ジャニーズ事務所は、2015年1月に社内の派閥対立を週刊文春によって報じられています。
この記事では、SMAPの解散騒動のきっかけとも見られているジャニーズ内の派閥の相関図・対立構造、そして現在についてまとめています。
この記事の目次
ジャニーズ事務所について
ジャニーズ事務所
本社所在地:東京都港区赤坂8丁目11−20
設立:1962年6月創業、1975年1月30日法人登記
ジャニーズ事務所とは、喜多川擴(きたがわひろむ:ジャニー喜多川)さんが1962年に設立し、1975年に法人登記した芸能プロダクションです。
もともとはジャニー喜多川さんが、1950年代にコーチを務めた野球チーム(地元の少年30名)の中から4名の少年を「ジャニーズ」(アイドル名)として結成させたのが、始まりだったと言われています。
現在までに少年隊、近藤真彦、SMAP、TOKIO、V6、光GENJI、嵐、NEWS、関ジャニ∞、KAT-TUN、KinKi Kids、Hey! Say! JUMP、King & Princeなど多くの人気アイドルを生み出してきました。
ジャニーズ三大派閥とは?相関図などの情報まとめ【ジュリー社長就任前】
ジャニーズ事務所の三大派閥の相関図
2016年にSMAPの解散報道が流れましたが、
(【不仲】SMAP解散の真相!木村拓哉の裏切りで飯島三智マネージャー独立失敗、香取慎吾との仲に亀裂!解散騒動の経緯総まとめ)
その中でよく聞かれた言葉が、ジャニーズ事務所の派閥問題です。
ジャニーズの派閥は3つあったと言われています。当時のジャニーズの派閥相関図をご覧ください。
当時のジャニーズ事務所の三大派閥。
画像からもわかるように
・ジャニー喜多川社長の派閥
・藤島ジュリー景子副社長の派閥
・飯島三智マネジメント室長の派閥
が存在していました。
当時のジャニーズ事務所の派閥相関図。
当時のジャニーズ事務所の派閥相関図。
ジャニーズ内では、藤島ジュリー景子さんと飯島三智子さんの派閥の対立があったと言われています。
ジャニー喜多川さんは中立の立場でした。
ジャニーズ事務所の派閥対立はいつから存在していた?
ジャニーズの派閥は、いつからあるいは何故この対立したのかを考える時に、SMAPの後から台頭してきた嵐の存在が挙げられます。
事務所として一番安定していたのは、SMAPがヒエラルキーのトップに存在していた頃。事務所もその状態をキープしていくつもりでしたが、嵐が売れてしまったことで、全ての予定が狂ったそうです。
SMAPを抜かずに活躍する分には大歓迎だけど、越えてくるとは事務所も思ってなかった。それにより、事務所内ヒエラルキーの形がいびつになり、不安定になってしまった。嵐を立てればSMAPが立たず……って感じでしょう。テレビ局にとっても、どちらを立てるべきかは悩みどころ。
ジャニーズにとって、嵐の活躍は嬉しい誤算だったのかもしれませんね。
しかし、一時代に二人の権力者は要らないといった歴史の流れを汲むかのように、それはジャニーズ内にとってあまり好ましい状況を生み出さなかったのかもしれません。
その結果は、長らくジャニーズファンの方であれば以前から気付いていたかもしれませんが、派閥間を越えての共演をしないという結果に繋がっていると考えられます。
SMAPをデビュー当時から手掛けてきた女性マネジャーと、メリー喜多川副社長の長女で嵐や関ジャニ∞らを取りまとめる藤島ジュリー景子副社長との間に派閥があるのは周知の事実。紅白歌合戦などの歌番組を除いてSMAPと嵐が共演する場面はほとんどなかった。しかし、それは暗黙の了解。お互いの領域を侵さず、派閥問題が表面化することはなかった。
当時のジャニーズの派閥相関図。
SMAPは”アイドルの概念を変えた”という話も耳にしたことはありませんか。つまりアイドルとしてはもちろん、バラエティ・俳優など幅広い活動をしていくアイドルの先駆けともなったのがSMAPです。
かつては全国各地の地方公共団体ハコものめぐりだったコンサート会場は、最低でアリーナどころかドームが当たり前。全国ドームツアーも国立霞ヶ丘陸上競技場コンサートも、そしてコンサート通算観客動員数が1000万人突破したのも、SMAPが日本人アーティスト初なのだから。
グループ外の個人活動も活発でその露出度が半端じゃない分、芸人顔負けの達者なトークが必須アイテムとなり、俳優としてドラマや映画に主演する風景も日常茶飯事になった。そういう意味ではジャニーズ系内にとどまらない、SMAPこそ平成アイドルのモデルケースそのものなのである。
しかしSMAPが変えたアイドルの概念そのものも、トップアイドル同士の共演を難しくしてしまったのかもしれません。
やはりどんなに活動の幅を広げていこうとアイドルは主役。共存することによって、その良さをかき消される恐れがあれば、それは両者をマネジメントするバックグラウンドの人間にとって好ましい状況だと言えないのではないでしょうか。
活動の幅が広がった分だけ、その対立構造が露骨になった側面も否定できません。
2015年1月、週刊文春によって暴かれたジャニーズ派閥問題
トップアイドルとも呼べるグループがいくつも生まれてしまったことによって派閥間の共演が少なくなり、やがて飯島三智さんと藤島ジュリー景子さんのジャニーズ後継者争いとも言われるほどに対立は激化していきます。
そんなジャニーズの派閥対立が表面化したのは2015年1月の週刊文春の報道からです。
高齢であるジャニー氏とメリー氏の引退後にどちらが後継者となるかという”次期社長の座を争う確執”だと思われてきたのだ。
メリー氏は今回のインタビューで、“派閥“の存在そのものを真っ向から否定。さらに、娘であるジュリーこそが「次期社長」であると明言したのだ。
これだけでも超ド級のスクープだが、話はこれで終わらない。メリー氏は取材の最中に「いま飯島を呼んで」と事務所スタッフに指示。現れた飯島氏を前に、こう言い放つのだ。
「飯島、私はこう言いますよ。『あんた、文春さんがはっきり聞いているんだから、対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう。あなたは辞めなさい』と言いますよ」
「もしジュリーと飯島が問題になっているなら、私はジュリーを残します。自分の子だから。飯島は辞めさせます。それしかない」
その後は既にご存知の通り、2016年1月のSMAP解散報道→謝罪、そして2016年8月に発表された「SMAP年内解散」へと繋がっていきました。
最初はそれぞれの良さを活かすために共演はなかったという見方もできますが、こういった流れを見る限り、ジャニーズ内の派閥対立は激化の一途をたどっていたのは明らかです。
”SMAP育ての親”とも言われる飯島三智さんとメンバーの画像。
ジャニーズを退社したことにより、派閥争いに敗れたという見方をされてしまった飯島三智さん。果たして彼女が本当に望んでいたものは、何だったのでしょうか……。
SMAPの映像作品の制作や管理をしていた会社「ジェイ・ドリーム」に関しては、その派閥争いを懸念したジャニー喜多川さんの配慮だったとする説もあります。(つまり、権力の分散的な)
「ジェイ・ドリーム」は 追放された飯島三智氏が役員を務め、SMAPの映像作品の制作や管理をしていた“SMAPと飯島氏”のための会社だ。飯島氏とメリー氏&ジュリー景子氏の派閥闘争を心配したジャニー氏が代表となり、飯島氏を役員に据えていた。
ジャニーズの派閥間対立は飯島三智の退社で消えた?
2016年2月にSMAP解散報道のキーパーソンともなった飯島三智さんの退社にともない、ジャニーズ内の派閥間対立は無くなったと言われるようになりました。
それを表すのが、派閥をまたいだグループ同士の共演です。
たとえば、2016年4月に開かれたジャニーズ野球大会に元飯島三智マネージャー派閥のグループメンバーが参加したこと。
今回のメンバーの中で出演が話題になっているのは、キスマイ・横尾です。
キスマイはSMAPのチーフマネジャーだった飯島三智氏がマネジメントしていたため、近年はSMAP以外のグループとの共演は少なくなっていました。
そのため、嵐やKAT‐TUNメンバーらと共演を果たすこと事態が珍しいこと。同じく飯島班だったSexy ZoneやA.B.C‐Zも含めて、近年では見ることができなかったさまざまな組み合わせが期待できそうとあって、『野球大会、派閥なくなったね』『事務所がまとまったのかな』と、ジャニーズファンは盛り上がっています
その他、2016年7月のフジテレビの27時間番組では、Kis-My-Ft2とHey!Say!JUMPの共演などもありました。
番組では「いただきハイジャンプ×キスマイBUSAIKU!?超合体フェス」と銘打ち、番組同士のコラボ企画としてKis-My-Ft2とHey!Say!JUMPが共演を果たした。この2グループはジャニーズ事務所内でも派閥が違うとされ、これまで共演NGと噂されていた。初カラミとも言えるこの対決に客席からは悲鳴とも取れる歓声が飛んでいた。
従来通りバーター(同派閥のグループ)共演もありますが、こういったように、派閥間を超えての共演も目に付くようになり、ジャニーズファンからは嬉しい声があがっていたようです。
ジャニー喜多川
もちろんこれは飯島三智さんという中心を無くした派閥の末路……ともいえなくもありませんが。実際に、飯島派閥にいたグループはジュリーさん派の担当者に変わったという話も聞かれます。
「いわゆる“I派”だったKis-My-Ft2はV6を担当していたチーフが預かり、J副社長が直々に“面倒を見る”と息巻いているみたいです。センターを張っていた玉森裕太に代わり、藤ヶ谷太輔を推していくとも。 さっそく先日、NHKでHey! Say! JUMPやジャニーズWESTら、“J派”との共演が実現したばかり」(テレビ局関係者)
ほかにも山下智久らI派タレントに、J派のマネジャーらがつくなど大がかりなシャッフルが行われたようだ。そして肝心のSMAPは?
「キムタクを長年担当した、“Iさんの片腕”と呼ばれた敏腕マネジャーがチーフに昇格したそう。これまではIさんに従順でしたが、“幹部にしてあげる”とでも口説かれたのか、いまやJ副社長の言いなりだとか。キムタク“推し”のメリーさんにとっては好都合か」
ジャニーズ派閥について中居正広が語る
2016年7月24日には、明石家さんまさんと中居正広さんが出演した番組において、ジャニーズの派閥問題や退社した飯島三智さんについて、語る場面もありました。
「ひとつだけ聞かせてくれ。飯島さんはどうしてはるの?」と、まさかの質問を投じたさんま。
中居は手にしたメガホンでさんまの頭をコツンと叩き、困惑の表情で、言葉を選びながら「いま見てるでしょ」と言うにとどめた。
さんまは「俺はメリーさん派やからな、どっちかと言うと」と、ジャニーズの派閥についても言及。その理由は「イタリアンレストランでご馳走になったことあんねん。先に払ってあったんや。メリーさんが。それで『今後とも、うちの若いものよろしくお願いします』と言われたから『はい』って返事してしまってる手前、メリー派やねん」と語り、中居は「派閥ないですから!敏感なりすぎですよ」と、派閥そのものを否定し、この話題をまとめた。
SMAPの解散を決定的にしたのは派閥どうこうよりも、その一連の流れの中でできたメンバーとの対立が収まらなくなった……そう見るのが正しいのかもしれませんね。
ジャニーズ派閥の今後に変化?ジャニ―喜多川とメリー喜多川が死去
ジャニー喜多川が死去、ジャニーズ事務所が新体制に
出典:https://the-jet-sleeper.com/
2016年末のSMAP解散から約2年半が経った2019年7月9日、ジャニーズ事務所の社長を務めていたジャニ―喜多川さんがくも膜下出血のため87歳で亡くなりました。
ジャニ―喜多川さんの死後、藤島ジュリー景子さんがジャニーズ事務所の新社長に、滝沢秀明さんが副社長に就任。ジュリーさんの母親でジュリーさんとともに副社長を務めていたメリー喜多川さんが会長に就任しました。メリー喜多川さんはその後2020年9月に名誉会長になっています。
元SMAPメンバーたちの対応
2019年7月12日に都内でジャニ―喜多川さんの葬儀が営まれ、元SMAPの木村拓哉さんも参列しました。中居正広さんは仕事のため参列できなったようです。その後、9月に行われた東京ドームでの「お別れの会」には木村拓哉さんも中居正広さんも出席しています。
出典:https://jisin.jp/
2017年9月にジャニーズ事務所を退所し、現在は飯島三智さんが代表を務める株式会社CULENに所属し活動している稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの3人は、ジャニ―喜多川さんの葬儀にもお別れ会にも出席していません。
しかし、3人は葬儀後に「僕らは、僕らのそれぞれの想いを込めて、今、自分達のいる場所からお別れをさせていただきました」「どんな時でも背中を押してくれたジャニーさん、ありがとうございました。」とコメントを発表しました。
また、ジャニーズ事務所に残留していた中居正広さんですが、2020年3月をもって事務所を退所し独立しました。
ジャニ―喜多川さんは、中居正広さんに、SMAP解散後の木村拓哉さんと稲垣吾郎さん・草彅剛さん・香取慎吾さんのパイプ役になるよう頼んでいたといいます。そのため、中居正広さんの退所は、ジャニーさんの死をきっかけに決断されたものだと言われています。
「ジャニーさんはSMAPを絶対に解散させたくなかった。結果、解散は止められなかったが、心のどこかで再結成はあきらめていなかった。『5人を再びまとめられるのは中居しかいない』と、中居に『オレが死ぬまではジャニーズを辞めないでくれ』とお願いしていた」(芸能プロ幹部)
メリー喜多川が死去
出典:https://www.msn.com/
2021年8月14日には、ジャニ―喜多川さんの姉であり藤島ジュリー景子さんの母親である名誉会長のメリー喜多川さんが、肺炎のため93歳で亡くなりました。
報道後、木村拓哉さんは、メリーさんの名前は出しませんでしたが「どんな時も、前向きな心と言葉をいつもありがとうございました!! ゆっくり、休んで下さい」とインスタグラムでコメントしていました。
ジャニーズ派閥・相関図の現在【ジュリー社長就任・ジャニーとメリー死去後】
藤島ジュリー景子社長・滝沢秀明副社長のもと新たな組織作り
ジャニーズ事務所を築き上げてきたジャニ―喜多川さんとメリー喜多川さんの死により、事務所は新たな局面を迎え、藤島ジュリー景子社長と滝沢秀明副社長の二本柱体制の中で世代交代とともに新たな組織作りが進められるようになりました。
滝沢副社長はジャニーズJr.の育成を行う「ジャニーズアイランド」の社長も兼務し、組織経営をジュリー氏が、タレントの発掘・プロデュースを滝沢氏が主に行う2本柱体制は、かつての「メリー・ジャニー」体制をほうふつとさせる。
新体制ではすでに「SixTONES」「Snow Man」がデビューし、若い世代の支持を獲得。今秋にはJr.ユニット「なにわ男子」がデビューを控えている。Jr.では「22歳定年制」を導入し、YouTubeやSNSの解禁など、デジタルとの融合も進んでおり、令和のジャニーズも時代に即した経営にシフトしていく。
藤島ジュリー景子社長と滝沢秀明副社長の体制となったジャニーズ事務所の派閥・相関図が以下となっています。
出典:https://campbbq.jp/wp-content/uploads/2021/08/jonneys1_page-0002-1.jpg
滝沢秀明副社長が退社
出典:https://endia.net/
ジャニーズ事務所の副社長と、ジャニーズJr.の育成を行う「ジャニーズアイランド」の社長を兼務していた滝沢秀明さんが、2022年10月末をもってそれぞれの役職を退任しジャニーズ事務所からも退社したことが11月1日に発表されました。
ジャニーズ事務所側は「今後も継続して頂きたいと慰留致しましたが、本人の固い決意を尊重」したとコメントを発表しており、滝沢秀明さんの後任として「ジャニーズアイランド」の副社長に元V6の井ノ原快彦さんが就任したことを報告しています。
滝沢秀明さんの退社理由は明かされておらず、Snow ManとSixTONESの同時デビューを成功させるなど様々な功績を残してきた中での電撃退社に、様々な憶測が流れるようになりました。
一部では、藤島ジュリー景子社長と滝沢秀明さんの間に確執があり、2021年にメリー喜多川さんが亡くなって以降はその確執が隠せないほどになっていたと報じられています。
ジュリーさんからしてみれば、タッキーの管轄はあくまで若手の育成だけで、無事デビューを果たして売れたグループは自分の管轄下に入るというのは当たり前という認識を持っている。確かに所属タレントの連ドラへのブッキングなどはジュリーさんの力によるところが大きいのは事実だが、タッキーはタッキーで積極的にメディアの幹部などを接待して営業活動に励んでおり、ジュリーさん的には自分の領域を侵されていると感じる。また、スタッフに対して何かと厳しい姿勢が目立つジュリーさんとは対照的に、タッキーは人当たりもよくてスタッフの意見にも理解を示し、無理難題を押し付けたりもしないため、社内でも人望が厚い。社内でタッキーのシンパがどんどん増え、ジュリーさんからしてみれば自分の足元が揺らがされている気がして、これまた“おもろしくない”。
ジャニー喜多川さんの死後、体制が変わったことで生まれ変わることを期待されながらも、現在も内部事情が取り沙汰されることが多いジャニーズ事務所。
今後は、所属するタレントたちのためにも少しでも風通しの良い組織となってくれることを切に願います。