「車椅子インフルエンサー」として活躍する中嶋涼子さんが話題です。
この記事では中嶋涼子さんのプロフィール、車椅子になった事故ではない原因、現在の身長、小学校や中学、高校、大学、仕事などこれまでの詳しい経歴、彼氏や結婚、現在の活動などについてまとめました。
この記事の目次
中嶋涼子(車椅子インフルエンサー)のプロフィール
中嶋涼子のプロフィール
生年月日:1986年7月16日
出身地 :東京都大田区
身長 :152cm
中嶋涼子さんは「車椅子インフルエンサー」として、障がい者と垣根をなくすために、日本の社会や日本人の心をバリアフリーにしていけるよう活動されている方です。
講演活動やテレビやメディア出演、YouTube活動、SNSを駆使した情報発信など、様々な形で活動を展開されています。
障がいを超えて、あらゆる可能性にチャレンジする事をコンセプトとする車いすチャレンジユニット「BEYOND GIRLS」のメンバーとしても活躍されています。
中嶋涼子が車椅子になった原因は事故ではなく病気もはっきりした事は不明
中嶋涼子さんは9歳だった1996年1月16日、学校の休憩時間に遊んでいた鉄棒から着地した瞬間に足に力が入らなくなって歩けなくなり、そのまま原因不明のまま車椅子ユーザーになりました。
最初に入院した大学病院では麻痺の症状で足が動かなくなっている事はわかったものの、その麻痺を引き起こしている原因まではわからず、脳神経疾患専門の東京都立神経病院へと転院して検査した結果、病名は「横断性脊髄炎」と診断されます。
9 歳の時に突然歩けなくなり、原因不明のまま下半身不随になり車いすの生活へ。「横断性脊髄炎」と診断される。
ただ、病名は判明したものの、その後4度転院してもはっきりした原因は不明のままで、治療する方法もなかったそうです。
病名は横断性脊髄炎と診断されましたが、 4 回転院してもはっきりとした原因は不明だし、治す術もなかったので、合計で 1 年間の入院を終えました。
中嶋涼子さんは見た目がイケイケなためか、車椅子になった原因について、よく「バイク事故ですか?」と聞かれるそうなのですが、上記のように事故が原因で車椅子になったわけではありません。
私は金髪で顔立ちもはっきりしているので、よく「バイク事故ですか?」と聞かれるのですが、不良だったわけでもヤンキーだったわけでもなく、いたって真面目な学生でした。
中嶋涼子の身長は152cm
中嶋涼子さんの身長は「152cm」です。
中嶋涼子さん本人がTwitterで身長について明かされています。
私152cmのまま身長止まってるから菜々緒様のような長身ボディを一度味わってみたいねん
— 中嶋涼子®︎Ryoko Nakajima (@NakashimaMinion) May 23, 2018
中嶋涼子さんは下半身不随になった時に、麻痺の進行を止めるためにステロイド治療を行い、その副作用で骨の成長が止まってしまい、9歳当時の身長から変わっていないという事です。
あのまま車椅子になってなかったら絶対スタイルよかった証拠写真載せますねw
— 中嶋涼子®︎Ryoko Nakajima (@NakashimaMinion) January 16, 2022
あえて水着を反対に着るノリは今と変わらず。
歩けなくなってステロイド治療したら骨の成長が止まっちゃったのでこの時から身長が変わらず体格だけ貫禄がついた今よ。 https://t.co/gKdtJV6rft pic.twitter.com/klUVObY0XS
中嶋涼子の経歴① 出身小学校は私立の「桐朋小学校」
中嶋涼子さんの出身小学校は東京都調布市の私立校「桐朋小学校」です。
中嶋涼子さんはこの小学校3年生の時に突然足が動かなくなりました。足が動かなくなった後、中嶋涼子さんは9ヶ月間の入院生活を経て、小学校4年生の時にこの桐朋小学校に復学されています。
養護学校へ行った方がいいのでは?という声も一部あったそうなのですが、中嶋涼子さん本人の同じ小学校に戻りたいという希望もあり、母親と担任の先生が話し合って、復学する事が決まったそうです。
小学校側もとても協力的だったそうで、今後も車椅子の児童が通えるようにとの意味も含めて、色々な設備を整備してくれたという事でした。
学校側は、今後もけがをした子どもや車椅子の生徒が使えるようにと、車椅子で入れる広いトイレ、校門の段差にはスロープ、階段には昇降機まで付けてくれて、車椅子でも通えるように設備を整えてくれました。
また、小学校の友人達も車椅子になる前と変わらぬ態度で接してくれたそうで、当時の中嶋涼子さんはそれがとても嬉しかったという事でした。
ただ、やはり突然車椅子生活になった現実を受け入れる事はすぐには難しかったそうで、当時の中嶋涼子さんは学校以外の時間は自宅に引きこもりがちになっていたそうです。
そんな小学5年生の時に、仲の良い友人に当時大ヒットしていた映画「タイタニック」に誘われ戸惑いながら出かけたそうです。
その時に行った映画館は障害者用のスペースやトイレが設けられていたため車椅子でもスムーズに映画を鑑賞する事ができたそうで、中嶋涼子さんはすぐにタイタニックにのめり込み、強く感動されたそうです。
中嶋涼子さんはもう1度劇場でタイタニックを見たいという思いから、外に出たいと思えるようになり、引きこもり気味の生活から脱却する事ができたのだそうです。
どんな困難にも諦めずに立ち向かう男女のラブストーリーが、今まで見た映画とは比べられないほど壮大なスケールで描かれていたので、感動のあまり見終わった後は動けないほどでした。「もう一回見たい」「もう一度『タイタニック』を見に行きたい」。車椅子生活になって初めて、自分から外へ行きたいと思った瞬間でした。
ちなみに、中嶋涼子さんはタイタニックを合計で11回も映画館に観に行かれたそうです。
そして、中嶋涼子さんはこれをきっかけにして将来は映画に携わる仕事をしたい、しかも本場のハリウッドで働きたいという夢を持つようになりました。
「私は将来、ハリウッドのあるロサンゼルスに留学するんだ」。小学5年生でそんな夢ができました。小学校の卒業文集には「将来はアメリカと日本を行き来して、映画の翻訳者として映画のエンドロールに名前が出るようになりたいです。可能なら金髪の外国人と結婚がしたいです」と書きました。
中嶋涼子の経歴② 出身中学校は私立の「桐朋女子中学校」
中嶋涼子さんは小学校卒業後は、そのまま系列の「桐朋女子中学校」へと進学されています。
中学時代の中嶋涼子さんは、将来ハリウッドで働きたいという夢に向かって、英語部に所属して懸命に英語の勉強に取り組まれたそうです。
数学など他の教科ではテストで1桁の点数を取る事もあったそうなのですが、英語だけはいつも90点以上をキープされていたそうです。
中嶋涼子の経歴③ 出身高校は私立の「桐朋女子高等学校」
中嶋涼子さんは中学を卒業後は、そのままエスカレーター式に高校も系列の「桐朋女子高等学校」へと進学されています。
高校時代も引き続き英語部に入って英語の勉強に取り組み、高校卒業後のアメリカへの留学を目指して努力されています。
当時はアメリカの事しか頭になく、毎日洋画を見て洋楽を聴く日々を送っていたため、周りの同級生達と話が合わない事もあったのだとか。
中嶋涼子の経歴④ 米短期大学を経て「南カリフォルニア大学映画学部」へ
中嶋涼子さんは高校卒業後、カリフォルニア州にある短大(コミュニティカレッジ)である「エル・カミーノ・カレッジ」に進学し、卒業後大学3年生から「南カリフォルニア大学」の映画学部の映画評論コースに編入学されています。
大学時代の中嶋涼子さんは、映画を観てそれについてディスカッションしたり、エッセーを書いたりする課題に取り組み、必修の映画制作で何本も自主映画を制作されています。
明るい性格の中嶋涼子さんらしくコメディ作品の他、ゲームのキャラクター(マリオ)を使ったクレイアニメーションの作品も制作されています。
この頃の経験が元で、中嶋涼子さんは映画などの映像の編集マンになりたいという夢を抱くようになっています。
中嶋涼子さんは南カリフォルニア大学を卒業した後はすぐには就職はせず、「International School of Motion Pictures」(ISMP)という映画制作学校に入学されています。この学校の校長をハリウッドで活躍する映像編集者の横山智佐子さんが務めていた事をきっかけに入学されたようです。
中嶋涼子の経歴⑤ FOXネットワークスで映像エディターとして勤務
25歳の時に中嶋涼子さんは合計7年間のアメリカ留学を終えて日本に帰国されています。
帰国してからの1年間は、中嶋涼子さんは友人と一緒に自主映画を制作したり、フリーランスでの映像編集の仕事をしたりして生活されています。
その後、27歳の時に国内の3DCGアニメーションの制作会社に入社し2年間勤務されています。
そして29歳の時に、大手映画会社である「20世紀フォックス」の傘下の「FOXネットワークス」の編集マン(映像エディター)募集に応募し採用されています。
ただ、「FOXネットワークス」が障がい者を雇うのはこの時がはじめてだったため、まだサポート体制が万全ではなく、同僚達にも車椅子や障がい者ならではの問題をうまく理解してもらう事ができず、かなり大変な日々だったようです。
中嶋涼子の経歴⑥ 車椅子インフルエンサーとして活動開始
中嶋涼子さんは2016年の大晦日に右肩を脱臼してしまい、仕事を1ヶ月間休職されています。
この休職中、たまたま立ち寄ったコンビニの店員さんに突然「障がい者モデルに興味はない?」と声をかけられたそうです。
伝えられた事務所について調べてみたところ、障がい者当事者に向けての生活やファッションなどの情報を伝えるフリーペーパーを作っているNPO団体だと判明し、連絡を取られています。
これをきっかけに中嶋涼子さんは「車椅子インフルエンサー」としての活動をスタートされています。
中嶋涼子さんは、この活動があまりにも楽しかったため、車椅子インフルエンサーとしての活動に専念したいと思うようになり「FOXネットワークス」を退社されています。
中嶋涼子の彼氏や結婚
中嶋涼子さんは2023年現在のところは結婚はされておらず独身です。
彼氏についても言及された事がなく、彼氏の有無は不明です。
ちなみに、中嶋涼子さんはTwitterではよく、編集に使っているノートパソコンを彼氏になぞらえています。
初めて新しい彼氏(マック)で編集してるんだけど、動きが早すぎていちいち感動している!!!!!
— 中嶋涼子®︎Ryoko Nakajima (@NakashimaMinion) June 9, 2020
前回の彼はほとんどまともに動かなかったからなぁ。
DV男と付き合った後はみんないい人に思う感じと似ているのかもしれないですね。
今日中に終わらせたる!!!!!英会話第三弾!!!! pic.twitter.com/zSifo69J9E
また、結婚についてもたまにネタにされていて、過去にはエイプリルフールに「結婚発表」と題したライブ配信をしたりもされていました。
2020年には「BEYOND GIRLS」の仲間である小澤綾子さんと2人で、「【ウェディングドレスで】結婚式前に配信with小澤綾子!」と題して、美しいウェディングドレス姿での動画を配信し「私たち結婚します!」とジョークを飛ばして視聴者を楽しませてくれました。
中嶋涼子の現在
中嶋涼子さんは現在も「車椅子インフルエンサー」として精力的に活動を展開されています。
全国での講演活動や、自身のYouTubeでの動画配信、Twitterやインスタ、ブログなどのSNSでの情報発信もされています。
直近では、2022年12月14日放送のBS11「リベラルタイム」に出演された他、2023年1月10日には私立「啓明中学校高等学校」で講演されています。
まとめ
今回は、「車椅子インフルエンサー」として活躍する中嶋涼子さんについてまとめてみました。
中嶋涼子さんは9歳の時に突然足に力が入らなくなり車椅子ユーザーになりました。原因は事故ではなく病気で、「横断性脊髄炎」と診断されていますが、はっきりした原因は不明だという事です。
中嶋涼子さんは麻痺の進行を抑えるためにステロイド治療を行なった副作用で、身長は当時の152cmで止まっているという事です。
中嶋涼子さんの経歴は、私立の「桐朋小学校」、「桐朋女子中学校」、「桐朋女子高校」を経て、アメリカに留学し「南カリフォルニア大学」を卒業されています。大学では映画を学び、帰国後に「FOXネットワークス」に映像エディターとして入社。
その後、「車椅子インフルエンサー」としての活動を開始しました。
中嶋涼子さんは現在のところは結婚はされておらず、彼氏の有無も明かされておらず不明です。
中嶋涼子さんは現在も車椅子インフルエンサーとして精力的な活動を展開されています。