2024年に担当保護司の新庄博志さんを殺害した飯塚紘平が注目されています。
この記事では飯塚紘平の生い立ちや親などの家族、中学や高校、事件までの経歴、知的障害の可能性、保護司の新庄博志さんを殺害した事件の経緯や動機、裁判や判決など現在の状況などについてまとめました。
この記事の目次
- 飯塚紘平は担当保護司の新庄博志さんを殺害した容疑で逮捕された無職の男
- 飯塚紘平の生い立ち
- 飯塚紘平の家族…両親と3人暮らしできょうだいの有無は不明
- 飯塚紘平の経歴① 出身中学は「大津市立仰木の里中学校」と推測
- 飯塚紘平の経歴② 高校を中退
- 飯塚紘平の経歴③ 大学を2ヶ月で中退
- 飯塚紘平の経歴④ 2018年にコンビニ強盗で逮捕され執行猶予付有罪判決
- 飯塚紘平の経歴⑤ 2021年2月〜3月は大津市内の物販店でアルバイト
- 飯塚紘平の経歴⑥ 2022年2月から4ヶ月間大津市内の建設会社で勤務
- 飯塚紘平の経歴⑦ スーパーに勤務もトラブルを起こし2023年中に退職
- 飯塚紘平の保護司・新庄博志さんを殺害した事件の概要
- 飯塚紘平の現在…裁判で事件の動機を語る・一審の判決は無期懲役
- まとめ
飯塚紘平は担当保護司の新庄博志さんを殺害した容疑で逮捕された無職の男

飯塚紘平(事件当時35歳)は、自身の担当保護司(強盗で有罪判決を受け保護観察中だった)の新庄博志さん(事件当時60歳)を殺害した容疑で逮捕された無職の男です。
事件の現場となったのは滋賀県大津市仰木の里東の新庄博志さんの自宅内でした。飯塚紘平は担当保護司の新庄博志さんとの面談のために訪れていたとみられています。
飯塚紘平は過去に強盗事件を起こした他、職場でトラブルを繰り返し職を転々とするなどしており、過去の本人の言動から知的障害の可能性も指摘されていました。そうした人物に担当保護司が殺害された可能性がある事件として社会からの関心が集まりました。
飯塚紘平の生い立ち
飯塚紘平の子供時代など生い立ちについてはほとんど情報が出ていません。
ただ、実家が滋賀県大津市仰木の里の一戸建てで、飯塚紘平が両親と暮らしていたとの情報が報じられています。
大津市仰木の里東の保護司でレストラン経営、新庄博志さん(60)を殺害した疑いで逮捕された飯塚(いいつか)紘平容疑者(35)。近所の住人によると、大津市仰木の里の緑豊かな住宅地の一戸建てで、両親と3人で暮らしていたという。
飯塚紘平はずっとこの大津市仰木の里の実家で家族と暮らしていた可能性が高いのではないかと思われます。
飯塚紘平の家族…両親と3人暮らしできょうだいの有無は不明

出典:https://ssl-cache.stream.ne.jp/
飯塚紘平の家族については、両親と3人暮らしであったとの情報が報じられています。
飯塚紘平の家族で存在が明らかにされているのは両親のみで、きょうだいがいるのかについては情報がありません。
飯塚紘平は家族と実家で暮らし、引きこもりがちだったとの情報も報じられています。
新庄さん宅から800メートルほどの近所で両親と3人暮らし。引きこもりがちだったといいます。
また、事件発生日(2024年5月24日)の午前に、飯塚紘平が行方不明になり、母親が行方不明届を出していたと報じられています。
大津市の住宅で5月、保護司のレストラン経営、新庄博志さん(60)の遺体が見つかった事件で、新庄さんが死亡したとみられる同24日の午前から、飯塚(いいつか)紘平容疑者(35)=殺人容疑で再逮捕=の行方が分からなくなり、母親が滋賀県警に行方不明届を出していたことが分かった。
飯塚紘平はこの5月24日の19時より、保護司の新庄博志さんと面談をする予定となっていました。母親がその当日にすぐに行方不明届を出している事を見るに、家族や両親は飯塚紘平の行動を日頃から警戒していたのではないかとの推測もできそうです。
飯塚紘平の経歴① 出身中学は「大津市立仰木の里中学校」と推測
飯塚紘平の事件を起こすまでの経歴についても現在までに判明している内容をまとめていきます。
飯塚紘平の出身中学校は公表されていませんが、事件当時、住所は「大津市仰木の里4丁目」と報じられました。また、実家は「大津市仰木の里の一戸建て」と報じられており、家族と同居していたとの情報も出ている事から、飯塚紘平は子供時代から大津市仰木の里4丁目で暮らしていた可能性が最も高いと考えられます。
大津市仰木の里4丁目の学区から、出身中学校は「大津市立仰木の里中学校」の可能性が最も高いとみられています。
また、出身小学校についても同様の理由から「大津市立仰木の里小学校」の可能性が高いとみられています。
飯塚紘平は中学生の頃にいじめに遭い、辛い学生生活を送っていたということです。
飯塚紘平の経歴② 高校を中退
飯塚紘平の高校も公表されていませんが、高校は中退していることが判明しています。
飯塚紘平には知的障害がある可能性が指摘されており、そのためなのか、飯塚紘平は高校になじめず中退したという事です。
飯塚紘平の知的障害の可能性については、本人のSNS(X)が特定されており、本人が知的障害であるとする内容を何度も投稿しています。
下は、2023年の投稿ですが、当時勤めていたスーパーマーケットでトラブルを起こした際に社長宛に抗議の手紙を送り、それに療育手帳のコピーを添えたとの内容となっています。療育手帳とは知的障害のある方へ交付される障害者手帳です。
1人ストライキの顛末。後これに療育手帳のコピーを添えて某社長さんに送付しました!。結果、私は解雇になりましたが
— (アルパ)カイン🍒。=天才!!。🇷🇺🇨🇳🇮🇳中二病中世派。 (@nnn395221a) August 26, 2023
心理的に私のボロ勝ちでしたね、満足してるので裁判もしません。某スーパーマーケットは障害者差別をやめろ!!
お前達に未来など無い。 pic.twitter.com/PZvGanJQfk
また、その数日後にも、飯塚紘平は、「俺も手帳持ちだし革命的障害者だ」と自身が知的障害を持つ事を示唆する投稿をしています。
せやで、俺も手帳持ちだし革命的障害者だ~!! https://t.co/wuf3iXE4yN
— (アルパ)カイン🍒。=天才!!。🇷🇺🇨🇳🇮🇳中二病中世派。 (@nnn395221a) August 29, 2023
さらに、「軽度の知的障害あり」として療育手帳が交付されていたとの報道も出ています。
鑑別所で検査を受けた際は「質問の意味がわからないことが多かった」などと面接で明かし、後に「軽度の知的障害あり」として療育手帳が交付された。
飯塚紘平の経歴③ 大学を2ヶ月で中退
飯塚紘平はXで、大学に進学したものの2ヶ月で中退したとの内容を投稿しています。
最近の大学って卒業しにくいらしいね
— (アルパ)カイン🍒。=天才!!。🇷🇺🇨🇳🇮🇳中二病中世派。 (@nnn395221a) August 2, 2023
俺は入学から2ヶ月で見切りつけて辞めて、特に後悔は無いわ。
飯塚紘平は高校中退後、高卒認定資格を取得し大学に進学したようですが、結局、大学の授業についていけなかったという事です。
飯塚紘平の経歴④ 2018年にコンビニ強盗で逮捕され執行猶予付有罪判決

飯塚紘平は、29歳頃である2018年10月にコンビニ強盗をして現金2万円を奪って逮捕され、有罪判決を受けています。
飯塚紘平はアルバイト店員の女性に刃物を突きつけて脅しレジにあった現金2万円を奪いました。この事件で飯塚紘平は懲役3年、保護観察付きの執行猶予5年の有罪判決を受けました。
飯塚容疑者は平成30年10月、コンビニで現金2万円を奪う強盗事件を起こし、大津地裁から強盗罪で懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を受けた。
この時に飯塚紘平の担当保護司となったのが、今回の事件で殺害された新庄博志さんでした。
飯塚紘平の経歴⑤ 2021年2月〜3月は大津市内の物販店でアルバイト
飯塚紘平の強盗事件以降の経歴についてはいくつかの情報が公開されています。
まず、2021年2月〜3月まで、大津市内の物販店でアルバイトをしていたとの情報がわかっています。当時の同僚によると、飯塚紘平は周囲に壁を作り、ある日突然「パワハラで精神的苦痛を受けた」などと言って辞めてしまったのだとか。
21年2月頃からは、飯塚容疑者は大津市内の物販店でアルバイトとして勤務。接客はせず、主に商品整理を黙々とこなしていたという。ある従業員は「仲の良い職場だったが、壁を作る感じで会話に入ってくることがなかった」と振り返る。約1か月後、従業員間のLINEに<社風も合わずパワハラも凄く精神的苦痛が酷いため辞めさせて頂きます>とメッセージを残して突如、仕事を辞めた。
なお、この職場にパワハラなどはなかったと当時の同僚が証言しています。
こちらの職場ですが、ホームセンター内のペットショップだったようです。飯塚紘平は接客態度に問題があり、クレームもあったために接客担当から外されて、作業のみをしていたという事です。
飯塚容疑者は地元のホームセンター内のペットショップで働き始めましたが、接客に不向きとされて辞めた。ひっかき傷か何かで手から血を出したまま客にウサギを差し出しクレームを受ける、といったことが重なった
飯塚紘平の経歴⑥ 2022年2月から4ヶ月間大津市内の建設会社で勤務
飯塚紘平は、2022年2月から4ヶ月間は大津市内の建設会社でコンクリートをこそぎ落とす作業をしていたという事です。
22年2月から約4か月勤務した同市内の建設会社でも周囲と会話を交わすことなく、朝から夕方まで型枠に付いたコンクリートをこそげ落とす作業を繰り返していたという。
こちらの職場でも周囲とのコミュニケーションは全くとらなかったようです。
飯塚紘平の経歴⑦ スーパーに勤務もトラブルを起こし2023年中に退職
飯塚紘平は、2023年8月まではスーパーマーケットに勤務していたようです。
これについては、飯塚紘平がXに勤務先への不満を投稿しています。(飯塚紘平の経歴②のところで紹介した投稿参照)
23年8月には<1人ストライキの顛末>として、勤務先とするスーパーへの憤りをつづった文書画像が添付されていた。他の従業員らからの注意に不満を抱き、そのまま早退して無断欠勤を続けたとし、<心理的に私のボロ勝ちでしたね>と記していた。
Xに投稿された手紙画像の内容を見ると、飯塚紘平は別のアルバイト従業員とトラブルになり、納得がいかなかったのか社員に訴えるも、社員にも叱責され、さらに店長に訴えるも、店長からも叱責されたために逆ギレし、1人ストライキをしてそのまま退職へと至った模様です。
飯塚紘平の保護司・新庄博志さんを殺害した事件の概要

飯塚紘平が自身の担当保護司である新庄博志さんを殺害した事件についても、その内容をまとめます。
事件が発覚したのは2024年5月26日、自宅で新庄博志さんが倒れているのを家族が見つけ通報しました。新庄博志さんは上半身刃物で10ヶ所以上も刺されており、死因は失血性ショックでした。
新庄博志さんは、5月24日の19時から担当保護司として飯塚紘平と面談をする予定となっており、当日同時刻の新庄博志さん宅のインターホンのカメラには飯塚紘平が訪れた様子が撮影されていました。
そのため、飯塚紘平が犯人として浮上し、滋賀県警察は5月28日の23時頃、大津市内の路上で飯塚紘平を銃刀法違反容疑で現行犯逮捕(ナイフを所持していた)。その後、取り調べを経て6月8日に新庄博志さん殺害の容疑で再逮捕しています。
飯塚紘平は「私はやっていませんし、何も答えたくありません」などと容疑を否認していたという事です。
飯塚紘平の現在…裁判で事件の動機を語る・一審の判決は無期懲役
鑑定留置を経て起訴される
飯塚紘平は、2024年6月10日に大津地検に送られていますが、起訴はされておらず6月21日に刑事責任能力の有無を調べるための鑑定留置が開始されました。
約4か月の鑑定留置を経て、飯塚紘平は刑事責任能力に問えるとの判断が下され、同年11月に殺人などの罪で起訴されました。
保護司・新庄博志さんを殺害した動機

飯塚紘平のSNSでは、保護司に対する不満を募らせる内容の投稿が複数確認されていました。
Xには昨年、「保護って言葉はクセ者。保護観察とか~。全然保護しない」との書き込みもあった。
政府等の言う保護って言葉はクセ者という事、保護室
— (アルパ)カイン🍒。=天才!!。🇷🇺🇨🇳🇮🇳中二病中世派。 (@nnn395221a) November 3, 2023
保護観察とか〜。全然保護しない。 https://t.co/ZYbdYLI0IM
こうした事から、飯塚紘平が一方的に保護司の新庄博志さんへの不満を募らせたのが動機ではないかと推測されていました。
なお、保護司の新庄博志さんは人格者で誰かに恨まれるような人物ではないとの証言が、周囲の関係者から多数上がっています。新庄博志さんは飯塚紘平の仕事が続かない事に頭を悩ませ、周囲の関係者に相談や手助けを求めていたとの情報も多く出ており、懸命に飯塚紘平と向き合っていたと思われます。

出典:https://www.asahi.com/
2026年2月17日に開かれた初公判で、飯塚紘平は起訴内容について認めたうえで、「守護神さまの声に従いやりました」と述べたという事です。
飯塚紘平は、公判前に行われた心理鑑定(精神鑑定とは別)では自閉症スペクトラムに近い特徴が見られるという指摘を受けたという事で、精神特性から幻聴などもあり、これまでも“守護神”に従って自尊心を保っていたといいます。
事件当時は、仕事が長続きせず面接にも落ち続けていた中で八方ふさがりとなり、ふと保護司の殺害が頭に浮かんだといいます。“守護神”からも「チャンスを逃すのは負け犬」などの言葉もあったという事です。
中学時代にいじめに遭い、辛く、苦しい生活を送っていた被告人。そんな中、心の中から「いじめグループに逆らえ」と声が聞こえた。いじめにより卑屈な思いを抱いていたが、必死に抵抗することで自尊心を取り戻すこととなった。その後、その声の存在を“守護神”と呼ぶようになった。高校になじめない時も“守護神”に相談した。“守護神”からは「親に退学したいと押し通せ」と言われたので実行し中退した。
引用:「最初から俺の人生なんてない」発注書に漢字を書けず、職場では「キモい」と陰口を…保護司男性をメッタ刺しにした飯塚紘平被告がSNSに書き込んでいた「絶望」
一審で無期懲役の判決
裁判で、検察側は、飯塚紘平は仕事が長続きしないのは国のせいだと考えるようになり、国に打撃を与えるために保護司の新庄博志さんの殺害を計画したと指摘。善悪の判断や行動の制御が可能な完全責任能力があったと主張し、無期懲役を求刑しました。
事件当日夜、新庄さん宅で面談中、背後から近づきナイフで刺し、新庄さんに「なんでこんなことするんや」と制止されても無視し、おので複数回切り付けたとした。被告の性格や傾向が表れた犯行で、完全責任能力があったと指摘した。
一方、弁護人は事実関係に争いはないとしたうえで、「行動を制御する能力がなかったか、著しく低下していた」「当時の意思決定には、本人の特性が影響していたことを考慮すべきだ」などと指摘し、有期刑が相当だと主張しました。
2026年3月2日、飯塚紘平には「生命軽視の姿勢は顕著で、悪質性の高さは無差別殺人と遜色ない」として、求刑通り無期懲役の判決が言い渡されました。
谷口裁判長は、発達障害の傾向があるものの、犯行に至るまでの心理状態を合理的に説明できると指摘。「守護神さまの声に従った」とする被告の弁解についても、「自問自答の形で自身の考えを確認していたにすぎない」として、完全責任能力を認めた。その上で動機について、就職などに関する自身の不満を保護観察制度にぶつけて打撃を与えようと考えたとし、「個人的な恨みのない被害者を、国への八つ当たりの道具として利用した」と非難した。
飯塚紘平はこの一審の判決を不服として、大阪高裁に控訴しています。
まとめ
今回は、自身の担当保護司を殺害した容疑で逮捕された飯塚紘平についてまとめてみました。
飯塚紘平は過去にコンビニ強盗での逮捕歴があり保護観察付きの執行猶予判決を受け、今回の事件の被害者である新庄博志さんが担当保護司となっていました。
飯塚紘平の生い立ちの詳しい情報は明らかになっていませんが、軽度の知的障害があるということで、両親や家族と実家で暮らしていたとみられています。
飯塚紘平の経歴や学歴についてですが、推定の出身中学は「大津市立仰木の里中学校」で、高校は中退しており、高卒認定資格を取得した後大学に進学するも、大学も中退しているという事です。
飯塚紘平のその後の経歴については、2018年10月にコンビニ強盗で逮捕されて執行猶予付きの有罪判決を受けた後、ホームセンター内のペットショップや建設会社、スーパーマーケットなどでアルバイトとして勤務するもいずれも長続きせず職を転々としています。職場でトラブルを起こす事も多かったようです。
飯塚紘平が自身の担当保護司である新庄博志さんを殺害した動機ですが、仕事が続かないことなどから八方ふさがりな気持ちになり、“守護神”(幻聴)による助言もあり、殺害を決行したという事のようです。
飯塚紘平には2026年3月に無期懲役の判決が言い渡されましたが、飯塚紘平はこの判決を不服として控訴しています。


















