2010年に宮城県石巻市で発生した「石巻3人殺傷事件」の犯人の千葉祐太郎が話題です。
この記事では千葉祐太郎の事件のが異様や悲惨な生い立ち、退学した高校、父親や母親などの家族、内縁の嫁の南部沙耶との子供や結婚、イケメンという声、死刑判決や現在などについてまとめました。
この記事の目次
- 千葉祐太郎は「石巻3人殺傷事件」の犯人で犯行当時少年の死刑確定囚
- 千葉祐太郎に殺傷されたのは元彼女(元内縁の嫁)の南部沙耶の関係者3人
- 千葉祐太郎は被害者の南部沙耶との間に子供がいたが結婚はしていない
- 千葉祐太郎の石巻3人殺傷事件の判決は死刑
- 千葉祐太郎の生い立ち① 5歳の時に両親が離婚し翌年に母親が再婚
- 千葉祐太郎の生い立ち② 小学1年頃から母親からの日常的に虐待を受ける
- 千葉祐太郎の生い立ち③ 小5で育児能力のない母親から離され祖母の元へ
- 千葉祐太郎の生い立ち④ 暴力で高校を退学、その後も傷害事件を繰り返す
- 千葉祐太郎の家族① 父親はトラック運転手
- 千葉祐太郎の家族② 母親は離婚と再婚を繰り返していた
- 千葉祐太郎にはイケメンという声も一部から上がっている
- 千葉祐太郎の現在① 死刑はまだ執行されておらず宮城刑務所仙台拘置支所に収監されている
- 千葉祐太郎の現在② 再審請求が棄却
- 千葉祐太郎の元彼女(元内縁の嫁)・南部沙耶さんの現在
- 千葉祐太郎と元彼女・南部沙耶さんの子供の現在
- まとめ
千葉祐太郎は「石巻3人殺傷事件」の犯人で犯行当時少年の死刑確定囚
千葉祐太郎は、2010年2月10日に宮城県石巻市清水町1丁目の民家で発生した「石巻3人殺傷事件」の犯人です。千葉祐太郎はこの事件で逮捕され死刑が確定しています。
千葉祐太郎は犯行当時18歳の未成年でしたが、裁判員裁判によって死刑が確定(裁判員裁判での死刑確定は史上初だった)し、平成生まれとしても初の死刑確定囚だった事から「平成生まれの死刑囚」とも呼ばれています。
今回はこの石巻3人殺傷事件の死刑囚の千葉祐太郎についてまとめていきます。
千葉祐太郎の起こした「石巻3人殺傷事件」の概要
最初に、千葉祐太郎の起こした「石巻3人殺傷事件」についても振り返っておきます。
2010年2月10日の午前6時40分頃、千葉祐太郎は、子分のような存在であった当時17歳の無職の少年を引き連れて、元彼女で元内縁の妻のような存在だった南部沙耶さん(当時18歳)の実家の一軒家へと押し入りました。
千葉祐太郎は2階で眠っていた南部沙耶さんの姉・南部美沙さん(当時20歳)と、友人の大森実可子さん(当時18歳、南部沙耶さんの中学時代の同級生)の2人を相次いで、刃渡り約18cmの牛刀で複数回刺して殺害。さらに、をの場に居合わせた姉の南部美沙さんの知人の男性(当時20歳)の胸も刺して全治3週間の重傷を負わせました。
千葉祐太郎の犯行の目的は、元彼女(元内縁の妻)の南部沙耶さんと、沙耶さんとの間の子供(当時生後4ヶ月)を自分の元に連れ戻す事で、交際に強く反対していた姉の南部美沙さんがそれを邪魔した場合殺害するために牛刀を所持して犯行に及びました(千葉祐太郎は裁判で姉に対する殺意は否定)。
千葉祐太郎は3人を目の前で殺傷され動けなくなっていた南部沙耶さん左脚を牛刀で刺し、無理矢理外へと連れ出して車に乗せて逃亡。
事件発生を受けて、宮城県警は捜査本部を設置して千葉祐太郎らの行方を追い、事件発生から約6時半後の同日13時頃、南部美沙さんと一緒にいた千葉祐太郎と共犯の17歳少年を石巻市内の友人宅で発見し、未成年者略取と監禁の容疑で逮捕しました。
千葉祐太郎の元彼女で元内縁の嫁だった南部沙耶さんはこの時に無事保護されています。
その後犯人の千葉祐太郎の情報や以前から南部美沙さんに暴行していた事が判明
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その後の報道で、犯人の千葉祐太郎が解体工として働く18歳の少年で、これまでに何度も元彼女で元内縁の妻の南部美沙さんに暴力を振るっており、2009年2月頃から南部美沙さんと家族が警察に相談していた事なども判明。
千葉祐太郎は、事件6日前の2月4日と翌5日にも、同県東松島市の南部沙耶さんの祖母の家で、沙耶さんに鉄の棒で何度も殴る、タバコの火を顔に押し付けるなどの暴行を加えて全治1ヶ月の重傷を負わせています。
また、事件前日の9日19時頃にも、南部沙耶さんの実家から「千葉祐太郎らしき男が家の敷地内に入り込んでいる」との110番通報がされていたという事です。この時には警察官が駆けつけた時には千葉祐太郎は既に逃走した後でした。
千葉祐太郎は共犯の17歳少年を脅して罪をなすりつけようとしていた
さらに、その後の報道では、千葉祐太郎が共犯の17歳の少年を脅して事件現場に無理矢理に同行させていた事や、この少年を犯人に仕立て上げて自分は罪を逃れようとしていた事なども判明しています。
千葉祐太郎はこの少年に「お前が罪を被れ」と言い、この少年が「無理です」と拒否すると「お前も刺すぞ」などと牛刀を突きつけたそうです。
さらに、この犯行に使われた牛刀も、千葉祐太郎はこの共犯の少年に命令してホームセンターから万引きさせていました。千葉祐太郎はこの少年に罪を着せるために、この牛刀を前もってこの少年に握らせて指紋をつけさせ、自分は手袋をはめて犯行に及んでいます。
さらに、千葉祐太郎は犯行時に返り血を浴びる事などを考えて、共犯の少年が来ていたダウンコートを取り上げて自分が着てから犯行に及んでいます。
こうした千葉祐太郎の卑劣な偽装工作も裁判などで証拠とされ、その後の死刑判決へとつながった部分もあるようです。
千葉祐太郎に殺傷されたのは元彼女(元内縁の嫁)の南部沙耶の関係者3人
千葉祐太郎に殺傷されたのは、元彼女で元内縁の嫁のような関係だった南部沙耶さんの関係者の3人でした。
まず、最初に千葉祐太郎に殺害されたのは南部沙耶さんの実姉の南部美沙さんでした。
裁判記録や報道などによれば、南部美沙さんは千葉祐太郎の侵入に気がついて110番通報をしようとしたところ、千葉祐太郎に首を絞められ「警察にちくったらおめえら全員ぶっ殺す」などと脅迫されたようです。
南部美沙さんは、千葉祐太郎が南部沙耶さんを連れ出そうとしている隙をついて110番通報しようとしたようですが、これに気がついて逆上した千葉祐太郎に、腹部を背中に達するほどの強い力で刺されるなどして殺害されています。
次に殺害されたのが、南部沙耶さんの中学時代の友人でその日、偶然泊まっていた大森実可子さんで、逃げようとしたところを追いかけてきた千葉祐太郎に複数回刺されて殺害されています。
千葉祐太郎はこの2人に続けて、現場に居合わせた南部美沙さんの知人の当時20歳の男性にも襲いかかり「全員ぶっ殺す」などと叫んで右胸あたりを刺し全治3週間の重傷を負わせています。
千葉祐太郎は被害者の南部沙耶との間に子供がいたが結婚はしていない
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千葉祐太郎と被害者で、千葉の元彼女の南部沙耶さんとの間には、事件当時生後4ヶ月の子供(娘)がおり、南部沙耶さんは千葉にとって内縁の嫁のような関係になっていましたが、2人は結婚はしていませんでした。
報道によれば、千葉祐太郎と元彼女の南部沙耶さんは合コンで知り合い、2008年の夏頃に交際を始め、子供は2009年10月に産まれています。
千葉が合コンで知り合ったB子さんと交際を始めたのは08年夏のこと。ふたりの間には09年10月に女児が誕生しているが、入籍はしていなかった。
千葉祐太郎と元彼女で内縁の嫁の南部沙耶さんは、周囲に結婚や子供の出産を反対され、2人で東京へ駆け落ちした過去があったようです。
2人は3日目まではネットカフェで寝泊まりしていたそうですが、4日目からコインランドリーで寝泊まりしていたところ、通報され警察に補導されて連れ戻されたようです。
千葉祐太郎は、南部沙耶さんが出産する事や結婚に特に強く反対していた沙耶さんの姉の南部美沙さんを「自分たちの仲を引き裂こうとしてる」などと一方的に逆恨みし、強い殺意を持って犯行に及んだと見られています。
千葉祐太郎の石巻3人殺傷事件の判決は死刑
身勝手な逆恨みにより何の罪もない3人の人間を殺傷した千葉祐太郎ですが、その後の裁判では第一審から求刑通りの死刑判決が下されています。
千葉祐太郎の弁護側は更生の可能性などを理由に、この死刑判決を不服として控訴しますが、仙台高裁は一審の死刑判決を支持して弁護側の控訴を棄却しています。
千葉祐太郎と弁護団はこれも不服として即日上告しましたが、2016年6月16日に最高裁判所は第一審と第二審の死刑判決を支持する判決を言い渡し、千葉祐太郎の死刑判決が確定しています。
千葉祐太郎の生い立ち① 5歳の時に両親が離婚し翌年に母親が再婚
卑劣な犯行により何の罪もない2人の命を奪い、他の人々にも重い怪我や精神的苦痛を負わせた千葉祐太郎がどのように育ったのか、その生い立ちも注目されています。続けて、千葉祐太郎の生い立ちについて現在までにわかっている内容を順番にまとめていきます。
千葉祐太郎は1991年7月2日の生まれで、父親がトラック運転手の家族で育っています。
しかし、千葉祐太郎が5歳の時に両親は離婚し、その後、千葉祐太郎は母親に引き取られて育てられていますが、この母親は離婚の1年後すぐに別の男性と再婚しています。母親とこの再婚相手との間にはすぐに子供も生まれています。
千葉祐太郎の生い立ち② 小学1年頃から母親からの日常的に虐待を受ける
千葉祐太郎は両親の離婚後に母親に引き取られ、その母親が別の男性とすぐに再婚し子供も生まれています。その子供(千葉祐太郎にとっての妹)が生まれてすぐの千葉祐太郎が小学1年生の頃から、千葉祐太郎は日常的に母親からの虐待を受けるようになったようです。
千葉祐太郎が母親から受けていた虐待は、日常的な暴力の他、犬用のリードに繋がれて行動を制限される、食事を与えられない、存在を無視されるネグレクトなどだったようです。
千葉祐太郎はこの母親からの日常的な暴力の影響で、暴力への考え方が一般的なものとは違っており、「ビンタは3発目から初めて暴力になる」と信じ込んでいた事をメディアの取材に明かしています。
千葉祐太郎の生い立ち③ 小5で育児能力のない母親から離され祖母の元へ
千葉祐太郎は母親からの日常的な虐待を受けて成長しましたが、この母親が千葉祐太郎が小学5年生の頃に再び離婚します。そしてその頃に母親は養育能力なしと行政に判断され、千葉祐太郎は祖母の元へと預けられています。
千葉祐太郎はこの頃にはかなり、危うい状態になっていたようで、小学校の友人に「親を叩くとスッキリする」と教えられたのを信じて、祖母や、離れて暮らしていた母親に暴力を振るうようになったようです。
この頃から千葉祐太郎は周囲に頻繁に暴力を振るうようになり、何度も問題を起こして警察の世話にもなっています。ただ、中学には通っており高校にもなんとか進学している事から、少なくとも当時面倒を見ていた祖母からのサポートは受けられていたようです
千葉祐太郎の生い立ち④ 暴力で高校を退学、その後も傷害事件を繰り返す
千葉祐太郎は中学を卒業後に宮城県内の県立高校へと進学しています。ただ、千葉祐太郎の進学した県立高校がどこかは特定されていません。
そして、千葉祐太郎はこの高校を入学からわずか2ヶ月で退学処分になっています。千葉祐太郎が高校を退学になった理由は同級生に対する暴力行為だったようです。
高校を退学処分になった後、千葉祐太郎はさらに非行に走るようになり、傷害事件を繰り返して何度も保護観察処分を受けています。
この頃に、千葉祐太郎は南部沙耶さんと合コンで交際を始めています。千葉祐太郎は南部沙耶さんと交際を始めてすぐに地元のバイクチームに入りますが、そのチームの先輩から南部沙耶さんの態度が悪いと言われ「お前の教育が悪い叩いてでも教えてやれ」などと命令され、千葉祐太郎さんはこの時に初めて南部沙耶さんを目に青たんができるほど殴ったようです。
千葉祐太郎はこの件以来、南部沙耶さんに頻繁に暴力を加えるようになります。この流れがそのまま「石巻3人殺傷事件」の凶行へとつながっていく事になりました。
千葉祐太郎の家族① 父親はトラック運転手
続けて、千葉祐太郎の家族についても見ていきます。
千葉祐太郎の父親はトラック運転手だということがわかっていますが、年齢や名前などの情報は公開されていません。ただ、トラック運転手という職業柄、千葉祐太郎が幼い頃もこの父親は家に不在がちだったという事で、それが両親の離婚の原因になったとの見方も一部あるようです。
千葉祐太郎の家族② 母親は離婚と再婚を繰り返していた
千葉祐太郎の母親についても情報が少ないのですが、千葉祐太郎が5歳の時に離婚し、その翌年にすぐに再婚し間をおかずに子供を出産している事などから、浮気をして子供ができたため、千葉祐太郎の父親と離婚したのではないかとの推測も出ています。
また、裁判記録などによると、千葉祐太郎の母親は千葉に虐待を繰り返していただけでなく、アルコール依存症で入退院を繰り返していたという事なので精神的に問題を抱えていた可能性もあるようです。
千葉祐太郎は事件で逮捕された後、メディアの取材を受けて「(母親を)大切に思う気持ちがあるから」(自分が死刑になった後に悲しませないように)母親との面会は断っていると話しています。
この事から、母親は、千葉祐太郎に面会を求める程度には千葉の事を気にしている事がわかります。
千葉祐太郎が極悪非道な犯行に及んだ事に、この母親による過去の虐待行為や離婚による家族の崩壊などが無関係だとは言い切れないでしょう。「石巻3人殺傷事件」では、この母親の責任も重大であると感じる人も多いのではないかと思います。
千葉祐太郎にはイケメンという声も一部から上がっている
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インターネット上では、千葉祐太郎がイケメンだという声も一部あるようで、関連ワードとして「イケメン」が出てきます。
千葉祐太郎がイケメンかどうかは人それぞれの主観によるので、どちらでも良いのですが、凶悪犯罪者をイケメンだと言って持て囃すの事には違和感を抱く人もいるようです。
千葉祐太郎の現在① 死刑はまだ執行されておらず宮城刑務所仙台拘置支所に収監されている
千葉祐太郎は死刑が確定しいますが、2021年10月22日の現在は未だ死刑は執行されておらず拘置所に収監されています。
「年報・死刑廃止 2021」によると、千葉祐太郎が現在収監されている拘置所は、宮城刑務所の仙台拘置支所だという事です。
千葉祐太郎は死刑が確定しているため家族と弁護人以外は面会ができず、メディアの取材を受けられないため、現在拘置所内でどのように過ごしているのかなどは不明ですが、死刑前には積極的にメディアの面会受け取材に答えています。
千葉祐太郎は死刑が確定する直前の2016年にメディア取材を受けた際には、「娘が今どんなふうになっているのか、写真だけでも見たいですよね。」と父親の顔も見せていました。
また、千葉祐太郎は、自分が死刑に処される事については現在は受け入れているという事で、「自分でも(裁判官と)同じように裁く(死刑判決を下す)」とも話していたようです。
千葉祐太郎の現在② 再審請求が棄却
千葉祐太郎の弁護団は、「千葉祐太郎は死刑を否定していないが、裁判では誤った事実認定の元で死刑判決が下され、その事については納得していない」という趣旨の理由から、死刑判決確定後の2017年2月18日に仙台地裁に再審請求書を提出していました。
しかし、仙台地裁は2018年に再審の請求を棄却。弁護団はこれを不服として即時抗告しましたが、仙台高裁は2020年11月にこれを退けました。弁護団はこの決定も不服として特別抗告を提起していますが、2021年10月11日付で最高裁判所はこれを棄却する決定を下しています。
宮城県石巻市の民家で2010年、男女3人を殺傷したとして殺人罪などに問われ、16年に死刑が確定した元解体工・千葉祐太郎死刑囚(30)の再審請求について、最高裁第3小法廷(渡辺恵理子裁判長)は11日付の決定で、請求を退けた仙台地裁と仙台高裁の決定を支持し、死刑囚側の特別抗告を棄却した。
千葉祐太郎の元彼女(元内縁の嫁)・南部沙耶さんの現在
千葉祐太郎の元彼女で、元内縁の嫁だった被害者の南部沙耶さんの現在が気になるという声もありますが、南部沙耶さんの現在については情報がありません。
南部沙耶さんは事件当時18歳で高校3年生でしたが、2021年10月の現在は30歳前後になっているはずです。
千葉祐太郎と元彼女・南部沙耶さんの子供の現在
千葉祐太郎と元彼女で元内縁嫁である南部沙耶さんとの間には子供が1人産まれています。この子供は事件当時生後4ヶ月だったので、2021年10月の現在は小学生になっているはずです。
千葉祐太郎と南部沙耶さんの子供の現在についての情報も一切なく不明です。
まとめ
今回は、2010年2月10日に宮城県石巻市清水町の民家で発生した「石巻3人殺傷事件」の犯人の千葉祐太郎についてまとめてみました。
千葉祐太郎は、元彼女で元内縁の嫁のような関係だった南部沙耶さん(当時18歳)の住む実家に牛刀を持って侵入し、その場にいた南部沙耶さんの姉の南部美沙さん(当時20歳)と、南部沙耶さんの中学時代の同級生の大森実可子さん(当時18歳)を刺殺しました。また、その場所に居合わせた南部美沙さんの知人の20歳の男性も胸などを刺され全治3週間の怪我を負いました。
千葉祐太郎は事件当時18歳の少年でしたが、裁判員裁判で死刑判決が下され、裁判員裁判では初の死刑判決確定となり、平成生まれとしても初の死刑確定囚となっています。
千葉祐太郎の生い立ちについては、5歳の時に両親が離婚し母親に引き取られたものの、母親はすぐに再婚して子供(千葉祐太郎にとって妹)を産み、それ以来千葉祐太郎を日常的に虐待するようになります。
千葉祐太郎は小学5年生の頃に、養育能力なしと判断された母親から離されて祖母に預けられますが、この頃から粗暴な行動が目立つようになり、暴行事件などを繰り返すようになったようです。
高校へと進学した千葉祐太郎でしたが、入学2ヶ月で傷害事件を起こして退学になり、その後に南部沙耶さんと知り合い交際し子供ができるも、沙耶さんの家族から結婚や出産を反対された事を逆恨みし、石巻3人殺傷事件の凶行へとつながりました。
千葉祐太郎は事件後すぐに逮捕され、裁判では死刑判決が下され確定しています。現在は宮城刑務所仙台拘置支所に収監され死刑執行を待つ状態です。2021年10月には再審請求が棄却された事も報じられていました。