加藤智大

加藤智大の母親や弟の現在!秋葉原通り魔事件の全貌も総まとめ

2008年6月8日に多くの人が賑わう歩行者天国を一瞬で惨状に変えた「秋葉原通り魔事件」の犯人・加藤智大(かとうともひろ)死刑囚。

 

歩行者7人を殺害し、10人に重軽傷を負わせた日本犯罪史上希にみる凶悪事件でした。

 

犯人である加藤智大死刑囚の事件までの経緯とその後、そして母親や弟の現在について総まとめしました。

「秋葉原通り魔事件」と加藤智大の家族の現在

 

2017年現在も東京拘置所に収監されている加藤智大死刑囚


「秋葉原通り魔事件」は2008年6月8日の12時30分過ぎに秋葉原の歩行者天国で起きた大量殺人事件で、「秋葉原無差別殺傷事件」と呼ばれることもあります。事件から9年あまりが経った現在も加藤智大死刑囚は東京拘置所に収監されています。

日曜日の歩行者で賑わう中でなぜ加藤智大死刑囚は7人もの人を殺害する凶悪事件を起こしたのか、その心の闇について総まとめしました。

 

 

加藤智大死刑囚が起こした「秋葉原通り魔事件」についての概要はこちら。

 

場所: 東京都千代田区外神田(秋葉原)
日付: 2008年6月8日(日曜日)12時30分 (日本標準時)
標的: 民間人
攻撃手段: 2tトラックで轢く、サバイバルナイフ(ダガーナイフ)で刺す(切りつける)
武器: いすゞ・エルフパネルバン、(ニッポンレンタカー所有)、サバイバルナイフ(ダガーナイフ)
死亡者: 7人
負傷者: 10人
犯人: 加藤智大
動機: 電子掲示板荒らしに対する抗議の表明

 

引用:Wikipedia – 秋葉原通り魔事件

 

大量殺人犯と聞くと、海外で起こる無差別テロなどでは比較的体格の良い屈強そうな男であることが多いですが、「秋葉原通り魔事件」を起こした加藤智大死刑囚はやせ型で気の弱そうな風貌でした。

 

にも関わらず、日曜日で大勢の人が行き交う歩行者天国に2トントラックで突っ込み、幾人かをはねた後にタクシーと衝突して停止するとトラックを降り、何の躊躇もなくに素早く歩行者を次々とダガーナイフで刺し、斬りつけて回り、結果として7名を殺害しました。

 

人を殺したことが無い人間が初めて”殺し”をする際は何らかの躊躇いがありそうなものですが、加藤智大死刑囚はネット掲示板にどっぷり浸かっていたことから現実感が薄れていたのでしょうか?

 

それとも、元々持って生まれた”サイコパス的”な性格をしていたのでしょうか?

 

この非常に闇が深い「秋葉原通り魔事件」をまとめ、加藤智大死刑囚の事件までの経緯と現在について総まとめしたのでご紹介していきましょう。

 

 

加藤智大の生い立ち&経歴

加藤智大死刑囚の異常性は母親によって培われた?

加藤智大死刑囚の弟である優次さんは「兄が母のコピー1号なら僕はコピー2号」と事件後にインタビューで語っていますが、この発言からいかに母親が異常な人であったかが伺えるようです。

 

「秋葉原通り魔事件」について調べる中で、まずはじめに驚かされるのは加藤智大死刑囚が母親から受けた仕打ちの数々でしょう。

 

加藤智大死刑囚に唯一同情できる点があるとしたら、教育熱心という名目で”虐待”を繰り返した異常な母親を持ったことだと感じる人は多いようです。

 

青森県でも一番の進学校だった青森県立青森高等学校を卒業している母親の歪んだ教育思想についてご紹介していきましょう。

 

 

加藤智大、母親の異常な教育で生まれた心の闇

学歴至上主義の思想が生んだ母親の常軌を逸した行動

加藤智大死刑囚は幼少期から非常に厳しく育てられており、地域の教育アドバイザーもしていた母親の教育に対する熱心さがエスカレートして完璧を求めるあまり虐待に及んでいたようです。

 

凶悪殺人犯、殺人鬼と呼ばれる人間の育った環境は正常で無いことが多く、特に育児放棄(ネグレクト)や虐待を受け続けていたケースが挙げられます。

 

しかし、加藤智大死刑囚の場合は逆で、教育熱心な母親による過剰な支配によって心を壊されたと読み解くことができます。

 

加藤智大死刑囚は元々出来の良い子ではなかったようで、それを許せなかった母親が我が子が落ちぶれるのを恐れ、虐待という恐怖支配で思い通りに動かしていたようです。

 

マスコミなどで報じられた母親の異常な行動の数々は氷山の一角だと思いますが、いくつかご紹介していきます。

 

 

極寒の中、薄着で外に立たせられ続ける

加藤智大死刑囚は小学校の頃に母親の怒りを買うと、北国青森の冬という極寒の中で薄着で外に立たせられ続けていたのを近所の人が見たことがあると語っています。

 

また、加藤智大死刑囚が雪で靴を濡らしても母親は激昂し、靴を脱がせて肌して雪面に立たせ続けたこともあったという。

 

下手をすると低体温症や霜焼けで命を落としかねない虐待でしょう。

 

 

九九が覚えられずお風呂に頭を沈められた加藤智大死刑囚

加藤智大死刑囚は小学校の頃になかなか九九が覚えられなかったようで、母親はお風呂に連れて行って水の中に頭を沈めたという。

 

いうことを聞かない子供を外に立たせる親は珍しくないと思いますが(極寒の中は異常だとして)、お風呂に頭を沈めるのは虐待以外の何ものでもありません。

 

母親は加藤智大死刑囚の出来なさ加減が憎かったのでしょうか。

 

 

泣くことも許されなかった加藤智大死刑囚

虐待を受けた加藤智大死刑囚はその度に泣いていたと思いますが、泣くと母親はさらに激昂してタオルを口に詰め込み、ガムテープでぐるぐる巻きにした上で屋根裏に放り込んでいたそうです。

 

小学生の子供がこんなことをされては、その恐怖心は想像することも難しいでしょう。

 

加藤智大死刑囚はどれほどのトラウマを抱えて生きていたのでしょうか。

 

 

弟にも”アレ”呼ばわりをされる加藤智大死刑囚

弟の加藤優次さんは「秋葉原通り魔事件」が起きた後にインタビューに応じ、兄である加藤智大死刑囚について”アレ”という言い方をしています。

 

弟の加藤優次さんはインタビューで加藤智大死刑囚が中学1年生だった頃に受けていた虐待について語っています。

 

母親は食事中に加藤智大死刑囚に激昂し、廊下に新聞紙を敷き詰めてその上にご飯や味噌汁などその日の食事を全部ばら撒き、「そこで食べなさい」と命令したそうです。

 

加藤優次さんは「アレは泣きながら食べていた」と語っていますが、父親も弟も母親の異常性に口出ししなかったことや、インタビューでの口ぶりからすると極端な虐待を受けていたのは加藤智大死刑囚だけだったのでしょう。

 

弟からも”アレ”呼ばわりされる加藤智大死刑囚は兄弟仲も悪かったのかもしれません。

 

 

 

加藤智大死刑囚のその他の受けた”教育”

加藤智大死刑囚は目に見えた虐待の他に、母親から極端な規制という形で厳しいしつけもされていました。

 

加藤智大死刑囚は小学校の頃から水泳や珠算、学習塾に通っていました。

 

1週間にはみっちりと習い事が入っていたようで、加藤智大死刑囚は友達の家に遊びに行くことも、友達を家に呼ぶことも固く禁じられていたという。

 

加藤智大死刑囚はテレビを見ることも、漫画を買うことも読むことも許されず、見ることが許された唯一のテレビ番組は「ドラえもん」と「まんが日本昔ばなし」だったそうです。

 

 

作文、絵画など学校の課題は母親の検閲が入る

加藤智大死刑囚の母親はとにかく”学校の先生ウケ”を第一に重視していました。成績はもちろん、内申点を高く評価してもらうためでしょう。そのため、学校の課題には母親の検閲を通らないと提出ができなかったという。

 

母親の検閲はただ見るというものではなく、ここにも虐待が用いられていました。

 

検閲には「10秒ルール」というものがあり、加藤智大死刑囚が作文をしている横で母親が監視していてふいに「この熟語を使った意図は?」と質問が飛んでくるという。

 

すると母親が10カウントをし始め、そのカウントが0になるまでに答えられなかった場合は平手打ちが飛んできたそうです。

 

母親は加藤智大死刑囚を極端に縛り付けて英才教育を施し育てました。

 

勉強とスポーツに打ち込むために恋愛禁止であり、加藤智大死刑囚は中学時代にモテたため二人の彼女ができましたが、それも強制的に母親が別れさせたそうです。

 

加藤智大死刑囚は母親の思惑通りにスポーツもできて成績優秀になり、母親も卒業した県下一の進学校である青森県立青森高等学校に進学することができました。

 

また、中学時代にはテニスの青森県大会で3位に入るなど運動神経も抜群だったようです。

 

しかし、本当に優秀な生徒に囲まれた加藤智大死刑囚は高校時代から落ちこぼれ始めます。

 

 

加藤智大、高校から落ちこぼれ人生が狂い出す

強制的に秀才になった加藤智大死刑囚に無理が出始めた

中学校までは母親の言いなりにならざるを得なかった加藤智大死刑囚も、高校に進学し優秀な生徒に囲まれる中で落ちこぼれ、体格の成長により反抗期に入りました。

 

加藤智大死刑囚は母親のスパルタ英才教育により青森県立青森高等学校に進学はできたものの、志の高い優秀な生徒が県内外から集まった同校では次第に落ちぶれていきました。

 

中学校までは加藤智大死刑囚は学年トップクラスの成績を残していたと思いますので、他の生徒に対して優越感もあったと思いますが、高校では逆に劣等感に苛まれるようになりストレスが溜まっていったようです。

 

体格、精神ともに成長するとともに虐待をする母親にも暴力で返すようになり、学校でもキレて教室の窓を素手で叩き割るなど問題行動を起こすようになりました。

 

加藤智大死刑囚は高校入学当時は北海道大学工学部への進学を志望していましたが、3年に進級した時点で同大学を諦めて岐阜県の中日本自動車短期大学へ志望校を変更しています。

 

東京大学にも合格者を輩出している同校から短大への進学というのは珍しいと思いますが、この背景には母親への恨みから仕返しの意味もあったと加藤智大死刑囚は獄中で書いた自叙伝『解+』で語っています。

 

そして、その母親への反抗心を示すかのように、高校卒業時の生徒会誌にアニメ『エヴァンゲリオン』のキャラクター・綾波レイのセリフから引用した「ワタシはアナタの人形じゃない。赤い瞳の少女(三人目)」という文を載せています。

 

これは綾波レイが理不尽な戦いを要求する司令官に対して放った決別のセリフですが、加藤智大死刑囚はこのセリフを以て母親へ決別したかったのかもしれません。

 

しかし、自叙伝では「結果的に損をしたので大学に進学しておけば良かった」と後悔の念も綴っているようです。

 

 

加藤智大、母親から謝罪される

高校時代での破綻から母親が間違いに気づき謝罪

加藤智大死刑囚が高校時代で落ちぶれて家庭内外で暴力を振るうようになったこと、弟の加藤優次さんも高校を入学から3ヶ月で中退して引きこもりになったことから、母親がようやく間違いに気づいて謝罪してきたそうです。

 

加藤優次さんは高校でやっていけずに中退し、自宅に5年間引きこもるようになったという。

 

その後上京して仕事を始めた加藤優次さんは、後に執筆する手記の中で母親が謝罪してきたことを綴っています。

 

母親の「お前たちがこうなったのは私のせいだ」と呟くように謝罪してきたことで、加藤優次さんは母親を許すことができるようになったそうです。

 

母親は特に兄である加藤智大死刑囚を出来損ないだと決めつけて集中的に虐待をしていたようですが、期待していた弟の加藤優次さんも高校でやっていくことができなかった現実を目の当たりにして、母親は絶望したのかもしれません。

 

 

加藤智大の母親が虐待をした理由とは?

加藤智大死刑囚の母親は”教育虐待”だった?

近年、子供がやりたくもない習い事を強制させる親の教育を”教育虐待”や”教育ネグレクト”と呼ばれることがありますが、加藤智大死刑囚もまさにこれだったのでしょう。

 

加藤智大死刑囚の母親はネット上で”異常者”だと言われており、ここまでご紹介してきた内容からそれは否定できないでしょう。

 

しかし、加藤智大死刑囚を憎んだり嫌っていたわけではなく、むしろ母親なりの愛だったと言えます。

 

おそらく、加藤智大死刑囚の母親も同様に学歴至上主義の親に育てられ、”生きていく上では学歴が全て”だと刷り込まれ、極度のコンプレックスになっていたのでしょう。

 

そのため出来の悪い子供だった加藤智大死刑囚に対して多大なストレスを感じ、優秀な人間に育てるために教育に拍車がかかり虐待をしていたのかもしれません。

 

高校入学までは母親の目論見通りに加藤智大死刑囚は成績優秀でスポーツもできる子供に成長しましたし、母親も教育方法が間違っていなかったと思っていたことでしょう。

 

しかし、母親には”心の教育”という学歴よりも大切な教育がまるで欠如していたことも、加藤智大死刑囚という凶悪殺人犯を産んでしまったひとつの要因でしょう。

 

 

加藤智大、派遣社員として働くも評価されず転職

加藤智大死刑囚は職場での評価は悪くなかった

加藤智大死刑囚は派遣社員という形で社会人として働き始めましたが、職場で報われないことが続いたことで心をすり減らしていったようです。

 

加藤智大死刑囚は中日本自動車短期大学を卒業してから4ヶ月後に、母親の資金提供を受けて宮城県仙台市でアパート暮らしを始め、登録した人材派遣会社「東洋ワーク」から派遣されて警備員の仕事に就いています。

 

入社半年後に準社員に認められて内勤扱いとなり、その職場で大友秀逸さんという後に事件についてインタビューを受けた友人ができます。

 

大友秀逸さんは事件が起きた後も「まだ友達だと思っている」と加藤智大死刑囚に手紙を書いており、インタビューでは「もし会えたら思い切り殴ってやりたい」と親友としての言葉を語っています。

 

加藤智大死刑囚はこの警備会社に2年間務めていましたが、入社から半年で警備員から100人の仕事の割り振りを担当する内勤に異動しています。

 

「20歳やそこらでブラッキーな会社の仕事の割り振り担当を任されて加藤君は本当に大変だったと思います。彼が社会人になって初めて勤務した会社が、もっと努力が報われる職場だったらと思うとやり切れなさが込み上げます。」

 

引用:精神分析家のセラピー日記 – File.011 秋葉原無差別殺傷事件 加藤智大の仙台時代の友人の大友秀逸さんに会う。

 

警備員として働いていた頃は手取りで多いときで25万円ほど収入があったようですが、内勤異動になってからは手取りで17万6000円に減ったようです。

 

加藤智大死刑囚はこの頃母親の資金提供を受けて自動車免許を取得しており、30万円の車を自費で購入しましたが、凝り性だったため改装するために消費者金融で借金をし、返済のために生活が困窮していたという。

 

加藤智大死刑囚の友人だった大友秀逸さんは、二日間食事をしていなかった加藤智大死刑囚を見かねた上司がこっそり1,000円を渡す光景も目撃していたそうです。

 

結局、加藤智大死刑囚は金銭的な理由から同警備会社を退職したようですが、マスコミでは対人関係に不満を抱き無断欠勤で反抗の意を示して辞めたと報じられたようです。

 

 

 

 

職を転々とした加藤智大死刑囚

ニュースを見ていた大友秀逸さんによれば、マスコミで報じられた加藤智大死刑囚の転職理由はデタラメばかりで、暴力的な面だけが切り取られ報じられていたという。

 

警備会社を辞めた加藤智大死刑囚は、様々な県をまたいで職場を転々としていたようです。

2003年3月…岐阜県の中日本自動車短期大学卒業
2003年7月~2005年2月…宮城県仙台市で警備員
2005年4月~2006年4月…埼玉県上尾市にある自動車工場の派遣社員
2006年5月~2006年8月…茨城県常総市の住宅建材メーカーに派遣社員
2007年1月~2007年9月…青森県青森市でトラックの運転手(2007年4月以降は正社員)
2007年11月~2008年6月…静岡県裾野市の自動車工場の派遣社員

 

加藤智大死刑囚はそれぞれの職場で対人関係のトラブルにより退職を余儀なくされ、2006年の茨城県常総市の住宅建材メーカーに勤めていた頃から携帯電話でネット掲示板を見つけ没頭するようになります。

 

しかし、加藤智大死刑囚は実生活に友人がいなかったわけではなく、高校時代からの友人関係も継続し、どの職場でも友人を作り、掲示板を介してオフ会を主催してプライベートで遊ぶ友人も多数いたようです。

 

表面上は同世代に比べてコミュニケーション能力はある方だったようですが、この頃にネット掲示板で知り合った全国各地の友人宅を回る旅行をしており、その後その友人らにメールで自殺するつもりであることを明かしています。

 

加藤智大死刑囚にとって友人は心の孤独を埋めることができる存在ではなかったのでしょう。

 

母親と父親は追い込まれている加藤智大死刑囚を見かねて、次の仕事が決まるまで自宅で療養するように勧め、加藤智大死刑囚は3年ぶりに両親と対面しました。

 

この時に母親は学生時代の過剰な教育について加藤智大死刑囚に謝罪したようです。

 

子供と距離を置くことで、母親も冷静な考え方ができるようになっていたのでしょう。

 

 

加藤智大死刑囚、自殺願望が募る

職場を転々とし、自分の安住の地が無いことを悟り始めた加藤智大死刑囚は生きていくことに疲れ自殺を考え始めます。

 

自宅に戻った加藤智大死刑囚は母親の資金提供を受けて大型自動車免許を取得し、地元青森の運送会社で正社員として働いていました。

 

半年後には自宅を出て青森のアパートで一人暮らしを始めた加藤智大死刑囚ですが、再びネット掲示板の友人宅を回る旅行のために2週間の休暇を申請したものの許可が降りなかったため退社しています。

 

ネット掲示板の友人ら宅を回る旅行を終えた加藤智大死刑囚は、前回同様に自殺を考えていることをメールで知らせ、友人らに説得されています。

 

加藤智大死刑囚はこの頃公共の駐車場で車中泊をしていたところ、警察に職務質問をされて「自殺をするつもり」だと語り警官に説得されていますが、この頃には生きる意欲をほぼ失っていたのでしょう。

 

 

加藤智大死刑囚は最後の勤め先で溜め込んだものが爆発した

時には正社員登用もされながらも転職を繰り返していた加藤智大死刑囚は、最後の勤め先である静岡県裾野市の自動車工場で溜め込んできた闇が爆発しました。

 

加藤智大死刑囚は2007年11月から最後の勤め先となる、トヨタ自動車の関東自動車工業の工場で塗装工程の仕事に就いていましたが、リーマンショックの煽りを受けていたことで同工場が2008年6月で破産により閉じることになります。

 

派遣会社が提供する寮に住んでいたため、2008年5月に契約解除をされた加藤智大死刑囚は住むところと仕事を一挙に無くすことになり、ネット掲示板で「あ、住所不定無職になったのか ますます絶望的だ」と絶望している心境を投稿しています。

 

そして、完全に心が追い詰められた加藤智大死刑囚は、最後の月にいよいよ鬱屈していた感情が一気に爆発してしまうことになります。

 

加藤智大死刑囚が「秋葉原通り魔事件」を起こしたきっかけのひとつとも言われる同工場で起こした「ツナギ紛失事件」ですが、いつも通り出勤した加藤智大死刑囚はロッカーの中にあるはずのツナギが無かったためキレて缶コーヒーを壁に叩きつけて帰ってしまいます。

 

帰る道中でネット掲示板に「作業場に行ったらツナギがなかった。辞めろってか。わかったよ。」と憤慨した様子を投稿しています。

 

これが「秋葉原通り魔殺人事件」を起こす3日前のことでした。

 

 

 

「BUMP OF CHICKEN」の歌詞で心情を表した加藤智大死刑囚

加藤智大死刑囚は工場を無断欠勤して帰る道中でネット掲示板に人気バンド「BUMP OF CHICKEN」の曲『ギルド』の歌詞から引用して自身の心情を表現しました。

 

 

加藤智大死刑囚がネット掲示板に投稿した「BUMP OF CHICKEN」の曲『ギルド』の歌詞は当時の心情そのものだったのでしょう。

 

美しくなんかなくて
優しくもできなくて
それでも呼吸が続くことは許されるだろうか

その場しのぎで笑って
鏡の前で泣いて
当たり前だろう
隠しているから気づかれないんだよ

 

引用:WONDERFUL PLUS+ – 秋葉原大量殺人事件の死刑囚、加藤智大の今日。その母親と弟は・・・

 

加藤智大死刑囚は完全に生きることに疲れていたようですが、唯一心安らぐ場所だったネット掲示板が「なりすまし」により荒らされるようになり、さらに同時期にネット上で知り合った女性に彼氏がいることが発覚、よき理解者だった友人で後輩だった男性にも彼女ができるなど、加藤智大死刑囚にとってショックな出来事が立て続けに起こりました。

 

加藤智大死刑囚は完全に居場所を失って、「なりすまし」による荒らしをした人間に間接的に報復するための大量殺人を企てるようになります。

 

 

「秋葉原通り魔事件」発生、加藤智大と父・母・弟のその後の関係

ネット掲示板に犯行予告をして実行した加藤智大死刑囚

ショッキングな出来事が立て続けに起こり心の闇が決壊した加藤智大死刑囚は、6月8日5時21分にネット掲示板に「秋葉原で人を殺します」と題して投稿し、事件を起こす同日12時30分までに投稿を続けています。

 

加藤智大死刑囚は事前に犯行に使ったダガーナイフなど6本を福井県福井市のミリタリー輸入雑貨店で購入し、2トントラックの「いすゞ・エルフ」をレンタカーで借りました。

 

加藤智大死刑囚は早朝5時21分にネット掲示板に「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使いますみんなさようなら」と投稿します。

 

また、連続で「ねむい」「頭痛が治らなかった」と体調が万全でないことを明かし、「しかも、予報が雨 最悪」と愚痴をこぼしています。

 

6時2分には「いい人を演じるのには慣れてる みんな簡単に騙される」「大人には評判の良い子だった 大人には」と加藤智大死刑囚は人の評判のためにいい人を演じ、本当の自分は幼少期から隠し通してきたことを示唆する発言をしています。

 

 

犯行現場となる秋葉原に向けて車を走らせた加藤智大死刑囚

加藤智大死刑囚は秋葉原で12時30分に決行すると計画してトラックを走らせました。

 

加藤智大死刑囚は6時10分に「使う予定の道路が封鎖中とか やっぱり、全てが俺の邪魔をする」と投稿しているように、人生の全てが自身の障害だと感じていたようです。

 

加藤智大死刑囚は6時31分に出発を告げてトラックを走らせ、東名高速道路を使って東京に入りました。

 

加藤智大死刑囚は本当はもっと大型のトラックを使用しようと考えていたようですが、借りるためのクレジットカードが無かったため現金で借りられる2トントラックにしたという。

 

もし大型トラックで歩行者天国に突っ込んでいたら、被害者は数十人に登ったことでしょう。

 

 

加藤智大死刑囚、犯行現場の秋葉原に到着、そして決行

加藤智大死刑囚はひどい頭痛を抱えながらもトラックを走らせ、激しい雨や渋滞に愚痴を投稿しながらも犯行現場となる秋葉原に11時45分に到着したことを知らせています。

 

秋葉原に到着した加藤智大死刑囚は同時刻に「今日は歩行者天国の日だよね?」と確認する投稿をして、12時10分に「時間です」という最後の投稿をして12時30分に決行しました。

 

加藤智大死刑囚は猛スピードで中央通りの交差点を赤信号無視で突っ込むと、青信号で横断していた5人の歩行者を跳ね飛ばしました。

 

そしてトラックは対向車線で信号待ちをしていたタクシーに衝突して停止。

 

この時点では周囲の人は交通事故だと思っていたようですが、停止したトラックから加藤智大死刑囚が飛び出してトラックに轢かれて倒れている人を救護していた通行人や警察官ら合わせて17人を次々と持っていたダガーナイフで刺したり切りつけて回りました。

 

加藤智大死刑囚はそのまま奇声を上げながら周囲にいた通行人に襲い掛かり、次々と刺して逃走しました。

 

 

拳銃に屈して現行犯逮捕された加藤智大死刑囚

加藤智大死刑囚も拳銃で打たれるのは嫌だったようで、駆けつけた警察官とたまたま居合わせた非番の警察官に現行犯逮捕されました。

 

加藤智大死刑囚を追跡した警察官は警棒で応戦していましたが、ナイフを捨てない加藤智大死刑囚に拳銃を向けて「ナイフを捨てなければ発砲する」と警告しました。

 

加藤智大死刑囚は死ぬ気では無かったようで、ここまでだと悟ったのかナイフを捨てて警察官ふたりにより取り押さえられ現行犯逮捕されました。

 

 

 

 

この加藤智大死刑囚の凶行により17名が重軽傷を負い、その内7名が死亡するという日本犯罪史上で通り魔事件としては当時過去30年で最悪だと報じられました。

 

 

「秋葉原通り魔事件」犯人・加藤智大の犯行動機

警察、マスコミにより捏造された加藤智大死刑囚の犯行動機

加藤智大死刑囚の犯行動機は「ツナギの紛失」とされ、”非正規雇用労働者のルサンチマンが原因となって起きた事件”と言われましたが、加藤智大死刑囚はこれを否定しています。

 

加藤智大死刑囚は犯行の3日前に仕事場で起こした「ツナギ紛失事件」が犯行の動機ではないことを否定しました。

 

そして、加藤智大死刑囚がほとんど非正規雇用労働者だったことから、労働環境に将来性を感じられなかったことに悲観して、社会に対する怒りが動機になったと見る識者もいましたが、加藤智大死刑囚はそれを下記のように否定しています。

 

「若者が希望を持てる社会、などと言われたりしているようですが、意味不明です。何故そうやって社会のせいにするのか、全く理解できません。あくまでも、私の状況です。社会の環境ではありません。勝手に置き換えないでください。」

 

引用:Wikipedia – 秋葉原通り魔事件

 

そして、加藤智大死刑囚は携帯のネット掲示板で”不細工スレの主”というキャラを確立し、”人生の負け組”で”女にモテない”こと、”2次元しか愛せないオタク”や”生え際が後退している”ことなどをネタにしていましたが、これらはコンプレックスではなくあくまでネタであるため犯行動機ではないことを語っています。

 

他にも、加藤智大死刑囚がネット掲示板で犯行の数日前に暴力的なゲームである『ひぐらしのなく頃に』や『GTA(グランドセフトオート)』について言及していたため、ゲームが原因だとする説も浮上しましたが、加藤智大死刑囚にとってゲームはあくまで友人ウケの良いオタクキャラを演じるためのツールだったため犯行動機ではないと否定しています。

 

また学歴へのコンプレックスも指摘されたものの、加藤智大死刑囚は否定しています。

 

 

加藤智大死刑囚の本当の犯行動機は何だった?

警察や検察が掲げた犯行動機はどれも捏造されたものだと批判した加藤智大死刑囚の本当の犯行動機は何だったのでしょうか?

 

加藤智大死刑囚は獄中から出版した自著『解+』の中で犯行の動機について触れています。

 

それを要約すると、「母は自分の価値観が絶対であり、それに反論することは許されなかった。私も同様で自身の価値観に反することをする人間を許さない」というもので、ネット掲示板を荒らした人間への間接的報復として大量殺人を思い立ったという。

 

「ネット掲示板に張り付く人間=秋葉系のオタク」というイメージが加藤智大死刑囚の中にあったのでしょう。

 

また、この動機に加えて加藤智大死刑囚の極端な性格も動機のひとつだったと言えるかもしれません。

 

加藤は、短期間で転職を繰り返した理由は、上記のように職場や人間関係に対して不満があると、雇用主や同じ職場で働いている人と話し合いをせずに、不満への抗議の表明手段として、無断欠勤してそのまま職場放棄して退職するという、極端な考え方とその現象としての言動が原因であると、裁判で供述している。

 

引用:Wikipedia – 秋葉原通り魔事件

 

つまり、加藤智大死刑囚は生まれた環境や育ってきた環境、仕事をしてきた環境など自身の人生全てに絶望していたため、「大量殺人を犯して死刑囚になる」という人生のフェードアウトの仕方を選んだのかもしれません。

 

加藤智大死刑囚は何の問題もなく幸せに生きているように見えた多くの人達への憎しみが大きく、自殺をするぐらいならできるだけ多くの人を殺して人生の幕を閉じようと考えたのかもしれません。

 

 

加藤智大死刑囚、「死刑囚表現展」で受賞

加藤智大死刑囚は死刑廃止運動をする団体が主催する「死刑囚表現展」に獄中から作品を応募し、8人の受賞者のひとりとなりました。

 

加藤智大死刑囚は人気ゲーム『艦隊コレクション』をテーマにした”イラストロジック”と呼ばれるパズルの作品を応募して受賞し話題となりました。

 

加藤智大死刑囚が作品を応募した動機は次のように語っています。

 

誰も傷つけずに遊びを遊びとしてわかりやすく楽しんでもらうには何ができたのかと自問したところ、理屈で物事を処理する思考やできそうならこだわるが無理そうならすぐ諦める性格などといった自身の特徴に鑑みればこれがひとつの解ではないかと結論したのが数字を手がかりにドット絵を復元する数理パズル「イラストロジック」を製作することだというわけで、早速やってみた。

 

引用:Yahoo!ニュース – 秋葉原事件・加藤智大死刑囚が「死刑囚表現展」に作品を応募し、受賞した

 

加藤智大死刑囚は没頭していたネット掲示板で独自のキャラクターを作って数人のメンバーで楽しんでいたところ、加藤智大死刑囚の趣旨を理解しない荒らし行為を行う人が大勢現れたことに辟易として、唯一の居場所を失ったことで「秋葉原通り魔事件」を決行するに至ったようです。

 

このイラストロジックは加藤智大死刑囚が”敵を作らずに平和に遊べる”手段として思い立ち、作品として応募したということです。

 

 

 

「秋葉原通り魔事件」加藤智大の弟・加藤優次が自殺

加藤智大死刑囚の弟・加藤優次さんは自殺する道を選んだ

兄である加藤智大死刑囚は大量殺人犯になることで人生を終える道を選んだのに対し、弟の加藤優次さんは「兄のようになりたくない」と自ら命を絶つことで人生を終える道を選択しました。

 

加藤智大死刑囚と同じく、弟の加藤優次さんもまた過剰なDV教育をしてきた母親の被害者であり、5年間引きこもるなど兄よりも引っ込み思案な性格だったことから自殺の道を選んだようです。

 

「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

加藤優次さんは「秋葉原通り魔事件」が起きた直後から自殺する直前まで同じ記者のインタビューを受けており、自殺する前の2014年1月31日には記者宛にA4判で250枚に及ぶ事件について考察した手記が入っていたという。

 

そこには”加害者の家族”に待っていた地獄のような日々が綴られていたそうです。

 

 

加藤智大の弟は社会に居場所を無くした

「秋葉原通り魔事件」の夜、退職届を書いた加藤優次さん

加藤優次さんは事件が起こった夜に勤めていた会社にマスコミが押しかけて迷惑をかけないために退職届を書いたという。

 

東京で働いていた弟の加藤優次さんは、兄である加藤智大死刑囚のせいで退職し、東京を離れることを余儀なくされました。

 

事件から3ヶ月が経過して報道陣の動きも落ち着くと、加藤優次さんはアパートを引き払って埼玉へ引越し、そこでアルバイトを始めたそうです。

 

加藤優次さんは”凶悪犯罪者の弟”ということでネット上で晒し者になっていたようで、あることないことを好きに書かれていたようです。

 

自分の名前を検索すると、すぐヒットする状態にありました。弟は高校でイジメに遭っていた、と同級生という人物による書き込みもあった。事実ではないことも書かれていましたが、事実もありました。自分を知る人間が書き込んでいる。それは間違いないことでした。

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

そして、加藤優次さんは次第にマスコミの心無い記者に追い詰められるようになります。

 

 

加藤智大の弟はマスコミに追い詰められた

マスコミにとって犯罪者の弟も犯罪者扱い

加藤優次さんは隠れるようにして地方に転居しても、すぐにマスコミが嗅ぎ付けてやってくることに心が消耗していたようです。

 

加藤優次さんはマスコミの追従を逃れるように、東京と埼玉を行ったり来たりして住居と職場を変えていましたが、記者はそれでもすぐに現れていたようです。

 

「引っ越して、住民登録を済ませると、1ヵ月も経たないうちにマスコミの人が来るんです。インターフォンが鳴り、ドアが乱暴に叩かれる。なんでわかるんだろう、と恐怖を覚えるとともに、やっぱり逃げられないんだな、とあきらめのような感情が湧きました」

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

質の悪いマスコミ記者にとって見れば、加藤優次さんを追い回して事件についてのコメントを貰う他、追い詰めて何か事件を起こせばまたネタになるくらいに思っていたのかもしれません。

 

大事件が起これば起こるほど儲かるマスコミにとってみれば、加藤優次さんのような存在は飯の種として魅力的だったことでしょう。

 

 

加藤智大の弟は最愛の彼女にも裏切られた

加藤優次さんに自殺の道を選ばせたのは彼女だった

加藤優次さんはマスコミに追い回され、仕事先で加藤智大死刑囚の家族だと分かれば解雇されるなど苦しみの中で一筋の光であり希望だったのが彼女の存在でした。

 

加藤優次さんは「秋葉原通り魔事件」が起きてから1年あまりが過ぎた頃に彼女ができたそうです。

 

加藤優次さんは彼女に加藤智大死刑囚との関係を包み隠さず話し、「兄は兄、弟は弟だから関係ない」という言葉を貰い、心の支えとなっていたようです。

 

希望が芽生えた加藤優次さんは彼女と結婚するために仕事に意欲を燃やし、アルバイトから正社員になることができました。

 

しかし、彼女の両親にも自身の素性を明かしていて交際に反対はされていなかったようですが、いざ結婚となると彼女の両親は猛反対をし出したという。

 

そんな中でマスコミが加藤優次さんのアパートに訪れて乱暴にドアを叩く度に彼女は動揺し、両親の猛反対もあって次第に彼女の心も疲れ、言ってはいけない一言が飛び出したようです。

 

「あなたが犯人の弟だから…」

 

さらに、加藤優次さんの心を崩壊させた彼女の一言は次のものでした。

 

一番こたえたのは「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は」と宣告されたことです。これは正直、きつかった。彼女のおかげで、一瞬でも事件の辛さを忘れることができました。閉ざされた自分の未来が明るく照らされたように思えました。

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

彼女に罪はないものの、一筋の希望の光だった彼女を失った加藤優次さんは生きることを諦めて自殺してしまいます。

 

 

加藤智大の弟は250枚の手記を残して自殺

加藤優次は一度の自殺未遂を経て2度目で自殺

加藤優次さんは「秋葉原通り魔事件」について家族の視点を綴った本を出版したいとお世話になっていた記者に250枚の手記を送りましたが、その後自殺を決行しました。

 

加藤優次さんは自分の中に眠る”兄と同じ部分”に気づいた時、それまで心を支えてきた何かが崩壊するのを感じたという。

 

そのため、加藤優次さんは兄・加藤智大死刑囚とは違うことを証明するために接見を臨み東京拘置所を訪れましたが、加藤智大死刑囚は家族を拒絶しており一度として面会することはできませんでした。

 

手紙もゆうに50通以上送っていたようですが、一通の返事も帰って来なかったという。

 

「自分は兄とは違う。直接会って、それを確認したいんです」だが、優次は最後まで、兄に会えなかった。加藤は家族を拒否していた。面会どころか、差し入れすら拒否された。実は死の少し前にも、優次は拘置所を訪ねている。「今度こそ会えると思ったのに。一度でいいから会いたかった」

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

加藤優次さんが手記の中で「兄は母のコピー1号だと言う、その法則に従えば自分はコピー2号だ」と語ったのは、どうしても払拭できない殺人鬼である兄と同じ部分が自分の中にあることを認めざるを得なかったからなのでしょう。

 

加藤優次さんは2014年2月上旬に”餓死”という方法で自殺を考え決行しましたが、10日目に水を飲んでしまい断念したそうです。

 

しかし、そのことを手記を送った記者に対して語った加藤優次さんは、それから1週間後に首吊り自殺をしてこの世を去ってしまいました。

 

 

 

加藤智大の父、母は引きこもり暮らし

加藤智大死刑囚の父は職を解雇され引きこもり生活、母親は精神病院へ

二人の息子を失った加藤智大死刑囚の両親は離婚し、その後の生活は悲惨なもので、家族は完全に崩壊してしまいました。

 

地元の信用金庫に勤めていた加藤智大死刑囚の父親は、「秋葉原通り魔事件」の数ヵ月後に会社からの働きかけで退職を余儀なくされたようです。

 

自宅に引きこもった父親の元には脅迫や嫌がらせの電話がひっきりなしにかかっていたようで、電話回線を解約して家中のカーテンを締め切り、電灯をつけずにローソクだけの灯りでマスコミに怯えながら引きこもり生活を続けているそうです。

 

「ご主人が一人でひっそり暮らしています。朝早くに出て夜遅くに帰ってくる毎日で、事件以来、カーテンはずっと閉め切られたままで、夜も電気が点くことはありません。

……そう、あれからずっと、加藤さんはロウソクの灯りで生活しているみたいなんです」

 

引用:週刊現代 – 独占スクープ!「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した

 

母親は兄・加藤智大死刑囚が凶悪殺人犯になってしまったこと、弟・加藤優次さんがそれを苦にして自殺をしてしまったことを受けて罪の意識に苛まれ、心の均衡が壊れて精神病院に入院していました。

 

一時は錯乱状態で面会謝絶状態が続いていたようですが、その後落ち着いて退院し、地元青森に戻って実家に身を寄せるも実母が孫の凶行を知って病気になり急死するなど不幸に見舞われています。

 

その後、母親は実家を出て青森市内のアパートに一人暮らしを始めましたが、父親同様に一日中カーテンは締め切り、真っ暗な部屋で生活を送っているそうです。

 

 

 

「秋葉原通り魔事件」加藤智大についてまとめると・・・

2008年6月8日12時30分に東京秋葉原にある歩行者天国で起きた「秋葉原通り魔事件」の犯人・加藤智大死刑囚について総まとめしてきました。

 

加藤智大死刑囚は母親の異常な虐待教育により精神のバランスを壊し、取り返しのつかない人間性が育ったことで凶悪殺人に及びました。

 

事件勃発当時はネット上の”負け組”、”非リア充”などに属する人たちから「神」「代弁者」などと讃えられましたが、加藤智大死刑囚は自著でそういう人間たちを見下しているため、そうした風潮は収まったようです。

 

加藤智大死刑囚の弟は自殺し、母親と父親は世捨て人同然の生活を送るなど、家族は完全に崩壊しましたが、殺された7人の遺族は心の傷が癒えることはないでしょう。

 

加藤智大死刑囚の死刑執行を以て「秋葉原通り魔事件」に終止符が打たれるのかもしれません。

 

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