ネタ画像としてネット界で一世を風靡した「チャリで来た」ですが、2019年に登場人物の1人・熊田勇太(ゆうた)さんの現在が話題になっています
この記事では、「チャリで来た」がなぜ有名なのか、そしてプリクラに登場した少年とその後など総まとめしました。
この記事の目次
伝説のバカプリクラ「チャリで来た」はなぜ有名?元ネタ誕生秘話とは
「チャリで来た」元ネタはヤンキー中学生4人のプリクラ
「チャリで来た」とは、ヤンキー風の少年たちが写ったこちらのプリクラのことを指します。
このプリクラが撮影されたのは2008年頃であり、写真に写る4人の少年たちは神奈川県横浜市港南区に住んでいた中学1年生でした。
元々は野球少年だったという4人ですが、学校の先輩たちの影響を受けた結果ヤンキー化してしまい、やんちゃなファッションを好むようになったそうですね。
「チャリで来た」伝説のバカプリクラ誕生までの経緯
「チャリで来た」が誕生するまでの経緯に関しては、当時ヤンキーたちの間で流行っていたファッションブランド「ガルフィー」が関係して来ています。
仲間内でガルフィーの服を買う計画が盛り上がった少年たちは、前日にお泊り会をしてまでアパレルショップに向かうことになりました。
「ガルフィー」を扱っているアパレルショップは横浜市旭区内にあり、少年たちの自宅のある港南区からはかなりの距離があったものの、4人は自転車に乗り1時間半ほどかけて目的地まで向かっております。
4人の乗っていた自転車は、当時地元のヤンキーたちの間で流行していた改造自転車だったため、かなり人目を引いた1時間半だったのではないかと思われます。
その後、アパレルショップまで無事辿り着いた4人でしたが、肝心の服が中学生のお小遣いでは到底買えない値段だったため、諦めて帰宅する羽目になってしまいました。
帰り道に、せっかく旭区まで足を延ばした記念にゲームセンターに立ち寄りプリクラを撮った4人ですが、「お絵描きタイム」で書く内容が思い浮かばずに「チャリで来た」との迷言を記入してしまったそうです。
プリクラは撮影後一定時間「お絵描きタイム」があるが書く内容が浮かばず、制限時間が迫り焦る4人は思わず「チャリで来た」と記入。伝説のバカ画像がこの瞬間に誕生した。
「チャリで来た」有名になったきっかけは2ちゃんねる
「チャリで来た」がネットの有名画像となってしまった理由については、少年たちの内の1人がSNSサイト「前略プロフィール」のプロフィール画像にプリクラ写真を使ってしまったことが原因でした。
たまたまプロフィール画像を見てツボにハマってしまった「前略プロフィール」ユーザーの1人が、面白ネタ画像として匿名掲示板2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)に無断転載をした結果、「チャリで来た」はネットデビューを飾ることになりました。
なぜ、プリントシールが流出したのか? それは「前略プロフィール」(現在は閉鎖)というサイトが原因だった。同サイトは、質問に答えるだけで簡単に自分のプロフィールページが作れるSNSのこと。メンバーの誰かが、プロフィール用の画像にプリントシールの画像を使用し、それを見た何者かが「2ちゃんねる」の掲示板に勝手に転載した……という流れ。
その後、「チャリで来た」は、コラ画像が量産&拡散されることとなり、ネットの有名ネタ画像化しております。
「パロられやすい言葉」も面白いよねぇ。最近だと「チャリで来た。」とかがすき。言葉にしてみたら普通なのに、あのプリと相まってパロられるコンテンツに昇華したとことかちょう面白い。
— ナガタケ ヨシアキ (@jugglersenjyu) 2012年2月23日
チャリで来た。のプリクラの人たちって今いくつなんだろうね、きっともう成長してこんな面白いプリはとらないんだろうね。しかも今友達かも分からないね。ネットで出回ってしまったことを嫌い、最初にブログとかにあげちゃった人を責め、決別したかもしれない、とか思ってたらなんか眠くなってきた。
— いか🌙 ズイ(ง ˘ω˘ )วズイ (@GAWzawa39) 2011年12月1日
「チャリで来た」人気漫画や芸能人版パロディーが続々登場
日本のネット界で一世を風靡した「チャリで来た」は、芸能人にも認知されることとなり、GLAYやAKB48といった人気芸能人たちがパロディ画像を作って公開しています。
サブカル分野にも放って置かれなかった「チャリが来た」は、「進撃の巨人」や「ゴールデンカムイ」といった人気漫画にもパロられたこともあります。
「チャリで来た」に関しては、最終的には人気ラッパーのSLOTHさんによりプリクラをオマージュした「チャリで来た」という楽曲が作られており、シングルリリースまでされました。
「チャリで来た」拡散後の悲劇…出版社に無断掲載されたことも
「チャリで来た」出版社が無断掲載でメンバー4人に和解金
「チャリで来た」が拡散されて以降の4人ですが、周辺校のヤンキーに絡まれるといった実被害以外にも、ネットの有名ネタ画像を集めた「バカ画像500連発」シリーズにプリクラを無断掲載されるなど、散々な目に遭っています。
ちなみに、自分たちのプリクラを無断掲載されたことを知った4人が、「バカ画像500連発」の出版元の鉄人社に抗議の電話をかけたところ、出版停止の約束と各1万円の和解金を貰えたそうですね。
「チャリで来た」コラ画像が原因でデヴィ夫人に犯罪者扱いされる
「チャリで来た」は、「大津市中2いじめ自殺事件」の際にもメンバーが加害者扱いされているコラ画像が作成&拡散されており、真に受けたタレントのデヴィ夫人がブログに掲載して糾弾するという騒動まで起こってしまいました。
「チャリで来た」メンバーその後…立派な社会人になっていた
「チャリで来た」メンバー3人がファッション雑誌に登場
ネットの悪ノリにより有名人化してしまった「チャリで来た」のメンバーたちに関しては、2012年になると、ファッション雑誌「JK egg」に登場しております。
・熊田勇太さん
・杉船孝太さん
・五島翔太さん
当時高校生になっていた3人ですが、相変わらず仲良しであり、撮影現場にはバイクで来たそうですね。
ちなみに杉船孝太さんは、高校を卒業後は地元・横浜市内にある建築関係の会社に就職したという情報が残っています。
「チャリで来た」熊田勇太さんが『激レアさんを連れてきた。』に出演
「チャリで来た」に関しては、2018年6月になると、メンバーの熊田勇太さんがバラエティ番組「檄レアさんを連れてきた。」に出演しています。
「激レアさんを連れてきた。」とは、激レアな体験をした人=”激レアさん”をゲストとして迎え、衝撃的な実体験を聞くバラエティ番組で、激レアさん達を研究サンプルとして採取していく。
引用:激レアさんを連れてきた。
中学時代はパンチの効いた容姿をしていた熊田さんでしたが、成人後はかなりのイケメンに成長していたため、ネット上でも驚きの声が上がっていました。
まさか「チャリで来た」でこの10年間のネット史の光と闇を辿ることになるとは。前略プロフ、2ちゃんねる、拡散となりすまし、殺人犯扱い、大物アーティストがパロディ。「キーボードクラッシャー」といい、ネタ化された当人がイケメンに成長しているのが最近になって見れて嬉しい。#激レアさん
— たけうちんぐ🐤 (@takeuching) 2018年6月11日
中学を卒業後の熊田さんは、横浜調理師専門学校に進学しており、フランスで料理修行の経験もあるそうです。
専門学校を卒業後は、横浜市にある「ビストロzip」系列の店舗でシェフをしていた熊田さんでしたが、現在は現場から足を洗ってエリアマネージャーとして働いており、年収は500万円ほどだとか。
・関内ビストロzip
・野毛ビストロzip
・野毛ビストロzipテラス
・横浜ビストロzip
ちなみに「チャリで来た」については、「ビストロzip」のオーナーまで知っており、面接の際に指摘されたという逸話も残っております。
「チャリで来た」が、ネットの有名ネタ画像化したせいで色々な経験をすることになった熊田さんですが、社会人として立派に独り立ちしていることもあり、近年は良い青春の思い出だったと振り返る余裕が出来たそうですね。
ユウタさんは、「最初はすごい大変で、周りからも罵倒されるし、すごい嫌なことだったんですけど、昔はバカにされてた言葉が最近は優しい言葉に変わってきて、良かったのかもしれないと思うようになってきた」と最近の心境を明かしました。
「チャリで来た」の現在…熊田勇太(ゆうた)さんがリアリティショーに出演で話題
「チャリで来た」熊田勇太さんが『いきなりマリッジ2』に出演
「チャリで来た」の現在については、2019年2月になると、メンバーの熊田勇太さんがAbemaTVにて放送されている恋愛リアリティーショー「いきなりマリッジ2」に出演しております。
本番組は、「m-gram」の性格診断やスタッフ面接、アンケート調査を基に選ばれた初対面の男女が新婚生活(同棲)を営み、30日間で本当の夫婦になるのか、別れを選択するのか、その一部始終に密着するリアリティーショー。
「いきなりマリッジ2」では、銀座のクラブシンガーであるカナさんと同棲生活を送ることとなった熊田さんですが、今後もこのようなタレント活動が継続して行くのか気になる部分と言えます。
「チャリで来た」についてまとめると…
・「チャリで来た」は10年以上たった今も拡散され、パロディ画像や漫画にもなっている
・「チャリで来た」のメンバー4人はグレることなく社会人となり、メンバーの熊田勇太さんはバラエティ番組やリアリティショーにも出演し話題となった
長年ネットのオモチャにされて来た「チャリで来た」ですが、メンバーがヤンキー気質の少年たちだったことが幸いして、道を踏み外す人間も出ずに立派な大人へと成長したようです。
熊田勇太さんたちが今後も幸せな人生を送れることを祈りつつ、この記事のまとめを終了させて頂きます。