香川伸行さんと言えばドカベンという愛称で親しまれたプロ野球選手です。野球好きな人であれば一度は名前を聞いたことのある名選手でしょう。しかし2014年9月26日にはこの世を去ってしまいました。
今回はそんな香川伸行さんの死因や嫁と子供(息子・娘)の現在などを詳しくまとめました。
香川伸行プロフィール
名前:香川 伸行(かがわ のぶゆき)
生年月日:1961年12月19日
没年月日:2014年9月26日(満52歳没)
出身:大阪府
愛称:ドカベンの愛称
身長:170cm
体重:96kg
ドカベンという愛称で親しまれた香川伸行さんは1979年のドラフト会議で南海ホークスに2位指名され入団し、1980年7月8日の対近鉄戦ではボールカウント0-3から日生球場レフト場外への特大の初打席初本塁打を放ち、それがきっかけとなり直後のジュニアオールスターゲームにも出場を果たします。
1983年までは成績がよかったもののその後は太りすぎにより成績が下降してしまいます。そして1987年には最初の夫人と離婚し、1988年には再婚します。
しかし南海が福岡ダイエーホークスに変わった1989年に戦力外通告を受け現役引退と1983年以降はあまり良い話題がないままの現役引退となってしまいました。
現役引退後はRKB毎日放送の野球解説者や、日刊スポーツの野球評論家などを務めながら、長男の在学していた中学校の野球部コーチをしていたこともあるそうです。
1999年には2度目の離婚し、2001年に高校時代の恋人と再々婚します。家族を養う為に、2002年に福岡市博多区中洲で居酒屋を経営する傍ら、福岡県粕屋町で野球学校を開校するものの、急性腎不全により緊急手術となり、その後3年間療養生活を余儀なくされ、居酒屋を手放し、RKBの野球解説者の契約も解除されてしまいます。
とうとう2008年に福岡県筑紫野市の自宅を市に差し押さえられ、住宅金融支援機構が競売申立て後、落札され、自己破産もしてしまいました。この事は後の2011年、週刊文春によって報じられています。
そして2014年9月26日に福岡県朝倉郡の自宅で倒れているところを家族が発見し、救急搬送されたが死亡が確認されました。
香川伸行の結婚歴や離婚歴
香川伸行の現在の嫁は高校の同級生
香川伸行さんは2度の離婚歴と3度の結婚歴があります。
1987年26才:最初の嫁と離婚。
1988年27才:2人目の嫁と再婚
1999年38才:2人目の嫁と離婚
2001年40才:3人目の嫁である高校時代の同級生の彼女と再々婚
最初の嫁と2人目の嫁は一般女性のためほとんど情報がありません。
香川伸行さんの3人目の嫁である弘美さんは一般女性ですが、2017年9月15日の爆報フライデーに出演して、家庭崩壊した現状を語っています(後述)。
香川伸行の子供
香川伸行さんはこれまでに妻たちと4人の子供(長男、長女、次女、三女)をもうけています。
香川伸行さんの長男は香川英斗さんといい、死去当時26歳だったので現在は29歳と思われます。
香川英斗さんは高校卒業後、三重中京大学に進学しました。プロ野球選手を志望してものの、ドラフト指名はなく、現在は草野球チーム「福岡ブルーファルコン」で父と同じ捕手として活躍してます。
香川伸行さんの子供の現在については後述します。
香川伸行の死因とは?
2014年になくなってしまった香川伸行さんですが、死因は心筋梗塞です。そもそもの原因は香川伸行さんの肥満にあったと言われています。
実際香川伸行さんは太ったことにより現役時代も成績が落ちてしまっているので、それ程に太ってしまっていたのです。しかしこれは、人柄の良い香川伸行さんが関係者からの食事の誘いを断れなかったという理由もあるのだそうです。
一時は体重が150kg近くまで激増したこともありました。
そして、香川伸行さんは重度の糖尿病を発症し、血糖値がかなり高く大変な状態になってしまっていました。そこから糖尿病の合併症によるものと思われますが2001年に急性腎不全を発症してしまい、透析のために首に穴を開け管を通す緊急手術を行い入院生活を送りながら療養生活を余儀なくされます。
人工透析は本来腎臓が行う体内の老廃物などの濾過作業を、人工的に行う治療法で、この治療法はあらゆる内臓に負担をかけてしまう為、人工透析を始めた患者は多機能不全に陥りやすく、残りの寿命が半分になる、あるいは5年以内の死亡率が70%にも上昇する、などと言われているのです。
このことから死因は心筋梗塞ということですが、根底にあるのは香川伸行さんの肥満が原因だといっても過言ではないのです。
心筋梗塞とは?
そもそも心筋梗塞とはどの様な病気なのでしょうか?よく心筋梗塞で倒れるというのは耳にしますが、心筋梗塞になってしまうと必ず亡くなってしまうのでしょうか?
心筋梗塞(しんきんこうそく、英: myocardial infarction)は、虚血性心疾患のうちの一つ。心臓の筋肉細胞に酸素や栄養を供給している冠動脈血管に閉塞や狭窄などが起きて血液の流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死してしまった状態。通常は急性に起こる「急性心筋梗塞 (AMI) 」のことを指す。心臓麻痺・心臓発作(英: heart attack)とも呼ばれる。
心筋梗塞の死亡率は30%~40%と言われていて、そのほとんどは心筋梗塞になってから病院に運ばれるまでの間に亡くなってしまうのだそうです。つまり心筋梗塞で倒れてしまった場合は1秒でも早い処置が必要になります。
無事に病院にたどりついた場合の死亡率はグっと下がり10%以下だそうです。
悲しい最後…
ある番組で香川伸行さんの特集がされ、香川伸行さんが最期に携帯を握り締めながら倒れていたということが明かされました。
度重なる病気などで仕事も上手く続けることが出来ずに、家庭を養っていくことも大変な状況で、常に香川伸行さんは仕事を探していたのでしょう。しかし、家族にはその必死な姿を見せなかったのかもしれません。
誰にも看取られない死を遂げた香川さんだが、握りしめていた携帯電話には「仕事はありませんか?」という営業先の電話番号が。香川さんが死の瞬間まで野球関係の仕事を求めて、電話をかけていたことが明らかにされた。
家族の前では余裕な表情を見せながらも本当は家族を養う為に必死で仕事を探していたということですね。現役時代には成績が良かった頃もあり、人気もあった選手がこんな風に仕事を探しながら亡くなってしまうというのは寂しさを感じてしまいます。
スポーツ選手が現役引退してしまうと、タレントになったりすることもありますが、タレントとして起用される選手というのは少なく、現役時代から注目されていた選手しかタレントとして起用されません。
特に香川伸行さんの様に怪我や病気がきっかけで現役を引退せざる負えなくなってしまった選手は特に現役引退後は良い話を聞くことが少ないです。
香川伸行が人工透析に至るまで…
香川伸行さんが人工透析に至ってしまったのは肥満が原因、そしてそれは関係者との食事を断れなかったことも理由とされていますが、実際にはそれだけではない様です。
香川伸行さんは現役時代練習中に喉が渇くとコーラをがぶ飲みし、コーラを一日に平均して10本は飲んでいたそうです。
球団からもその種の炭酸飲料の禁止令が出て、最初は香川伸行さんも従っていたそうなのですが、大の甘党の香川伸行さんは途中から我慢出来なくなってしまいました。
「ダイエットコーラなら飲んでもいいと伝えたが、残念ながら30年以上前で、まだ日本では簡単に手に入らなかった。仕方ないよ」
関係者との食事はその様な香川伸行さんの普段からの生活にプラスして原因になったのでしょう。
そして結果的に糖尿病、急性腎不全となり人工透析に至ってしまい、生活保護需給の生活となってしまいました。
急性腎不全の緊急手術を受けた後は一日に5時間もの人工透析を週に3回も行う必要があったそうです。
その体型がキャラになっていて印象も強かったものの、実際には本人の生活やダイエットへの失敗がこの様なことに繋がってしまったのでしょう。実際もしもダイエットに成功していたのであれば人工透析も必要なく、死に至るまでもなかったのかもしれません。
「カガワがダイエットに成功しスリムになっていたら、もっと長く活躍していたに違いない。でもそれは愛すべきドカベンとは別人だ。カガワはドカベンだったが故に30年たった今も、日本のプロ野球史上最も記憶に残る個性派選手のひとりである」
香川伸行の嫁・息子と娘は現在どうしてる?
香川伸行さんは子供と嫁を残して亡くなってしまう形となってしまいました。生活もままならない状態で暮らしていた家族ですが、香川伸行さんが亡くなってしまった後、嫁や息子はどの様に暮らしているのでしょうか?
そもそも香川伸行さんが生きていた時にも家族中は問題があったそうです。香川伸行さんの嫁の弘美さんは30年間教師をしていましたが、香川伸行さんの病気がきっかけで教師という仕事を辞め、パートで働くという道を選び、香川さんを支えていたんだそうです。
香川伸行さんには、貯金などもなく借金などもあり家族は経済的に困窮に陥ってしまいます。香川伸行さんの連れ子だった、野球をやっていた長男の息子は経済的に大学に通うことが難しくなり通っていた大学を中退せざるを得なくなってしまいます。
弘美さんの連れ子の娘は、香川伸行さんと弘美さんとの再婚が納得いかず反抗から学校に通わなくなってしまったそうです。
そして香川伸行さんとの間に生まれた2人の娘も不登校になってしまいます。30年間も教師をしていたのに、自分の子供たちが不登校になってしまったことで弘美さんはかなり悩まれたことでしょう。
そして、香川伸行さんが亡くなった後、生命保険などもかけていなかった為に家族に残したお金はゼロ、その中でもシングルマザーとして4人の子供を必死に育て、現在では反抗ばかりしていた弘美さんの連れ子の長女は、福岡県内でパティシエになり、不登校だった香川伸行さんと弘美さんの間の2人の娘さんは、通信制の高校に通うようになったそうです。
大学を中退してしまった長男は社会人として自立し、草野球チームでで父親と同じ捕手としてプレーしています。
弘美さん自身も教師を辞めて始めたパートの仕事にやりがいを見出し現在は充実した日々を過ごしているそうです。
香川伸行は現在も語り継がれる名選手
自身の食事制限の為の病気、家族にも苦労をさせてしまい、あまり良い噂も聞かない香川伸行さんですが、野球選手としては立派な選手で、現在でも香川伸行さんを惜しむ声、香川伸行さんが亡くなったことに対して悲しみの声は多く挙がります。
恩師 香川伸行さんが亡くなって
— 富田 涼生 (@kasuga610) 2017年9月26日
今日で3年。
俺の野球人生は香川さんなしでは
絶対なり得なかったと思う。
俺と香川さんが出会ったこのチームを
今度は俺が強くしていきたい。
だから香川さんこれからも
ずっと見守ってて下さいね。https://t.co/Ptb8t0hAXk pic.twitter.com/6ORdsEue8j
彼が高校生の時に電車の中で見かけたことあります。 RT @100by: ドカベン・香川伸行さん死んだ。
— まつうら@伊奈 (@matu1416) 2017年9月16日
今、気持ちがメランコリー。
好きだったよ。
春のセンバツ、浪商の香川伸行のホームラン。#この選手のホームラン現地で見たよ選手権
— arrow (@arrowjp) 2017年8月22日
ドカベン香川こと、香川伸行のサインボール pic.twitter.com/nj8yPH0fZ2
— なかがわゆーき (@12h_622) 2017年8月15日
この様にネット上では香川伸行さんに対しての声が今でもあがる程で、香川伸行さんが現役時代にどれだけの功績を残したのかというのがわかります。
実際に自身の食事管理などが出来ずにプロとしての管理ができていなかったという見方もありますし、現役時代にはヤジを飛ばされたことも多かったそうです。
しかしそれでもここまで惜しむ声や悲しみの声が挙がるということはそれだけ好かれていた選手ということです。そこにはやはり香川伸行さんの人柄なども関係しているのでしょう。家族にも悩んでいる姿や苦労している姿を見せなかった優しい性格の持ち主の香川伸行さんだからこそ、亡くなった今でもこの様に語り継がれているのでしょう。
まとめ
一度はプロ野球選手として活躍した香川伸行さんですが、病気をきっかけに一気に人生の底まで突き落とされてしまいました。それ程までに病気や生活習慣というのが大事なことがわかりますね。
香川伸行さんには嫁も子供もいたので、心筋梗塞などで急に亡くなってしまえば残された家族にも苦労をかけてしまいます。
しかし香川伸行さんはその人柄もあり、家族はもちろん、現在でも沢山の人に愛されています。香川伸行さんのご家族にはこれから先、明るい未来の為に進んでいってほしいですね。