2008年にアフガニスタンでテロリストに拉致され殺害された伊藤和也さんに注目が集まっています。
この記事では伊藤和也さんが殺害された「アフガニスタン日本人拉致事件」の概要や死因、伊藤和也さんのペシャワール会に参加するまでの経歴や家族、海外の反応についてまとめました。
この記事の目次
伊藤和也さんが殺害されたアフガニスタン日本人拉致事件の概要
イスラム原理主義を掲げる武装勢力「タリバン」は、アメリカ合衆国政府の対テロ戦争による、アメリカ軍のアフガニスタン侵攻によって、同国の権力の座から追われ、その後は反政府勢力として抵抗を続けていましたが、2021年5月に攻勢に転じ、同年8月15日に再びアフガニスタン全土を支配下においたとの声明を出しています。
このアフガニスタンでの政変により、2008年8月26日にこのタリバンによって引き起こされたとされる、「アフガニスタン日本人拉致事件」にも再び注目が集まっています。
「アフガニスタン日本人拉致事件」は、NGO団体「ペシャワール会」の職員で、当時31歳の日本人男性・伊藤和也さんがタリバンと見られる武装グループに拉致され殺害された事件です。
伊藤和也さんはアフガニスタンの平和を誰よりも願っていた人物として知られており、今回、アフガニスタンの悲惨な状況が報じられた事から、その功績や愛情に溢れた献身的な行動も再び話題に上っています。
今回はこの伊藤和也さんについてまとめていきますが、その前にまず「アフガニスタン日本人拉致事件」の概要を見ていきます。
アフガニスタン日本人拉致事件の発生から伊藤和也さん殺害まで
現地時間の2008年8月26日の午前6時30分頃、 NGO団体「ペシャワール会」の農業支援のスタッフとして事件の5年前から現地で活動していた伊藤和也さんが、4人組の男に襲われ拉致されました。
伊藤和也さんはこの時、アフガニスタン人スタッフと共に、車でアフガニスタン東部のナンガハル州の灌漑施設の点検作業に向かっていたようです。犯人ら4人はこれを待ち伏せして襲撃し拉致。アフガニスタン人スタッフ（通訳兼運転手）も一緒に拉致されていますが、数時間後に解放されています。
拉致事件発生直後の午前6時40分頃、近隣の村落住人が、犯人グループに両手を拘束され付近の岩山を登っていく伊藤和也さんを発見し、数百人から1千人前後の住人らが伊藤和也さんや犯人らを追って山狩りを行なっています。（近隣住人達は伊藤和也さんらの「ペシャワール会」の活動に感謝していたため、武器を取って救出に動いた）
この際に犯人1人が拘束されていますが、残る3人は北側に隣接するクナル州方面へと逃亡しています。その後、アフガニスタン政府の警備隊が犯人らを追跡し銃撃戦も発生していますが、逃亡を許しています。
翌日の27日に、伊藤和也さんは殺害された遺体となって発見されました。
伊藤和也さん殺害時の状況
犯人4人のうちの1人で、唯一逮捕されたパキスタン国籍のアディル・シャーという男の供述によると、伊藤和也さんは26日の14時から15時（現地時間）の間に犯人の1人で主犯格のアフマドという男に銃撃され殺害されたという事です。
また、この男は、犯人らが伊藤和也さんを隠すために登っていた岩山で、途中で追手に取り囲まれている事に気がつき、下の方から数発の銃撃にあった事でパニックになり、伊藤和也さんを銃撃して殺害した事なども供述しています。
その後、タリバンの当時の広報官は、伊藤和也さんを拉致した事を認め、「この非政府組織（ペシャワール会）が地域の住民の役に立っている事は知っているが、住民に西洋の文化を植え付けようとするスパイである。我々は全ての外国人がアフガニスタンの外に出るまで殺害し続ける、日本のように軍隊を駐留させていない国の援助団体であったとしても、我々は殺害し続けるだろう」との声明を発表しています。
アフガニスタン日本人拉致事件での日本政府の対応と影響
伊藤和也さんの遺体発見は、現地時間の8月27日午前11時54分頃に日本政府に伝えられ、当時の福田康夫首相は「ご冥福をお祈りし、心からお悔やみを申し上げます」という追悼コメントを発表しています。
また、当時の高村正彦外務大臣は、アフガニスタン外務大臣と電話会談し「アフガニスタンの積極的なテロ対策を期待する」と伝えています。対するアフガニスタン外務大臣は「お悔やみを申し上げ、これからも両国共に協力を進めたい」と返答。
「ペシャワール会」の代表の中村哲医師は、伊藤和也さんが殺害された事を受けて、自分以外の日本人スタッフ全員を帰国させる決断をされています。
伊藤和也さんはNGO団体「ペシャワール会」でアフガンでの農業支援にあたっていた
出典：https://www.nishinippon.co.jp/
「アフガニスタン日本人拉致事件」で、タリバンが関与していると思われる4人の犯人によって拉致されその後殺害された伊藤和也さんは、当時、アフガニスタンで人道支援活動をされていた中村哲医師を支援するNGO団体「ペシャワール会」の職員として、現地で農業支援活動にあたっていました。
伊藤和也さんは、アメリカのアフガニスタン侵攻後の2003年、その理念に賛同して「ペシャワール会」に入会し、現地に滞在して農業支援スタッフとして約5年間ボランティア活動をしていました。
伊藤和也さんが参加していたペシャワール会によるアフガニスタンでの農業支援活動は、雨が極端に少なく、食糧生産事情が劣悪で数百万人が飢餓状態にある現地の食糧事情を改善させる事を目的に、井戸を掘り、用水路を引くなどの灌漑事業に力を入れ、アフガニスタン日本人拉致事件で伊藤和也さんが殺害された当時の時点で約5000ヘクタールの農地を復興させ、数十万人規模の現地の人々を飢餓から救っていました。
伊藤和也さんは、2001年のアメリカ同時多発テロが起き、アメリカ軍による報復爆撃がアフガニスタンに対して行われた事から同国に関心を抱くようになり、アフガニスタン復興支援活動をする国際NGO「カレーズの会」に入会。その後、ペシャワールの会の存在を知り、その活動や理念に共感し、感銘を受けて入会しました。
伊藤和也さんは、「アフガニスタンを本来の緑豊かな国に戻す手伝いをしたい」、「アフガニスタンの子供達が食べ物に困らぬよう力になりたい」との思いから、ペシャワールの会でのボランティア活動を続けられていました。
伊藤和也さんはその活動によって、現地の人々に信頼され、愛されており、伊藤和也さんが撮影した活動地域の人々の笑顔の写真が数多く残されています。タリバンが関与したと思われる4人に拉致された際には、付近の村落から1000人規模の人々が救出に動き、遺体が発見された時には泣き崩れる人もいました。
伊藤和也さんの死因は太ももに銃撃を受けた事による失血死
伊藤和也さんの遺体は、ペシャワールの会の代表で、医師の中村哲さん（故人・2019年にアフガンで武装勢力に襲撃され殺害された）により検死され、死因は銃弾が左側大腿動脈を貫通した事による大量出血と断定されています。
また、同地での検死では、伊藤和也さんの遺体には、左足の撃たれた跡の他、腹部にも1〜2箇所の貫通銃創、後頭部の挫滅や顔面の打撲痕、腹部にも目立った外傷が確認された事も発表されています。
伊藤和也さんの遺体は2008年8月30日に日本に帰国し、その後静岡県警による司法解剖により、死因は、銃撃によって左側大腿部の動脈が切断された事による失血死と正式に発表されています。
伊藤和也さんの生い立ちや経歴
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伊藤和也さんは1967年11月19日に静岡県掛川市で長男として生まれました。
小学校から高校までカブスカウトとボーイスカウトで活動し、上進式（カブスカウトからボーイスカウトへの入団式）では、代表して宣誓をしています。
掛川市立東中学校時代には、既に立志式で「将来農業関係に仕事をしたい」と宣言されていました。
中学卒業後は、静岡県立磐田農業高校を経て、静岡県立農林短期大学園芸科を卒業。その後アメリカ・カリフォルニア州へ渡って農業研修を受けています。
帰国後は、静岡県で農業関連事業などを展開するホーチ・アグリコや名古屋市の株式会社ソシオなどで勤務していました。
そして2001年に、アメリカ同時多発テロ、その後のアメリカによるアフガニスタン爆撃や侵攻などをきっかけに、アフガニスタンに関心を抱くようになり、復興支援活動に参加。
2003年6月に「ペシャワール会」の存在を知り、事務所を訪れて入会を希望し、現地に赴いて支援活動にあたる事を強く志望されています。
同年12月には家族に「アフガニスタンに行って来る」とだけ告げて、同地へと旅立ち、ペシャワール会のクナール川灌漑用水路建設事業に従事されています。
2004年9月には、プディアライの実験農場に移り、野菜や穀物の種を日本から持ち込んで、同地での栽培に従事されていました。この頃に一時帰国されていますが、その際には親しい関係者に「これから先も何年もアフガニスタンで活動を続ける」と話されていたそうです。
2005年には、その献身的な行動で現地の人々と深い信頼関係を築き、子供たちからも愛され、「イトー、アクスウバセ（伊藤、写真撮って）」とよく声をかけられたという事です。そうした子供たちを含む現地の住人達の嬉しそうな笑顔の写真が数多く残されています。
2007年頃には、アフガニスタンに永住する意思を固められていたようで、農耕に使う自分の牛を購入し、試験農場のある村のモスク（礼拝所）の建設に自分の蓄えを寄付されています。周囲の知人にも「結婚するなら、こちらでかな」と話されていた事もあったようです。
その死後、現地の人々が「伊藤は寡黙で山のようだ」と伊藤和也さんを評していた事が明かされ、現地の人々からの大きな信頼と尊敬を集めていた事が窺われます。
伊藤和也さんの家族は父母と妹弟と祖父
伊藤和也さんの家族は、父親の正之さん（2019年に72歳）、母親の順子さん（同じく67歳）と、妹と弟の2人の兄弟、祖父の存在が明かされています。
父の正之さんは、伊藤和也さんの死を知らされ、遺体と対面した後も「和也は幸せだった。事業がストップすると、和也の志が頓挫する」と、ペシャワール会の活動を支持するコメントを発表されています。
母親の順子さんは、ペシャワール会のウェブページにメッセージを寄せられ、伊藤和也さんが家族に対してもとても優しい方だった事などを明かされています。また、息子を失った悲しみと共に、自身の後悔の念や、アフガニスタンに対する複雑な心中なども吐露されていました。
また、伊藤和也さんの両親は、2019年にペシャワール会の代表だった中村哲医師が殺害された時、「中村哲医師は息子がアフガニスタンに行った時からの恩人。和也が2度殺されたような気持ちだ」とのコメントを発表されていました。
妹さんや弟さんは既に結婚されていて子供も誕生しているそうです。
伊藤和也さんに対する海外の反応
伊藤和也さんは、他のスタッフが襲われたとしても彼だけは大丈夫といわれるほど、現地の人々に馴染み親しまれていたそうです。そのため、海外の反応としては、少なくとも伊藤和也さんが関わった地域の人々の間では、悲しみと犯人に対する強い怒りがあったようです。
当時のテレビニュースなどで流されていた、伊藤和也さんの遺体が現地の村落に運ばれた際の映像では、住人らが大勢集まって涙を流し、「イトウサン、イトウサン」と口々にその名前を呼びんでいました。
伊藤和也さんらペシャワールの会は、数年間の苦労の末に、サツマイモをはじめとするとうもろこしやブドウなど様々な農作物を収穫する事に成功し、干ばつに苦しむ村に恵みをもたらしました。
現地の村の人々は伊藤和也さんの死後に訪れた日本のメディアに対し「自分の息子が亡くなったようだ。村中が悲しんで泣いたよ、イトウを忘れる事はできない」、「毎年いろんな種や苗をくれた。とても助かっていた」、「彼に教えられた色々なことをこれからも伝えていく」と口々に語られていました。
現地の村の雑貨店の店頭に伊藤和也さんの生前の写真が飾られ「日本の英雄ミスターイトウ」と文字がつけられているのもメディアで紹介されていました。
こうした地域外からの伊藤和也さんについての海外の評判などは特に伝わっていませんが、当時、いくつかの海外メディアが、その功績を称えて死を悼む内容の記事を発表していました。少なくともその行動は高く評価され尊敬を集めていた事は間違いありません。
まとめ
今回は、2008年にアフガニスタンで起きた「アフガニスタン日本人拉致事件」で殺害された伊藤和也さんについてまとめてみました。
伊藤和也さんはNGO団体「ペシャワール会」の農業支援事業の現地スタッフとして、事件の5年前からアフガニスタンに赴き、現地の村の試験農場での農業事業に力を注がれていました。
伊藤和也さんはその愛情に満ちた献身的行動によって現地の人々から家族のように愛されていましたが、タリバンが関係しているとみられる4人のテロリストに拉致され、殺害されました。まだ31歳の若さでした。死因は、左太ももに銃撃を受け大動脈が切断され、大量に出血した事による失血死と発表されています。
伊藤和也さんの家族は、父と母、妹と弟、祖父その存在が明かされています。本人は結婚はされておらず子供もいませんでしたが、アフガニスタンで活動する中で、「結婚するなら、こちらでかな」と語るなど、将来的には現地に定住し家族を築こうとされていたようです。
伊藤和也さんに対する海外の反応としては、その功績と行動が現地の人々に感謝され、信頼と尊敬を集めていた事が、現地への取材で明らかになっています。現在も現地の村には、伊藤和也さんの墓があり、店や家に写真も飾られているそうです。
