栃木県上三川町の強盗殺人事件の主導役として益田和彦容疑者が国際指名手配されています。
この記事では益田和彦容疑者の生い立ちや佐賀の実家の親などの家族、高校や卒アル、タクシー会社などの経歴、関東連合との関係、上三川町強盗殺人事件を起こした動機などについてまとめました。
この記事の目次
益田和彦は栃木県上三川町強盗殺人事件の主導役として国際指名手配の男

2026年5月14日、栃木県上三川町(かみのかわまち)ののどかな住宅街で、日本中を震撼させる凄惨な強盗殺人事件が発生しました。
被害に遭ったのはこの家に住む69歳の女性と愛犬で、さらに同居する2人の息子もバールのようなもので頭部を殴られ重傷を負うという、極めて残忍な犯行でした。
この事件で実行役の少年らや現場の指示役が次々と逮捕される中、事件のすべての絵図を描いた「主導役」として全国に公開手配され、さらにはICPO(国際刑事警察機構)を通じて国際手配(赤手配)されたのが、益田和彦(ますだ・かずひこ)容疑者(48歳)です。
事件発生からわずか3日後に成田空港から中国へと出国し、現在は東南アジアの犯罪組織の拠点(カンボジアやタイなど)に潜伏しているとみられています。
かつては地元・佐賀県で生徒会長を務め、真面目なタクシー運転手として働き、妻子を愛する家庭人だったというこの男が、なぜ「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」の中枢に身を置き、見ず知らずの他人の命を奪う凶悪犯罪の首謀者となったのでしょうか。
この記事では、益田和彦容疑者の佐賀県の実家の親などの家族と生い立ち、非行に走ったとされる高校時代と卒アル、タクシー会社勤務の経歴と関東連合と関係の噂、上三川町強盗殺人事件の動機などを中心に、報道や関係者の証言から浮かび上がる益田容疑者の人物像と、事件の深い闇について詳しくまとめていきます。
益田和彦が主導役とされる栃木県上三川町強盗殺人事件の概要

まずは、益田和彦容疑者が主導したとされる「上三川町強盗殺人事件」の概要を振り返ります。
事件の発生と凄惨な現場
2026年5月14日、栃木県上三川町の富山英子さん(当時69歳)の邸宅に、闇バイトで集められたとみられる複数の若者が押し入りました。
彼らは富山さんと飼い犬を殺害し、さらに物音に気づいて駆けつけた長男と次男の頭部などを事前に用意していたバールで執拗に殴打し、頭蓋骨骨折などの大けがを負わせました。金品を強奪することが目的の、極めて冷酷かつ計画的な犯行です。
犯罪グループの構造
この事件は、現代の日本で急増している「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」の典型的なピラミッド構造を持っている事が明らかにされています。
リクルーター役:実行役の少年らを手配・紹介した18歳の男子高校生
現場指示役:神奈川県横浜市に住む無職・竹前海斗容疑者(28歳)とその妻・美結容疑者(25歳)。彼らは事件前日から上三川町周辺に滞在し、少年らに現場で指示を出していました。
主導役:益田和彦容疑者(48歳)。すべての計画を立案し、標的の選定、報酬の提示、凶器(バール)の調達、現場情報の送信などを行ったとみられています。
益田和彦容疑者は「カズ」と名乗り、秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」や「テレグラム」を使用して竹前容疑者と連絡を取っていました。その際、窃盗を意味する隠語を用いて「ルパンやる?」、「1億40%」といったメッセージを送信していたことが判明しています。
これは「標的の家には1億円の資産がある。強盗に入ればその40%(4000万円)を報酬としてやる」という、人の命を金銭に換算する極めて非道な誘い文句でした。
益田和彦の犯行動機と周到な海外逃亡計画

出典:https://static.tokyo-np.co.jp/
益田和彦容疑者がこの上三川町の強盗事件を主導した「動機」は、現在の時点で本人がまだ逮捕されていないためはっきりした事はわかりません。
ただ、本人の生い立ちや経歴、犯行の様態から推測して「巨額の金銭への強い執着」が動機となった可能性が高いとみられています。
被害者宅に多額の現金や資産があるという情報をどこからか(別グループの下見役などから)入手した益田和彦容疑者は、自らは手を下さず、若い竹前夫婦や未成年の少年たちを「捨て駒」として利用することで、安全な場所から巨利を得ようと企てました。
後述するように、かつては真面目に働いていた益田和彦容疑者ですが、数年前から「様子がおかしくなり、怪しい事をしていた」という元同僚の証言があります。
手っ取り早く大金を手にするため、裏社会のビジネス(特殊詐欺や強盗)に深く手を染め、その中で感覚が完全に麻痺していったものと推測されています。
事件直後の海外逃亡
益田和彦容疑者の行動は、最初から逃亡を前提とした極めて計画的なものでした。事件からわずか3日後の5月17日、この男は成田空港に姿を現します。
防犯カメラが捉えた益田和彦容疑者は、短髪にTシャツ姿でキャリーケースを引き、右腕を黒い三角巾のようなもので吊っていました。
カメラを意識して顔を隠すような仕草を見せながら、足早に出国ゲートへと向かい、中国行きの便に乗って日本を脱出しました。
その後、益田和彦容疑者は中国を経由して東南アジア(カンボジアやタイなど、トクリュウの拠点が多く点在するとされる地域)へと逃亡したとみられています。
警察庁は即座に外務省へ旅券(パスポート)の返納命令を要請するとともに、ICPOを通じて国際手配に踏み切りました。
益田和彦の生い立ち…佐賀の実家と親などの家族

ここからは、栃木県上三川町強盗殺人事件の首謀者とされる益田和彦容疑者の生い立ちと佐賀県の実家と親などの家族について現在までに判明している内容をまとめていきます。
益田和彦の生い立ち① 佐賀県の実家と親兄弟などの家族環境
益田容疑者の出身地と実家は佐賀県だと報じられています。幼い頃はごく普通の家庭で育ったようです。父親はすでに他界していますが、その葬儀の際には益田和彦容疑者が親族を代表して立派な挨拶を述べていたと、近隣住民は語っています。
母親は現在も健在であり、事件後に報道陣の取材に応じています。母親は「最近本人と連絡を取った」と明かしたものの、その内容や息子の近況については「言えない」と言葉を濁しました。凶悪犯として全国に顔写真が公開され、海外逃亡を続ける息子を持った親の計り知れない苦悩が窺えます。
益田和彦の生い立ち② 小中学校時代はスポーツマンで「生徒会長」
益田和彦容疑者の幼少期を知る人々の証言は、現在の冷酷な犯罪者のイメージとは大きくかけ離れています。
実家近くの住民や同級生の親によれば、小学生時代は地元の野球クラブに所属し、グラウンドで一生懸命に白球を追うスポーツ少年でした。性格は人懐っこく、誰とでも気さくに話す明るい子どもだったといいます。
中学校に進学するとソフトテニス部に入部。さらに驚くべきことに、周囲からの人望も厚く、頼まれて「生徒会長」を務めていました。
「特段目立つようなヤンチャな子ではなかった。明るくて友達も多く、リーダーシップがあった。彼がこんな事件を起こすなんて信じられない」
これが、当時を知る地元住民たちの共通した印象のようです。
益田和彦の高校中退と不良化…「卒アル」にも注目
小・中学時代まではどちらかといえば優等生のイメージを持たれていた益田和彦容疑者の人生の歯車が狂い始めたのは、高校に進学してからのことだったようです。
高校中退と暴走行為
地元・佐賀の高校へ進学した益田和彦容疑者ですが、何らかの理由で学校に馴染めず、やがて中退してしまいます。ここから彼は非行の道へと足を踏み入れたようです。
中学時代の後輩の証言によると、高校中退後の益田和彦容疑者は不良グループとつるみ、バイクで細い路地を暴走したり、騒音を立てて走り回ったりする「暴走族」のような活動にのめり込んでいったとされます。
この頃から、彼の「悪知恵」や「計算高さ」が垣間見えるようになります。警察に追跡された際の逃亡ルートを事前に緻密に把握しており、仲間たちを先導して巧みに逃げ切っていたといいます。
頭の回転の速さとリーダーシップという、かつて生徒会長として発揮された才能が、完全に悪い方向(犯罪や非行)へと使われ始めていたのです。
ネット上では益田和彦の「卒アル」を探す動きも
このような極端な経歴を持つため、事件発覚後、インターネット上では益田和彦容疑者の、小学校や中学の「卒アル(卒業アルバム)」(高校は中退しているため高校の卒アル画像は存在しないと思われる)の写真を検索する動きが爆発的に増加しました。
「真面目な生徒会長だった中学時代の顔」と「指名手配犯として公開された現在の顔」を見比べたいという大衆の心理が働いているためでしょう。
現時点では、マスメディアを通じて彼の学生時代の卒アル写真が明確に公開・拡散されているわけではありませんが、事件の社会的関心の高さを考えれば、今後何らかの形で当時の姿が明らかにされる可能性は考えられます。
益田和彦の経歴…佐賀でのタクシー会社勤務と家族との生活

出典:https://newsatcl-pctr.c.yimg.jp/
高校を中退し、不良グループに出入りしていた益田和彦容疑者ですが、その後は地元・佐賀に留まり、運送会社などを転々としながら社会人としての生活を送り、その後はタクシー運転手に転職した経歴が明らかにされています。
益田和彦の経歴① タクシー会社での真面目な勤務態度
益田和彦容疑者が佐賀市内の「タクシー会社」で運転手として働き始めたのは、今から十数年前、2010年頃のことと報じられています。この時期の益田和彦容疑者は、再び「表社会」で真面目に生きようとしていた痕跡があります。
当時のタクシー会社の元社長や同僚は、メディアの取材に対して次のように証言しています。
「優良なドライバーだった。よく頑張って働いていたし、特に悪い印象はない。元気で活発な男だった」
「若いのに周りの社員ともうまく付き合っていた。無断欠勤も一度もなかった」
さらに、仕事の合間には同業のタクシー運転手の暴行死亡事件での社内募金活動に参加するなど、社会的な顔も持ち合わせていた事が明らかになっています。
その一方、タクシー会社のテレビ局記者の取材回りの仕事で指名してもらい、その記者に代金をキックバックするなどの不正行為がバレて2013年7月にタクシー会社を辞める事になった事も明かされており、この頃からルールを軽視するような傾向があった事が窺えます。
益田和彦の経歴② 結婚していて妻や子供など自身の家族がいた事も明らかに
この運送会社やタクシー会社勤務の時期、益田和彦容疑者には自身の「家族」がいた事が知人の証言などで明らかにされています。結婚して妻がおり、子供(妻子)を養うために必死に働いていたとされます。元同僚は「家族を愛し、仕事熱心で真面目な男の姿しか覚えていない」と証言しています。
この知人によれば、タクシー会社を辞めた後、益田和彦容疑者は再びいくつかの運送会社に勤務していたようですが、2022年頃にそうした真っ当な社会から姿を消したとされます。
上三川町強盗殺人事件後、ニュース番組『Mr.サンデー』は益田和彦容疑者の元妻への独自取材に成功しています。元妻は、「事件のことは知っていましたが、元夫が関わっていたことは報道で知り、本当にびっくりしました。東京方面に行って色々な仕事をしていると言っていました」と、信じられないといった様子で語りました。
この発言から、益田和彦容疑者はどこかのタイミングで妻と離婚(または別居)し、家族を佐賀に残したまま「東京で仕事をする」と称して裏社会へと足を踏み入れていったことがわかります。
元同僚によれば、「3年ほど前から様子がおかしくなり、怪しい事をしていたみたいです」と、近年になって金回りが不自然になり、裏稼業に手を染めている噂が立っていたといいます。
益田和彦と関東連合の噂について
益田和彦容疑者の事件を語る上で、インターネット上で頻繁に取り沙汰されているのが「関東連合」というキーワードです。
なぜ「関東連合」が益田和彦と関連づけられているのか
結論から言えば、佐賀県出身の益田和彦容疑者が、東京を拠点としていた半グレ集団「関東連合」の直接的なメンバーだったという確たる証拠は現在のところ報道されていません。
しかし、検索エンジンで「益田和彦 関東連合」というワードが浮上するのには、明確な理由があります。それは、この男が主導したとされる上三川町強盗殺人事件の手口と逃亡ルートが、過去に関東連合が起こした凶悪事件と共通点があるためだと考えられます。
2012年に発生した「六本木クラブ襲撃事件」では、関東連合の元リーダーである見立真一容疑者が事件を主導し、事件直後にフィリピンへ逃亡。その後、タイやカンボジアなど東南アジアを転々とし、現在も国際手配されながら逃亡を続けています。
今回の益田和彦容疑者も全く同じように、事件直後に成田から出国し、中国を経由してタイやカンボジアといった東南アジアの国へ逃亡しました。東南アジア、特にカンボジアやタイの国境地帯には、日本の特殊詐欺グループやトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)のアジトが多数存在しているとされます。
警察当局の捜査が及びにくいこれらの地域で、現地のマフィアや裏社会のネットワーク(かつて関東連合の残党などが構築したとされるルート)を頼って潜伏している可能性が高いと見られています。
こうした「東南アジアへの高飛び」、「凶悪犯罪の指示役」、「暴力的な手口」という共通項から、ネットユーザーや犯罪ジャーナリストが関東連合の事件を引き合いに出し、関連性を指摘しているのです。
まとめ
今回は、栃木県上三川町で発生した強盗殺人事件の主導役として国際指名手配されている益田和彦容疑者についてまとめてみました。
栃木県上三川町で起きた強盗殺人事件は、何の罪もない富山英子さんの命と愛犬の命を奪い、残された息子たちの心身に一生消えない深い傷を負わせました。
現場で手を下した16歳の少年たち、そして現場で指示を出した竹前夫婦はすでに逮捕・再逮捕され、法の裁きを待つ身となっています。
しかし、彼らを「捨て駒」として集め、甘い言葉で犯罪に引きずり込み、すべてのシナリオを書いた益田和彦容疑者は、事件から1ヶ月以上が経過した2026年6月現在も、異国の空の下で逃亡を続けています。
外務省による旅券(パスポート)の返納命令が出されたことで、期限を過ぎれば益田容疑者のパスポートは失効し、潜伏先の国(カンボジアやタイなど)で「不法滞在者」となります。
ICPOの赤手配も手伝い、現地の治安当局に見つかれば即座に身柄を拘束され、日本へ強制送還される可能性が高まっています。しかし、裏社会のネットワークが彼を匿い続ける限り、捜査が長期化する懸念も拭えません。
「本当にバカなことをした。一刻も早く出頭して罪を償ってほしい」
ニュース番組の取材に対し、益田和彦容疑者の元妻は涙ながらにそう訴えました。
佐賀のタクシー会社で彼を評価していた元社長も、実家で帰りを待つ老いた母親も、そして何より、理不尽に家族を奪われた被害者遺族も、彼が真実を語る日を待っています。
日本の警察当局は、海外の捜査機関と密に連携し、威信をかけてこの「トクリュウの主導役」を追い詰めています。
かつての生徒会長が悪知恵を働かせて海外へ逃げおおせるような結末は、決して許されてはなりません。益田和彦容疑者が逮捕され、上三川町の事件の全容が法廷で解明される日が1日も早く訪れることが強く望まれます。


















