自民党参議院議員の広瀬めぐみさんがエッフェル塔騒動と赤ベンツ不倫で立て続けに炎上しています。
この記事では広瀬めぐみさんの実家や家族や輝かしい経歴、現在の旦那との結婚や子供、エッフェル塔騒動や赤ベンツ不倫の内容、謝罪会見を行った現在などについてまとめました。
この記事の目次
- 広瀬めぐみのプロフィール
- 広瀬めぐみの実家は岩手県盛岡市の小田島旅館(現在のホテル小田島)
- 広瀬めぐみの家族① 11歳で父親が他界し兄弟らと母子家庭で育った
- 広瀬めぐみの家族② 結婚しており旦那は弁護士で高校の同級生の勝一さん
- 広瀬めぐみの家族③ 子供は長男と長女の2人
- 広瀬めぐみの経歴① 岩手県立盛岡第一高等学校〜上智大学外国語学部
- 広瀬めぐみの経歴② 若い頃に専業主婦子育てをしながら司法試験に合格し弁護士に
- 広瀬めぐみの経歴③ 2022年7月の参院選で初出馬初当選
- 広瀬めぐみは自民党女性議員エッフェル塔騒動で炎上
- 広瀬めぐみは赤ベンツ不倫がスクープされ再び炎上中
- 広瀬めぐみの現在…赤ベンツ不倫を謝罪するも炎上は継続中
- まとめ
広瀬めぐみのプロフィール
広瀬めぐみのプロフィール
生年月日:1966年6月27日
出身地 :岩手県盛岡市中央通り
広瀬めぐみさんは、自由民主党に所属する参議院議員で、2022年7月の参議院議員選挙で当選するまでは弁護士として活躍されていました。
弁護士時代には、女性や高齢者の人権を守る活動に力を入れ、2012年2月に国連で「日本の女性の地位と状況について」というテーマでスピーチを行っています。
2018年7月からは法務省の人権講義「女性と人権」を担当されていました。
そんな素晴らしい経歴を持つ広瀬めぐみさんですが、2023年にエッフェル塔騒動、2024年に赤ベンツ不倫とスキャンダルを連発して注目されています。
ここではこの広瀬めぐみさんについて改めてまとめていきます。
広瀬めぐみの実家は岩手県盛岡市の小田島旅館(現在のホテル小田島)
出典:https://shuhu-tomo-blog.com/
広瀬めぐみさんの生まれ育った実家は岩手県盛岡市中央通1丁目にある「ホテル小田島」です。
広瀬めぐみさんが生まれた頃から実家は「小田島旅館」を営んでいました。
実家は小田島旅館(現ホテル小田島)
広瀬めぐみさんの実家である小田島旅館は、明治30年(1897年)に下宿として創業した老舗旅館で、大正7年(1918年)に現在の場所へ移転し旅館業を営みはじめたという事です。
広瀬めぐみさんが13歳だった1979年に小田島旅館を取り壊してホテルに改装し、1980年にホテル小田島としてグランドオープンしています。
広瀬めぐみの家族① 11歳で父親が他界し兄弟らと母子家庭で育った
出典:https://anytime-report.com/
広瀬めぐみさんは家族については、11歳、小学5年生の時に父親を病気で亡くし、その後は母子家庭で育った事を明かされています。
盛岡市出身の弁護士・広瀬候補だ。11歳で父親を病気で亡くし、母子家庭で育った広瀬候補は「さまざまな困難を抱えている人たちの役に立ちたい」と、21年間弁護士として、子供や女性の権利問題等をライフワークに取り組んできた。
広瀬めぐみさんの母親は、広瀬めぐみさんを含む3人の子供達を女手一つで育てられたそうです。
私は、11歳の時に父親を病気で亡くし、私を含む三人の子どもは母に女手一つで育てられました。
ただ、広瀬めぐみさんの実家は老舗の旅館を経営されていたという事なので、大変ではあったでしょうが貧しいという事はなかったと思われます。広瀬めぐみさんが13歳の時に大規模なホテルに改装をしているくらいなので経済的にはかなり裕福だったのではないでしょうか。
広瀬めぐみの家族② 結婚しており旦那は弁護士で高校の同級生の勝一さん
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広瀬めぐみさんは1994年11月に結婚されています。
平成6年11月 結婚
広瀬めぐみさんが28歳の時に結婚されたようです。
広瀬めぐみさんの旦那さんは盛岡第一高校の同級生で弁護士をされている勝一さんという事です。
この旦那さんの影響で、広瀬めぐみさんは司法試験の勉強を始め、結婚から5年後に合格し弁護士資格を取得されています。
夫は盛岡第一高校の同級生で職業は弁護士。近くで見ていて「面白そう」と思い司法試験に挑戦、結婚の5年後に見事合格した。
広瀬めぐみさんは高校時代にアメリカ・オハイオ州のウエストユニティに交換留学されていますが、帰国し復学した後に隣の席だったのが旦那さんだったそうです。
かつて米国留学後に復学した盛岡一高で隣の席だった夫の職業が弁護士だった。
広瀬めぐみさんが旦那さんといつ頃に交際し始めたのかは明かされていませんが、わざわざ高校の隣の席だったと明かしているところを見ると、高校時代から交際されていたのかも知れません。だとすれば、約10年間の交際を経て結婚されたという事になります。
広瀬めぐみの家族③ 子供は長男と長女の2人
広瀬めぐみさんは1994年に結婚した旦那さんとの間に2人の子供を出産されています。
広瀬めぐみさんの2人の子供は、1996年3月に誕生した長男と、2001年3月に誕生した長女です。
平成8年3月長男、同13年3月長女出産
広瀬めぐみさんの子供2人は、2024年3月の現在は長男が28歳、長女が23歳になるはずです。
広瀬めぐみさんの子供達についての情報はこれ以外には特になく、名前や経歴や職業などは不明です。
広瀬めぐみの経歴① 岩手県立盛岡第一高等学校〜上智大学外国語学部
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実家のところでも触れたように、広瀬めぐみさんは、岩手県盛岡市の出身です。
広瀬めぐみさんは岩手県盛岡市の小学校を卒業しているとみられていますが、公表されていません。候補としては実家のある小田島ホテルの近くにある「盛岡市立桜城小学校」、「盛岡市立仁王小学校」、「岩手大学教育学部附属小学校」の名前があがっています。
広瀬めぐみさんの出身中学校は「岩手大学教育学部附属中学校」で、1979年4月に入学し1982年3月に卒業されています。
広瀬めぐみさんの出身中学である岩手大学教育学部附属中学校は、盛岡市加賀野にある国立中学校で県内でも進学校として知られています。現在の偏差値は「49」ながら、岩手県内では2位となっています。
広瀬めぐみさんの出身高校は、岩手県盛岡市上田3丁目にある「岩手県立盛岡第一高等学校」です。岩手県立盛岡第一高校の偏差値は「69」で、岩手県内ではトップの学力を誇る高校です。
広瀬めぐみさんは、この高校時代にアメリカのオハイオ州のウエストユニティへの1年間の交換留学を経験されています。家族のところでも触れたように、この交換留学後、高校に復学した際に隣の席だったのが現在の旦那さんだったという事です。
旦那さんもその後弁護士になられているという事からも岩手県立盛岡第一高等学校が優秀な学校である事がわかります。
広瀬めぐみさんは1年間留学されているため、同高校には1982年4月に入学して1986年3月に卒業されています。したがって旦那さんは高校の同級生ながら年齢は1歳年下であると推測されます。
広瀬めぐみさんは高校卒業後は、「上智大学外国語学部英語学科」に進学されています。
上智大学は言わずもがな、語学に強い難関の私立大学として知られており、広瀬めぐみさんの卒業した外国語学部英語学科の現在の最新の偏差値は「67.5」と全国でもトップクラスの難関大学です。
広瀬めぐみの経歴② 若い頃に専業主婦子育てをしながら司法試験に合格し弁護士に
出典:https://www.megumi-hirose-law.jp/
前述のように、広瀬めぐみさんは28歳で現在の旦那さんと結婚されています。
上智大学を卒業してから結婚されるまでの経歴については明かされていませんが、高学歴という事もありどこかの一流企業に勤められていたのかも知れません。その後、現在の旦那さんと結婚しその5年後に司法試験に合格し弁護士になっています。
広瀬めぐみさんは28歳だった1994年に結婚されていますが、司法試験の勉強を始めたのは結婚2年前の27歳の時だという事なので、現在の旦那さんと交際されている時に弁護士を目指すようになったようです。
司法試験の勉強を始めたのは27歳。
広瀬めぐみさんは弁護士を目指した理由について、「経済的に自立しないといけない」と思った事と、「主人(旦那さん)が(弁護士を)やっているのをみて面白そうと思った」事をあげています。
この間、1996年に1人目の子供が生まれていますが、保育園に預けている時間に集中して勉強する方法で司法試験合格を目指したようです。当時は結婚後に女性が社会に出ることは難しい時代でしたが、旦那さんは協力的だったようで、広瀬めぐみさんは「家族に感謝している」と話されています。
「専業主婦をやりながら経済的に自立しないといけないと思ったのと、主人がやっているのを見て面白そうだというのもあった」という。幼かった子供を保育園に預け、短期集中型の猛勉強で試験に合格した。女性の社会進出が難しい時代。「私は恵まれていたと思う。家族に感謝している」と話す。
そして、広瀬めぐみさんは結婚から5年後の1999年5月に見事司法試験に合格されています。
2001年9月に弁護士登録し、新銀座法律事務所で勤務されています。この年の3月には2人目の子供も生まれており、9時から18時までの勤務で子育てができずに悩まれたそうです。
その後、広瀬めぐみさんは2008年7月に「広瀬めぐみ法律事務所」を立ち上げて独立。同年10月から2012年9月までは東京家庭裁判所の非常勤裁判官を務められています。
一方、2012年2月には国連で「日本の女性の地位と状況について」というタイトルでスピーチを行っています。
2012年4月からは東京簡易裁判所調停委員、同年10月からは東京家庭裁判所家事調停委員も務められています。
広瀬めぐみの経歴③ 2022年7月の参院選で初出馬初当選
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弁護士として実績を積んだ広瀬めぐみさんは、2021年11月に自民党岩手県連に、2022年夏の参議院議員選挙の岩手選挙区の候補に擁立されました。
自民党県連は27日、来年夏に行われる参院選の岩手選挙区(改選定数1)に弁護士の広瀬めぐみ氏(55)を擁立すると発表した。来月にも公認候補として党本部に上申する。
広瀬めぐみさんは、東京から出馬先の岩手県へと戻り、実家のホテル小田島に勤めながら、岩手県内を回って有権者の声を聞かれたそうです。
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そして、2022年7月10日の第26回参議院議員通常選挙で岩手選挙区から出馬した広瀬めぐみさんは、立憲民主党の現職(当時)の木戸口英司さんに2万2248票の差をつけて初当選を果たしています。
参議院の岩手選挙区で自民党候補が当選したのは1992年以来30年ぶりでした。
参院選岩手選挙区(改選数1)は自民党新人の広瀬めぐみ氏(56)=公明党推薦=が26万4422票を獲得し、立憲民主党現職の木戸口英司氏(58)に2万2248票差をつけて初当選した。事実上の野党共闘で臨んだ木戸口氏を終盤で逆転し、自民候補として1992年以来、30年ぶりの選挙区勝利を果たした。
広瀬めぐみは自民党女性議員エッフェル塔騒動で炎上
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2022年7月に初当選し国会議員となった広瀬めぐみさんでしたが、ちょうど1年後の2023年7月下旬に「自民党女性局海外研修」としてフランスに3泊5日の研修に訪れています。
広瀬めぐみさん、松川るいさん、今井絵理子さんら国会議員4名、30人弱の地方議員、その他党職員ら合計38名での大規模なフランス視察でした。
広瀬めぐみさんら国会議員がこの様子をSNSに投稿したのですが、それがとても研修のようには見えず、まるで海外旅行を楽しんでいるだけのような様子であった事から国民からの批判が殺到し炎上騒動に発展しました。
特に、松川るいさんはパリの観光名所「エッフェル塔」の前で、おどけた様子でエッフェル塔ポーズを決めた記念写真をSNSに投稿して、強い批判を浴びていました。
そして、広瀬めぐみさんも自身のSNSにルーヴル美術館の前でピースサインをする画像や、フレンチやデザートの写真を投稿しまくって批判を浴び炎上しました。
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自民党女性局のメンバー38人が、3泊5日で行ったフランス研修。地元議員と少子化問題について意見交換をすることなどが目的とされていました。 ところが…。 参加者の1人、広瀬めぐみ参議院議員(57)のSNSへの投稿で目立っていたのは、フレンチやデザートの写真です。
広瀬めぐみさんはエッフェル塔の前でポーズを決めたわけではありませんが、この騒動を揶揄されて“エッフェル姉さん”などと一括りに呼ばれています。
広瀬議員は1966年6月27日生まれ、盛岡市出身。22年7月の参院選で初当選。23年7月には自民党女性局の仏・パリ視察で、松川るい参院議員らがエッフェル塔の前で撮影した写真をSNSに投稿するなどして騒動になった。SNSでは「エッフェル姉さん」などと揶揄(やゆ)された。プライベートでは94年に結婚し、子供2人をもうけている。
広瀬めぐみは赤ベンツ不倫がスクープされ再び炎上中
エッフェル塔騒動で炎上し批判を浴びた広瀬めぐみさんでしたが、この時はどちらかといえば松川るいさんの方に強い批判が集まったため、そこまで批判されていませんでした。
ところが、エッフェル塔騒動もまだ記憶に新しい2024年2月29日発売の「週刊新潮」(2024年3月7日号)に、広瀬めぐみさんが派手な赤ベンツを乗り回してカナダ国籍の有名サックス奏者であるアンディ・ウルフさん(当時56歳)と不倫に勤しんでいるという内容の記事を掲載しました。
しかも、週刊新潮が広瀬めぐみさんとアンディ・ウルフさんの赤ベンツ不倫を目撃し証拠写真を激写したのは、エッフェル塔騒動からわずか3ヶ月後の2023年10月30日だったという事です。
出典:https://www.dailyshincho.com/
週刊新潮の記事によると、その日、広瀬めぐみさんは赤ベンツを自ら運転して19時半過ぎに東京青山に乗り付け、アンディ・ウルフさんをピックアップして渋谷区神宮前のレストランに移動したそうです。
出典:https://www.dailyshincho.com/
このレストランで広瀬めぐみさんとアンディ・ウルフさんはお互いの手をさするようにするなど親密な様子だったという事です。食事を終えてレストランを出て駐車場の赤ベンツに向かう時も2人は体を寄せ合い固く手を繋ぎ、時折見つめ合い、広瀬めぐみさんが赤ベンツの駐車料金を支払う間も、アンディ・ウルフさんが広瀬めぐみさんの肩に手を置くなどスキンシップを欠かさなかったそうです。
出典:https://www.dailyshincho.com/
その後、赤ベンツに乗り込んだ2人が向かったのは、新宿歌舞伎町にある最上階のVIPルーム4室に露天風呂とプライベートガーデンを備えた高級ホテルだったそうで、23時過ぎに2人でチェックインしたようです。
広瀬めぐみさんとアンディ・ウルフさんはこのホテルで一夜を過ごし、翌31日午前7時15分に広瀬めぐみさんは1人ホテルを出て、赤ベンツに乗って国会へ直行したとの事でした。
この日の国会で、広瀬めぐみさんは終始あくびをし、目頭を押さえたり、こめかみをもんだり、座り直したりとかなり眠たそうな様子であった事も週刊新潮の記事には書かれています。
そして、2024年2月14日、広瀬めぐみさんは赤ベンツを自ら運転し、神宮前ショップでアクセサリを購入し、東京駅近くの店でチョコレート10個近くを購入した後、14時50分に青山の路上に赤ベンツを停車させたそうです。
ほどなくしてアンディ・ウルフさんがそこへやってきて赤ベンツに乗り込んだという事です。
ただ、この日は食事デートやホテル宿泊などはなく、赤ベンツでアンディ・ウルフさんの自宅らしきマンションへ送って行っただけだったとの事でした。
2月25日に週刊新潮の直撃取材を受けた広瀬めぐみさんは、最初は「(アンディ・ウルフさんとは)お友達です」、「(食事デートの事は)あんまりよく覚えていないです」などと惚けていたものの、次第に焦りを見せ始めたようです。
そして、最終的には広瀬めぐみさんは「しょうがない、もう撮られてるんだから」と、不倫関係を半ば認めるような発言をされたようでした。
「私よりも彼は、彼も仕事……これでもし失うと大変だと思うので。まあ、要は不倫関係にありますっていうことを掲載されると、私はともかくとして、彼のほうが生活が大変なんじゃないかしらって思うので」
――(ホテルの駐車場に車が入る場面の写真を見せながら)ホテルに入ったんですね?
「まあ、そうでしょうね。しょうがない、もう撮られてるんだから」
広瀬めぐみの現在…赤ベンツ不倫を謝罪するも炎上は継続中
赤ベンツ不倫の記事が掲載された「週刊新潮」(2024年3月7日号)が発売された2024年2月29日、広瀬めぐみさんはオフィシャルサイトに謝罪文を掲載しています。
昨日のデイリー新潮web版及び本日発売の週刊新潮で、私の交際関係についての報道がなされております。岩手で私を支えて下さっている方々の信頼を損ない、ご迷惑をおかけしてしまったこと、家族の信頼を裏切り辛い思いをさせてしまったことを心から謝罪申し上げます。また、私の軽率な行動により、皆様に不快な思いと不信感を与えてしまい、本当に申し訳ございませんでした。
その後、広瀬めぐみさんは2024年3月5日に地元の岩手県盛岡市でわずか6分ほどの質疑応答もない謝罪会見を開きました。
広瀬めぐみさんは赤ベンツ不倫報道について謝罪した後、旦那や子供に対する申し訳ない気持ちだと述べ「それでも家族はこんな私を許してくれ、今後もひとつの家族としてがんばっていこうと言ってくれました。」と、家族が許してくれた事なども明かしていました。
広瀬めぐみさんは、自民党岩手県連役員副会長を辞職した事を明らかにしましたが、議員辞職や離党は否定したという事です。
赤ベンツ不倫を謝罪はした広瀬めぐみさんですが、批判の声は全くおさまっておらず現在も炎上が続いています。
まとめ
今回は、エッフェル塔騒動や赤ベンツ不倫スキャンダルで炎上している、自民党参議院議員の広瀬めぐみさんについてまとめてみました。
広瀬めぐみさんの実家は岩手県盛岡市で、明治創業の老舗の旅館から続く「ホテル小田島」を営んでいます。
広瀬めぐみさんの家族については、父親が早くに亡くなったため母親に女手1つで育てられた事や兄弟が2人いる事などが明かされています。
広瀬めぐみさんは1994年に結婚しており、旦那さんは弁護士で高校時代の同級生だと明かされています。この旦那さんとの間に子供が2人おり、1996年3月に誕生した長男と、2001年3月に誕生した長女である事を明かしています。
広瀬めぐみさんの経歴は、岩手県立盛岡第一高等学校を経て上智大学外国語学部英語学科を卒業し、1999年5月に司法試験に合格して2001年9月に弁護士として働き始めています。弁護士としては、東京家庭裁判所の非常勤裁判官、東京簡易裁判所調停委員、東京家庭裁判所家事調停委員などを務め、2012年2月には国連で「日本の女性の地位と状況について」のスピーチもしています。
その後、自民党岩手県連に擁立されて参議院議員選挙に岩手選挙区から出馬して初当選し、2022年7月から国会議員を務めています。
そんな広瀬めぐみさんですが、2023年7月には研修先として訪れたフランスでのまるで観光旅行のような様子が批判され炎上した「エッフェル塔騒動」を起こし、2024年2月には週刊新潮によって「赤ベンツ不倫」のスキャンダルを報じられて批判が集まっています。
広瀬めぐみさんは謝罪会見を行いましたが、現在も批判は収まらず炎上が続いている状況です。