元日本代表のバレーボール選手で「かおる姫」の愛称で国民的人気を集めた菅山かおるさんの現在が話題です。
この記事では菅山かおるさんの身長や若い頃の経歴や画像、チュパチュパ騒動について、結婚や旦那、子供である息子2人、自宅、写真集やビーチバレー復帰で話題の現在についてまとめました。
この記事の目次
菅山かおるのプロフィール
菅山かおるのプロフィール
生年月日:1978年12月26日
出身地 :宮城県岩沼市
身長 :169cm
血液型 :O型
菅山かおる(すがやま・かおる)さんは、2005年から2007年にかけて女子バレーボール日本代表として活躍した元バレーボール選手で、その凛としたプレイスタイルと華麗なルックスから「かおる姫」の愛称で当時は国民的な人気を集めました。
2009年には、インドアバレーからビーチバレーに転向して話題を集め、プライベートでも結婚や子供の出産など様々な面で注目されました。
2010年以降はビーチバレー選手としてもプレーはしていませんでしたが、2025年に15年ぶりにビーチバレーの大会に出場し、今後もプレーを続ける事も示唆しており今後の活躍に期待が高まっています。
菅山かおるの身長

菅山かおるさんの公称身長は「169cm」です。
一般的な日本人女性としては高身長ですが、バレーボール選手としては身長が高い方ではありません。
そのため菅山かおるさんはVリーグ(JTマーヴェラスに所属)ではリベロ(守備専門選手)としてプレーしましたが、日本代表では柳本晶一監督の意向でスパイカーとして活躍し、バレーボール選手としては決して高くない身長を高い身体能力と脅威的なジャンプ力、多彩な技術によりカバーし次々とスパイクを決める姿は世界を驚かせました。
菅山かおるの若い頃① 古川商業高校でエースとして活躍し春高バレー優勝
菅山かおるさんは若い頃から女子バレーボール界ではスター選手として注目された存在でした。
菅山かおるさんは小学校3年からスポーツ少年団でバレーボールを始めましたが、その名前が初めて全国に知れ渡ったのは、名門・古川商業高校(現在の古川学園高校)に進学した後でした。
菅山かおるさんは古川商業高2年時にはエースアタッカーとしてチームを牽引するようになり、1996年の春の高校バレーでは全国優勝を果たしています。高校3年生の時には主将も務めています。
この当時の古川商業高校女子バレー部には、菅山かおるさんの他に、高橋翠さん、大沼綾子さん、高橋めぐみさん、板垣紘子さん、金田智子さんと、のちにVリーグ入りする有力選手が揃い、「古商ドリームガールズ」と称されるほどのタレント軍団でした。
菅山かおるさんはその中では小柄な身長でありながら中心選手として活躍してチームを勝利に導き、当時から卓越したスター性を発揮する存在でした。
菅山かおるの若い頃② Vリーグ「JTマーヴェラス」でプレー
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菅山かおるさんは年に古川商業高校を卒業後、Vリーグ「小田急ジュノー」に入団するも1999年にチームが廃部となり、「JTマーヴェラス」(現在の大阪マーヴェラス)へと移籍。
JTマーヴェラスでは1年目からV1リーグへの降格と再昇格を経験。2004年には大型アタッカーである熊前知加子さん(身長180cm)の加入もあり、アタッカーとしては身長が高くなかった菅山かおるさんは守備専門選手である「リベロ」への転向を決断しています。
菅山かおるさんはアタッカーとしてのこだわりも持っていたという事ですが、それ以上に幼少期から日本代表でプレーしたいという夢を強く持っており、そのためにはリベロに転向した方が日本代表への道が近づくと考えて、ポジション転向を決断したとスポーツメディアNumber webのインタビューで語られています。
幼いころから日本代表に入るのが夢で、高校卒業後、実業団チームに入った。ただし169cmという身長はバレーボール選手としてはそれほど大きいほうではない。
「もちろん、170cm以下の身長でも国際舞台で活躍している選手はいましたけど、でも、同じタイプの選手はそれほどたくさん必要とされないだろう、と。そこで、リベロに転向するほうが日本代表への道は近づくのではないかと考えたんです」
引用:愛称は「かおる姫」、写真集も発売…元人気女子バレーボール選手・菅山かおる44歳が「あのニックネームは本当に幸せでした」と語る理由
菅山かおるさんはリベロに転向を決断した後、約半年間にわたって全くスパイクを打たず、ひたすら守備練習のみに打ち込まれたのだそうです。この経験は菅山かおるさんのレシーブ能力を飛躍的に向上させて、後のキャリアにも大きな影響を与える事になりました。
菅山かおるの若い頃③ 日本代表での「かおる姫」の愛称で社会現象に

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菅山かおるさんは第11回Vリーグ(2004年-2005年シーズン)にはリベロ登録で出場。JTマーヴェラス初のベスト4進出に大きく貢献し、そこでの活躍が認められて幼少期からの夢であった日本代表への初選出を勝ち取りました。
菅山かおるさんは日本代表には当初はリベロとして召集されましたが、海外遠征の最中にアウトサイドヒッター2名が故障するアクシデントに見舞われます。遠征中のために代替選手を呼び寄せる事も叶わず、柳本晶一監督は苦肉の策として、昨年までアウトサイドヒッターとしてプレーしていた菅山かおるさんを急遽スパイカーとして起用。
その試合にて、菅山かおるさんはスパイカーとして見事な活躍を見せた事でその後もスパイカーとして起用され続ける事になりました。
菅山かおるさんは日本代表として2005年のワールドグランプリ、2006年の世界選手権に出場し、リベロでのプレーで磨き上げた守備力に加えて、ブランクを感じさせないスパイクを連発し、攻守にわたる獅子奮迅の活躍を見せて日本中を驚かせました。
その圧倒的な活躍に加えて、菅山かおるさんの美貌にもメディアは注目。テレビ局により「かおる姫」という印象的なニックネームが付けられ、視聴者にもこれが定着し、いつしかアイドル的な人気を獲得し、「かおる姫フィーバー」とも呼ばれる社会現象を巻き起こしました。
菅山かおるの若い頃④ ビーチバレーに転向

菅山かおるさんは2008年5月、29歳でJTを退社し、JTマーヴェラスからも退団。同時にインドアバレーの選手引退を発表しました。
そして、2009年2月、菅山かおるさんはビーチバレーへの転向を正式に表明し、プロ・ビーチバレーボールチーム「WINDS」に入団。
菅山かおるさんがビーチバレー選手として現役復帰した理由について、インドアバレーでは果たせなかったオリンピック出場を目指すためだとし、2012年のロンドンオリンピックを目標とする事を表明しました。
しかし、その道のりは決して平坦ではなく、6人制のインドアバレーとは全く異なる2人制のビーチバレーでの全く異なる戦い方や風や太陽といった自然との戦い、何よりも慣れない砂の上でのプレーに苦しんだようです。菅山かおるさんは、後に「最初は砂の上でどう体を使ったら動けるのか、全くわかりませんでした。スパイクは打てないし、インドア時代なら簡単に上げられたレシーブも、ボールに追いつけない。それが本当に悔しかった」と語っています。
菅山かおるさんは持ち前の負けん気と練習量でその壁を乗り越え、苦労を重ねながらも国内外のツアーに参戦。2010年のツアー最終戦では2年目にして準優勝を飾っています。
菅山かおるさんの新たな挑戦は、日本のビーチバレー界に注目を集め、競技の普及にも大きく貢献しました。
菅山かおるのチュパチュパ騒動とは

菅山かおるさんをネット検索すると「チュパチュパ騒動」という不穏なワードが関連づけられているようです。
これは、菅山かおるさんの人気が絶頂で「かおる姫」という言葉が社会現象のようになった頃に、ネット上に菅山かおるさんのベッド時のものだとする動画がインターネット上に流出した事が関係しているようです。
しかし、この「チュパチュパ騒動」などと言われた動画に出演する女性が、菅山かおるさんだという証拠はなく、似ているように見えなくはないもののおそらく本人ではないと見られています。
菅山かおるさんは、ストイックに競技に向き合う人間性がよく知られており、プライベートでのスキャンダルとは無縁でしたが、一部週刊誌系のメディアやネット上で、根も葉もない噂や憶測が飛び交う事もありました。
この「チュパチュパ騒動」なる扇情的なキーワードも、菅山かおるさんの当時の人気の高さの裏返しと言えるかもしれません。
菅山かおるの結婚と旦那の西村晃一との馴れ初め

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菅山かおるさんは2011年3月3日に、プロビーチバレー選手の西村晃一さんと結婚しました。
菅山かおるさんが結婚した旦那さんの西村晃一さんも、元インドアバレーの全日本代表選手であり、日本代表に初代リベロとして選出されたバレーボール界のレジェンドです。
菅山かおるの旦那・西村晃一のプロフィール
生年月日:1973年6月30日
出身地 :京都府京都市
身長 :175cm
血液型 :B型
菅山かおるさんと旦那さんの西村晃一さんの結婚の馴れ初めは、菅山かおるさんがインドアバレーからビーチバレーに転向した時期に、同じくインドアからビーチバレーに転向した西村晃一さんによく相談をしていた事がきっかけだったそうです。
当時、西村晃一さんはプロビーチバレーボールチーム「WINDS」の代表も務めており、菅山かおるさんのマネジメント業務についても相談になっていました。

インドアバレーの選手だった頃から菅山かおるさんは西村晃一さんとは知り合いでしたが、当時は西村晃一さんがいつも女性と喋っていたり、一緒に写真を撮ったりしていたため、チャラいタイプだと認識し避けていたのだそうです。

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しかし、菅山かおるさんもビーチボールの選手になって、西村晃一さんが代表を務めていた「WINDS」に所属するようになり、海外合宿や遠征を一緒に過ごすうちにその印象はガラリと変わって、「練習で手を抜かない」、「やると決めたことは何があってもやり遂げる」というストイックな人間性に惹かれていったのだとか。
一方、旦那さんの西村晃一さんの方も、菅山かおるさんについて「僕より練習する人に初めて会いました」と語っており、お互いにひたむきに競技に向き合う姿に惹かれ合い結婚を決められたようです。
菅山かおるの子供は息子が2人

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菅山かおるさんは旦那さんの西村晃一さんとの間に2人の子供を出産しています。
菅山かおるさんの子供は2人とも息子さんで、長男は2011年10月28日に生まれています。
菅山かおるさんはブログで第一子となる息子さんの出産を発表した際に、帝王切開で1年に1度あるかないかという難産で、産まれた時には仮死状態だったという大変な出産だった事を明かしていました。
帝王切開での出産となり、菅山はブログに「1年に1度あるかという大難産で、産まれた時には仮死状態だった」と記した。男児は3804グラムで母子ともに健康という。
菅山かおるさんの2人目の息子さんは2013年11月27日に誕生しています。2人目の息子さんの出産については特に発表などはありませんでしたが、元気に育っている様子です。
“かおる姫”の愛称で人気を集めた菅山さんは2009年にビーチに転向。11年にビーチ男子選手の西村晃一と結婚した。同年10月に第1子男児、13年11月に第2子男児を出産している。
菅山かおるさんは1人目の子供の妊娠を機にビーチバレーの競技から離れて子育て中心の生活に入っていました。菅山かおるさんのインスタグラムには息子さんたちとの日常がしばしば投稿され、顔も公開されていてイケメンだと話題になっています。

特に中学生になった長男はすでに身長が169cmほどもありスタイルも抜群で、将来はバレーボール選手として活躍するのではと期待するファンもいるようです。
菅山かおると旦那・西村晃一の自宅

菅山かおるさんと旦那さんの西村晃一さんの自宅については、過去にテレビ番組で東京都港区の高級住宅街にある3LDKのタワーマンションだと紹介された事がありました。
菅山かおるさんの自宅が現在もこのマンションかは不明ですが、インスタグラムでは自宅と思しき画像も投稿されています。
菅山かおるさんのインスタグラムで公開されている自宅での私生活は、華美で派手な印象はなく、旦那の西村晃一さんや子供たちとの時間を大切にする温かい日常が中心となっています。
菅山かおるの写真集

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菅山かおるさんはビーチボールに転向した2009年にファースト写真集「Voar!」(ボアール!)を発表しています。
この写真では、菅山かおるさんの競技中の真剣な表情だけでなく、プライベートな一面や水着姿なども収録されていて大きな話題を呼びました。菅山かおるさんの持つ透明感と健康的な美しさが鮮やかに表現された写真集に仕上がっています。

菅山かおるさんの写真集「Voar!」は現在もAmazonなどオンラインショップで購入可能ですが、プレミアがついて若干値段が上がっています。
菅山かおるの現在① 15年ぶりにビーチバレー選手として復帰

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現在の菅山かおるさんの活動についても紹介していきます。
2025年7月に、菅山かおるさんは15年ぶりにビーチバレー選手として復帰し、元日本代表のスター選手だった大友愛さんとのペアで「ジャパンビーチバレーボールツアー2025第4戦立川立飛大会」に出場しました。
元バレーボール女子代表で“かおる姫”と呼ばれた菅山かおるさん(46)が、2025年7月1日、自身のインスタグラムを更新し、15年ぶりにビーチバレーに復帰したことを報告しました。同じく元代表で、現代表の秋本美空の母でもある大友愛さんとともに、ジャパンビーチバレーボールツアー2025第4戦立川立飛大会に参加しました。
結果は最下位の9位タイに終わりましたが、今後もプレーを続ける意向のようで「私たちの挑戦はまだまだ続きますので、これからも応援よろしくお願いします」とインスタグラムに綴っており、今後の活躍にも期待が高まります。
私たちの挑戦はまだまだ続きますので、
これからも応援よろしくお願いします
菅山かおるの現在② 多岐にわたって活動しインスタグラムでも情報を発信

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菅山かおるさんは現在は、子供を育てながらバレーボールの解説や講演活動、イベント出演など多岐にわたって活動を続けています。
2025年7月には、千葉ポートアリーナで開催の「買取大吉バレーボールネーションズリーグ(VNL)」に「レジェンドシート」に座るレジェンドの1人として参加するなど、バレーボール界に貢献し続けています。
また、2025年8月20日にはインスタグラムで元日本代表のバレー界のレジェンドである竹下佳江さん(愛称「てんさん」)と久々に会った事を綴るなど、往年のバレーボールファンを喜ばせています。お互いの子供たちもすぐに仲良くなり一緒にバレーボールをしていたのだそうです。
てんさんに会いに大阪へ♡
初めてお家にお邪魔して、子供たちも初対面なのにすぐに仲良くバレーを楽しんでた
インスタグラムではプライベートの様子も発信しており、日々の生活や家族との写真なども投稿し、ファンとの交流を続けられています。旦那さんである西村晃一さんも50歳を超えた現在も現役のビーチバレー選手として活躍を続けていて、夫婦揃ってアスリートとしても、2人の子供の親としても充実した日々を送っているよう様子が伝わります。
まとめ
今回は、元女子バレーボール日本代表として活躍し「かおる姫」の愛称で社会現象になるほどの人気を集めた菅山かおるさんについてまとめてみました。
菅山かおるさんは身長169cmとバレーボール選手としては小柄でありながら、日本代表ではアタッカーとして鮮やかな活躍を見せて国民的な人気を得ました。
菅山かおるさんは若い頃は、名門の古川商業高校のバレー部のエースとして活躍し、2年生時の春の高校バレーでは全国優勝を果たし、3年生時にはキャプテンも務めました。
高校卒業後はVリーグ入りし、小田急ジュノーを経てJTマーヴェラスで活躍しました。JTマーヴェラスでは途中でアタッカーからリベロにポジションを転向して活躍し、日本代表に選出されました。日本代表ではアタッカー2人が怪我で離脱するという緊急事態により急遽アタッカーとして出場して結果を残し、その後もアタッカーとして獅子奮迅の活躍を見せて世界を驚かせました。
菅山かおるさんは2011年3月3日に元バレーボール日本代表でビーチバレー選手の西村晃一さんと結婚し、2人の子供にも恵まれています。子供は2人とも息子さんでインスタグラムでは顔も公開されていてイケメンだと話題です。
菅山かおるさんの自宅は港区の高級住宅街にあるタワマンだと言われており、インスタでは自宅と思しき画像もしばしば公開され、家族との幸せそうな生活を窺い知る事ができます。
菅山かおるさんは2009年に写真集「Voar!」を発表しこれも話題になりました。
現在、菅山かおるさんはビーチバレー選手として復帰していて、大友愛さんとのペアで大会にも出場していて、今後の活躍にも期待が高まっています。



















