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桐島聡の死因や現在!生い立ちと家族・大学や経歴・指名手配の事件や時効と懸賞金・宮川大輔や氷川きよしに似てる件まとめ

連続企業爆破事件を起こし指名手配されていた桐島聡が見つかるも死亡しました。

 

この記事では桐島聡の生い立ちや家族や結婚、大学や逃亡時代の経歴、指名手配の懸賞金や時効、事件で何したのか、宮川大輔さんや氷川きよしさんと似てると話題な件、現在や死因についてまとめました。

桐島聡は東アジア反日武装戦線のメンバーで連続企業爆破事件で指名手配

 

桐島聡のプロフィール

 

生年月日:1954年1月9日

没年月日:2024年1月29日

出身地 :広島県深安郡神辺町(現在は福山市)

身長  :160cmくらい(指名手配書より)

 

桐島聡は、極左暴力集団「東アジア反日武装戦線」(無政府主義系の過激派)の「さそり」グループのメンバーで、1974年から1975年にかけて東アジア反日武装戦線が引き起こした「連続企業爆破事件」の実行犯として全国指名手配されていた男です。

 

桐島聡は連続企業爆破事件当時、明治学院大学法学部4年の21歳でした。桐島聡は東アジア反日武装戦線が引き起こした連続企業爆破事件のうち、1974年12月23日の「鹿島建設爆破事件」、1975年2月28日の「間組本社ビル及び大宮工場同時爆破事件」、1975年4月19日の「オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件」、1975年4月27日の「間組江戸川作業所爆破事件」、1975年5月4日の「間組京成江戸川橋工事現場爆破事件」に共謀や実行犯として関与した事が他のメンバーの裁判の中で認定されています。

 

      • 桐島聡が指名手配された容疑は、このうち「オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件」
    • での爆発物取締罰則違反容疑でした。

 

同じ東アジア反日武装戦線「さそり」グループで行動していた黒川芳正(事件当時27歳)は1975年に逮捕、宇賀神寿一(事件当時22歳)は1982年に逮捕されましたが、桐島聡は指名手配される中逃亡し行方は杳として知れませんでした。

 

そして、「連続企業爆破事件」から約50年が経過した2024年1月25日、神奈川県鎌倉市の病院に桐島聡と見られる男が入院しているとの情報提供があり、警視庁公安部によって身柄が確保されました。

 

この男は自ら「自分は桐島聡だ」と名乗りましたが4日後の1月29日に容態が悪化して入院先の病院で死亡します。

 

その後、警視庁公安部はDNA型鑑定を実施し、死亡した男が桐島容疑者本人と特定されたと発表しています。

 

 

桐島聡の生い立ち

 

出典:https://portal.st-img.jp/

 

桐島聡の生い立ちについても見ていきます。

 

桐島聡は、1954年1月9日生まれの広島県深安郡神辺町の出身で、生家はJR福山駅から5つ目の道上駅から程近い大きな邸宅でした。

 

桐島聡の実家は地元の名士で、曽祖父や祖父が村会議員、町会議員を務め、父親も農林省で公務員として働く裕福な家庭だったようです。

 

桐島聡は福山市内の公立小学校、中学校に通い、中学時代には高校進学で名門校に進むかどうかで悩み、3年生時に自信をなくし担任の教師に「勉強の仕方が悪いのかトップグループに入れない」と悩みを打ち明けていたようです。桐島聡は小・中学時代から真面目な性格であったと推測されます。

 

その後、桐島聡は1969年に中学校を卒業し広島県立尾道北高校(現在の偏差値は64)へ進学しています。

 

県立尾道北高校は進学校でしたが、高校時代の桐島聡は「精神の全てを犠牲にしてまでガリ勉になって何になるのか」などと同級生らに議論をふっかけていたという事です。そんな桐島聡の様子を同級生らは現実逃避をしているだけと見て次第に距離を置くようになり、桐島聡の方も同級生達から離れていったという事です。

 

高校時代の同級生らは当時の桐島聡の性格を「熱し易く冷め易いタイプ」と見ていたようです。

 

 

桐島聡の家族

 

出典:https://live.staticflickr.com/

 

生い立ちのところでも触れたように、桐島聡の実家は地元の名士で、家族のうち曾祖父は明治期からの村会議員、祖父も戦前から戦後を通して村会議員、町会議員を務めています。

 

桐島聡の父親は農林省の地方職員で、家族構成は他に母親と姉が2人と弟が1人いる4人兄弟である事がわかっています。

 

桐島聡は「連続企業爆破事件」を起こして全国指名手配された後、1975年5月31日に広島県の実家の家族に電話をかけて、父親に「岡山に女と3人でいる。金を準備してくれ。国外へ逃亡する事も考えている」などと伝えています。

 

父親は当然協力はせず警察に通報しており、それ以降、桐島聡は家族とは1度も接触していませんでした。

 

桐島聡の家族のうち、少なくともきょうだい2人が現在も存命である事がわかっています。警視庁が、桐島聡のきょうだい2人から提供されたDNAを使い、桐島聡を名乗る男のDNA鑑定を進めているとの報道がありました。

 

警視庁は、桐島容疑者のきょうだい2人からDNAの提出を受け、鑑定を進めているが、きょうだいのDNA鑑定は、親子の場合より確度が下がるため、複数の人物で鑑定作業をする必要があり、時間がかかっているものとみられる。

 

引用:【中継】「十分な話聞けなかった」真相解明遠のく…桐島聡容疑者を名乗る男が死亡 きょうだい2人からのDNAで鑑定進める

 

その後、DNA鑑定の結果、桐島聡を名乗る男が桐島聡であると断定されました。しかし、桐島聡の家族は遺体の引き取りを拒否しており、このまま引き取りてが現れない場合は無縁仏として合葬されるという事です。

 

捜査関係者によりますと、桐島聡容疑者(70)とみられる男は末期の胃がんを患い、今月中旬、「内田洋」の名前で神奈川県鎌倉市内にある病院に入院していましたが、きのう死亡しました。

その後の捜査関係者への取材で、桐島容疑者の親族が男の遺体を引き取ることを拒否していることが新たにわかりました。

 

引用:親族は遺体引き取りを拒否 桐島聡容疑者(70)とみられる男

 

桐島聡の家族は地元の名士でしたが、桐島聡が「連続企業爆破事件」を起こして全国指名手配された事で家族も多大な迷惑を被ったと思われます。家族が桐島聡を恨んでいたとしてもおかしくはありません。

 

 

桐島聡は結婚はしていなかった可能性が高い

 

桐島聡は「連続企業爆破事件」当時は明治学院大学法学部4年在籍中で結婚はしていませんでした。

 

事件を起こし指名手配犯として逃亡生活を送っていた際、桐島聡は内田洋の偽名を名乗って日常生活を送っていたという事ですが、正体を明かさずに法的に結婚する事は難しいため、結婚は1度もしていないはずです。

 

また、桐島聡が内田洋の偽名で生活していた時に、その正体が桐島聡だとは知らずに交流があったという人物が、桐島聡が「自分は女性を幸せにできるタイプではないから」と言って自身に興味を持っていた女性との交際を断った話をしていたと証言しています。

 

女性との付き合いの話題になったときに『自分は幸せにできるタイプじゃないからと言って断った』と話していたのは印象に残っています。10年以上前のことですね。お相手は30歳ぐらいの女性だったみたいですけど。好きというより、向こうから交際になりそうな雰囲気だったけど自分から断ったと聞いてます

 

引用:「イェ~イ、イェイ」とDJバーを盛り上げ、ギターも弾いていた…でも「自分は幸せにできるタイプじゃないから」と女性との交際は拒否、過去に神奈川県警と接触も?〈自称・桐島聡死亡〉

 

桐島聡は、自分の正体を隠して生活していたため、結婚はおろか女性と真剣交際する事も避けていた可能性が高いと見られています。

 

ただ、一部報道では桐島聡には20歳下の恋人がおり、結婚も視野に入れていたとの情報も明かされています。

 

馴染みのバーでも「内田洋」と名乗っていた男には結婚を視野に入れた20歳年下の女性がいたという。

 

引用:桐島聡名乗った男に20歳下の“結婚視野の女性”か

 

この桐島聡と結婚を視野に交際していたという20歳年下の女性が何者なのか詳しい情報は現在の時点ではわかっていません。

 

 

桐島聡の経歴① 明治学院大学法学部

 

出典:https://chie-pctr.c.yimg.jp/

 

桐島聡は、広島県立尾道北高校を卒業後1972年4月に明治学院大学法学部に進学しています。

 

桐島聡は明治学院大学時代には映画研究会に入るも大学2年生時に退会し、同和問題の研究サークルに所属するもこれも長続きしませんでした。

 

そして、この大学時代に桐島聡は共に連続企業爆破事件を起こす事になる、明治学院大学社会学部だった宇賀神寿一と知り合い、山谷の下層労働者を支援する活動に出入りするようになります。

 

その活動を通じて桐島聡は黒川芳正とも出会い、3人で東アジア反日武装戦線の「さそり」班となって、連続企業爆破事件を引き起こす事になりました。

 

 

桐島聡の経歴② 連続企業爆破事件後の逃亡生活

 

出典:https://ichef.bbci.co.uk/

 

桐島聡は明治学院大学4年在学中に連続企業爆破事件を起こし、全国指名手配されて大学は除籍となり、その後は逃亡生活を送りました。

 

桐島聡の逃亡生活時代の経歴についてほとんど何もわかっていませんが、いくつかの事がわかっています。

 

桐島聡は、指名手配をされた後も元々アルバイトをしていた東京都新宿歌舞伎町の大衆料理店でしばらくの間働き、5月31日に家族に電話をかけたのを最後に行方をくらましました。

 

警視庁公安部は、桐島聡が宇賀神寿一と沖縄へ逃走したとの情報を掴むも、その後は消息を見失い、宇賀神寿一新聞店の住み込みなど職を転々とした後に1982年7月に東京板橋で逮捕されましたが、桐島聡の行方はまったくわからないままでした。

 

しかし、2024年1月25日に桐島聡を名乗る男が確保され、この男が内田洋という偽名を名乗って生活していた事がわかりました。その後、DNA鑑定で内田洋が桐島聡本人だと断定されており、この内田洋を知る人々からの証言で、逃亡生活中の桐島聡についての情報が少しずつ明らかにされています。

 

それによると、桐島聡は2024年の現在から見て約40年前から神奈川県藤沢市内の工務店で住み込みで働いていたという事です。桐島聡は顔を整形していたと見られており、指名手配写真とは似ておらず工務店関係者の中にも内田洋が桐島聡だと気がついた者はいなかったという事です。

 

桐島とみられる老人は、“内田洋(ウチダ・ヒロシ)”と名乗って神奈川県藤沢市内の工務店で約40年も前から住み込みで働いていました。身長160センチで身体的特徴は桐島容疑者と矛盾はないものの、顔は整形をしていたとみられ、お馴染みの手配写真とは似ても似つかなかった。工務店関係者が “ウチダ”として長年接してきたものの、全く気づかなかったのも無理はありません。

 

引用:「イェ~イ、イェイ」とDJバーを盛り上げ、ギターも弾いていた…でも「自分は幸せにできるタイプじゃないから」と女性との交際は拒否、過去に神奈川県警と接触も?〈自称・桐島聡死亡〉

 

また、桐島聡が逃亡生活中に内田洋を名乗って音楽が聴ける藤沢市内のDJバーに通い、20年来の常連客だった事が明かされています。

 

出典:https://cdn.mainichi.jp/

 

このDJバーで撮影されたと見られる桐島聡がビールジョッキを傾けている写真も公開されています。指名手配ポスターの若い頃の写真とはだいぶ雰囲気が変わっていてこれでは誰も桐島聡だと気がつかなかった事もうなづけます。

 

桐島聡はDJバーではマスコット的な存在で「ウッチー」という愛称で他のお客さんからも親しまれていたそうです。

 

指名手配がかかり“逃亡犯”だった“ウチダ”には、趣味の酒と音楽に浸れる憩いの場所があったようだ。近くのDJバーでは“ウッチー”という愛称で知られた存在だった。

 

引用:「イェ~イ、イェイ」とDJバーを盛り上げ、ギターも弾いていた…でも「自分は幸せにできるタイプじゃないから」と女性との交際は拒否、過去に神奈川県警と接触も?〈自称・桐島聡死亡〉

 

さらに、桐島聡は藤沢市内の別のバーにも常連として通っていて、こちらの店では「うーやん」の愛称で親しまれていたそうです。

 

市内の別のバーでは「うーやん」と呼ばれており、週1〜2回来店しては赤ワインを好んで飲んでいた。20年ほど前には、夏に店が主催する70〜80人規模のバーベキューにも毎年のように参加していたが、最近は店にも来ていなかった。
 

 

このバーの店主は桐島聡を名乗る男確保の報道後に「うーやんじゃない?」と友人に言われて、確かに似てると思い、その後、桐島聡死亡の報道を聞き、悲しくて涙が出たともコメントされています。

 

桐島聡は周囲の人間からは愛されるキャラクターだったようです。

 

 

桐島聡が指名手配された連続企業爆破事件の概要

 

出典:https://bunshun.jp/

 

桐島聡が指名手配されていた「連続企業爆破事件」は、反日思想を持つ極左暴力集団「東アジア反日武装戦線」が、1974年8月から1975年5月にかけて手製の爆弾を使い、太平洋戦争に関与したと定義される旧財閥系企業や大手ゼネコン企業の社屋や施設などを次々と爆破した事件です。

 

東アジア反日武装戦線のメンバーらは、太平洋戦争をアジア侵略戦争だと見て、日本国家をその元凶と見做してアジア侵略に加担した、あるいは現在も加担していると見做した企業を攻撃対象としました。

 

東アジア反日武装戦線は、1974年8月から1975年5月にかけて、合計12件の爆破事件を起こしました。ターゲットとされたのは三菱重工、三井物産、帝人、大成建設、鹿島建設、間組、オリエンタルメタル社で、全ての爆破事件合計で8名の死亡者と400名を超える重軽傷者を出しました。

 

特に、1974年8月30日に発生した三菱重工爆破事件では、三菱重工業東京本社ビルの出入り口付近に大質量の時限爆弾が仕掛けられ、1階の玄関ロビーが爆発で大破し、噴き上がった爆風によってビルの窓が全て破壊されて窓ガラスの破片が路上へと降り注ぎ大惨事を引き起こしました。この三菱重工爆破事件だけで死者8名負傷者376名が出ています。

 

東アジア反日武装戦線らは「狼」、「大地の牙」、「さそり」の3つの班にわかれて断続的に爆破事件を繰り返し世間を恐怖に陥れました。

 

桐島聡はこの「さそり」班のメンバーで、実行犯として関わったのは、1974年12月23日の鹿島建設資材置き場爆破事件、1975年4月28日の間組京成江戸川作業所爆破事件、1975年5月4日の間組京成江戸川橋鉄橋工事現場爆破でした。3件の事件合計でも1人の重傷者が出たのみで死者は出ていません。

 

 

桐島聡は指名手配されていたが懸賞金はかけられていなかった

 

出典:https://dol.ismcdn.jp/

 

桐島聡は「連続企業爆破事件」のオリエンタルメタル社・韓国産業経済研究所爆破事件での、爆発物取締罰則違反容疑で全国に指名手配されていました。

 

桐島聡の顔写真が掲載された指名手配ポスターは全国各地のそこら中に張り出されていたため、多くの人が1度は目にした事があるのではないかと思います。

 

桐島聡には指名手配の懸賞金100万円がかけられていた、または、懸賞金300万円かけられていたという噂が存在しますが、実際には懸賞金はかけられていませんでした。

 

桐島聡の顔写真も掲載されていた指名手配ポスターに、100万円の懸賞金がかけられている宮内雄大や警察から捜査特別報奨金300万円がかけられている凶悪犯も掲載されていた事から桐島聡にも100万円や300万円の懸賞金がかけられているとの噂が出てきたようです。

 

 

桐島聡は一部事件で時効が停止されている状態だった

 

桐島聡の関与した事件の公訴時効がどうなっていたのかにも関心が集まっています。

 

まず、桐島聡が関わったとされる「間組本社ビル等爆破事件」では、日本赤軍が起こしたクアラルンプール事件とダッカ日航機ハイジャック事件で人質の命と引き換えに佐々木規夫と大道寺あや子が釈放されて国外逃亡を続けているため、刑事訴訟法254条2項により共犯者の公判が継続中という扱いとされ公訴時効が停止されています。

 

「オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件」の時効については、共犯者の浴田由紀子が、ダッカ日航機ハイジャック事件で同じように釈放されましたが、その後1997年に身柄を拘束され2004年8月に判決が確定したため、そこから桐島聡の時効も停止が解除されました。この事件での公訴時効成立は2029年とみられています。

 

いずれにしても、桐島聡は時効成立前に自ら名乗り出てその直後に病気で死去しました。

 

 

桐島聡は連続企業爆破事件で具体的に何したのか

 

桐島聡は、共謀、実行を含めて連続企業爆破事件のうち「鹿島建設爆破事件」、間組本社ビル及び大宮工場同時爆破事件」、「オリエンタルメタル社・韓産研爆破事件」、「間組江戸川作業所爆破事件」、「間組京成江戸川橋工事現場爆破事件」の5件に関わったとされています。

 

桐島聡がこれらの一連の事件で具体的に何したのかも関心が集まっています。

 

桐島聡は黒川芳正と宇賀神寿一とさそり班を結成し、東アジア反日武装戦線への参加を認められるために宇賀神寿一の自宅アパートで爆弾製造を行いました。爆弾製造方法は東アジア反日武装戦線の狼班が地下出版した教程本「腹腹時計」に書かれていて、桐島聡らはこれを見ながら除草剤と灯油を組み合わせた火炎爆弾を完成させました。

 

桐島聡らは攻撃対象を、日帝侵略企業と位置付けた鹿島建設とし、東京都江東区東陽にあった鹿島建設内装センターを攻撃目標とし、夜陰に紛れて黒川芳正と宇賀神寿一が敷地内に侵入し爆弾を設置し6時間後爆発させています。この時、桐島聡は見張り役をしていました。

 

その後、桐島聡は間組がターゲットとされた2件の爆破事件に爆弾製造及び見張り役として関わり、それ以外の2件の事件も共謀し爆弾製造などで関わっています。

 

桐島聡が連続企業爆破事件で何したのかといえば、主に爆弾製造と見張り役で、実際に爆弾を設置する役割は担っていなかったようです。

 

 

桐島聡が宮川大輔に似てると話題

 

出典:https://good-topic-map.com/

 

桐島聡の顔写真は指名手配ポスターでかなり有名ですが、凶悪犯とは思えない柔和で特徴的な笑顔の顔写真が掲載されている事で印象に残っている方も多いようです。

 

そんな桐島聡の顔写真がお笑いタレントの宮川大輔さんに似てるという声が多く上がっています。

 

 

宮川大輔さんは黒縁の眼鏡がトレードマークで、桐島聡も黒縁メガネをかけているのが影響していると思われますが、顔写真を並べてみると確かに目の形や鼻の形がかなり似てるように見えます。

 

出典:https://good-topic-map.com/

 

桐島聡が宮川大輔さんに似てるというのはかなり以前から話題にされており、桐島聡と見られる男の確保が報じられた際には、宮川大輔さんがXでトレンド入りするという珍現象も起きていました。

 

桐島容疑者と顔が似ているという理由でトレンド入りしたのは、宮川大輔(51)。X(旧ツイッター)では「桐島聡逮捕!ってなって一瞬宮川大輔だと思った奴俺以外にいるだろ!!!」「この人貼り紙見る度に宮川大輔に似てるって思ってたからよく覚えてるよ」「これ宮川大輔が間違えて逮捕されたんじゃね」「宮川大輔に対する風評被害で笑う」と謎の盛り上がりを見せた。

 

引用:爆破の指名手配犯を発見、なぜか人気芸人がトレンド入り 1970年代の事件にSNSでは衝撃走る

 

 

桐島聡は氷川きよしにも似てると話題

 

出典:https://onioninews.com/

 

桐島聡は、歌手の氷川きよしさんにも似てるという声が多く見られます。

 

 

 

若干はにかんだ笑顔が氷川きよしさんと桐島聡が似ていると言われた理由だと思われます。

 

 

桐島聡の現在① 本人を名乗る人物が見つかりその後病院で死亡

 

出典:https://newsdig.ismcdn.jp/

 

冒頭でも触れていますが、桐島聡を名乗る男が2024年1月25日に神奈川県鎌倉市の病院で確保されたと速報で報じられ大きな話題となりました。

 

1974年から1975年におきた連続企業爆破事件の重要指名手配犯で過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバーの桐島聡容疑者を自称する男の身柄を、警視庁公安部が確保していることがわかった。

捜査関係者によると、70歳の桐島聡容疑者を自称する男は、神奈川県内の病院に入院していて、現在、警視庁公安部が接触し、本人確認を進めている。

 

引用:【速報】逃亡50年…連続企業爆破事件の桐島聡容疑者(70)の身柄を確保 神奈川県の病院に入院中

 

報道によると、末期の胃がんで入院していた70歳の男が、病院関係者に「自分は指名手配されている桐島聡です」と名乗り、病院関係者の通報で駆けつけた警視庁公安部の捜査員が病院内で本人んと接触。そこでも桐島聡を名乗る男は「自分は桐島聡です」と名乗り、「末期がんで余命数カ月」だと打ち明けたという事です。

 

捜査関係者からは、桐島聡を名乗る男が「最期は本名で迎えたい」という趣旨の話をしている事も明らかにされました。家族構成や生い立ちなど桐島聡本人しか知り得ない内容も話しているとの情報も明かされ大きく報じられました。

 

ただ、この時点では本人が桐島聡だと名乗っている以外に証拠はなく、警察は本人確認を進めると発表するにとどめています。

 

そして、桐島聡を名乗る男確保という衝撃のニュースからわずか4日後の1月29日、この男が入院先の病院で死亡した事が発表されました。

 

1974〜75年に起きた連続企業爆破事件で、爆発物取締罰則違反容疑で指名手配されている桐島聡容疑者(70)を名乗る男が29日、入院先の神奈川県鎌倉市の病院で死亡した。捜査関係者への取材で分かった。末期の胃がんで、重篤な状態だった。

 

引用:「桐島聡」名乗る男が死亡…真相明かすことなく 約40年暮らした藤沢市のバーで「うーやん」と親しまれていた

 

 

桐島聡の現在② 警視庁がDNA鑑定により本人と断定と発表

 

2024年2月27日、警視庁は桐島聡を名乗り1月29日死亡した男が、DNA鑑定型鑑定の結果、桐島聡本人だと特定されたと発表しています。

 

この結果を持って、警視庁は桐島聡を爆発物取締罰則違反容疑で被疑者死亡のまま書類送検しています。

 

1970年代に起きた連続企業爆破事件で、過激派「東アジア反日武装戦線」メンバーの桐島聡容疑者(70)を名乗り、今年1月に死亡した男について、警視庁公安部はDNA型鑑定の結果などから、桐島容疑者本人と特定した。指名手配容疑を含む計5事件に関与したとして、27日にも容疑者死亡のまま爆発物取締罰則違反容疑で書類送検する。

 

引用:桐島聡容疑者、警視庁が本人と特定…爆発物取締罰則違反容疑で27日にも書類送検

 

 

桐島聡の死因は胃がん

 

桐島聡の死因は末期の「胃がん」だったようです。

 

桐島聡は偽名で生活していて保険証も持っていなかったため、胃がんの治療を実費で受けていたようです。

 

桐島聡は自分の死期を悟り、自ら桐島聡と名乗り出たと見られています。

 

 

まとめ

 

今回は、1974年から1975年にかけての東アジア反日武装戦線による「連続企業爆破事件」の実行犯として全国指名手配されていた桐島聡についてまとめてみました。

 

桐島聡の生い立ちについては、広島県深安郡神辺町の出身で、家族は曽祖父と祖父が村会議員や町会議員、父親は農林省所属の公務員という地元の名士の家で育った事がわかっています。兄弟は姉が2人と弟が1人いたようです。

 

桐島聡は結婚はしておらず独身でした。ただ、一部報道では逃亡生活の中結婚も考えていた20歳下の交際相手がいたとの情報も出ています。

 

桐島聡の経歴については、明治学院大学法学部在籍中に反日思想を掲げる過激派「東日本反日戦線」に加わり連続企業爆破事件を引き起こし、指名手配され逃亡。逃走生活中は内田洋という偽名を使い、40年にわたって神奈川県藤沢市内の工務店で住み込みで働いていたようです。

 

桐島聡は長く指名手配されていましたが、懸賞金はかけられていませんでした。その指名手配写真はかなり有名で、お笑いタレントの宮川大輔さんや歌手の氷川きよしさんに似てるなどとよくネット上でも話題にされていました。

 

桐島聡の現在ですが、2024年1月に鎌倉市内の病院で自ら桐島聡である事を打ち明け、警視庁公安部に確保されましたが、それからわずか4日後に死亡しています。死因は末期の胃がんだったようです。

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