2018年に親族ら5人を殺害した「鹿児島県日置市5人殺害事件」の犯人・岩倉知広に死刑判決が下されました。
この記事では岩倉知広の起こした事件の概要と動機、両親の離婚や高校中退などの生い立ち、身長や精神の病気の疑い、裁判の判決などについてまとめました。
この記事の目次
岩倉知広が起こした「鹿児島県日置市5人殺害事件」の概要
岩倉知広は、2018年3月31日から4月6日にかけて発生した「鹿児島県日置市5人殺害事件」の犯人です。
2018年4月31日夜から4月1日にかけて、岩倉知広は自宅アパートから徒歩約10分の実家に住む、父親の岩倉正知さん(当時68歳)と祖母の岩倉久子さん(当時89歳)を首を絞めて殺害し、実家から約400メートル離れた山林内の空き地に2人の遺体を埋めて隠しました。
同年4月6日の昼12時頃、岩倉正知さんの職場(シルバー人材派遣会社)から、正知さんの兄(以下、岩倉知広の叔父)に「正知さんが派遣先に出勤していない」との連絡が行きます。
この時、岩倉知広の叔父は仕事で県外にいたため、妻の岩倉孝子さん(当時69歳)に様子を見てきて欲しいと頼んでいます。
岩倉孝子さんは、姉の坂口訓子さん(当時72歳)と2人で岩倉知広の実家へ向かいましたが、そのまま連絡を断ちます。その後の起訴内容によると2人はその日の13時30分から15時9分の間に、岩倉知広に首を絞められて殺害されています。
同日14時20分頃、妻と連絡が途絶えた事を心配した岩倉知広の叔父は、近所に住む元同僚の後藤広幸さん(当時47歳)に様子を見に行くよう頼み、14時49分に鹿児島県警日置警察署に「妻と連絡が取れない」と通報しています。
後藤広幸さんもその直後に日置署と通話し警察官が現場に到着するまでその場に待機するよう指示されていましたが、起訴内容によると、そのすぐ後の15時9分から15時27分の間に岩倉知広に首を絞められて殺害されています。
15時29分に日置署から警察官が現場に到着して実家内を捜索し、岩倉孝子さん、坂口訓子さん、後藤広幸さんの3人の遺体が15時45分頃に発見されます。
同日18時55分、鹿児島県警は現場から約1.5キロ離れた市道を1人で歩いている岩倉知広を発見し鹿児島西警察署へと任意同行し、4月7日に殺人容疑で岩倉知広を逮捕。翌4月8日には岩倉知広の供述により、父・岩倉正知さんと祖母・岩倉久子さんの遺体も遺棄現場から発見されています。
その後、岩倉知広は殺人と死体遺棄の容疑で逮捕され、精神鑑定での「完全責任能力がある」との検察の判断を経て、2019年1月に殺人罪および死体遺棄罪で起訴されています。
岩倉知広の犯行動機
岩倉知広が「鹿児島県日置市5人殺害事件」を起こした犯行動機についても見ていきます。
父と祖母殺害の犯行動機
岩倉知広は逮捕後に接見した弁護人に父と祖母を殺害した時の様子を話しています。
それによれば、岩倉知広が実家を訪れてテレビを見ていたところ、祖母に仕事をしない事などを咎められる小言を言われ、カッとなって暴行した。父親がそれを見て怒り、包丁を持ち出して「お前を殺して自分も死ぬ」と言い出して揉み合いになり、父親の首を絞めて殺害。その後、祖母も殺害したという事でした。
また、岩倉知広は殺意については否認しており、首を絞めて(意識を)落とそうとしただけだと主張しています。
岩倉知広は裁判などで、以前から祖母から嫌がらせを受けていたと主張しており、小言を言われた事で過去の嫌がらせがフラッシュバックしてカッとなって暴行を加えたと供述しています。
以上から父や祖母への犯行動機は、岩倉知広の被害妄想だと見られています。裁判でそれを指摘された岩倉知広は「でたらめなんかじゃない!」と声を荒げています。
他3人への犯行動機
岩倉知広は父と祖母の殺害後に様子を見に訪れた3人も殺害していますが、こちらの犯行動機についても被害妄想のような内容を話しています。
岩倉被告はKTSの記者との面会で、この3人について「根も葉もない噂を流されたり、いたずらでは済まされないことをされた」と話していました
この岩倉知広による犯行動機の説明に対して、岩倉知広の叔父は「岩倉知広の被害妄想」だと否定しています。
岩倉知広の生い立ち① 中学時代は大人しい性格だがキレる事があった
被害妄想によって衝動的に5人もの人間を殺害した凶悪犯となった岩倉知広の生い立ちにも注目が集まっています。
岩倉知広は、報道されている年齢から1979年の生まれだと思われます。兄弟は妹が1人いたようです。
岩倉知広の子供時代の生い立ちはほとんど明らかになっていませんが、中学時代の同級生によれば、当時は大人しい性格で成績は優秀だったそうです。ほとんどの同級生の印象に残っていないという事なのですが、ある同級生の母親の証言によれば、カッとなりやすい性格を隠し持っており、1度キレるととことん相手を叩きのめすようなところがあったという事です。
岩倉知広の生い立ち② 高校2年の時に両親が離婚
その後、岩倉知広が高校2年生の時に両親は離婚しており、母親に引き取られて実家を出ているようです。その後は母親と妹と3人で実家の隣町でしばらくの間生活していたようです。
岩倉被告の母親は事件から20年以上前、岩倉被告が高校2年のときに正知さんと離婚、岩倉被告は母親に引き取られ、一緒に生活をしていました。
「母親が“私が立派に育てます”といって、知広とその妹を連れて出ていったんですよ。隣町に住んでいたようですけどね」
岩倉知広の生い立ち③ 高校を中退後、陸上自衛隊に入隊もすぐに辞める
岩倉知広はその後、何らかの理由で高校を中退しています。母親の証言によれば、岩倉知広は突然自分の意思で高校を中退したという事で、理由を聞いても何も言わなかったそうです。岩倉知広は高校では柔道をやっており、中退を言い出した時には柔道仲間が中退しないよう家に止めにきたとも母親は証言しています。
岩倉知広は高校を中退後職を転々とした後、2001年7月に陸上自衛隊に入隊し、鹿児島県霧島市の国分に駐屯地を置く第12普通科連隊に配属されています。しかし、2002年7月には「個人的な理由」で辞めています。
高校中退後、2001年7月に、陸上自衛隊に入隊した。所属は同県霧島市にある国分駐屯地第12普通科連隊だったが、翌年7月に「個人的な理由」(西部方面総監部)で辞めている。
岩倉知広の生い立ち④ 母親に暴力を振るい父親に引き取られる
その後、岩倉知広は母親に暴力を振るうようになり、母親は逃げるように県外の娘(岩倉知広の妹)家族のもとへと身を寄せています。
それから、岩倉知広はこの家でしばらく一人暮らしをしていたようですが、仕事をせずにブラブラしていたようで、近隣住人から「昼間からブラブラしていて怖い」と苦情が来たため、実家の父親が引き取る事になったという事です。
これが事件の約4年前の事と報じられているので、2014年前後の事と思われます。
“立派に育てる”と言っていた母親も手に負えなくなって、4~5年前に娘さん宅に転居してしまい、しばらく知広はひとりで隣町に住んでいました。すると、“仕事もしない男が昼間からブラブラしていて怖い”と近隣から苦情が来てね。やむなく別居中の正知さんが引き取るかたちで東市来町に連れてきたんです」
父親に引き取られた岩倉知広は、祖母の経営するアパートで1人暮らしを始めました。この頃に運送会社に勤め始めたそうですが、これもすぐに辞めているようです。
その事で祖母は心を痛めており、周囲にも相談していたという事でした。
そして2018年に岩倉知広は「鹿児島県日置市5人殺害事件」を起こす事になります。
岩倉知広は何らかの精神の病気を患っていた?
岩倉知広は、事件の16年ほど前から何らかの精神の病気を患っていたとの見方が有力になっています。
裁判での供述内容や、多くの証言が岩倉知広の精神的な病気を患っていた可能性が高い事を示しているようです。
まず、岩倉知広は、法廷で以下のように供述しています。
岩倉被告は法廷で、事件の16年ほど前から自分に対する悪口が聞こえるようになったと主張。 さらに、「水道水に劇薬を盛られ、歯がボロボロになった」などと話し、これらが岩倉被告の伯父と祖母が手を回して実行したと確信するようになったと説明しました。
引用:父以外の4人の殺害については「謝るつもりはない」 日置市5人殺害公判 岩倉被告が法廷で語る
さらに、ある近隣住人が、岩倉知広が自衛隊を辞めた理由は「病気」だと聞いたと証言しています。
「病名は聞いていませんが、病気になったため自衛隊を辞めたみたいです。久子さんが“孫が引きこもりで困っている”って頭を抱えていてね。
また、母親は岩倉知広が次第に幻聴や幻覚があるような発言をするようになったと証言しています。
母親は当時の岩倉被告について、「はじめは普通だったが、次第に『俺の悪口を言っているだろう』『誰かに監視されている』と、幻聴や幻覚があるような発言をしていた」と話しました。
他にも、岩倉知広が父親に引き取られた後住んでいたアパートの近隣住人が、岩倉知広が鉄棒や木材などの棒切れを「ブンブン」と音がするほど振り回す奇行を度々目撃したと証言しています。
「日によって持っている棒は鉄だったり木材だったり。怖くても“こんにちは”と声をかけるようにはしていましたけど、返事は1度もありませんでした」
平日の昼間から、仕事もせずに棒を振り回す奇怪な行動。
岩倉知広は起訴される前に精神鑑定を受けていますが、鑑定を担当した医師2人は「妄想性障害」がある事を認めています。
インターネット上では岩倉知広の病気は「統合失調症」ではないかとの見方も出ているようです。
岩倉知広の身長は近隣住人が「スラッとして背が高い」と証言
岩倉知広は、凶器を使わずに素手で5人を全員を殺害したと報じられており、その身長などの体格にも注目が集まっています。
岩倉知広の身長については、近隣に住む70代の女性が「スラッとして背が高い」と証言しています。
自衛隊に入隊していたという腕力と、「スラッとして背が高い」(70代の近隣女性)という長身から拳を振り下ろし相手の顔面を激しく殴った後に、無職の岩倉知広容疑者(38)は、抵抗のできない相手の首を素手で絞め殺した。
岩倉知広の正確な身長は不明ですが、かなり身長が高く体格も良い可能性が高そうです。
岩倉知広の第一審判決は「死刑」
岩倉知広には、2020年12月11日に開かれた判決公判で「死刑判決」が言い渡されています。
この判決を聞いた岩倉知広は突然暴れ出し、検察側に飛びかかろうとしたという事です。すぐに刑務官によって取り押さえられますが、再び暴れ出し5分ほど暴れたのちに4人がかりで取り押さえられ、裁判は騒然としたまま閉廷したという事です。
岩倉知広は閉廷後も親族を名指しして「許されないぞ!」などと叫んでいたようです。
弁護側はこの判決を不服として即日控訴しています。
まとめ
今回は、「鹿児島県日置市5人殺害事件」の犯人の岩倉知広についてまとめてみました。
岩倉知広は祖母や父、叔母などの親族ら5人を殺害したとして逮捕され、第一審で死刑判決を下されて控訴しています。
岩倉知広は、両親の離婚や高校中退後、職を転々としているといった生い立ちや、おかしな言動が目立つ事などから精神の病気が疑われており、責任能力が裁判の争点となっています。
今後の裁判の行方にも注目していきたいと思います。