AOKIホールディングスの創業者である青木拡憲氏は、東京オリンピックのスポンサー契約で賄賂を渡していた疑いで逮捕されました。
青木拡憲のプロフィールや逮捕と現在、経歴や国籍や韓国人の噂、家族、結婚した嫁や息子・娘の有無、自宅をまとめました。
この記事の目次
青木拡憲はAOKIの前会長&贈収賄で逮捕
青木拡憲
生年月日:1939年9月23日
出身:長野県長野市
活動:実業家
青木拡憲氏はAOKIの創業者で、AOKIホールディングスの会長だった人物です。行商から一代でAOKIホールディングスを作り上げ、年商1800億円の大企業に成長させた敏腕経営者でした。
2022年6月に企業の若返りを図る目的もあり、AOKIホールディングス会長の座を退きましたが、2022年8月17日に贈賄容疑で逮捕されました。
青木拡憲は賄賂罪で逮捕
青木拡憲氏は、2022年8月17日に贈賄容疑で逮捕されました。東京オリンピック・パラリンピックでのスポンサー契約などに便宜を図ってもらう目的でわいろを渡した贈賄容疑での逮捕です。
高橋治之に5100万円を渡す
2022年8月17日に東京地検特捜部に贈賄容疑で逮捕されました。
青木拡憲氏はAOKIホールディングス会長だった時に、2017年1月~2021年6月にかけて、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の高橋治之理事に対して、約5100万円の賄賂を渡した疑いです。
7月26日には高橋元理事に資金提供をした容疑で、東京地検特捜部に任意で事情聴取を受けていました。また、その翌日には青木拡憲氏の家宅捜索が入っています。
そして、8月17日に青木拡憲氏は逮捕されましたが、同時にAOKIホールディングスの副会長で青木氏の実の弟である青木寶久やAOKI専務執行役員の上田雄久も一緒に逮捕されています。
AOKIはライセンス権を獲得
青木拡憲氏は東京オリンピック・パラリンピックで、AOKIホールディングスに便宜を図ってもらおうとして、高橋元理事に賄賂を渡しました。
AOKIホールディングスは、東京オリンピックでオフィシャルサポーターになり、さらに公式ライセンス商品契約を結んでいました。2018年10月に「東京オリパラ組織委員会とAOKIは「ビジネス&フォーマルウェア」の分野でスポンサー契約を締結していて、AOKIは日本代表団の開会式用の服装や審判団などのユニフォームのデザイン・作成の権利を得ていました。
紳士服やスーツの専門店として知られているAOKIですが、夏季大会では、1,600人を超える日本代表選手団の開会式用と式典用公式服装や、テクニカルオフィシャル(審判団、技術役員)のユニフォームをデザイン、作製するといいます。
引用:夢を見てみようじゃないか《AOKI~公式ユニフォーム:前編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(13) | みんなの試作広場
このスポンサー契約で便宜を図ってもらうために、組織委員会の大物理事である高橋氏に、高橋氏が経営する企業「コモンズ」の銀行口座を通じて合計で5100万円をコンサルタント料の名目で渡しました。青木拡憲氏は高橋氏にコンサル料を渡して、スポンサー選定の口利きをしてもらおうとしたようです。
5100万円を受け取った高橋治之氏は、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事をしている時は「みなし公務員」となるので、1つの企業に肩入れすることはできません。そのため、コンサルタント料としてお金を受け取ると、それが賄賂に該当してしまうのです。
ただ、青木拡憲氏から高橋元理事に渡した賄賂は5100万円であることはわかっていますが、贈賄は時効が5年のために、2800万円分だけが贈賄罪として認めました。
ほかにも怪しいお金が・・・
出典:sankei.com
このほかにも青木拡憲氏と高橋治之氏の間には怪しいお金の動きがあります。青木拡憲氏はスポンサー料名目で電通子会社に2億5000万円を渡し、そこから2億3000万円が高橋治之氏が経営するコンサル会社である「コモンズ」に1億5000万円が渡りました。
そこから、数千万円はJOCに加盟している2競技の関連団体に渡り、残りは高橋治之氏の懐に入ったようです。
さらに、東京五輪のオフィシャルサポーターのスポンサー料は15億円が相場だったようですが、青木拡憲氏のAOKIホールディングスは合計で7億5000万円という相場の半額でスポンサーが決まったため、やっぱり高橋治之氏への賄賂が大きかったのかなと疑ってしまいますね。
森元首相にも200万円を渡す
出典:zakzak.co.jp
青木拡憲氏は、森元首相にも賄賂を渡していた疑いがあります。
森喜朗元首相は東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長でしたが、青木拡憲氏は森元首相に現金200万円を手渡していたという情報があります。この現金200万円は病気療養中だった森氏への「お見舞金」という名目だったことで、賄賂と言えるかどうかが微妙なラインのようです。また、森元首相が200万円で動くのかという疑問もあります。
「本当にお見舞いと言って渡しただけならば厳しい。青木容疑者が『スポンサーに選定してください』などの文言を添えて依頼していたとか、その証拠があるかが重要になってきます」(同)
200万円という金額も微妙だという。
ちなみに、青木拡憲氏は高橋元理事の紹介で森元首相に会っていて、その時の音声データも残っているそうなので、今後青木拡憲氏の再逮捕や森元首相の逮捕などがあるかもしれません。
青木拡憲の現在は保釈金3憶で釈放
青木拡憲氏は、8月17日に東京地検特捜部に逮捕されましたが、9月7日に保釈金3億円を払って保釈されています。
東京オリンピック・パラリンピックのスポンサー契約をめぐる贈収賄事件で6日、組織委員会の元理事に対する贈賄の罪で起訴されたAOKIホールディングスの青木拡憲前会長(83)ら3人が今夜、東京拘置所から保釈されました。このうち青木前会長の保釈金は3億円です。
保釈金3億円!この保釈金は現金で払うものですから、現金3億円をぱっと用意できるだけの財力を持っていたということですね。さすが、AOKIホールディングスの元会長です。
ちなみに、青木拡憲氏と一緒に弟の青木寶久氏と専務執行役員の上田雄久氏も一緒に保釈されていますが、保釈金は青木寶久氏が1億5000万円、上田氏が300万円でした。
兄弟2人で保釈金4億5000万円・・・。いくら保釈金は返還されるとしても、兄弟2人で保釈金4億5000万円・・・。すごすぎですね。
また、青木拡憲氏は当初は贈賄容疑を否認していたようですが、9月に入り、スポンサー契約の口利きを期待していたことを供述し始めています。
9月に入り、青木前会長は「理事の組織内での影響力に期待した。理事だからお願いした」と、容疑を認める供述を始めた、と伝わる。
引用:AOKI HDは五輪汚職事件で絶体絶命のピンチ…危機脱出の手だてはあるのか?(有森隆)(日刊ゲンダイDIGITAL) – Yahoo!ニュース
青木拡憲氏は逮捕時、すでに83歳です。下手に否認し続けるよりも、正直に贈賄を認めてしまったほうが、早く保釈されるし、会社(AOKIホールディングス)へのダメージも少ないと考えたのかもしれません。
青木拡憲の生い立ちと経歴
生い立ち
1938年に長野県長野市篠ノ井で米穀商を営む青木商店の長男として生まれました。戦争中は米統制で実家は米穀商を営むことができなくなり、戦後の1946年には質屋を開業しました。
青木拡憲氏は長野商業高校に進学していて、高校時代は陸上部で100m12.1秒という好記録を持っていました。しかし、1955年になると、実家の質屋が立ち行かなくなり、大学進学することはできずに、高校を卒業したらすぐに働くことになりました。
行商から長野で成功
出典:asahi.com
質流れ品の中で一番の得意分野であり、自分が理解できる分野だった洋服を販売することを決め、高校卒業後の1958年9月には弟の青木寶久氏と一緒に地元の篠ノ井で個人商店「洋服の青木」を創業し、スーツの行商を始めました。
周りは農家が多く、当時はスーツが高級品だったこともあり、なかなか売れないこともあったようですが、長野市の役所などを毎日訪ね歩き、スーツ・洋服を売っていました。
20歳で行商を始め、25歳までに250万円を貯めると、1965年7月に洋服の青木の第1号店である「篠ノ井駅前店」を開店します。1967年には「株式会社アオキ」に商号を変更しました。篠ノ井駅前店以外にも2店舗を展開しますが、赤字経営が続きました。
しかし、1971年に長野県内でも一番立地が良いとされる長野駅前の一等地に長野駅前店をオープンさせて、ようやく黒字になりました。それからはオリジナル商品の開発に着手したり、長野石堂本社ビルを建てたりと少しずつ企業として成長していきます。さらに、1979年には長野市郊外に郊外型の店舗をオープンさせ、本格的にチェーン展開を始めます。
東京進出と事業展開
AOKIの創業者である青木拡憲氏は、1977年には東京に進出し、1980年には首都圏に本格進出します。さらに、1986年に本社を横浜に移転して、1989年には東証二部に上場、1991年には東証一部に上場しました。
その後は関西にも進出し、全国に504店舗を展開し、売上高1800億円(2020年3月)を達成しています。
また、青木拡憲氏は洋服だけでなく、ブライダル事業やエンターテイメント事業にも事業を拡大し、幅広く事業展開しています。
会長就任後
青木拡憲氏は2010年に代表取締役会長に就任し、社長には次男の青木彰宏氏を据えました。経営者として第一線は退きつつ、その後は社会・文化的な活動を行うようになります。
・2011年:文化・教育振興を目的とした公益財団法人AOKI財団設立
・2014年:紫綬褒章受章
・2016年:新日本フィルハーモニー交響楽団評議員就任
・2020年:信毎賞受賞
息子に社長を任せて、自分は代表取締役会長に就任していましたが、一連の贈賄罪騒動を見る限り、社内で絶大な権力を維持していたことは間違いないでしょう。
青木拡憲の国籍は韓国人?
出典:minsaku.com
青木拡憲氏は日本国籍です。長野県長野市で生まれ育っています。ただ、青木氏の国籍は韓国ではないかという噂があるんです。なぜ、その噂が出ているのか?理由は主に2つあると思われます。
青木姓は在日韓国人に多い
「青木」という苗字は在日韓国人・朝鮮人に多い苗字と言われています。真ん中で左右対称の漢字を使うのは、在日韓国人・朝鮮人に多いとされているんです。
また、タクシー業界の大手「エムケイ」の創業者である青木定雄氏は、在日韓国人一世であることを公表しています。また、ジャーナリストの青木理氏は在日韓国人・朝鮮人であるかどうかは不明ですが、やたら日本を下げて韓国を上げる発言をしていますので、在日ではないかと噂されています。
このように青木姓には在日韓国人が多いので、青木拡憲氏も在日韓国人ではないかと言われるようになったと思われます。
朝鮮総連系工場と関係あり
2016年に青木拡憲氏が経営する紳士服のAOKIでは、北朝鮮労働者の働く中国国内の在日本朝鮮人総連合会系の企業製造の衣料を日本国内で販売していたことが判明しました。北朝鮮からの輸入は禁止されていますが、中国を介して北朝鮮系の企業から輸入していた=北朝鮮の外貨獲得に協力していたということになります。
わざわざ、法律で禁止されている国の外貨獲得に協力するなんて、AOKIの創業者である青木拡憲氏は在日韓国人・朝鮮人ではないか?と噂されるようになったと思われます。
青木拡憲の家族(父親・母親・弟)
出典:nikkei.com
青木拡憲氏の家族構成は次の通りです。
・母親
・青木拡憲
・青木寶久
もしかしたら、弟以外にも兄弟はいるかもしれませんが、判明している家族は4人家族となります。
弟は青木寶久
出典:nippon.com
青木拡憲氏の弟は青木寶久氏です。
弟の青木寶久は長年にわたり、兄の青木拡憲氏を支えてきました。青木寶久氏は拡憲氏の7歳下です。「洋服の青木」は1958年に作っていて、拡憲氏は弟と一緒に行商に行っています。この時、青木拡憲氏は20歳ですから、青木寶久氏は13歳前後だったと思われます。実家の質屋の経営が傾いていましたので、中学・高校にもまとも通えなかったのかもしれません。
共に逮捕された7歳下の弟、青木宝久容疑者(76)との行商が原点だった。この元幹部は「自転車に2人乗りし、後ろで弟がスーツの風呂敷を抱え売ったが、周りは農家。誰も買わないから苦労したようだ」と明かす。
兄の青木拡憲氏が会社を大きくしていくと、弟の青木寶久氏は兄のサポートに周ります。そして、1976年8月には常務取締役に就任しました。その後、次のような経歴を歩んでいます。
・1981年6月:取締役副社長
・2007年1月:株式会社アニヴェルセルHILDING代表取締役社長
・2010年6月:アニヴェルセル代表取締役会長、AOKIホールディングス代表取締役副会長
2022年6月にはAOKIホールディングス代表取締役副会長を退任し、8月17日には兄の青木拡憲氏と一緒に東京オリンピック・パラリンピックに関する贈賄罪で逮捕されました。
青木拡憲が結婚した嫁は一般人
出典:minsaku.com
青木拡憲氏は結婚していますが、嫁は一般人で全く表に出てこないので、どのような女性かは不明です。また結婚時期も公表していません。
ただ、長男の青木柾允氏は1969年生まれですので、1965~1968年ごろに結婚したと思われます。
ちょうどアオキ第1号店である篠ノ井店を開店したころですね。ということは、青木拡憲氏の嫁は、「玉の輿狙い」というわけではなく、青木氏が今のような実業家になる前からしっかり支えてきた糟糠の妻というわけですね。
青木拡憲の子供は息子が2人
青木拡憲氏には、子供が2人います。どちらも息子さんですので、娘はいません。
長男が青木柾允
出典:prtimes.jp
青木拡憲氏の長男は青木柾允氏です。1969年4月21日生まれで、次男の1歳上です。拡憲氏の長男ですから、当然AOKIホールディングスで働いているのですが、正式な跡取りは次男になっているようです。
青木柾允氏は1993年にAOKIホールディングスに入社しますが、2002年には関連会社のアニヴェルセルに出向となっています。それからはずっとAOKIに戻ることなく、アニヴェルセルの取締役副社長・取締役社長・取締役会長を歴任しています。2010年6月になって、ようやくAOKIホールディングスの常務取締役に就任しました。
しかし、その時には弟の青木彰宏氏はAOKIホールディングスの社長になっています。しかも、兄の青木柾允氏は2022年になっても専務取締役。それに対して、弟の彰宏氏は代表取締役会長。
明らかに兄の青木柾允氏は弟の彰宏氏の後塵を拝しています。父親の青木拡憲氏と弟の関係性は、常に拡憲氏のほうが上だったのに・・・。青木柾允氏に何かスキャンダルがあったり、明らかな能力不足があったのでしょうか?長男が全く関係ない道に進んだから、弟が家督を継ぐというケースはそれほど珍しくありませんが、兄弟ともども父親の会社に入社したのに、弟のほうが出世するというのは、何があったのか気になってしまいますね。
とはいえ、青木柾允氏もAOKIホールディングスの専務取締役ですし、約3%も会社の株を所有していますので、すごい人であることは間違いありません。
次男が青木彰宏
青木拡憲氏の次男は青木彰宏氏です。1970年5月20日に生まれた彰宏氏は、國學院大學久我山高校を卒業して、成蹊大学経済学部に進学しました。1994年に卒業すると、AOKIホールディングスに入社します。
その後、2004年からはAOKI内の「オリヒカ」の創業に注力し、2008年にはオリヒカ代表取締役社長、2009年にはAOKIホールディングス常務取締役、2010年にAOKIホールディングス代表取締役社長に就任しました。2022年からは、父親の青木拡憲氏の退任に伴い、AOKIホールディングスの代表取締役会長に就任しました。
次男の彰宏氏は新型コロナウイルスの流行時も「抗菌・洗えるマスク」を発売したり、リモートワークに便利な「パジャマスーツ」を開発・販売したものを発売してヒットさせるなど、かなりのやり手のようですね。
青木拡憲は逮捕を予測していた?
青木拡憲氏は7月26日に事情聴取を受け、8月17日に逮捕されています。この青木拡憲氏や高橋治之氏の贈収賄容疑は2022年の初めごろから逮捕に向けて捜査が始まっていたと言われていますので、青木氏は事情聴取を受ける前から、自分が逮捕される可能性があると予測していたと思われます。
というのも、青木拡憲氏と弟の寶久氏は、逮捕の約1ヶ月前の6月29日に組織の若返りなどを理由に会長を退任しているのです。
AOKIホールディングス創業者で会長の青木拡憲氏が6月 29 日付で退任する。「組織の若返りや活性化、ガバナンス体制の更なる強化を図る」のが目的。
逮捕の直前である約1ヶ月前に会長を退任。つまり、逮捕時は「現在のAOKIの経営陣とはかかわりがない」と言い張ることができ、会社へのダメージを軽減することを狙ったのかもしれません。
本日、当社元代表取締役会長青木拡憲、元代表取締役副会長青木寶久及び専務執行役員 上田雄久が、贈賄の容疑で東京地方検察庁に逮捕されました。当社は、これまで東京地方検察庁による捜査に協力してまいりましたところ、本件事態 を厳粛に受け止めており、引き続き、当局の捜査に全面的に協力してまいります。 なお、本件の内容等に関するコメントにつきましては、捜査中につき差し控えさせてい ただきます
青木拡憲氏らの逮捕を受けて、AOKIホールディングスは次のようにコメントを出していますが、現任ではなく「元」代表取締役会長とできたのは、AOKIホールディングスにとって大きおかったのではないでしょうか。
青木拡憲の自宅が豪華
出典:sankei.com
青木拡憲氏の自宅は東京都渋谷区の一等地にあります。プライバシーに関することなので、詳しい住所の公開は控えますが、表参道ヒルズから徒歩5分圏内にあります。これだけで、自宅は「超高級住宅街にある」ということがわかると思います。
東京地検特捜部が家宅捜索をした時に青木拡憲氏の自宅前で報道がありましたが、この時は門構えも立派でしたし、3階建てのビルのような豪邸でした。
もともとがセレブの家出身というわけではなく、1980年ごろに東京進出してきて、この自宅を建てるというのは、AOKIがいかに成功してきたのかがよくわかりますね。
青木拡憲のまとめ
青木拡憲氏のプロフィールや贈賄事件での逮捕と現在、経歴や家族と結婚した嫁や子供(息子)、自宅などをまとめました。
青木拡憲は保釈されていますが、今後再逮捕はあるのかどうか注目ですね。