「サイバーサンダーサイダー」などで知られるボカロPのEZFGさんが死去しました。
この記事ではEZFGさんの本名や年齢、ボカロPとしての経歴、代表曲の数々、家族や結婚、病気発覚と余命宣告と虫垂がんとの闘病、最期の愛に溢れたメッセージと死因についてまとめました。
この記事の目次
EZFG(ボカロP)が余命宣告を経て死去

出典:https://pickasso.spotifycdn.com/
2026年5月18日、日本のボーカロイド(ボカロ)シーン、そして多くの音楽ファンにとって、あまりにも悲しく、そして衝撃的なニュースがもたらされました。
「サイバーサンダーサイダー」や「とても痛い痛がりたい」などの大ヒット曲で知られ、独特のデジタルロックサウンドと驚異的な映像表現で一時代を築いたボカロP・映像クリエイターの「EZFG(イーゼットエフジー)」さんが、2026年4月7日に逝去していたことが、彼のご家族(お父様)のSNSを通じて発表されたのです。
長年にわたり素晴らしい楽曲を世に送り出し、多くの人々の青春を彩ってきたEZFGさん。
彼は2024年から「虫垂がん(ステージ4)」という過酷な病気と闘いながらも、最期までファンや家族への感謝を忘れず、気丈に振る舞い続けました。
この記事では、EZFGさんがボカロシーンに遺した偉大な功績を讃えつつ、彼の本名や年齢、経歴、結婚や家族といったプライベートな側面から、ボカロPとしての代表曲、そして病気(がん)の発覚と余命宣告を経ての死因に至るまで、彼が歩んだ軌跡と最期のメッセージを詳しくまとめていきます。
EZFG(ボカロP)の本名
EZFGさんは、インターネットを中心に活動していた音楽クリエイターであり、ボーカロイドを用いた楽曲制作を行う「ボカロP」として絶大な人気を誇りました。
しかし、彼は自身のプライベートを大々的にアピールするタイプのクリエイターではなく、あくまで「作品至上主義」を貫いていたため、プロフィールには謎に包まれた部分も多くありました。
EZFGの本名についての逸話
EZFGさんの「本名」は、公式には非公開とされています。
しかし、この「EZFG」という一見すると無機質なアルファベットの羅列のようなアーティスト名は、実は彼自身の本名(読み方)をもじったものであることがファンの間では知られています。
過去に公式のラジオ番組(ニコラジ)に出演した際、パーソナリティから名前の由来について尋ねられたEZFGさんは、「『FG』の部分は自分の苗字をもじったもの」と語りました。
しかし、その「FG」という音が実際の苗字の響きそのままであったため、結果的に本名の一部がバレてしまうというお茶目なハプニングがありました。
それでも、本名のフルネームを大々的に公表することはなく、あくまで「EZFG」というクリエイター名義を大切に活動を続けました。
また、ファンから「〇〇P」というボカロP特有の呼び名を提案された際も、「今後ボカロ以外の音楽にも力を入れたい」という理由から固辞し、EZFGという名前にこだわりを持っていたことが窺えます。
EZFG(ボカロP)の年齢
EZFGさんの年齢や正確な生年月日も非公開となっています。
しかし、彼の活動歴を振り返ると、ニコニコ動画への初投稿が2010年4月であり、そこから15年以上にわたってクリエイターとして第一線で活躍し続けてきました。
2010年代前半のボカロ黎明期〜成熟期において、すでに高度な音楽知識と映像制作技術を持っていたこと、そして影響を受けた音楽のルーツなどから推測すると、逝去された2026年時点では年齢は30代後半から40代であったのではないかと多くのファンから推測されています。
年齢や顔出しを重視せず、純粋に「音」と「映像」のクオリティだけで勝負し続けた職人気質な姿勢が、彼のカリスマ性をより高めていました。
EZFG(ボカロP)の結婚や家族構成について
EZFGさんが結婚していたか、妻や子供がいたかについての公式な発表はこれまで一度もありません。
EZFGさんのSNSの投稿を見ても、自身の結婚生活や配偶者に関する言及は見当たらず、プライベートな話題はごく親しい身内に関するものに限られていました。
後述しますが、EZFGさんの最期の言葉は「家族(両親や兄弟など)」に向けられたものであり、訃報を発表したのも「EZFGの父」名義であったことから、配偶者よりもご両親との絆が非常に深かった事が窺えます。
もし結婚して家庭を持っていたとしても、クリエイターとしての活動とプライベートを完全に切り分けていたプロフェッショナルであったと言えるでしょう。
EZFG(ボカロP)の経歴

EZFGさんの経歴は、単なる「ボカロP」、「作曲家」という枠に収まらない、総合的なクリエイターとしての歩みでした。
EZFG(ボカロP)の経歴① 2010年:ニコニコ動画への初投稿と黎明期
EZFGさんが初めてニコニコ動画に作品を投稿したのは、2010年4月12日のことです。
記念すべき初投稿の動画タイトルは「自然の写真でスライドショー」というもので、当初はボーカロイド楽曲ではなく、ゲーム楽曲のアレンジや、実験的で前衛的なサウンドの作品をひっそりと発表していました。
この頃からすでに、彼の持ち味であるデジタルサウンドの基礎や、音と映像を同期させるセンスの片鱗が見え隠れしていました。
EZFG(ボカロP)の経歴② 2011年:ボカロデビュー作での大ブレイク
EZFGさんの運命を大きく変えた転機は、2011年8月に訪れます。
ボーカロイドソフト「VY1」を購入した彼は、2011年8月28日に自身初となるVOCALOIDオリジナル曲「サイバーサンダーサイダー」を投稿しました。
この楽曲は、ボカロ処女作であったにもかかわらず、その圧倒的なクオリティと中毒性で瞬く間に話題を呼び、週刊VOCALOIDランキングで堂々の1位を獲得しました。
無名の新人クリエイターがいきなりランキングの頂点に立つという、まさにシンデレラストーリーを体現した瞬間でした。
EZFG(ボカロP)の経歴③ 2014年:メジャーアルバムのリリース

その後もコンスタントにヒット曲を生み出し続けたEZFGさんは、2014年4月23日に自身初となるフルアルバム『サイバーサンダーサイダー』をリリースし、メジャーデビューを果たしました。
このアルバムには大ヒット曲の数々に加え、新曲やDVD(自作映像)も同梱され、彼の「音と映像の総合芸術」が高く評価された結果となりました。
EZFG(ボカロP)の代表曲
EZFGさんの音楽的特徴は、なんといっても「バキバキのデジタルロックサウンド」、「徹底して韻を踏んだリズミカルな歌詞」、「聞き取りやすい高度な調声(ボーカロイドの歌わせ方)」、そして「狂気とも言えるアナログ手法による自作PV」にあります。
彼が使用したボーカロイドは、VY1、VY2、GUMI、巡音ルカ、鏡音リン・レン、KAITO、MEIKO、IA、がくっぽいどなど多岐にわたりますが、特に「VYシリーズ(キャラクターのビジュアルを持たない純粋な音声ライブラリ)」の魅力を最大限に引き出したPとして高く評価されています。
EZFG(ボカロP)の代表曲① 「サイバーサンダーサイダー」
経歴のところでも触れましたが「サイバーサンダーサイダー」は、EZFGさんを語る上で絶対に外せない最大の代表曲です。
2011年に投稿され、2013年5月にはニコニコ動画で再生数100万回(ミリオン)を達成しました。
VY1を用いたオリジナル曲として史上初のミリオン達成という快挙であり、現在までに約380万回以上の再生数を誇ります。
「サイバーサンダーサイダー」という呪文のような言葉遊び、タイトなビート、そして真っ黒な画面に手書きの文字が拍に合わせて次々と現れるスタイリッシュな映像表現は、当時のボカロシーンに多大な衝撃を与えました。
EZFG(ボカロP)の代表曲② 「とても痛い痛がりたい」
VY2(男性ボイス)を使用した大ヒット曲であり、VY2V3の公式デモソングとしても採用されました。
口内炎の痛みを恋愛の苦悩に重ね合わせたような独特の歌詞と、色気のあるギターサウンドが特徴です。
近年では大人気音楽ゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク(プロセカ)」にも収録され、若い世代のファンにもEZFGさんの音楽が広く知れ渡るきっかけとなりました。
EZFG(ボカロP)の代表曲③ 「グルカゴン」、「magician’s operation」など
他にも、EZFGさんは、生物学の用語を巧みに歌詞に落とし込んだ「グルカゴン」や、スタイリッシュなサウンドが光る「magician’s operation」など、数多くの名曲(殿堂入り楽曲)を生み出しました。
狂気のアナログPV制作
EZFGさんの動画は、キャラクターのイラストを一切使わず、「歌詞の文字」だけで構成されるタイポグラフィPVが基本です。
視聴者は「高度な動画編集ソフト(After Effectsなど)で作られている」と思い込んでいましたが、実はその多くが「紙を切り貼りする」、「糸で吊るす」、「一コマずつ写真を撮る」という、途方もない労力と手間をかけた【アナログ手法】で作られていました。
このストイックすぎる創作姿勢も、ファンから深く愛され、尊敬を集めた理由の1つでした。
EZFG(ボカロP)の病気…希少がん「虫垂がん」との闘い
音楽活動を通じて多くのファンを魅了し続けていたEZFGさんですが、2024年に入り、彼の人生を揺るがす大きな試練が訪れます。
ご家族の報告によると、EZFGさんは2024年3月に病気で手術を受け、その際に「虫垂がん・ステージ4」という極めて重い診断を下されました。
「虫垂がん」とはどのような病気か
EZFGさんを襲った病気「虫垂がん(ちゅうすいがん)」とは、大腸の一部である虫垂(いわゆる「盲腸」の先端にある細長い臓器)に発生する悪性腫瘍です。
このがんは非常に珍しい「希少がん」に分類され、大腸がん全体の中でもごくわずかな割合しか占めません。
虫垂がんの最も恐ろしい点は、「初期の自覚症状がほとんどない」ということです。多くの患者は、急性虫垂炎(盲腸炎)に似た腹痛を発症して手術を行った際や、がんが進行してお腹の中に散らばる「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」を引き起こし、お腹が張るなどの異常を感じてから初めてがんが発見されます。
EZFGさんの場合も、2024年3月の時点で「ステージ4(がんが他の臓器や腹膜などに転移している最も進行した状態)」と診断されたことから、発見された時にはすでに病状がかなり進行していたことがわかります。
診断を受けて以降、EZFGさんは過酷な「抗がん剤治療」を開始しました。副作用による激しい痛みや吐き気、体力の低下など、想像を絶する苦しみがあったはずですが、彼はSNS上では決して弱音ばかりを吐くことはなく、ファンとの交流を続けていました。
EZFG(ボカロP)の余命宣告…ファンや家族に向けた温かいメッセージも
抗がん剤治療を続けながら闘病生活を送っていたEZFGさんですが、2026年に入り、病状はさらに厳しい局面を迎えます。
2026年1月:余命宣告

2026年1月27日、EZFGさんは自身のBluesky(SNS)アカウントで、ファンに向けて衝撃的な事実を報告しました。
「あと余命宣告っぽいのいただきました」、「2、3ヶ月っぽいです」、「さぁどうなることやら」
自分自身の命の期限を告げられるという、計り知れない恐怖と絶望の中にあったはずですが、彼の文章は不思議なほどに明るく、ユーモアを交えた「いつものEZFG節」でした。重苦しい空気をファンに背負わせまいとする彼の優しさと強さが、この短い投稿に滲み出ていました。
2026年2月:緩和ケア病棟への入院
続く2月23日には、「このタイミングでいったん緩和ケア病棟入院の巻」と投稿し、積極的な抗がん剤治療から、苦痛を和らげるための緩和ケアへと移行したことを明かしました。
緩和ケア病棟に入るということは、医学的な完治を目指す治療が限界を迎え、残された時間をいかに穏やかに過ごすかという段階に入ったことを意味します。
ファンへ向けた温かいメッセージ

闘病中、彼のSNSには世界中のファンから数え切れないほどの応援メッセージが寄せられました。
それに対しEZFGさんは、「たくさんのありがたい温かいメッセージをいろんな所から受け取っております」と感謝を述べ、フォロワーに向けて次のように呼びかけました。
「皆さまはどうかそれぞれの日常をとにかく楽しんでください」
「小さくてもたくさんの幸せを感じて生活をして欲しいです」
死の淵に立たされている本人が、残される人々の「日常」と「幸せ」を願う。このあまりにも尊く、利他的なメッセージは、訃報の後に多くのファンの胸を打ち、涙を誘いました。
EZFG(ボカロP)の家族への愛と最期の言葉

EZFGさんの過酷な闘病生活を最も近くで支え続けたのは、彼のご家族でした。
2026年3月28日。これがEZFGさん本人による生涯最後のSNS投稿となりました。
彼が最期に残した言葉は、自身の作品に対する未練でも、病気に対する恨み言でもなく、ただひたすらに家族への深い愛情と感謝の念でした。
「私の家族はみんな優しいんです」
「私の自慢です」
「こんな事になってやっと実感してそう思います」
「ありがとう」
ステージ4の虫垂がんという絶望的な状況下で、心身ともに限界を迎えていたであろう最期の時期に、彼は「家族が自慢である」と心から思える境地に達していたようです。
彼がどれほど温かい家庭で育ち、どれほど深い愛情を持って看病されていたかが伝わってくる、非常に感動的なラストメッセージです。
EZFG(ボカロP)の死因と訃報
最後の投稿からわずか10日後の 2026年4月7日。
EZFGさんは、ご家族に見守られながら静かに息を引き取りました。死因は、2年間闘い続けた「虫垂がん」でした。余命宣告で告げられた「2、3ヶ月」という期間を、最後まで全力で生き抜いた最期でした。
5月18日:お父様による訃報の発表
四十九日などの整理が落ち着いたと思われる2026年5月18日、EZFGさんの公式X(旧Twitter)アカウントが更新され、文末に「EZFG父」と署名されたメッセージが投稿されました。
EZFGの作品を見て聞いていただいた皆様へ
— EZFG (@EZFG) May 18, 2026
EZFGは2024年3月に「虫垂がん・ステージ4」と診断され抗がん剤治療を行ってまいりましたが本年4月7日永眠いたしました。闘病中は常に皆様への感謝の言葉を口にしていました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。EZFG父
この訃報は、瞬く間にネットニュースやSNSを通じて拡散され、ボカロ界に計り知れない衝撃を与えました。
ボカロ界とファンからの追悼の声
SNS上では、「サイバーサンダーサイダー」、「とても痛い痛がりたい」などの楽曲名がトレンド入りし、世界中のファンや、彼に影響を受けた多くのボカロP、クリエイターから追悼のコメントが殺到しました。
「学生時代の青春そのものでした」、「独自のセンスと映像美にどれほど影響を受けたかわからない」、「最期までEZFG節を貫いた姿に泣いた」、「家族への言葉を見て、彼がどれだけ優しい人だったかを知った」など、彼の才能を惜しむ声と、彼の人柄を讃える声が後を絶ちませんでした。
海外の掲示板(Redditなど)でも彼の訃報は大きく取り上げられ、国境を越えて愛されたクリエイターであったことが改めて証明されました。
まとめ
今回は、2026年4月に死去したボカロPのEZFGさんについてまとめてみました。
EZFGさんは、ボカロシーンにおいて「誰にも真似できない唯一無二のスタイル」を確立した天才クリエイターでした。
本名や年齢といったパーソナルな情報をあえて伏せ、純粋な「音楽」と「映像」の力だけで数百万人の心を動かしました。
彼が魂を削って作り上げた「サイバーサンダーサイダー」をはじめとする代表曲の数々は、彼がこの世を去った後も色褪せることなく、動画サイトや音楽ゲームを通じて新たな世代へと受け継がれていきます。
2024年の虫垂がんの発覚から、ステージ4という過酷な現実、そして余命宣告。逃げ出したくなるような絶望の中で、彼は最期までファンに「日常の幸せ」を説き、家族に「ありがとう」と伝えました。
彼が遺したものは、洗練されたデジタルサウンドの楽曲群だけではありません。苦難の中でもユーモアと他者への思いやりを忘れない、その人間としての美しさと強さもまた、ファンの心に永遠に刻み込まれました。
EZFGさんが遺してくれた数々の素晴らしい作品に深い感謝を捧げるとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。彼が願ったように、私たちが「小さくてもたくさんの幸せを感じて生活していく」ことこそが、彼への最高の手向けになるはずです。


















