人気ファンタジー漫画「ベルセルク」の作者で知られる三浦建太郎さんが死去され悲しみが広がっています。
この記事では三浦健太郎さんの圧倒的な画力や顔画像、高校や大学、結婚、休載の理由や死因となった病気「急性大動脈解離」の事、現在多く寄せられている死を悼むコメントなどをまとめました。
この記事の目次
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)のプロフィール
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の画力が凄い事で知られている
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の顔写真も話題に
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の出身高校
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の出身大学は日本大学藝術学部美術学科
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)は結婚はしていないと言われている
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)は以前からベルセルクを休載していた
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の休載の理由は病気だった?
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の現在…死因は急性大動脈解離と発表
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の急性大動脈解離の原因は私生活にあった?
- 三浦健太郎(ベルセルク作者)の突然の死を悼む声が多数
- まとめ
三浦健太郎(ベルセルク作者)のプロフィール
三浦健太郎のプロフィール
本名 :非公表
生年月日:1966年7月11日
没年月日:2021年5月6日(享年54歳)
出身地 :千葉県
血液型 :O型(ネット上の情報)
三浦健太郎さんは大人気ファンタジー漫画「ベルセルク」などの代表作で知られる漫画家です。
大学在学中、少年マガジンで開催された第34回新人漫画賞で「再び」という作品が入選し1985年に「週刊少年マガジン」でデビューしました。
出典:https://amd-pctr.c.yimg.jp/
三浦健太郎さんは、新人の頃からその高い画力が認められ、漫画雑誌「アニマルハウス(現在のヤングアニマル)」にて人気漫画原作者「武論尊」の「王狼」、「王狼伝」、「ジャパン」などの作画を担当し、1989年に同誌にて「ベルセルク」の連載をスタートさせました。
「ベルセルク」は単行本発行部数4000万部を超える超大ヒット作品となり、現在も国内だけでなく世界中で人気を集めています。
三浦健太郎は2021年5月6日に54歳で死去
2021年5月20日、三浦健太郎さんが同月6日に54歳で死去した事を、「ベルセルク」を連載する「ヤングアニマル」の出版社である白泉社が発表しました。
漫画家の三浦建太郎先生が、2021年5月6日14時48分、急性大動脈解離のため、ご逝去されました。享年54歳でした。
三浦先生の画業に最大の敬意と感謝を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
なお告別式はご家族にて執り行われました。
2021年に入ってから、三浦健太郎さんは「ベルセルク」の完結を示唆する発言をされていた事もあって、この突然の死去にはファンや関係者の間に大きな衝撃が走っています。
この記事では三浦健太郎さんについて改めてまとめていきます。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の画力が凄い事で知られている
三浦建太郎さんの漫画の作画がもはや芸術の域に入ってる気がする‥😭#ベルセルク #未完の大作 #三浦建太郎 pic.twitter.com/9il0v3ZtLE
— 雪だるま (@Yukidaruma_4488) May 20, 2021
三浦健太郎さんといえば、まず最初に話題に上がるのはその圧倒的な画力の凄さです。
三浦健太郎さんの代表作である「ベルセルク」でも、細部まで書き込まれているのに見やすく圧倒的な迫力がある戦闘シーンや、見開きページや大ゴマでこれでもかというほど細部まで書き込まれたモブシーンなど、その圧倒的画力が味わえる場面が次々と登場し、それを眺めているだけでも楽しめます。
「地獄楽」で知られる漫画家・賀来ゆうじさんも画力が注目されていますが、2019年に三浦健太郎さんと対談しており、その画力の高さの理由についてお話しされていました。
それによると、三浦健太郎さんはお母さんがお絵かき教室をやっていた影響で、物心ついた頃からずっと絵を描いているような子供だったのだそうです。
賀来:いえいえ…!僕は三浦先生の画力を構成する要素といいますか、どういった絵の勉強をされていたのかに凄く興味があります。
三浦:ガキんちょの頃から絵を描いていたんですよ。母親がお絵かき教室をやっていて。物心ついたときから後ろの席で落書きとかしていました。
そして、三浦健太郎さんの父親は武蔵野美術大学の出身で、CMの絵コンテを描く仕事をされていたのだそうで、絵を描く環境が家に整っており、それも画力の高さにつながったという内容を話されていました。
三浦:うちの親は武蔵野美術大学に通っていたんです。父親がコマーシャルの絵コンテを描く仕事をやっていたりもして、絵を描く環境がガキんちょの頃から整っていたんですね。それで多分、絵が少し得意分野に…。他の成績は3とかでダメでしたけど、図工だけが4とか5とか(笑)。他に選択肢がないので、迷わずそっちに行きましたね。
三浦健太郎さんの圧倒的な画力を象徴するエピソードとして、新人時代に「はじめの一歩」で知られる漫画家の森川ジョージさんのアシスタントになったものの、「既に(プロとしての)実力を備えている」という理由で1日で帰らされてしまったというものがあります。
また、三浦健太郎さんの画力については海外の漫画ファンの評価も非常に高く、日本で一番画力の高い漫画家として三浦健太郎さんの名前があげられる事も珍しくありません。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の顔写真も話題に
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三浦健太郎さんの顔が気になるという方も多いようです。三浦健太郎さんは、ここ数年で何度かメディアに顔を公開されていました。各メディアでの三浦健太郎さん死去の報道では上の顔画像が使用されています。
三浦健太郎の若い頃の顔画像
上2枚は、三浦健太郎さんの若い頃に撮影された顔画像です。最近のものと比べてもあまり顔は変化していません。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の出身高校
三浦健太郎さんは出身高校を公表されていませんが、都内の美術学科のある高校に通っていたという説が有力です。
というのも、三浦健太郎さんの高校時代の同級生には、「拳闘暗黒伝セスタス」で知られる漫画家の技来静也さんと「ホーリーランド」で知られる森恒二は高校の同級生、「め組の大吾」、「昴」などのヒット作で知られる漫画家の曽田正人さんは高校の2年後輩という情報が明かされているのです。
第一線で活躍する漫画家を少なくともこれだけ輩出している高校という事で、美術学科などで本格的に絵を勉強できる高校に違いないだろうと推測されています。
都内で美術学科のある高校として、「開智日本橋高校」、「片倉高校」、「総合芸術高校」、「東放学園専修高校」、「トキワ松学園高校」、「八王子高校」などの名前が候補として挙げられています。
ちなみに「ベルセルク」に登場する傭兵集団「鷹の団」の個性的なキャラクター達は高校時代の同級生がモデルになっているとの事。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の出身大学は日本大学藝術学部美術学科
三浦健太郎さんの出身大学は「日本大学藝術学部美術学科」です。
三浦 建太郎(みうら けんたろう、1966年7月11日 – )は、日本の漫画家。千葉県出身、日本大学藝術学部美術学科卒。代表作はダーク・ファンタジー作品の『ベルセルク』。
三浦健太郎さんはこの大学在学中に「再び」という読み切り作品が漫画新人賞に入選して漫画家デビューを果たしています。当時から同大学内でもその高い画力は有名だったのだそうです。
ちなみに高校の同級生だった漫画家の森恒二さんは、大学時代も三浦健太郎さんと同じ学部学科に通っていたそうです。
なお、三浦健太郎さんが立教大学出身という説がありますが、これはかつて立教大学大学院で助教授を勤められていた同姓同名の人物がいる事から出てきた噂のようです。
三浦健太郎(ベルセルク作者)は結婚はしていないと言われている
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超売れっ子漫画の三浦健太郎さんでしたが、結婚はされておらず独身を貫かれていたと言われています。
2013年には一般のTwitterユーザーの方が三浦健太郎さんが結婚していない事を窺わせるツイートを投稿されていました。
三浦建太郎はアイマスにハマった云々もあるけど、もう40歳過ぎてるしアシも居ない、奥さんもいねえ友達も忙しいで常に1人の状態。体力的にも精神的にもキツかったってのは明白だからなあ。
— ごみょ@嗚海護(おみまもる) (@gomyo) August 18, 2013
一般の方のツイートなので、三浦健太郎さんが結婚されていなかった事の証拠になるかというと微妙ですが、三浦健太郎さん本人や関係者の方もこれまでに結婚を匂わせるような発言をされた事がないため、三浦健太郎さんは結婚していなかった可能性が高いと思われます。
三浦健太郎(ベルセルク作者)は以前からベルセルクを休載していた
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三浦健太郎さんの代表作品である「ベルセルク」は現在も完結していませんが、実は2021年1月の第363話を最後に休載が発表されていました。
「ベルセルク」はこれまでにも何度か休載したことがあり、三浦健太郎さんが過去に何度か体調不良を訴えていたことなどから、救済の理由は体調不良では?と心配する声も多く上がっていました。
その一方で、「HUNTER×HUNTER」の作者で、休載が非常に多い漫画家として知られる冨樫義博さんに因んで命名された、漫画が描きたくなくなる病気「冨樫病」が休載の理由ではないかとの見方もありましたが、三浦健太郎さんは漫画を描くことに非常に強い情熱を持たれていた事が知られているので、休載の理由は「冨樫病」ではないという声がネットでは優勢となっていました。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の休載の理由は病気だった?
三浦健太郎さんの代表作「ベルセルク」は2021年1月を最後に休載となり、それから4ヶ月後の同年5月に三浦健太郎さんの突然の死去が発表されたことから、「ベルセルク」休載の本当の理由は三浦健太郎さんの病気だったとの見方が広がっています。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の現在…死因は急性大動脈解離と発表
三浦健太郎さんの死因は「急性大動脈解離」という病気だと発表されています。
三浦健太郎さんの死因となった急性大動脈解離という病気について病理医の榎木英介さんが分かりやすい解説をしてくれていたので引用して紹介します。
大動脈解離は、心臓から出発し、お腹まで達する大きな血管である大動脈の壁が真ん中で剥がれる病気だ。本来大動脈はしなやかで、内側を流れる血液の圧力を柔軟に受け止める。簡単には剥がれるものではない。しかし、高血圧、動脈硬化により血管の壁に傷がつき、硬くなると、圧力に耐えられなくなる。これが原因で、内側から剥がれてしまうことがあるのだ。
榎木英介さんの解説によると、この病気は何の前触れもなく発症することがほとんどで、約半数程度が発症から48時間に亡くなるというかなり危険な病気のようです。
この事から、三浦健太郎さんの死去は、本人にとっても周囲にとってもかなり突然のことだったのではないかと推測されます。
そのため、三浦健太郎さんは病気を理由に休載したというよりは、休養のために休載している最中にこの「急性大動脈解離」という病気が発症して、思わぬ形で亡くなられた可能性もありそうです。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の急性大動脈解離の原因は私生活にあった?
三浦健太郎さんの死因となった急性大動脈解離について、なぜ三浦健太郎さんが54歳という若さで急性大動脈解離になってしまったのかも注目されています。
三浦健太郎さんは『ヤングアニマル』の巻末コメントなどで、自身の私生活の様子を明かしていたことがあります。
以下、その一部を抜粋します。
巻末コメント健康篇
・この2か月で平均睡眠時間が4時間を切った。これでもうすぐ里中さん。(1993年・23号)
・俺の休みは2か月に半日。もう4年も2日続けて休んでない。そろそろあちこちガタがきてる。(2004年・23号)
巻末コメント日常篇
・ひと月半ぶりに休みがとれて外出したら熱射病にやられた!!(1995年・17号)
・長い間、人に会わないと口がうまくまわらなくなる。(2002年・7号)
・俺の体の2/3はカロリーメイトで出来ている。・・・ということはベルセルクの2/3は大塚製薬の提供か?(2009年・19号)
三浦健太郎さんの巻末コメントから、平均睡眠時間が少ない、引きこもりがちの生活であったことがわかります。
三浦健太郎さんの死因となった急性大動脈解離の原因については以下のようになっています。
大動脈解離の原因としては、動脈硬化、高血圧、高脂血症、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、喫煙、ストレス、マルファン(Marfan)症候群などの先天的な(生まれつきの)遺伝性疾患、などが考えられます。特に高血圧は重要な危険因子です。
大動脈解離の原因の中でどれが三浦健太郎さんに当てはまるのか定かではありませんが、三浦健太郎さんの生活習慣が大動脈解離を誘発したのではとネットでは予想されています。
三浦健太郎(ベルセルク作者)の突然の死を悼む声が多数
有名漫画家の方々が、三浦健太郎さんの突然の死を悼む声を多数発表されています。三浦健太郎さんの素晴らしい人柄が垣間見える内容ばかりなのでごく一部ですが紹介します。
その後まさかの年賀状に、残暑お見舞いのイラスト付きハガキまでが届き、三浦先生の気遣いに驚かされました、『目指せ漫画家!』と書いてあったそのハガキは、漫画家になった今でも大切な宝物です、
— TETSUO(乾良彦)マンガ家 (@inuiyoshihiko) May 20, 2021
心からご冥福をお祈りします。
彼がどれほど描けるのか知らないので自分の描いたものを見せて、これに似せて下さい、と。
— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) May 20, 2021
出来上がりに度肝を抜かれました。
あまりにも年齢にそぐなわないのです。
何点が描いてもらった後、すでに僕は彼に興味津々でした。
まだ若かった僕らは手を止め漫画のことを語り合いました。
三浦建太郎さんが亡くなられたとの報。そうか、「ベルセルク」の続きはもう読めないんだね。いつか直接お目にかかれたら拙作「牙の旅商人」のオビに推薦のコメントを頂けたお礼を申し上げたかったのに、もうそれも適いません。今はただ心からご冥福をお祈り申し上げます。
— 七月鏡一 (@JULY_MIRROR) May 20, 2021
こうしたコメントからは三浦健太郎さんの素晴らしい人間性が痛いほど伝わってきます。その才能が失われた事も含めて早すぎる死が惜しまれます。
まとめ
今回は世界的人気を誇るファンタジー漫画「ベルセルク」の作者で、2021年5月にあまりにも突然に死去された漫画家・三浦健太郎さんについてまとめてみました。
三浦健太郎さんは、圧倒的な画力とスケールの大きな物語で世界的な人気を得ている漫画家でした。「ベルセルク」は4000万部を超える大ヒット作品となっています。
そんな三浦健太郎さんは都内の美術学科のある高校出身だと言われており、その後進学した日本大学藝術学科在学中に漫画家としてデビューし、大学卒業後に1989年に代表作となる「ベルセルク」の連載をスタートしました。
三浦健太郎さんは結婚はされておらず独身を貫かれたとみられています。
「ベルセルク」は2021年1月を最後に休載しており、その休載理由は体調不良や「富樫病」などが噂されていましたが、そのわずか4ヶ月後に「急性大動脈解離」という病気を死因に亡くなられました。
三浦健太郎さんの突然の死に、多くの有名漫画家から多くのコメントが寄せられており、その素晴らしい人柄が伝わります。
最後になりましたが、三浦健太郎さんのご冥福をお祈りします。