吉本の夫婦漫才師として知られる「かつみ・さゆり」は夫のかつみさんが多額の借金を抱えていることで有名ですが、それを自虐的に笑いに変え現在も持ち前の明るさで人気を博しています。
今回はかつみ・さゆりの本名や年齢、結婚や子供の情報など若い頃から現在までについてまとめました。
この記事の目次
かつみ・さゆりのプロフィール…気になる本名や年齢
かつみのプロフィール
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太平かつみ(たいへいかつみ)
本名:市田克彦(いちだかつひこ)
生年月日:1963年2月27日
出身:京都府京都市
血液型:O型
かつみ・さゆりのかつみさんは。本名を市田克彦(いちだ かつひこ)さんといい、1963年2月27日生まれの57歳です。
とある大資産家の3番目の愛人の子どもとして生まれ、母親が女手一つ育てたものの父親からの資金援助は一切得られなかったと言い、父親に会ったのも5回ほどだそう。
野球の名門として知られる箕島高校野球部に所属し、かつみさんが2年生の時に春夏連覇を成し遂げた際はかつみさんはアルプススタンドで応援していました。
その後大学を卒業後に吉本に入り、ダウンタウンの一つ後輩でしたが、実は新人賞などはダウンタウンよりも多かったというほど実力がありました。
「どんきほ〜て」というコンビを結成し3年で1000万円を稼ぐほどの人気を集めました。
25歳の頃、財テクによって3億円もの大金を稼ぐと、そのお金で大勝負に出た結果、4億7000万円の損出を被ったことで、1億7000万円の借金を抱えることに。
その後も様々な事業にチャレンジしては借金を繰り返しています。
さゆりのプロフィール
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さゆり
本名:尾崎小百合(おざきさゆり)
生年月日:1969年7月15日
出身:兵庫県神戸市
血液型:B型
さゆりさんの本名は旧姓で尾崎小百合(おざき さゆり) さんといい、現在の年齢はなんと51歳です。
実家は神戸市で電気屋を営んでおり、家の事業は順調で、さゆりさんは裕福な家庭でお嬢様として育てられました。
3歳からピアノを習っており、音大にたった3ヶ月の勉強で合格を果たすなど、音楽の才能に恵まれていて絶対音感も持っているそうです。
吉本に入る前から、その美貌は有名で「ミスコン荒らし」と呼ばれ、番組のアシスタントなども務めていました。吉本に所属してすぐは、吉本一の美人キャラでしたが、現在は道化のようなメイクを施して三枚目キャラに徹しています。
かつみさんと結婚した後は、「かつみのアホの嫁」として人気を集め、関西ローカルのテレビ番組に出演する機会が増えました。
さゆりさんの代表的な持ちギャグとして知られている「ボヨヨーン」は、かつみさんが体を張るロケに、さゆりが勝手に同行した際に生まれました。
お手製のポンポンでかつみさんを応援している中で、ポンポンを首に掛けられる様に紐を付けたり、頭に付ける様にするなどして試行錯誤を重ねて現在のスタイルになったと言います。
飛び抜けた明るさと天然キャラにより大人気を博していた2004年の頃に、さゆりさんは病に倒れます。卵巣嚢腫、子宮筋腫、子宮内膜症の3つの病気を併発し、1ヶ月の休養を余儀なくされました。その後、「ちちんぷいぷい」で復帰を果たしています。
かつみ・さゆりの若い頃…3億円稼いだ成功体験から借金人生へ
かつみ、バブル崩壊で多額の借金を抱える
かつみさんは若い頃、「どんきほーて」という漫才コンビを組んでおり、お笑いの才能にも恵まれ、財テクが成功し3億円もの大金を稼ぎだす実力がありました。
バブルの世の中でがっつり儲けたかつみさんは当時、フランス人の彼女もいたそうで、とにかく順風満帆な20代を過ごしていました。
しかしバブル崩壊の煽りを受けて30歳を目前に多額の借金を抱え人生は大きく変わっていきました。
さゆり、若い頃はミスコン荒らしといわれていた
一方、さゆりさんは現在アラフィフですが、その美脚は健在で若い子にも引けをとりません。
キャラクターのせいだけではなく、とにかく可愛いさゆりさんは、吉本に入る前に芸能活動を行い、ミスコン荒らしと言われるほどの美貌の持ち主。
最近ではピアノの腕前をテレビで披露することもありますが、3歳からやっているピアノはプロ顔負けの腕前で、育ちの良さが伺えます。
現在も超ミニスカで登場するさゆりさんは、抜群のプロポーションを保つためにきっといろんな努力をされているのでしょう。
かつみ・さゆりの馴れ初めから結婚まで
さゆり、借金まみれのかつみの猛アプローチで交際開始
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今でもおしどり夫婦として知られているかつみさゆりですが、2人はどのように出会ったのでしょうか。
2人が出会ったのはさゆりさんが当時20歳の頃、1990年でした。
バラエティ番組で共演した2人でしたが、当時すでに多額の借金を抱えていたかつみさんは芸人仲間の間で「あいつと関わるな」という扱いを受けていたと言います。
その頃、間寛平さんや坂田利夫さんなど吉本所属の人気芸人が連帯保証人になったことで借金を抱えたため、吉本では「楽屋で、金の貸し借り、ハンコの付き合いはしてはいけない」とルールづけられました。
そのため、借金ばかりするかつみさんはみんなから煙たがれる存在だったのです。しかし、箱入り娘として育てられあっけらかんとした性格のさゆりさんには警戒心が全くなく、どんどんかつみさんに話しかけていきました。
かつみさんはさゆりさんがとてもタイプだったため、猛アプローチを仕掛けたと言います。
さゆりさんは、そんなかつみさんを見て「こんなどん底でどれだけポジティブなの?!」と驚嘆。「こんなにポジティブならついていっても大丈夫かも」と思い交際に発展したそうです。
かつみ・さゆり、交際から程なくして同棲を開始
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交際から程なくして2人は同棲を開始。さゆりさんは両親に女の先輩芸人の家に泊めてもらっていると説明していたそうです。
2人の同棲生活は決して甘い同棲生活ではありませんでした。借金の督促電話が毎日かかってきて鳴り止まない状態、督促状も山のように届き、電気やガスなどのライフラインが止まることは日常茶飯事だったと言います。
さゆりさんは空腹を紛らわすために飴を舐めて、衝動買いはしないようにたった50円だけを持って買い物に行き、もやしだけを買っていたそうです。そんな生活によりさゆりさんは1ヶ月で5kgも痩せてしまいました。
どこからどれだけの借金をしているのかさえわからない状態になっていたため、2人は一年かけてきちんと調べた結果、なんと43社から借金をしていました。
さゆりさんが借金早見表というものを開発し、支払いを待ってもらえるところ、利息が高く早急に返さなければならないところなどが一目でわかる表を作成し借金返済の道のりが始まりました。2人は借金返済のためにさまざまな計画を立て、いろんな事業に乗り出します。
オオクワガタの繁殖、マンチカンの繁殖、100円ショップの経営など、時代を先取りした目の付け所はとても良いのですが、どれもさゆりさんの天然ボケが原因でうまくいかず断念。
結局、借金は減るどころか膨れ上がる一方で、1992年には借金は2億円になっていました。
かつみ・さゆり、2億円の借金を抱えたまま結婚
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1996年、2億円の借金を抱えたまま2人は結婚しました。さゆりさんが結婚を決めた理由は「この人は一生私が面倒見てあげないとダメだわ」と思ったからだそうです。
ただお金持ちのお嬢様であるさゆりさんですから、いくらさゆりさんが結婚したいといっても、さゆりさんのご両親が簡単に賛成するとは思えませんよね。
ご両親はなぜ2人の結婚を許したのでしょうか。2人がまだ結婚を決める前、ご両親はかつみさんとの交際に反対していたそうです。
さゆりさんの実家がある神戸では、阪神淡路大震災が起きました。この震災でさゆりさんの実家は被災し、さゆりさんの実家のさゆりさんの部屋は完全に潰れてしまった状態でした。
しかし、この時さゆりさんはたまたまかつみさんとパリへ旅行中でさゆりさんは被災を免れました。
このことにより、ご両親は「かつみさんが娘の命を救ってくれた」と、感謝感激し、2人の結婚を認めたというエピソードがあるのです。
かつみ・さゆり、中田カウスの助言で夫婦漫才師に
結婚後、かつみさんはコンビを解散してしまい、中田カウス師匠の勧めで夫婦漫才師となったそうです。
かつみさんは若手芸人さえも嫌がる過酷なロケや怖い取材も全て受け、必死で家族のために働きました。
そして、公私ともにパートナーとしてさゆりさんはかつみさんを陰から応援し、その結果「ボヨヨーン」というギャグが生まれたのです。
かつみ・さゆりに子供はいる?
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こうして支え合いながら、借金があっても幸せな結婚生活を送ってきた2人でしたが、2004年にさゆりさんが子宮の病気で収録中に倒れ緊急入院。
10年後には生きていられないとお医者様から言われたそうですが、さゆりさんは「借金の返済が滞ったらどうしよう。」という不安からすぐに舞台復帰を望みました。
これにはかつみさんは大激怒し、「命以上に大切なものなんかこの世にはない。」と泣きながら訴えたそうです。
この気持ちがさゆりさんに伝わり、さゆりさんは手術を決意しました。この病気が原因で、さゆりさんは子供ができにくい体になってしまいました。
離婚を迫ったさゆりさんに対してかつみさんは、「さゆりちゃんが生きてるだけで幸せ」だと伝え、2人の絆は一層深まったと言います。
かつみさんはさゆりさんが病気になったことで、自分が今まで「独りよがりだった」と気づきました。
さゆりさんは自分のために頑張りすぎて病気をしたのだと自分を責め、そしてさゆりさんが元気になってからは、一発逆転を狙った無理な事業ではなく、プロのアドバイスを得た事業に取り組むようになりました。
かつみさゆりの現在…借り換えによりMAXから借金が8千万円減
かつみ・さゆり、借金が2億5千万円まで膨れ上がっていた
借金キャラが定着しているかつみ・さゆりさんですが、次々と事業展開するも失敗を繰り返していた結果、借金はMAX2億5千万円にまで膨れ上がってしまったといいます。
さゆりは借金について、「1億7000万円から始まったんです」と話し始めた。「金利がどんどんふくらんで年間1000万円払っても足りなくて。金利だけで。だから元金がぜんぜん減らなくて。滞納したら滞納額に金利が付いてまた膨らんで」と振り返った。
ちなみにどんな事業をしていたかというと、ピコピコドンという100円ショップの経営に乗り出したものの、大量の発注ミスにより閉店。その他にもラーメン屋やメロンパン販売など数々の事業に手を出すも失敗に終わっています。
2012年には、「ポヨヨンスイーツガーデン」というスイーツ食べ放題店を道頓堀にオープンさせました。
今度は店の経営についてプロにアドバイスをもらっていた為、最長となる3年11カ月続きましたが、店を出店していた中座くいだおれビルが香港の投資ファンドに買収されたことにより家賃が高騰したため、2016年3月27日に閉店となりました。
かつみ・さゆり、銀行の借り換えで借金がMAXから8千万円減
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未だに、度重なる事業失敗のために抱えた借金の返済を行なっていますが、「自力で3億円稼いだ」という自負があるため、自己破産はせず、2017年に池田泉州銀行にて低金利で借り換えが出来たことで、支払額が大幅に減ったと明かしています。
取引銀行が「金利の借り換え」という借りてに有利な条件でローンを組み直す作業をしてくれたと感激の表情で話し、「金利安くなって。スタートラインを切って1億7000万円を1年前からちょっと切り出した。2人の中では借金なくなったと思ってる」と笑いを織り交ぜた。
かつみ・さゆりは借金まみれの人生を「しくじり先生」で紹介し、話題になりました。
また、かつみさんは2015年頃にバンクシーの作品を購入していたそうで、苦しいときに売ろうとしたタイミングで、バンクシーのシュレッダー事件が起きたそうです。
現在はバンクシーの作品が希望の光とはなすかつみ・さゆりさん。当時の購入金額は不明ですが、現在は800万円以上の価値があるそうです。
かつみ・さゆり借金は最高2億5000万円、希望は「バンクシー」 | Smart FLASH[光文社週刊誌] https://t.co/OPpDTF6l1U #SmartFLASH #お笑い #かつみさゆり #借金
— SmartFLASH (@info_smafla) June 18, 2019
かつみ・さゆりについてまとめると…
・かつみ・さゆりは1996年に2億円の借金を抱えたまま結婚した
・かつみ・さゆりの間に子供はいない
・かつみは若い頃の成功体験が忘れられず、結婚後も次々と事業を展開、借金は2億5千万円にまで膨れ上がった
・かつみ・さゆりは現在、銀行の借り換えに成功し、借金がMAXより8千万円も減額できた
おバカなキャラクターで親しまれていますが、笑えないほどの過酷な借金生活を強いられたさゆりさんですが、それでも2人は互いを思いやり幸せに過ごしています。
今後も2人が活躍して、いつか借金がなくなる日が来ることを願います。