「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の犯人・広川大起が注目されています。
この記事では広川大起容疑者の生い立ちや親などの家族、高校や大学など事件を起こすまでの経歴、事件当時の顔写真、被害者の春川萌衣さんとの関係と犯行動機、死因などについてまとめました。
この記事の目次
- 広川大起は池袋ポケモンセンター刺殺事件の犯人
- 広川大起の生い立ちと親などの家族① 裕福な家庭に生まれるも両親が離婚
- 広川大起の生い立ちと親などの家族② 母親と弟と沖縄市へ移住
- 広川大起の生い立ちと親などの家族③ 「スポーツマン」だった小中学時代
- 広川大起の経歴① 出身高校「F高校」は「沖縄県立普天間高校」か
- 広川大起の経歴② 大学受験に失敗しアルバイトを転々とする生活
- 広川大起の経歴③ 海上自衛隊入隊が内定していたが逮捕により取り消しか
- 広川大起の事件当時の顔写真は現在の時点では公開されてない
- 広川大起と春川萌衣さんの関係性と事件に至るまでの経緯
- 広川大起が引き起こした「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の当日の経緯
- 広川大起と春川萌衣さんの死因は共に「失血死」
- 広川大起が春川萌衣さんを殺害した動機
- まとめ
広川大起は池袋ポケモンセンター刺殺事件の犯人

広川大起容疑者(事件当時26歳)は、2026年3月26日に東京都池袋のサンシャインシティ内の「ポケモンセンターメガトウキョー」で従業員の春川萌衣(はるかわ・もえ)さん(事件当時21歳)が刃物で刺され殺害された「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の犯人とされる男です。
なお、報道により名前を「廣川大起」としているものもあります。(読みは同じ)
広川大起容疑者は、春川萌衣さんを殺害した後、自らの首付近を刺して死亡しており、警視庁は被疑者死亡のまま、殺人容疑で書類送検する方針と発表しています。
事件後の報道では、広川大起容疑者が春川萌衣さんと以前に交際しており、破局後に執拗につきまとっていた事がわかっており、この事件はストーカー行為がエスカレートした末の凶行として社会に大きな衝撃を与えました。
この記事では、現在までに報道されている内容を中心に、広川大起容疑者の生い立ちや被害者の春川萌衣さんとの関係、事件に至るまでの経緯、そしてその動機についてなどを詳しくまとめていきます。
広川大起の生い立ちと親などの家族① 裕福な家庭に生まれるも両親が離婚

「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の犯人・広川大起容疑者がなぜ凶行に及んだのか、その背景には一体どのような生い立ちがあったのか、どのような親など家族の中で育ったのなどについて、現在までに明らかにされている情報をもとに、その幼少期から事件に至るまでの家族環境と半生を詳しくまとめます。
広川大起容疑者は1999年生まれ、神奈川県川崎市で育ったと報じられています。父親は物流企業の経営者で、幼少期はタワーマンションで裕福な生活を送っていたとされています。しかし、その生活は両親の離婚によって一変します。父親によるDVが離婚の原因だったとの情報も一部で報じられています。
広川は1999年生まれ。父親は物流企業の経営者だった。幼少期は神奈川県川崎市のタワーマンションに暮らしていたが、やがて両親が離婚。
引用:「カッコいい子だった」「水泳が得意なスポーツマン」両親が離婚→移住し…池袋ポケセン殺人・広川大起(26)同級生らが語った沖縄時代
幼少期、川崎市内の高級マンションに住んでいた廣川容疑者だが、母に連れられ小学生の頃から中学卒業時まで、市内のこのエリアで育った。
「(一家は)夫のDVが原因で関東地方から移り住んだと聞きました」と語るのは、当時廣川容疑者の家族と付き合いのあった近隣の女性だ。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗
広川大起の生い立ちと親などの家族② 母親と弟と沖縄市へ移住

広川大起容疑者は、小学校低学年の頃に両親が離婚し、母親と弟、妹と共に、生まれ故郷から約1500キロ離れた沖縄本島へ移り住みました。この大きな環境の変化は、広川大起容疑者のその後の人格形成に少なくない影響を与えたと考えられます。
両親の離婚後の家庭は、当時を知る近隣住民の証言などから、母親が1人できょうだい3人の子育てを担っていた可能性が高いとみられています。
「(一家は)夫のDVが原因で関東地方から移り住んだと聞きました」と語るのは、当時廣川容疑者の家族と付き合いのあった近隣の女性だ。「廣川容疑者は下に弟と妹がおり、母親と4人で住んでいました。母親は色黒で細身のキレイなかた。『離婚した』と言ってましたね。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗
広川大起と母親、弟と妹との沖縄での新生活は、沖縄市の米軍嘉手納基地近くの地域で始まったとされています。慣れない土地での生活や母子家庭という環境は、経済的、精神的に決して平坦な道のりではなかった可能性が指摘されています。
広川大起の生い立ちと親などの家族③ 「スポーツマン」だった小中学時代

出典:https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/
沖縄で小・中学時代を過ごした広川大起容疑者は、周囲から「カッコいい子」、「ザ・スポーツマンといったタイプ」、「運動神経が抜群」などと評される、活発で人気のある少年だったと報じられています。小学校の卒業アルバムには、池袋のポケモンセンターでの春川萌衣さん刺殺事件のイメージとはかけ離れた、明るく無垢な笑顔が収められています。
事実、この頃の広川大起容疑者は特にスポーツの面でかなり目立っており、小学校時代からスイミングスクールに通い、水泳で頭角を表しています。
小、中学校時代の同級生の母親はこう述懐する。
「カッコいい子だったんですよ。小学校時代から水泳を頑張っていて、『ザ・スポーツマン』タイプ。同級生に、泳ぎの速いAくんがいて、2人揃ってよく表彰されていました」
小学校低学年の頃からスイミングスクールに通っていた広川は、Aくんとともに地元水泳大会の上位入賞の常連だった。
引用:「カッコいい子だった」「水泳が得意なスポーツマン」両親が離婚→移住し…池袋ポケセン殺人・広川大起(26)同級生らが語った沖縄時代
中学校では水泳部に所属し、3年生の時には男子800メートルリレーで県中学新記録を樹立し、優勝に貢献するなど、輝かしい成績を収めていた事が明らかにされています。
廣川容疑者は小、中学校時代には水泳に力を入れていたようだ。
当時の新聞記事によれば、背泳ぎの選手として何度も大会で上位入賞しており、中学時代には800メートルリレーのメンバーとして県中学校新記録で優勝したことが報じられている。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗
当時、広川大起容疑者が通っていたスイミングスクールの関係者は、「おとなしいし、真面目な子だった」、「毎日2時間トレーニングしていました。まじめに頑張っていたと思います」と証言しており、ひたむきな努力家としての一面があった事が窺えます。
また、小中学時代の広川大起容疑者について、当時を知る同級生やその保護者たちは、彼が真面目で努力家だったと口を揃えます。少なくともこの頃の水泳での成功体験は、広川大起容疑者の自己肯定感を育む重要な要素だったと考えられます。
そして、中学時代の広川大起容疑者は女子生徒にもモテるタイプだったようで、バレンタインにはチョコレートをたくさんもらい、水泳大会を通じて知り合った他校の女子生徒と交際していた事なども一部メディアで報じられています。小中学時代の広川大起容疑者はかなり充実した青春時代を送っていたと考えられ、その人生においても最も輝かしい時期であったのかも知れません。
広川大起の経歴① 出身高校「F高校」は「沖縄県立普天間高校」か

広川大起容疑者は中学卒業後は、実名は伏せられていますが沖縄本島中部にある進学校「F高校」に進学したと報じられています。
高校時代の広川大起容疑者については、真面目で成績も良く、友人らとスポーツもしていたとの証言があり、小中学時代と変わらず周囲からは良い印象を持たれていたようです。
中学卒業後、廣川容疑者は沖縄本島中部でも進学校として知られるF高校に進学した。
高校の関係者は「クラスの中でもまじめで、頭も良かったそうです」と語る。高校時代も体を動かすことは好きだったようで、友人らとスポーツを楽しんでいたという。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗
F高校の実名はわかっていませんが、インターネット上では沖縄県宜野湾市普天間にある公立校「沖縄県立普天間高校」(現在の偏差値は54)ではないかと推測されています。
沖縄県のF高校といえば普天間高校やろ。
— 包子帝64号 (@8964kinpei) March 30, 2026
〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗(集英社オンライン)#Yahooニュースhttps://t.co/q9dWRTSENA pic.twitter.com/CpDSjCVAyX
広川大起の経歴② 大学受験に失敗しアルバイトを転々とする生活

小中高校とスポーツがよくでき、勉強の面でも真面目に取り組むという好意的な証言が多く出ている広川大起容疑者ですが、高校卒業後は大学受験に失敗したとする広川大起容疑者の親族の証言が報じられています。
廣川容疑者の親族によると、廣川容疑者は大学受験に失敗し、しばらくは沖縄県内で働いていたという。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉「立派なお兄ちゃんだったのに…」馬乗りになり凶行に及んだ廣川容疑者(26)沖縄少年時代は水泳で県新記録、成績優秀だったが受験に失敗
なお、インターネット上では、広川大起容疑者が帝京大学の学生であるという情報が拡散されましたが、これは同姓同名の別人であることが確認されており、完全なデマ情報なので拡散しないように注意してください。
大学受験に失敗した後、広川大起容疑者は沖縄県を離れて東京都八王子市へ移住。1人暮らしをしながらファーストフード店(ケンタッキーフライドチキンとの報道)などでアルバイトを転々として生活していたとされます。
広川大起の経歴③ 海上自衛隊入隊が内定していたが逮捕により取り消しか

広川大起容疑者が、2026年春から海上自衛隊への入隊が内定していたとの情報も出ています。
沖縄の高校を卒業し上京後、春川さんと知り合った八王子市内のケンタッキーフライドチキンなどアルバイトを転々としていた広川。実は、今春から定職に就くことが決まっていたという。 現在、広川容疑者の母親をサポートする支援団体の代表が、「週刊文春」の取材に明かす。「母親によれば彼(広川)は、海上自衛隊に内定していたそうです。今年4月から採用される予定だった。
引用:【池袋ポケセン殺人】凶悪ストーカー広川大起は海上自衛隊に内定していた!「母親の認識では1年半から2年くらい交際が続いていた」「結婚のため定職を…」証言も
しかし後述するように、広川大起容疑者はこの頃のアルバイト先で出会った春川萌衣さんに対するストーカー規制法違反容疑で2025年12月に逮捕され略式起訴による罰金刑を受けており、これによって海上自衛隊への内定は取り消しになったと考えられます。
その後、広川大起容疑者は、川崎市多摩区にある実家に身を寄せていたようです。警察は母親に対し、広川大起容疑者の様子を見守るよう依頼していましたが、彼は警察が勧めたカウンセリングを最後まで拒否し続け、程なくして池袋のポケモンセンターでの春川萌衣さん刺殺事件を引き起こす事になりました。
活発で女性にモテるスポーツ少年だった生い立ちとは対照的に、上京後の広川大起容疑者の経歴は挫折と孤立の色を深めていきます。沖縄で育んだ自信や明るさは、都会での生活の中で徐々に失われていったのかもしれません。
そして、その歪んだ感情が、元交際相手であった春川萌衣さんに向けられ、取り返しのつかない悲劇へと繋がってしまった可能性も考えられます。
広川大起容疑者と春川萌衣さんの交際と破局、その後の展開から事件が起こるまでについてはこの後詳しく見ていきます。
広川大起の事件当時の顔写真は現在の時点では公開されてない
広川大起容疑者の小中学時代、高校時代のものとされる顔写真は公開されていますが、事件に及んだ当時の顔写真は現在の時点では公開されていません。
こうした凶悪事件の場合、マスコミは犯人の連行時や送検時に撮影した顔写真を公開する場合が多いですが、この事件では容疑者が死亡しているという事もあり、そうした際に撮影された顔写真も存在しません。
したがって、事件を引き起こした当時の広川大起容疑者の顔写真は、関係者や偶然事件現場に居合わせて撮影した方などからのリークがない限りは表に出てくる可能性は低いと考えられます。
広川大起と春川萌衣さんの関係性と事件に至るまでの経緯

広川大起の引き起こした「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の被害者である春川萌衣さんは、事件当時21歳でした。
春川萌衣さんはポケモンが大好きで、ポケモンセンターで働くことが長年の夢だったと周囲に語っていたそうです。明るく礼儀正しい人柄で知られており、夢だった職場で働き始めた矢先の悲劇でした。
広川大起と春川萌衣さんが2023年12月頃にアルバイト先で知り合い交際
広川大起容疑者と春川萌衣さんが出会ったのは、2023年12月頃、2人のアルバイト先だったケンタッキーフライドチキンだったと報じられています。
その後、2人は親密になり、2024年10月頃に交際を開始したとされています。広川大起容疑者の母親の認識では、交際は1年半から2年ほど続いていたとされています。
関係の破綻とストーカー行為の始まり
2人の関係に亀裂が入り始めたのは、春川萌衣さんが夢だったポケモンセンターでの仕事を得たことがきっかけでした。当初、広川大起容疑者は春川萌衣さんのポケモンセンターでの仕事を応援していましたが、次第に「お前には向いてないから辞めろ」などと否定的な言動を取るようになったとされます。
こうした言葉に心を痛めた春川萌衣さんは、2025年7月に広川大起容疑者に別れを告げました。
しかし、別れを受け入れられない広川大起容疑者は春川萌衣さんに執着。春川萌衣さんが連絡をブロックすると、広川大起容疑者は仕事帰りの彼女を待ち伏せし、自宅までつきまとうなどのストーカー行為を繰り返すようになりました。
2025年12月には、春川萌衣さんの自宅玄関に「今夜中に連絡をください。助けてください」と書かれた手紙やポケモンカードが入った紙袋を置くという行為にも及んでいます。
警察の介入と繰り返された逮捕
常軌を逸した広川大起容疑者のストーカー行為に身の危険を感じた春川萌衣さんは、2025年12月に警視庁にストーカー被害を相談しました。これを受け、警視庁は同日、ストーカー規制法違反の疑いで広川大起容疑者を逮捕します。
しかし、逮捕後も広川大起容疑者の執着は収まりませんでした。2026年1月には銃刀法違反で追送検され、さらに同月、性的姿態撮影処罰法違反の疑いで再逮捕されています。最終的に、広川大起容疑者は同月に略式起訴され、罰金80万円の略式命令を受けました。
また、警察はストーカー規制法に基づく禁止命令も出していましたが、広川大起容疑者の凶行を止めることはできませんでした。
さらに、警視庁は広川大起容疑者に対し、加害者向けのカウンセリングを受けるよう促しましたが、広川大起はこれを拒否していたとも報じられています。
広川大起が引き起こした「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の当日の経緯

広川大起容疑者が春川萌衣さんを殺害した「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の当日の経緯についても改めて見ていきます。
事件が発生したのは、2026年3月26日午後7時20分頃でした。広川大起容疑者は事件の約30分前から現場付近に現れ、店内の様子を2度にわたってうかがう姿が防犯カメラに記録されていました。
広川大起容疑者は犯行直前、近くのトイレに立ち寄り、現金569円が入った財布や、ほぼ白紙のメモなどが入ったリュックサックを残しました。さらに、自身のスマートフォンを便器に水没させ、意図的に破壊しようとした形跡がありました。
その後、広川大起容疑者は春川萌衣さんがいたレジカウンターにまっすぐ向かい、隠し持っていた刃物で彼女の首などを複数回にわたり突き刺しました。
店内には、居合わせた外国人の「Help!」という悲鳴が響き渡り、客や他の店員が避難する中、現場はパニックに陥りました。
広川大起容疑者は犯行時、涙を流しながら大声を出していたとの目撃情報もあります。春川萌衣さんを刺した後、広川大起容疑者はその場で自らの首を刺し、命を絶っています。
広川大起と春川萌衣さんの死因は共に「失血死」

春川萌衣さんは首を中心に十数か所の刺し傷があり、搬送先の病院で死亡が確認されました。春川萌衣さんの死因は失血死とみられています。
広川大起容疑者も同様に、搬送先の病院で死亡が確認されました。広川大起容疑者の死因も「失血死」と発表されています。
事件後の司法解剖の結果、春川さんは首を刺されたことが致命傷になったとみられ、死因は失血死だったとされる。
一方、廣川容疑者の死因も失血死で、容疑者に春川さんへの強い執着と殺意があったことがうかがえる。
引用:〈池袋・ストーカー殺人〉涙を流しながら元交際相手を刺した廣川容疑者、自衛官に内定し結婚を見据えていた…沖縄時代に優等生だった少年の歪んだ執着と転落人生
広川大起が春川萌衣さんを殺害した動機

広川大起容疑者は犯行時に自ら命を絶っているため、その口から犯行の動機が語られる事はありません。
広川大起の動機について、捜査関係者は春川萌衣さんへの強い執着と、復縁を望んでいたことが根底にあるとみています。別れの原因となったポケモンセンターでの仕事を逆恨みし、歪んだ愛情が動機となったと考えられます。
また、広川大起容疑者の精神状態も動機に影響した可能性があります。2025年12月の逮捕時、彼は捜査員に対して「周りを巻き込んで死ぬことを考えてしまう」といった趣旨の話をしており、自暴自棄な精神状態にあったことがうかがえます。
さらに、彼の社会的な孤立も事件の一因として指摘されています。アルバイトを転々とし、定職に就いていない不安定な生活の中で、広川大起容疑者は春川萌衣さんとの関係に強く執着していった事も考えられます。
まとめ
今回は、2026年3月26日に東京都池袋のサンシャインシティ内の「ポケモンセンターメガトウキョー」で従業員の春川萌衣さんが殺害された「池袋ポケモンセンター刺殺事件」の犯人とされる広川大起容疑者についてまとめてみました。
広川大起容疑者は、幼い頃に両親が離婚した生い立ちを持つものの、小中高校時代は活発なスポーツ少年として同級生からもモテていたとされています。
しかし、高校卒業後に大学受験に失敗し、その後の経歴はアルバイトを転々としていたとされています。
そして、この頃のアルバイト先で知り合ったのが被害者となる春川萌衣さんでした。広川大起容疑者は春川萌衣さんと交際していましたが、1年ほどで破局。しかしその後、広川大起容疑者がは春川萌衣さんに執着してストーカー行為を繰り返し、事件の前の2025年12月にはストーカー規制法違反で逮捕され、罰金80万円の略式命令を受けていました。
この事件は、ストーカー対策の難しさを改めて浮き彫りにしました。警察は被害者の相談を受け、加害者を逮捕し、禁止命令まで出していましたが、最悪の事態を防ぐことはできませんでした。カウンセリングの拒否など、加害者への介入の限界も課題として残ります。2度とこのような悲劇を繰り返さないために、社会全体でストーカー問題にどう向き合っていくべきか、重い問いが投げかけられています。

















