「令和8年熊本地震」による「イオンモール熊本爆発事故」で亡くなった大竹玖瑠美さんが注目されています。
この記事では大竹玖瑠美さんの実家の親や兄弟など家族、かわいいと言われていた人物像、彼氏、高校や勤務先の会社「ハビタ」など経歴、亡くなった経緯と死因、葬儀についてまとめました。
この記事の目次
大竹玖瑠美さんは「イオンモール熊本」爆発事故の犠牲者でハビタ従業員

2026年(令和8年)7月28日午後4時27分頃、熊本県を最大震度7の激しい揺れが襲いました。
「令和8年熊本地震」と呼ばれるこの未曾有の大災害において、社会に極めて大きな衝撃と悲しみを与えたのが、熊本県嘉島町にある商業施設「イオンモール熊本」で地震発生後に起きた大規模な爆発事故です。この事故により、テナント従業員計7名が犠牲となる大惨事となりました。
その犠牲者の一人が、イオンモール熊本のテナントで勤務していた大竹玖瑠美(おおたけ・くるみ)さん(当時22歳)です。彼女は地震発生直後、一度は施設の屋外へと無事に避難し、自らの命を守っていました。
しかし、勤務先からの「ある指示」によって再び危険な館内へと戻り、直後に起きた爆発に巻き込まれて帰らぬ人となりました。
この記事では、大竹玖瑠美さんというひとりの尊い命がなぜ奪われなければならなかったのか。彼女のこれまでの経歴、実家や家族(親・兄弟)に対する深い愛情、友人たちから「かわいい」と慕われた素顔や彼氏に関するエピソード、そして勤務先である「ハビタ」の対応と死因、涙に包まれた葬儀の様子に至るまで、現在報道されている事実関係に基づいてまとめていきます。
大竹玖瑠美さんの高校時代などの経歴と勤務先の会社「ハビタ」について

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大竹玖瑠美さんの経歴① 高校時代
大竹玖瑠美さんは、熊本県熊本市出身の22歳でした。地元を愛し、家族を大切にする心優しい女性だったと伝えられています。
彼女は2022年に地元の高校を卒業しています。高校時代はバレーボール部に所属しており、持ち前の明るさと面倒見の良さで、同級生だけでなく後輩たちからも非常に慕われる存在だったという事です。
高校卒業後は進学ではなく、地元・熊本の企業に就職する道を選びました。大竹玖瑠美さんが就職先・勤務先として選んだ会社は、熊本市内に拠点を置き、雑貨店やコスメ店を展開する運営会社「ハビタ」でした。
大竹玖瑠美さんの経歴② 勤務先の会社「ハビタ」では高評価を得ていた
大竹玖瑠美さんは、ハビタが運営する「イオンモール熊本」の2階にあるテナント(コスメ・雑貨店)に配属されました。店舗では、日々の接客から商品の管理、さらにはレジの売上金の管理など、責任ある業務を任されていました。
「いつも明るくて、人から好かれる、責任感の強い子だった」と親族が語る通り、大竹さんは会社や店舗にとっても欠かせない重要なスタッフへと成長していました。
2026年、22歳になって社会人として立派に独り立ちし、まさにこれから多くの経験を積んでいくはずの矢先に「令和8年熊本地震」とそれによる「イオンモール熊本爆発事故」が発生し、あまりにも理不尽な形で命を失う事になりました。
大竹玖瑠美さんの実家と家族…両親と兄弟姉妹

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大竹玖瑠美さんの実家の家族① 3人兄弟の長女として家族の中心
大竹玖瑠美さんの背景を語る上で欠かせないのが、実家でともに暮らしてきた家族(親・兄弟)との深い絆です。彼女は3人兄弟(きょうだい)の長女として生まれました。弟や妹の面倒をよく見る、とても頼りになるお姉さんだったといいます。
年末年始やお盆など、実家や親族の家に親戚一同が集まる際には、いつも玖瑠美さんが会話の中心にいました。親族の男性は彼女のことを「明るく優しい、太陽みたいな子だった」と表現しており、大竹家のみならず親族全体を明るく照らす存在であったことが窺えます。
大竹玖瑠美さんの実家の家族② 父親の死を乗り越えて母親を支えていた
大竹玖瑠美さんの家族は、実は今回の地震が起きる前から大きな悲しみと困難に直面していました。今から3年前の2023年7月26日、大竹玖瑠美さんの父親がガン闘病の末に他界してしまったのです。
一家の大黒柱を失い、憔悴しきっていた母親を精神的にも家計的にも支え続けたのが、長女である大竹玖瑠美さんでした。
高校を卒業して間もなかった彼女は、悲しみを堪えながら働き、実家で暮らしながら母親を助け、兄弟たちを引っ張る「家族の中心的な存在(精神的な柱)」となりました。
「父が亡くなったあと、ようやく家族が前を向いて立ち直ろうとしていた」(親族談)。そんな家族の再生の兆しが見え始めた矢先、そして奇しくも父親の命日(7月26日)からわずか2日後というタイミングで、今回の悲劇が起きたのです。
大竹玖瑠美さんの「かわいい」と慕われた素顔と彼氏について
大竹玖瑠美さんの周囲を笑顔にする「かわいい」魅力
大竹玖瑠美さんは、その責任感の強さだけでなく、誰からも愛される人柄と愛嬌の持ち主でした。ニュースの報道等で生前の写真が公開されると、SNSやインターネット上でも「とてもかわいらしい女性」「笑顔がかわいい」と話題になり、多くの人々がその早すぎる死を悼みました。
葬儀の場でも、友人たちから「いつも明るくて笑顔がかわいすぎるくるみが大好きだよ」というメッセージが寄せられており、外見の愛らしさだけでなく、内面から滲み出る人懐っこさや優しさが、多くの人を惹きつけていたことが分かります。
中学・高校時代の部活の後輩からは「先輩だけど、先輩じゃないくらいすごく仲良くしてくれて、ふざけ合っても許してくれた」と語られており、誰に対しても壁を作らないフラットで優しい性格でした。
大竹玖瑠美さんの彼氏に関するエピソード
若い女性の痛ましい事故ということもあり、ネット上などでは「これだけかわいいのだから、彼氏がいたのでは?」、「彼氏も悲しんでいるだろう」といった憶測が飛び交いました。
一部ではSNSの書き込みなどから彼氏に関する噂も見受けられましたが、週刊誌の取材に応じた親族の男性は「(現在)彼氏はいなかった。まだまだ楽しいことが待っている人生だったはずです」と明言しています。
休日は友人と出かけたり、実家で家族との時間を大切にしたりと、充実した日々を送っていた大竹玖瑠美さん。恋愛や結婚、さらなるキャリアアップなど、22歳の彼女には未来の選択肢が無限に広がっていたはずでした。その未来が一瞬にして奪われたことは、あまりにも残酷です。
大竹玖瑠美さんが亡くなった事件…地震発生から爆発事故の経緯と死因

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大竹玖瑠美さんの直接の死因は、イオンモール熊本の施設内で発生した大規模な爆発に巻き込まれたことによるものです。しかし、彼女は最初から逃げ遅れていたわけではありませんでした。
地震発生直後大竹玖瑠美さんは屋外へ避難
2026年7月28日午後4時27分頃、最大震度7の激しい揺れが熊本を襲いました。大竹玖瑠美さんは勤務中のコスメ店で揺れに遭遇しましたが、来店客を誘導した後、自らも無事に屋外の駐車場へと避難していました。
避難直後、母親からLINEで「大丈夫?」と安否を気遣うメッセージが届くと、大竹玖瑠美さんはすぐに「大丈夫」と返信しています。この時点では、確実に彼女の命は助かっていたのです。
運命を分けた駐車場での会話と再入館
駐車場に避難していた大竹玖瑠美さんは、たまたま買い物に来て同じく避難していた自分のおばといとこに偶然遭遇します。そこで大竹玖瑠美さんは、信じられない言葉を口にしました。
「レジの売上を金庫に入れに行かんといかん」
「会社の人から頼まれたから」
これを聞いたおばといとこは、余震が続く中でひび割れた建物に戻ることの危険性を察知し、「危ないからやめた方がいい」、「入らない方がいい」と必死に制止しました。
しかし、家族のために働き、日頃から責任感の強かった大竹さんは、「会社の上の人に言われたから」と言い残し、同僚とともに再び館内へと足を踏み入れてしまったのです。
爆発と死因の特定
大竹玖瑠美さんが館内に戻ってから約5分後の午後5時50分ごろ(地震発生から約1時間20分後)、イオンモール熊本の建物内で大爆発が発生しました。轟音が響き渡り、建物の至る所で骨組みがむき出しになり、壁や天井が崩れ落ちるほどの凄まじい衝撃でした。
爆発後、大竹玖瑠美さんからの連絡は完全に途絶えました。スマートフォンの位置情報共有アプリ「whoo」のGPSは、イオンの館内を示したまま動かなくなりました。
母親ら家族は現場に駆けつけ、夜通しで行われた救助活動を祈るように見守りましたが、翌29日の午前2時ごろ、親族の知人である消防隊員から「近くにマイナンバーカードが落ちており、遺体の損傷が激しいが玖瑠美さんと思われる遺体が見つかった」と無情の連絡が入りました。
身元確認はDNA型鑑定で行われ、31日夕方に正式に大竹玖瑠美さん本人であると特定されました。
大竹玖瑠美さんの勤務先の会社「ハビタ」の指示と安全管理責任への追及

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売上金の回収を指示した会社側
大竹玖瑠美さんの命を奪う直接的な引き金となったのは、勤務先である雑貨店運営会社「ハビタ」(熊本市)の幹部からの指示でした。
報道によると、地震後の午後5時17分ごろ、ハビタの湯瀬剛二営業部長からイオンモール熊本の店長へ電話があり、その後、現場の大竹さんら従業員に対して「売上金を金庫にしまってくれないか、もし入れるのであれば」という趣旨の指示が下されたとされています。
人災を訴える遺族の怒り
大竹玖瑠美さんの親族は、「真面目な玖瑠美は、断れずに戻ってしまったんだと思う」、「これはそもそも会社のせいで起きた人災だ」と強い怒りをあらわにしています。
極限の災害時において、従業員の命よりも「売上金(現金)」の保全を優先させるような指示を出した会社の安全配慮義務違反は明白であり、遺族は今後、会社の刑事責任を問うことも検討しています。
イオンモール側も今回の事態を重く受け止めており、法的責任の解明を待たずに早期に遺族への補償を行う方針を示していますが、遺族は「災害時にはいかなる理由があっても再入館を禁止するルールが徹底されていれば、玖瑠美たちが入ることはなかった」と悔やみきれない思いを吐露しています。
大竹玖瑠美さんの葬儀(通夜・告別式)と遺族の悲痛な訴え

通夜での会社側の謝罪

8月2日、熊本市内で大竹玖瑠美さんの通夜が営まれました。この場には、ハビタの上野景真代表取締役や湯瀬営業部長ら会社の幹部が参列しました。
会社側は遺族の前で「館内に戻るよう指示した」という事実を認め、「ご遺族の皆様に深くお詫び申し上げます」と謝罪しました。
指示の重要性について問われた店舗幹部は、「本当に今考えると、命に代えるものでは全くありませんでした。そこは本当に重要じゃなかったと思います」と項垂れました。
これに対し、最愛の娘を理不尽な形で失った母親は、涙ながらにこう訴えかけました。
「もう娘は帰ってこないんですよ。しっかり真実を話してください。止めてほしかったです。帰れって言ってほしかったです」
深い悲しみに包まれた葬儀(告別式)
翌3日正午からは大竹玖瑠美さんの葬儀(告別式)が行われ、親族や友人ら200人以上が参列しました。花に囲まれた祭壇の中央には、大きな瞳で真っ直ぐに見つめ、穏やかに微笑む「かわいい」玖瑠美さんの遺影が飾られていました。
中学時代のバレーボール部の後輩は、「何も考えられない。まさか先輩だと思わなくて頭が真っ白で…」と突然の別れに涙を流し、多くの参列者が若すぎる死を惜しみました。
まとめ
今回は、「令和8年熊本地震」での「イオンモール熊本爆発事故」で亡くなった大竹玖瑠美さんについてまとめてみました。
大竹玖瑠美さんは、3年前に父親を亡くすという悲しみを乗り越え、実家で家族(親や兄弟)を支える大黒柱として、周囲に愛されながら懸命に生きていた22歳の女性でした。
そして、彼女の人生は、地震そのものではなく、震災直後の混乱下における会社(ハビタ)の不適切な指示という「人災」によって、理不尽に断ち切られてしまいました。
「お金より命が大事」――平時であれば誰もが理解しているはずのこの原則が、非常時に企業組織の中でいかに脆く崩れ去るか。今回のイオンモール熊本における爆発事故は、企業の危機管理体制や従業員の命を守るための避難マニュアルのあり方に、極めて重い課題を突きつけています。
大竹玖瑠美さんのような悲劇を二度と繰り返さないために、私たち社会全体が災害時の行動原則を見直し、企業に対して厳格な安全配慮を求めていく必要があります。心優しく、誰よりも責任感に溢れた大竹玖瑠美さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。


















