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。
痛ましい悲劇ですが、これは被害者側にお金にまつわる黒い噂を言われることがあり、一筋縄ではいかない闇深い面が指摘されています。
・スイス資産家、本業は金融詐欺や株価操作? 見せしめで殺害されたとの疑惑浮上
・殺された霜見誠さん本当の仕事は「仕手株解体屋」周囲に胡散臭い連中ウヨウヨ
では、なぜこの資産家夫妻殺人事件と関連して、桜塚やっくんの事故死が言われるかというと、まずやっくんはこの資産家夫妻と面識があったとされます。(1度あったぐらい・・。)
桜塚やっくん、スイス資産家事件の接点否定「一度会ったくらい」
ただ、その1度きりとされる接点が、悲劇を呼んだというのです。
「事件の被害者、犯人だった男、それぞれが大金を隠しているという噂があるんです。被害者はマネーロンダリング資金で数億円、加害者の方も数千万円もの金を隠しているというものです。加害者の方はなぜそんな額を持っているかが謎なんですが、とにかくシャバにかなりの額の金を隠したと言われている」(実話誌記者)
後者の噂が出たのは、なんと刑務所。しかも関東連合の石本太一氏らが収監されているところだという。「実は加害者が収監されたのは東京の湾岸署だったんです。そこには関東連合の石元太一くんや、新宿の大物ヤクザ、それに名うてのアウトローたちがいたんですが、そこで加害者がポロッと隠し金の話をしてしまったそうなんです。それをどうやってかはわからないが、この情報が外のアウトロー連中に一気に流れたんですよ。それからこの金を血眼になって探している連中がいるんです。すでに結構血なまぐさい話が聞こえてきています」(全国紙記者)
実際やっくんはこの事件被害者の夫妻とは個人的なつながりはなかったと語っている。そんな彼が隠し金のありかなぞ知っているはずがないだろう。「そうなんですよね、本来なら彼がそんな加害者や被害者の隠し金の情報にアクセスできるはずもない。だけど、なまじ事件で名前があがってしまったために、『あいつ何か知ってるんじゃないか?』と言っているヤクザもいましたし、彼のまわりではヤバい連中がうろうろしだしていた。今回彼が事故死したと聞いて、やはり私達のように『殺されたんじゃないか』というヤクザもいたほど。本人はなんら関係ないのに、資産家殺人事件に巻き込まれていた可能性もあるでしょう」(同前)
さすがにありえない話でこじつけにしか聞こえませんが、資産家夫婦事件には闇深い面(お金の問題だけではなく、現在逮捕され死刑判決出ている犯人以外に黒幕がいるのでは?と当時噂されたほど)が言われていましたので、事件日時も近く、何かと関連付ける見方が生まれてしまったのかもしれませんね。
仮にそうであったとしても、現在の情報からそれを裏付ける証拠はありません。また上記でご紹介したとおり、状況的にも不運な事故死であったと考えるほうが自然でしょう。
まとめ
桜塚やっくんが亡くなり、早数年が経ちます。現在でも彼のブログ(最期の記事)には日々、コメントが書き込まれ、現在で約9万件近く寄せられています。
これは、2008年に亡くなった飯島愛さんのブログ(2015年10月末閉鎖)の7万件をすでに超えている数値になります。
飯島愛さんもそうだったといいますが、確認すると桜塚やっくんのブログコメント欄もファン同士の交流の場になっている側面があるようですね。飯島愛さんのブログはご両親が長らく管理されていたといいますので、桜塚やっくんの場合にも誰かがファンのため残してくれているのかもしれません。
御冥福をお祈りします。