2021年に最新作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開され監督の庵野秀明さんが話題です。
この記事では天才と言われる庵野秀明さんの出身や生い立ち、若い頃の経歴、家族や嫁の安野モヨコさんとの結婚や馴れ初め、子供などについてまとめました。
この記事の目次
- 庵野秀明の出身などプロフィール
- 庵野秀明はその凄すぎる天才さで話題
- 庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴① 幼少時代から高校時代
- 庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴② 大阪芸術大学映像計画学科へ進学
- 庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴③ 「DAICON FILM」での活動
- 庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴④ アニメーターとして活躍
- 庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴⑤ ガイナックス設立に参加しアニメ監督に
- 庵野秀明の家族① 両親や兄弟について
- 庵野秀明の家族② 嫁は人気漫画家の安野モヨコ
- 庵野秀明と嫁の安野モヨコの馴れ初めや結婚
- 庵野秀明と嫁の安野モヨコには子供はいない
- 庵野秀明の嫁・安野モヨコの若い頃がエヴァのマリに似てる?
- まとめ
庵野秀明の出身などプロフィール
庵野秀明のプロフィール
生年月日:1960年5月22日
出身地 :山口県宇部市
血液型 :A型
身長 :推定180cm
庵野秀明さんは、「エヴァンゲリヲン」シリーズや、「シン・ゴジラ」などで知られる映画監督です。脚本家やプロデューサーとしても活躍し、その天才的には作品はカルト的な人気を集めています。
庵野秀明さんの出身地は山口県宇部市です。
2021年にはファン待望の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開され話題を集めています。
今回はそんな庵野秀明さんに焦点を当てていきます。
庵野秀明はその凄すぎる天才さで話題
庵野秀明さんといえば、その常人離れした天才さが話題です。
若い頃はアニメーターとして活躍されていた庵野秀明さんですが、メカニックや爆発などのエフェクトシーンの作画は天才的だと当時から高く評価されており、20代前半で上京し、飛び込みで「風の谷のナウシカ」の作画として採用され、宮崎駿監督に気に入られて、作中でも特に難易度の高い巨神兵のパートを任せられています。
ナウシカ当時に庵野秀明氏が描いたイラスト
— ひこ助 (リミテッドver (@hikohaeta) January 4, 2019
単なる大阪芸大の大学生が飛び込みでスタジオ訪ねて宮崎駿が巨神兵パートを彼に任せたとか
もう何この天才w#ナウシカ#庵野秀明#巨神兵 pic.twitter.com/fDlUNAlg1B
また、学生時代から多くの映像作品を手掛けており、その頃から、演出や構図、カット割りのセンスの良さは天才的でプロにも認められるほどでした。
そして何よりも、「新世紀エヴァンゲリヲン」というそれまでになかったジャンルの作品を生み出した事自体が天才だと高く評価されています。
次の見出しからは、そんな庵野秀明さんの天才性がよくわかる生い立ちや若い頃の経歴を見ていきます。
庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴① 幼少時代から高校時代
庵野秀明さんの生い立ちについてみていきます。
庵野秀明さんは、山口県宇部市の出身で、地元の私立和光幼稚園を経て、宇部市立鵜ノ島小学校、同市立藤山中学校を卒業されています。
幼少時代からアニメや特撮、戦記物、巨大建造物などが大好きで、そうした絵を夢中で描いていたそうです。少年時代から漫画も大好きで、中学時代は少女漫画も大量に読んでいたのだとか。中学校では美術部に所属し、基礎デッサンはせずにひたすら漫画と油絵を描く日々を送っていたとの事。
庵野秀明さんは中学卒業後は、山口県内でも有数の進学校「山口県立宇部高等学校」へと進学。高校時代も美術部に所属して、部長も務めています。1976年頃に宇部市のアニメ好きの高校生などが集まって結成されたアマチュアアニメ映像制作サークル「グループ SHADO」にも参加し、文化祭では自主制作映像作品「ナカムライダー」を発表しています。
庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴② 大阪芸術大学映像計画学科へ進学
庵野秀明さんは高校を卒業後は進学も就職もせずに、新聞配達のアルバイトをしながらアニメや漫画、麻雀に明け暮れる生活を1年ほど続けますが、心配した両親に「頼むから大学に行ってくれ」と頼まれ、当時は学科試験がなく実技試験のみだった大阪芸術大学の映像計画学科に1980年に入学しています。
大学の同級生には後にアニメ業界の重鎮となる南雅彦さんや西森明良さん、「攻殻機動隊」で知られる漫画家の士郎正宗さん、「炎の転校生」、「アオイホノオ」などで知られる漫画家の島本和彦さんらがいました。
庵野秀明さんは、大学浪人中から大学生時代にかけても映像作品の制作を精力的に行っており、ペーパーアニメ作品「ことわざ辞典 へたな鉄砲も数うちゃあたる!」、「みず」、「空中換装」、「バス停にて」、「丈夫なタイヤ」などを制作されています。
庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴③ 「DAICON FILM」での活動
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庵野秀明さんは、大学ではサークル「SF研究会」に所属し、ここで後に「新世紀エヴァンゲリヲン」の制作会社として知られる「ガイナックス」の設立メンバーである山賀博之さん、赤井孝美さんらと出会っています。
また、庵野秀明さんはこの頃に、同じく「ガイナックス」の設立メンバーで、後にオタク評論家として人気を博す岡田斗司夫さんとも知り合っています。
大学2回生の頃、庵野秀明さんは岡田斗司夫さんらのオファーを受けて、大阪で開催された「第20回日本SF大会(愛称・DAICON3)」の開会式で上映されたアニメーション作品の制作に参加。
これをきっかけに結成された自主映画製作チーム「DAICON FILM(後にガイナックスの母体となる)」にも、庵野秀明さんは引き続き参加し、「愛國戰隊大日本」で特撮、「帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令」で総監督と主演(ウルトラマン役)を担当しています。
「帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令」
「DAICON FILM」の学生が作ったとは思えない高いクオリティの映像作品は当時のプロ達をも驚かせました。
庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴④ アニメーターとして活躍
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「DAICON FILM」での作品が高い評価を受けた庵野秀明さんは、アニメ制作スタジオ「スタジオぬえ」からの誘いを受けて、山賀博之さんらと共にアニメ「超時空要塞マクロス」の制作にアルバイトとして参加し、数話分の原画と動画の作画を担当しています。
これをきっかけにして、庵野秀明さんはアニメーターとして仕事を受けるようになります。特にメカニックのアクションシーンや、爆発などのエフェクトシーンの作画のクオリティの高さは業界で話題になりました。
この頃、映像制作が忙しく大学の授業に出ず、学費も支払っていなかった庵野秀明さんは大学を放校処分になってしまいます。
これを機に、庵野秀明さんは上京してプロのアニメーターとして活動を開始し、1984年公開の宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」にも作画スタッフとして参加。宮崎駿監督は庵野秀明さんの持ち込んだ大量の原画を気に入り、同作のクライマックスシーンのひとつである、巨神兵の登場から体が腐って崩れ落ちるシーンの担当に抜擢しています。
有名な話ですが、巨神兵が復活するシーンの原画を担当したのは「#新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督です。爆発する作画がらしさを感じます。#風の谷のナウシカ pic.twitter.com/4AucdOVUG3
— キャッスル (@castle_gtm) December 25, 2020
その後、劇場アニメ「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」、OVA作品「メガゾーン23」などに参加し、その頃に知り合った著名なアニメーター・増尾昭一さんに誘われて、フリーのアニメーターが集まるアニメ制作スタジオ「グラビトン」の設立にも参加しています。
庵野秀明の生い立ちや若い頃の経歴⑤ ガイナックス設立に参加しアニメ監督に
アニメーターとして本格的に活動しはじめた1984年、庵野秀明さんは「DAICON FILM」を母体としたアニメ制作会社「ガイナックス」の設立に参加しています。
ガイナックス制作の劇場版アニメ「王立宇宙軍 オネアミスの翼(1987年公開)」には、スペシャルエフェクトアーティストとして参加。1987年には高畑勲監督の「火垂るの墓」の作画にも参加しています。
その後、庵野秀明さんは1988年から1989年にかけてガイナックスが制作したOVA作品「トップをねらえ」にて、初の監督を務めています。
さらに、1990年から1991年にかけて放送されたNHK制作(実質的な制作はガイナックス)のアニメ「ふしぎの海のナディア」でも総監督を務めます。
そして、1995年にアニメ「新世紀エヴァンゲリヲン」の監督を務め、この作品が社会現象を起こすほどの大ブームとなり、庵野秀明さんはカルト的人気を集めるようになりました。
その後は、「新世紀エヴァンゲリヲン」の劇場版を手掛けた他、実写映画監督としても活動の幅を広げ、1998年公開の「ラブ&ポップ」、2000年公開の「式日」、2004年公開の「キューティーハニー」などを手掛けています。
2016年公開の「シン・ゴジラ」では総監督を務め、邦画としては近年まれに見る大ヒットを記録しています。
庵野秀明の家族① 両親や兄弟について
庵野秀明さんの家族についても見ていきます。
庵野秀明さんは両親と妹の4人家族の生まれです。両親は、庵野秀明さんが生まれた頃には、山口県宇部市で服を仕立てる洋装店を経営されていたそうです。
庵野秀明さんの父親は16歳の頃に製材所の電動ノコギリの事故で左足の膝から下を失い義足になりました。庵野秀明さんはこの父親の姿に影響を受けているそうで、「完全なものって好きになれないんです」、「僕にとっては何かが壊れ、欠けてる方が普通なんです。それは体の場合もあるし、精神の場合もあるんですが…」と新聞社の取材に話されていました。
庵野秀明さんの妹は7歳年下で、本人曰く、「実家で会う以外、お互いに連絡をとらない希薄な兄妹関係」なのだそうで、あまり交流はないようです。
庵野秀明の家族② 嫁は人気漫画家の安野モヨコ
庵野秀明さんの嫁は「シュガシュガルーン」「働きマン」などの代表作で知られる人気漫画家の安野モヨコさんです。
安野モヨコさんは東京都杉並区の出身。1971年3月26日生まれなので、庵野秀明さんの11歳年下です。
安野モヨコさんは高校在学中の1989年、『別冊少女フレンドDXジュリエット』7月号に『まったくイカしたやつらだぜ!』が掲載されデビュー。
2005年6月には少女漫画誌『なかよし』に連載された『シュガシュガルーン』で第29回講談社漫画賞児童部門を受賞しています。
2006年5月には、庵野秀明さんが設立したアニメ制作会社・株式会社カラーの取締役に就任しており、社名は安野さんの命名によるものだったそうです。
庵野秀明と嫁の安野モヨコの馴れ初めや結婚
庵野秀明さんは、嫁の安野モヨコさんと2002年3月26日に結婚されています。同年4月28日には結婚披露宴として「ダブルアンノの結婚を祝う会」が催され、宮崎駿監督や漫画家の桜沢エリカさんが主賓として招かれ挨拶を行なっています。
嫁の安野モヨコさんは庵野秀明さんとの結婚生活を描いたエッセイ漫画「監督不行届」を2002年から2004年まで連載していました。2014年にはアニメ化もされています。
2人の馴れ初めは、共通の友人であるアニメーターで漫画家の貞本義行さんの紹介で知り合ったそうなのですが、安野モヨコさんは当初、無口で何を考えているかわからない庵野秀明さんにあまり良い印象を持っていなかったそうです。
その後、「ポーの一族」などの名作で知られる大御所女性漫画家の萩尾望都さんと漫画家達が会食などをする「萩尾望都先生を囲む会」に安野モヨコさんが参加した際、何故かそこに庵野秀明さんいたそうです。
安野モヨコさんは漫画家として大先輩にあたる萩尾望都さんの横の席に座って緊張し、萩尾さんの反対側を向きがちだったそうなのですが、その反対側に座っていたのが庵野秀明さんだったそうです。
庵野秀明さんは萩尾望都さんの大ファンで尊敬していたという事からテンションが上がって明るい様子を見せていたそうで、その様子を見た安野モヨコさんは「この人普通に話せるんじゃないの」と気がつき、それをきっかけに連絡を取り合うようになったのだそうです。
当時はそれぞれ別に恋人がいたそうなのですが、お互いにうまくいっておらず、それから逃避するように2人で飲みに行く事が増えたそうなのですが、安野モヨコさんは庵野秀明さんと一緒にいると自然体でいられると思い、5〜6年ほどの交際を経て結婚に至ったという事です。
庵野秀明と嫁の安野モヨコには子供はいない
庵野秀明さんと嫁の安野モヨコさんはとても仲の良い夫婦で知られていますが、2人の間には現在のところ子供はいないようです。
2人はマイティジャックとマイティサリーと名付けた2匹の猫を飼っており、この猫達を子供のように可愛がられているようです。
庵野秀明の嫁・安野モヨコの若い頃がエヴァのマリに似てる?
出典:https://pbs.twimg.com/media/E2X4Q2kVEAI0JFu.jpg
庵野秀明さんの嫁の安野モヨコさんの若い頃が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズに登場する真希波・マリ・イラストリアスに似てると話題になっています。
新劇場版シリーズのラストではマリと主人公であるシンジが結ばれるシーンがあり、庵野秀明さんはマリを推していると言われています。
安野モヨコさんの「みんながいなくなっても私はいなくならない」
— マスターバード 〽️ (@Master_Bird_) April 29, 2021
マリの「どこに居ても必ず迎えに行くから、待ってなよワンコくん」
これは
モヨコさん=マリ
で解釈していいのかな#さようなら全てのエヴァンゲリオン#庵野秀明 pic.twitter.com/PGLMwmEA1O
【保護者】
— 情景師アラーキー/荒木さとし (@arakichi1969) March 22, 2021
「どこにいても必ず迎えに行くから 待ってなよ、ワンコくん」
迷えるシンジを大人の言葉と行動で導いてくれる謎のメガネ美少女:真希波マリの正体は、庵野監督の奥様、漫画家の安野モヨコで間違いない!と視聴した人が誰もが膝を叩いた昨日のNHK:プロフェッショナル 仕事の流儀。 pic.twitter.com/eGHnevKymh
マリ=安野モヨコ説についてはネット上でも現在も議論され続けており、顔は似てるけど実際は違うといった反論もあるようです。
まとめ
今回はアニメ「新世紀エヴァンゲリヲン」シリーズや映画「シン・ゴジラ」などで知られる映画監督・庵野秀明さんについてまとめてみました。
庵野秀明さんはその天才性から現在もカリスマ的な人気があり、2021年に公開された最新作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」も話題になっています。
庵野秀明さんは若い頃から映像作品を発表しており、大学中退後に本格的にアニメーターとして活動を開始し、「風の谷のナウシカ」などにも参加しています。その後はアニメ監督となって「新世紀エヴァンゲリヲン」でカルト的に人気を獲得。実写映画の監督としても活躍し2016年の「シン・ゴジラ」は近年まれに見る大ヒットを記録しました。
2002年に人気漫画家の安野モヨコさんと結婚されていますが、現在はまだ子供はいないようです。庵野秀明さんと嫁の安野モヨコさんの馴れ初めは友人の紹介で知り合い、5から6年ほどの友人関係を経て結婚されたそうです。
今後も庵野秀明さんの活躍に注目していきたいと思います。