「桜宮高校体罰事件」といえば、顧問の教師・小村基の体罰によりバスケ部の生徒が自殺してしまった痛ましい事件となります。
この記事では、「桜宮高校体罰事件」の詳細と加害教師・小村基のその後や現在についてまとめてみました。
この記事の目次
「桜宮高校体罰事件」の概要
高2生徒がバスケ部顧問の体罰を苦に自宅で自殺
「桜宮高校体罰事件」の加害者である小村基については、日本体育大学を卒業してすぐに赴任した大阪府内の公立高校でもバスケ部員たちに体罰を振るっていたと言われており、元々口より先に手が出るタイプの人間だったようです。
桜宮高校に赴任して以降になると、授業中に生徒に体罰を振るうようにもなっていたとの証言もある小村基は、バスケ部員たちに対しては体罰が日常化していたようで、「桜宮高校体罰事件」後に行われたアンケートでは部員中21人が「体罰を受けた経験がある」と答えていました。
そんな中でバスケ部の新キャプテンに就任した男子生徒には、立場上特に体罰が集中することになりました。
部活中の体罰に耐えきれなくなった男子生徒は、2012年12月18日には両親に助けを求めており、息子の鼻が腫れていることを確認した母親は、翌日になると小村基に直接抗議をしています。
男性生徒の母親から「キャプテンから外して良いので体罰はやめてください」と抗議をされた小村基は、一旦は体罰を辞めることを約束したそうですね。
しかしながら、その約束はその場しのぎの軽い言葉でしかなかったようで、同年の12月22日に行われた練習試合にて男子生徒のミスが目立ったことに激昂した小村基は、試合中に男子生徒に数十発ものビンタをお見舞いしたと言われております。
帰宅後、小村基から再度体罰を受けたことを母親に報告した男子生徒は、翌日朝に自室でネクタイに首をかけて自殺をしている姿が発見されてしまうことになりました。
ちなみに、男子生徒の自室には両親宛の遺書の他に、小村基への不信感を書き綴った手紙も残されていました。
「桜宮高校体罰事件」加害者の高校教師・小村基について
加害者・小村基はU-18日本代表のアシスタントコーチもしていた
出典:https://trend-news-agency.c.blog.so-net.ne.jp
「桜宮高校体罰事件」といえば、2012年12月23日に起こった大阪市立桜宮高校バスケ部員の自殺騒動のことを指します。
加害者となったのは、桜宮高校でバスケ部顧問をしていた日本体育大学出身の教師・小村基(こむら はじめ)となります。
事件当時47歳だった小村基は、桜宮高校バスケ部を2度のウィンターカップ出場に導いた他、2012年8月に開催された「第20回日・韓・中ジュニア交流競技会」では、U-18日本代表のアシスタントコーチに就任していた名指導者でした。
そのため、校内でも一目置かれる存在だったという小村基は、通常の公立高校の教師は10年以内に勤務先が変わるのにも関わらず、桜宮高校に18年間も勤続していたとの情報もあります。
ちなみに、事件当時の小村基は、桜宮高校に勤務していた女性教師と結婚しており、2児の父親でもあったそうですね。
妻の父親は、名作ドラマ「スクールウォーズ」の主人公・滝沢賢治のモデルとなったラグビー指導者の山口良治さんだとも言われており、小村基にはバスケ指導者の実績の他にも日本スポーツ界の有力者の後ろ盾まであったことになります。
「桜宮高校体罰事件」自殺した被害者生徒について
被害者生徒は桜宮高校バスケ部のキャプテンだった
「桜宮高校体罰事件」の被害者については、当時桜宮高校に通っていた高校2年の男子生徒となります。
男子生徒は、中学時代はバスケ部の副キャプテンを務めていた他、実力の方も大阪府内でトップクラスとの評判もあり、桜宮高校に進学した際には校内でも話題になるレベルの選手だったそうですね。
一方で高校に入学して以降は伸び悩んでおり、高校2年の秋時点では、新チームのレギュラーになるには厳しい実力だったとの評もありました。
そんな中で、上級生が去り新チームへと移行した2012年10月に新キャプテンに立候補した男子生徒は、人柄の良さでチームメイトたちから信頼されていたことも手伝い、無事にキャプテンに就任することが出来ました。
被害者生徒の自殺の背景には単位問題があった
わずか17歳の少年が自ら死を選んでしまったという痛ましい結末を向かえた「桜宮高校体罰事件」ですが、男子生徒が追い詰められてしまった背景には単位問題がありました。
当時の桜宮高校は、スポーツ健康学科や体育科が設置されており、バスケ部員の大半がどちらかの科に在籍していました。
桜宮高校のスポーツ関連の学科では、週1回5限目と6限目に「専門活動」と名称のついた部活動の授業があり、部活を辞めてしまうと卒業に必要な単位を取得出来ない構造でした。
そのため、小村基からの体罰に悩んでいた男性生徒ですが、バスケを辞めてストレスから解放されるといった選択肢を選び難い状況にあったようですね。
「桜宮高校体罰事件」被害者両親を激怒させ刑事事件に発展
加害者・小村基の不誠実な態度に被害者両親が告訴を決意
男子生徒の自殺後の両親たちについては、お通夜に顔を出した小村基に対して、殴打された傷跡が残る息子の遺体の顔を見せて「これは指導ですか?体罰ですか?」と詰め寄る一幕があるなど、かなり感情的になっていたようですね。
その一方で、バスケの強豪校に入った以上は一定の体罰はあっても仕方がないとの想いもあった両親は、当初は小村基を刑事告訴することは考えていませんでした。
しかしながら、そんな両親の複雑な心情を理解しようともしなかった小村基は、2013年1月5日に男子生徒宅を訪れて、事件後謹慎中だった自身の復帰許可を取ろうと躍起になっていました。
息子の自殺は小村被告に原因があると思っていたが、小村被告にも妻と2人の子供がいる。ちゃんと処罰を受け、反省をすれば、体罰をしない指導者として戻ればいいのではないか。そんな話をした覚えはある。しかし-。
約5分後、再び電話が鳴った。「何の話なのか」「まさか復帰の話か」。疑念を抱きつつも耳を傾けると、「復帰を許してくれると話してよいか」。遺族から現場復帰の了承を得た、と報告することへの許可を得る電話だった。
息子を死に追いやった男のあまりに不誠実な態度に失望した両親は、この一件がきっかけとなり大阪府警に小村基を告訴することになりました。
加害者・小村基が傷害と暴行の罪で起訴
小村基は、2013年9月5日になると、傷害と暴行の罪で大阪地検より起訴されることになりました。
「桜宮高校体罰事件」に関しては、検察官が「小村基は既に社会的制裁を受けている」と感じていたため、当初は起訴を躊躇していたとの情報があります。
しかしながら、体罰の証拠として提出された2012年12月22日の練習試合での体罰映像が検察官の迷いを断ち切り、小村基が起訴される決め手となったそうですね。
この映像は体育館の2階から撮影されていた。試合中にもかかわらず、小村被告はプレーをしていた男子生徒を平手で殴りつけた。さらにコートの中を追いかけ、体育館の壁に追い詰め、逃げられないようにして20発ほども殴り続けていた。
バチン、バチンという平手打ちの音が、かなり遠くから撮影されていたビデオ映像にはっきり記録されていた。検察側は、「口が血まみれになっても殴っていた」と指摘した。
「桜宮高校体罰事件」行政の対応~学校関係者は小村基を擁護していた
元大阪市長・橋下徹により桜宮高校体育科は募集停止へ
「桜宮高校体罰事件」に対しては、当時の大阪市長だった橋下徹さんが解決のための陣頭指揮を執っています。
大阪を代表するスポーツ強豪校の1つであった桜宮高校では、バスケ部以外でも体罰が常態化しており、第三者や被害者より通報があっても黙殺されるような状況が続いていました。
そのため橋下さんは、2012年度の桜宮高校の入試において、体育系の2科の募集を中止させるなど強硬手段に出ることになりました。
また、2013年2月13日になると、大阪市教育委員会から小村基に対して懲戒免職という厳しい処分も下ったようですね。
桜宮高校体罰事件、学校関係者やOBたちは小村基を擁護
「桜宮高校体罰事件」に関しては、大阪市側の厳しい対応とは裏腹に、桜宮高校関係者やOBたちは小村基を擁護する姿勢を見せていたことが特徴的でした。
事件直後の段階では、バスケ部を新人戦に出場させるために、校長が男子生徒の実家を訪問して両親たちに直談判していたこともありました。
また、学校関係者や保護者たちが「小村基に対する寛大な処分を求める署名活動」も起こっており、1100人分の署名を集めて大阪市教育委員会まで提出することにもなりました。
大阪市立桜宮高校のバスケットボール部員が、顧問の体罰を苦に自殺した問題で、市教育委員会は顧問を懲戒免職とした。この処分が下される前、保護者ら1100人の「有志」が市教委に、顧問への寛大な処分を求める嘆願書を提出していた。
小村基が起訴された後は、バスケ部のOBたちが「減刑を求める署名活動」まで展開しており、4000人分もの署名を集めたりもしたようです。
当然ながら、そういった桜宮高校側の行動に対しては、ネット上でも批判の声が殺到しております。
桜宮高校の自殺問題。なんか熱意ある指導をする先生だったから処分軽減を求める署名活動するらしいが、それでいいのか?直接殺めることをしなくても自殺にまで追いつめた責任は重い。少なくとも、先生の資格はないと思う。
— とんとん📎 (@tonton_ason) 2013年1月12日
「桜宮高校体罰事件」において、学校関係者やOBたちが非常識な行動を取ってしまった原因については、進学校とは呼べない桜宮高校にとっては、体育会系の部活動こそが誇りだという想いが強かったのではないかと思われます。
「桜宮高校体罰事件」小村基のその後~執行猶予判決にネット上では甘すぎるの声
加害者・小村基に懲役1年執行猶予3年の判決が下る
「桜宮高校体罰事件」については、2013年9月に小村基に対して「懲役1年執行猶予3年」の判決が確定しています。
大阪地裁の小野寺健太裁判官は 「満足できるプレーをしなかった生徒に暴行したことは理不尽と言うほかない」としたうえで、すでに懲戒免職になっていることなどを理由に執行猶予付きの判決を言い渡した。
凄惨な体罰事件を起こした小村基が、執行猶予3年程度の判決に留まったことに関しては、ネット上でも「刑が軽すぎる!」といった意見が多かったようですね。
いじめ自殺でいじめた側が(判決が軽すぎるとはいえ)少年院送りになるケースを考えれば、公務員というより特権的地位にあった小村基が執行猶予付きというのは本当におかしい。公務員の犯罪にはより厳罰を適用すべきだ。
— 金吾庄左ェ門 (@kingoshouzaemon) 2013年9月26日
加害者・小村基のボランティアコーチ復帰に遺族感情を逆なで
小村基は、2015年になると、大阪市内の複数の中学校にてボランティアでコーチ指導をしていたことが発覚しています。
・A中学でバスケ指導(2014年5月~2015年1月間に4回)
・B中学でテーピング指導(2014年8月に1回)
・市立天満中学校でバスケ指導(2014年11月~2015年1月間に3回)
執行猶予期間が明ける前の勇み足とでも言うべき小村基のコーチ復帰騒動は、遺族たちの感情を逆なですることにもなりました。
平成24年の桜宮高の事件で元教諭の暴力後に自殺した生徒の遺族は、市教委や市宛てに「指導に招く行為自体、事件を全く重く受け止めていない証拠。遺族に対する説明もなく招へいを行ったことは甚だ遺憾」などとする抗議書を出した。
この時の騒動では、小村基にコーチを依頼した各中学のバスケ部顧問たちが戒告処分を受けるなど、大阪市や大阪市教委育委員会は厳しい措置を取っています。
「桜宮高校体罰事件」小村基の現在~民事裁判で4361万円の賠償命令
「桜宮高校体罰事件」に関しては、男子生徒の遺族が大阪市に対して損害賠償を請求する民事裁判を起こしています。
こちらの裁判は2016年2月に決着がついており、大阪市に7500万円(遅延損害金を含めると8723万円)の賠償命令を下すことになりました。
裁判後の大阪市は、小村基に賠償金の一部負担を求めることになりましたが、話し合いは不調に終わり、結局は裁判沙汰となってしまったようですね。
この裁判においても小村基は敗訴となっており、2018年2月になると、大阪地裁より4361万円の支払いを命じる判決が下ってしまいました。
「桜宮高校体罰事件」についてまとめると…
・加害者・小村基を擁護する声は多く、バスケ部のOBが「減刑を求める署名活動」を行っていた
・加害者・小村基は事件後に懲戒免職となり、傷害と暴行の罪で懲役1年執行猶予3年の判決を受けた
・加害者・小村基は2018年2月、大阪地裁より4361万円の支払いを命じる判決が下った
「不器用な情熱バスケ馬鹿」ともいわれてた小村基ですが、NHKのインタビューで「私が彼を死に追いやった」と公の場で謝罪しました。
天才指導者ともいわれていた小村基を擁護する声は未だに多いようですが、生徒が体罰を苦に自殺したのはまぎれもない事実です。
志半ばに亡くなった被害男子生徒のご冥福を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。