バッドボーイズ佐田正樹さんの自伝小説デメキンでお馴染みの暴走族「福岡連合」ですが、実際のところはかなり誇張が含まれているようですね。
この記事では、「福岡連合」の歴代総長である大矢誠さんや佐田正樹さん、関わったメンバー、実際と嘘、そして現在についてまとめました。
この記事の目次
福岡連合とは?…1977年生まれの不良により結成された暴走族
福岡連合に関しては、1995年に福岡県福岡市東区にて、1977年生まれの不良たちにより結成された暴走族グループとなります。
連合の名の通り、福岡市周辺の複数の暴走族の集合体だった福岡連合は、以下の傘下のチームがあったと伝わっています。
・汝風(拠点:福岡市東区)
・銀杏会(拠点:糟屋郡)
・幻影(拠点:糟屋郡)
・幻狂會(拠点:福岡市東区)
・古賀RS(拠点:古賀市)
・死流會(拠点:宗像市)
・飛虎隊(拠点:古賀市・宗像市・福津市)
福岡連合の初代総長は大矢誠…顔面凶器で喧嘩最強だった
大矢誠、顔面凶器で少年院帰りだった
福岡連合を設立した人物に関しては、福岡市東区に拠点を置く暴走族「汝風(なち)」の総長だった大矢誠さんだったと言われております。
お笑いコンビ「バッド・ボーイズ」佐田正樹さんの自伝小説「デメキン」上の大矢さんは、顔面凶器と呼ばれるほど人相も悪く筋肉質な体型の少年でした。
中学時代より鑑別所に送られるような筋金入りのヤンキーだった大矢さんは、最終的には拉致監禁容疑で少年院にも入所していたようですね。
少年院出所後は、佐田さんの故郷・篠栗町に住居を移していた大矢さんは、福岡制覇を夢見て地元の暴走族を潰していき、1995年に福岡連合を結成。
1年足らずで福岡連合から引退する前に、13もの暴走族を傘下に収める巨大組織に発展させることになりました。
大矢誠、逮捕の噂もあるが同姓同名の別人だった
ネット上で「大矢誠」を検索すると、2017年8月に動物愛護法違反の容疑で逮捕された人物のニュースが引っ掛かります。
目を背けたくなるような映像がネットに投稿されていた。鳴きながら鉄製のオリの中を逃げ惑う、苦痛に怯えた表情の猫。熱湯を浴びせられ、ガスバーナーで焼かれ黒焦げにされる猫。瀕死の状態で歯を抜かれる猫……。
その様子を撮影している男こそが、動物愛護法違反の罪で8月27日に警視庁保安課に逮捕、東京地検に起訴された埼玉県さいたま市の税理士、大矢誠被告だ。
動画投稿サイトに猫を虐待する動画を投稿した結果逮捕されてしまった件の人物は、税務局員から税理士に転身をした経歴を持っており、世間的にはエリートと呼べる地位にありました。
不良上がりながらも社会的に成功する人物は珍しくないため、この大矢誠さんが伝説の不良の成れの果てなのかと思っている人間もいるようですね。
とはいえ、こちらの大矢誠さんは逮捕時52歳となっており、1977年生まれであるはずの福岡連合元総長・大矢誠さんとは年齢がかけ離れているため、別人であることが確実となっています。
福岡連合の歴代総長には佐田正樹もいた…福岡制覇を成し遂げた男だった?
佐田正樹、先輩の事故死を乗り越えて暴走族となっていた
福岡連合の歴代総長には、大矢誠さんの後を引き継ぎ2代目総長となった佐田正樹さんもいます。
YouTubeでバッドボーイズの佐田正樹さんの動画をよく見るんやけど、俺あの人とまだ博多に居た頃に何回かあった事があるぞw
— 博多っ子純情大好き (@HAKATAmon2468) February 7, 2020
いずれも福岡市博多区の住吉や美野島辺りで会ってるんやけど、あの人未だにヤンキー気質が抜けないのかすげぇイカツイヘアスタイルに全身ジャージでキメた人やったなw
後にお笑いコンビ「バッド・ボーイズ」としても有名になった佐田さんですが、小学時代からやんちゃな少年だったようで、中学では学校の番長にも君臨した猛者だったうえ、補導歴も2度ほどあったとか。
そんな佐田さんは、地元の暴走族「悪死夢」の総長だった真木さんに憧れていたものの、街の不良との抗争の末に真木さんは事故死してしまったそうですね。
その後、篠栗町の不良少年の間では「暴走族として徒党を組むのは禁止」とのローカルルールが出来たものの、真木さんの意思を受け継ぐ覚悟だった佐田さんは暴走族「亜鳳」を結成。
噂を聞きつけた大矢誠さん一派に狙われて「亜鳳」ごと潰されそうになったものの、あくまで仲間を庇う姿が大矢さんに認められ和解。
「亜鳳」のチーム名を「幻影」に変更して、福岡連合の結成に立ち会うことにもなりました。
佐田正樹、福岡連合2代目総長に就任した
福岡連合加入後の佐田正樹さんに関しては、大矢誠さんの右腕として活躍し、同じ福岡県下の暴走族である「糸島連合」や「死流會」を傘下に引き入れることに成功するなど、組織の拡大に貢献しています。
大矢さんが引退後は2代目総長の座を引き継ぐことになった佐田さんは、福岡連合の勢力をさらに拡大させて、福岡最大の暴走族へと成長させることになりました。
当時の佐田さんには、400人もの配下がいたとも言われており、山中で対抗勢力の総長とタイマン勝負をするなど派手に暴れていたようですね。
そのせいで、高校3年時に少年鑑別所送りも経験したという佐田さんでしたが、父親が学校に頼み込んでくれたおかげで高校は卒業出来たとか。
佐田正樹、福岡連合引退後は自殺未遂も経験した
福岡連合の2代目総長だった佐田正樹さんですが、不良界の慣例通りに高校3年の夏に暴走族を引退しています。
本来ならヤクザの世界からスカウトでも来そうな立場だった佐田さんでしたが、事務所で研修をした際に電話番か掃除担当でしかなかった新人の扱いの悪さに幻滅したため、極道の世界は目指さなかったとか。
暴走族引退後の佐田さんは、受験勉強をすることもなかったため一転して暇な時間を持て余すようになり、シンナーにハマってしまったそうですね。
そのせいで情緒が不安定となりカミソリ自殺をしそうになるなど、一時期の佐田さんは完全に燃え尽き症候群でした。
そんな様子を心配した担任教師にハッパをかけられた佐田さんは、暴走族仲間だった大溝清人さんと一緒にお笑いの世界を目指すことになりました。
暴走族を引退してどうしようもない毎日を送っていた佐田が、担任の教師に「将来何がしたいんだ?」と訊かれ、俳優か歌手になりたいと答えると、「お前は歌手ってガラじゃないし、俳優は台詞を覚えるのが難しいから、清人とお笑いやれ」と促され、福岡第一高等学校の同級生で同じく暴走族の「福岡連合」出身の大溝清人と1997年4月に「バッドボーイズ」を結成。
引用:佐田正樹
福岡連合のその他の関係者…大溝清人や黒瀬純もメンバーだった?
バッドボーイズの大溝清人も福岡連合のメンバーだった
福岡連合のその他のメンバーには、「バッドボーイズ」で佐田正樹さんの相方を務める大溝清人さんもいました。
福岡第一高校の同級生だった大溝さんは、坊主頭のてっぺんだけを金髪にしたファンキーな髪形で登校してくるような少年だったようですね。
その一方で学校では休み時間に絵を描いているような大人しい生徒だったため、佐田さんも当初は大溝さんをヤンキーだと認識していませんでした。
そんな2人がヤンキーとして顔を合わせたのは、佐田さんが初めて福岡連合の集会に参加した時のことだったようで、「汝風」の特攻服を着て弁当を食べている大溝さんの姿をみてびっくりしたとか。
福岡連合では連絡隊長まで昇進していた大溝さんですが、佐田さんが企画した暴走行為のとばっちりで逮捕された際に、高校を中退する羽目にもなっています。
パンクブーブの黒瀬純にも福岡連合説があった
福岡連合のOB説のある有名人には、 お笑いコンビ「パンクブーブー」の黒瀬純さんもいます。
パンクブーブー 黒瀬 純
— MCりゅーちゃん (@803ryu) March 29, 2014
元福岡連合「悪死魔」副総長(暴走族)
佐田正樹さんの近所に住んでいたという黒瀬さんは、3歳年下の弟が佐田さんと同級生の間柄だったたようですね。
そのため、中学3年の頃に弟が佐田さんと喧嘩になり負けたことに激怒して、佐田さんに土下座をさせたことまでありました。
後に福岡連合の総長にもなった佐田さんでしたが、当時は小学6年生に過ぎず、年齢差に成す術なかったとか。
その後案の定暴走族入りを果たした黒瀬さんは、「悪死魔」の副総長に君臨しており、進学先の東福岡高校でも目立つ存在となりました。
当時を知る同級生は「担任の先生とつかみ合いのケンカしたのはよく覚えてます」「年上の彼女が迎えに来て、新宮町(地元の歓楽街)まで送ってもらってた、高校生なのに」等と明かしていた
引用:黒瀬純
しかしながら、1975年生まれのため、福岡連合が結成された時には既に社会人となっていた黒瀬さんは、福岡連合のOBではないようですね。
福岡連合の嘘…実際は田舎の弱小勢力だった?
福岡連合、福岡最強説は佐田正樹の嘘だった
佐田正樹さんの自伝小説「デメキン」により一躍有名になった福岡連合ですが、作品中に描かれているような武闘派暴走族ではなかったことが濃厚となっています。
29 :名無番長:2007/06/17(日) 00:11:26 O
>>9さんへ
イモ引き佐田のせいで勘違いされてますが、福岡で一番でかくもないしナチとゆうチーム以外ケンカもしきらん奴らの寄せ集め連合ですので佐田のせいで福岡のレベルを勘違いしないで下さい。
テレビで好き勝手ほざいているだけですよ!
福岡ではイモ引きで有名です!
実際の福岡連合は、周辺の暴走族を次々に吸収していったことまでは本当だったものの、博多狂走連合や福岡狂走連合といった既存勢力の存在もあり、福岡市内ですら勢力を伸ばせなかったとか。
そのため、同時代のヤンキーたちの認識としては、主に福岡市郊外で暴れていた弱小勢力の1つに過ぎない存在が福岡連合でした。
また、佐田正樹さんが設立した「幻影」に関しても、人口3万人の街の暴走族の1つということもあり、構成員は数人程度の小規模すぎるチームだったようですね。
福岡連合、本当の設立経緯は「Fritz」が関係していた
実際の福岡連合に関しては、結成秘話についても佐田正樹さんの自伝小説「デメキン」とは相違があるようですね。
実際の福岡連合は、中核チームだった「汝風」は喧嘩自慢のチームだったらしく、総長の大矢誠さんも福岡市内で一目置かれるヤンキーでした。
そのため、福岡市内の有力暴走族だった博多狂走連合傘下の「Fritz」のOBたちからも可愛がられており、福岡連合結成を促したのも「Fritz」のOBたちだったと言われております。
16 :情報屋:2007/06/15(金) 03:12:45 O
福岡連合は当時フリッツOBのタクマ氏が作らせたらしい。当時ナチの頭だった大矢氏を可愛がっていたそうで、それからの始まりとか。だからフリッツは福岡連合には属してなかった。
福岡連合の現在…すでに解散して消滅していた
福岡連合の現在については、結成時に既に暴走族自体が時代遅れ気味な存在であり、巷では「チーマー」などが流行していた時代背景もあったため、1990年代後半には解散しているようですね。
そのため福岡連合の歴史は、結成数年程度で終わってしまったごく短いものとなりました。
福岡連合についてまとめてみると…
佐田正樹さんの自伝小説「デメキン」で一躍有名となった暴走族グループ「福岡連合」ですが、東京での知名度のなさを良いことに、かなり誇張された武勇伝ばかりだったというオチになります。
「福岡連合」のOBたちの今後のより一層の活躍を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。