火垂るの墓

火垂るの墓の都市伝説や節子の死因|あらすじや海外の反応も総まとめ

1988年4月16日に劇場公開されたスタジオジブリの高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』。

 

野坂昭如さんの短編小説を原作にした作品で、妹・節子の死は自伝的な話でもあるそうです。

 

『火垂るの墓』のあらすじや都市伝説について総まとめしましたのでご紹介します。

この記事の目次

スタジオジブリ『火垂るの墓』のあらすじ&ネタバレ

 

観るのが辛い不朽の名作『火垂るの墓』

『火垂るの墓』はスタジオジブリの宮崎駿監督と並ぶ二大巨頭の高畑勲監督により制作されました。しかし、同作を鑑賞した人は言い知れぬ憂鬱感と深い悲しみが残り、「もう観たくない」という人も少なくありません。この”観るのが辛い”不朽の名作について総まとめしました。

 

原作者の野坂昭如さんが『火垂るの墓』を出版した新潮社の出資によりスタジオジブリでのアニメ映画化が実現しており、同社がメディアミックスで映画を制作するのは初のことでした。

 

原作の『火垂るの墓』は野坂昭如さんの戦時中の体験談を元に執筆されたもので、高畑勲監督により清太と節子の二人だけの生活を切り取る形で名作に仕上げました。

 

監督: 高畑勲
脚本: 高畑勲
原作: 野坂昭如
製作: 原徹
出演者: 辰巳努、白石綾乃
音楽: 間宮芳生
編集: 瀬山武司
制作会社: スタジオジブリ
製作会社: 新潮社
配給: 東宝
公開: 1988年4月16日
上映時間: 88分
配給収入: 5億9000万円

 

引用:Wikipedia – 火垂るの墓

 

高畑勲監督は『火垂るの墓』をわずかに未完成で劇場公開に踏み切らざるを得なかったことを悔いてアニメ監督を辞める決意をしましたが、宮崎駿監督の説得により『おもひでぽろぽろ』で監督として復帰しています。

 

『火垂るの墓』は非常にショッキングなストーリーのため、鑑賞した人の中でトラウマになる人も少なくなく、高畑勲監督は「反戦のメッセージはない」としながらも、戦争の悲惨さを痛感できる作品のため公開直後から学校などで平和学習で放送されることが多くなりました。

 

ここからは『火垂るの墓』のあらすじをご紹介しますが、ネタバレとなりますのでまだ鑑賞していない場合は自己責任でお読みください。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 死んだ清太、節子が語る

 

「昭和20年9月21日夜、ぼくは死んだ」

『火垂るの墓』の物語の始まりは、すでに死んだ清太と節子の幽霊が登場し、清太の「ぼくは死んだ」というナレーションから始まります。

 

時代は第二次世界大戦が終りを告げた直後の1945年(昭和20年)9月、『火垂るの墓』の主人公で14歳の少年・清太と4歳の妹・節子の魂が回想をするところから物語はスタートします。

 

「昭和20年9月21日夜、ぼくは死んだ」という清太のナレーションに始まり、戦争の時代に生まれ翻弄されるがままに生きて、若くして命を散らしたふたりの悪夢を振り返る形で物語は進行していきます。

 

清太は駅舎の柱にもたれかかるように座り込みうなだれていました。

 

行き交う人々が「きたないなぁ」「死んどんのやろか」と言う言葉にも清太は反応がなく一点を見つめたまま動きません。

 

中にはもうすぐアメリカ軍が到着するのに駅舎にこんな汚いのがいたら恥だと口悪く言う人もいます。

 

駅員が確かめると清太はもう長くはないようで、その虚ろな目線は先立った節子との思い出を追っているかのようでした。

 

 

1945年6月15日、神戸大空襲を受ける

時代は太平洋戦争末期、1945年6月15日に清太と節子が住んでいる神戸がアメリカ軍による大空襲を受けることになりました。

 

「退避! 退避! 退避してください」という声が外からけたたましく聞こえてきます。

 

アメリカ軍のB-29爆撃機により神戸大空襲が始まっており、清太が住んでいる兵庫県武庫郡御影町にも次々と焼夷弾が投下されており、方々で爆発と火の手が上がっていました。

 

清太の家でも逃げる準備をしており、心臓病を患っている母親を先に行かせるために清太は母親をせっつきます。

 

母親は先に家を後にして消防裏の防空壕に先に逃げ、清太は節子を背負い遅れて家を飛び出しますが、町中はすでにあちこちで火の手が上がっており、目の前で炎が上がり清太は行く手を阻まれます。

 

 

焼夷弾の影響で黒い雨が降る

神戸を焼き付くした焼夷弾により黒い雨が降り、それは節子の左目に入り、痛みを訴えるようになります。

 

清太と節子が逃げている頃、母親は焼夷弾に被爆して大やけどを負い、被災者の救護所となっていた国民学校に運ばれていました。

 

母親が大怪我をして国民学校に運ばれたことを知った清太は、節子を西宮市の親戚に預けてひとりで母の見舞いに行きますが、全身が包帯でぐるぐる巻きにされて血がにじんでおり、目を背けたくなるような状態になっていました。

 

その時、清太は優しかった母親の変わり果てた姿にショックを受けてしまい、現実を受け入れられずに逃げるように国民学校を後にしました。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 母親の死

 

再び母親を見舞いに行くと死んでいた

清太の母親はすでに亡くなっており、6月の暑さから遺体の腐敗は進み腕にはウジが湧いている状態でした。

 

母親の遺体はそのほかの多くの遺体と一緒に大きな穴に放り込まれて火葬され、清太は母親の遺骨を拾って帰ってきます。

 

清太は節子とともに西宮市の親戚の叔母の家でお世話になることになります。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 清太、叔母との関係が破綻し始める

 

叔母に邪険にされ始めた清太と節子

叔母の家に身を寄せた清太と節子でしたが、生活を続ける中で次第に叔母と軋轢が生まれ、溝は深まる一方でした。

 

清太は焼夷弾により焼けて無くなってしまった自宅の敷地から食糧を蓄えていた瓶を取り出し、リアカーに積んで叔母の家に持っていきました。

 

清太なりの配慮でしたが、余裕の無い叔母は清太と節子を養っていくことを重荷に感じており、それは冷たい態度として清太と節子に辛くあたっていました。

 

学校にも行かず、防火活動をして働きもしない清太に叔母は不満をぶつけるようになり、ふたりの関係は次第にギクシャクしたものになっていきます。

 

清太は行かなかったのではなく、学校は焼けて無くなっており、動員に行っていた神戸製鋼も同様に焼けて仕事ができる状態ではありませんでした。

 

しかし、事情はどうあれ家に居て何もしない清太に対して叔母の心象は悪いものでした。

 

そして、ある日叔母は清太と節子の母親の上等な着物を売るとお米一斗に変えられると言い出しますが、母親の大事な形見であるため節子が泣いて反対するのも聞かずにお米に換えてしまいます。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 清太、叔母の家を出る決意をする

 

叔母の扱いに耐えかねた清太は家を出る決意をする

ある日、食事を巡って清太は叔母と言い争いになり、結果叔母の家族とは食事を別にすることになります。

 

母親の大切な形見を一斗のお米に換えたものの、最初に白米を食べさせて貰って以降、叔母は自分の子供たちに優先的に食べさせるようになりました。

 

そしてある日、清太が叔母から貰ったお弁当が雑炊で、節子に昼はオムスビだと言って納得させようとする清太に、叔母は「お国のために働いてる人らの弁当と、一日中ブラブラしとるあんたらとなんでおんなじや思うの」と厳しい口調で攻め立てます。

 

叔母はさらに、清太に働くように言う一方で、お米も出さないのに食わせて貰っているだけでも有り難く思えという高圧的な態度を取ります。

 

清太が母親の着物のおかげで一斗ものお米が手に入ったと反論すると、叔母はカチンときて「みなしご二人預かったってそう言われたら世話ないわ。よろし、うちとあんたらと御飯別々にしましょ」と住むところだけは貸すものの食事は別だと言い切ってしまいました。

 

さらに、叔母は清太と節子を追い出そうとして、西宮市もいつ空襲されるか分からないと理由を付けながら、東京に親戚がいたはずだとして手紙を出すように勧めました。

 

しかし、住所がわからないため清太は手紙を書く事ができないと返しました。

 

 

清太は叔母の家を出る決意をする

日増しに風あたりが強くなる叔母に居心地の悪さが頂点に達した清太は、節子を連れて防空壕で生活することを決意します。

 

清太は母親が万が一の時のために貯蓄していた7000千円(現在の通貨価値で約1300万円~1600万円)のお金を卸しに銀行に行き、叔母たちとは食事を別にするために自炊道具一式を買い揃えました。

 

七輪で夕飯の支度をする清太と節子を見るなり、叔母は「七輪から何から買うて来てからに、まるでアテツケや」と愚痴をこぼしていました。

 

清太は7000円もあれば何とでもやっていけると考え、叔母の家を出ることを考えます。

 

節子は夜になると母親を思い出して夜泣きをしてしまい、叔母は清太に泣かせないようにどうにかしろと無理を言ってきました。

 

清太は節子に母親の死を教えていませんでしたが、叔母がわざと教えていたのでした。

 

叔母は清太と節子がいない間に、「ほんまに、えらい疫病神が舞い込んで来たもんや。空襲言うたって何の役にもたたんし。そんな命惜しいのやったら横穴に住んどったらええのに」と悪態をつきましたが、清太は本当にその通りにすることを決めて叔母の家を出ていきます。

 

「えらい長いことお邪魔しました。ぼくらよそへ移ります」と言ってリアカーに荷物を積んで節子と出ていく清太に、叔母の反応はそっけないものでした。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 清太、防空壕で節子と生活を始める

 

池の横の防空壕で生活を始めた清太と節子

リアカーを引いて叔母の家を出た清太と節子は、下見をした時に節子が喜んでいた池の横にある防空壕で生活を始めることにしました。

 

防空壕に付いた節子は台所や玄関の場所を決めて大はしゃぎしていました。

 

清太は近くの民家から寝床に使うワラやあるだけの食料を買わせて貰い、節子とのふたりの生活をスタートさせましたが、最初は食べるものがあり楽しかったものの、次第に食糧は尽きてしまいタニシやカエルしかありませんでした。

 

近くの少年たちが清太と節子が住む防空壕前を通り過ぎる時に、人が住んでいることを馬鹿にするのも清太にとって屈辱でした。

 

防空壕の灯りも捕まえた蛍を蚊帳の中で放つくらいしかなく、防空壕での生活の厳しさは次第に清太と節子を追い詰めていきます。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 節子の体調悪化と清太の泥棒

 

節子に栄養をつけるため泥棒を繰り返す清太

いよいよ食料が手に入らなくなったことで幼い節子は栄養失調に陥り、日に日に衰弱していくため清太は食料を確保するために泥棒を繰り返し逮捕されます。

 

食料が調達できなくなると、清太は畑から野菜を盗んだり、空襲で無人となった空家に火事場泥棒に入るなどしてギリギリのところで飢えをしのいでいました。

 

節子にまともな食料を食べさせるために、清太は畑荒らしを繰り返しており、ある日畑の持ち主の男に捕まってしまいます。

 

清太は節子が「兄ちゃん!」と呼ぶ前で男にボコボコに殴られ、ブタ箱行きだと警察に突き出されてしまいますが、清太は節子がいる手前逮捕されるわけには行かず懇願します。

 

男は警察に突き出しますが、警察は清太と節子に同情して、「こんだけ殴りゃ気が済んだやろう。未成年に対する暴行!傷害!」と逮捕をほのめかすと男は警察に任せて逃げていきました。

 

その後、節子はあせもや湿疹に悩まされ、お腹が痛いと言い始めましたが、ある日、防空壕の近くで節子が倒れているのを清太は発見します。

 

急いで医者に見せに行ったところ、節子は栄養失調だと告げられて滋養を付けるしかないと言われます。

 

節子がサクマ式ドロップスを舐めたいという思いに応えるため、清太は残りの三千円を下ろして美味しいものを食べさせようと決意します。

 

しかし、銀行に行った清太は銀行員から日本が戦争に負けたこと、父親が所属していた連合艦隊もとうの昔に沈んでしまい存在していないことを知り、父親の死に「お父ちゃんも死んだ…お父ちゃんも死んだ…お父ちゃんも…あぁーっ!」と、最後の希望だった父親も死んでしまったことに絶望してしまいました。

 

1945年夏、日本は戦争に負けて終戦を迎えたのでした。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 節子の死

 

清太は食料を買うことができたが…

節子においしいものを食べさせて滋養をつけようと思いお米やかしわ、たまご、スイカなどを買うことができた清太でしたが、節子はついに亡くなってしまいます。

 

清太は銀行から下ろした3000円でお米やかしわ、たまご、スイカなどを買うことができ、節子のためにおかゆを作っていました。

 

しかし、節子はやせ細って起き上がることすらできず衰弱しきっており、サクマ式ドロップスと間違えておはじきを舐めていました。

 

節子は弱々しく清太におままごとをし始めますが、そんな節子に清太は買ってきたスイカを切って食べさせようとしました。

 

節子は「兄ちゃん、おおきに」と言うと、それきり目を覚ますことはありませんでした。

 

 

 

『火垂るの墓』ネタバレあらすじ – 節子を弔い、清太も逝く

 

節子の遺体を荼毘に付した清太

清太は炭を買うと節子の小さな遺体をひとりで荼毘に付し、清太は燃え尽きて遺骨になるまで呆然とその場に居続けました。

 

清太は遺骨をサクマ式ドロップスの缶に入れて、フラフラと防空壕を後にして二度と戻ることはありませんでした。

 

そして、物語は清太と節子が蛍が舞う丘の上から現代のビル群を眺めているシーンで終わります。

 

それはまるで製作者が時代は変わっても過去の悲惨な出来事は変わることはなく、忘れてはならないことだと教えているような終わり方でした。

 

物語はオープニングの駅舎で清太がゆっくりと死を待つシーンに繋がり、清太の傍らには節子の遺骨が入ったサクマ式ドロップスの缶が置かれており、節子の待つところに清太も旅立ちました。

 

 

 

 

『火垂るの墓』の評価・感想と世界の反応

 

『火垂るの墓』はトラウマを植え付ける傑作

『火垂るの墓』の国内の評価・感想を「良い・普通・悪い」に分けてご紹介し、世界の反応についてもご紹介します。

 

 

『火垂るの墓』の”良い”の評価・感想

”良い”という評価には心に強く衝撃を受けた感想が多い

『火垂るの墓』を良いと評価した感想の多くは、清太と節子に対する素直な同情が多かったようです。

 

千と千尋の神隠しがジブリ最高傑作なのは売上的にも間違いない事実なのですが、個人的にはこちらが最高傑作だと思います。
毎年夏に放送されてうんざりしている子もいるかもしれないけど、戦争の禍根を後世にリアルに伝えるには教科書とか読むよりこの作品の方が何十倍も説得力がある。
物語としても、この歳になっても毎年見るたびに新しい発見や考察が生まれる奥深い作品だと思います。

 

引用:Yahoo!映画 – ジブリ不朽の名作

 

『火垂るの墓』は清太の未熟な考え方や、親戚の叔母が清太や節子に辛く当たる場面などモヤモヤするシーンがありますが、観る年齢により見方が変わる映画でしょう。

 

この感想のように『火垂るの墓』はとても節子に感情移入してしまうため、戦争の愚かさを伝える反戦映画としても考えさせられる作品でしょう。

 

今でも記憶に強烈に残り、決して忘れられないトラウマになった映画です。
それは、戦争体験者が語る、「二度と思い出したくない」という思いに近いものかもしれません。映画なのに、心の深い場所にトラウマを残す。傑作には違いないのですが、おすすめはしません。

 

引用:Yahoo!映画 – 心に残る「トラウマ」

 

清太が妹の節子のために楽しく生きられるように考えたことが、社会経験の無く未熟なために社会に淘汰されてしまう様子は観る人にもどかしさを与え、それによって幼い節子が亡くなり、生きる気力を亡くした清太も餓死するという流れは多くの人にトラウマを残しました。

 

初めて観たのは幼稚園の頃だと思います。
当時は戦争のことなんて知らないけど、わんわん泣いたのを覚えています。
とにかく戦争はこわい、という強烈な印象を残した映画です。
昔はおばさんが嫌な人、と思っていたけど、あの時代はみんな必死だった。誰も悪くないんだなと思うと、見方も変わり、更に胸が苦しくなります。
現代の街並みを見下ろす清太と節子の姿が印象的でした。

 

引用:Yahoo!映画 – ずっと記憶に残る映画

 

この感想の方は節子とほとんど同じ年代の頃に『火垂るの墓』を鑑賞したようですが、戦争をまったく知らなくても恐ろしさ、悲しさは十分に伝わるのでしょう。

 

親戚の叔母も我が子に食べさせるものを確保するだけで精一杯の中で他人の子供である清太と節子を見ていたわけで、極限の状態であったことを知れば叔母の人情にも深い理解を示せるでしょう。

 

 

『火垂るの墓』の”普通”の評価・感想

”普通”の評価には「二度と見たくない」という感想も多い

『火垂るの墓』を”普通”と評価した感想の中にはトラウマになったため「二度と見たくない」という感想が多い傾向にあるようです。

 

この作品は予告編見るだけでかわいそうで何年も観れなかった。
だが毎年のように終戦記念日付近に放映されるこの作品
思いきって観た。
やはりつらい
戦時中の過酷な暮らし
とても正視できない感じ
予告編通りでした
やはり見ないほうがよかったかもしれない
戦時中の実態を感じるための作品
けっして泣ける映画とは言えない、言いたくない。

 

引用:Yahoo!映画 – ほし みっつ

 

『火垂るの墓』は涙なしには見られない映画ながら、それはいわゆる”感動映画”ではなく観終わった後に言い知れない憂鬱感と後悔が残る映画でしょう。

 

そうした特徴を持つ映画なだけに、素直に”良い映画”と評価するのが難しい人は少なくないようです。

 

まあ言ってしまえば、胸くそ悪い話なので、なんとなくずーっと泣けませんでしたが、ラスト1分くらいで現代の町が写って…唐突に涙がブワッ。戦争はもちろん反対です。日本が再び戦争を「始める」ことはあってはならないと思います。

 

引用:Yahoo!映画 – 久しぶりに鑑賞

 

戦争の不条理、戦時中混沌とした社会、余裕がまったく無い人々の生活など、『火垂るの墓』は確かに”胸糞悪い”と感じる場面が多々あありました。

 

観ているのが苦痛になるくらい憂鬱な気分になってしまいますが、この感想では現代の町の様子を見たことで、より清太や節子が生きた過酷な時代が浮き彫りになって感じたのでしょう。

 

この映画が二度は観たくないと言われるのはただ悲しい物語だからというだけではなく、今の子供と比べて昔の子供は生きる力に溢れてたくましかったんだ!という美しい昭和懐古幻想を粉々に打ち砕く冷徹さがあるのからかもしれません。

 

引用:Yahoo!映画 – 文化祭にて

 

スタジオジブリ作品の中で「二度と見たくない作品」のランキングを作ったなら、『火垂るの墓』は間違いなく上位に来るでしょう。

 

それは「面白くないから」という理由ではなく、どこまでも厳しい現実をまざまざと見せ付けられる残酷さがあるからなのでしょう。

 

 

 

『火垂るの墓』の”悪い”の評価・感想

”悪い”の評価には単純に不快になった感想が多い

『火垂るの墓』を”悪い”と評価した感想の多くは、作品全体に漂う不条理さが単純に嫌いだった人が多いようです。

 

残酷、暴力、ひたすら苦労話、不幸・絶望。
この手の映画ならおよそ小学生でもつくれる。
だれでも作れるよ。こんな安易なプロパガンダ。ソ連じゃあるめえし。
それならお前が作ってみろ!と言うであろうあんた。
あぁ作ってやるよ!ただしお前がカネ出してくれるならな。
だいたいお涙ちょうだいで戦争反対を唱えてる原作者本人が
マイクで人をぶん殴ってるじゃないの。暴力は反対じゃなかったんですか?
まあそうは言っても、一応合掌しときますわ。南無

 

引用:Yahoo!映画 – 残酷話はガキでもつくれる

 

『火垂るの墓』という映画が非常にナイーブな戦争をテーマにしているだけに、こうした声を荒げるような感想は少なくないようです。

 

しかし、メッセージ性が強いからこそ無関心にはなれないという点では、ある意味評価をしているのかもしれませんね。

 

兄のプライドが妹を死なせた←そういう見方をする映画ではないという方がいますが、そういう部分ばかりが気になる作りだということを忘れてはなりません。
他に魅力的な部分があればそれも気にならなかったはずです。
また兄妹の、まるでキャンプでもしてるかのような防空壕生活があまり不憫に感じられません、本来貧相で不味そうに見えてしかるべき食料もどこか美味しそうに見えて仕方ありませんでした。これはアニメ故の欠点であると言えるでしょう。

 

引用:Yahoo!映画 – 貧相に見えないのは何故か?

 

スタジオジブリ作品に登場する食事は”ジブリ飯”と言って美味しそうに見えるようなこだわりが込められていますが、『火垂るの墓』に至っては欠点となってしまったようです。

 

製作陣もどこまで清太と節子を過酷な環境に置くかを悩んだのかもしれませんが、基本的にジブリ映画は子供向けの映画のため表現を抑える必要はあったでしょう。

 

子どもの頃、あまり好きじゃなかったです。
なぜかは分からなかったですが。
大人になって久しぶりに観たら、少し理由が分かった気がする。
何で働かないのか?と言う点。
それに、居候して皿さえ洗わない。
折り合いが悪いから出てく。
結果、節子、命を落とす。
そもそも節子が衰弱する中、主人公は元気。
流れからすると節子は病死の様だけど、餓死っぽい演出。
何故?
主人公が元気なままで、節子が衰弱していくのを見ると、まるで主人公が節子に隠れて飯を食っていたんじゃないかとさえ思えた。

 

引用:Yahoo!映画 – もやっとする

 

『火垂るの墓』は鑑賞する年代によっては清太の未熟さや叔母の意地悪さが目立って見えて不快な思いをしてしまうでしょう。

 

そうした見方をしてしまうと悪い意味で「もう見たくない」と思ってしまうしかないでしょう。

 

 

『火垂るの墓』について世界の反応

世界の反応は”絶賛”が多い

日本人よりも感情に正直な海外の反応は、ほとんどが号泣必至の名作だという声が多いようです。

 

自分が映画で泣くとは思ってもなかった。ましてやカートゥーンで……。
昨日の夜に観たばかりなんだけど、本当に悲しかった……。 イギリス

引用:パンドラの憂鬱 – 海外「史上最も悲しい作品」 『火垂るの墓』に外国人が涙・涙・涙

 

このイギリス人はアニメ専門チャンネル「カートゥーン」で放送されていた『火垂るの墓』を初めて見たようですが、普段泣かないタイプの人も問答無用の悲しさがあるようです。

 

この映画はみんな観るべき。
だけどティッシュを大量に用意しておけよ。
男だろうが女だろうか、年寄りだろうが若者だろうが、
民間人だろうが軍人だろうが、リベラルだろうが保守だろうが、
肌の色が何色だろうが、間違いなく心揺さぶられる。 カナダ

 

引用:パンドラの憂鬱 – 海外「史上最も悲しい作品」 『火垂るの墓』に外国人が涙・涙・涙

 

『火垂るの墓』の時代の日本は欧米諸国に比べて圧倒的に技術革新が遅れていましたが、その社会の未熟さがより一層生きることの過酷さを生んでいました。

 

海外の人からとってみれば、現在の経済大国、技術立国の日本のイメージがあれば昔の姿に驚くことだと思いますが、そこまで発展を遂げたからこそ当時の悲しみが浮き立つのでしょう。

 

アニメ史上最も悲しい作品の1つだよね。 アメリカ
 
いや、アニメだけじゃなくて、すべての映画の中で、だと思うよ。 アメリカ

 

引用:パンドラの憂鬱 – 海外「史上最も悲しい作品」 『火垂るの墓』に外国人が涙・涙・涙

 

戦争映画は基本的に悲しくて不条理を描いた作品が多いですが、『火垂るの墓』は無力な少年と幼女が戦争に翻弄される姿を描いているため無条件で深い悲しみを感じてしまいます。

 

 

『火垂るの墓』の都市伝説・裏話の考察

 

『火垂るの墓』は都市伝説も悲しい

『火垂るの墓』の都市伝説、裏話について総まとめしましたのでご紹介していきましょう。

 

スタジオジブリのアニメ映画の多くには製作段階や劇場公開後に生まれた裏話や、鑑賞者によるネット上での都市伝説の考察などがあります。

 

『火垂るの墓』も同様に都市伝説、裏話がありますが、本編が悲しい物語なだけにやはり憂鬱になるエピソードが多いようです。

 

 

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 清太と節子の本当の死因

清太と節子は物語上の死因とは違う?

節子の死因は物語中では急性腸炎と診断され、やせ細り立てないまま眠る様に亡くなったため清太と同様に栄養失調だと言われています。

 

節子は4歳という若さで栄養失調で亡くなったとされていますが、栄養失調であればお腹が餓鬼のように膨れあがり、水分の排出ができなくなり顔が激しくむくむという症状が出ると言われています。

 

単純に表現上の問題でリアルに描かなかったという理由が大きいと思われますが、栄養失調であれば基礎代謝量が大きく脂肪が少ない清太からエネルギー不足で動けなくなり死亡する可能性が高いと考察されています。

 

 

節子の死因は軍需工場の有害物質?

節子を直接的に死に至らしめる状況を作った原因は、空襲時に降った有害な化学物質を含んだ雨が節子の左目に入り、その後の左目の痛みと原因不明のあせもにつながったと考察されています。

 

この説は、軍需工場から出た煙が大気に混じり、雨となって降り注いだことで有害な化学物質が節子の左目に入ったというものです。

 

節子は劇中に左目を擦るシーンがあり、その後左目の痛みを清太に訴えています。

 

それから全身のあせもなど体調不良が急速に進行して亡くなっているため、有害物質により何らかの病気を引き起こして直接的な死因につながったと考えられています。

 

清太の死因については劇中の通りで、元々栄養状態が良くなかったところに最愛の妹・節子が亡くなったため生きる気力を失ってさまよい続け、最後は駅舎で風雨を凌ぐうちに餓死してしまったのでしょう。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 『となりのトトロ』と同時上映

最悪の組み合わせだった同時上映

心が温まる『となりのトトロ』を観た直後に余韻に浸る間もなく『火垂るの墓』を見せられて、あまりにギャップのありすぎる救いようのない結末に劇場を出る時は後悔した人も少なくなかったようです。

 

なぜ、『火垂るの墓』が『となりのトトロ』と同時上映されることになったのかというと、元々宮崎駿監督が製作していた『となりのトトロ』が先に企画されて、当初の予定では60分程度の短い内容として企画されていました。

 

尺が短いため単独での劇場公開ができないということで、88分の尺である高畑勲監督による『火垂るの墓』を同時上映しようという運びになりました。

 

しかし、『となりのトトロ』も結果的に88分まで尺が伸びています。

 

この『火垂るの墓』と『となりのトトロ』は「絶対にやってはいけない二本立て」として後世まで語り継がれることとなってしまいました。

 

 

 

どちらかと言えば『となりのトトロ』を後に観たほうが少し気持ちのリセットができて劇場を出る時が幾分マシでしょう。

 

 

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 恐ろしい実写映画が作られる予定だった

原作を忠実に再現しようとした映画企画があった

原作者の野坂昭如さんによれば、アニメ映画『火垂るの墓』が製作されるまでに、何度か実写映画の話が持ち上がったそうです。

 

立ち上がった企画の中で一番実現する可能性があったのは、出版社のKKベストセラーズを創業した岩瀬順三さんによるもので、リアリティを出すための構想はとんでもないものでした。

 

アメリカのアリゾナ州に戦火に焼かれる前の神戸の街並みを再現して、アメリカから飛行可能なB-29戦闘機を借りて実際に焼夷弾を投下して爆撃し、出演者は当時の人の状態を再現するために、断食をさせて栄養失調にさせようとしていたそうです。

 

岩瀬順三さんはアメリカに取材でB-29に乗りに行きましたが、映画制作がスタートする前に亡くなってしまい企画は御蔵入りとなりました。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 黒澤明が大絶賛?

黒澤明の賛辞に宮崎駿は苦い顔をした

世界の巨匠・黒澤明監督は『火垂るの墓』の原作者は宮崎駿監督だと思っていました。

 

『火垂るの墓』を観た黒澤明監督は、宮崎駿監督が原作で製作した映画だと思い込んでしまい、賛辞の手紙を書いたそうです。

 

それを見た宮崎駿監督は当然複雑な心境になったそうですが、黒澤明監督は映画の中で一番好きだと賞賛したわけではなく、あくまで近年製作された映画の中では良かったという趣旨だったと娘の黒澤和子さんが語っています。

 

しかし、そういうわけではなく、本当の製作者の高畑勲さんはさらに複雑な思いだったでしょう。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 原作者がどういう気持ちで書いたか

原作者・野坂昭如はどういう気持ちで書いたか

『火垂るの墓』というとても悲しい話を原作者の野坂昭如さんがどういう気持ちで書いたのか、という学校での生徒の問いについて面白い回答があります。

 

『火垂るの墓』を執筆していた当時、野坂昭如さんは他に何本も小説やコラムなどの執筆を並行させており、それぞれの担当者が訪れてきて締切を促される重圧を受けながら、生きた心地のしない地獄のような日々の中で書き上げたそうです。

 

そのため、野坂昭如さんは過去に番組出演した際に、娘の学校で「『火垂るの墓』は作者がどういう気持ちで書いたでしょうか?」という質問に対して「締切に追われてヒィヒィ言いながら書いた」と笑い話にしています。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 清太と節子は幽霊になった

清太と節子は成仏できなかった?

高畑勲監督がインタビューで答えた話により、清太と節子は幽霊になってしまったという都市伝説が生まれることとなりました。

 

『火垂るの墓』について、高畑勲監督は「清太と節子の幽霊を登場させているが、気の毒なことにこの体験を繰り返すしかないのだ」と語っています。

 

これは作品冒頭で「僕は死んだ」と幽霊となった清太がナレーションをして、節子も登場して回想から物語を始めており、物語の最後が冒頭に繋がるということを指しての発言だと思います。

 

そのため、”清太と節子が幽霊になった”という話しは都市伝説でも何でもなく、高畑勲監督自身が演出として描いていることなのです。

 

しかし、冒頭以外にも清太と節子の幽霊が登場しているという説があり、それは物語中に画面が赤くなるシーンだとされています。

 

何度かこうしたシーンがありますが、清太と節子の幽霊が当時を回想しているという表現だという説のようです。

 

そして、冒頭に登場する節子のサクマ式ドロップスが新しくなっているのは、生前最後に節子が食べたいと言っていたものであり、幽霊になっているから新しくなっていたのであり、清太が節子が行こうとするのを止めた演出は「自分も死んでここにいる」ということを暗示していたそうです。

 

 

蛍も亡くなった人々の魂を演出していた?

美しい光を放って飛ぶ蛍の群れも、亡くなった人々の魂だとする説もあります。

 

しかし、この説はあくまで都市伝説であり、高畑勲監督がそうした意図があって演出したものではないようです。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 『千と千尋の神隠し』に節子が登場

『千と千尋の神隠し』の「沼原駅」にいたおかっぱの女の子は節子

『千と千尋の神隠し』で千尋がカオナシらとともに銭婆の元に電車で向かう際、海上の駅「沼原駅」におかっぱの女の子の影が見えますが、これは節子だと言われています。

 

『千と千尋の神隠し』の公開後、鑑賞者の間でこのおかっぱの女の子の影が「節子に似ている」という話題が広まりました。

 

『千と千尋の神隠し』のふしぎな町はあの世とこの世の狭間の世界であり、節子は兄の清太よりも先に逝ってしまったため、死者があの世に向かう電車の途中の駅「沼原駅」で清太が来るのを待っていたという都市伝説が浮上しました。

 

この都市伝説が本当なら、清太と節子はあの世に向かう準備をしていたことになりますが、『火垂るの墓』本編の演出では清太と節子は悪夢を見続けることになっているため、『千と千尋の神隠し』でようやく成仏できたのだと考えるなら、少し救われたように気持ちになれるかもしれません。

 

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 節子の声優は当時5歳11ヶ月

節子の声優・白石綾乃は当時5歳11ヶ月だった

『火垂るの墓』で節子の声優を担当したのは、当時

5歳11ヶ月の白石綾乃ちゃんでした。

 

節子の声優を探す際に、少年劇団の子供たちがセリフを読み上げるデモテープの中に白石綾乃ちゃんの声もあり、高畑勲監督は「本物の節子の声が聞こえてきた」と大絶賛したそうです。

 

そして白石綾乃ちゃんは節子とほぼ同年代でネイティブの関西人であり、高畑勲監督に起用されてマネージャーを介して指導を受け収録に臨みました。

 

清太の声優を務めた当時16歳の少年だった辰巳努君は「あの子のおかげでやりやすかった」と答えており、最後の節子が亡くなるシーンでは白石綾乃ちゃんの名演があったからこそ辰巳努君も素直に悲しみの演技ができたと語っています。

 

清太と節子の母親・京子を担当した女優の志乃原良子さんは「本当に良い子だった」と回想しています。

 

2012年に『火垂るの墓』のイベントがあった際に30歳手前になっているであろう白石綾乃ちゃんに出演依頼を出そうと思ったそうですが、あいにくその後の動向がまったく掴めなかったそうです。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 反戦映画ではなかった

高畑勲は反戦映画にしたいわけではなかった

高畑勲監督は『火垂るの墓』について「反戦アニメなどでは全くない、そのようなメッセージは一切含まれていない」と一貫して述べてきました。

 

しかし、一方で高畑勲監督は反戦映画と受け止められても仕方がないだろうとしています。

 

高畑勲監督の真意は現代人との共感にあるそうで、清太と節子が兄妹ふたりでの家族生活の実現には成功したものの、社会や他者との適切な交わりができなかったことから次第に破綻していく姿は、現代人にも通じる部分があるということで、視聴の対象としては高校生から20代の若い世代に特に共感して欲しいと語っているそうです。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 清太は7000万円持っていた?

清太・節子は海軍大佐の子供だった

1945年(昭和20年)当時の海軍大佐の月収は340円ほどだったため、清太と節子の父・横川清の年収は約4000円だっということになります。

 

年収4000円なら母親の京子が7000円を万が一の時のために貯金をしていても不思議ではないでしょう。

 

『火垂るの墓』の清太は母親が貯金していた7000千円を卸すシーンがありますが、それが以下のような謎を産み、現在まで意見が飛び交うようになりました。

 

清太の母親が、もしもの時のためにと銀行に7000円を貯金していてくれて、清太がそれを卸すシーンが在ります。
当時の7000円は莫大な金額のはずです。
当時の帝国陸海軍大将の年棒が6600円。
それ以上の金額ですから少なくても現在の通貨に換算すれば1000万円以上の額は在ると考えてもおかしくない。
清太は終戦翌月の9月に亡くなりますが、なぜ莫大な金額を持っていたにも拘らず、餓死したんでしょうか?

 

引用:Yahoo!知恵袋 – 火垂るの墓

 

清太が現在の価値で7000万円もの大金を持っていながら餓死したことが『火垂るの墓』で最大の謎だと言われていますが、本当に7000万円もの価値があったのでしょうか?

 

参考までに、下記は『火垂るの墓』の舞台となった1945年(昭和20年)当時の物価の一覧です。

 

当時の物価は
公務員初任給=75円(18万円)
米10kg=6円(3500~4000円)
コーヒー1杯=5円(350円)
自転車=200円(25000円前後、ファミリーサイクル)
映画館入場料1円(1800円)
銭湯=20銭(約400円)

 

引用:Yahoo!知恵袋 – 昭和20年の40円は現在だと幾らぐらいの価値

 

この当時の物価からすると、清太の父親の月収は81.54万円、年収は約1000万円ということになります。

 

当時の金融恐慌状態の景気では国のトップクラスのエリートでもこれくらいだと納得できる金額でしょう。

 

そのため、清太の母親が貯金していた7000円という金額は、ネット上で言われている7000万円も無く、約1674万円という金額になります。

 

当時の戦中、戦後の状況を知らない現代人にとってみれば、「1674万円もあるなら家を建てるなり、借りるなりして生活できたはず」と思いがちですが、そこには戦時の過酷な社会情勢がありました。

 

第二次世界大戦中の日本は物資や食料の供給が需要に満たなかったために配給制が導入され、お金ではなく、配給切符でもって衣類や食料を手に入れていました。お金を持ってお米や野菜などを購入することは困難で、(闇では)農家や家畜へはお金ではなく、着物や貴金属などと物々交換をしていたそうです。※アニメのシーンでも清太の母の着物を米に変えるシーンがありましたね。

 

引用:Yahoo!知恵袋 – 火垂るの墓

 

つまり、清太が持っていた7000万円は物々交換が主流だった当時においてほとんど無価値に近い紙切れ状態だったということが分かります。

 

とはいえ、清太はお金を卸して生活必需品や節子を弔うための道具などを購入しているため、物によってはお金でも買えていたようですが、相当な高騰をしていたことでしょう。

 

ちなみに清太、節子が死去した翌年、1946年2月には「金融緊急措置令」が布かれることになり、この事実上の預金封鎖により国民の生活はさらに困窮を深めることになりました。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 清太はどうしようもないクズだった?

清太はなぜ働かなかった?

清太は身を寄せてもらった叔母の手伝いもせず、働きに出ることもせず、ある意味放蕩していましたが、なぜ働かなかったのか謎が浮上しました。

 

物語中の清太の言動を見てみると、確かに”クズ”と呼ばれても仕方のないものばかりであることが分かります。

 

畑泥棒の言い訳に妹を盾として使う 
畑泥棒を警察官に見逃してもらったのに懲りずに火事場泥棒 
7000円(当時の1000万円相当)という破格の大金がありながら死亡 
妹を死なせる 
預けられた家で一方的に関係悪くして勝手に独立 
ホタル大虐* 
駅で無事死んだのに成仏せず幽霊となってうだうだと回想を語る 
(爆撃機を見て)やれやれ~!うぇ~い! 
働かない

 

引用:ぱぴぷ速報 – 火垂るの墓の兄貴ってアニメ史上最強のクズだよなwwwwwwwwww

 

物語の演出して必要な回想や蛍大量虐殺は置いておいて、こうして見ると清太の言動は少し痛々しいところがあるかもしれません。

 

ネット上でも清太と節子に辛くあたっていた意地悪な人だと見られがちな親戚の叔母を擁護する声も少なくないようです。

 

4: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/07/25(金) 13:26:57.16 ID:vkiBuAeD0.net 大人になってから見ると親戚のおばさんの方に共感する

7: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/07/25(金) 13:28:35.89 ID:gZXDGu6wi.net
正直親戚の家に厄介になってるのに何もしないのはいただけないよな 

 

引用:ぱぴぷ速報 – 火垂るの墓の兄貴ってアニメ史上最強のクズだよなwwwwwwwwww

 

清太が叔母を手伝わなかった、働かなかった理由としては、プライドが許さなかった説があります。

 

清太の父親は海軍大佐であり、大日本帝国軍の超エリートであり、お金持ちの家計でした。

 

そのため清太もゆくゆくは父親のような立派な人物になると思われて育っており、清太自身もそのつもりでいたでしょう。

 

それが、父親の戦死と空襲、終戦を経て置かれた状況は一変してしまい、”一般人”と同じような目線で生きなくてはならないことにプライドが許さなかったのかもしれません。

 

とはいえ、清太がとても”出来た子”だったならそもそも『火垂るの墓』が成立せず、原作者の野坂昭如さんが実際にしていた行動を鑑みると、清太すらも”出来た子”に見えてしまうかもしれません。

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 原作は作者の亡き妹への懺悔だった

原作者の行動から当時の現実が分かる?

『火垂るの墓』は原作者・野坂昭如さんの体験がベースとなっており、当時1歳6ヶ月だった妹・恵子さんともうひとりの妹(年齢不明)を亡くしています。

 

当時14歳だった野坂昭如さんは血のつながりのないふたりの義妹がいましたが、上の妹はまだ生活に余裕があった時に病気で亡くしたそうです。

 

野坂昭如さんは母親とは幼児期に死別しており、上の妹が亡くなった後は下の1歳の妹を連れて兵庫県西宮市の親戚の家に身を寄せたり、防空壕を10箇所ほど転々としていたそうです。

 

そして、西宮市の親戚の家に身を寄せた時には2歳年上の美人だった京子さんに恋心を抱いており、妹そっちのけで中学生らしい恋に夢中になっていたそうです。

 

そして、親戚の叔母からは『火垂るの墓』のようなひどい扱いは受けておらず、防空壕で妹と二人だけで暮らしたという体験もないそうです。

 

 

妹を餓死させてしまった後悔

『火垂るの墓』を執筆した理由は、未熟だった自分が幼い妹を餓死させてしまった後悔と懺悔の気持ちからだったそうです。

 

野坂昭如さんは家族と住んでいた家を戦争で失い、ただひとり残った1歳の義妹の面倒を見なければならなくなり、疎ましく思っていたそうです。

 

そのため、泣き止まなければ頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあり、いよいよ食べるものに困るようになってからは食事もろくに与えられないようになり、餓死させてしまったそうです。

 

戦時の過酷な環境で当時14歳の少年に1歳半ばの幼児の世話はかなり難しいと思いますが、野坂昭如さんは亡き義妹への懺悔の気持ちから『火垂るの墓』を執筆し、清太を妹思いに描いことについて以下のように語っています。

 

一年四ヶ月の妹の、母となり父のかわりつとめることは、ぼくにはできず、それはたしかに、蚊帳の中に蛍をはなち、他に何も心まぎらわせるもののない妹に、せめてもの思いやりだったし、泣けば、深夜におぶって表を歩き、夜風に当て、汗疹と、虱で妹の肌はまだらに色どられ、海で水浴させたこともある。(中略)ぼくはせめて、小説「火垂るの墓」にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持が強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ。ぼくはあんなにやさしくはなかった。

 

引用:Wikipedia – 火垂るの墓

 

この言葉から野坂昭如さんもできる限り必死に義妹を世話しようとしていたことが分かります。

 

 

 

『火垂るの墓』都市伝説・裏話の考察 – 実写版で分かる親戚の叔母の性格

大人になって観ると叔母の気持ちが分かる?

『火垂るの墓』で結果的に清太と節子を追い出してしまう親戚の叔母ですが、実写版で松嶋菜々子さん演じる叔母を観ると決して悪い人ではないと思う人が少なくないようです。

 

叔母の夫も戦争に駆り出されて兵士として出兵しており、家では4人の子供と義理の弟を食べさせながら夫が帰るまで家を守っていました。

 

そして、清太の母・京子から「お互いに子供たちに何かあったら助け合いましょう」と約束していたことから、空襲で被災して大やけどを負い、重篤になってしまった京子の子供たち、清太と節子を預かることにしました。

 

とはいえ、当時は食糧事情が悪く、叔母は身内を食べさせるだけでも精一杯なところに清太と節子を預かることになり、さらに生活は困窮していきます。

 

そして京子が亡くなってしまったため、叔母はふたりの面倒をずっと見ていくことを覚悟せざるを得なくなります。

 

 

夫の訃報が届く

最悪なタイミングで叔母は戦地で夫が戦死したことを告げられてしまいます。

 

いよいよ精神的に追い詰められた叔母は、我が子を取るか清太と節子を心中覚悟で面倒をみるか究極の選択を迫られることになります。

 

当然、叔母は我が子を選択しますが、そうした事情も知らない清太は以前と同じような生活を要求し、働く素振りも見せようとしません。

 

そのため叔母はいよいよ清太と節子への風当たりが強くなり、居心地が悪くなった清太は節子を連れて叔母の家を出て行ってしまいます。

 

結果として、過酷な戦後の環境でまともな生活能力がない清太と節子は幼い命を散らしてしまいましたが、叔母は止めなかったことをずっと後悔し続け、ふたりを探しに行きますがすでに死んでいるため見つかるはずもありません。

 

 

節子の好きだったドロップ缶をいつまでも持ち続けた

叔母は後悔と懺悔の念から、節子が大好きだったサクマ式ドロップスの缶を現代まで持ち続けているところを描き物語は終わっています。

 

叔母の清太と節子への態度だけを切り取れば性格が悪そうに見えてしまいますが、当時の混沌とした社会を考えればこうした家庭は数え切れないほどあったことでしょう。

 

さらに言えば、さらに劣悪な環境に置き、孤児を奴隷のように扱っていた人もいるかもしれません。

 

当時は自分とその家族を食べさせるだけでも大変な時代であり、親戚の子供まで預かるというのは一家心中にも等しい行為でした。

 

それでも叔母は何とか清太と節子の食料も確保するために婦人会などに参加して野良仕事を手伝いますが、それですら足りないという状況でした。

 

我が子を生かすために清太と節子を追い出す、これは叔母にとって一生背負っていく罪として覚悟してやったことでした。

 

これは子供を持つ親ならなおさら叔母の気持ちが理解できることでしょう。

 

『火垂るの墓』は戦争の過酷さを描くだけではなく、観る時代によっては現在でも教訓とすることができる、考えさせられる良い映画だと言えるでしょう。

 

 

 

 

 

スタジオジブリ『火垂るの墓』について総まとめすると・・・

1988年に公開されたスタジオジブリの高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』について総まとめしてきました。

 

観ると憂鬱になってしまうある意味「二度と見たくない映画」の筆頭にも挙がる『火垂るの墓』ですが、日本が数十年前に辿った現実であり、当時を体験した人もまだまだ存命しています。

 

さらに数十年が経った時に『火垂るの墓』を観ると、現在とはまた違った感慨が沸くのかもしれませんが、後世に語り継いで行くべき名作のひとつであることは間違いないでしょう。

 

 

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