俳優の渡瀬恒彦さんが、2017年3月に多臓器不全のためお亡くなりになられました。渡瀬恒彦さんは胆のうがんで余命1年宣告されており激やせしていたようです。
ここでは渡瀬恒彦さん死亡の訃報や死因について、また病気の経過に関する情報を詳しくまとめました。
渡瀬恒彦のプロフィール
名前:渡瀬恒彦(わたせ・つねひこ)
出身地:島根県能義郡安来町
生年月日:1944年7月28日
身長:174cm
血液型:AB型
出身高校:三田学園高等学校
学歴:早稲田大学法学部除籍
デビュー:1969年
所属事務所:東映マネージメント
兄は俳優の渡哲也さん
渡瀬恒彦さんは渡哲也さんの弟で、同じく俳優として活動しています。
もともと電通PRセンターに勤務していたサラリーマンでしたが、東映から熱烈なスカウトを受け、1969年に芸能界入り。以降多くの映画に出演していて、アクションシーンではスタントマンを立てずに自ら演じるなど体当たりな演技をしていたことでも知られています。
デビュー以降は映画を中心に活動していましたが、やがてテレビドラマにも多く出演していくようになり、1992年から始まった「十津川警部」、2002年からの「おみやさん」、2006年からの「警視庁捜査一課9係」などの警察シリーズものに出ることが多いです。
私生活では、1973年から1978年まで女優の大原麗子さんと結婚していました。離婚した翌1979年に一般女性と再婚し、その方が現在の奥様でもあります。
健康面では、1994年に一度脳梗塞を起こしたことを明かしています。
渡瀬恒彦が死去~死因や余命宣告された時の激やせ写真も公開
出典:i.ytimg.com
渡瀬恒彦の死因は?
2017年3月14日、渡瀬恒彦さんが多臓器不全のため、都内の病院でお亡くなりになられました。
渡瀬恒彦さんは胆のうがんを患っていましたが、2月中旬に左肺に気胸を発症し、入院治療を続けていましたたが、3月に入って敗血症を併発。3月14日夜に息を引き取ったといいます。
渡瀬さんは2015年夏ごろ、体調不良を訴え、検査の結果、肝臓と十二指腸の間にある胆のうにがんが見つかった。都内の大学病院で5カ月間、抗がん剤の投与と放射線治療を行い、様子を見ながら仕事に復帰。しかしがんは完治せず、入退院を繰り返しながら撮影に取り組んでいた。
しかし、2月中旬、左肺に気胸を発症し、入院治療を続けていたが、今月に入って敗血症を併発。14日夜に息を引き取ったという。
多臓器不全とは「生命維持に必要な複数の臓器の機能が障害された状態のこと」を指し、そこに至るまでの原因があります。
渡瀬恒彦さんの死因は敗血症による多臓器不全と発表されていますが、そこに至るまでは胆のうがんの影響が大きかったようです。
渡瀬恒彦、余命宣告されていた…激やせ写真も
兄の渡哲也さんのコメントによると、胆のうがんのステージは4で余命1年と言われていたようです。
14日に多臓器不全のため72歳で亡くなった俳優・渡瀬恒彦さんの実兄で兄の渡哲也が16日、報道各社に直筆FAXを送信し、弟の死を悼んだ。
「当初よりステージ4、余命1年の告知を受けておりましたので、今日の日が来る覚悟はしておりましたものの、弟を失いましたこの喪失感は何とも言葉になりません。幼少期より今日に到までの二人の生い立ちや同じ俳優として過ごした日々が思い返され、その情景が断ち切れず辛さが募るばかりです」
渡瀬恒彦さんは胆のうがんで激やせしていたといいます。
渡瀬恒彦の激やせ写真・・・余命が危ぶまれていたが・・・。首が細い・・・ pic.twitter.com/IREf09NWMp
— トレンド情報局 (@sougosien13) 2017年3月15日
渡瀬恒彦が患った胆のうがんとは?症状・ステージなど
渡瀬恒彦さんが、胆のうがんを患っていました。ここでは、胆のうがんのステージや症状、その予後などをまとめてご紹介していきます。
渡瀬恒彦が患った胆のうがんとは?その症状
渡瀬恒彦さんが患った胆のうがんとは?
まず胆のうとは、肝臓で出た胆汁(脂肪などを消化する)を一時的に保管しておくための器官で、必要な時に胆のう菅や総胆管などを通り、十二指腸に入り消化を助けます。洋ナシのような形をしていて、肝臓・十二指腸へは管で繋がっています。
胆のうがんは胆のうにできる悪性腫瘍で、日本は欧米諸国と比べると胆のうがん発症率が高いとも言われています。女優の川島なお美さんは2015年9月に胆管がんでなくなりましたが、胆のうがん、胆管がんなどを合わせて胆道がんと呼ぶこともあります。
胆のうがんになってしまう原因は、生活習慣や食事との因果関係も含め、まだ明らかになっていません。初期症状がほとんどないため、見つかりにくいがんとされています。
胆のうがんのステージについては、以下のように言われています。
表1 胆のうがんの病期分類
0期 上皮内がん I期 がんが胆のうの固有筋層※1までにとどまっている II期 がんが胆のうの漿膜(しょうまく)下層※1または肝臓と接している結合組織に浸潤がある IIIA期 下記(1)、(2)いずれか、ないし両方を満たし、かつ、領域リンパ節※2への転移がない
(1)がんが漿膜に浸潤している
(2)肝実質およびまたは、肝以外の1カ所の周囲臓器(肝外胆管、胃、腸、膵臓、大網※3)浸潤があるIIIB期 領域リンパ節※に転移があるが、遠隔転移はなく、がんが直接浸潤している範囲は、IIIA期までと同様 IVA期 下記(1)、(2)いずれか、ないし両方を満たし、遠隔転移がない。領域リンパ節転移の有無は問わない
(1)肝臓以外の周囲臓器(肝外胆管、胃、十二指腸、大腸、膵臓、大網)に2カ所以上の浸潤がある
(2)門脈※4の本幹または総肝動脈、固有肝動脈に浸潤があるIVB期 がんの浸潤や領域リンパ節転移に関わらず、遠隔転移がある 日本肝胆膵外科学会編「臨床・病理 胆道癌取扱い規約2013年(第6版)」(金原出版)より作成
胆のうがんは、最初ほとんど無症状ですが、進行具合によって頭痛・悪心・黄疸などの症状が出てくると言われています。
胆のうがんは初期の段階では無症状です。進行するにつれて以下のような症状が出てきます。1)腹痛みぞおちや右脇腹に痛みが出ることがあります2)悪心嘔吐(おうと)、体重減少など胆のうがんに限った症状ではありませんが、これらの症状はがんの進行に伴い、出てくる可能性が高くなります。症状が長く続く場合は医師にご相談ください。3)黄疸(おうだん)がんが進行してくると黄疸の症状が出ることもあります。がんが大きくなることによって胆道が狭められ、行き場のなくなった胆汁が血液中に流れ出すようになります。胆汁に含まれているビリルビンが血液中で濃度が高くなり、皮膚や目の白い部分が黄色くなります。これを閉塞(へいそく)性黄疸といいます。
黄疸になると顔色で判別して気づくというよりも、便・尿に色の変化が起こったり、肌のかゆみが出てきて気づくことが多いそうです。
渡瀬恒彦が患った胆のうがんの予後は?余命・生存率について
胆のうがんは、2006年〜2008年に行われた全国的なモニタリング集計でも、がんの中で生存率が低い分類に組み分けされています。
生存率が低い群(0-39%)に属する部位は、 脳・中枢神経系、多発性骨髄腫、肝および 肝内胆管、胆のう・胆管、膵臓であった。
実際の罹患者数もご紹介。
わが国の2013年の胆のう・胆管がん死亡数は男性約8,900人および女性約9,300人で、それぞれがん死亡全体の4%および6%を占めます。2011年の胆のう・胆管がんの罹患(りかん)数(全国推計値)は、男性約12,300例および女性約11,400例で、男女ともにがん罹患全体の3%を占めます。
胆のうがんの予後(余命・生存率)については、媒体によって数値が異なることもありますが、以下のように言われています。これは2005年〜2007年の統計で外科治療を始め、放射線、化学療法などの治療を受けた方の数値です。
胆のう・胆管がんの病期別生存率
病期 症例数(件) 5年相対生存率(%) I 478 60.1 II 451 26.7 III 241 17.3 IV 540 2.9 全症例 1,848 27.3
渡瀬恒彦の病気の経過を振り返る
渡瀬恒彦、胆のうがんが発覚したのは2015年秋
渡瀬恒彦さんが2016年4〜6月に出演した「警視庁捜査一課9係season11」。
放映中の2016年5月に、胆のうがんであることが報じられました。
渡瀬恒彦さんが胆のうがんだと判明したのは2015年秋でした。
2016年5月に週刊誌「女性セブン」で胆のうがんであることを報じられ、その内情が所属事務所コメントより明らかになりました。
渡瀬恒彦に関しまして、昨年の秋、検査で胆のうに腫瘍が発見されました。
その後の治療経過は順調で、体調のほうも問題なく仕事に臨んでおります。
今後も治療は続きますが、皆様に楽しんでいただけるドラマを作り続けたいと思っております。
2015年秋に胆のうがんと診断された渡瀬恒彦さん、2015年7月には肺炎で緊急入院していたことが報じられていますが、これも関係していたのでしょうか。
(渡瀬恒彦、肺炎で緊急入院も「迷惑かけられない」と強行退院)
2015年秋に胆のうがんが判明してから渡瀬さんは闘病生活に入りましたが、2015年12月には現場復帰を果たしています。
レギュラーの主演ドラマを数多く持ち、久しく長期休暇を取っていなかった渡瀬は5カ月間、仕事を入れず、抗がん剤の投与と放射線治療を受けた。
その効果が出て、昨年12月にテレビ朝日系の「おみやさん」の撮影を京都でこなし、現場復帰を果たした。所属事務所も「その後の治療経過は順調で、体調の方も問題なく仕事に臨んでいます。今後も治療は続きますが、皆さまに楽しんでいただけるドラマを作りたいと思っております」と説明している。
この時は治療の経過が良好だったということで、半年もせずに復帰となりました。
渡瀬恒彦、2016年9月「十津川警部」シリーズ降板
渡瀬恒彦さんが1992年から主役を務めていた人気ドラマシリーズ「十津川警部」。
順調に俳優活動に復帰したかと見られた渡瀬恒彦さんでしたが、2016年8月に再びその健康状態が心配される報道がありました。
2015年12月に復帰したとはいえ、その後も闘病生活は続き、撮影現場で体調不良を訴えることもあったという渡瀬恒彦さん。そういった体調不良に加え、通院によってスケジュール調整が難しくなり、「十津川警部」シリーズ降板の流れになったようだと報じられています。
渡瀬は復帰後の昨年12月、ドラマ『おみやさんSP』(今年2月放送)の撮影に臨んだ。その後は前出の『9係』にも出演し、見事に高視聴率をマーク。だが、がんを克服したわけではなく、撮影の合間をぬっての病院通いと投薬による治療を続けてきた。テレビ局関係者が言う。
「実は、最近もあまり体調がよくないそうなんです。まだ正式に発表はされていないですが、ライフワークのように演じ続けてきた十津川警部シリーズを降板したのは驚きでした。十津川警部シリーズの前作の放送は昨年4月。シリーズ開始から今までは必ず1年に1~3回のペースで放送してきましたが、今回はすでに1年以上空いています。
何があったのかと思っていたのですが、渡瀬さんの体調不良と治療もあって、撮影スケジュールが合わなかったことが原因だったそうです。すでに『新・十津川警部』として次回作の撮影が進んでいるそうです。渡瀬さんから主役を受け継いだのは内藤剛志さん(61才)です」
そして2016年9月には内藤剛志さん主演の「新・十津川警部」シリーズが発表されました。
新シリーズにあたっては渡瀬恒彦さんのみの降板ではなく、プロデューサー・脚本家・監督以外、新しいキャスト・スタッフでの取り組みとなるようです。
新シリーズが始まることにあたり、渡瀬恒彦さんのがんが降板と関係しているのかどうかは触れられていませんが、1992年から始まり2015年に渡るまで約54作品が放送された「十津川警部」。ですので、このタイミングでの降板はやはり病気が関係していたのですね。
渡瀬恒彦の闘がん治療法は九重親方や樹木希林さん等と同じだった
2016年10月放送予定の「おみやさん」。
2016年10月には「おみやさん」シリーズのスペシャルが放映されますが、
(『おみやさんSP』渡瀬恒彦&貫地谷しほりのコンビで第2弾 10月放送決定)
この撮影中にも渡瀬恒彦さんは体調不良となり、仕事が終わった後に病院へ行って治療をうけたと報じられています。
京都での撮影を終え、帰京した渡瀬が急いで向かった先は鹿児島県にあるがん治療専門のクリニックだった。そのクリニックでは、メスを使わず、がん細胞に何方向からも同時にピンポイントに放射線を当てることで、がん細胞を取り除くという世界最先端の治療を行っている。 全身がんを告白した樹木希林(73才)や、先日すい臓がんで亡くなった元横綱・千代の富士の九重親方(享年61)などが通っていたことでも知られている。
抗がん剤治療を行うと副作用で髪が抜けるなど、役者として演じ続けるのには支障が出るケースもある。だから、多くの有名人が放射線治療を選択してきた。
「京都での撮影中に容体が急変したので、急きょ予約を前倒しして鹿児島のクリニックを訪れたそうです。そこでどのような治療を受けることができるのか、クリニックの医師に相談したそうです」
この鹿児島にあるがん治療専門のクリニックは、2016年7月31日に亡くなった九重親方(千代の富士)と同じ病院であるとすれば、「UMSオンコロジークリニック」であると考えられます。
決断に迷った九重親方が頼ったセカンドオピニオンが、「UMSオンコロジークリニック」(以下、UMS)だった。
UMSでは全国でここしか行われていない「四次元ピンポイント照射療法」という放射線治療の一種を施している。
九重親方は今後の生活のためにも抗がん剤の強い副作用を避けるべくセカンドオピニオンをうけ、この治療法を選択したと言われています。渡瀬恒彦さんにも、そういった面があったのかもしれません。
渡瀬恒彦、2017年に敗血症を発症
渡瀬恒彦さんは胆のうがんを患っていましたが、2月中旬に左肺に気胸を発症し、入院治療を続けていましたたが、3月に入って敗血症を併発。3月14日夜に息を引き取ったといいます。
渡瀬さんは2015年夏ごろ、体調不良を訴え、検査の結果、肝臓と十二指腸の間にある胆のうにがんが見つかった。都内の大学病院で5カ月間、抗がん剤の投与と放射線治療を行い、様子を見ながら仕事に復帰。しかしがんは完治せず、入退院を繰り返しながら撮影に取り組んでいた。
しかし、2月中旬、左肺に気胸を発症し、入院治療を続けていたが、今月に入って敗血症を併発。14日夜に息を引き取ったという。
渡瀬恒彦さんの死因は敗血症による多臓器不全と発表されていますが、そこに至るまでは胆のうがんの影響が大きかったようです。
名俳優の渡瀬恒彦さんがお亡くなりになられたのは残念です。
ご冥福をお祈りします。