元祖アイドルアナの1人であった大杉君枝さんですが、2007年に病苦による自殺を遂げるなど、非業の死を遂げた有名人としても有名です。
この記事では、大杉君枝さんの経歴や夫と子供など家族情報の他、自殺騒動の詳細と遺書の内容についてまとめてみました。
この記事の目次
大杉君枝のプロフィール
大杉君枝(おおすぎ きみえ)
旧姓:鈴木君江(すずき きみえ)
生年月日:1963年7月4日
出身地:東京都杉並区
大杉君枝、元祖アイドルアナとして活躍した
大杉君枝さんは旧姓を鈴木君枝といい、実家は東京・高円寺で「ぴくち屋」という写真館を経営していたそうですね。
地元・高円寺にある光塩女子学院中等科・高等科を卒業後は、立教大学社会学部に進学していた大杉さんは、在学中に実家が火事になり、逃げ遅れた父親が焼死するといった不幸もありました。
立教大学を卒業後は日本テレビに入社することとなった大杉さんは、1988年に情報番組「ルンルンあさ6生情報」のMCに抜擢されるなど、順調にキャリアを積んでいました。
そんな大杉さんがアイドルアナ化したのは、1989年より放送が開始した「所さんの目がテン!」がきっかけでした。
当時のテレビ界は、フジテレビの有賀さつきさんや八木亜希子さんを中心に女子アナのアイドル化が進んでおり、時流に乗り遅れまいとした日本テレビから大杉さんに白羽の矢が立ったそうですね。
当初は、あまり乗り気ではなかったのですが、先輩のアナに『ニュースを読むのも、コスプレで分かりやすく説明するのも伝える点では同じ』といわれ、自分から進んでバラエティー番組をこなすようになりました」(日テレ関係者)
以降は、「所さんの目がテン!」内でセーラ服やハゲヅラといったコスプレ姿を披露するようになった大杉さんは、数々のバラエティ番組で活躍するようにもなり、日本テレビを代表する人気女子アナだった時期もありました。
女子アナの中で、日本テレビの鈴木君枝アナウンサーが一番好きだった。美人特有の打算を感じさせなくて、所さんの目がテンではやさしくて気さくでお茶目で、実は歌がすごく上手で、笑点に出ても抜群のユーモアがあって…それがなぜあんな無残な最期を迎えてしまったのか、今思い出してもやりきれない…
— こしゅゆ aka 真 好吃 (@koshuyu) May 16, 2009
大杉君枝の性格は?…結婚願望が強くマイペースな性格だった
大杉君枝さんに関しては、同時代のキャリアウーマンの中では珍しく結婚願望が強く、出世よりもプライベイトの時間を重視するマイペースな性格だったと言われております。
そのため、友人のホームパーティなどを通じてエリート男性と知り合う機会が多かった大杉さんは、異性関係の噂も多いモテモテな女性だったとか。
そんな大杉さんは、仕事現場ではスタッフのミスを注意する厳しい一面もあった一方で、放送が終わるとフォローを入れることを忘れない気配りの人でもありました。
周囲からはムードメーカーと認識されていた大杉さんは、日本テレビの後輩たちからも慕われていたそうで、将来の目標に挙げる女子アナも多かったそうですね。
大杉君枝の結婚情報…バツイチで略奪婚をしていた
大杉君枝、最初の夫とは結婚7年目に離婚していた
大杉君枝さんの結婚歴については、1996年に2歳年上の不動産会社経営者と最初の結婚を遂げています。
とはいえ、大杉さん最初の結婚生活に関しては上手くはいかなかったようで、結婚7年目の2002年に離婚の憂き目となってしまったそうですね。
大杉君枝、2番目の夫は電通マンで略奪婚だった
大杉君枝さんは、離婚翌年の2003年8月に、10歳年下の電通マン・Aさんと再婚しています。
Aさんは大杉さんの親友の恋人だったと言われているため、2人の結婚は略奪婚でもあったそうですね。
結婚後は仕事でも大杉姓を名乗り始めた大杉さんですが、夫婦仲は良く業界内ではおしどり夫婦として有名でした。
大杉君枝の子供情報…不妊治療の末に高齢出産していた
40歳で再婚を果たした大杉君枝さんですが、子供については諦めていなかったそうですね。
そのため、新婚早々に不妊治療を開始していた大杉さんは、2006年10月に待望の第一子となる長男を出産しています。
妊活に対してはAさんも非常に協力的だったそうで、出産のために大杉さんが一時入院した際には、高齢出産に不安を覚える妻のために出社前に必ず病院に顔を出してケアをしていました。
大杉君枝は2007年に遺書らしきものを残して自殺…死因は線維筋痛症だった
大杉君枝、2007年に自宅マンションから飛び降り自殺をしていた
待望の第一子を出産した後の大杉君枝さんに関しては、育児休暇を取り日本テレビ関係者とはほとんど接点がなくなっていたそうですね。
「このころになると君枝アナの仕事は、アナウンス部の電話番がメインでした。または急なナレーションでアナウンス部に人がいない時にかり出されるぐらいでした。出産後は産休を取り、日テレの関係者とも数カ月に1回程度、業務連絡があるぐらいでほとんど接点はなかったそうです」(日テレ関係者)
そんな大杉さんの訃報が飛び込んで来たのは、2007年2月2日のことになります。
東京都渋谷区にある自宅マンションから転落死をした大杉さんは、遺書らしきものが残されていたこともあり、警察により自殺と判断されました。遺書らしきものについては内容が公開されておらず、情報がありません。
大杉君枝、自殺の原因は産後うつではなく線維筋痛症だった
生まれたばかりの我が子を残して自殺してしまった大杉君枝さんですが、自殺の原因については線維筋痛症を患っていたため、病苦によるものだったのではないかという話になっています。
当初、君枝アナや家族は体調を見守っていたようですが、すぐに病院で診察したら『線維筋痛症』という原因不明の病気にかかっていたことが分かったのです。この病気は全身に激しい痛みが生じる病気です。症状には個人差がありますが、体のしびれのほか、不眠や下痢などの身体的症状、焦燥感や不安感などの精神症状、リウマチ症状などを訴えるケースもあるといいます
大杉さんの場合は、出産直後から線維筋痛症に悩まされていたそうで、電話の受話器を持つだけで激痛が走るほどの重い症状が出ていたため、我が子も抱けない状況であったとか。
闘病中の大杉さんは、その他にも近隣住民より真っ青な顔でコンビニで買い物をしていた姿も目撃されておりました。
それまでの人生がエリート街道まっしぐらだった分、他人に弱みを見せられない性格でもあった大杉さんは、病気のことは友人にもほとんど打ち明けられない状況だったそうで、1人で悩みを抱え込んでいたそうですね。
線維筋痛症は日テレ女子アナだった大杉君枝さんが自殺した時に初めて知った病。大杉さんは産休中に亡くなったから衝撃だったな。痛さで生まれたばかりの赤ちゃんの世話も出来ず鬱になって苦しかったんだと思う。当時線維筋痛症って死ぬほど痛いのか、と怖かった。
— しょうきち (@kikubibiriwan) December 25, 2019
大杉君枝の命を奪った線維筋痛症とは?
女子アナの八木亜希子さんや米人気歌手のレディー・ガガさんが発症したことでも知られている線維筋痛症ですが、30~60代の女性を中心に全国で200万人もの患者がいると言われている病気となります。
線維筋痛症の発症原因については、肉体的なストレスや精神的なストレスが関係して来ているのではないかとの説が有力視されているようですね。
〇肉体的ストレス
・過労や怪我による肉体的な負担
・病気や事故による肉体的な負担
・手術による肉体的な負担
・妊娠や出産による肉体的な負担
〇精神的ストレス
・人間関係の悩み
・仕事関係の悩み
・介護による精神的ストレス
・離婚時の精神的ストレス
そのため大杉君枝さんの場合は、高齢出産時の身体的な負担が線維筋痛症を発症させてしまったのではないかと推測されています。
治療薬なども存在する線維筋痛症でしたが、全身の痛みなどが発生するメカニズム自体は不明なため特効薬は存在せず、症状を緩和させることしか出来ないとか。
大杉さんが自殺に至ってしまった理由についても、治療薬を飲んでも日常生活が困難な状況が続き絶望してしまったのかもしれませんね。
大杉君枝の現在…残された夫や子供の近況は不明だった
大杉君枝さんの現在については、残された夫や子供の近況情報などは存在しないようですね。
とはいえ、Aさんは電通マンというエリート職なうえに、自殺騒動時30代前半とまだまだ体力・気力ともに十分な時期であったため、遺児を立派に育てているのではないかと思われます。
大杉君枝についてまとめてみると…
大杉君枝さんに関しては、高齢出産が原因となり線維筋痛症を発症してしまい、病苦で自殺してしまった女子アナとなります。
大杉さんのご冥福を祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。