石元太一

石元太一の現在!生い立ちや父親・事件とその後まとめ【関東連合元リーダー】

元関東連合リーダーの石元太一は海老蔵事件で有名になりましたが、総合格闘技のジムや著作の出版、ブランド運営に加え、芸能界デビューまで予定していましたが現在は収監されています。

 

石元太一の生い立ちと父親、過去に起こした事件とその後をまとめました。

関東連合元リーダー・石元太一のプロフィールや生い立ち

石元太一についてのプロフィール

 

石元太一とはどんな男?

「関東連合の元リーダー」と呼ばれることが多い石元太一ですが、正確には「関東連合」に所属していた暴走族「千歳台ブラックエンペラー」の元総長であり、「関東連合に所属する元リーダー」の一人ということになるでしょう。

 

石元太一についてのプロフィールはこちら。

 

本名: 石元太一(いしもと たいち)
生誕: 1981年12月13日
出身地: 東京都台東区浅草
現況: 勾留中
職業: 八百屋さん
団体: 関東連合
肩書き: 「元暴走族リーダー」、「関東連合元リーダー」
罪名: 詐欺罪、傷害致死罪

 

引用:Wikipedia – 石元太一

 

石元太一の詳細な生い立ちをご紹介する前にまずはざっくりとした経歴をご紹介します。

 

石元太一は日本最大の暴走族と言われた「ブラックエンペラー」の後継である「千歳台黒帝会」の元総長であり、元関東連合OBであり中心メンバーの一人です。

 

2000年に勘違いで起こした「トーヨーボール事件」で石元太一は無関係の少年を殺し、その他に「一蓮会武田修刺傷事件」にも関与、逮捕されたことで特別少年院に収監されています。

 

石元太一は2010年には振り込め詐欺事件や他人名義で都内マンションの部屋を借りたことで逮捕。

 

この年には「海老蔵暴行事件」を起こして石元太一は「元関東連合リーダー」として報道され世間の注目を集めました。

 

石元太一は2011年8月に『不良録 関東連合元リーダーの告白』を出版し、映画「アンダー・フェイス」で俳優デビューする予定だったものの、2件の詐欺事件と2012年9月に人違い殺人の「六本木クラブ襲撃事件」事件を起こしたことで芸能界入りは白紙に戻りました。

 

また、石元太一は一時期「住吉会住吉一家青田会」の暴力団構成員でしたが波紋されています。

 

この凶悪極まりない石元太一という男について詳しく総まとめしましたのでご紹介していきましょう。

 

 

 

 

石元太一の生い立ち&経歴~父親はヤクザの組長

 

石元太一の父親はヤクザの組長だった

石元太一の父親は石元会という暴力団組織の組長・石元正弘であり、「強い男になれ」という教えを忠実に守り体を鍛え、暴力性を着実に蓄えていきました。

 

石元太一は世田谷区立烏山中学校を卒業すると、16歳で「千歳台ブラックエンペラー」に入り、3名からなる愚連隊の総長を務めました。「千歳台黒帝会」とも呼ばれます。

 

後に「千歳台ブラックエンペラー」は「小次郎」、「宮前愚連隊」「用賀喧嘩会」、「鬼面党」、「マッドスペシャル」などからなる「関東連合」に所属し、暴力団組織とも繋がって不法行為を繰り返していました。

 

石元太一は”半グレ集団”と呼ばれた1973年結成の「関東連合」のメンバーとして毎日のように喧嘩や不法行為に明け暮れて、10代のほとんどを少年院や少年鑑別所で過ごしています。

 

ここからは、石元太一が所属していた「関東連合」について詳しく総まとめしましたのでご紹介します。

 

 

 

関東連合元リーダー・石元太一の関東連合での活躍や事件について

石元太一の関東連合現役世代がやばい?

 

石元太一の1980年世代の関東連合はやばい

石元太一がいかに凶悪な人物なのかを説明するには、まず所属していた「関東連合」という国内最大の暴走族組織の危険度からご紹介する必要があるでしょう。

 

芸能人の武勇伝に興味がある人であれば石元太一が総長をしていた「ブラックエンペラー」という暴走族の名前を聞いて思い浮かぶ名前は宇梶剛志さんでしょう。

 

しかし、宇梶剛志さんが現役暴走族だった時代とは根本から違い、石元太一が現役だった時代には凶悪性が最も顕著となっていました。

 

 

”バイクチーム”と”半グレ”の違い

暴走族「ブラックエンペラー」は1960年生まれ世代と1980年生まれ世代で全く活動の質が違い、前者は”バイクチーム”、後者は”半グレ犯罪集団”でした。。

 

まずは現在まで俳優として活躍してきた宇梶剛志さんが所属していた頃の「ブラックエンペラー」は1962年生まれ世代を中心にした”バイクチーム”で、当時は”ツッパリブーム”でもありバブル景気真っ只中の時代背景がありました。

 

それに対して石元太一らの世間的に知られている「元関東連合」のメンバーが現役の時代は1982年生まれ世代を中心にした”半グレ集団”であり、ロスジェネ不景気を時代背景としていました。

 

”半グレ”とは暴力団のような暴対法で規制されているような明確な組織ではないものの、それに準ずる暴力的、詐欺的な不法行為を繰り返す集団のことを指します。

 

宇梶剛志さんの時代の不良は主に貧困家庭に生まれた人が多かったのに対して、石元太一らの世代は中産階級の出身が多いことが特徴として挙げられます。

 

この「関東連合」の中核を担っていた「ブラックエンペラー」は宇梶剛志さんと石元太一との世代で前期後期に分かれ、その活動内容はより一般人へ直接的な危害を加える悪質な集団へと変貌していきました。

 

 

 

半グレは救いようのない犯罪集団

宇梶剛士さんの時代の「ブラックエンペラー」も当然喧嘩や恐喝など(宇梶剛志は一般人に手を出していないが)不法行為をしていたため悪質なことに変わりはありませんが、あくまで暴走族同士の抗争が主でした。

 

しかし、石元太一らの世代になると”暴走族”とは名ばかりでバイクでの暴走行為をするわけではなく完全な”殺人集団”であり、一般人に恐喝や暴行、拉致監禁、強姦・殺人などその凶悪性・残虐性は目に余るものがありました。

 

構成人数にも大きな違いがあり、宇梶剛士さんの時代の「ブラックエンペラー」が最大2000人のメンバーがいたことに対し、石元太一の時代には5~10名から最終的に2人になったと言われていますので、”暴走族”というよりは”愚連隊”という呼び方が当てはまるようです。

 

この石元太一の時代の「関東連合」は、それまで暴力団が牛耳っていたような裏稼業に本格的に進出し、暴力団との抗争の末に六本木を中心として闇ビジネスの拠点を築いていきました。

 

 

 

石元太一は暴力団構成員でもあった

宇梶剛志さんの時代の暴走族が喧嘩を主体とした抗争による力関係だったのに対し、石元太一は暴力団との抗争から懐柔策として一時期「住吉会住吉一家青田会」に所属していましたが破門にされており、闇ビジネスによる金と権力、それらに付随する形での暴力の争いへと変わっていきました。

 

石元太一らは人殺しを何とも思わないキチガイにより構成されており、当時渋谷を縄張りとしていたチーマーを敵対勢力とみなして排除するために金属バットやナイフを使って襲撃する戦法が取られており、相手を殺害する事件も複数発生しています。

 

また、拉致監禁をして集団リンチを加え、恥ずかしい写真を撮って脅迫や恐喝をするという犯罪は常習的に行われていました。

 

これらは高度経済成長期を経て豊かな社会になったことや、インターネットの普及などにより”お金稼ぎ”がしやすい環境が出来上がったことにも起因しており、金と名声を手に入れるために敵対勢力を殺人を辞さない方法で排除する抗争が頻発していました。

 

また、2000年の少年法改正がある前には例え殺人を犯しても少年法に守られて2、3年で出所できたことから”少年ヒットマン”が急増し、ターゲットを奇襲してのナイフでのメッタ刺しや金属バットを頭部にフルスイングしての殺害などが横行していました。

 

「関東連合」関連の残虐性を現す事件で最も有名なのは、関東連合で喧嘩最強と謳われる在日韓国人の金村剛弘が敵対勢力から複数人に金属バットで襲撃され、土下座して泣いて許しを懇願する金村剛弘を金属バットで滅多打ちにし、粉砕骨折で殺害し頭部は誰だか判別がつかないほど原型をとどめていなかったそうです。

 

この金村剛弘は俳優の高岡奏輔にも”アニキ”と慕われていた人物ですが、ケンカ最強と呼ばれた理由はその以上にビルドアップされた筋肉隆々の体にありますが、見せかけで本当は気の弱い人物であったことをアウトローのカリスマと言われる瓜田純士がブログで語っています。

 

使い道ない筋肉と、
直ぐに詫びる癖で名を馳せた先輩。
貴方の義兄弟の武田の兄を半殺しにした日に、
『もうやめようよ』
チキンが身体だけデカくなるなよ。
ご冥福を祈ります
が、
みんなよ
金村君の死を、理由や、引き合いに
出し過ぎじゃないか?
繊細な弱気な屈強な身体の先輩の死を
面白がってねぇか?
見つめ直せ。
弱いから身体を鍛え上げる
恐いから人間を操る
一番、
こいつが見本になってくれたじゃねぇか。

 

引用:瓜田純士のブログ

 

 

関東連合は芸能界にも密接に関わっている

やくざと芸能界が密接な関係にあることは知られていますが、元関東連合OBメンバーらも芸能界には密接に関わっています。

 

関東連合は六本木を中心に縄張りを広げていくと、スカウト会社や後述する芸能プロダクションを設立して美人女性を集め始めました。

 

その目的は美人女性タレントを芸能界で活躍させてパイプを作ること意外にも、権力を持っている企業社長や芸能関連人物に女性を斡旋して”枕営業”をさせる目的もありました。

 

また、六本木を中心にバーやクラブを出店して会員制など隠れ家的な形態を売りにして芸能人を囲い込み、ジャニーズタレントをはじめとしてアイドル、俳優、女優など世間的に名の知れた芸能人も多く通いつめています。

 

こうして元関東連合OBらは裏社会から芸能界ともつながり多大な影響力を持つようになりました。

 

 

関東連合は闇へと消えていった

芸能界と密接な関わりを持つ元関東連合OBですが、2003年頃に完全に空中分解したことから現在「関東連合」という組織は無くなっています。

 

非常に凶悪な人間を輩出した「関東連合」ですが、中心人物の一人である見立真一が後述の「六本木クラブ襲撃事件」で首謀者として国外逃亡をしたことや、石元太一が逮捕されて収監されたことで「関東連合」という名前は消えつつあります。

 

残るは中心人物の一人である川名毅だけですが、この人物は外国人とのビジネスを生業としていて麻薬のブローカーでもありましたが、現在は消息不明のようです。

 

 

石元太一「千歳台ブラックエンペラー」総長になる

 

石元太一が逮捕・収監されるまでを追う

「関東連合」についてご紹介してきましたが、ここからは再び石元太一の生い立ち・経歴に戻って「六本木クラブ襲撃事件」で逮捕から収監される現在までの流れをご紹介していきましょう。まずは石元太一のブログでのコメントからリアルな実態をご紹介します。

 

石元太一は中学校の頃に「悪人=カッコイイ」と勘違いしていたそうです。

 

石元太一が通っていた世田谷区立烏山中学校は根っからの不良校であり、授業中は漫画を読むかゲームをしている生徒が多く、校門前には無免許で運転してきたバイクを並べていたそうです。

 

中学校の頃から先輩にカンパをするように言われて恐喝を繰り返しており、石元太一はこの頃から頻繁に逮捕されていたようです。

 

石元太一は「千歳台ブラックエンペラー」の16代目総長でしたが、少年院から出所後に15代目から引き継いだわけではなく喧嘩で下して乗っ取る形だったことから15代目を名乗った方が正解かもしれないと語っています。

 

 

関東連合に厳格なルールはあった

関東連合は統率を取るために厳格なルールを設けており、彼女NGの女人禁制、強制的に短髪(坊主・パンチパーマなど)、薬物禁止など、また18歳で卒業という決まりでそれ以前に抜ける者にはヤキと呼ばれる制裁が待っていました。

 

後に音楽プロデューサーとして活躍することになる元関東連合の松嶋クロス(松嶋重)は、当時の髪型について坊主かニグロパンチしか許されていなかったことを語りました。

 

ニグロパンチは3週間に一度は当て直さなければならず、ノータックのスラックス、革靴は白か黒、同類以外と遊ぶのは厳禁、高校に通うのは禁止など細かくルールが決められていたそうです。

 

石元太一も関東連合の先輩も後輩もバイクに乗っていた記憶は無く、暴走族というよりは愚連隊だったと語っています。

 

 

 

毎日が殺し合いの暴力事件

関東連合は抗争相手の勢力に毎日のように襲撃をかけて殺し合いを辞さない喧嘩の毎日だったそうです。

 

石元太一が語るには、敵対勢力のたまり場を聞き込んで調査し、メンバーを引き連れて車やバイクで襲撃に行っていたそうです。

 

当時はインターネットもなかったことから地道な聞き込み調査だったようで、真冬などにバイクで聞き込みを続けていると凍えてどうしようもなくなることもあったようです。

 

また、先輩からの指令は絶対であり石元太一もヤキを入れられることがあったようです。

 

六本木界隈で宿泊している金持ちの外国人を襲撃して金品を強奪したり、抗争に勝った敵対勢力のケツ持ち(暴力団など)から金を奪うなど毎日先輩からの指令に従って実行していたようで、石元太一の日常は修羅場だったようです。

 

 

ヤクザとも揉めていた石元太一

関東連合や中国残留孤児2、3世らからなる「怒羅権」などの”半グレ”は暴力団を敵対視していたことからヤクザとの抗争も絶えなかったようです。

 

石元太一は関東連合として現役の頃はヤクザと度々問題を起こしており、ヤクザに狙われていた石元太一は20代前半の頃には街でいきなりヤクザに囲まれて角材などで頭をかち割られたり、ナイフで刺されたりもしたことがあったようです。

 

石元太一が自己分析するには、童顔ゆえにヤクザに狙われやすかったということですが、歌舞伎の街中やお店の中などところかまわず絡まれたり、彼女と歩いている時にも彼女に空き缶をぶつけられたりと嫌がらせもされていたそうです。

 

関東連合とヤクザとの抗争の激しさを物語る事件として、メンバーの木藤幸一郎が軍用ナタを持って山口組秋良連合会一蓮会の武田修に襲撃して腕を切り落とそうとした結果、皮一枚で繋がっているような状態にしたことで逮捕されています。

 

 

空手、柔道の熟練者とも喧嘩した石元太一

武道に長けている相手とも戦ったことも石元太一はブログで綴っています。

 

石元太一は日本体育大学の空手部や国士舘大学の柔道部の人と喧嘩になり囲まれたことがあるそうですが、武道素人のヤクザや半グレなどよりよほど強かったそうです。

 

しかしスポーツマン精神が根付いているのか、そうした人との喧嘩が終わると仲良くなって飲みに行くことが多かったということです。

 

お酒を入れてから喧嘩をした時には相手を倒した後にアルコールが急激に回って急性アルコール中毒で昏倒したこともあったそうです。

 

石元太一は負けた後の先輩からのヤキが怖くて必死に体を鍛えており、負けることはなかったそうです。

 

 

石元太一は死を恐れなかった

毎日が一歩間違えれば殺すか死ぬかの喧嘩をしていた石元太一にとって死ぬことは怖くなかったと語っています。

 

石元太一は関東連合の中心メンバーとして基本的に狩る側だったとはいえ、いつ狩られる側に回るか分からないとも考えており、常に死ぬことを身近に感じていたようです。

 

そのため石元太一は次第に死への恐怖が薄れていき、同時に相手を殺す罪の意識も無くなっていったようですね。

 

そして石元太一は仲間のためであれば自分が殺されることも、逆に殺して逮捕されることも厭わないという気持ちだったと語っています。

 

 

関東連合は仲良しサークルではなかった

石元太一は関東連合内に親しいメンバーはいたものの、ほとんどが馴れ合いをしない個々が目立ちたいという集団だったようですが結束力は強かったようです。

 

関東連合と同じくらい凶悪な勢力で知られる「怒羅権」も似たところがあり、中国残留孤児2、3世らによるチームであることから結束力が強く、関東連合とも交流があったようです。

 

この怒羅権は東京都の江東区、港区台場、江戸川区を拠点としている暴走族で、成人するとチャイニーズマフィアになり裏社会で活動していくメンバーが多いようです。

 

 

関東連合で一番影響力のある人間は川名毅

川名毅(川奈毅とも表記される)は指定暴力団「松葉会」に籍を置き、「朝青龍暴行事件」に関与し、芸能人とも関係があったと噂されています。

 

石元太一は関東連合の中で一番影響力の強かった人物について、この川名毅を挙げており、10歳ほど離れていることから現役時代は大人に感じていたそうです。

 

石元太一は川名毅が六本木や渋谷センター街にリムジンを乗り付けて数名の外人を引き連れて歩いている姿に異様さを感じていたようですが、密接な関わりはなかったようです。

 

 

関東連合は自然消滅した

関東連合メンバーは逮捕されて収監されたり先輩からのヤキで抜けていくメンバーが後を立たず、最終的に石元太一の「千歳台ブラックエンペラー」は2人になったそうです。

 

お金稼ぎ目的の犯罪行為が主流となったため一銭にもならないバイクで暴走する人間がいなくなったことで、暴走族という呼び方も現在はしなくなったようです。

 

 

石元太一「トーヨーボール事件」で初の人殺し

 

石元太一の初めての殺人事件関与

石元太一は10代に数々の事件を起こして逮捕され少年鑑別所などに収監されていましたが、この「トーヨーボール事件」は初の殺人事件への関与であり石元太一が起こした最も最悪な事件でした。

 

石元太一が関与したこの事件は東京都大田区池上にあるボーリング場「トーヨーボール」が現場になった殺人事件で、石元太一は首謀者として逮捕されました。

 

石元太一が敵対勢力のメンバーだとして襲撃した当時18歳の少年は全く無関係な飲食店勤務の方で、石元太一らはこの少年を集団リンチで殺してしまいました。

 

後に石元太一は”懺悔”の気持ちを込めた自叙伝『不良録』を出版することになりますが、その後さらに再び勘違いから人殺しをして逮捕されています。

 

ちなみにこの事件が世間で注目を浴びた理由は、犯行に使った車が女優・三田佳子(次男は関東連合でパシリだった)の名義だったことによります。

 

石元太一はこの事件で逮捕されて傷害致死の罪で特別少年院に収監されました。

 

 

石元太一は卑劣にも賠償していない

石元太一の友人で「トーヨーボール事件」に参加した伊藤リオンは被害者少年の遺族に賠償金を支払い、その後毎年少年の墓の前で手を合わせていたため少年の父親は伊藤リオンについては許したそうです。しかし、石元太一は賠償金を支払わずその後知らん顔していたそうです。

 

石元太一は起こしてきた凶悪事件により3箇所の少年院に入ったことを明かしています。

 

石元太一は恐喝や傷害事件などで逮捕されていますが、ついに有名芸能人である歌舞伎俳優・市川海老蔵さんへの暴行事件を起こしてしまいます。

 

 

石元太一「11代目市川海老蔵暴行事件」を起こす

 

市川海老蔵への暴行事件で「関東連合」が一躍有名に

この頃問題児と呼ばれていた市川海老蔵さんですが、バーで関東連合の石元太一と伊藤リオンに絡んでしまい暴行され、「市川海老蔵暴行事件」として報じられたことから「関東連合」と石元太一、伊藤リオンが世間に認知されることになりました。

 

2010年11月25日の午前5時頃に「市川海老蔵暴行事件」は起こりました。

 

現場となったのは西麻布にあるバルビゾン27と呼ばれる芸能人の隠れ家的遊び場となっていた雑居ビルで、ビルの11階にあるBAR「マーキス」で起こりました。

 

この「マーキス」は会員制でありお店に事前に連絡を入れないとエレベーターが11階に止まらないようなシステムになっているため隠れて遊びたい芸能人にとっては好都合なバーとなっているようです。

 

市川海老蔵さんもよくこの「マーキス」に遊びに来ていたようで、この日も前日午後11時頃から歌舞伎の舞台仲間と飲み始めて、深夜には友人らが帰ったため一人で飲んでいました。

 

 

石元太一らと飲んでいた市川海老蔵

市川海老蔵さんは「マーキス」に来ていた石元太一や伊藤リオン、その他6人くらいのメンバーと一緒に飲み始めました。

 

すでにお酒をかなり飲んでいて出来上がっていた市川海老蔵さんは、石元太一らとの話も弾んだことで上機嫌になり、席を外して一人で同ビルの6階に入っているダーツバー「フィオレット」に行きました。

 

この「フィオレット」には石元太一が連れてきていた彼女でモデルの藤井リナさんが来店していて、そうとは知らない市川海老蔵さんは口説いてしまいました。

 

石元太一の彼女である藤井リナさんを口説いた市川海老蔵さんですが、当時は嫁の故・小林麻央さんが存命だったため藤井リナさんは「嫁がいるでしょ」と一言残してお店を出て行ったそうです。

 

この時石元太一らも市川海老蔵を追いかけるように「フィオレット」に来ていたようで、自分の彼女を口説かれたことに内心腹を立てていたのかもしれません。

 

しかし、市川海老蔵さんは振られたことで一気に不機嫌になってしまい、石元太一らに当り散らすようになってしまいました。

 

 

市川海老蔵は本当に石元太一に喧嘩を売っていた?

後に法廷の場で市川海老蔵さんが石元太一らを怒らせるような言動をしていた可能性について「無いとは言えない」としていましたが、石元太一が事件後に語ったところによれば「どこのバーでもあるような痴話喧嘩」だということです。

 

市川海老蔵さんの酒癖の悪さは業界ではよく知られていたそうで、週刊誌などでは「俺は人間国宝だ」というのが決まり文句だとしていましたが市川海老蔵さん自身は否定しています。

 

また、石元太一ら関東連合とも密接な関係にあったと言われる大王製紙の元会長・井川意高さんに対して市川海老蔵さんは「俺はあんたがどれだけ偉いかなんて興味ない」と挑発したこともあったことが報じられています。

 

どこまで本当かは不明ですが市川海老蔵さんの酒癖の悪さは相当なものだったようで、酔っ払うとところかまわず奇声を上げたり、誰彼構わず絡んだりしていたようで”絡み酒”がすごいことから”市川海老蔵お断り”のお店もあるそうです。

 

 

市川海老蔵が石元太一に絡み出す

「海老蔵暴行事件」の発端は悪酔いした市川海老蔵さんが石元太一に絡んでしまったことだと言われています。

 

市川海老蔵さんと石元太一らは「フィオレット」から移動して11階の「マーキス」に戻り飲み直したようで、市川海老蔵さんは腹の虫が収まらないのか下を向いていた石元太一に絡みだしたようです。

 

週刊誌などの報道なので過剰に盛られているかもしれませんが、それによれば市川海老蔵さんは石元太一の髪を掴んで顔を上げさせ、「おい、寝るんじゃない。大丈夫か?」と言いながら灰皿にテキーラを注いで飲ませようとしたそうです。

 

さらには頭からお酒をかけたところそれを見ていた伊藤リオンがブチギレして市川海老蔵さんを殴り倒しリンチを加えたと言われています。

 

 

 

命からがら逃げ出した市川海老蔵

当時、伊藤リオンは関東連合の中でも”狂犬”と呼ばれてケンカ最強と言われるほどで、黒人とのハーフのため日本人にはない膂力を持っていたそうです。市川海老蔵さんは謝っても殴られ続けたため命の危険を感じて非常階段から逃げ出し、タクシーで自宅に戻りました。

 

市川海老蔵さんは全治6ヶ月程度の重傷を負いながらも血だらけで自宅に帰り付き、小林麻央さんに110番をしてもらって救急搬送されたことで事件として発覚しました。

 

この「海老蔵暴行事件」が当日夜から連日報道されることになり、市川海老蔵さんに暴行を加えた伊藤リオンは傷害容疑で逮捕されて収監されました。

 

市川海老蔵さんの素行の悪さが明るみになったのは、関東連合がマスコミを使ってネガティブキャンペーンを行ったことによると、関東連合幹部だった柴田大輔の自著『いびつな絆 関東連合の真実』で語られています。

 

しかし、その後の石元太一のインタビューでは一転して市川海老蔵擁護をしています。

 

「あれはそのへんの居酒屋の喧嘩と同じ」と改めて事件を振り返り、「向こうは会う気はないと思うけど、陰ながら応援したい」と話した。

 

引用:Yourpedia – 石元太一

 

これは石元太一が芸能界に入ることを見越した発言だったのでしょう。

 

 

 

 

「海老蔵暴行事件」から約1年後にジムを開いた石元太一

石元太一は「海老蔵暴行事件」から1年2ヶ月後に先輩の見立真一のバックアップにより格闘技ジム「SOUL MATE(ソウル・メイト)」を開設しました。

 

このジムの正式名称は「EXCITING GYM SOUL MATE ALLIANCE」で、後述する「六本木クラブ襲撃事件」の首謀者で国外逃亡中の見立真一が資金を出して設立し、石元太一は雇われ店長として勤務していました。

 

このジムにトレーナーとして参加しているのはK-1などで活躍している山本”KID”徳郁さんや佐藤豪則さん、渡辺久江さんなど有名格闘家がいます。

 

そして代官山駅から近い立地ということもあり20、30代男性を中心に繁盛していたようです。

 

 

 

石元太一、振り込め詐欺で逮捕

石元太一は振り込め詐欺の首謀者として後輩を使い、2009年から2010年にかけて7カ月間で174人の被害者を生み、被害総額は約5800万円に上ると言われています。

 

石元太一は知人の藤田周作に指令を下し、2010年頭から嘘のパチンコ必勝法を教える見返りとして大阪府の女性から136万円を騙し取るなどして、こうした手口により174人から約5800万円を詐取していました。

 

藤田周作からのメールを石元太一が受け取っていたことが証拠となり逮捕につながりました。

 

さらに2011年8月には石元太一は他人の名義を使ってマンションを借りたとして逮捕。

 

これらの事件を起こしたことで、石元太一は出演が決まっていた映画『アンダー・フェイス』の話が白紙になり芸能界デビューをふいにしてしまいました。

 

 

 

 

関東連合元リーダー・石元太一「六本木クラブ襲撃事件」で逮捕~現在の様子

 

石元太一、芸能界デビューをふいにして懲役11年の実刑

石元太一は2012年9月に起こした「六本木クラブ襲撃事件」で逮捕され、ついに長期の服役をすることになってシャバとお別れをしています。

 

この事件は2011年9月2日に六本木にあるクラブ「フラワー」で起きたもので、石元太一と見立真一の主導により飲食店経営の一般人・藤本亮介さんが集団リンチにより殺されてしまいました。

 

この事件は関東連合が敵対視していた相手を石元太一が見つけたという情報で襲撃の計画が立てられ、石元太一は犯行現場に参加していなかったものの、首謀者として逮捕されました。

 

そして、石元太一が逮捕された現場は当時彼女だったモデルの藤井リナさんの部屋だったと週刊誌「週刊文春」が報じたそうです。

 

同年12月16日に石元太一は裁判で懲役22年を求刑されましたが、東京地裁の判決では現場で直接犯行に及んだわけではないため共謀罪として懲役11年の実刑判決を言い渡しています。

 

そのため、石元太一は現在も横浜刑務所に収監中となっており、出所は2023年頃となるでしょう。

 

 

実行犯の主導者・見立真一は国外逃亡

犯行現場であるクラブ「フラワー」に10人ばかりを引き連れて押し入り、金属バットなどを使って藤本亮介さんを殺害した見立真一はすぐに国外逃亡し、現在も海外に潜伏中のため国際指名手配をされています。

 

見立真一は東南アジアに潜伏しているようで、石元太一が収監される前に極秘に連絡を取ってきて関東連合の再興を計画する話を持ちかけてきていたようです。

 

現在も捜査は続いているようですが、依然として見立真一につながる情報はないようです。

 

 

石元太一は出所したら殺される?

「六本木クラブ襲撃事件」で敵対勢力はおろか身内にも見限られてしまった石元太一は出所したら殺されるだろうと言われています。

 

石元太一は「トーヨーボール事件」でも人違いで人を殺していますが、今回も人違いだったことで身内の人間からは見放され、襲うはずだった人間が木村兄弟というアウトロー界で”狂犬”、”最強・最凶”と言われる人物だったことから、石元太一は出所したら殺されると言われています。

 

石元は首尾よく後輩を集め、襲撃の段取りを整える役回りを買ってでたのが、いざ襲ってみたら襲った人は違うわ、携帯履歴から事件の流れがダダ漏れだわで、要するにヘタを打った。石元のミスで皆が長い服役を余儀なくされる訳だから、そそっかしいにもほどがあるでしょう。今回、襲撃に参加しなかったメンバーもカンカンに怒ってますし、そもそも襲う予定だった男は本物の狂犬で、今度は逆に彼に狙われることになりかねない。『石元は刑務所のほうが安全。出てきたら殺される』と皆言ってます

 

引用:Yourpedia – 石元太一

 

石元太一がなぜ間違えて全く無関係な一般人を撲殺してしまったのかは不明ですが、アウトロー界では石元太一は殺人犯ではなくハメられたとも言われているようです。

 

 

 

 

 

関東連合元リーダー・石元太一について総まとめすると・・・

「千歳台ブラックエンペラー」の元総長であり、元関東連合の中心メンバーとして数々の犯罪を行ってきた石元太一について総まとめしてきました。

 

逮捕されてから現在は横浜刑務所に収監されていると言っても、2023年頃には出所してくることを考えると、石元太一を中心に再び関東連合が動き出すかもしれませんね。

 

国外逃亡中の見立真一も整形や名前を変えて再び日本に現れる可能性もあり、関東連合が復活したなら東京の裏社会で血みどろの抗争が起きるでしょう。

 

とはいえ、怒羅権をはじめとした関東連合に変わる凶悪な犯罪集団はあることを考えるとここまでに紹介したような犯罪は裏で起きているのかもしれません。

 

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記事へのコメント

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  1. 2015年、全世界の国々と北海道~沖縄県に天皇は韓国人です、日本人のルーツは韓国人です、北朝鮮に金剛山があります、大阪府千早赤阪村に金剛山があります、日本に古墳が20万基以上ありますが拡散しました。
  2. あなた、もう、人を批判するコメントやめたら。 意味ないよ。そんなの。

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