栃木県上三川町での強盗殺人事件でトクリュウの指示役として逮捕された竹前海斗容疑者が注目されています。
この記事では竹前海斗容疑者の生い立ちや親など家族、中学や高校と経歴、タトゥー、旧姓の「越雲」と前科、竹前美結との結婚と子供、事件の動機と現在などについてまとめました。
この記事の目次
竹前海斗は栃木上三川町の強盗殺人事件のトクリュウ指示役として逮捕の男

2026年5月14日、のどかな田園風景が広がる栃木県上三川町で、日本中を震撼させる極めて凄惨な強盗殺人事件が発生しました。
匿名・流動型犯罪グループ、通称「トクリュウ」の関与が疑われるこの事件において、現場の実行犯に指示を出していた「指示役」として逮捕されたのが、竹前海斗(たけまえ・かいと、逮捕当時28歳)と、その妻である竹前美結(たけまえ・みゆ、逮捕当時25歳)の夫婦です。
まだ生後7ヶ月の幼い子供を連れて犯行の指揮を執るという常軌を逸した異常性、夫婦揃っての逮捕、全身に刻まれたタトゥー、そして週刊誌やネット上で次々と暴かれる過去の「前科」や「旧姓」の秘密など、この事件は単なる強盗殺人にとどまらず、現代社会の抱える深い闇を浮き彫りにしています。
この記事では、竹前海斗と竹前美結両容疑者の生い立ち、親や家族の環境、中学・高校時代から現在に至るまでの経歴、さらには事件の動機や上三川町での凄惨な犯行の手口、そして2026年6月現在における最新の状況までを詳しくまとめていきます。
竹前海斗が逮捕された栃木県三上町の強盗殺人事件の全容と凄惨な手口

事件が起きたのは、2026年5月14日のことです。栃木県上三川町(かみのかわまち)で農業法人を経営する富山さん一家の住宅に、目出し帽を被りバールなどの凶器を持った複数人の若者が白昼堂々押し入りました。
この襲撃によって、住人である富山英子さん(当時69歳)が胸などを刺されて無残にも殺害され、さらに家の中にいた長男と次男も頭をバールで殴られるなどの重傷を負うという、極めて残忍な強盗殺人事件となりました。
この凶行の実行役として逮捕されたのは、なんと神奈川県相模原市や川崎市などに住む16歳の男子高校生ら4人でした。
彼らはいわゆる「闇バイト」を通じて集められた、互いに素性を深く知らない若者たちです。そして、この未成年の少年たちを現場の少し離れた場所からスマートフォンアプリの通話機能を利用し、リアルタイムで遠隔操作していた「指示役」こそが、竹前海斗容疑者と妻の竹前美結容疑者だったのです。
犯行後、警察の捜査網が狭まる中、竹前夫婦は逃亡を図ります。竹前海斗容疑者は事件から3日後の5月17日午前1時半ごろ、海外への高飛び(韓国やバンコクへの逃亡計画があったとされています)を企てていたのか、羽田空港の国際線ターミナルで身柄を確保されました。
一方、妻の竹前美結容疑者は同日、神奈川県横浜市内のビジネスホテルに潜伏していたところを逮捕されましたが、その腕には生後7ヶ月の幼い娘(赤ちゃん)が抱かれていました。事件当日も、夫婦はこの乳児を車に乗せたまま栃木県上三川町周辺まで赴き、車内から少年たちに「殺せ」、「奪え」という指示を出していたとみられており、その倫理観の欠如は世間に底知れぬ恐怖と嫌悪感を与えました。
竹前海斗の生い立ちと家族…親の溺愛と複雑な家庭環境

栃木県上三川町の強盗殺人事件の主犯格であり、現場の指示役を担った竹前海斗容疑者は、どのような人生を歩んできたのでしょうか。彼の生い立ちを辿ると、ある種の歪んだ愛情と複雑な家庭環境が浮かび上がってきます。
竹前海斗容疑者は、神奈川県横浜市の保土ヶ谷区周辺で生まれ育ちました。3人兄弟の次男(真ん中)として誕生しましたが、幼少期、小学校低学年の頃に実の父親と母親が離婚し、その後母親が現在の父親(継父)と再婚したことで、新しい家族形態の中で育つことになりました。
同級生や地元住民の証言によれば、竹前海斗容疑者の母親は当時流行していた「平成ギャル」のような派手なメイクとファッションを好む、非常に目立つタイプの女性だったといいます。

特筆すべきは、母親が兄弟の中でもとりわけ次男である海斗容疑者を異常なまでに溺愛していたという点です。「海斗、海斗」と名前を呼んで可愛がり、甘やかして育てていた様子が周囲からも目撃されていました。
こうした親からの盲目的な溺愛が、後の彼の自己中心的な性格や、「気に入らないことがあれば力でねじ伏せる」という暴力的な気質の形成に何らかの影響を与えた可能性は否定できません。
新しい父親(継父)との関係性についての詳細は深く語られていませんが、多感な時期に家庭環境が変化した生い立ちを持つことは、少なからず彼の人格形成に影響を及ぼしたと考えられます。
しかし、経済的に極度に困窮していたという情報は少なく、むしろ「甘やかされた末の非行」という側面が強い生い立ちだと言えます。
竹前海斗の経歴…中学時代の栄光と高校進学後の転落

竹前海斗容疑者の学歴については、小・中学校は横浜市内で、中学卒業後は神奈川県内の定時制高校に進学したと報じられています。
そして、竹前海斗容疑者の人生において、最も輝いていた、あるいは周囲からチヤホヤされていたのが中学時代だったようです。
週刊誌の徹底取材や地元同級生の証言によると、中学時代の海斗容疑者は、誰もが認めるほどの「超イケメン」でした。
色白で整った顔立ちをしており、「ジャニーズのオーディションを受けても合格するレベル」、「爽やかな美少年」と評されるほどの容姿の持ち主でした。当時、竹前海斗容疑者は「ジャニーズのオーディションを受けていいところまで進んだ」などと周囲に吹聴していた事も明かされています。

出典:https://www.news-postseven.com/
学校ではサッカー部に所属し、女子生徒からの人気も絶大で、バレンタインデーには大量のチョコレートをもらうような、いわゆる学校の「カースト最上位」に属する生徒だったようです。
しかし、そのアイドルのようなルックスとは裏腹に、中身は当時からすでに「ワル」でした。素行は極めて悪く、気に入らない同級生に対して執拗な嫌がらせやいじめを行い、時には「教師を教室に閉じ込める」といった常軌を逸した問題行動も起こしていました。
ルックスの良さと母親からの溺愛により、自分の行動が咎められる経験をあまり持たずに育ってしまった結果、他者の痛みに鈍感なモンスターが形成されていったと考えられています。

竹前海斗容疑者の高校進学後、あるいは高校を中退した後の経歴については、明確な学歴は公表されていませんが、この頃から彼の人生は明確に「転落」の兆しを見せ始めます。あれほど美少年だった容姿は見る影もなく激太りし、顔つきも険しく別人のように変貌してしまいました。
SNS上で特定された中学時代の卒業アルバムの写真と、逮捕後にメディアで報じられた現在の姿を見比べたネットユーザーからは、「人は太るとここまで変わるのか」、「劣化が激しすぎる」と驚きの声が多数書き込まれています。
青年期に入ると、彼は建設業(土木作業員など)の仕事に就きます。かつてのイケメンぶりは消え失せ、粗暴な振る舞いだけがエスカレートし、地元の不良グループや半グレ界隈との関わりを深めていくことになります。
知人の証言では、「揉めた相手を待ち伏せして顔が変形するまで殴る蹴るの暴行を加える」、「友人の家にカエルを大量に放り込む」といった、陰湿かつ凶暴なエピソードが数多く暴露されています。
竹前海斗の旧姓「越雲」と未成年淫行の前科

竹前海斗容疑者を語る上で絶対に避けて通れないのが、彼の名前にまつわる疑惑です。逮捕時の本名は「竹前海斗」ですが、ネット上の特定班や一部の週刊誌系メディアの報道により、彼の旧姓は「越雲(こしぐも)」であったことがほぼ確実視されています。
旧姓が越雲であったとして、なぜ彼は苗字を変えたのでしょうか。そこには、裏社会やトクリュウ界隈で横行する「名前ロンダリング(前科隠し)」の目的があったと指摘されています。
時計の針を数年前に戻します。2021年9月21日、群馬県警太田署は、当時神奈川県横浜市保土ケ谷区に住む24歳の会社員「越雲海斗」容疑者を、わいせつ目的誘拐と神奈川県青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕しました。
事件の内容は、オンラインゲーム(ネットゲーム)のチャット機能を通じて知り合った群馬県在住の15歳の無職少女を、自宅に連れ込んでみだらな行為をしたという極めて卑劣なものでした。
この「越雲海斗」という人物と、今回強盗殺人で逮捕された「竹前海斗」は、名前(海斗)、当時の年齢(24歳→現在28歳で一致)、居住地(横浜市)、そして顔の特徴などが完全に一致しており、同一人物である事がほぼ確実視されています。
竹前海斗の旧姓とされる「越雲」という苗字は非常に珍しく、全国でも160〜170人程度しか存在せず、その大半が栃木県や群馬県など北関東に集中しています。
一方で、現在の苗字である「竹前」は、長野県須坂市周辺を発祥とする苗字であり、全国の竹前さんの約4割が長野県に集中しています。後述しますが、妻である竹前美結容疑者の出身地はまさに長野県長野市です。
つまり、竹前海斗容疑者は過去の「15歳少女への未成年淫行・誘拐」という恥ずべき前科をネット検索から隠すため、あるいは裏社会で動きやすくするために、結婚を機に妻である竹前美結容疑者の実家の苗字(竹前)を名乗る「婿入り」のような形で改姓した可能性が極めて高いと考えられています。
このような手法は、半グレや詐欺グループの人間が過去の犯罪歴を隠蔽するために用いる常套手段として知られています。
竹前海斗の経歴の光と影…1度目の結婚の失敗とタトゥー

前科を持ちながらも、竹前海斗容疑者には一時期「真面目に生きようとした経歴」があったことも分かっています。
地元横浜の飲食店店主など、彼を昔から知る人物の証言によれば、海斗容疑者はかつて別の女性と結婚しており(最初の結婚)、その女性との間にも子供がいました。
その結婚期間中、彼は建設業の仕事に真面目に打ち込み、「家族を大切にする良き父親」としての顔を見せていた時期があったといいます。「可愛い子には緊張しちゃう」と照れるような、素朴な一面も残っていました。
しかし、約5年前(前科事件の少し前と推測されます)、最初の妻とは離婚することになります。知人によれば、竹前海斗本人は「離れたくないんだけど」と語っており、本意ではない別れだったようです。
この最初の家族との別離、そして子供と引き離された喪失感が、竹前海斗の心のタガを完全に外してしまったと周囲は見ています。「前の奥さんと別れてから、海斗は悪い方に転んでしまった」という証言が、彼の転落のトリガーを如実に物語っています。
自暴自棄になったのか、裏社会への憧れを強めたのか、この頃から彼の身体には目立つ「タトゥー(刺青)」が増えていきました。
逮捕時の映像でも確認できるように、首元には大きなタトゥーが彫られ、腕には和彫り(日本の伝統的な刺青)がびっしりと入っています。
こうしたタトゥーが、彼が堅気の社会から完全にドロップアウトし、暴力と恐怖で人を支配する「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」の世界へ深く足を踏み入れたことの象徴のように一部で報じられています。
無職となった竹前海斗は、トクリュウのネットワークの中で「指示役」あるいは「バイトリーダー」的なポジションに収まり、SNSで集めた若者たちを使い捨ての駒として扱う非道な犯罪行為に手を染めていくことになりました。
竹前海斗の妻で共犯者・竹前美結の生い立ち

夫である竹前海斗容疑者と共に逮捕された妻の竹前美結容疑者(25歳)。彼女もまた、特異な経歴と生い立ちを持っています。

竹前美結容疑者は長野県長野市(若穂地区)で生まれ育ちました。幼少期の彼女を知る近隣住民や同級生は、一様に「事件が信じられない」と口にします。子供の頃の彼女は、非常に明るく活発で、習い事のクラシックバレエに一生懸命に取り組む健気な少女でした。
小学校の卒業文集には、彼女の当時の純粋な心が綴られています。
「私は『自分を表現すること』『相手を大切にすること』『元気に体づくりをする』ということの3つのことを学びました。相手を大切にするということは、相手を傷つけない言葉を使ったり、行動したりすることです」
中学生になると吹奏楽部に所属し、音楽にも打ち込んでいました。どこにでもいる、優しく真面目な地方の少女。それが竹前美結の当時の姿でした。

出典:https://res.cloudinary.com/
しかし、成長するにつれて交友関係が変化し、徐々に素行不良の道へと進んでいきます。派手なメイクや髪色を好むようになり、いわゆる「ヤンチャ」なギャルへと変貌を遂げました。
竹前美結容疑者の背中にも、夫と同様にタトゥーが彫られていることが週刊誌の報道で明らかになっています。
竹前美結容疑者がいつ、どのようにして竹前海斗容疑者と出会ったのか、詳細な馴れ初めと結婚までの経緯は明らかになっていませんが、類は友を呼ぶという言葉の通り、裏社会に生きる危険な匂いのする男に惹かれてしまったのかも知れません。
竹前美結容疑者は非常に承認欲求が強く、SNS(TikTokやInstagramなど)を頻繁に更新していました。金髪やメッシュを入れた派手な髪型、ギャル風のメイクで、生後間もない赤ちゃんを抱きながら流行の音楽に合わせてダンスを踊る動画を多数投稿しています。

また、竹前美結容疑者のSNSには夫・竹前海斗に対する不満も赤裸々に綴られていました。「あなたは私を傷つけた」、「嘘ばかり」といった、夫の「不倫」や女性トラブルをほのめかすような病的な投稿や、自身の整形手術の告白、飲み屋で赤ちゃんを連れたままテキーラを一気飲みする様子など、およそ一般的な母親とは思えない退廃的で歪んだ日常をインターネット上に垂れ流していました。
事件発生の直前でさえも、竹前美結容疑者は呑気にダンス動画を投稿しており、その倫理観の欠如と罪悪感のなさは世間の怒りを増幅させました。
竹前海斗と竹前美結の結婚と子供

竹前海斗と竹前美結は結婚し、海斗が「竹前」の姓を名乗るようになります。
2人の間には、2025年の秋頃に第一子となる子供(長女)が誕生しました。事件当時、生後わずか7ヶ月の赤ちゃんです。
事件から数ヶ月前、夫婦は竹前美結容疑者の実家がある長野県に子供を連れて帰省していました。近隣住民は「丸顔でがっしりした強面の夫と、少しヤンチャそうな妻。赤ちゃんが産まれたお祝いで実家に来たのかなという感じで、どこにでもいる幸せそうな若い家族に見えた」と証言しています。
しかし、その「幸せな家族」の仮面の下では、恐ろしい犯罪計画が進行していました。
5月14日の事件当日、竹前夫婦は横浜の自宅から栃木県上三川町へと向かいます。驚くべきことに、彼らはその「仕事(強盗殺人)」の現場に向かう車の中に、生後7ヶ月の子供を乗せていたのです。
自分たちの子供の温もりを感じながら、別の家庭の母親を惨殺し、息子たちをバールで叩き割るよう、16歳の少年たちにスマートフォン越しに指示を出し続けていたのです。
「家族を大切にする」という一般的な感覚と、「他人の家族を平気で破壊する」という残虐性が、彼らの中では全く矛盾せずに同居していた事になります。
実行犯の少年たちに対しては、事前に「逃げたらお前たちの家族を殺す」と脅迫していたという報道もあり、彼らが「家族」という存在を単なる人質や自己正当化の道具としか見ていなかったことも示唆されています。
竹前海斗の上三川町強盗殺人事件の動機は何だったのか
なぜ、見ず知らずの栃木県上三川町の富山さん一家がターゲットにされたのでしょうか。犯行グループ全体としての動機は、純粋な「金銭目的(強盗)」だったとみられています。
捜査関係者の調べにより、事件の約1ヶ月前である4月上旬、上三川町外にある富山さんの次男の家で窃盗事件が発生していたことが判明しています。
この時、貴金属とともに様々な書類が盗まれました。警察は、この窃盗によって得られた個人情報や資産情報が、上層部の犯罪グループ(トクリュウ)に流出・名簿化され、「この一族は金を持っている」と目をつけられた可能性が高いとみています。
事件の8日前である5月6日には、被害者宅周辺で不審な車両(盗難ナンバー装着)が警察に発見され、乗っていた男が逮捕されています。この男も「闇バイトに応募した」と供述しており、本来はこの別グループが強盗を実行するはずでした。
しかし、この先発部隊が逮捕されてしまったため、上層部は急遽、別の実行部隊を編成する必要に迫られました。
そこで白羽の矢が立ったのが、竹前海斗容疑者です。竹前海斗容疑者自身もSNSの闇バイト募集を通じて上層部と繋がった「中間管理職(バイトリーダー)」に過ぎません。指示を受けた竹前海斗は、過去に面識のあった神奈川県の16歳の高校生(不良仲間や後輩など)に声をかけ、「割のいい仕事がある」と仲間を集めさせました。
そして、彼らにレンタカーや目出し帽、バールなどの凶器を用意させ、現場へと向かわせたのです。
竹前海斗容疑者個人の動機も極めて単純明快。「金が欲しかったから」です。竹前夫婦は、手に入れた金で遊興費や美容代(整形費用など)、高級品の購入を賄おうとしていたとみられています。他人の命を奪うことへの躊躇は微塵もなく、ただ目の前の欲望を満たすための「タスク」として強盗殺人を処理しようとしていたと考えられています。
竹前海斗と竹前美結の現在と今後の裁判の行方
2026年6月8日時点、竹前海斗容疑者と竹前美結容疑者は警察の留置施設にて厳しい取り調べを受けています。
事件直後の5月17日に逮捕され、その後5月19日に身柄を検察庁に送られた竹前夫妻ですが、当初の取り調べに対して「自分たちは関係ない」、「知らない」と供述し、容疑を全面的に否認していました。
しかし、実行犯である16歳の少年たちは「夫婦に頼まれてやった」、「後悔している」と素直に供述しており、スマートフォンに残された通信記録やGPSの履歴、防犯カメラの映像などから、竹前夫妻が指示役であったことは揺るぎない事実として立証されつつあります。
そして2026年6月7日、警察は竹前海斗容疑者と竹前美結容疑者の2人を、富山さんの息子2人に対する「強盗殺人未遂容疑」で再逮捕しました。
また、翌6月8日には実行役の少年3人も同容疑で再逮捕されています。殺害された母親に対する強盗殺人容疑に加えて、生存した息子たちへの殺意も問われることになります。これに対しても、竹前夫妻は依然として「知らない」と容疑を否認し続けています。
警察は現在、竹前夫妻にさらに指示を出していた「上役(トクリュウの首魁)」の存在や、被害者宅から奪った金品を回収する「回収役」など、グループの全容解明に向けた捜査を徹底的に進めています。(現在、主導役として益田和彦容疑者を国際手配)
今後の裁判の行方ですが、竹前夫妻の置かれた状況は極めて厳しいと言わざるを得ません。日本の刑法において、強盗殺人罪(刑法240条後段)の法定刑は「死刑または無期懲役」のみです。有期懲役はありません。彼らが現場で直接手を下していなかったとしても、犯行を計画・指示し、少年たちを遠隔操作していた「共謀共同正犯」としての責任は極めて重く問われます。
特に、未成年者を洗脳・脅迫して凶悪犯罪の矢面に立たせ、自分たちは安全な場所(車内)から指示を出していたという卑劣な手口、さらには自身の乳児を犯罪現場に連行していたという常軌を逸した情状は、裁判において極めて不利に働くでしょう。
被害者遺族の処罰感情も峻烈を極めており、主犯格である竹前海斗容疑者には死刑、あるいは無期懲役という極刑が下される可能性が非常に高いと法曹関係者は分析しています。
竹前美結容疑者に関しても、従属的であったかどうかが争点になりますが、長期間の社会隔離(懲役刑)は免れません。
そして現在、竹前夫妻の生後7ヶ月の子供は、現在児童相談所などの行政機関で保護されているとみられます。親の身勝手な欲望と残虐行為によって、この幼い子供は「殺人犯の子供」という重い十字架を背負って生きていくことになってしまいました。
まとめ
今回は栃木県上三川町で起きた強盗殺人事件のトクリュウの指示役として逮捕された竹前海斗容疑者と共犯で妻の竹前美結容疑者についてまとめてみました。
竹前海斗は、かつて「ジャニーズ級の美少年」と呼ばれた生い立ちを持ち、竹前美結容疑者は「相手を大切にする」と作文に綴った心優しい少女だった事がわかっています。しかし夫妻は成長の過程で道を外し、欲望のままに他者の命を奪うモンスターへと変貌しました。
旧姓「越雲」時代に犯した未成年淫行という前科、結婚と改姓を利用した名前ロンダリング、全身のタトゥー、そしてSNSでの虚飾に満ちた自己顕示欲。竹前海斗と竹前美結の歩んできた経歴のすべてが、現代の犯罪グループ「トクリュウ」を構成する若者たちの精神的貧困とモラルの崩壊を象徴しています。
「闇バイト」として集められた16歳の少年たちは、竹前夫妻のような指示役によって使い捨ての駒とされ、一生を棒に振りました。そして何より、突然命を奪われた富山英子さんと、心身に深い傷を負ったご遺族の無念は計り知れません。
現在も警察の懸命な捜査が続いており、竹前夫妻を操っていたさらに上の組織の実態解明が急がれています。
このような悲劇を二度と繰り返さないためにも、私たちはSNSに潜む「闇バイト」の危険性を社会全体で共有し、安易な犯罪への加担がいかに破滅的な結果をもたらすかを、若い世代に徹底的に教育していく必要があります。竹前夫妻に下されるであろう厳しい裁きが、その強力な抑止力となることが切に望まれます。
















