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岡田雅子の若い頃と死因!渡鹿野島(売春島)の青い鳥とつたやの現在・芥川時雄との結婚や子供・事件屋も総まとめ

岡田雅子さんは「売春島」の通称で知られる三重県志摩市の渡鹿野島の全盛期に女帝として君臨した女性です。

 

この記事では岡田雅子さんの若い頃の経歴、経営していた置屋「青い鳥」やホテル「つたや」の現在、芥川時雄との結婚や子供、破滅のきっかけとなった事件屋、現在についてまとめました。

岡田雅子は渡鹿野島を「売春島」として繁栄させた中心人物の1人

 

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出典:https://m.media-amazon.com/

 

岡田雅子さんは、かつて「売春島」と呼ばれた三重県志摩市の小島「渡鹿野島」で売春ビジネスを成功させ、同島を「現代の桃源郷」と呼ばれるほどの繁栄へと導いた中心人物の1人で、長く渡鹿野島の売春ビジネスを取り仕切っていた事から「(渡鹿野島の)女帝」とも呼ばれていた女性です。

 

岡田雅子さんは1960年代後半頃に渡鹿野島に移り住み、スナックを隠れ蓑とした置屋(売春婦の斡旋所)を経営して成功し、その金を元手にして渡鹿野島に大型ホテル「つたや」を開業。

 

岡田雅子さんは、このホテル「つたや」の宿泊客を主な顧客とした売春ビジネスで、全盛期には年間2億円もの利益を上げていたと言われています。

 

数億円規模の利益を生む岡田雅子さんの売春ビジネスは「売春島」と呼ばれていた時代の渡鹿野島全体を繁栄させ、全盛期はメイン通りが人混みで歩けないほどの賑わいを見せたていたそうです。

 

ここではそんな、「売春島」と呼ばれた時代の渡鹿野島の伝説的人物である岡田雅子さんについてまとめていきます。

 

 

「売春島」として栄えた三重県鳥羽市の小島「渡鹿野島」とは

 

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出典:https://pbs.twimg.com/

 

岡田雅子さんが「売春島」として繁栄させた「渡鹿野島」は、三重県志摩市東部、伊勢志摩国立公園内、入り組んだ地形の的矢湾に浮かぶ周囲約7キロメートル、面積約0.7平方キロメートルの小さな島です。

 

元々、渡鹿野島には歴史的に売春の文化が根付いており、江戸時代から明治時代にかけては「ハシリカネ(把針金)」あるいは「菜売り」と呼ばれる売春婦が存在し、風待ちのために島に滞在する漁師を相手にした売春が島の貴重な収入源になっていたとする史料が残されています。

 

漁船が帆船から汽船へと姿を変えた後は、島内にいくつもの遊郭が建てられ、終戦後の1957年に売春防止法が制定されるまで、渡鹿野島には売春の文化があったようです。

 

その後、1960年代に渡鹿野島に目をつけた某暴力団関係者が、多額の資金を投入してこの島のインフラを整備し、宿泊施設や賭博場、ストリップ劇場などを設置してなんでもありの無法地帯としました。元々渡鹿野島には置屋(売春婦の斡旋所)の文化があったため、当然のように売春ビジネスも活性化。

 

当時は吉原や飛田新地などの遊郭はあったものの、庶民が気軽に訪れられるような風俗店は存在しなかったため、全国から噂を聞きつけた男らが訪れるようになり、噂が噂を呼んで「売春島」として知られるようになりました。

 

そんな渡鹿野島へと1960年代後半頃に渡ってきたのが、岡田雅子さんら四国出身の4人の女性で、彼女らはスナックを隠れ蓑とした置屋の経営を始め、それぞれに売春ビジネスを拡大。

 

噂を聞きつけた人々が全国から来訪するようになり、1970年代から1980年代にかけて渡鹿野島は売春の島としての最盛期を迎えました。

 

当時は、人口約200人ほどの島に買春目的の来訪者が溢れかえって通行人の肩と肩がぶつからなければ歩けないほどで、岡田雅子さんの経営したホテル「つたや」などの宿泊施設が約10軒、置屋も13軒あり、スナックやキャバレー、カラオケ店、喫茶店、ゲーム喫茶、パチンコ店、ストリップ劇場などが通りに建ち並び、違法賭博を行う裏カジノまでありました。

 

しかし、バブルの崩壊や1990年代以降全国的に風俗店が展開されるようになると次第に景気は縮小して働く女性達に渡る報酬も小さくなり、警察に駆け込む女性も増えるなどし、渡鹿野島の売春ビジネスの関係者の摘発が相次ぐようになりました。

 

また、1990年代後半から2010年代にかけて行政による売春などのダークなイメージを払拭するクリーン化の動きが本格化すると「売春島」としての渡鹿野島は次第に衰退。

 

現在も細々と売春ビジネスは続けられているようですが、置屋も売春をする女性も数えるほどしか残っていないようです。

 

現在の渡鹿野島は、売春ではなく健全な形での島起こしに力を入れており、島を上空から見るとハートの形に見える事から、ハートアイランドの愛称で、恋愛成就の島として売り出しており、出会いイベントや婚活イベントも開催されています。

 

また、伊勢志摩国立公園内に位置する渡鹿野島の豊かな自然も観光資源としてアピールされ、に歴史的に伊雑宮の神領とされ「オノコロジマ」とも呼ばれる神の島である事でも注目されています。

 

ただ、「売春島」として繁栄していた頃と比べると現在の渡鹿野島全体は寂れていると言わざるを得ず、当時を懐かしむような声も一部ではあるようです。

 

 

 

岡田雅子の若い頃の経歴① 元大阪のホステスで20代半ば頃に渡鹿野島に

 

岡田雅子さんが渡鹿野島に移住するまでの経歴はほとんど何もわかっていません。

 

ただ、岡田雅子さんは1977年10月14日に、売春防止法違反と児童福祉法違反などの容疑で逮捕されており、これを報じた新聞記事で当時の年齢が32歳とされているため、1945年頃の終戦間際か直後の生まれだと推測できます。子供時代の生い立ちについては全く情報がありません。

 

また、岡田雅子さんの経営する置屋でチーママを務めていたある女性の証言によると、岡田雅子さんは四国の高知県の出身で、渡鹿野島に来る前、20歳くらいの頃には大阪で水商売をしていたという事です。岡田雅子さんは大阪時代は売春ではなくホステスとして働いていたようです。

 

他にも、渡鹿野島に渡る前は対岸にある鵜方という町で置屋(売春婦の斡旋所)を兼ねたスナックを経営していたという情報もありますが、これについては、上述の元チーママの女性は否定していて本当かどうかははっきりしません。

 

いずれにしても岡田雅子さんは1965年以降、遅くとも1971年までには渡鹿野島へと渡ってきています。上述の元チーママによると、岡田雅子さんは「買春の仕事がある渡鹿野島でひと稼ぎしよう」と思い立ち、大阪から渡鹿野島へ来たそうです。年齢は20代半ばだったようです。

 

なお、岡田雅子さんの若い頃の画像に関心を持っている方も多いようですが、岡田雅子さんの若い頃の画像は1枚も公開されていません。

 

岡田雅子さんの画像で最も若い頃のものは、1977年10月14日に売春防止法違反と児童福祉法違反などの容疑で岡田雅子さんが逮捕された事を報じた中日新聞朝刊(1977年10月15日付)に掲載された小さなバストアップの画像で32歳当時のものです。

 

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出典:1977年10月15日付の中日新聞朝刊より

 

この顔画像は新聞掲載の小さな画像という事で解像度は低くはっきりとした顔立ちは分かりませんが、大まかな雰囲気としては現在の感覚で見ると髪型もあってか少し老けている印象を受けます。

 

 

岡田雅子の若い頃の経歴② 一介の娼婦として働いた後独立して置屋を開き成功

 

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出典:https://bunshun.jp/

 

岡田雅子さんは最初は一介の娼婦として渡鹿野島で働き始め、1年〜2年後に居抜きで店舗を借りてスナックを装った置屋(売春婦の斡旋所)を開業して独立しています。

 

岡田雅子さんは某広域暴力団の直参組織と繋がりがあり、そのパイプによって質の高い日本人の娼婦を揃え、置屋ビジネスで成功しています。

 

1971年の秋には、管理売春で三重県警察に逮捕されていますが、その取り調べを担当した芥川時雄警部補(当時)を色仕掛けでたぶらかして取り込み、内縁の関係となって自身の売春ビジネスに協力させています。

 

元警察関係者を取り込んだ事で、岡田雅子さんは摘発されるリスクを抑えながら違法な売春ビジネスを行えるようになり、これも成功への追い風となりました。

 

1977年10月14日、岡田雅子さんは、未成年者を含む少なくとも13人の女性を(渡鹿野島に売春婦として)人身売買したとする、売春防止法違反、児童福祉法違反などの容疑で内縁の夫の芥川時雄さんと共に逮捕されています。

 

しかしこの逮捕後も、元警察官の内縁の夫と広域暴力団直参の組関係者という表の世界と裏の世界両方の後ろ盾を持つ岡田雅子さんは、現在も渡鹿野島に建物の廃墟が残る「青い鳥」をはじめ、複数の置屋を経営して売春ビジネスを拡大し年間数億円単位で大きく儲けたようです。

 

この当時、岡田雅子さんがどのようにして置屋ビジネスで稼いでいたのか詳しい事は明らかにされていませんが、岡田雅子さんは広域暴力団の傘下組織と繋がりがあり、そのパイプによってレベルの高い女性を揃えられたために成功できたとも言われています。

 

 

 

岡田雅子の若い頃の経歴③ 大型ホテル「つたや」を開業

 

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出典:https://pbs.twimg.com/

 

置屋ビジネスで儲けた岡田雅子さんはその資金を使い、1984年に7億円を投じて地上4階建の鉄筋コンクリート造りの大型ホテル「シーサイドホテルつたや」を新築し、ホテル経営にも乗り出しています。

 

岡田雅子さんの経営するホテル「つたや」では、毎日のように宿泊客を集めて宴会を開き、自身が経営する置屋からコンパニオンとして呼んだ女性達を宿泊客に選ばせて売春させるシステムで相当な利益を上げたようです。

 

関係者の証言によると、ホテル「つたや」の最盛期にはこうした売春ビジネスだけで年間5億円近い利益が上がっていたという事で、ドラム缶から札束が溢れ出すほどだったそうです。

 

岡田雅子さんは、そうして得た資金を湯水のように使って質の良い女性をブレーカーに紹介させた事で、ホテル「つたや」は更なる評判を呼ぶという構図だったようです。

 

また、岡田雅子さんは自身で置屋を経営していたために売春の利益が丸々懐に入りました。自身の置屋を持たない他の宿泊施設は置屋に依頼して料金を支払って売春婦を派遣してもらっていたため、一人勝ち状態の岡田雅子さんに対する嫉妬も集まるようになり、組合は岡田雅子さんを省いていくという流れも生んだようです。

 

その後、バブルの崩壊や売春に対する風当たりが強くなるにつれて経営は次第にうまくいかなくなり、資金繰りにも困り始めた頃に「Y藤」という事件屋につけ込まれ、財産を根こそぎ奪われてホテル「つたや」は経営破綻し、岡田雅子さんは凋落しています。

 

大きな利益を上げて渡鹿野島全体にも利益をもたらしていた岡田雅子さんと「シーサイドホテル

つたや」の凋落が、そのまま渡鹿野島全体の衰退につながったと見る向きもあるようです。

 

 

 

岡田雅子のスナック風の置屋「青い鳥」の建物の廃墟は現在渡鹿野島の名所

 

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出典:https://nomad-traveler.nl/

 

岡田雅子さんが経営していたスナック型の置屋「青い鳥」の建物の廃墟が現在も渡鹿野島に残っています。

 

またホテル「つたや」が岡田雅子さんによって経営されていた頃の「青い鳥」は、つたや直営のラウンジで表向きはスナックのような外観をしているものの、お酒の提供はなく女性による接客もなく、買春目当ての客が訪れると売春婦を整列させて目当ての女の子を選ばせるというシステムだったそうです。

 

また、この「青い鳥」と同じ建物で「パラダイス」というスナックも経営されていました。こちらは違法なバカラ賭博を行うために作られたようで、岡田雅子さんが違法なバカラ賭博に手を出した事は、他の置屋経営者や宿泊施設経営者との対立を生んでいます。その裏には「Y藤」という事件屋の暗躍があったようです。事件屋の「Y藤」については後述します。

 

この「青い鳥」の建物の廃墟は現在は観光名所のようになっているようです。ただ、2023年に入ってからTwitterで「青い鳥」の建物の解体工事が始まっていたとの投稿があるため、青い鳥の廃墟の取り壊しが始まっているようです。

 

 

 

 

岡田雅子の結婚相手は元警察官の芥川時雄(内縁の関係)

 

出典:中日新聞朝刊(1977年10月15日号)

岡田雅子と事実上の結婚相手の芥川時雄が売春防止法違反などで逮捕された事を報じる新聞記事。上の顔写真が芥川時雄で下が岡田雅子。

 

岡田雅子さんは1971年に渡鹿野島に来て本格的に売春ビジネスを始めたばかりの頃、管理売春で三重県警察に摘発され逮捕されています。

 

この時に取り調べを担当したのが、当時三重県警鳥羽警察署の警部補で、防犯少年課に所属して売春などの特捜班の係長を務めていた芥川時雄さんでした。

 

芥川時雄さんはこの取り調べの際に、「全部話せば不起訴にしてやる」と岡田雅子さんに持ちかけたそうです。それを信じた岡田雅子さんは全部話したそうなのですが、その後で芥川時雄さんに「起訴やで」と裏切られたため激怒し、その場に転がっていた鉛筆を投げつけたそうです。

 

鉛筆は芥川時雄さんお額に命中し、喧嘩になったそうなのですが、ここで「もう起訴は覆らないだろう」と悟った岡田雅子さんは「こんな商売をしているのだから、とりあえず1人くらいは引っ掛けておこう」と計算し、色仕掛けをして親密な関係になったという事です。

 

その後、岡田雅子さんと男女の関係になっている事が警察署にバレた芥川時雄さんは、1973年3月に諭旨免職処分となって警察を退職。

 

岡田雅子さんは芥川時雄さんと事実上の結婚関係となり、渡鹿野島の置屋ビジネスを共同経営するようになりました。

 

芥川時雄さんは岡田雅子さんと知り合う以前に結婚していて本妻があり、本妻が離婚に応じなかったために岡田雅子さんとは生涯内縁の関係のままでした。

 

この芥川時雄さんですが、1977年10月14日に、未成年者を含む少なくとも13人の女性を(渡鹿野島に売春婦として)人身売買したとする、売春防止法違反、児童福祉法違反などの容疑で、岡田雅子さんと共に大阪府警と三重県警によって逮捕されています。

 

この逮捕を報じた新聞記事によると、当時の芥川時雄さんの年齢は52歳となっているため、生年は1925年頃で、岡田雅子さんの20歳年上という事になります。

 

この岡田雅子さんの事実上の結婚相手であった芥川時雄さんについては、渡鹿野島でかつて置屋ビジネスをしていたという元暴力団関係者で、2人とも親しく付き合っていたという男性が証言しています。

 

この男性によると、芥川時雄さんは岡田雅子さんに惚れていたものの、少し気の弱い性格だったため、岡田雅子さんが別の男性と飲み屋で飲んでいると気になってしまい、店の外でウロウロと行ったり来たりしながら店の中の様子を伺ったり、店に電話をかけて岡田雅子さんがどうしているのかを店員に聞いたりするようなところがあったそうです。

 

一方、かつて岡田雅子さんが経営する置屋でチーママを勤めた女性によれば、芥川時雄さんはアイデアマンで、ホテル「つたや」の経営を支えており、つたやの宴会イベントとして評判になっていた娼婦同士によるレズショーを発案したのも芥川時雄さんだったという事です。

 

この女性は芥川時雄さんが健在であればホテルつたやが経営破綻する事もなかったのではとも話しています。

 

岡田雅子さんと芥川時雄さんを知る元暴力団関係者の男性によれば、芥川時雄さんは2009年に、84歳で亡くなっているようです。芥川時雄さんの葬儀には、芥川時雄さんの正妻も参列していたという事でした。

 

 

 

岡田雅子の子供は息子が2人

 

岡田雅子さんには、事実上の結婚相手であった芥川時雄さんとの間に子供が2人誕生しています。

 

岡田雅子さんの子供は2人とも息子さんだという事ですが、子供2人の生まれた年や現在の年齢などは明らかになっていません。

 

また、岡田雅子さんの子供2人が現在何をしているのかも不明です。

 

ただし、かつて岡田雅子さんの経営していた置屋でチーママを務めていた女性が、現在三重県志摩市内で経営している飲食店には、岡田雅子さんの子供さんが時折来店するという事なので、現在も三重県内に住んでいる可能性が高いようです。

 

 

岡田雅子の開業した「シーサイドホテルつたや」の現在

 

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出典:https://ryokou-ya.co.jp/

 

岡田雅子さんが1984年に7億円の資金を投じて新築し開業した「シーサイドホテルつたや」ですが、事件屋「Y藤」の暗躍によって経営破綻に追い込まれた後に差し押さえられました。

 

その後、「シーサイドホテルつたや」は、2016年10月に競売にかけられてています。売り出し当初の設定価格は1000万円でしたが、買い手がつかずに3回目の競売でようやく神奈川県横浜市の不動産業者の男性によって最初の半値の500万円ほどで落札されています。

 

落札後には経営再開を目指してか改修工事が開始されたようですが、それもすぐに停止され営業が再開される目処は立たずに廃墟のまま放置されているようです。

 

これは、購入者の男性がシーサイドホテルつたやの建物の不動産評価額が1億4000万円ほどあり、登録免許税300万円、不動産取得税450万円、毎年の固定資産税が280万円ほどと莫大な税金がかかる事を不服とし、行政を相手取っての訴訟を考えているためのようです。

 

また、岡田雅子さんが経営していた置屋「青い鳥」とスナック「パラダイス」が入った建物と土地は、2012年10月5日に担保不動産競売にかけられ、不動産賃貸業も手掛ける自営業者の男性が200万円ほどで購入しています。

 

こちらの物件についても購入者も借り手も見つからず、所有者は困り果てているという事です。

 

現在、「シーサイドホテルつたや」は渡鹿野島の玄関口の港近くの海岸沿いにそびえ、その廃墟は海からもよく見える事から渡鹿野島のランドマークのようになっており、こちらも名所としてネット上でよく話題にされています。

 

 

 

 

 

 

岡田雅子の経営破綻のきっかけとなった事件屋「Y藤」とは

 

岡田雅子さんの経営していたホテル「つたや」は、2016年までに経営破綻しており、系列の置屋「青い鳥」やスナック「パラダイス」なども全て競売にかけられています。

 

ノンフィクションライターの高木瑞穂さんのベストセラー『売春島 「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』によると、この経営破綻の原因を作ったのは、経営コンサルタントを名乗る“事件屋”の「Y○藤○」、通称「Y藤」という男だったそうです。

 

元暴力団組員で、渡鹿野島の売春ビジネスに関わり、岡田雅子さんやその夫の芥川時雄さんとも親しかったという男性によると、この事件屋のY藤は裏社会では有名な大物詐欺師で、当時、渡鹿野島で一人勝ち状態になっていた岡田雅子さんの経営する「つたや」グループをターゲットにして岡田雅子さんに接近したそうです。

 

事件屋のY藤に言いくるめられて心酔した(証言者によれば、おそらく男女の仲になっていたとの事)岡田雅子さん、事件屋のY藤に「つたや」の経営の全てを委ね、Y藤に言われるままに、過去に経営破綻し廃墟化していた宿泊施設の物件を購入しています。

 

Y藤はこの岡田雅子さんが購入した物件を使ってリゾートホテル会員権の詐欺を行って荒稼ぎした後、詐欺容疑で指名手配されて渡鹿野島から姿を消し、現在も消息不明となっているとの事です。

 

他にも、岡田雅子さんは違法なバカラ賭博場の経営など新たな事業に手を出していますが、これも事件屋のY藤の入れ知恵で、結果的にそのために捻出した金のほとんど全てをY藤に奪われたようです。

 

結果として、わずか5、6年ほどで岡田雅子さんは財産をこの事件屋のY藤に根こそぎ奪われ、それがホテル「つたや」の経営破綻の引き金となり、ひいては「売春島」としての渡鹿野島の衰退へとつながったと言われています。

 

なお、岡田雅子さんを経営破綻に追い込むきっかけを作った事件屋の「Y藤」と、これまでに巨額詐欺事件で何度も逮捕されている大物事件屋の山盛実成という男が関連していると見る向きもあるようですが実際のところは不明です。

 

平成19年に不動産取引で土地の売買代金4億円をだまし取った詐欺事件で、静岡中央署は21日、詐欺の疑いで、静岡市葵区追手町、会社役員、山盛実成被告(60)=電磁的公正証書原本不実記録・同供用罪で起訴=を再逮捕した。

 

引用:土地売買代金詐欺容疑の共犯2人を再逮捕 静岡

 

この事件屋の「Y藤」が何者だったのかは現在もわかっていないようです。

 

 

 

岡田雅子の現在…2016年2月に死去

 

岡田雅子さんの現在ですが、2016年2月に亡くなっています。

 

岡田雅子さんは1945年頃の生まれなので、71歳前後で亡くなられた事になります。日本の女性の平均寿命と比べると若くして亡くなられていますが、死因などは明らかにされておらず不明です。

 

 

 

まとめ

 

今回は、通称で「売春島」と呼ばれ、売春ビジネスの島として1990年頃まで繁栄した三重県志摩市の東部に浮かぶ渡鹿野島の全盛期に置屋や大型ホテルを経営してその売春ビジネスを取り仕切り女帝とも呼ばれた岡田雅子さんについてまとめてみました。

 

岡田雅子さんの若い頃の経歴については、四国の高知県の出身で生年は1945年前後、20歳くらいの頃には大阪府内でスナックのホステスをしており、20代半ばの1960年代後半から1971年までの間に渡鹿野島へと渡っています。

 

岡田雅子さんは渡鹿野島では1年〜2年ほど一介の売春婦として働いた後、独立してスナックを装った置屋を開業し、売春の斡旋をする事で相当な金額を稼いだようです。

 

1971年には管理売春で三重県警に逮捕されていますが、その際に取り調べを担当した三重県警警部補の芥川時雄さんを色仕掛けでたぶらかして内縁の関係となり、元警察官の後ろ盾を得る事で売春ビジネスの成功へと繋げています。

 

1984年には、置屋の経営で稼いだ資金を7億円投入して渡鹿野島の玄関口の港に隣接する土地に地上4階建て鉄筋コンクリート造りの大型ホテル「シーサイドホテルつたや」を新築して開業し、宿泊客に自らの置屋の売春婦を当てがうシステムを構築して最盛期には年間5億円近い利益を上げたようです。

 

しかし、バブルの崩壊や全国的な風俗店の拡大やデリバリーヘルスなど風俗の多様化の流れの中で次第に来訪者が減って経営が傾き、そこに大物事件屋の「Y藤」という男がつけ込み、岡田雅子さんは騙されて財産を根こそぎ奪われて凋落しています。

 

岡田雅子さんは事実上の結婚相手であった元警察官の芥川時雄さんとの間に2人の子供が生まれています。子供は2人とも息子である事がわかっていますが、年齢や職業、現在何をしているのかなど詳しい事は不明です。

 

現在、渡鹿野島には、かつて岡田雅子さんが経営していた置屋「青い鳥」や、違法なバカラ賭博の隠れ蓑であったスナック「パラダイス」、「シーサイドホテルつたや」の建物が廃墟化して残されており、島の名所としてネット上でよく話題にされています。

 

岡田雅子さんの内縁の結婚相手であった芥川時雄さんは2009年に、岡田雅子さんも2016年2月に亡くなっており現在はこの世にいません。

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  1. つたやさんが会員制リゾート施設を起ち上げる企画は2009年頃。 企画の中心となって動いていたのは岡田さんの下の息子さん。 100~300万円の会員権をナンボ売ったところで到底元が取れそうにない、普通に考えたらおかしな規模の工事を渡鹿野島で行っており、志摩の土建会社も巻き込まれた。 Y藤氏と推測される人物は別の名前を名乗っていた。 雅子さんとも一度だけお会いしたが、このような壮絶な経歴を持つ女性だったのはこの記事で初めて知りました。

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