統一教会の教祖である文鮮明の妻である韓鶴子は現在、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の総裁です。
韓鶴子のプロフィールや若い頃の経歴、旦那の文鮮明との馴れ初めや結婚、14名の子供、安倍晋三暗殺事件の山上徹也に狙われた過去、逮捕された現在をまとめました。
この記事の目次
韓鶴子は文鮮明の妻&旧統一教会の総裁
韓鶴子
生年月日:1943年2月10日
出身:朝鮮半島(現在の北朝鮮領)
韓鶴子は統一教会の教祖である文鮮明の3番目の妻です。ハングルでは「한 학자」と表記し、発音は「ハン・ハクチャ」もしくは「ハナクチャ」になります。
教団の中では、歴史上初めて完成した女性として全人類の「真の母」と意義付けされ、教団内では「真のお母様」と呼ばれている人物です。
2012年に教祖の文鮮明が亡くなった後は、教団の総裁・最高指導者の地位に就き、数万人の信者を率いています。
統一教会は現在の世界平和統一家庭連合
統一教会とは、文鮮明を教祖とする韓国発祥のキリスト教系の新興宗教です。1954年に設立されました。日本は「金のなる木」の場所として、アダム国である韓国と国内外の統一教会に全てを捧げる教義が教えられています。
ただ、日本を「サタンの国」としつつも、安倍晋三元首相の祖父である岸信介元首相と関係が深く、自民党の政治家たちと「反共産主義」という利害関係で一致し、統一教会は日本で信者を獲得し、自民党の政治家たちは選挙でのマンパワーや右翼化に一役買ってもらうというwin-winの関係で協力関係を結んでいました。
また、マインド・コントロールをするカルト宗教として知られていて、霊感商法として高額の壺や印鑑などを売りつけたり、マインド・コントロールをして合同結婚式を行う教団として、日本ではよく知られています。
合同結婚式は教祖のインスピレーションに従って、信者同士で結婚するというもので、日本でも桜田淳子さんや山崎浩子さんらが参加して、大きなニュースとなりました。
日本では1964年に宗教法人の認可を受けていて、韓国では1994年に統一教会から「世界平和統一家庭連合」と名称を変更し、日本でも2015年に統一教会から世界平和統一家庭連合と名前を変えています。
韓鶴子の若い頃からの結婚までの経歴
韓鶴子は、1943年2月10日に朝鮮半島の平安南道(現在の北朝鮮領)で生まれました。
・母親:洪順愛(ホン・スネ)1914年~1989年
母親の洪順愛は一人娘だったため、父親である韓承運は婿養子になるように要請されましたが、韓承運はそれを拒否し、韓鶴子がまだお腹にいる時(洪順愛が妊娠7ヶ月の時)に家を出ていきました。そのため、韓鶴子は父親の顔を知らずに育ちます。
母親の洪順愛は、もともとは朝鮮独自のキリスト教系の宗教である聖主教の熱心な信者であり、宗教活動に夢中になっていたため、韓鶴子は主に育てられています。その後、母親は文鮮明を「再臨のメシア」とする統一教会の信者となったため、韓鶴子も統一教会の教えに触れていくことになります。
そして、1955年(韓鶴子が11歳の時)に母親は初めて文鮮明と面会し、同年には母親と一緒にソウルに引っ越しました。小学校卒業後の13歳の時に、韓鶴子は初めて文鮮明と面会しました。
- その後、韓鶴子は一時的に済州島に住むことになり、そこで統一教会に入信し、信者になりました。
- 韓鶴子が文鮮明と初めて会った後は、修道女のような生活をしていたそうです。男性と一緒に行動することもなく、自ら男性を見ることもない生活をしていました。この頃から、韓鶴子は文鮮明と結婚することになることを無意識に知っていたのかもしれません。
その後、ソウルの善正女子中学を卒業し、カトリック系統の聖ヨセフ看護学校に入学しています。病院の看護補助員という情報もありますので、看護学生として学びながら、病院で働く生活をしていたと思われます。
そして、17歳で文鮮明と結婚することになるのです。
韓鶴子の旦那は文鮮明
文鮮明
生年月日:1920年2月25日
没年月日:2012年9月3日
出身:朝鮮平安北道定州郡
活動:宗教家
韓鶴子の旦那は文鮮明です。文鮮明は統一教会を設立し、教祖となった人物です。
1920年に現在の北朝鮮領で生まれた文鮮明は、15歳の時に兄弟が精神疾患を患ったことをきっかけに家族全員がキリスト教徒になりました。16歳の時にイエス・キリストと霊通し、再臨主の継承するよう召命を受けています。
その後、電気工学を学び、日本に留学もしました。1945年に強い宗教体験をし、それをきっかけにして、自らを教祖とした布教活動を行うようになり、1954年には統一教会(正式名称:世界基督教統一神霊協会)を設立しました。
文鮮明は血分けと呼ばれる淫行を行っているという噂もありましたが、統一教会を徐々に大きくしていき、信者を全世界に増やしていきます。
韓国では多角的にビジネスを広げ巨大な資金力と国際的な政治力を持つ財閥組織と言われていて、日本では霊感商法などで運営資金を稼ぎ、欧米ではカルト宗教とみなされている宗教でした。
文鮮明は統一教会では地上に再来したメシア、第三のアダム、再臨の主であり、彼と妻の韓鶴子は真の父母と考えられていて、教祖として大きな権力を持っていましたが、2012年に肺炎などにより、92歳で亡くなりました。
韓鶴子と文鮮明の馴れ初め
韓鶴子と文鮮明は1960年に結婚します。統一教会の教祖であった文鮮明と信者だった韓鶴子は、一体どのように出会い、結婚することになったのでしょうか?
13歳で初めて会う
韓鶴子と文鮮明が初めて出会ったのは、韓鶴子が13歳の時でした。韓鶴子の母親である洪順愛が統一教会の信者だったために、韓鶴子は13歳で文鮮明と面会しています。
この時、文鮮明は韓鶴子の名前を3回も繰り返したという有名なエピソードがあります。
「韓鶴子と申します」すると文総裁が、誰に言うでもなく、驚いたようにつぶやかれたのです。「韓鶴子が韓国の地に生まれた。韓鶴子が韓国の地に生まれた。韓鶴子が韓国の地に生まれた」
この時、文鮮明は韓鶴子に対して、何らかの特別なインスピレーションを感じていたのかもしれません。
夢で結婚をお告げ?
韓鶴子は、13歳の時に文鮮明と初めて会いましたが、それ以降はしばらく顔を合わせる機会はありませんでした。
2人が結婚することになったのは、「運命」・「神のお告げ」があったからとのことです。文鮮明は、結婚する時が近づいていることを感じ、将来の嫁が誰かわからないまま結婚準備を進めていました。
時を同じくして、韓鶴子は夢や神からの啓示で、自分が文鮮明と結婚することを感じていたそうです。
□韓氏オモニ:その頃は、夜に夢のお告げがあるのはもちろん、澄み切った空からも、波が押し寄せるように休みなく、啓示が下りてきていました。「時が近づいた」それは子供の頃からよく耳にした、天の声でした
文鮮明は信者から「先生、私は夢の中で韓鶴子嬢が先生の新婦になるのを見ました」と告げられ、韓鶴子は夢の中に文鮮明が出てきて「結婚準備をしなさい」と言われたそうです。その数日後に、文鮮明は韓鶴子を呼び、約4年ぶりに顔を合わせるのです。
そして、その数日後に文鮮明は再び韓鶴子を呼んで、次のように言いました。
呼ばれた理由が分からないまま私の前に立った彼女に、「あすの朝、結婚式をする」と言うと、「そうですか」と言って、それ以上何も聞かず、反対もしませんでした。反対というものを知らない女性のようでした。
「あすの朝、結婚式をする」ってすごい言葉ですよね。実際は「婚約」でしたが、それでも「あす、結婚式をする」と言って、「そうですか」と承諾するのは、本当に神の啓示があった結婚だったからかもしれません。
韓鶴子と文鮮明の結婚
韓鶴子と文鮮明は、1960年に結婚しました。
・1960年4月11日:聖婚式
2人が結婚した時、韓鶴子は17歳、文鮮明は41歳でしたので、24歳差の年の差夫婦となりました。17歳と41歳の夫婦。法律的には何の問題もありませんが、恋愛結婚ではないことを考えると、ちょっと嫌悪感を抱いてしまいますよね。
文鮮明は最初から10代後半の女性としか結婚する気はありませんでした。なぜなら、文鮮明と結婚するということは、「真の母」になるということです。旧約聖書ではエバは16歳ごろに堕落しましたので、真の母候補になる女性は、「16歳から3年を経る19歳を超えてはいけない」としていたのです。
つまり、41歳の文鮮明は10代後半と結婚する気満々だったということになります。
文鮮明は韓鶴子の前に2人の妻がいた
地上に再来したメシアとされている統一教会の教祖である文鮮明は、韓鶴子が初めての妻ではなく3人目の妻になります。
1回目の結婚は1944年のことでした。
嫁:崔先吉
1944年に結婚
1957年に離婚
崔先吉さんとの間には子供が1人います。
2人目の妻は金明煕さんです。
嫁:金明煕
2人目の妻とは、正式に結婚していません。1人目の妻と離婚していなかったので、不倫関係となっていたのです。1954年に2人目の妻との間の子供をもうけています。
1人目の妻とは1957年に離婚していますが、離婚理由を崔先吉さんは週刊誌に暴露しました。
私の問いに、崔は、はっきりとこう答えた。
「夫が次から次へと女性をだまして関係を持つ。そんな生活はもう耐えられないと思いつづけていた。それが離婚の原因です」
結婚していた時から、「次から次へと女性をだまして関係を持つ」ということを教祖の文鮮明はしていたようです。
ちなみに、文鮮明は自分の家庭をモデル家庭と言っていたようです。
自らの家庭を「神の家庭」「真の家庭」「全人類の父母の家庭」とし、子供は、イエスキリストと同じく罪がないと豪語し、全人類が模範とすべき「モデル家庭」だとしているが、実際には以下の状態である。
不倫して離婚して、10代の女の子と結婚するのが、「神の家庭」、「真の家庭」、全人類が模範とすべき「モデル家庭」ということなのでしょうか・・・。
韓鶴子は文鮮明にとってお試し婚?
文鮮明は韓鶴子とは「ずっと連れ添う」夫婦になるかどうかは決めておらず、最初はお試し婚だったとも言われています。
なぜなら、韓鶴子と文鮮明は1960年に結婚していますが、婚姻届を出したのは1962年だったからです。結婚した後、2年間は法律上はただの内縁関係であり、正式な夫婦ではありませんでした。
これは、韓鶴子が男の子を産めるかどうかをチェックしていたと言われています。教祖である文鮮明にとって、後継ぎとなる男児が生まれるかどうかは大きな問題です。だから、男の子が生まれてから、韓鶴子と正式に結婚したと思われます。
・1961年1月27日:長女(第一子)が誕生
・1961年12月27日:長女の出生届を提出
・1962年12月29日:長男(第二子)が誕生&韓鶴子と文鮮明の婚姻届を提出
長男が生まれたのと同日にようやく婚姻届けを出しています。このことから、「男の子を生んだから、正式に結婚するか」と文鮮明は思っていた可能性はあります。長女の出生届をすぐに出していないことも、闇を感じてしまいますね。
韓鶴子の結婚後の経歴
韓鶴子は文鮮明と結婚後、すぐには一緒に生活することはありませんでした。真の母になるために、韓鶴子は結婚後3年間は信者の家に間借りさせて、教会に来るときも必ず裏口を使わなければいけなかったとのことです。
1960年(ご成婚)から1967年(真の神の日)までの7年間は、真のお母様にとって、過酷な期間だった。最初の3年間は神の前に、サタンを屈伏させ、個人的に勝利した女性となるための期間であり、次の4年間は家庭的に勝利する期間であった。
一緒に住んでおらず、韓鶴子は苦労が多い生活をさせられていました。実の母親(洪順愛)とも3年間会うことは許されませんでした。そんな大変な状況の中で、韓鶴子は結婚してから1967年までに6人の子供を産んでいます。
1967年に真の母となってからは、韓鶴子は統一教会の中で「真のお母様」と信者たちから崇められるようになり、夫の文鮮明と一緒に教団の中で絶大な権力を持つようになります。
韓鶴子の子供は14人
韓鶴子の子供は14人もいます。いくら17歳で結婚したとはいえ、14人の子供を出産したというのは、凄すぎですよね。
・第2子:文孝進(長男1962年生)→アルコール依存・薬物依存、心臓マヒで死亡
・第3子:文恵進(次女1963年生)→生後8日で死亡
・第4子:文仁進(三女1965年生)
・第5子:文興進(次男1966年生)→18歳で事故死
・第6子:文恩進(四女1967年生)
・第7子:文顕進(三男1969年生)
・第8子:文國進(四男1970年生)
・第9子:文權進(五男1975年生)
・第10子:文善進(五女1977年生)
・第11子:文榮進(六男1978年生)→事故死?
・第12子:文亨進(七男1979年生)
・第13子:文妍進(六女1981年生)
・第14子:文情進(七女1982年生)
22年間で14人の子供を出産・・・。韓鶴子は、この22年間の半分以上を妊娠して過ごしていたということになります。
これだけ子供が多いと大変だろうと思うかもしれませんが、韓鶴子と文鮮明は自分で子育てはしなかったそうです。子供が生まれると、すぐに統一教会の『兄弟姉妹』(信者?)に預けてしまったとのこと。
14人の子供を産みましたが、4人が既に死亡しているということです。
韓鶴子は文鮮明の子供という噂あり・・・
韓鶴子は文鮮明の子供という噂があるんです。噂が真実なら、文鮮明と韓鶴子は実の親子なのに結婚をしたということになります。
これは、韓鶴子の七男の文亨進氏が暴露しました。
そして最後にもう一つあります。「DNAテストをして韓マザーが真のお父様の娘であることが判明した」というのです。それなら私の姉になるので、更にもっと非難すべきだということになります。
この暴露が本当なら、DNAテストで親子関係が証明されたという言い逃れができない証拠があるということになります。また、文鮮明は近親相姦に賛同する発言をしています。
・神の血統を残すためには父と娘が性関係をしてでも神の子孫を産まなくてはいけない(文教祖説教)
統一教会の元信者の証言によると、教団内では以前から韓鶴子は文鮮明の子供ではないかという噂があったようです。
韓鶴子が来日しないから山上徹也は安倍晋三を狙った?
安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也は、韓鶴子が来日しないから、韓鶴子の代わりに安倍晋三を狙ったという供述をしていました。
安倍晋三を山上徹也が暗殺
2022年7月8日、安倍晋三元首相は、奈良県の近鉄大和西大寺駅前で参議院議員選挙の街頭演説を行っていました。その時、背後から山上徹也が近づいてきて、自作の銃で2発発砲し、2発目が命中して、安倍晋三はその場で倒れ、心肺停止となりました。
安倍晋三元首相は救急搬送され、ドクターヘリで奈良県立医科大学附属病院に運ばれ、蘇生措置を受けたものの、17時3分に死亡が確認されています。
山上徹也は襲撃現場で取り押さえられ、逮捕されました。
山上徹也は統一教会に恨みを持っていた
逮捕後の取り調べで、山上徹也は統一教会に恨みを持っていることが判明しました。
山上徹也の母親が熱心な統一教会の信者で、統一教会に1億円もの献金していて、家庭が崩壊しました。1998年ごろに母親は統一教会に入信しましたが、2002年に母親が破産し、祖父から引き継いだ会社も解散しています。
さらに、山上徹也は成績優秀でしたが、大学の学費を捻出できずに専門学校に通うことになりました。また、本人は自殺未遂の経験があり、2015年には兄が自殺しています。
母親が統一教会に入信しなければ、献金をしなければ、山上徹也の家庭が崩壊することはなく、大学に進学することもできたのです。
山上徹也のTwitter(現X)と思われるアカウントも発見されています。
オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた。統一教会の本分は、家族に家族から窃盗・横領・特殊詐欺で巻き上げさせたアガリを全て上納させることだ。70を超えてバブル崩壊に苦しむ祖父は母に怒り狂った、いや絶望したと言う方が正しい。包丁を持ち出したのその時だ。
— silent hill 333 (@333_hill) January 26, 2020
オレがに憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない。
— silent hill 333 (@333_hill) October 13, 2019
山上徹也の統一教会に対する強い恨みを感じます。
韓鶴子が来日しないから安倍晋三を狙ったと供述
山上徹也は、最初は韓鶴子を狙っていたと供述しています。
「母親が統一教会に多額の献金をして、家庭がめちゃくちゃになった。統一教会のトップ・韓鶴子氏を狙おうとしたが無理だと考え、安倍元首相を狙うことにした」
「韓総裁を狙っていて、韓国から来日した際には、火炎瓶を用意して愛知県の会場を訪れたが、会場に入れず何もできなかった」という趣旨の供述をしている山上容疑者。
引用:“旧統一教会”の集会で韓鶴子総裁が来日時に…山上容疑者「総裁狙おうと火炎瓶用意して愛知の会場訪れた」(東海テレビ) – Yahoo!ニュース
火炎瓶を用意して韓鶴子を狙っていたけれど、何もできなかった山上徹也。韓鶴子は頻繁に来日していましたが、新型コロナウイルスの影響で来日しなくなり、韓鶴子を狙うことができなくなり、安倍晋三に狙いを変えたようです。
韓鶴子を殺害しても目的に沿わない?
山上徹也は事件前に知人に手紙を出していました。
現実に可能な範囲として韓鶴子本人、無理なら少なくとも文の血族の一人には死んでもらうつもりでしたが鶴子やその娘が死ねば3男と7男が喜ぶのかあるいは統一教会が再び結集するのか、どちらにしても私の目的には沿わないのです。
引用:【画像】山上徹也容疑者、事件前に送った手紙「韓鶴子が○ねば3男7男が喜ぶか、統一教会が再び結集…私の目的には沿わない」 | TweeterBreakingNews-ツイッ速!
韓鶴子を狙っても、韓鶴子の3男・7男が喜ぶか、統一教会が分裂した統一教会が再結集して力を持つようになる可能性がある。それでは、狙う意味がないから、山上徹也は韓鶴子を狙わなかったようです。かなり冷静な考え・分析だと思います。
韓鶴子のその後①:後継者争いに勝利
2012年に文鮮明が死去して、韓鶴子が総裁に
統一教会の教祖は文鮮明でしたが、文鮮明は2012年に亡くなりました。教祖の文鮮明が亡くなったことで、後継者問題が持ち上がってきます。
後継者として期待されていた長男は2008年に45歳の若さで心臓マヒで亡くなっています。次男も後継者と目されていましたが、18歳で事故死しました。
そこで、母親と息子2人の間で後継者争いが勃発するのです。統一教会は韓鶴子を後継者として総裁に据えました。
三男がお金を持ち逃げ
韓鶴子の三男は、コロンビア大卒・ハーバード大MBAという高学歴で、ビジネススキルに長けていたため、統一教会の資金管理財団を任されていました。
しかし、勝手に財団の定款を書き換えて、資金を持ち逃げしてしまい、文鮮明の側近であった郭錠煥の郭グループを率いるようになっています。
七男はサンクチュアリ教会を立ち上げ
統一教会(韓鶴子)と三男が対立した時に、七男は宗教面(スピリチュアルな面)での後継者とされていましたが、統一教会から独立してサンクチュアリ教会を立ち上げ、統一教会からは破門にされています。
韓鶴子のその後②:旧統一教会の総裁に君臨
韓鶴子は現在、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の総裁に君臨しています。
文鮮明の死後、三男にお金を持っていかれ、七男にはサンクチュアリ教会を立ち上げられ、統一教会は分裂し弱体化していますが、それでも、韓鶴子が統一教会(世界平和統一家庭連合)の最高権力者であることは間違いありません。
韓鶴子の現在…政治資金法違反などで逮捕され懲役2年の判決
韓鶴子が逮捕され実刑判決

出典:https://toretama.net/
2025年9月、韓鶴子が韓国検察によって政治資金法違反、請託禁止法違反、業務上横領などの疑いで逮捕されました。
韓鶴子は教団への支援を得る目的で、尹錫悦(ユンソンニョル)元大統領に近い国会議員に、1億ウォン(約1150万円)を渡し、尹元大統領の妻の金建希(キムゴンヒ)にシャネルのバッグなどを贈ったということです。
旧統一教会の事業に韓国の前大統領夫人が便宜を図り、その見返りに旧統一教会がシャネルのバッグなど金品を供与した疑いが持たれている。
旧統一教会は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の妻、金建希(キム・ゴンヒ)氏に、シャネルのバッグ2点とダイヤモンドのネックレス、総額8000万ウォン(約850万円)相当の賄賂を渡したとされる。
金建希被告は先月12日にあっせん収賄など複数の容疑で逮捕された後、8月29日に起訴されている。
裁判で韓鶴子は、罪状を繰り返し否定し「虚偽」だとしていました。
韓被告は最終弁論で「私は金で権力をむさぼることはしない」と訴えた。弁護側は無罪を主張し、結審した。判決は8月31日。
2026年7月に韓鶴子は懲役13年を求刑されましたが、翌月に懲役2年の実刑判決が言い渡されました。
ソウル中央地裁は判決で、「韓被告の地位と役割、責任転嫁する態度を踏まえると実刑判決は避けられない」と指摘しました。
その一方で犯行については、「教団幹部が主導して計画し、韓被告の承認を受けて実行したとみられる」と述べました。
そのうえで、「韓被告個人の利益ではなく、旧統一教会の政治的影響力拡大が目的だった」などとして検察側の懲役13年の求刑に対し2年の判決を言い渡しました。
その後、この一審判決を不服として、韓鶴子、検察双方が控訴しています。
横領の容疑で追加起訴される
韓鶴子は一審判決が出る数日前に、100億ウォンを超える教団資金を横領した疑いでも幹部らと共に起訴されています。
韓国法曹界によると、政教癒着疑惑を捜査する合同捜査本部は27日、特定経済犯罪法違反(横領)の罪で、ハン・ハクチャ氏とチョン・ウォンジュ元秘書室長、ユン・ヨンホ元世界本部長、元中央行政室長の計4人を在宅起訴した。
ハン・ハクチャ氏らは2017年から2025年までの8年間にわたり、計105億ウォン(約11億6000万円)相当の教団資金を横領した疑いが持たれている。
合同捜査本部は、旧統一教会の高位幹部らが教団資金を虚偽の会計処理によって捻出し、ハン・ハクチャ氏の私的な金庫に保管していたとみている。
韓鶴子の個人の金庫からは、現金260億ウォン(約30億円)が見つかり、押収されています。
合同捜査本部によると、金庫は現金の束で埋まっていたという。合同捜査本部はこのうち約105億ウォンが政界などへのロビー活動を目的に統一教から横領した資金と見ている。韓総裁の寝室などに設置された金庫は職員1人が別途の支出装備なく管理してきたことが調査で分かった。
統一教側は強く反発した。韓総裁の個人の金庫に保管されていた資金は信者らが自発的にした信仰上の献金であり、宣教活動などの公的な用途に支出されたというのが、統一教会側の主張だ。
絶対的な存在とされてきた韓鶴子をめぐる悪事が明るみに出たこと、また、2026年で83歳と高齢の韓鶴子の健康状態が悪化していることもあり、後継者など世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の今後にも注目が集まっています。
なお、日本における世界平和統一家庭連合(旧統一教会)は、文部科学省の解散命令請求が2026年6月に最高裁で確定しています。
高裁が1973年から2022年までの長期にわたり多額の損害を組織として与えたと認定した点などを踏まえれば民法の不法行為に当たり、宗教法人法に規定される解散要件を満たすのは明らかだと認めた。
同法は「法令に違反し、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」があれば、裁判所が宗教法人に解散を命じられると定める。
韓鶴子のまとめ
韓鶴子のプロフィールや若い頃からの経歴、旦那の文鮮明との馴れ初めと結婚、14人の子供、安倍晋三暗殺事件の犯人の山上徹也が韓鶴子を狙っていたという噂と逮捕された現在をまとめました。
日本では解散命令も出ている旧統一教会。韓鶴子が総裁の座を退くことでさらに分裂、弱体化していくことが考えられます。

































